アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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06 ミラージュ、一世一代の大勝負

 

 

 

 

 

「ミラージュさん……ほんとにやるんですか?」

 

 珍しく不服の声をあげたのは、他でもないカンバービッチだった。

 

 答えるのはもちろん、物陰に隠れ、周囲の様子をうかがっているアラブ系の男……

 ミラージュである。

 

「当然だ。

 このまま諦めるわけにはいかんよ、カンバービッチ君」

 

 カンバービッチはため息をついた。

 これでも、ミラージュ本人は隠れているつもりなのだ。

 周囲の建物の窓から、浮浪者達がこっちを見つめ続けていることに、気付いていないのは彼だけだろう。

 

 そう。ここはアイザックシティのはずれ。

 K-3居住区、通称「スクラップ地区」である。

 

 そして彼らがさっきからちらちら覗いているのは、紛れもなくリンファとエリィが住処にしている倉庫だった。

 

「よし……行くぞ、カンバービッチくん!」

 

「……ガキじゃないんだから……普通に言えばいいのに……」

 

「何か言ったかね?」

 

「いーえ、なんにも」

 

 カンバービッチは肩をすくめた。

 もはや忠告する気も起きなかった。

 

 ともかく、ミラージュは倉庫に向かって走り出した。

 その後を嫌々ながら追いかけるカンバービッチ。

 

 倉庫のドアの目の前までたどり着くと、ミラージュは一瞬ためらってから、ドアノブに手をかけ、回した。

 そしてそのままゆっくりとドアを押す………

 

 ……………

 

 ……開かない。

 

 

  *

 

 

「やだやだやだあぁぁぁああ!

 えりぃもごはんつくるぅぅうぅぅ!」

 

 エリィは腕を振り回し、泣き叫び、近くのものを蹴り飛ばしながら暴れ回った。

 しかし、ヨシュアに首根っこを引っ掴まれているせいで、少しも前に出ることができない。

 

「ああ! もういいから大人しくしてろ!」

 

 ヨシュアは腕に力を込めると、エリィを椅子に押しつけた。

 さすがに腕力では彼には勝てず、仕方なく椅子に付くエリィ。

 しかし、河豚のように頬を膨らませているところを見ると、まだ不満なようである。

 

「ところで……」

 

 エリィが暴れ出さないように見張りながら、ヨシュアも椅子についた。

 頬杖をつき、奥でなにやら忙しそうに動き回っているリンファを見やる。

 実際に使っているところを見るのはこれが初めてだが、そこにあるのは簡単なシンクと、調理台、そしてバーナーである。

 

「お前は、大丈夫なんだろうな?」

 

「しっつれいね……

 こう見えても、昔は厨人(チューレン)志望だったんだから」

 

 耳慣れない言葉がヨシュアの耳をついた。

 リンファが身につけたエプロンは、あまり似合っていなかった。

 

「チューレン?」

 

「コックのことよ」

 

 リンファが料理人志望だったなんて、今まで聞いたこともない。

 どうせ口からでまかせか――良くても「子供の時の、将来の夢」程度のものだろう。

 

 ただ、別にリンファの料理を食べたいとは思わないが、ここまで自信ありげなら、多少の興味も湧いてくる。

 

「あ、塩ふるのわすれてた」

 

 ……本当に大丈夫なんだろうか。

 

 もしかしたら、この中でまともに料理ができるのはヨシュアただ一人なのかもしれない。

 もっとも、だからといって自分の手料理をわざわざつくってやるような気は、さらさらなかったが。

 

 ――と、そのときだった。

 

 ガンッ!

 

 音はいきなり、入り口の方から響いてきた。

 

 全員の目がそっちへ向く。

 どうやら、外からドアを押しているらしい。

 しかし、何度押しても開く気配はない。

 当然である。

 最近蝶番が痛んできたのか、蹴り飛ばさなければ開かないのだから。

 

 音が止んだ。

 諦めたのか?

 いや、違う。

 一瞬の後に、大きな音とともにドアが開いた。

 

 同時につんのめって飛び込んでくる男。

 アジア系の顔つきである。

 ヨシュアやエリィには全く見分けがつかないが、リンファにはわかる。

 アレは日系アジア人の顔だ。

 

 どうやらドアに体当たりを仕掛けたらしい日系人を押しのけて、もう一人の男が倉庫に足を踏み入れた。

 アジアと、ヨーロッパと、アフリカに住む人間の特徴を全て併せ持った風貌。

 彫りの深い、典型的なアラブ顔である。

 

「見事な体当たりだったよ、カンバービッチ君」

 

「はあ……そりゃどうも」

 

 日系人の男はあからさまに不快な表情を見せながら答えた。

 しかし、当然そいつが他人の顔色などに気を配るはずもない。

 

「ちょっと、あんたたち誰!?」

 

 いきなりな侵入者に、リンファは精一杯乱暴に声をかけた。

 ただ、エプロン姿で手には御玉杓子を持っているので、あまり凄味はなかったが。

 

 黙って様子をうかがってはいるものの、ヨシュアの右手も既にコートの中に差し入れられていた。

 指先に触れる固い感触は、もちろん拳銃である。

 

「顔を合わせるのは初めてだな。ならば改めて名乗ろう!

 わぁたしは、マスターランカー、ミラージュだっ!

 

 そして彼は助手のカンバービッチ君!」

 

「…………!」

 

 エリィ以外の二人はまともに浮き足だった。

 ヨシュアなど、既に銃を取り出してミラージュに突きつけている。

 

 しかしミラージュは、こちらを馬鹿にしたような笑みを浮かべると、銃を無視してすたすたと歩み寄った。

 

「止まれ」

 

 ヨシュアの低い声が響き渡る。

 まるでその声は、闇夜で蠢く凶獣の唸りのように、殺意と敵意に満ちていた。

 今にも噛み付かんとせんばかりに。

 

「まあ、そうかりかりするのは止めたまえ。

 今日は宣戦布告をしにきただけだ。危害を加える気はない」

 

 銃を降ろす気は、ヨシュアには全くなかった。

 敵の主張を鵜呑みにするほど甘くはない。

 

 それはリンファも同じことだ。

 彼女の手には、いつのまにか愛用している銃が握られていた。

 

「懲りない奴ね。まだ戦る気なの?」

 

「その通りだ。正式なアリーナ戦で決着を付ける」

 

 アリーナ戦。

 ヨシュアの眉がぴくりと動いた。

 どこかで聞いたような状況である。

 しかし以前と違うのは、対戦を申し込んでいるのがミラージュであるということ、そして挑戦されているのがリンファだということである。

 

 つまり、二人の勝負は滅多に行われないマスターアリーナでの勝負になるということだ。

 

 ただ、ミラージュにとって問題なのは、リンファがアリーナ嫌いだということである。

 

「悪いけど、あたしはアリーナなんて興味ないの」

 

「知っているとも。

 だから、タダとは言わない。

 君が勝利したら、わたしとカンバービッチ君の全財産を持っていくといい」

 

「なっ……なんで僕まで!?」

 

「たぁだぁしっ!」

 

 不満の声を上げたカンバービッチを完全に無視して、ミラージュは声を張り上げた。

 そんなに大声を出さなくても聞こえるのに。

 こういう意味のない自己主張をする男は、リンファは大ッ嫌いだった。

 

「わたしが勝ったら……

 勝ったら、わた……わた、わたしの……」

 

 なぜかいきなり言葉につまるミラージュ。

 

 リンファとヨシュアが訝しげな顔をする。

 そしてカンバービッチは頭を掻いて、重い重いため息を吐き出した。

 ふうっという音が、離れたリンファの耳にまで届く。

 

「わたしの、嫁になれッ!!」

 

 ……………

 

 ……………

 

 …………は?

 

 冷た~い空気が辺りをまんべんなく満たしていった。

 リンファもヨシュアもカンバービッチも、そして言った本人のミラージュまでもが、一瞬にしてその場に凍り付く。

 

 だから言ったのに。

 カンバービッチは硬直したままであれこれと考えを巡らせた。

 冷静に考えてみれば、ミラージュがしているのは「好きな娘に意地悪をしてしまう」という、少年期特有の不可解な行動そのままなのである。

 ……いや、少年ですらない。

 最近のガキは、もっとませている。

 

 全員の硬直を最初に破ったのは、不意に響いた笑い声だった。

 低くどっしりとした笑い。

 ヨシュアである。

 

 リンファは自分の目と耳を疑った。

 ヨシュアが声を上げて笑うところなど、今まで見たことがない。

 

 顔を手で覆い、ひとしきり笑ってから、ヨシュアは徐に口を開いた。

 

「……面白い」

 

 そのままヨシュアは足を踏み出した。

 ミラージュの目の前まで進み、睨み合う。

 ミラージュもかなり身長があるが、ヨシュアはそれよりもさらに飛び出している。

 

「その勝負、俺が受けて立つ」

 

「なんだと?」

 

 ヨシュアの瞳が冷たい光を放つ。

 リンファは知っている。

 この輝き。

 それは、彼が人を殺すときの輝きと、全く同じものであると。

 

「見せてやるよ。格の違いってやつをな」

 

 

 

つづく。

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