アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
不景気という言葉は、こことは無縁だ。
いつの世も、この一帯だけは衰退しない。
いや、むしろ世界が混乱すればするほど、より多くの人間がここに集まってくる。
N-5商業区、通称「ウェブモール」。
いくつもの商店が立ち並んでいる。
大型スーパーマーケット。ドラッグ・ストア。ガン・ショップ。喫茶店やバーもある。
しかしそれらは全て、仮の姿。
裏に回れば、どの店も同じ商売をしているのだ。
すなわち、娼館である。
ヨシュアはコートをはためかせ、ウェブモールを一人歩いていた。
裏通りに入り込み、ある化粧品店の勝手口を押し開ける。
中では派手な化粧をした女が作り笑いを浮かべて待ちかまえていた。
どう見ても30過ぎだが、本人は29歳だと主張してはばからない。
「ようこそ……
あら、ヨシュア君じゃない。最近熱心ね」
「空いてるか?」
化粧の濃い娼婦はくすくすと笑い、ヨシュアを手招きした。
階段を登り、彼を案内していく。
「丁度良かったわね。
アンジェリカ姐さんは今日休暇だったのよ」
「高級娼婦が有閑か。
こいつは、いよいよ世も末だな」
「あら。
だめよ、そんな風に言っちゃ。
姐さんはヨシュア君一筋なんだから」
「娼婦はみんなそう言うんだ」
女は肩をすくめた。
彼女のような商売の女が、一番苦手とするのがこの種の男である。
堅くて、影がある色男。
助平な親父の方がまだましだ。
なぜなら……もし彼に惚れ込んでしまったら、もうこの商売が続けられなくなるから。
他の男に抱かれるのが、嫌になってしまうからだ。
やがて二人は奥まった一室の前にたどり着いた。
なんということのない、質素なドア。
化粧の濃い女が軽くノックする。
「姐さん、ヨシュア君ですよ」
入って。
ドアの向こうからかすかな声が響いてきた。
あまり防音設備が整っていないのは、娼館としては多少問題があるかしれない。
ともかく、女はノブをひねるとすっと押し開けた。
あまり広くもない部屋。
あまり飾り気はないが、どこか上品な雰囲気が漂う。
その奥の椅子に腰掛け、鏡台に向かって化粧を直している女。
「じゃ、あたしはこれで」
ここまで案内をしてくれた娼婦は、ヨシュアを部屋に入れるとドアを閉めた。
中にいるのは二人だけ。
ヨシュアは壁に背を預けた。
女が振り返る。
美しい、女。
亜麻色のソバージュ・ヘア。
不気味にも美しく輝く青い瞳。
口紅によって鮮やかに浮かび上がった唇。
挑発的な肉体。
ウェブモール一の……いや、アイザックシティ随一の高級娼婦、アンジェリカ。
持ち前の美貌とその「腕前」によってここまで上り詰めた、娼婦達の憧れの存在である。
「会えて嬉しいわ、ヨシュア」
「悪いが、俺が買いたいのはあんたじゃない」
ヨシュアが言い放つと、アンジェリカは少し顔をうつむかせた。
しかし、その悲しげな表情を信じてはいけない。
信じたが最後……それは、男が女郎蜘蛛の餌食となる時である。
「わかってる。頼まれてたネタが入ってるわ」
「ネーベル・テヒニケン……か?」
「あら。知ってたの?」
やはり、そうか。
ヨシュアは壁から背を離し、ベッドに腰掛けた。
身を屈め、アンジェリカの話に耳を傾ける。
「ネーベル・テヒニケンの社長が交代したそうよ。
昨日、急に。
しかも、新社長になったのは一開発部長だった女」
確かに妙な話だ。
社長交代劇なんてのは、そうそう一朝一夕に起こるものではない。
いくつもの勢力があり、それが鎬を削って、血塗られた争いのあとにようやく訪れるものなのである。
しかも、元々要職になかったような者が就任するなど、前代未聞だ。
「その女の名前が……アシャンタ=ナスティー」
「アシャンタ? アシャ……」
ヨシュアは目を見開いた。
アシャンタ……Ashanta Nustea……
まさ……か……
もういい。
十分だ。
ヨシュアは立ち上がった。
無言でドアへ向かい、ノブに手を掛ける。
その背に、暖かいものが触れた。
体にまわされた腕。
背中から自分を抱きしめる女。
ヨシュアの眉はぴくりとも動かなかった。
腕に力がこもる。
アンジェリカの体は、とても柔らかかった。
「行かないで。
だって、まだ一度も抱いてくれてないじゃない」
ヨシュアは無言でその腕を引き剥がした。
ゆっくりと、優しく。
「どうして?
あのチャイニーズ・ガールがそんなに大切?」
「……ああ。そうさ」
はっきりと、彼は答えた。
アンジェリカの頬を、冷たい雫が零れていく。
ふと気づき、ヨシュアはコートの内側に手を差し込んだ。
そういえば、まだ金を払っていなかった。
その手を、アンジェリカがつかみ取る。
彼は驚きを顔一杯に現しながら、彼女の涙を見つめた。
「いいわ。今日はおまけしてあげる」
涙を指でぬぐい去る。
妖艶な娼婦……だが今の彼女は、まるで無邪気な乙女のようだった。
「その代わり、絶対にまた来てね」
*
ベッドに座り込み、アンジェリカは窓から外を眺めた。
忙しく人が通り過ぎていくウェブモールの表道。
颯爽と過ぎ去っていく黒いコートの男。
馬鹿ね。
その呟きは、彼に宛てられたものか。
それとも、自分自身への言葉か。
「ちょっと妬けちゃうな。
あのチャイニーズ・ガール」
彼女とこんなに何度も対面していながら、一度も彼女を抱こうとしなかった男は初めてだ。
でもいつか、彼はわたしを抱いてくれるだろうか。
多分、無理ね。
アンジェリカは苦笑した。
自分は年老いて醜くなる一方だけど、あの娘はこれからどんどん綺麗になるんだもの。
アンジェリカは溜め息を付いた。
そして、小さな携帯電話を手に取った。
「ハァイ、チャイニーズ・ガール」
*
「どういうことだ、ノーカーッ!!」
ネーベル・テヒニケン社長……いや、元社長のモールは、半狂乱でノーカーにつかみかかった。
社長室前の廊下。
モールが連れてきた武闘派の部下5名。
そしてノーカーの後ろに控える、アシャンタの部下3名。
いずれもダークスーツに身を包み、黒いサングラスで視線を隠している。
「貴様ッ……私を裏切るつもりかッ!!」
「……裏切る……? これは異な事を」
ノーカーはモールの手首をつかみ取った。
見た目にそぐわない力で、その腕をねじ曲げる。
モールの部下が色めき立った。
苦痛のうめき声。
「我が社を支配するに相応しいのはお前ではない。
あの女だ。
お前のような能なしは、さっさと野垂れ死んでしまえばいい」
ダンッ!!
銃弾。
ノーカーの持つ拳銃から、狂気にまみれた銃弾が打ち出された。
狙い違わずモールの心臓を射抜く。
豪奢な体が音もなく崩れ去った。
そして、それが引き金となって、さらなる狂気が撒き散らされる。
ノーカーの部下が放ったサブマシンガンの弾丸は、拳銃を抜こうとしていたモール側の連中をことごとく撃ち抜いた。
あとに残ったのは、6つの死体と血、そして硝煙の臭いのみ。
「お前達は長老組を片づけろ。
わたしは専務のブタ共とけりを付ける」
部下達は無言で走り去った。
有能な暗殺者たち。
どうしてアシャンタがこんな連中を子飼いにしていたのかは知らない。
ただ、いつか来るであろうこの日をアシャンタが予測していたのは事実のようだった。
狙っていたのだ。虎視眈々と、自らが支配者となる時を。
さあ。
ノーカーはポケットから一枚のカードを取り出した。
楽しいパーティ、か。
そして走り出す。
ある方向、アシャンタに教えられた方向に。
ぐちゃり。
奇妙な感覚が足の裏にある。
目を遣ると、そこには彼に踏みつぶされたモールの汚らしい死骸があった。
ノーカーは口の端を吊り上げ、笑った。
そして次の瞬間には、何事もなかったかのように走り始めていた。
つづく。