アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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06 貪り合う獣たち

 

 

 

 

 正直に言って、あの時のことはあまり覚えていない。

 

 ただ、気が付いたら自分が血の海の中にいた。

 赤く染まった土の上に、俺は座り込んでいた。

 

 手のひら。

 膝。

 胴体。

 そして顔。

 順番に見て回った俺の体は、全て真紅のどろどろとした液体でまみれていた。

 

 そして目の前の、あの男も。

 

 父親。

 俺の、父親。

 かつてレイヴン「ワームウッド」として、世界を震撼させた男。

 戦いを捨て、安らぎの中に生きることを選んだ男。

 

 最低の男。

 嫌いだった男。

 憎んでいた男。

 でも心の奥底で、憧れていた男。

 父親。

 

 奴は俺の目の前にいた。

 うつぶせに倒れていた。

 全身のどこにも血で汚れていない場所などなかったが、中でも腹は特に赤く染め上げられていた。

 

 奴は腹を押さえていた。

 嫌な臭いが鼻をついた。

 これが内蔵の臭いだと知ったのは、ずっと後のことだ。

 

 ――あいつを。

 

 奴は呻くように言った。

 

 ――あいつを助けてくれ。

 

 俺にはわからなかった。

 奴が言っていることの意味が。

 あいつ、とは誰だ。

 助ける、とはどういう意味だ。

 

 最初は、全くわからなかった。

 自分が父親を殺したんだと思って、錯乱していたのだ。

 

 ――解き放ってくれ。

   ワームウッドの呪縛から。

   あいつを、自由にしてやってくれ。

 

 呪縛。

 そうか。

 これは呪いか。

 

 俺に与えられたこの力は。

 受け継がれ、巡り続ける呪われた力。

 黙示録の第三のラッパ。

 

 俺は聖書が嫌いだ。

 ワームウッドがあるから。

 人々を緩慢な苦しみの内に嬲り殺す、最低の刑があるから。

 

 ――あいつを。

 

 最後にそれだけ言うと、奴は朽ち果てた。

 

 俺は涙を流しながら、辺りを彷徨った。

 見つかった死体は二つだった。

 父親と、母親。

 それを埋葬して、十字架を立てた後で、俺は思った。

 

 一つ足りない。

 あいつがいない。

 

 そうか。

 あいつも呪われているんだ。

 ワームウッドの呪縛を受け継いだのは、俺だけではない。

 あいつも、同じ。

 

 解き放つ。

 あいつを、呪縛から解き放つ。

 ワームウッドがワームウッドを滅ぼす。

 それが、俺の使命。

 いや、俺の生きる理由。

 

 だから俺はレイヴンになった。

 あいつを捜すため。

 あいつを解き放つため。

 

 あいつを、この手でくびり殺すため。

 

[戦闘モード起動]

 

 機械の声が響いた。

 ワームウッド。

 俺の相棒にして、親父の相棒。

 

 そしてそれは俺自身。

 俺の中に流れる苦い水。

 俺の体を形作るにがよもぎ。

 それがワームウッド。

 

 俺はこいつと一つ。

 生きるときも死ぬときも。

 

 頼むぜ、相棒。

 因果な仕事だが勘弁してくれ。

 これが最後の仕事だ。

 こいつが俺の、最後の戦いだ。

 

 モニターに巨大な塔が映った。

 ネーベル・テヒニケン本社ビル。

 そこが、戦いの舞台だ。

 

 

  *

 

 

 ヨシュアの指先が軽やかに踊った。

 通信機を公共周波数に合わせる。

 ビルの中にいる連中にも聞こえるはずだ。

 

「ネーベル・テヒニケン社員に告ぐ。

 俺の名はワームウッド。

 今からお前達の企業をぶっ潰す」

 

 その声には何もこもってはいなかった。

 憤怒も。殺意も。激情も。

 感情と呼べるものは何一つ、その声には入っていなかった。

 それは機械の声に他ならなかった。

 

 ヨシュアは望んだのだ。

 自らが、殺戮のための機械となることを。

 

「死にたくない奴は今すぐ逃げろ」

 

 ヴンッ。

 低い駆動音。

 ヨシュアの駆る青い蜘蛛が動き始める。

 共に戦いはじめて、もう5年になる。

 リンファよりも、誰よりも、そしておそらく自分よりも信頼している相棒だ。

 

 その相棒「ワームウッド」を、左右から2機のロボットが取り囲んだ。

 MT「ハント」。

 ネーベル・テヒニケン製の逆間接型2足MTである。

 機関砲やミサイルなど、かなりの重武装が施されている。

 

『そこのAC、今すぐ停止しろ!

 さもなくば……』

 

 ガゴウンッ!!

 

 言葉を遮ったのは二つの爆発音だった。

 ワームウッドが放った数発の弾丸を食らい、ハント達が燃え上がる。

 

 一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。

 おそらくパイロットはおろか、ビルで成り行きを見守っているであろう社員たちにも、状況は飲み込めていないだろう。

 

「逃げろと言ったはずだぜ」

 

 ヨシュアは右手でレバーを引いた。

 がぐんという小さな揺れがコックピットを襲う。

 ありったけの弾丸が、腕に内蔵されたガトリングガンに装填されたのだ。

 

 操縦桿に手を掛ける。

 ヨシュアは足でペダルを踏みつけた。

 ワームウッドの背中に装備されたブースターが、赤い炎を吹き出す。

 

 上昇しながら、ヨシュアは引き金を引いた。

 狂気の弾丸。

 星の数ほどの弾丸が、容赦なくビルの外装を削り取っていく。

 

 叩き割られ、崩れ落ちる強化ガラスの窓。

 悲鳴を上げて必死に逃げまどう人々。

 これは威嚇だった。

 余計な人間を、ここから追い払うための。

 

 やがて一通り撃ち終えると、ワームウッドは隣のビルの屋上に着地した。

 肩に装備されたレーザーキャノンが、火を噴く時を今か今かと待ち望んでいた。

 

 

  *

 

 

「くそっ、一体何だというんだ!」

 

 悪態をつきながらもハティーユは懸命に走った。

 

 隣にはファの姿もある。

 でっぷりと太り、額に汗をかきながらも必死に逃げる彼の様子は、ほとんどコメディに近いものがあった。

 もちろん、それを笑っていられるような状況ではないのだが。

 

 昨日の深夜、突然に社長が交代した。

 命じたのは長老部の馬鹿共である。

 ハティーユたちとの協定も、今までの流れも何もかも無視した信じられない出来事だった。

 

 しかも新社長は、元は幹部でもなんでもないただの開発部長である。

 これで納得できるはずがない。

 

 今日は朝からその対応に追われていた。

 そしてファとの会談の最中に、最悪の事態が起こったのである。

 レイヴンの襲撃。

 それも、相手はマスターランカー『ワームウッド』だという。

 

 彼はすぐさまありったけの武力をつぎ込むことを命じた。

 いくら世界の十本の指に入るというマスターランカーでも、圧倒的な数の差を以てすれば、制圧できないはずがない。

 そう思っていたのだ。

 

 しかしその考えが甘かったということは、すぐに明らかになった。

 

 裏口はすぐそこだ。

 外には車が待っている。

 逃げなければ。

 とにかく、ここから逃げなければ。

 

 本社ビルを失ったとしても、会社がつぶれるわけではない。

 幹部と生産ラインさえ残っていれば、損失こそあれ壊滅はありえないのだ。

 

 ふっと、横で風が動いた。

 ファがスピードを上げたのだ。

 おいおい。

 あの重い体で、どこをどうすればあんな速さが出るというのだ。

 火事場の馬鹿力とはこのことか。

 

 一刻も早く逃げ出したいのだろう。

 ハティーユの数歩先で、ファが車に乗り込んだ。

 その後に彼も続く……

 

 ……と。

 

 ゴガシャアァッ!!

 

 ハティーユの目の前で、車が踏みつぶされた。

 巨大な足。

 

 畜生、レイヴンのACか!

 ハティーユは尻餅を付いた。

 腰が抜けている。

 立ち上がれない。

 彼は上を見上げた。

 メタリック・ブルーに輝く巨人……

 

 なに、巨人だと?

 

 目の前のACは人間型の2足ACだった。

 情報を信じるなら、襲ってきたレイヴンは四足のACに乗っているはず。

 ならば、こいつは別口か!?

 

 次の瞬間、ハティーユは目を見張った。

 青いACの肩に付いているエンブレム。

 それは、ネーベル・テヒニケンのエンブレムに他ならなかった。

 

『何処へ行くおつもりです?』

 

 外部スピーカーから漏れてくる声。

 すました敬語口調。

 聞き覚えがある。

 

 社長秘書のノーカーだ。

 まさか、奴がこのACを操縦しているというのか。

 奴が、ファを圧殺したというのか。

 

「ノーカー! 一体どういうことだ!?

 我々には……我々には、協定があるんだぞ!」

 

 スピーカーから笑い声が聞こえた。

 嘲笑だった。

 

『協定……?

 知りませんな、そんなものは』

 

 ヴィイン。

 ACが駆動する。

 

 腕がハティーユの方に伸びた。

 左腕の甲に付いた平べったいユニットが、彼を正面にとらえる。

 レーザーブレードの発生装置。

 

『いい加減に気付くことだな。

 自分が詰みにはまったということに。

 ……老人共もモールも始末した。

 あとはお前を消せば、終わりだ』

 

 地面にはいつくばったままで、ハティーユは恐怖におののいた。

 声が出ない。

 腕が動かない。

 足が、頭が、肺すらもが動かない。

 

 死の恐怖が全てを凍り付けにしていた。

 やがて氷は全てを蝕むだろう。

 彼の心臓とて、例外ではない。

 

 ヴンッ。

 

 ノーカーはただ、トリガーを軽く引くだけで良かった。

 光の刃が男を貫く。

 

 輝きが収まった頃には、何も残ってはいなかった。

 蒸発したのだ。一撃で。

 

 彼自身見たこともないAC……アシャンタが秘蔵していた、自社規格のAC『イミタティオーン』のコックピットの中で、ノーカーは笑っていた。

 

 全ては終わった。

 邪魔者は全て排除した。

 これで彼の理想が実現される。

 オブリッチが目指していた理想の企業が、現実のものとなる。

 

 見ているか。

 聞いているか、オブリッチ。

 これが俺からの慰めだ。

 俺が歌う鎮魂歌だ。

 

 いや。まだ残っていた。

 あのレイヴン。

 これ以上本社を壊されるのは、さすがに良くない。

 このイミタティオーンで、奴を止めなければ。

 

 それで全てが終わる。

 そして始まる。

 あの恐ろしいほどに狡猾な女を頭にすえ、自分がそれを補助するのだ。

 

 ノーカーは操縦桿に手を掛けた。

 

 

 

つづく。

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