アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「アヤメ」
ACの片づけを終えて部屋に戻るなり、司は彼女の名を呼んだ。
アヤメはいつも通りパソコンの前の椅子に腰掛け、キーボードを一心不乱に叩いていた。
しかし司の存在に気付くと、慌てて振り返り、手を伸ばした。
腕を掴めるところまで来い、という合図である。
なぜかはわからないが、アヤメは言葉を使う代わりに相手の腕にしがみつこうとする癖がある。
一見すると意味がないように見える行動だが、不思議と気持ちが伝わってくるのである。
彼女の望み通り、司は直ぐそばまで歩み寄った。
すぐさまその腕をアヤメがつかみ取る。
「依頼が来てるのか?」
アヤメはうつむいた。
彼女の感情が、腕を通して司に流れてくる。
わかっていた。
いつもこうなのだ。
押しつぶされそうな不安。
アヤメからは、いつもそんな気持ちが伝わってくるのだ。
「大丈夫だ。俺は負けない。ちゃんと帰ってくる。
今までだってそうだっただろ?」
納得したようにはとても見えなかったが、少なくとも理解はしたようである。
アヤメは片方だけ腕を放し、それでキーボードを操作した。
レイヴンにしか持ち得ない、特殊なメールアドレス。そこには一通の依頼文が転がり込んでいた。
司はアヤメの体を抱くようにしながら画面を覗き込んだ。
依頼主は、彼のスポンサー企業。
アリーナに出場するレイヴンは、大抵企業をスポンサーに付けている。
賞金とは別に弾薬費、燃料費、修理費などをスポンサーが負担してくれるのである。
もちろん、レイヴンが活躍すれば企業にとっては大きな宣伝になるし、同時に頼りになる準エージェントも手にはいる、というわけだ。
依頼内容は、ごくありふれたものである。
敵対企業の武装勢力がある地点に地下基地を建設しているので、それを妨害、破壊するというもの。
武装勢力を撃墜すれば、その分特別報酬が加算される。
基本報酬も悪くない。
それほど難しい仕事ではない。
アヤメを安心させようと、司は精一杯に微笑んで見せた。
「明日、もう一度行って来るよ。
……そんな顔するなよ。
お前を残していなくなったりはしない。絶対に」
表情を曇らせたままのアヤメの頬を、司はそっと撫でた。
彼女の手が、司の手の上に重ねられる。
伝わってくる柔らかな温もり。
刺すような冷たい感情。
不安。
司は少し悲しくなって、目を閉じた。
*
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
男は引き金を引いた。
手にした大きな銃らしきものから、爆発にも近い風――空気の弾丸が飛び出す。
目の前にいる男は、一瞬にして吹き飛び、壁に叩き付けられた。
そのまま地面に落ち、ぴくりとも動かなくなる。
ガストライフル。
その名の通り、空気に大きな圧力をかけて、発射する兵器である。
威力の弱い物は暴動鎮圧に使用される程度だが、リミッターさえはずせばこの通りだ。
大きさの割に軽く、エネルギーパックだけで弾丸も必要ない。
便利ではあるが、発射時の轟音と頻発する暴発事故が悩みの種である。
もっとも、事故の方は正しい取り扱いさえすれば全く問題ないのだが。
男は辺りを見回した。
オフィスビルの通路とおぼしき光景。
ただ、至る所に血が飛び散り、いくつもの死体が転がっているところが、普通のビルとは異なっていた。
鼻を突く硝煙の臭い。
動く物は自分以外になにもない。
もう敵は周囲には残っていないらしい。
男は後ろを振り返り、手で合図を送った。
彼のすぐ後ろにあったドアから、二人の女性が姿を現した。
一人はおそらく20代後半か、30代の。
もう一人は、片手で歳を数えられるくらいの。
彼が愛する二人の女性。妻と娘だった。
「逃げよう」
彼は出し抜けに、妻に言った。
彼女は少し驚き、戸惑った。
恐る恐る口を開く。
「一体どこへ……」
「わからない。
でも、何処へ行ったってここより危険なことはないさ」
娘の前に、彼はかがみ込んだ。
熊のぬいぐるみをしっかりと抱いて、不安げな瞳でこっちを見つめる娘。
彼は微笑んだ。
それはいつも、アニメを見てはしゃぐ娘に投げかけていた笑みだった。
「パパ……」
「大丈夫だよ。
パパとママががなんとかするから」
娘は熊のぬいぐるみを投げ捨てた。
自由になった両手で、父親の腕にしがみつく。
彼女の癖だった。
父は微笑みを絶やさず、娘の頭を優しく撫でた。
彼女の表情は変わらなかった。
少しだけ、父の瞳に悲しげな色が浮かんだ。
「そんな顔をしないで。
アヤメを残して、いなくなったりするもんか。絶対だ」
父は立ち上がった。
懐から小さな黒い物を取り出し、彼の妻に手渡す。
プラスチック製で、重みはほとんどない。
彼女は自分の手に目を遣った。
奇妙な形の、拳銃だろうか。
前に一度見たことがある。
磁気ニードラー。
金属製の針を、磁力で加速して射出する兵器だ。
反動はほとんどなく、銃器の扱いに慣れていない者でも比較的扱いやすい。
「僕が道を開く。
君は、それでアヤメを護ってくれ」
母は少し、不安を顔に浮かべた。
でも……やるしかないのだ。
自分が生き残る為に、夫が生き残る為に、そして何より、娘が生き残るために。
母は決意した。
ニードラーを右手にしっかりと持ち、残った手で娘の手を引く。
そして彼女はうなずいた。
「行こう。時間がないもの」
「北棟にしよう。
あっちはまだ手が回ってないだろうし、車もある」
三人は、慎重に走り出した。
北棟へ行くには、右の通路からが一番早い。
無機質の床と靴底がふれあい、甲高い音が響く。
やがて三人はT字路にさしかかった。
右へ曲がれば、北棟へゲートは目前である。
さっきから追っ手は誰一人いない。
やはり、こちらにはまだ手が回っていないのだろう。
三人から安堵の笑みが零れた。
父は、逃げ延びられそうだという安堵。
母は、銃を使わずに済んだという安堵。
そして娘は、どうやらもう走らずに済みそうだという安堵である。
一行を先導していた父親が、まず最初に角を曲がった。
そしてそのまま凍り付く。
彼は鬼のような形相で振り向くと、二人の女性に向かってありったけの声で叫んだ。
「来るなっ!!」
ドシュッ!
鈍い音。彼の右足から血と肉片が飛び散った。
痛みに一瞬の叫びを上げながらも、必死に右足を引きずって、角のこちら側へ逃げてくる。
「こちらW22。生存者を発見した。
男が一人。ガストライフル所持。他にもいるようだ」
『了解。至急応援に向かう』
知らない男の声が、曲がり角の向こうの方から聞こえてくる。
なんてことだ。
もう、ここも安全ではなかったのだ。
父は、両目に涙を一杯にためている娘を抱きかかえた。
しゃべるわけにはいかない。
声を出せば、追っ手にばれてしまう。
彼らに娘がいるということが。
本当は、最後に言葉をかけたかった。
横に目をやった。
妻もまた、決意に満ちた表情で彼女の娘を見つめていた。
声はださない。
彼女もわかっているのだ。
そうだろう。彼女は自分より頭がいいのだから……
父は自分の妻とうなずきあうと、足下にあるエアダクトを慎重に開いた。
そしてその中に自分の娘を入れた。
「……う……」
娘はかすかに、うなり声をあげた。
今にも泣き出しそうだ。
彼は慌てることもなく両手の人差し指で、口の前にバツを作った。
しゃべってはいけない。
父の真剣な瞳に、彼女の涙が止まった。
彼は微笑み、右足の痛みをこらえて立ち上がった。
今度は、入れ替わりに母親が娘の前に顔を見せた。
そっと娘の頬を撫でると、反対側の頬に軽くキスをする。
別れの挨拶は、それだけだった。
母はエアダクトの蓋を閉じた。
蓋は格子状になっていて、外からでは滅多なことでは見つからないだろう。
母も、立ち上がった。
娘には、もはや何も見ることはできなかった。
聞こえてくるのは音だけ。
彼女はそのつぶらな瞳を閉じた。
カッ、カッ、カッ……
カチャッ。
「ここの職員だな?」
カツッ。カツッ。
「僕たちは忘れないぞ。この裏切りを」
ガチャッ。
「そういうことは、社長に言ってくれ」
サッ。
カサッ。
「わたしたちは、いつも一緒にいるわ」
「愛しているよ、アヤメ」
カチッ。
どぱぁっ!!
……………
……………
カッカッカッカッカッ。
「……こりゃ酷い……聞こえるか?
こちら西口通路……まるでジャムだよ……ああ、男と女。
夫婦か恋人だろ。手を繋いだままだ……ん?」
カッ、カッ。
「……いや……妙な血痕が……
これは……通風口か。
まさか……」
ガチッ、ガチッ。
ガチャン。
シュ…ゴトッ。
光が戻った。
アヤメは震えていた。
両手で耳を塞いで。
小さな瞳を必死に見開いて。
恐怖に歯をがちがちと鳴らして。
アヤメはただ、震えていた。
何も、何もしゃべらずに。
だって、そうじゃないか。
しゃべっちゃダメだって、パパが――
――パパが――
つづく。