アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
空港には、南国の雰囲気がこれでもかと漂っていた。
もっとも、南国という概念自体、今や現実には存在しないもの。
赤やオレンジで塗装された壁。
いたるところに飾ってある亜熱帯の植物。
土産物屋を埋め尽くす、奇妙な木の彫刻、豆菓子、派手なキーホルダー。
これらは全部、人々の勝手なイメージを形にしただけの、幻である。
三人はパスポートを見せて、チェックゲートを通過した。
向こう側で待ちかまえる数人の女性。
小麦色に焼けた肌を心ばかりの布と花で覆い、見たこともない変なダンスを踊っている。
その内の一人がヨシュアに歩み寄り、その頬にキスをした。
赤い花で作った輪を彼の首にかける。
驚いた様子のヨシュアのつま先を、リンファのかかとが押しつぶした。
それから、三人はホテルへの道を歩いた。
すぐ先に見えているのに、タクシーを呼ぶのもばからしい。
車道と同じ幅の歩道は、両脇を椰子の並木で囲まれ、海岸沿いをずっと走っていた。
リンファが、少し頬を赤らめながらヨシュアの腕にからみつく。
仕方がないのでエリィは二人の少し後をついていって……
わらわらと集まってきたナンパ男から逃げるのに苦労した。
途中、ヨシュアは何度か後ろを振り返った。
そのたびにリンファが、どうしたの、と声をかけたが、彼の答えはいつも、なんでもない、の一言だった。
そして、十分ほど歩いた頃には、三人の止まるホテルはもう目の前まで近づいていた。
*
「じゃあ、荷物置いて着替えたらここに集合、ね」
豪華なホテルのロビーで、リンファは自分の指を床へ向けた。
大理石の床は綺麗に磨き上げられ、輝くようだった。
「着替える?」
ヨシュアは不審がって声を上げた。
そんな彼を待っていたのは、リンファのじっとりとした視線だけだった。
ここへ来て、今更何を言ってるんだ。そういう目だ。
「泳ぐの。海で」
「……悪いが、俺はパスだ」
自分の荷物を、ヨシュアは右手で拾い上げた。
残った手で部屋のカードキーを弄ぶ。
防水加工が完璧に施された、特殊なカード。
しかも、旅行中だけはクレジットカード代わりに使えるという、非常に便利なものである。
大破壊以前に、マレー半島にあった小さな国で発明されたシステムらしい。
これ一枚で何をするにも事足りる。
「え~? よしゅあくんはおよがないのぉ~?」
「何よ、せっかくここまで来たのに」
一斉に彼を襲うブーイング。
しかし慌てることもなく、ヨシュアはエレベーターに向かって歩き出した。
金髪が揺れる。
「暑いのは苦手なんでね」
*
ベッドが一つと、テーブルが一つ。
椅子は二つある。
冷蔵庫にはミネラルウォーターからスコッチ・ウィスキーまで、各種飲み物が取りそろえてある。
あまり使うことはないだろうが、リキッドクリスタル・テレビもある。
ホテルの部屋としては、まあ妥当なコーディネイトだろう。
大きな窓の向こうには、青い海と白い砂浜が姿を見せていた。
今頃、リンファたちはあそこへ向かっていることだろう。
ヨシュアはそれを眺めながら、ベッドに横たわって暇を貪っていた。
不意に、ヨシュア起きあがった。
ベッドの上の鞄から何かを取り出す。
黒くて重たいもののようである。
それを右手に持ち、彼は部屋のドアへと向かった。
オートロックのおかげで、ドアの鍵はかかっている。
ノブに手をかける。
バンッ!
いきなりドアを押し開けると、ヨシュアはその向こうにいた人間に銃を突きつけた。
左手でそいつをひっつかみ、部屋の中に引きずり込む。
そして、すぐさまドアをしめた。
さっき鞄から取り出したのは、拳銃だった。
そして今その銃は、部屋の前にいた知らない女に向けられている――
ん? 女?
ヨシュアは改めて、そいつの姿を確認した。
金髪の、華奢な女である。
身長はリンファよりずっと低い。
ヨーロッパ系であることは間違いなさそうだ。
しかし、やはり見たことがない。
ヨシュアは腕を通じて小刻みな震えが伝わってくるのを感じた。
「空港から、俺を追っていたな」
ヨシュアは低い声で言った。
女は何も答えず、ただ震えているだけだった。
ひょっとしたら狙われているのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
ヨシュアは乱暴に女を押して、部屋の奥の椅子に座らせた。
自分はベッドに腰掛ける。
もちろん、銃はいつでも撃てるように構えたままだ。
「何の用だ」
「あ……あの……」
女は、おびえた様子で少しずつ言葉を紡ぎだした。
甲高い、透き通った声だ。
「えっと……ワームウッドさん……ですよね?」
女の口をついて出た意外な名前に、ヨシュアはまともに浮き足だった。
ワームウッドとは、ヨシュアの傭兵――レイヴンとしての名前である。
レイヴン「ワームウッド」と「ヨシュア」が同一人物であるということを知っている人間は……
今となっては、リンファとエリィくらいしかいない。
ヨシュアの狼狽に気付いたのだろう。
女は、少し落ち着きを取り戻した様子で口を開いた。
「えっとぉ……あたし、ジーナって言いますぅ。
んっとぉ、実はネットでぇ、『ワームウッド』さんと『真紅の華』さんがここに来るって……」
「……どうして俺がそうだとわかった」
いくらネットで情報が流れていたとはいえ、顔まで知られているわけではない。
普通に考えたら、わかるはずはないのである。
「あの……イメージ通りだったからぁ」
思わずヨシュアは銃を取り落とした。
「あたしぃ、ワームウッドさんのファンなんですぅ!
それでぇ、やっぱりワームウッドさんっていったら、格好良くてぇ、賢くってぇ、逞しくってぇ!
もう理想の男性なんですぅ!
えっと、それであんまりイメージ通りだったからぁ、もうこの人で間違いないや!
って思ったんですぅ!
あ、隣にいた人、真紅の華さんですよねぇ!
あの人もイメージぴったりですぅ!
とっても綺麗でぇ、もう憧れちゃいますぅ!」
頭が痛い。
ヨシュアはさっきまで銃を握っていた右手で、自分の額を押さえた。
このジーナとかいう女のテンポには、どうにもついていけない。
こういうトロトロした口調で話されると、こっちまで調子を狂わされそうだ。
エリィはまだ許容範囲内だが、こいつはそんなものを遥かに超越していた。
「あー、もういいもういい」
沈痛な面もちで、ヨシュアは誰にともなく言った。
一方のジーナは、まだ話し足りないのか、不満そうな顔だが。
調子を戻そう。
ヨシュアは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
よし、なんとか落ち着いた。
「それで? 一体何の用だ」
「あ、えっと、実は依頼したいことがあるんですぅ」
依頼、か。
どうやら目的だけはまともらしい。
バカンスの最中に仕事というのもせわしないが、どうせ暇をもてあますのは間違いないのだ。
わざわざ遠出をしてはしゃぎ回るよりも、いつも通りの生活をする方がずっと疲れがたまらなくていい。
ヨシュアはそういうタイプなのである。
「あの……引き受けていただけます?
えっと、休暇中に悪いんですけ……ど……」
「内容次第だ。
もっとも、AC無しでできる範囲内で、だがな」
今回は完璧に観光旅行のつもりだったので、ACなどもちろん持ってきていない。
大がかりな破壊活動は当然不可能である。
このジーナとかいう女も、それはわかっているはずだが。
ジーナは無言でうなずくと、おもむろに口を開いた。
「実は、あたしの護衛をして欲しいんですぅ。
最近変な人が周りをうろついてて……
仕事の邪魔をするんですぅ。
この間なんて、目の前に銃弾が撃ち込まれて……すっごく怖かったんですぅ!
だから、その人達をやっつけちゃって下さい!」
「それは、殺せという意味か」
こともなげに言い放つヨシュアに、ジーナはぶんぶんと頭を振った。
「こ、殺しちゃだめですよぉ!
てきとーに痛めつけて、もうあたしにつきまとわないようにしてくれるだけでいいんですぅ!」
なるほど。いかにも素人らしい依頼だ。
殺してはいけない、というのは足枷以外の何者でもないが、相手はただのストーカーのようだし……
AC無しでもなんとかならないことはないだろう。
あとは報酬さえ良ければ文句はないのだが……
と。ヨシュアの耳がぴくついた。
何か、かすかな音がする。
これは……ヘリのローターが空気を叩く音か?
だんだんと音は大きくなってくる。
ヘリが近づいているのだ。
妙な話だ。
一際騒音公害に敏感なこの観光都市で、ヘリが堂々と空中散歩とは……
やはり、おかしい。
音が大きすぎる。
これではまるで、すぐ近くをヘリが飛んでいるような――
ヨシュアは、ジーナの腕をつかんだ。
ドガガガガガガッ!!
つづく。