アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
トリガーを引く!
肩のミサイルポッドから垂直に打ち上げられる四発のミサイル。
ヒュルヒュルと音を立て、まるで蜘蛛の糸のように黒鬼を絡め取る!
慌てるそぶりも見せず、アビスは真後ろへ飛んだ。
そして再び足が地面につくなり、今度は直角に向きを変え、左へ逃げる。
ミサイルはその軌道を追うようにして大地を抉った。
ただの一発も当たりはしない。
『Excellente』
ロレンスの声は、だんだんと上擦ってきていた。
興奮しているのだ。
久しく無かった、戦いの緊張感に。
忘れかけていたこの素敵な感覚を思い出させてくれる……
体がむずむずする。
そうだ、自分は失礼なことをしているのだ。
とても、とても。
『素晴らしい攻撃だ。随分と息が合っているな』
『なんだかんだ言って、付き合いが長いからなァ』
「腐れ縁だけどね」
大地に降り立ったペンユウは、ワームウッドと少し距離を置いて並んだ。
黒鬼は動かない。
じっと、こちらを見つめている。
ふつふつとわき上がる、何かの感情が伝わってきた。
いや、見えると言った方がいいかもしれない。
まるで大気の質が変わったかのように、アビスの周囲には陽炎が立ち上っていた。
『すまなかった、真紅の華。
やはり私は、君達を甘く見ていたようだ』
ぞくり。
突然の悪寒がリンファの背を襲った。
何だ、この感覚は。
こんなに距離が離れているのに、相手は武器を構えてすらいないのに、まるで喉元に牙を突きつけられたようではないか。
そう、あと一押しすれば喉笛をかっ斬られる。
そんな張りつめた空気だ。
自然と冷や汗が玉を作った。
『戦おう。全力を以て』
―― ――
「消えたっ!?」
ない!
つい今まで、目の前でしっかりと存在していたアビスの姿が、今や何処にもない!
ほんの一瞬、瞬きよりも短い一瞬のうちに、黒鬼は何処かへと消え失せていた!
『後ろだ、リンファ!』
早かったのは、叫びか腕か。
ペンユウは横へ飛んだ。
後ろを確認する暇など、有ろうはずもない。
光が装甲板をかすめて過ぎる。
背後からの、いつのまにか背後に回り込んだアビスからの射撃である!
「こンの野郎ッ!」
ペンユウが振り向こうとした、次の瞬間。
ヴァシュッ!!
ペンユウの右腕は、間接部を貫いたレーザーによって斬り落とされていた。
正面に回り込んだ、アビスのレーザーライフルである。
*
なんてことだ。
ヨシュアは爪を噛んだ。
彼の癖だ。
しかし、普段は滅多に見せることのない癖。
一瞬だった。
一瞬で、ペンユウは右腕ごとマシンガンをもぎ取られた。
まだミサイルが残っているとはいえ、あんな機体で活動するのは自殺行為に近い。
重量や電力供給のバランスが崩れるのがどれほど危険なことか。
知らないレイヴンはいないだろう。
案の定、バランスを失ってペンユウの巨体が倒れ込む。
ガラガラと、不快な音が響き渡った。
そして、アビスが振り向く。
ワームウッドの方に。
ゆっくりと、緩慢な動きで。
汗が噴き出す。
なんてことだ。ヨシュアはもう一度思った。
圧倒的じゃないか。
これが、これが全力を出した弧雷だというのか。
『知っているか。
兵は神速を尊ぶ、という』
落ち着き払ったロレンスの声が聞こえてくる。
冷静になっている。
さっきまで、あんなに興奮していたというのに。
これが最強の風格か……
ただ自分の感情に流されるのではない。
必要なときには、機械のような冷酷さを一瞬で取り戻すことができる。
『雷は、閃光と共に現れ、閃光と共に消える。
それは私と同じ。
それ故、わたしはこう呼ばれている。弧雷、と』
「知ってるよッ!」
ヨシュアはトリガーを引いた。
ガトリングガンの弾丸が研ぎ澄まされた槍のごとくアビスに迫る。
普通なら、横に飛んで逃げるべき状況である。
―― ――
まただ!
アビスの姿が掻き消えた。
弾丸が空しく虚空を割いていく。
だが、奴が現れるのはおそらく――
ヨシュアは真後ろの光景をモニターに映した。
そこに、突如姿を現す黒鬼。
――そういうことか!
アビスがライフルを構えている。
ワームウッドは迷うことなく真上に飛んだ。
光の矢が足下を通り過ぎていくのがわかる。
『……気付いたか』
「俺は、リンファよりは目がいいんでね!」
アビスは、何もワープだの何だのという漫画じみた技を使っていたわけではない。
ただ単純に、こちらの頭上を飛び越えて後ろに回っていただけなのである。
しかし、その飛び越え方が尋常ではない。
機体の向きは変えずに上昇し、相手の頭上を飛び越えたらブースターをカットして自然落下する、というのが普通である。
それをアビスは、上昇と下降の両方にブースターをフル活用していたのだ。
つまり、こちらを正面にとらえたまま、半円を描くように飛んだのだ。
そのまま進めば、もちろん頭から着地するはめになる。
だから着地の一瞬前に、機体を横に回転させて上下を反転させたのである。
そんな無茶な動きをした時の、パイロットにかかる慣性力がどれほどのものか。
常人なら一回で失神してしまうだろう。
だから、ヨシュアは上空へ飛び上がったのだ。
これなら上から回り込まれることはなくなる。
『ならば、共に舞うか!
この澱んだ空を!』
ヴァンッ!
アビスがブースターを噴かして飛び上がる!
ワームウッドを飛び越え、更に上空へと。
「空中戦かよ!」
真上から降ってくる二発のミサイル。
ワームウッドの巨体がくるりと回転した。
真上を正面にとらえ、ガトリングガンを掃射する。
一つ。二つ。
巻き起こる爆発。
アビスはそれをかわすと、真上にブースターを噴かして一気に下降した。
重力も手伝って、恐ろしいまでのスピードで迫ってくる。
左腕の煌めき。
レーザーブレード!
ワームウッドの貧弱なブースターが懸命に火を噴いた。
光の刃を寸前でかわす。
しかし、アビスの勢いは止まらない。
必死に機体を回転させ、落下スピードは押さえ込んだが、既にワームウッドの下まで落ちてしまっていた。
「じっとしていろッ!!」
ガゴンッ!
ワームウッドが、アビスに上から組み付いた!
そのままブースターを噴かす。上に向かって。
二機は絡まりながら猛スピードで落下していく!
――おまけだっ!
ヨシュアはトリガーを引いた。
ガトリングガンの弾丸が、ライフルごとアビスの右腕を吹き飛ばした!
あとはこのまま落ちていけば……
アビスのボディがクッションになって、運が良ければ生き残れるだろうよ!
「おおおおおおっ!!」
『ぬうううううっ!!』
アビスの声。
驚愕。
冷や汗。
ヨシュアは目を見張った。
*
轟音と砂煙を巻き上げ、二機は墜落した。
ヨシュア!
リンファは心の中で叫んだ。
最後の一瞬で、ワームウッドとアビスの上下が逆転した。
ロレンスの巧みな機体操作によって。
クッションにされたのは……ワームウッドの方だ。
『う……』
雑音が混じりながらも、通信が入った。
ヨシュアのうめき。
よかった、生きている。
しかし次の瞬間、リンファは我が目を疑った。
砂煙が収まる。
立ち上がる黒い影。
右腕がない。漆黒の鬼。アビス。
そしてその足下に転がる、青い蜘蛛。
四本の足のうち、二本を失った……ワームウッド。
破れた。
あの、ヨシュアが。
「く……」
リンファはいくつものレバーを必死に動かした。
ペンユウに残された左腕を支えにして、なんとか立ち上がらせる。
バランスが崩れているせいだ。
機体がふらふらしてしかたがない。
でも……でも、こうするしか!
「こンの野郎ォォォォォォ!!」
ペンユウが走る。
アビスに向かって。
つづく。