アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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03 “最強”を越えた女

 

 

 

 ばたんっ!

 

 シャオシュエが力一杯荷台の扉を閉める。

 運転席のコバヤシは、頭の後ろに付いている窓で荷台の様子を確かめた。

 

 足に怪我をしているエリィ、見たことのない神父、そして見たことのない女性。

 リンファがいないが、きっとACに乗り込んだのだろう。

 

「出します!」

 

 ガゴウンッ!

 

 衝撃がトラックを襲った。

 幸い大きな被害はない。

 どうやら近くに榴弾が着弾したようである。

 この装甲トラックをなめてもらっては困る。

 並のACよりは断然皮が厚いのだ。

 

 コバヤシは素早くギアを切り替えた。

 クラッチから足を外し、アクセルを踏みつける。

 

 モーターの駆動音が心地よく響く。

 しかし今は、その不思議な交響曲に聴き惚れている暇はなかった。

 トラックはあっと言う間に最高速度まで加速した。

 狭いスラムの路地を無茶なスピードで駆け抜ける。

 途中で飛びだしてきた浮浪者を引きそうになり、コバヤシは慌ててハンドルを切った。

 

『一体どうなってんのよ、これ!』

 

 遠くに爆発音が聞こえる。

 周囲には無数のACが潜んでいるはずである。

 彼らの目的はたった一つ。

 タオ=リンファを殺すことだ。

 その中の一機が返り討ちにあったようだが、同情するいわれは全くない。

 

 コバヤシは右手でハンドルを操作しながら、残った手でスイッチを押した。

 通信機が自動で周波数を合わせる。

 

「昨夜未明、ロレンスが何者かによって倒されました」

 

 ガシュンッ。

 

 コバヤシは目を見張った。

 進行方向に一機のACが着地する。

 襲撃者の内の一人である。

 そいつが手に持ったライフルは、間違いなく彼の方を向いていた。

 

 奥歯を食いしばってハンドルを切る。

 しかし次の瞬間、爆発したのはACの方だった。

 視界にちらりと映る青い影。

 ワームウッドである。

 

「本人の話によると、彼を倒したのは」

 

 燃え上がるACの残骸の側をくぐり抜け、更にトラックは先へ進んだ。

 このまま進めば幹線道路に出るはずである。

 

 行き先は地上。

 隠れ場所のあてが一つある。

 

「黒髪の」

 

 さっきまで痛みを堪えていたエリィが、はっと顔を持ち上げた。

 車の運転をしているコバヤシに視線を送る。

 

 驚愕。不信。

 それとも同情だろうか。

 彼女の心にある感情は。

 

「黒い瞳の」

 

 大きな衝撃が再びトラックを襲う。

 

 コバヤシは必死でハンドルを固定した。

 あわや廃ビルと正面衝突、というところで方向を戻す。

 額が汗ばんでいるのがわかった。

 冷や汗以外の汗をかくのは久しぶりである。

 

「アジア人の女性だったそうです。

 つまり」

 

 ヘイフォンの眉がぴくりと動いた。

 しかしそれに気付いていたのは本人だけだっただろう。

 彼は必死だった。

 自分の心の中の闇、耐え難いひけめを隠し通すことに。

 

「貴女ですよ。タオ=リンファ」

 

 

  *

 

 

「大丈夫ですの、兄様?」

 

 白で統一された清潔な病室。

 細く白い花瓶によく似合う赤い花。

 時折聞こえる救急車のサイレンが心臓に悪い。

 

 そんな病室で横たえられているのは、見たところ20代後半程度の男だった。

 細身に眼鏡、金色の短髪。

 知らない人間に見せても、決して信じないだろう。

 彼こそが世界最強のレイヴン、ロレンスである。

 

 ――いや。最強だった、というべきか。

 

 彼の側に腰掛け白いタオルで汗を拭き取っているのは、妹のジーナである。

 兄と同じ金髪。

 瞳には心配と焦燥の色が浮かんでいた。

 

「兄様、本当にリンファ姉さまだったんですのぉ?」

 

 ベッドに転がったまま、ロレンスは妹の問いを反芻した。

 あれは本当にタオ=リンファだったのか。

 腹の傷がうずく。

 あの女のことを思い出すたびにだ。

 

 いつの間にか自分が恐怖という感情を抱いていることに気付いた。

 漆黒の髪。

 漆黒の瞳。

 妖艶な笑み。

 澄んだ声色。

 どれをとっても間違いなくタオ=リンファだった。

 喋り方も、細かな挙動も、身から出る雰囲気も。

 以前に戦ったタオ=リンファと全く同じものだった。

 

 しかし。

 

 また腹がうずく。

 あの時感じた恐怖は。

 あの時自分の額を流れた冷や汗は。

 まるで人間ではないものと相対しているかのようだった。

 そう、神か悪魔のような。

 

 圧倒的な恐怖。

 神々しさすらも感じさせるほどの恐怖。

 久しく感じたことはなかった。

 

「ジーナ」

 

「ほえ?」

 

 ロレンスは、心配そうに自分の顔を覗き込む妹に微笑みかけた。

 

「大丈夫だよ。

 きっと、全てがうまくいく」

 

 そうだ、タオ=リンファ。

 おそらくこれは君の戦い。

 わたしのような脇役には、干渉できない戦いなのだ。

 

 自分の力を信じろ。

 やがて君を不幸が襲うだろう。

 だが君はそれを乗り越えなくてはならない。

 他の誰でもない、君自身の手で。

 

 ロレンスにできること。

 それは、ただ祈ることだけだった。

 

 

  *

 

 

 爆発音。

 もう数えるのも嫌になった。

 

 肩で息をしながらリンファは舌打ちした。

 馬鹿な奴らだ。

 どうせ、ロレンスには勝てなくても女一人になら勝てる、とでも思っているのだろう。

 身の程知らずほど迷惑なものはない。

 おまけに人違いときた。

 

 エリィ達の乗るトラックは、ようやくスラムを抜け、幹線道路へとさしかかっていた。

 このまま進めば地上へのゲートがある。

 コバヤシの話では、上に隠れ場所があるらしい。

 

「この街、こんなにレイヴンいたっけ?」

 

 リンファは引き金を引いた。

 単調な作業。

 また一つ馬鹿な命が消え去っていく。

 

 爆炎を尻目に見ながらトラックの後を追う。

 その横にワームウッドが続いた。

 こっちはバック移動しながら後方の敵を蹴散らしている。

 どの方向にでも自由に移動できるのが四足の便利なところである。

 

『この街だけじゃない。

 世界中のレイヴンがお前目当てに集まってきてるのさ』

 

「……もてる女は辛いわね」

 

『そういう台詞は、鏡を見てからにするんだな!』

 

 ガガッ!

 

 無駄なく撃ち込まれたガトリングガンの弾丸が、のこる最後のACを粉々に砕いた。

 道路の真ん中に巨大な鉄くずが生まれる。

 交通の邪魔である。

 

 これだけ騒いでいるのだから、ガードの連中が出てきてくれてもいいだろうに……

 どうせあいつら、怖じ気づいて隠れているのだろう。

 いくら三流レイヴンとはいっても、ガードの貧弱な武装では、ACを相手にするには分が悪い。

 

 ……と。

 

 ピピピピピッ!!

 

 けたたましい音が鳴り、レーダーにいくつもの光が点った。

 赤い光点……その数およそ10。

 さっきまで全く何もなかった場所に、いきなり反応が現れたのだ。

 しかもリンファ達を完全に取り囲んでいる。

 

 その反応通り、近くのビルの影からわらわらと現れるAC達。

 

『止まれ、タオ=リンファ!』

 

 通信機を通じて聞こえてくるダミ声。

 気配を感じてペンユウが振り向く。

 

 黒いACが、バズーカの銃口をトラックに突きつけていた。

 いくら装甲が厚いとはいっても、あんなものをあの距離で食らっては……

 

 黒いACの足下には何かの残骸が転がっている。

 漆黒の、巨大な卵の殻のようなもの。

 

 なるほど、そういうことか。

 記憶にある。

 どこぞの企業が開発した、『ハイドエッグ』とかいうものである。

 その実はステルス機能を持った半球形のドーム。

 ACなどが頭からかぶり、待ち伏せなどに使うわけだ。

 

 しかし……どうする。

 エリィ達を全員人質に取られているようなものである。

 おまけにさっきと違って相手は複数。

 一人の気を紛らわせたとしても、すぐに他からフォローが入る。

 

 リンファはワームウッドの方に目を遣った。

 様子見か、それとも何も思いつかないのか。

 青い蜘蛛はぴくりとも動かなかった。

 

『照準!』

 

 号令一下、周囲を囲むAC達が動く。

 あるものは右腕の銃を構え、またあるものは膝立ちになってキャノン砲を固定する。

 いくらなんでも、これだけの数に囲まれては逃げようもない。

 

 リンファの背中を冷たい汗が流れた。

 

 

 

つづく。

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