アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
01 淫蕩の宴
青い空が見える。
太陽が燦々と照り輝き、白い光を放つ。
緑色の草達は、それを全身で浴びて、恵みを享受していた。
ここは生き残った大地。人間によって滅ぼされた地上に残った、数少ない楽園の一つ。
ここの存在は誰も知らない。
彼女を除いて。
彼女は小屋の戸を開けて、光が降り注ぐ外へと歩み出た。
強い陽射しが彼女の白い肌を焼く。
不意に吹き抜けた風に、彼女の白いスカートが少しはためいた。
彼女はつばの広い、真っ白な帽子をかぶっていた。
それは太陽の助けを借りていっそう鮮やかに輝いた。
純白の世界が、そこにはあった。
*
彼は隅のテーブルでバーボン・ウィスキーをすすった。
そして辺りをさり気なく見回す。
薄暗くて広大なパーティ会場。
幾つも並べられたテーブルには、それぞれ鷹揚に酒を交わす身なりの整った男達。
ある者は下品な笑いを浮かべて、またある者は無表情を装って。
美しい女達が彼らのグラスになみなみと酒を注ぐ。
彼はまた、バーボンを少しだけ口に流し込んだ。
――ぼったくりだ。
彼は表で平静を装いながらも、心の中では苦虫を噛みつぶしていた。
あるテーブルに付いていた男が立ち上がった。
そして、ひときわ美しい女を従えて、奥の扉の向こうへ消えていった。
別に珍しいことではなかった。
これは、そういうパーティなのである。
金さえ払えば、会場の中にいるどんな女性でも、夜の相手をしてくれる。
そのかわり、法外な入場料を払い、バカ高い酒を飲まなくてはならない。
――だいたい、会場に入るだけで三万コームだと?
無茶苦茶もいいところだ。
彼はもう一度心の中で毒づいた。
彼はこのパーティの常連ではない。
むしろ、こんな場所とは程遠い貧乏人である。
しかも彼はこういう類の商売が非常に嫌いだった。
にもかかわらず彼がここに来た理由はただ一つ。
仕事だから、である。
彼は相場の十倍はするバーボンをまた少し飲んだ。
酔いはない。
彼は結構酒に強い。
彼はグラスの中身を乾かしながら、遠くの方を見遣った。
そして、よく見慣れたものを視線の先に認めると、一瞬だけその手を止めた。
すっかり空になったグラスをテーブルに置くと、彼はロング・コートをはためかせて立ち上がった。
すぐさま会場の隅に控えていた男が駆け寄ってくる。
「いかがいたしましょう?」
突然の質問だが、ここでは、どうする、と聞かれれば問われていることは一つしかない。
「あの、左の隅にいるアジア人の女」
彼は、目立たないように気を付けながら指さした。
男がその方向を確認する。
そして納得したようだった。
「あいつにしよう」
「かしこまりました」
男は彼を、部屋へと案内した。
*
「はー……全く、金ってのはあるところにはあるのねぇ……」
彼女はパーティ会場の奥の方で誰にともなく呟いた。
肩までの黒く艶やかな髪。
小さく突き出た鼻。
深みのある黒い瞳と、彼女にしては珍しく口紅で色づいている唇。
誰が見ても、彼女がアジア系の血を引いていることは明白だ。
彼女は名をリンファという。
リンファは、このパーティの接待嬢の制服をまとい、男達に愛想笑いを振りまいていた。
しかし、そろそろうんざりしてきている。
「エリィ、ちょっと」
リンファは横にいた恐ろしいほどの美人を引っ張って、会場の外へ逃げ出しだ。
会場でピアニストが弾く美しい音色がドアの向こうから微かに聞こえる以外は全く静かなものである。
「ほえ? りんふぁちゃん、なになに?」
リンファが引っ張ってきた女性は、口の中をもごもごさせながら言った。
妖艶な容姿にそぐわない、とろとろとした口調である。
彼女の名はエリィ。
リンファの相棒である。
いつもは三つ編みにしている赤毛を今日はストレートに伸ばし、野暮ったい眼鏡もはずしている。
そしてリンファと同じ制服に身を包めば、もはや普段とは別人のようになってしまっている。
その美しさたるや、女のリンファが見とれてしまったほどである。
「エリィ、何本気になって食べてんのよ!
早く仕事終わらせて帰るよっ!」
「りょ~か~い。えへへ~」
彼女らの仕事とは、このパーティの接待ではない。
リンファの本職はレイヴン。
荒廃した世界で暗躍する、無敵の傭兵である。
レイヴンは主に企業からの依頼で、護衛、襲撃、奪取、テロ、その他諸々の闇の仕事をこなす。
とはいっても、生身で戦うわけではない。
ACと呼ばれる大型ロボットがレイヴン達の武器。信頼できる相棒なのである。
リンファは先日、とある企業から依頼を受けた。
その内容は……
「アルバート=マックスとイリーガル社の癒着を示す証拠を手に入れる……
遊び半分でできるような仕事じゃないわよ」
「あいあい。わかってますます」
……本当にわかっているのだろうか?
イリーガル社といえば、ACやMTのジェネレーターの最大手。
総資産は千億コームを越える大企業である。
最近急速に業績を伸ばしていて、工業系企業のトップに立つプログテック社に迫る勢いだ。
とはいえ、まだまだその差は大きいのだが。
対して、アルバート=マックスは悪名高い裏の世界の元締めである。
彼の名は、ここアイザック・シティに住む者なら子供でも知っている。
確かに、この二者が癒着しているとなれば、かなりのスキャンダルになるだろう。
敵対企業がイリーガル社を潰しにかかる口実としては十分すぎるものがある。
まあ、依頼主のことには深く詮索しないのがレイヴンとして長生きする秘訣である。
リンファとしてはそんな企業間の争いなど、はっきり言ってどうでもよい。
大事なのはこのパーティの主催者がアルバート=マックスであるということだ。
アルバート=マックスはこのパーティには必ず顔を出す。
というよりも、彼の住処がここなのである。癒着の証拠をつかむにはこれ以上の機会はない。
「とりあえず、なんとか抜け出して……」
リンファが言いかけた、その時だ。
ドアが少し開き、その中からまだあどけなさの残る女性が顔を見せた。
リンファ達と同じ制服を着ている。
このパーティ会場で知り合った……確か、名前はキャロルとかいったか。
「あの……リンファさんとエリィさん、よね。どうしたの?
どこか具合でも?」
「あ、ううん、大丈夫。心配しないで」
「そう? ならいいんだけど……あ」
キャロルは小さく声をあげた。
彼女の視線がリンファ達の後ろに向けられる。
リンファはそれを追って振り返った。
このパーティの接待役は女性ばかりではない。
黒っぽい服で身を固めた男も、客の案内役として会場に控えている。
リンファ達に近付いてきたのは、そんな案内役の中の一人だった。
彼はリンファの顔を見るなり手招きをした。
「君。ご指名だ」
「え、あたし!?」
このパーティで指名といえば、意味は一つしかない。
要するに、一晩男の相手をするのである。
もちろん、リンファはそんなのは御免だった。
しかし、この状況で嫌がればそれこそ怪しまれる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「5番の部屋だ。すぐに行けよ」
「は、はい……わかりました……」
それだけ行って去っていく男の背中を見つめながら、リンファは頭の中で状況を打破する方法を必死に探していた。
……が、そんな都合のいい方法はすぐには見つからなかった。
――エリィ、なんとか助けてよ……
祈るように相棒に目を遣ったとき、彼女は一体いつの間にとってきたのか、パーティの料理を皿一杯にかかえて頬張っているところだった。
「えええええりぃぃぃぃぃっ! あんたねぇぇぇぇぇ!」
「うにゃぁぁぁぁぁ」
リンファはエリィのほっぺたをつねって伸ばさずにはいられなかった。
そんなリンファ達を見つめ、キャロルは眉をひそめていた。
つづく。