アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

67 / 87
第9話 ブルーグラス・メモリーズ
01 『坊や』


 

 

 

 人類を地下都市へと追いやった大戦争、「大破壊」から53年。

 世界は大きな変貌を遂げた。

 

 極度の汚染で人が住めなくなった地上。

 失われたシステム、国家。

 台頭する巨大企業。

 収まることを知らない紛争。

 激化するテロ。

 人種、性別、民族、各種取り混ぜた差別。

 

 需要があるからこそ誕生した供給、戦闘兵器ACを駆る傭兵「レイヴン」。

 

 だが、世界がどう変わろうとも人には変わらぬ真実がある。

 それは、生と死。

 ゆりかごから墓穴まで、とはよく言ったものだが、生まれた人間がいずれ死んでいくというこの真実は、決して変わることはない。

 

 世界最大の複合地下都市「アイザック・シティ」の外れに、一つのリフトがある。

 地下都市のさらに地下へと降りていくリフトである。

 

 下にあるのは墓地。

 無数の墓標が立ち並ぶ、湿った気色悪い空間だ。

 

 墓地はいくつもの層に分かれていた。

 地位の高いもの――それはこの世界においては金を多く持っているものとイコールだが――ほど、高い層に葬られる。

 

 少しでも、地上に近く。

 死してもなお、生に憧れる。

 人の浅はかな考えが産んだ、階層構造である。

 

 その一番上の層。

 一際豪華な墓標が軒を連ねる第一層を、一人の男が歩いていた。

 

 飾り気のないグレーのスーツを身に纏った壮年の男。

 白い色が混ざり始めた金髪と、澱んだ青の瞳。

 そして手には、花束が一つ。

 百合の花だった。

 

 やがて男はある墓標の前にたどり着いた。

 その墓標は、第一層にあって然るべきそれとは、一線を画したデザインをしていた。

 

 質素である。

 これなら一般人のものと大差ない。

 木に似た質感ではあるが、決して朽ちることのない合成素材で作られた、簡単な十字架。

 それが一つだけ、広い敷地にぽつんと立っている。

 

 男は花束を十字架に供えた。

 

 なんていう墓標だ。

 彼もそう思う。

 だが、生前にいつも親友が言っていたのだ。

 もし自分が死んだら、こういう風に埋めてくれと。

 周囲の者はもちろん反論した。

 でも彼は、親友の意志をかなえてやりたかったのだ。

 

「オブリッチ」

 

 親友の名。

 まるで、墓にかかれた銘を棒読みしているかのような響きだ。

 

「死ぬのが早すぎたんじゃないのか」

 

 親友にして上司にして社長であった男。

 彼は親友の秘書だった。

 懐刀として畏れられていたのだ。

 長老どもや専務の馬鹿共がちょっかいをだしてきた時も、二人でなんとか乗り越えた。

 会社もちゃんと纏めてきたつもりだ。

 

 しかしそれが……こんなことになるとは。

 

 ストレス性の脳梗塞。

 お笑い種だ。

 ひたすら、不和を取り除くことばかりに気を使ってきたお前が、その死によって最大の不和を呼び覚ましてしまった。

 跡を継いだ保守派のモールは頼りないし、革新派のハティーユやファも動向が怪しい。

 株主の長老どもも最近活気づき始めた。

 

 俺は、どうすればいい。

 せっかくここまで育ててきたネーベル・テヒニケンを、こんなことで潰してしまっていいのか。

 

「お会いできて光栄ですわ、ハール・ノーカー」

 

 声は、突然に後ろから聞こえてきた。

 

 男は、ノーカーと呼ばれた男は振り返った。

 

 いつの間にか、女が一人立っていた。

 鮮やかな、長い金髪。

 研ぎ澄まされた刃のごとく冷たい輝きを放つ青い瞳。

 整った顔立ち。

 女としては、背も高い方だろうか。

 

 黒いロングコートが目を引く。

 細身の美女ではあったが、どこか恐ろしさにも似た雰囲気を放っていた。

 

 女の手には、花束が握られていた。

 百合の花束。

 彼が今しがたしたように、女も墓にそれを供えた。

 彼の親友が生前好きだった、そして何度も似合わないぞとからかった、あの百合の花である。

 

「君は?」

 

 女は立ち上がった。

 墓標を見つめる瞳がすうっと細くなる。

 

 ノーカーは背筋に悪寒を感じた。

 この女は、天使か、はたまた悪魔か。

 ガブリエルのようにも見えたし、リリスのようにも見えた。

 

「NT第三技術開発研究部部長、アシャンタ=ナスティー」

 

 コートが揺れる。

 女は振り返ると、ノーカーに向かって微笑んだ。

 

「我が社を治めるに相応しい女ですわ」

 

 

  *

 

 

 冷たい空気が心地よい。

 

 男は後ろ手に喫茶店のドアを閉めた。

 からん、と乾いた鐘の音がする。

 

 黒いロングコート、金髪、冷たい輝きを放つ青い瞳。

 1.9mを超える身長と、少し長めの手足。

 荒んだ空気を放つその男は、おおよそ紅茶店には似つかわしくない風体をしていた。

 

 だが、この店に来る連中はこんなものだ。

 なんでもここのマスターは元AC乗りだったらしい。

 そのせいか、紅茶店カラサキは闇の世界で生きる傭兵、レイヴンのたまり場になってしまっていた。

 

 彼も……ヨシュアも、そんなレイヴンの一人。

 もっとも、この店に来たのはこれが初めてだったが。

 

 ヨシュアは多少不機嫌そうな顔つきで、夜の街を歩き出した。

 

 ついさっき、店のマスターに笑われたのである。

 彼がダージリンの「ストレート」、を頼んだのがいけなかったらしい。

 普通はストレートで出すものなんだそうだ。

 

 仕方がないじゃないか。

 ただ紅茶とだけ言うと、砂糖だのミルクだのを力一杯ぶち込むような連中と、一年近くもつき合っているのだから。

 

 これだから、女は。

 ヨシュアは思いながら自己嫌悪に陥った。

 どうしてああも、甘い物ばかり食べていられるのか。

 

 こつり。こつり。

 闇に響いていく彼の靴音。

 

 耳がぴくりと動いた。

 右腕をコートの中に差し入れる。

 

 前の方の、バーとドラッグストアの間にある細い道。

 裏路地へ通じる道だ。

 ヨシュアはそこに入り込んだ。

 

 足下の汚物を飛び越え、粗大ゴミの隙間をくぐり抜け、酔って眠った浮浪者を踏みつけないように気をつけながら、裏路地を進んでいく。

 

 やがて彼はスラムの一角にたどり着いた。

 朽ちかけたビルに挟まれた、細い路地。

 幅は1mほどしかないだろう。

 この辺りまで来れば、少々騒いでも大丈夫なはずだ。

 

 ヨシュアは立ち止まると、コートをはためかせて振り向いた。

 

「パーティのお誘いかい、坊や」

 

 ゆらり。

 

 そいつは、まるで陽炎か何かのように、闇の中から現れた。

 随分とくたびれた灰色のコートで身を包んでいる。

 ボタンを全て留めて、フードも目深にかぶり……

 表情はおろか、性別すらも伺い知ることはできなかった。

 

 ただ、背が妙に低いことは目に付いた。

 今日日、小学生でももう少し立派な体格をしているだろう。

 

 『坊や』は、もう一度ゆらりと揺れた。

 

 走る。

 速い。

 おそらく、ヨシュアが本気で走ってもあれほどの速度は出ないだろう。

 かなり鍛え上げられているのかもしれない。

 

 ヨシュアは素早く銃を構えると、二発の弾丸を撃ちだした。

 

『坊や』が身を屈め、高い一発をかわす。

 そして地を蹴って宙に舞い、低い二発目をかわした。

 

 なんて跳躍力だ、ヨシュアの身長より高く飛び上がっている!

 『坊や』はそのまま横手の壁を蹴り、上からヨシュアに迫った。

 

 煌めく白刃。ナイフ。

 

 身をひねって、ヨシュアはそれを避けた。

『坊や』は猫のように身軽に着地するなり、返す刃を繰り出す。

 今度は横に飛び、これをかわす。

 

 コートの裾が少しだけ裂けた。

 畜生、なんてことをしやがる。

 

 ヨシュアは『坊や』の右腕をつかみ取った。

 ナイフを落としてしまえば、恐れることはない。

 

「ッ!?」

 

 ヨシュアは慌てて手を離し、小さく呻いた。

 奴の腕をつかんだ左手に、真紅の血がにじんでいる。

 仕方なく彼は『坊や』に蹴りを入れて倒すと、後ろに飛んで間合いをとった。

 

 左の手のひらに、大きな切り傷がある。

 

 なんなんだ、あいつは。

 ヨシュアはさっき、はっきりと見た。

 今まではコートの下で見えなかったが……

 奴のナイフは、右手に持たれているわけではない。

 手首から生えているのだ。銀色に輝く刃が。

 

「……ガキにはすぎた玩具だな」

 

 彼の口調からは、さっきまでの余裕は感じられなくなっていた。

 肩で息をするほどではないが、額には玉の汗が浮かんでいる。

 

 ゆらりと、また陽炎が立つ。

 『坊や』が立ち上がった。

 

 

 

つづく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。