アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
01 『坊や』
人類を地下都市へと追いやった大戦争、「大破壊」から53年。
世界は大きな変貌を遂げた。
極度の汚染で人が住めなくなった地上。
失われたシステム、国家。
台頭する巨大企業。
収まることを知らない紛争。
激化するテロ。
人種、性別、民族、各種取り混ぜた差別。
需要があるからこそ誕生した供給、戦闘兵器ACを駆る傭兵「レイヴン」。
だが、世界がどう変わろうとも人には変わらぬ真実がある。
それは、生と死。
ゆりかごから墓穴まで、とはよく言ったものだが、生まれた人間がいずれ死んでいくというこの真実は、決して変わることはない。
世界最大の複合地下都市「アイザック・シティ」の外れに、一つのリフトがある。
地下都市のさらに地下へと降りていくリフトである。
下にあるのは墓地。
無数の墓標が立ち並ぶ、湿った気色悪い空間だ。
墓地はいくつもの層に分かれていた。
地位の高いもの――それはこの世界においては金を多く持っているものとイコールだが――ほど、高い層に葬られる。
少しでも、地上に近く。
死してもなお、生に憧れる。
人の浅はかな考えが産んだ、階層構造である。
その一番上の層。
一際豪華な墓標が軒を連ねる第一層を、一人の男が歩いていた。
飾り気のないグレーのスーツを身に纏った壮年の男。
白い色が混ざり始めた金髪と、澱んだ青の瞳。
そして手には、花束が一つ。
百合の花だった。
やがて男はある墓標の前にたどり着いた。
その墓標は、第一層にあって然るべきそれとは、一線を画したデザインをしていた。
質素である。
これなら一般人のものと大差ない。
木に似た質感ではあるが、決して朽ちることのない合成素材で作られた、簡単な十字架。
それが一つだけ、広い敷地にぽつんと立っている。
男は花束を十字架に供えた。
なんていう墓標だ。
彼もそう思う。
だが、生前にいつも親友が言っていたのだ。
もし自分が死んだら、こういう風に埋めてくれと。
周囲の者はもちろん反論した。
でも彼は、親友の意志をかなえてやりたかったのだ。
「オブリッチ」
親友の名。
まるで、墓にかかれた銘を棒読みしているかのような響きだ。
「死ぬのが早すぎたんじゃないのか」
親友にして上司にして社長であった男。
彼は親友の秘書だった。
懐刀として畏れられていたのだ。
長老どもや専務の馬鹿共がちょっかいをだしてきた時も、二人でなんとか乗り越えた。
会社もちゃんと纏めてきたつもりだ。
しかしそれが……こんなことになるとは。
ストレス性の脳梗塞。
お笑い種だ。
ひたすら、不和を取り除くことばかりに気を使ってきたお前が、その死によって最大の不和を呼び覚ましてしまった。
跡を継いだ保守派のモールは頼りないし、革新派のハティーユやファも動向が怪しい。
株主の長老どもも最近活気づき始めた。
俺は、どうすればいい。
せっかくここまで育ててきたネーベル・テヒニケンを、こんなことで潰してしまっていいのか。
「お会いできて光栄ですわ、ハール・ノーカー」
声は、突然に後ろから聞こえてきた。
男は、ノーカーと呼ばれた男は振り返った。
いつの間にか、女が一人立っていた。
鮮やかな、長い金髪。
研ぎ澄まされた刃のごとく冷たい輝きを放つ青い瞳。
整った顔立ち。
女としては、背も高い方だろうか。
黒いロングコートが目を引く。
細身の美女ではあったが、どこか恐ろしさにも似た雰囲気を放っていた。
女の手には、花束が握られていた。
百合の花束。
彼が今しがたしたように、女も墓にそれを供えた。
彼の親友が生前好きだった、そして何度も似合わないぞとからかった、あの百合の花である。
「君は?」
女は立ち上がった。
墓標を見つめる瞳がすうっと細くなる。
ノーカーは背筋に悪寒を感じた。
この女は、天使か、はたまた悪魔か。
ガブリエルのようにも見えたし、リリスのようにも見えた。
「NT第三技術開発研究部部長、アシャンタ=ナスティー」
コートが揺れる。
女は振り返ると、ノーカーに向かって微笑んだ。
「我が社を治めるに相応しい女ですわ」
*
冷たい空気が心地よい。
男は後ろ手に喫茶店のドアを閉めた。
からん、と乾いた鐘の音がする。
黒いロングコート、金髪、冷たい輝きを放つ青い瞳。
1.9mを超える身長と、少し長めの手足。
荒んだ空気を放つその男は、おおよそ紅茶店には似つかわしくない風体をしていた。
だが、この店に来る連中はこんなものだ。
なんでもここのマスターは元AC乗りだったらしい。
そのせいか、紅茶店カラサキは闇の世界で生きる傭兵、レイヴンのたまり場になってしまっていた。
彼も……ヨシュアも、そんなレイヴンの一人。
もっとも、この店に来たのはこれが初めてだったが。
ヨシュアは多少不機嫌そうな顔つきで、夜の街を歩き出した。
ついさっき、店のマスターに笑われたのである。
彼がダージリンの「ストレート」、を頼んだのがいけなかったらしい。
普通はストレートで出すものなんだそうだ。
仕方がないじゃないか。
ただ紅茶とだけ言うと、砂糖だのミルクだのを力一杯ぶち込むような連中と、一年近くもつき合っているのだから。
これだから、女は。
ヨシュアは思いながら自己嫌悪に陥った。
どうしてああも、甘い物ばかり食べていられるのか。
こつり。こつり。
闇に響いていく彼の靴音。
耳がぴくりと動いた。
右腕をコートの中に差し入れる。
前の方の、バーとドラッグストアの間にある細い道。
裏路地へ通じる道だ。
ヨシュアはそこに入り込んだ。
足下の汚物を飛び越え、粗大ゴミの隙間をくぐり抜け、酔って眠った浮浪者を踏みつけないように気をつけながら、裏路地を進んでいく。
やがて彼はスラムの一角にたどり着いた。
朽ちかけたビルに挟まれた、細い路地。
幅は1mほどしかないだろう。
この辺りまで来れば、少々騒いでも大丈夫なはずだ。
ヨシュアは立ち止まると、コートをはためかせて振り向いた。
「パーティのお誘いかい、坊や」
ゆらり。
そいつは、まるで陽炎か何かのように、闇の中から現れた。
随分とくたびれた灰色のコートで身を包んでいる。
ボタンを全て留めて、フードも目深にかぶり……
表情はおろか、性別すらも伺い知ることはできなかった。
ただ、背が妙に低いことは目に付いた。
今日日、小学生でももう少し立派な体格をしているだろう。
『坊や』は、もう一度ゆらりと揺れた。
走る。
速い。
おそらく、ヨシュアが本気で走ってもあれほどの速度は出ないだろう。
かなり鍛え上げられているのかもしれない。
ヨシュアは素早く銃を構えると、二発の弾丸を撃ちだした。
『坊や』が身を屈め、高い一発をかわす。
そして地を蹴って宙に舞い、低い二発目をかわした。
なんて跳躍力だ、ヨシュアの身長より高く飛び上がっている!
『坊や』はそのまま横手の壁を蹴り、上からヨシュアに迫った。
煌めく白刃。ナイフ。
身をひねって、ヨシュアはそれを避けた。
『坊や』は猫のように身軽に着地するなり、返す刃を繰り出す。
今度は横に飛び、これをかわす。
コートの裾が少しだけ裂けた。
畜生、なんてことをしやがる。
ヨシュアは『坊や』の右腕をつかみ取った。
ナイフを落としてしまえば、恐れることはない。
「ッ!?」
ヨシュアは慌てて手を離し、小さく呻いた。
奴の腕をつかんだ左手に、真紅の血がにじんでいる。
仕方なく彼は『坊や』に蹴りを入れて倒すと、後ろに飛んで間合いをとった。
左の手のひらに、大きな切り傷がある。
なんなんだ、あいつは。
ヨシュアはさっき、はっきりと見た。
今まではコートの下で見えなかったが……
奴のナイフは、右手に持たれているわけではない。
手首から生えているのだ。銀色に輝く刃が。
「……ガキにはすぎた玩具だな」
彼の口調からは、さっきまでの余裕は感じられなくなっていた。
肩で息をするほどではないが、額には玉の汗が浮かんでいる。
ゆらりと、また陽炎が立つ。
『坊や』が立ち上がった。
つづく。