アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
……馬鹿な奴らだ。
司は一人、ほくそ笑んだ。
操縦桿を握る手を止める。
もちろん彼の愛機も動きを止め、森の中で静止した。
司の額に汗が浮かんだ。
タイミングを間違えれば、それは自分の死を意味する。
キュイィィィンッ!
金属を掻きむしったような不快な高音。
全部で6本の光線が、一点に収束した!
丁度、ついさっきまでミーティアライトが立ちつくしていた地点に。
おそらくパイロット達は、自分の目を疑っただろう。
紫色の巨人は、空中に飛び上がってレーザーをかわしていたのだ。
レーザーは、当然だが光である。
その速度は光速に等しい。
それを避けるためには、もちろん目標も光速で移動しなければならないのだ。
発射された後で回避する為には。
つまり、ミーティアライトは発射の直前に、既に回避行動を始めていたのである。
言うのは簡単だが、少しでもタイミングが早いと照準が機体の動きをとらえてしまう。
それでは何の意味もないのである。
いつ発射されるとも知れない敵の攻撃のタイミングを、正確に知ることは……
事実上、不可能。
「勘が当たったな」
司の言葉と、全く同時だった。
外れたレーザーに貫かれて、敵のMT3機と戦闘リグ1機が爆炎を吹き出したのは。
ミーティアライトはそのまま上昇する。
目の前にはヘリが一機。
慌てて機関砲を撃ってくるが、それも司の勢いを殺すことはできなかった。
左腕がきらめき、光の刃がヘリを断ち切る。
ヘリは空中で爆発し、辺りに光と残骸を撒き散らした。
これで、9機。
司はモニターで真下に目を遣った。
明らかに動きが鈍くなったリグが1機。
レーザーの発射には膨大なエネルギーが必要である。
おそらく、さっきの攻撃でチャージして置いた電力を使い切ったのだろう。
もはや、第二射はない。
ガシュッ!
ミーティアライトのハンドガンが火を噴いた。
真上からの弾丸が、リグを地面に押しつける。
もう一発。
当たり所が悪かったのだろうか。
リグは噴煙を吹き始めた。
そして
ザンッ!
真下に向かって突き出されたレーザーブレードが、その機体を貫いていた。
特異な高速戦闘機は、完全に動かなくなった。
勝った。
司は惚けたような顔で遠くを見つめた。
また、勝った。
自分は強い。
そう思う。
これだけの戦力を相手取って自分は傷一つ負っていない。
これなら。
自分なら。
アリーナのトップにだろうと、負けるわけがない。
司は勝者になるのだ。
そうすれば、きっと生活はもっと楽になる。
アヤメを、喜ばせることができるのだ。
司は頭を振った。
今はまだ、ミッションの途中だ。
任務なんて、彼にとっては遊びのようなものだったが……
それでも、油断は禁物だ。
何があるか、わからないのだから。
*
ぴっ。
小さな電子音。
アヤメはパソコンの画面に目を遣った。
第一波は、彼に全滅させられたらしい。
もっともこれは、あくまでオードブルでしかない。
メインディッシュはずっと先である。
ただ、その前にやることがある。
ネットワークへと接続し、適当なポイントにアクセスする。
数度の移動を繰り返して、画面に表示される小さなウィンドウ。
向こうのホストは、IDとパスワードの入力を求めている。
慌てず騒がず、アヤメはあるソフトを実行した。
彼女のオリジナルソフトだが……一般には、「ディクショナリ」と呼ばれる種類のソフトである。
とりあえず、IDの欄に文字を入力する。
[Iris]
そして、ここからが「ディクショナリ」の本領発揮である。
低い音が響く。
CPUの加速器が、高速で回転しはじめたのだ。
きりきりと、心地よいリズムがしばらく伝わってくる。
やがて、電子音とともに、画面に文字が表示された。
[OK,your access was accepted.]
よし。
とりあえず、アカウントは手に入ったようである。
すぐさまアヤメはもう一つのソフトを動かした。
これは、「スカウト」というタイプのものだ。
数秒で、「スカウト」が結果を報告する。
結果は……「アラーム」及び「トラッカー」と連動した「ウォッチドッグ」……
それと、「リジェネレイト」が単独で常駐しているようである。
しかし「ウォッチドッグ」の方は、「スカウト」に連動させた「アイスピック」で既に破壊済みだ。
今頃、必死で「リジェネレイト」が修復しているだろう。
それは、少しまずい。
アヤメはさらに「メルト」というソフトを動かした。
目標は、もちろん「リジェネレイト」。
全ての修復を終える前には、「リジェネレイト」は完全にとけてしまっているだろう。
これで、一通り準備は終わりである。
堂々とデータセクションにアクセスし、そのデータに目を通す。
目的の物は、すぐに見つかった。
護衛として雇ったレイヴンの記録である。
すぐさまアヤメはプログラムを動かした。「デリート」である。
彼女の「デリート」は特別製である。
「サーチ」と連動していて、関連するデータを自動的に全て破壊してくれる。
楽なものだ。
この企業のデータから、ある一人のレイヴンに関係する部分が消え去った。
これであの赤いACに乗るレイヴンは、この企業とは何の関係もない、ということになった。
あとは。
アヤメはアクセスをカットした。
レイヴンズネストのデータも処理しなければならない。
まあ、あちらはもっと楽だ。
昔は異常にガードが固かったが、三年前に一度消滅して、再び結成されたネストはボロボロである。
一応名前だけは以前のネットワークから受け継いでいるが、以前とは違って重い上にハッキングのし放題。
おかげで企業は重要な依頼をネストに流さなくなった。
それはそうだ。
敵企業を襲撃する、なんて情報が公衆の目に晒されたら、それこそ何の意味もない。
今度は、レイヴンズ・ネストとつながりの強いアクセスポイントに接続する。
ネストへの門には、データロックがかけられている。
専用のデータキーがなければ入ることはできないのだ。
しかしこんなもの、アヤメの手に掛かれば子供だましのようなものだった。
走らせるプログラムは、「マスターキー」。
データキーとは、時々刻々と一定のプログラムに沿って変化するパスワードのことだ。
正規のユーザーは、それに対応したパスワードを出力する、鍵となるプログラムを渡され、それによって内部へアクセスすることができるのである。
「マスターキー」とは、そのパスワード設定プログラムを解析し、独自にキープログラムを作りだすプログラムのことである。
難解な「データキー」にはさすがに対応できないが……今回は心配する必要すらもなかったようだ。
あっさりと、レイヴン専用ネットワーク、通称「ナーヴ」へと侵入できた。
本来なら、ここで「スカウト」なりなんなりを使って周囲を調査し、保安プログラム……俗にICEと呼ばれる物を発見、消去するのだが……
ここではそれすらも必要ない。
簡単な「ディスガイズ」のプログラムを走らせ、まるで自分がスーパーユーザーであるかのように振る舞う。
思った通り、「ウォッチドッグ」も「アラーム」も反応しない。
なんとも不用心なネットワーク警備である。
もう少しくらい力を入れても罰は当たらないと思うのだが。
ともかく、目的の物を消去しなくてはならない。
膨大なレイヴンのデータの中から、一人のレイヴンの物を探し出す。
簡単なことだった。
彼女は有名人だから……しかし今回は全部消去してしまうわけにはいかない。
出撃記録のうち、一番新しい物……今日、出撃したという記録を消去する。
これで彼女は、今日は家でのんびりしていたことになった。
さて。
アヤメにできるのはここまでである。
少なくとも、ハッカー「アイリス」としてできることはもうない。
あとは、コバヤシの方が上手くやってくれれば……
アヤメは接続を切ると、しばらくパソコンの画面を眺めていた。
いつも見慣れたトップウィンドウ。
なんということはない。ただの青緑色をした画面だ。
しかし今は、なんだかそこに司の顔が浮かんでくるようだった。
アヤメは瞬きをした。
司の顔は消えた。
嫌な感じだ。
謝ったら、彼は許してくれるだろうか。
謝る? どうやって?
電源を切る。
これ以上画面を見ていたくなかった。
なんだかとても眠たかった。
でも、眠りたくないような気がした。
だって、今ここには司がいない。
護ってくれる人がいない。
司がいると、安心できる。
司が頭を撫でてくれると、嬉しくなる。
司がいないと、不安になる。
司が仕事に行くと、悲しくなる。
それは司が好きだから?
司は、好き。
一人だと生きていけないけど、二人なら生きていける。
一人だと怖いけど、二人だと楽しい。
でも、司じゃなきゃ嫌。
だって司はきらきらしてる。
司がきらきらするから、自分もきらきらする。
でもときどき司はきらきらじゃなくなる。
司はぎらぎらになる。
ぎらぎらな司は、なんだか怖い……
眠ろう。
アヤメはそう思った。
大丈夫。司は、きっときらきらで帰ってくる。
アヤメは何もない空中を、腕でつかもうとした。
何もつかめなかった。
司が帰ってきたら、司のきらきらがつかめるんだ。
アヤメは幸せになった。司はどこにいたって、アヤメを護ってくれる。
だって司はきらきらしてるんだから。
つづく。