アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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05 弧雷のロレンス

 

 

 

「うーんと……多分あれは、いつもあたしの邪魔をしてる人とは別口ですぅ」

 

 マスターはまずヨシュアの前にスコッチ・ウィスキーのグラスを置くと、トレイに載せた残りの分をテーブルまで運んでいった。

 柑橘類の甘酸っぱい香りが広がる。

 エリィが必死に手を伸ばすので、彼は最初にエリィのキュラソーを差し出した。

 

「別口?」

 

 リンファも、依頼の内容は聞いている。

 ジーナの仕事の邪魔をする奴ではないということは、一体……?

 

 問いに答えたのはジーナではなく店のマスターだった。

 

「やばいことになってるぜ。

 まあ、いつもの事だがな。

 アルクの絡みだ。ここにも襲って来やがった」

 

 リンファの前にスコッチを、そしてジーナの前にオレンジジュースを置く。

 事も無げに言い放ったその背に、ヨシュアの低い声がかかる。

 

「……あんたも?」

 

「ああ。追い返してやったがな。

 ま、その時に酒の瓶をほとんど割られちまって、今日は休業ってわけさ。

 ……つくづく、よく恨みを買う奴だよ、アルクは」

 

「ちょっと待ってよ」

 

 口を挟んだのはリンファだった。

 眉をゆがめ、不審を顔一杯に浮かべている。

 

「恨みったって、ちょっとやそっとのものじゃないわよ?

 一体何なの、そのアルクって奴は」

 

「それは……」

 

「あーっ!!」

 

 いきなりジーナが立ち上がり、マスターの口を塞いだ。

 顔を真っ赤にして、額から冷や汗を吹き出している。

 大した慌てぶりである。

 

 マスターはゆっくりと、その手を引き剥がした。

 微笑み、静かにジーナを諭す。

 

「黙ってても、いつかはわかることだぜ?」

 

「う……」

 

 泣きそうになりながらも、ジーナは口を閉じた。

 

 マスターはそのままカウンターの内側に入り、彼専用の小さなパイプ椅子に腰を下ろした。

 棚から適当に酒瓶を取り出し、それをなみなみとグラスに注ぐ。

 

「あんたたち、レイヴンだろ。

 だったら名前くらいは知ってるはずだ。

 ロレンス・ド・アルク――『弧雷のロレンス』。

 ジーナの兄貴さ」

 

 

  *

 

 

 闇。

 

 コートデパールは根っからの観光都市である。

 それは何も昼間の海や太陽に限ったことではない。

 擬似太陽は少しずつ赤く染まっていき、やがて夜が訪れる。

 

 そう、闇に包まれた夜の街は、シックな大人の空間なのだ。

 もの悲しいピアノ曲が似合う酒場もあれば、弾けるようなリズムが聞こえてくるジャズ・バーもある。

 非公式だが、地下のカジノに足を運ぶ者も少なくない。

 

 ただ、彼らはそんな夜の遊びに興じる連中とは、明らかに気色が違っていた。

 

 足音を潜め、素早くある建物に近づいていく。

 バーのようだが、ドアには「CLOSED」の札がぶら下がっている。

 そいつらは、手に何かを持っているようだった。

 黒い、大きな、何かを。

 

 一人が手で合図する。

 もう一人が、頷いて応える。

 その手がドアノブに伸びて……

 

 ガチャッ。

 

 ドアは、内側から開いた。

 

「今晩は、皆々様」

 

「なッ……!」

 

 ガシャンッ!

 

 有無を言わせず、リンファは手に持っていた酒瓶を覆面の男に叩き付けた。

 頭を殴打され、男は一撃で昏倒する。

 

 そして呆気にとられているもう一人の男の腕をつかみ、リンファは一気に力を込めた。

 男の体が軽々と宙に舞い、床に叩き付けられる。

 

 打ち所が悪かったのか、男はそれだけで沈黙した。

 

 甘いのだ。

 足音を殺しているつもりだろうが、外の不穏な気配は店の中まで伝わってくる。

 逆にリンファはドアの前で待ち伏せ、襲撃者に奇襲を仕掛けたのである。

 

「ヨシュア、裏は?」

 

「5人だ。表から車に乗った方が早い」

 

 バーの裏口から様子をうかがっていたヨシュアが、リンファの元に駆け寄った。

 その後ろにエリィ、ジーナ、そして店のマスターも続く。

 足音を忍ばせながら、順番に店の外へ駆けだしていく……

 

 いや、一人だけ。

 マスターだけが、店を出ようとはしなかった。

 

「何をしている」

 

 マスターは首を横に振った。ヨシュアの顔が少しだけ歪む。

 彼の瞳に浮かぶ、決意の色を感じ取ったのだ。

 

「俺は、ここに残るよ。

 これ以上店を荒らされたくない」

 

 ほんの少しの間、沈黙が流れた。

 ヨシュアの目が冷たく輝く。

 マスターは耐えかねて瞳を閉じる。

 

 言葉は無意味だ。

 ヨシュアが何を言おうと、彼の決意は決して揺るがない。

 それは、間違いのないことだった。

 

 他の三人は既にオープン・カーに乗り込んでいた。

 リンファが手招きをする。

 早く来い。

 そう言っているのだ。

 

 ヨシュアはマスターを放って走り出した。

 そのまま車体に手を突き、宙を舞って車に飛び込む。

 

「あのぉ、マスターはぁ?」

 

「別ルートで逃げるとさ」

 

 嘘である。

 だが今は、嘘の一つもつかなければ誰も納得しないだろう。

 それはリンファもエリィもジーナも、そしてヨシュア自身も。

 

 問いつめられれば、本当のことを話さないという自信はなかった。

 しかし幸運にも――或いは故意にかもしれないが――深く追求しようとする者はいなかった。

 

 ヴォウンッ!

 

 爆音を立てて、オープン・カーのエンジンがかかる。

 全く、所有者の馬鹿さ加減には呆れて言葉も出ない。

 どうして、無音の電気自動車をわざわざ轟音が出るように改造しなければならないのだ。

 形だけでも格好良く見せて女を引っかけたいのだろうが……

 これで騙されるような馬鹿な女など、ヨシュアはまっぴら御免である。

 

 聞こえてくる足音。

 連中も、このエンジン音には気付いたらしい。

 裏口に回っていた5人が、細い路地を通り抜けて現れる。

 

 三流どもめ。

 リンファは車のハンドルを握って、心の中で罵った。

 ついてこれるものなら、ついてきてみろ。

 

 リンファは、アクセルを思いっきり踏みつけた。

 

 

  *

 

 

「弧雷のロレンス――だと……」

 

 マスターの言葉を聞いて、ヨシュアは目を見開いた。

 驚愕?

 いや、違う。

 そんな生やさしいものではない。

 畏れ。

 それこそが、彼の中にある感情だった。

 

 リンファも同じように息を飲んでいた。

 いくら業界に疎い業界人たるリンファでも、この名を知らないということはなかったようである。

 

 弧雷のロレンス。

 現役最強の名を欲しいままにしているレイヴンである。

 

 マスターアリーナ、と呼ばれるものがある。

 レイヴン達が鎬を削る「闘技場」、バトルアリーナの中でも、名実共に最強クラスのレイヴンのみが参戦を許されるトップランクのアリーナ。

 それがマスターアリーナである。

 かく言うリンファやヨシュアもこのマスターアリーナに所属しているのだが……

 

 そこには、一つの伝説があった。

 

 漆黒の鬼を思わせるACを駆る男。勝つたびにポイントが加算され、その大小によって順位が決められるマスターアリーナにおいて、その男は今だ無敗。

 他に大差を付けて文句無しの一位に居座っている。

 

 その強さは圧倒的。

 雷光のように現れ、瞬き一つする間には勝負がついているという。

 ……マスターアリーナ所属のレイヴンを相手にして、である。

 

 彼の強さを稲妻に喩え、ある者がこう呼んだ。

 ロレンス・ド・アルク。

 弧雷のロレンス、と。

 

 かつてオルレアンの街を救った聖女ジャンヌと同じ二つ名。

 誰もその名を疑うことはなかった。天から堕ちる弧状の雷光。

 一目見ただけで、人々の目にはその姿が焼き付けられるという。

 

「信じてない……って顔じゃないな、それは」

 

 店のマスターはリンファの表情をまじまじと見つめた。

 ようやく彼女も落ち着きを取り戻した頃である。

 

「嘘にしちゃ、現実味がなさすぎる」

 

「……違いねぇ」

 

 しかしそれなら、納得もいく。

 最強、という名がどれほど重い物か。

 

 名声を求める馬鹿ども。

 単に腕試しをしたいだけの馬鹿ども。

 そして、そこから生じる逆恨み。

 狙われる理由は、それこそ掃いて捨てるほどある。

 

 肉親や、ただの知り合いにとっても。

 

 ぴくり。

 ヨシュアの耳が動いた。

 かすかな気配が、店を取り囲んでいた。

 

 

 

つづく。

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