アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
01 観光地下都市、コートデパール
「ぐおぉお!?」
むさ苦しい男の悲鳴が、狭いコックピットにこだました。
不健康そうな赤い光を放つランプ。
耳障りな高音をかき鳴らすブザー。
見たくもない文字を延々と表示し続けるモニター。
その全てが、絶望的な状況を彩り豊かに演出していた。
少々、演出が過剰だが。
男は操縦桿を手前に引いた。
無反応。
もう一度。
カチッという音だけが空しく響く。
なんてことだ。彼の乗っているロボットは、もはや完全に機能停止してしまっていた。
戦闘のためだけに生み出されたロボット、AC。
しかしこうなってしまえば、それもただの鉄屑である。
ガシュンッ。
低い音が闇を切り裂く。
モニターの向こうに、シルエットが映った。
人のようだった。
しかしそれはとてつもなく大きい。
巨人?
いや、違う。
あれもAC。
何かを壊したり、誰かを殺したり。
そんなことしかできない金属の塊。
その黒い姿は、男に『鬼』というものを連想させた。
「嘘だろ……どうして……」
彼にはただ、呆けたように呟くことしかできなかった。
信じられないのも無理はない。
あんな奴と事を構えることになろうとは、夢にも思わなかったのだから。
畜生。
助平心が命取りだった。
あの女め。恨んでやるぞ。
これで死んだら、お前に取り憑いて、呪い殺してやるからな。
畜生。
男はもう一度思った。
どうして、どうしてこんな奴が。
そしてモニターに見入った。
闇の中に佇む、漆黒の鬼。
「弧雷の……ロレンス――」
*
ゴオ……オオオ……
ジェットエンジンがあげる轟音は、頑丈な外壁に遮られて心地よい子守歌と化す。
『全ての旅路は、ここに集まる』というキャッチフレーズで有名なエクスシード航空。
そのエクスシード航空が誇る大型旅客機「エクセル369」は、その1016の座席を全てリゾートへ向かう人々で埋め尽くしていた。
ある窓際の三連席には、個性的な若い男女が腰掛けていた。
一人は、アジア人の女。
艶やかなショートカットの黒髪に、挑発的な輝きを放つ黒い瞳。
道を歩けば大抵の男が目を留めるほどの美女である。
そして二人目は、北欧系の女。
長い髪を三つ編み一つにまとめ、へらへらとした笑顔を絶やすことがない。
高い鼻にかけた小さな眼鏡が、ときおりずり落ちそうになる。
それを直す右腕の動き。
そのたったの一挙動にすらも、周囲の視線が集まる。
恐ろしいまでの美女である。
最後の一人は、一際異彩を放っていた。
黒いスラックスと、ごく淡い青紫色のシャツ。
ネクタイは締めずに、上から二つほどボタンを開け放っている。
丁度肩に届くくらいの長さの金髪。
身長はかなり高い。おそらく190前後だろう。
とはいえ、見た目にはそれほどおかしい所はない。
アイマスクをつけて眠りについた、ごく普通の男性である。
ただ、一カ所だけ異常な点があった。
殺気。
そう表現するものもいるだろう。
まるで獲物を狩る肉食獣のような鋭い気配を、その男は全身から放っていた。
眠っているにもかかわらず。
だからこそ……彼が一番通路側の席で護るように眠っているからこそ、周囲の男達は奥の女性二人を口説けないのである。
門の前で眠る虎におびえる泥棒のように。
『当機エクセル369は、地下都市「コートデパール」上空へ到達いたしました。
これより降下体勢に入ります。
速やかにご着席の後、座席ベルトをお締め下さい。
なお、これより先のお煙草はご遠慮願います』
事務的なコンピューター・ヴォイスが響く。
座席の前にある小さなモニターに、「NO SMOKING」の文字が映し出される。
さっきの台詞が、今度はフランス語で繰り返された。
そしてドイツ語。イタリア語。広東語。
最後に日本語で読み上げられて、ようやく機内は静かになった。
「よしゅあく~ん、もうすぐつきますよぉ~」
中央に座っている北欧系の女性が、妙な粘りけのある声で隣の男を揺すった。
ヨシュアと呼ばれたその男は、大きくあくびをしてからアイマスクを外す。
瞳が外気に触れる。
冷たい感覚を楽しみながら、ヨシュアは青い瞳を開いた。
ヨシュアは右側……窓のある側に目を遣った。
すぐ隣の席には、あいかわらずの笑みを浮かべる北欧系の女。
その向こう、窓際の席に座っているのはアジア人の女である。
彼女はまるで子供のように、窓の外の風景に目を輝かせていた。
「そんなに楽しいかよ、この風景が」
アジア人の女はこっちに顔を向けた。
ふと気付いて、座席のベルトを自分の腰にまわす。
その仕草の一つ一つが、普段の彼女からは想像もつかないほど浮かれたものである。
「せっかくここまで来たんだから、楽しまないと」
「い~ことゆ~ね~、りんふぁちゃ~ん!
よ~し、えりぃもいっぱいあそぶのだ~!」
アジア系の女――リンファ。北欧系の女――エリィ。
ヨシュアは、この二人に半ば引きずられる形でこんな所まで来てしまった。
あまり、人混みは好きじゃないんだがな。
ヨシュアはため息をつくと、シートに体を投げ出した。
ぽーん。
小さな音が鳴って、目の前のモニターに文字が表示された。
[危険ですので座席ベルトをお締め下さい]
彼の眉がぴくぴくと痙攣した。
モニターに人差し指を突きつける。
「いちいちうるさいんだよ」
*
光が照りつける。
目映い日差し。
リンファは偏光ガラス越しであるにもかかわらず、目を細めなければならなかった。
今エクセル369が飛んでいるのは、地下都市「コートデパール」の内部である。
地下都市の空港には大きく分けて二種類がある。
一つは、地上に空港を建設し、地下へのエレベーターで結ぶタイプ。
二つ目は、ここのように地下に直接空港を建設するタイプである。
この場合は、地下都市の天井に大穴を開け、そこを通って航空機が地下へ降りることになる。
騒音公害だの排気だの、問題はいろいろあるが、大量の荷物を一度に搬入できることは大きな魅力だった。
一度荷物を降ろしてエレベーターに運ぶのは、非常に大きな手間なのである。
「すっご~い!」
リンファは無邪気に歓声をあげた。
とはいえ機内では同じような声がいたるところであがっているので、それほど目立ちはしないが。
無理もない。
地下都市の中だというのに、地上よりも強い日差しが差し込んでいるのである。
そしてその光を浴びて、きらきらと輝く波。
そう、地下に海があるのだ。
ここ地下都市「コートデパール」は、圧倒的光量の照明と、人工的に生み出された海が自慢の、一大観光スポットなのだ。
エクセル369のエンジン音は、ほとんど聞こえなくなっていた。
エンジンの出力を落としたのだ。
ゆっくりと機体は降下していく。
リンファの目に、砂浜の光景が映った。
水着を着た無数の若者たちが、海に飛び込み、潜り、泳ぎ、それぞれの休暇を満喫していた。
もちろん、ナンパに精を出す男も少なくない。
リンファの顔は自然とほころんだ。
なにしろ、海水浴なんてものは初めてなのだ。
普通の地下都市に「海」なんてものがあるはずもなく、地上の海は汚染が酷くてとても泳げたものではない。
コートデパール様々だ。
こんな所でもなければ、一生海水浴なんてすることはなかっただろう。
「楽しみだね、ヨシュア」
ヨシュアの顔は、ちっとも楽しそうではなかった。
「そうかよ」
つづく。