アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

74 / 87
08 ナターシャ

 

 

 

 

 かちゃり。

 拳銃が真っ直ぐあいつを捉える。

 

 獣の瞳。

 ヨシュアの青い瞳がぎらぎらと輝いた。

 

 ついにここまで来た。

 あいつが、目の前にいる。

 目の前の椅子に座り、背を向けているあいつがいる。

 

 終わらせる時が来た。

 5年前の呪縛を。

 終わらせる時が、来た。

 

「会いたかったわ、ヨシュア」

 

 あいつが立ち上がる。

 流れるような金髪。

 あいつが振り向く。

 獣のような青い瞳。

 

 全て、ヨシュアと同じだった。

 これこそ、呪いの証。

 ワームウッドの呪縛を受け継ぐものの証だった。

 

「姉さんは、ずうっとあなたを待っていたのよ」

 

 姉。

 ヨシュアの姉。

 5年前に消えた、ずっと探し続けてきた、姉。

 憎むべき姉。

 父親と母親を殺した、姉。

 ナターシャ=オースティン。

 

 簡単なアナグラムだ。Ashanta Nustea。

 並べ替えれば、Natasha Austen。

 笑い話にもならない。

 

「一つだけ訊いておいてやる」

 

 ヨシュアの低い声が響いた。

 微動だにせず、口だけを動かす。

 機械のような単調な声。

 目の前にいるナターシャを、殺すためだけに存在する機械の言葉だった。

 

「何故殺した」

 

 訊く必要など、どこにもなかった。

 理由はわかりきっているのだから。

 それでも訊かずにはいられなかった。

 

 甘いのかもしれない。

 自分がその理由に納得して、姉を許すことを望んでいるのかもしれない。

 あり得ないとわかっていても。

 

「だって」

 

 それは一人の少女の声だった。

 

「飽きちゃったんだもの」

 

 ざわりっ、とヨシュアの首筋が騒いだ。

 

 奔る。

 咆吼をあげながら。

 黒い獣が奔った。

 

 獣が牙をむく。

 弾丸が空を裂いた。

 

 ナターシャが身をひねる。

 寸前で銃弾をかわし、逆にコートの中から銃を取り出して放った。

 

 ヨシュアの頬が軽く裂ける。

 かまわずヨシュアは拳を繰り出した。

 狙いはナターシャの腹。

 

 それも、コートに絡め取られ無駄に終わる。

 しかし狙いは別にある。

 

 ヨシュアの足払いが、彼女の脛を弾いた。

 カーペットの上に転がるナターシャ。

 

 彼女の銃を持つ右手を、左手で床に押さえつける。

 拳銃を姉の顔に突きつけた。

 容赦などするいわれはない。

 そのまま引き金を――

 

 ずぶりっ。

 

 音と痛みが同時に襲ってきた。

 ヨシュアの顔が歪む。

 慌てて地を蹴ると、姉の上から飛び退いた。

 

 切り裂かれたコート。

 脇腹に血が滲む。

 立ち上がったナターシャの左手には、べっとりと血の付いたナイフが握られていた。

 

 ナターシャが、ナイフの刀身を舐める。

 恐ろしさを通り越して、艶めかしくも感じられた。

 

 いや。

 ヨシュアが恐れているのはそんなものではない。

 呪縛に囚われた姉を、一瞬でも美しいと感じた自分自身だ。

 

「おいしい」

 

 彼女の舌はヨシュアの血でまみれていた。

 

 お前は天使だ。

 ヨシュアは思った。

 三番目のラッパを吹いた、残酷な天使だ。

 

「もっと……欲しいわ」

 

 ナターシャが奔る。

 

 近づかせるのは不利だ。

 ヨシュアは姉の眉間に狙いを付けた。

 

 ぐらりっ。

 視界がかすむ。

 意識が薄れる。

 畜生、血を流しすぎたか?

 思った頃にはナイフが目前に迫っていた。

 

 慌てて身をひねる。

 左腕をかすめていくナイフ。

 そして銃声。

 ナターシャの銃弾が、ヨシュアの足を撃ち抜いた。

 

 飛び散る血と肉。

 硝煙の臭い。

 再び襲ってくるナイフ。

 

 痛む左手でナイフを振るう姉の腕をつかみ取った。

 

 見えた。

 ナイフの刀身だ。

 細かい溝が、無数に彫り込まれている。

 

 そういうことか。

 目が眩んだのは傷のせいではない。

 これは暗殺者が好んで使うナイフ。

 溝は、刃に塗った毒を長く保つためのものである。

 

 ダンッ!

 

 一際大きな銃声。

 弾丸がナターシャの左肩を貫いた。

 それと同時にヨシュアの左腕も撃ち抜かれた。

 二人が同時に放った銃弾は、互いの腕を使い物にならなくしてしまった。

 

 ナイフが落ちる。

 握ることもできないに違いない。

 

 ナターシャの腹に蹴りを叩き込み、ヨシュアは三度間合いを取った。

 体勢を立て直してから、ふらつく姉の右手に回し蹴りを放つ。

 銃が床に落ちた。

 

 ヨシュアが痛む左手で彼女の首をつかんだ。

 そのまま押し倒し、顔の位置に銃を突きつける。

 

 これで終わりだ。

 ヨシュアは呼吸を整え、引き金に指をかけた。

 

 ……と。

 

 それは、唐突に聞こえた。

 

 ――みあげてごらん――

 

 歌。

 視界が霞んだ。

 

 ――すてきなよぞら――

 

 この歌は。聞き覚えのある、この歌は。

 

 ――ひとみをとじて こんやはおやすみ――

 

 歌っているのだ。

 姉が。

 今も。

 昔も。

 そして……あの時も。

 

 ――きっとどこかで またあえる――

 

 頭が……痛い……これ……は………

 

 

  *

 

 

 立ち上がった。

 

 父親が。

 死んだはずの父親が。

 たった今、目を閉じて冷たい肉の塊になってしまったはずの父親が。

 

 ゆっくりと立ち上がり、虚ろな瞳で俺を捉えた。

 青い瞳。

 俺と同じ色の瞳。

 やめろ。

 そんな目で見ないでくれ!

 

「お前が殺したんだ」

 

 嘘だ……違う!

 俺は殺してない、俺は悪くない!

 

 なんでそんなことを言うんだ!

 あんたが頼んだんだ。

 姉さんを殺せって!

 解き放ってくれって!

 だから……だから俺はずっと……!

 

 ゆらり。

 立ち上がった。

 母親が。

 父親の隣で転がっていた母親が。

 母親だったものが。

 

 そして虚ろな瞳で俺を捉えた。

 黒い瞳。

 俺と違う色の瞳。

 

「あなたが殺したの」

 

 父親と母親は少しずつ俺に近づいてきた。

 怪我をした足を引きずって。

 血にまみれた腕を伸ばして。

 

 ぼとり。

 腕が落ちた。

 父親の腕が、腐ってもげ落ちた。

 蛆が湧いていた。

 

 母親の目から無数の蛆虫が飛び出した。

 

 俺は叫んだ。

 俺は恐怖した。

 迫ってくる。

 父親が。母親が。

 俺を恨んで。俺を憎んで。

 俺を殺そうとして。

 体を蛆に喰われながら、肉を地面に撒き散らしながら、全身から血を吹き出しながら、とれかかった眼球を顔に張り付けながら!

 

「何故殺したんだ」

 

「お父さんとお母さんに飽きちゃったから?」

 

「殺すのが楽しいか?」

 

「人の血はおいしい?」

 

「ヨシュア」

 

「ねえ、ヨシュア」

 

 俺は涙を流しながら逃げまどった。

 

 声がする。

 父さんと母さんの声がする。

 俺を蝕む声がする。

 

 俺はもう一度叫んだ。

 そして走った。

 叫びが意味のある言葉になったのはその後だった。

 

「俺はやってない……

 俺は悪くない……

 全部全部全部全部姉さんがやったんだ姉さんが悪いんだ姉さんが殺したんだああぁぁぁあぁぁぁあぁああッ!!」

 

「あら」

 

 どくんっ。

 俺の心臓が鳴った。

 肩に手が置かれる。

 腐りかけた手。

 

 蛆がそこから俺の肩に移ってきた。

 俺は半狂乱になりながらそれを払い落とした。

 

 後ろに人がいた。

 腐って今にも崩れ落ちそうになった姉さんだった。

 

「本当は、わたしもあの時死んでいたのよ?」

 

 死体。

 父親の死体。

 母親の死体。

 目に入った。

 その隣に転がるもう一つの死体。

 姉の死体ナターシャの死体姉さんの死体俺が殺した死体俺が殺したのか姉さんを殺したのか父さんも母さんもみんなみんな俺が殺したのかそうなのか誰か誰か誰か答えろオオォォオオォオオオォオオッッ!!

 

 

 ――解き放ってくれ。

 

 

  *

 

 

 ナターシャが拳銃を拾う。

 

 ようやくヨシュアは気付いた。

 

 ナターシャが銃を上に向ける。

 ヨシュアが銃を下に向ける。

 

 二人が同時に引き金を引く。

 

 ダンッ!!

 

 

 

つづく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。