アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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02 来襲

 

 

 

 

 ヨシュアは踵を返すと、一目散に走り出した。

 

 どうやら狭い空間では不利らしい。

 この通りを抜ければ、もう少し広い路地に出るはずだ。

 

 心配なのは、自分のスラムに対する浅い知識だけだった。

 この先が袋小路なんかになっていないことを、ヨシュアは必死に祈り、走った。

 

 もちろんそれを黙って見逃すほど『坊や』も甘くはない。

 地を蹴り、軽快な靴音を響かせ、恐ろしいまでの速度でぐんぐん迫ってくる。

 

 銃口だけを後ろに向け、ヨシュアは数回引き金を引いた。

 靴音は消えない。

 当たるはずもない。

 狙って撃っても当たらないのだから。

 

 しかし、彼の目の前にはもっと広い路地が姿を現し始めていた。

 

 たんっ、と小さな音がして、それっきり靴音は聞こえなくなった。

 恐る恐る後ろの様子を伺う。

 『坊や』は、空中に飛び上がり、さっきと同じように壁を蹴ろうとしている。

 

 ヨシュアは慌てて身を屈めた。

 刃が頭の上を飛び越えていく。

『坊や』はそのままの勢いで広い路地に飛び出すと、獣のように四つん這いで着地した。

 

 銃弾が三発。

『坊や』が地面を転がり、その全てを避ける。

 ようやくヨシュアも狭っ苦しいビルの隙間から抜け出した。

 スラムの一角。

 自動車がすれ違える程度の広さはある。

 

 『坊や』が、飛んだ。

 四本の手足全てで地面を蹴って。

 右腕のナイフは、ヨシュアの喉笛ただ一点を狙っている。

 

 畜生、これじゃあ本当に獣じゃないか。

 意味のない愚痴を自分自身にこぼしながら、ヨシュアは上半身をひねった。

 

 白刃が頬を浅くかすめる。

 赤い液体が軽く飛び散る。

 

 ヨシュアの蹴りが『坊や』を地面に叩き付けた。

 そして右手に力を込める。

 無防備な『坊や』に向かって、容赦なく飛んでいく弾丸。

 

 ヨシュアは我が目を疑った。

 

『坊や』の、ナイフが生えていない方の腕……

 鋼鉄によって造られた左腕によって、弾丸は受け止められていた。

 馬鹿な、腕に金属を埋め込んでいる……

 いや、腕を金属で造っているだと?

 これではまるで……

 

 ――強化人間……? まさか、これが!?

 

 考える暇すらも、『坊や』は与えてくれなかった。

 倒れた状態から背筋の力だけで飛び上がり、右手を振るう。

 

 ヨシュアは上体をそらした。

 一突き目が鼻先をかすめる。

 

 もう一度。

 この位置でかわすのは無理だ。

 そう判断して、後ろに飛びすさる。

 今度は刃先が左腕を少し抉った。

 

 トリガーを引きながら、もう一歩間合いを広げる。

 弾丸は例によって左手に受け止められた。

 

 距離は4メートル少々。

 右にはビルの壁。

 左は開けた道。

 丁度二人の真ん中あたりに、ビルとビルの間の細い隙間がある。

 

 この状況で、次はどう動く。

 ヨシュアの脳が、考え得るシチュエーション全てを想定した演習を始めた。

 奴の突きは、上か、下か、右か、左か。

 飛んでくるか、地を這うように来るか。

 それともどこかに飛び道具を隠し持っているのか。

 そしてそれにどう対応すればいいのか。

 避けるか。撃つか。蹴るか、殴るか。

 それとも一目散に逃げ出すか。

 

 『坊や』が走り、ヨシュアが身構える。

 

 ……と。

 いきなり、予想だにしなかった因子が現れた。

 

 右手の、ビルとビルの隙間から。

 何気なく歩み出てくる一人の女。

 

 まずい。

 ヨシュアに向けられるはずだった刃が、その女に向いた。

 永遠にも等しい一瞬。どうする。

 撃てば女に当たる。

 女をかばえば自分が刺される。

 女を見捨てれば、使い捨ての盾になる。

 

 ヨシュアが決断するよりも早く――

 

 だんっ!!

 

 『坊や』は、女に腕を掴まれ、投げ飛ばされていた。

 

「……あらぁ?」

 

 女の間が抜けた声が聞こえる。

 

 地面に叩き付けられた『坊や』は、もはやぴくりとも動かない。

 打ち所が悪かったのだろうか。

 

 緊張の糸が切れ飛び、ヨシュアは肺にため込んでいた息を一気に吐き出した。

 深呼吸。気分を落ち着かせる。

 

「どうしたんだい、シャオシュエ。騒がしいねぇ……おや」

 

 男の声。

『坊や』を投げ飛ばした女の後ろから、もう一人の男が姿を現した。

 その視線は、『坊や』に釘付けになっている。

 

 しゅうしゅうという音。

 不快な臭い。

 ヨシュアも気づき、『坊や』に目を遣った。

 

 そこにはあったのはただ一つ。

 ぼこぼこと泡を吹きながら、緑色の粘液へと変貌していく『坊や』の死骸だけだった。

 

 

  *

 

 

「いやぁ、到着するなり凄いものに出くわしちゃったねぇ、シャオシュエ」

 

「さすがは都会ねぇ、いろんな人がいるわぁ」

 

 耐え難い臭いを放つ『坊や』のなれの果てから離れ、ヨシュアはなんとか呼吸を整えた。

 

 普段ACの操縦ばかりしているせいか、こういう肉体労働からはすっかり疎遠になっていた。

 息が切れてしょうがない。

 

「……なんで付いてくるんだ」

 

 ヨシュアはぶっきらぼうに問いかけた。

『坊や』を投げ飛ばした女と、その夫らしき男に向かって、である。

 改めてその風体をまじまじと見つめる。

 変わった格好だ。

 

 男の方は、黒い僧衣を纏っている。

 首からは、銀色の十字架をぶら下げている。

 野暮ったい黒縁の丸眼鏡。

 糸のように細い垂れ目。

 キリスト教の……それもカトリックの神父であることは間違いなさそうだ。

 しかし、あの黒髪や黒い瞳はアジア人の証。

 少なくともヨシュアは、アジア人の神父というのは初めて見た。

 

 そして女の方。髪の色はやや茶色がかった黒。

 瞳は漆黒だ。

 なんの変哲もない、主婦その一といった感じのワンピースを身につけている。

 こちらもアジア系のようである。

 相当な美人だが、どこかで見たことがあるように思うのは気のせいだろうか。

 

 二人に共通していたことは、いつ何時も、決して微笑みを絶やさないということだった。

 

「ええと、あなたはレイヴンの方とお見受けしましたが」

 

「……確かに」

 

 まあ、見れば判るだろう。

 いくら治安の悪い世の中とはいえ、堅気の人間がそうそう襲われたりはしない。

 とりわけ、先のようなわけのわからない相手には。

 

「わたし、ヘイフォンと申します。

 恥ずかしながら。東のホウシァン・シティで神の教えを説いております。

 

 そして、こっちは妻のシャオシュエ」

 

「初めまして~。主婦一号でぇ~す」

 

 ヨシュアの額を、一筋の汗が流れた。

 あんまりにもこの二人の笑顔が目について、逆に恐ろしいくらいだった。

 別に作り笑いというわけではないだろうが。

 

「実はわたしたち、家出した娘を捜してはるばるアイザックまでやってきたのですよ。

 ですが何分地理に明るくないもので……

 どう捜していいやら見当も付かない有様で。

 

 どうでしょう、レイヴンさん。

 お礼はいたしますから、娘を捜すのを手伝っていただけませんか?」

 

 なろほど。

 まあ、人捜しは探偵か興信所の仕事であって、レイヴンの仕事ではないような気もするが、大した問題ではない。

 ようは金さえもらえれば何でもいいのである。

 

「報酬次第だ」

 

「おお! ありがとうございます!

 お礼は、そちらの言い値で結構ですよ。

 あなたに神の祝福がありますように」

 

 ヘイフォンとか言う神父は、ヨシュアの目の前で十字を切った。

 これは勘弁して欲しいものだ。

 しきりにこういうことをされると……父親を思い出す。

 

 そんなヨシュアの心中を知ってか知らずか、ヘイフォンは懐から一枚の写真を取り出した。

 恭しく差し出し、こちらに見せる。

 

「これが、わたしたちの娘です」

 

 写真を受け取り、視線を送る。

 ヨシュアの動きが止まった。

 

 そこには、見慣れたアジア人の女が、これでもかというくらいのジト目で写って……

 いや、無理矢理枠の中に収められていた。

 

 

 

つづく。

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