アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
いくつかの靴音が響き渡る。
先頭を切って階段を駆け下りているのはヨシュアだ。
ジーナがその後ろに続く。
しかし靴音は二つだけではない。
下から上ってくる音。
階下で、拳銃を構えた男が待ちかまえていた。
銃口はヨシュアに向いている。
――邪魔だッ!
タイミングを計らって、ヨシュアは身をかがめた。
その頭上を銃弾が通り過ぎる。
そして瞬き一つする間には、ヨシュアは男の懐に飛び込んでいた。
左腕のエルボー。
体勢を崩した男の足に、一発銃弾を撃ち込む。
男は小さく呻くと、為す術もなく床に転がった。
すぐさまヨシュアの足が、男の拳銃を蹴り飛ばす。
まるで滝を流れ落ちる水の如く、ヨシュアの動きは俊敏で無駄がなく、美しかった。
神がもたらした最も残酷な刑。
天より飛来する聖なる流星。
大地を汚染し、人々を緩慢な苦しみの内に滅ぼす狂気の災厄……
ワームウッドという名は、彼にこそ相応しい。
ヨシュアは上を見上げた。
さっきの攻防に驚いて、立ちつくすジーナがそこにいる。
戦い慣れていない奴は、これだから困る。
ヨシュアは仕方なく声をかけた。
「急げ。呆けている暇はない」
「は……はいっ!」
ようやくジーナは正気を取り戻した。
慌てて階段を駆け下りてくる。
もう一階のロビーは目の前だ。
これまで倒した襲撃者は二人。
おそらくエレベーターから攻めてくる奴や見張りもいるだろうが、それでも大した数ではない。
ごく小規模なテロリスト、といったところだろうか。
やがて二人はロビーへとたどり着いた。
そこは既に、阿鼻叫喚のさまだった。
人々は当てもなく逃げまどい、ホテルの従業員が必死にそれをなだめている。
中には平然と事態を見守っている者もいたが、そういう連中は例外なくSP付きだ。
だが、この状況は都合がいい。
こうも混乱していては見張りにも見つかりにくい。
「身を屈めろ。
人混みに紛れて逃げるぞ」
「わかりましたぁ」
二人は人々の間を、弾丸のように駆け抜けた。
思った通り、誰一人として彼らに目を向ける者はいない……
いや、前方に男が一人。
こっちを見るなり、あわてて懐に手を入れた。
――遅い。
少しもスピードを緩めることなく、ヨシュアは拳銃の引き金を引いた。
狙いは、男が取り出したばかりの小さな拳銃。
固い音が響き、銃はどこかへ跳ね飛ばされた。
男は、思わず手のひらを押さえた。
ヨシュアに対してこんな隙を見せた時点でもはや手遅れだ。
身をひねりながら放った跳び蹴りは、一寸違わず男のみぞおちに食い込んだ。
白目を向いて倒れる男。
それを踏みつけながらヨシュアはホテルの外へと飛び出し……
がつんっ。
鈍い音。
頭がくらくらする。
どうやら、前から来た誰かと正面衝突してしまったらしい。
ふらつきながらヨシュアは前を確認した。
彼と同じように頭を押さえてうずくまっているのは……
黒髪で、水着の上から上着を羽織っただけという姿の女性……
「リンファ?」
「あ……ヨシュア! 無事だった……」
リンファが言いかけた、その時だった。
ヨシュアの後をついてきたジーナが、リンファの目に留まったのは。
「ワームウッドさん! 大丈夫ですかぁ!?」
ぴくぴくっ。
リンファの眉が揺れた。
固く握った拳を震わせ、ドスの利いた声で問いかける。
「誰……? その女……?」
その迫力たるや、あのヨシュアが思わず後ずさったほどである。
こんな鬼気迫る表情のリンファは久しぶりに見る……
なんて、冷静に分析している場合ではなさそうである。
色々と誤解を招いてしまったようだし……
……と。
ガキュキュキュキュキュンッ!!
空中のヘリが放ったガトリングガンの弾丸が、ついさっきまでリンファのいた辺りの地面を削り取る!
もしヨシュアが彼女を押し倒すのが一瞬遅ければ、間違いなく周囲は鮮血で染められていただろう。
――切れてやがる!
ヨシュアは内心舌打ちをした。
やることに見境がない。
白昼堂々、戦闘ヘリを導入しての襲撃。
高級ホテル内に戦闘員を送り込むことも無茶だが、周囲の人間を巻き込むことも全く厭わないのも、大概は大問題である。
ヨシュアは自分に押し倒されて、頬を赤らめているリンファに目を遣った。
なんだかついさっきも同じ事を誰かにしたような気がするが、この際それはよしとしよう。
「話は後だ。逃げるぞ!」
「了解ッ……」
二人が立ち上がるのとほぼ同時だった。
ホテルの前の道に、一台の真っ赤なオープンカーが現れたのは。
運転席の窓が開く。中から顔を出したのはよく見知った顔だった。
「みんな!」
オープンカーのハンドルを握ったまま、エリィは腹の底から声を張り上げた。
その額には汗が浮かんでいる。
しかも口振りからすると、真面目な方のエリィのようである。
「乗って! 早く!」
*
行楽に来ていた、とある企業のボンボン息子。
自分の車がなくなったことに気付いて彼が悲鳴を上げるのは、それから数十分後のことだった。
*
ガキュウンッ!
ガトリングガンの弾丸が、またしても道路を削り取る。
エリィが蛇行運転していなければ、ああなっていたのはオープンカーだっただろう。
それにしても、ヘリは執拗に追ってくる。いくらなんでもこれではいつか撃ち抜かれてしまう。
助手席に座っていたヨシュアは、振り向きざまに銃弾を放った。
しかし……この揺れの中では、当たる方が奇跡というものだ。
弾丸はヘリをかすめることすらなく飛び去っていった。
「へたくそっ! 貸して!」
トランク・スペースに体を押し込んでいたリンファが、もぎ取るように彼の拳銃を取り上げる。
そのまま体を反転させ、両手で握った銃を頭上のヘリに向けてしっかりと構えた。
その間にも、二、三度ガトリングガンが車をかすめていく。
パゥンッ!
貧弱な銃声が響き渡った。
そして次の瞬間!
がごんっ!
ヘリの回転翼が、いきなり本体からもぎ取られた!
揚力を失ったヘリは、もちろん墜落し、何度か地面を転がって動かなくなる。
一方の翼は、近くに立っていた木を巻き込んで、盛大な砂埃を巻き上げた。
リンファの銃弾が、撃ち抜いたのだ。
回転翼の接続部分を。
「どう?」
呆気にとられた表情のヨシュアに、リンファは言った。
得意げな顔が、今は憎たらしくもありがたくもあった。
「銃はこうやって撃つのよ」
*
「今日は休業……
なんだ、ジーナかい」
ダウンタウンの一番端に、小さな古いバーがある。
もう日も落ちたというのに、ドアには「CLOSED」の看板がかかっている。
ジーナはそのドアを迷わず押し開けた。
そして中でカウンター席についていた男の第一声が、これである。
「後ろのお客さん方は?」
「あたしのぉ、護衛をしてくれる人たちですぅ」
後ろの、というのは言うまでもなくリンファ達のことである。
リンファとエリィは、いつまでも水着のままでいるわけにもいかず、その辺りのブティックで適当に見繕った服を身に纏っている。
男は多少いぶかしがりながらも、カウンターに手を突いて立ち上がった。
「何か、飲むかい?」
「よろしくぅ、マスター」
ジーナがテーブル席につくと、リンファとエリィはその正面に腰掛けた。
ひねくれ者のヨシュアは、一人カウンターへ向かう。
そしてバーのマスターに注文を付けた。
「スコッチだ」
「あたしも、それ」
「えりぃはキュラソーがいいにゃぁ~」
マスターは苦笑すると、それぞれの注文の品を探して、棚をかちゃかちゃとやりはじめた。
その様子を眺めながら、ヨシュアが独り言のように呟く。
「……あんた、何者だ?」
マスターのこと……ではない。
もちろんそれは、ジーナにかけられた問いである。
「ただの民間人相手に、あそこまで手の込んだ襲撃はしないぜ。普通はな」
つづく。