アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
がらがらがらがらっ。
けたたましい音を立てて、薄暗い倉庫のシャッターが開いていく。
寝転がっていたヨシュアは目を開けると、上半身を起こした。
開いたシャッターの向こうから、台車に乗った赤いACが入ってくる。
その横には、台車のスイッチを操作しながら歩いて入ってくる女性の姿がある。
リンファの帰還である。
リンファとエリィが住処にしているこの倉庫、そこそこ広いが、もちろんACが立って入ってこれるほどではない。
したがって、ペンユウをしまうときには、このようにリモコン式の台車を使って寝かせた状態で入れるのである。
作業をしているリンファの目が、一瞬ヨシュアの方を向いた。
しかし視線はすぐに、台車の方に戻る。
ヨシュアはゆっくりと立ち上がった。
ペンユウを完全に奥にしまい込んで、リンファはシャッターを閉めた。
「どうしたの? エリィは?」
「買い物、だとさ」
あえて冷静を装って言うリンファも、これにはさすがに顔をしかめた。
どうしてエリィが料理をするのがいけないのか、ヨシュアははっきりとは知らなかったが、だいたい想像はつく。
「災難だったな」
「間抜けなレイヴンで助かったけどね……」
言いながら、リンファは倉庫の奥へと進んだ。
できるだけヨシュアと目を合わさないように、うつむきながら。
やがてヨシュアの1メートル前まで来たとき、リンファは不意に足を止めた。
「どうした?」
それは、何気ない一言だったのだろう。彼にとっては。
しかしリンファにとっては、その言葉は――
次の瞬間、リンファはヨシュアの胸に自分の顔を埋めていた。
不思議な暖かさが伝わってくる。
リンファの両腕が彼の背中の方に回った。
暖かさをもっと感じようと、リンファは両腕にぐっと力を込めた。
「ごめん。ちょっとだけ――」
何も、ヨシュアは答えなかった。
ただ右腕を持ち上げ、リンファの髪を撫でただけだった。
ゆったりと、時間がたゆたった。
過ぎるでもなく、戻るでもなく、刻という概念自体が、存在していないかのようだった。
そう感じさせるのに十分なほど、暖かかった。
リンファは鼻をひくつかせた。
何かの臭いが鼻腔をくすぐる……
……この臭い!
リンファはまるでヨシュアを突き飛ばすかのように、彼の胸から飛び退いた。
顔を真っ赤にして、人差し指で耳の後ろを掻く。
「あ、あの……あたし……」
最初面食らったような表情をしていたヨシュアだったが、やがて口元を緩めた。
珍しい、本当に珍しい微笑みを見せて、ヨシュアは歩き出した。
リンファの横を通り過ぎて、倉庫の出口へと向かう。
「俺は用事を済ませてくる」
リンファは背中を向けたまま語るヨシュアの方に目をやった。
「その間に、自分の用事を済ませるんだな」
*
「えびえびたくさんごまあぶらぁ~☆
たまごとぱんこと、しろいこな~」
買い集めてきたエビフライの材料で即席の歌を作り、エリィは口ずさんだ。
軽快な足取りで住処の倉庫へ向かう。
たしかに右手には、歌の通りの品々がつまった袋を持っているのだが……
白い粉とは、本当に小麦粉だろうか……
ともかく、倉庫はもう目と鼻の先である。
そろそろリンファも帰ってきていておかしくない。
買い物ついでに遊び回っていたせいで、ゆうに数時間は経っているのである。
倉庫の周りは、相変わらずスクラップの山に囲まれていた。
その中から立ち上る一筋の煙。
火事……にしては様子がおかしい。
エリィはとてとてと走り寄ると、煙のたなびいているあたりを覗き込んだ。
「よしゅあくんだぁ。どしたの?」
寝転がって煙草を吸っていたヨシュアは、それをつまみ取ると、横のスクラップに火を擦りつけた。
「世も末だ」
ヨシュアの声にはため息が混じっていた。
「シャワー浴びてないのを気にするんだぜ。あのリンファが」
その一言を聞くと、エリィはけたけたと笑い出した。
荷物も地面に置いて、腹を抱える。
たまらずこぼれた涙を、あわててエリィは拭った。
「昔のリンファちゃんの方が好きだった?」
一瞬、ヨシュアの動きが止まった。
返答に困ったから……ではない。
エリィの口調が、いつもと変わっていたからである。
エリィがごくまれに見せる、真面目な表情。
今までのことを総合すると、この真面目な科学者としての顔が、真の姿のようなのだが……
どうしていつもはへらへらしているのか、ヨシュアには伺い知れない所だった。
「……いや。ただ……」
ヨシュアは立ち上がった。
「俺が変えたのか、と思うとな」
今度はエリィは笑わなかった。
いたわるような眼差しで、ヨシュアの目を見つめるだけだった。
「案外、細かいこと気にするのね」
ヨシュアは目を見開いた。
「でも、大丈夫。
好きな男のせいで変わるんだったら、きっと大歓迎よ。女ってやつは」
「……そういうものか」
「少なくとも、わたしはね」
言うと、エリィは買い物袋を拾い上げて歩き出した。
もちろん、向かう先は住処である倉庫の入り口である。
ドアノブに手をかけると、エリィは気が付いたように振り返った。
「食べていく? エリィ特製エビフライ」
*
右腕がない。
彼が、最初に感じたのはそれだった。
残った左腕で、顔にかかる金髪を掻き上げる。
額に浮かんだ汗が手のひらにこびりついて、ぬるぬると気色悪かった。
次に彼は目を開いた。
ぼんやりとその瞳に映ったのは、鉄骨がむき出しになった天井だった。
見覚えがない。自分の家の天井ではない。
天井?
彼は気付いた。自分は寝転がっているのだ。
自分はちょうど今、目覚めたところなのだ。
彼の脳はようやく右腕の居場所を理解した。
右腕はなくなってなどいない。
体の下に敷いていたせいで、しびれてしまっているのだ。
彼は左腕を床につき、渾身の力を込めた。
彼の上体がゆっくりと持ち上がっていく。
左腕の支えがいらなくなるのに、たいして時間はかからなかった。
がつん。
その直後に、鈍い音が耳に届いた。
彼は音のした方に、何気なく目を遣った。
床にぶつけた側頭部をかかえ、顔をしかめている一人の女が床に転がっている。
「リンファ……何やってんだ」
ヨシュアはわけがわからず、寝ぼけた口調で問いかけた。
そもそも、どうしてリンファが隣にいたんだ?
それにここはどこだ?
ふと自分の体を見ると、彼はいつもの服装からコートを脱いだだけの姿だった。
どうしてこんな格好で眠っていたんだ?
「いきなり……おきないでよ……」
リンファも、舌が上手く回っていない。
寝ぼけているのはお互い様のようである。
しかし、リンファが起きあがる頃にはヨシュアの意識もはっきりとしてきていた。
彼女が頭を打った理由もだいたい想像がつく。
リンファは、自分の右肩を枕代わりにして眠っていたのだ。
「おい……どこだよ、ここは」
「あたしの家よ。そういや、二階に来たことなかったんだっけ?」
そうか。
リンファの倉庫が二階建てになっていて、上を生活スペースとして使っているのは知っていたが、実際に上がり込むのはこれがはじめてである。
……待てよ。
冷静に考えている場合ではない。
なんでこんなところで寝ていたんだ?
まだ納得がいかない表情のヨシュアに、リンファは大きなあくびをしてから説明した。
「覚えてないの? 気絶しちゃったのよ。エリィの料理食べて」
「……なんだって?」
思わずヨシュアは聞き返した。
たしか、気絶、といったように聞こえたのだが。
「だから止めた方がいいって言ったのに。
あたしの言うこと聞かないから」
ようやく、状況が理解できてきた。
しかし全く記憶がない。
一体、エリィが作ったのはどんな料理だったというのか――
脳が記憶を拒否するような味? まさかな。
彼は自分のばかげた空想に苦笑しながら、膝立ちになり、そのまま立ち上がった。
「感謝してよね。看病してあげたんだから」
「そいつはどうも」
ヨシュアは肩をすくめた。
お前はただ、横で寝ていただけじゃないか。
心の中で悪態をつきながら、彼は辺りを見回した。
視界に映るのは、部屋の隅にたたみもせずに放ってある黒いコート。
まあ、リンファ相手に贅沢を言ってもしかたがない。
階下から、脳天気な声が聞こえてきたのはちょうどヨシュアが自分のコートを拾い上げた時だった。
「りんふぁちゃ~ん、あさごはんはぱんにする~? ごはんにする~?」
瞬間、二人の顔は釣り針が引っかかった魚のように引きつったのだった。
つづく。