アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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03 望まぬ再会

 

 

 

「長老どもとは話をつけてきた」

 

 相手がソファに着くなり、男は言い放った。

 

 少し小柄の、人相が悪い男。

 ネーベル・テヒニケン専務、ハティーユ。

 いや、専務という呼び名はもはや相応しくないかもしれない。

 すぐに……あと三日もすれば、この会社の全権限は彼のものとなるのだから。

 

 対しているのは、はげ上がり、でっぷりと太った中年の男だった。

 こちらも同じく、ネーベル・テヒニケン専務、ファ=コード。

 手にした葉巻を口にくわえ、鼻から白煙を吹き出す。

 肉に埋もれかかっている目が、ぎらりと獣の輝きを見せた。

 

「まさか、譲歩などしなかっただろうね」

 

「愚問だな。

 あの連中がどれほど欲の皮が突っ張っているか、知らないわけではあるまい」

 

「何を譲った」

 

「株を半分だ」

 

「半分だと!」

 

 ファは葉巻を口から外すと、乱暴に灰皿に擦りつけた。

 前に身をかがませ、より一層瞳のを光らせる。

 

 しかしそれに怯える風でもなく、ハティーユは優しく諭すように語りかける。

 

「考えてもみろ。

 長老組は儲かると思っている間は絶対に株を手放さない。

 確かに採決権の半分は連中が持つことになるが、逆に言うと君の資産の50%はいつ何時でも安定しているんだ」

 

 ――お前がどじを踏まない限りはな。

 ハティーユは心の中で付け足した。

 

「独立の話は間違いないんだろうな」

 

 中年が――自分も人のことを言えた義理ではないが――落ち着いたのを見て、ハティーユは胸を撫で下ろした。深く追求されなくてよかった。

 まさか、こっちの条件を良くする代償にお前の資産を売った、などとは口が裂けても言えない。

 

「それは、完璧だ。

 IT関連とネットワークホストを独立させ、新会社を設立する。

 表向きはNTからの分裂だが、実質NTとは裏提携の形を取る。

 権限は今までと全く変わらない」

 

「ゲーム系も欲しい」

 

「無茶を言うな、あれは家電の分野だ」

 

「お前は古いんだ。儂より若いくせにな。

 今や、ゲームのないネットワークはただの子供の玩具に過ぎん。

 ふむ、逆説だな、これは」

 

 ハティーユの頭の中で、いくつもの数字が浮かんでは消えた。

 アミューズメントを手放したとしたら……

 損失はあるにはあるが、兵器というジョーカーさえあれば問題はないだろう。

 ハティーユはこう判断した。

 今のうちに、恩を売っておくのも悪くはない。

 

「いいだろう。

 ただし、系列会社として独立させ、その株式を35%引き渡すことが条件だ」

 

「よかろう。

 ……それでは同胞よ、儂はこれで失礼するよ。

 会食の予定があるのでね」

 

 ファは本当に重い体を、なんとかソファから持ち上げた。

 のたのたと歩き、部屋を出ていく太っちょの背中に、ハティーユは声を投げかけた。

 

「我が社を治めるのは我々二人……他にはあり得ない」

 

 その声が、聞こえたのかどうか。

 醜い中年は、立ち止まって振り返った。

 醜い笑み。

 

 ハティーユは笑い返し、そして心の中で呟いた。

 今に見ていろ、ブタ野郎め。

 貴様のような屑に、何一つくれてやるものか。

 全てを支配するのは……わたし一人だ。

 

 

  *

 

 

「……………うそ……………」

 

 住処代わりの倉庫の中で、ここの主であるリンファは硬直していた。

 

 黒髪に黒い瞳を持つ、アジア人の女。

 レイヴンの中でも、かなり名前は知られた方だ。

 

 薄汚い倉庫の中には、3年来の相棒『ペンユウ』がその真紅の巨体を横たえている。

 ペンユウの上から一人の女性が顔を出した。

 北欧系の整った顔立ち。

 腰まである赤毛。

 相棒のメカニック、エリィである。

 今まさに、二人はペンユウの整備をしていたところだったのだ。

 

 まず最初に倉庫に入ってきたのは、黒いコートの根暗男、ヨシュア。

 これは別にいい。

 幾度と無く共に死線をくぐり抜けて来たパートナー――リンファ自身はただの腐れ縁だと主張して止まないが――である。

 

 しかし、その後に付いてきた二人には非常に問題があった。

 

 神父ヘイフォンと、その妻シャオシュエ。

 

「リンファちゃ~ん!」

 

 シャオシュエは全速力でリンファに駆け寄り、有無を言わさず彼女を抱きしめる。

 べきばきとなにやら鈍い音。

 リンファの顔が痛みで歪んだ。

 

「か……母さん……痛い……」

 

「あらぁ。やだわ、母さんまたやっちゃった」

 

 3年ぶりに見る母は、かつて家出した時と全く変わっていなかった。

 何を考えているんだか分からない――おそらく何も考えていない――その笑顔。

 一体何なのかは知らないが、鼻をくすぐる不思議な香り。

 そして、ベア・ハッグで娘を窒息直前に追い込む癖まで。

 

 だが、リンファには昔を懐かしむ暇はない。

 ゆっくりと歩み寄ってくる神父。

 畜生、せっかく自由になれたと思ったのに。

 こんなところで終わりなのか……

 

「何しに来たんだよ、馬鹿親父」

 

 エリィとヨシュアが顔を見合わせた。

 

 口調が、明らかにいつものリンファと違う。

 確かに普段からあまり言葉遣いが丁寧とは言えないが……

 ここまで乱暴な台詞は初めて聞いた。

 どうやら、これは。

 二人そろって納得する。

 相当、親父が苦手らしい。

 

「リンファ、どうして急に家出なんかしたんだい。

 父さんも母さんも、心配していたんだよ?」

 

「3年経ってもまだ分かってねぇのかよ!?

 あたしはもう嫌なんだッ!

 何から何まであんたたちに指図されて生きるのはッ!」

 

「あらぁ」

 

 リンファの叫びを遮るように、横手から聞こえてくる声。

 目を遣ると、シャオシュエがエリィの頭を撫でて、その顔を不思議そうに覗き込んでいる。

 

「この子はだぁれ?」

 

「ん~とぉ、えりぃはりんふぁちゃんのいもうとでぇ~っす」

 

「あたしより年上だろーが……あんたは……」

 

 全く、人がせっかく真面目な話をしているというのにこの二人は……

 緊張の糸がほぐれる。

 リンファは胸に溜めていた息を大きく吐き出した。

 

「まぁ! じゃあわたしはエリィちゃんのお母さんね!」

 

「わ~い、おか~さ~ん!」

 

 エリィがシャオシュエに抱きつく。

 そして優しく髪を撫でる……事情を知らない人間が見たら、この二人が親子だと言って疑う人はいないだろう。

 

「まあまあ。エリィちゃんは甘えんぼさんね。

 リンファちゃんもね、プライマリに入ったくらいの頃はこうやっていつも甘えてたのよぉ。

 いけないわぁ、母さんってだめねぇ。

 良くないって分かってるのに、ついつい甘やかしちゃうの。

 あんまり可愛いからぁ」

 

「……はあ」

 

 そんな話をされても困る。

 ヨシュアはただ、間抜けな相づちを打つことしかできなかった。

 

 なるほど。

 彼の脳裏に、ある言葉が浮かんだ。

 この親にしてこの子有りとは、こういうことを言うのか。

 口に出したらリンファは怒るだろうが、よく似ている……傍若無人なあたりが。

 

「いい加減にしろッ!」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた。

 リンファの絶叫。

 それは、半分悲鳴に近かった。

 

 ヨシュアにはわかった。

 せめぎ合っているのだ。

 リンファの中で、相反する二つの自分が。

 自分も何年か前に経験したことがある。

 

 心で思っている通りに体が動かない。

 それは比類無き苦痛だった。

 しかし人は時間と共にそれを忘れてしまう。

 おそらくリンファの両親も、エリィももはや覚えてはいないだろう。

 

「出て行けッ!

 ホウシァンに帰れよッ!

 ここはあたしの家だ!」

 

「そうはいかないよ。

 もう売り払って来たからね。

 家財道具全部だ。

 

 ……この倉庫の隣、廃ビルになっていたね。

 今日から父さん達はそこに住むことにするよ」

 

 リンファは言葉を失った。

 家出する前の、15年間の付き合いは伊達ではない。

 父親がどういう人間かは、一通り心得ているつもりだ。

 

 そう、一度決めたらてこでも動かない。

 そういう男だ。

 

 舌打ちが、自然と口をついて出た。

 床に放り投げていたジャケットを拾い上げ、父親の横を通り抜ける。

 

 やることは一つだ。

 奴らが出ていかないのなら、自分が出ていく。

 リンファはドアを蹴り開けると、外に飛び出した。

 

「待ちなさい、リン……」

 

 後を追おうとするヘイフォンの前を、長い腕が遮った。

 黒いコート。

 冷たい瞳。

 低い声で、ヨシュアは吐き捨てるように言った。

 

「どうやら、餓鬼の扱いはあんたたちより俺の方が慣れてるらしいな」

 

 

 

つづく。

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