アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
ばたんっ!
シャオシュエが力一杯荷台の扉を閉める。
運転席のコバヤシは、頭の後ろに付いている窓で荷台の様子を確かめた。
足に怪我をしているエリィ、見たことのない神父、そして見たことのない女性。
リンファがいないが、きっとACに乗り込んだのだろう。
「出します!」
ガゴウンッ!
衝撃がトラックを襲った。
幸い大きな被害はない。
どうやら近くに榴弾が着弾したようである。
この装甲トラックをなめてもらっては困る。
並のACよりは断然皮が厚いのだ。
コバヤシは素早くギアを切り替えた。
クラッチから足を外し、アクセルを踏みつける。
モーターの駆動音が心地よく響く。
しかし今は、その不思議な交響曲に聴き惚れている暇はなかった。
トラックはあっと言う間に最高速度まで加速した。
狭いスラムの路地を無茶なスピードで駆け抜ける。
途中で飛びだしてきた浮浪者を引きそうになり、コバヤシは慌ててハンドルを切った。
『一体どうなってんのよ、これ!』
遠くに爆発音が聞こえる。
周囲には無数のACが潜んでいるはずである。
彼らの目的はたった一つ。
タオ=リンファを殺すことだ。
その中の一機が返り討ちにあったようだが、同情するいわれは全くない。
コバヤシは右手でハンドルを操作しながら、残った手でスイッチを押した。
通信機が自動で周波数を合わせる。
「昨夜未明、ロレンスが何者かによって倒されました」
ガシュンッ。
コバヤシは目を見張った。
進行方向に一機のACが着地する。
襲撃者の内の一人である。
そいつが手に持ったライフルは、間違いなく彼の方を向いていた。
奥歯を食いしばってハンドルを切る。
しかし次の瞬間、爆発したのはACの方だった。
視界にちらりと映る青い影。
ワームウッドである。
「本人の話によると、彼を倒したのは」
燃え上がるACの残骸の側をくぐり抜け、更にトラックは先へ進んだ。
このまま進めば幹線道路に出るはずである。
行き先は地上。
隠れ場所のあてが一つある。
「黒髪の」
さっきまで痛みを堪えていたエリィが、はっと顔を持ち上げた。
車の運転をしているコバヤシに視線を送る。
驚愕。不信。
それとも同情だろうか。
彼女の心にある感情は。
「黒い瞳の」
大きな衝撃が再びトラックを襲う。
コバヤシは必死でハンドルを固定した。
あわや廃ビルと正面衝突、というところで方向を戻す。
額が汗ばんでいるのがわかった。
冷や汗以外の汗をかくのは久しぶりである。
「アジア人の女性だったそうです。
つまり」
ヘイフォンの眉がぴくりと動いた。
しかしそれに気付いていたのは本人だけだっただろう。
彼は必死だった。
自分の心の中の闇、耐え難いひけめを隠し通すことに。
「貴女ですよ。タオ=リンファ」
*
「大丈夫ですの、兄様?」
白で統一された清潔な病室。
細く白い花瓶によく似合う赤い花。
時折聞こえる救急車のサイレンが心臓に悪い。
そんな病室で横たえられているのは、見たところ20代後半程度の男だった。
細身に眼鏡、金色の短髪。
知らない人間に見せても、決して信じないだろう。
彼こそが世界最強のレイヴン、ロレンスである。
――いや。最強だった、というべきか。
彼の側に腰掛け白いタオルで汗を拭き取っているのは、妹のジーナである。
兄と同じ金髪。
瞳には心配と焦燥の色が浮かんでいた。
「兄様、本当にリンファ姉さまだったんですのぉ?」
ベッドに転がったまま、ロレンスは妹の問いを反芻した。
あれは本当にタオ=リンファだったのか。
腹の傷がうずく。
あの女のことを思い出すたびにだ。
いつの間にか自分が恐怖という感情を抱いていることに気付いた。
漆黒の髪。
漆黒の瞳。
妖艶な笑み。
澄んだ声色。
どれをとっても間違いなくタオ=リンファだった。
喋り方も、細かな挙動も、身から出る雰囲気も。
以前に戦ったタオ=リンファと全く同じものだった。
しかし。
また腹がうずく。
あの時感じた恐怖は。
あの時自分の額を流れた冷や汗は。
まるで人間ではないものと相対しているかのようだった。
そう、神か悪魔のような。
圧倒的な恐怖。
神々しさすらも感じさせるほどの恐怖。
久しく感じたことはなかった。
「ジーナ」
「ほえ?」
ロレンスは、心配そうに自分の顔を覗き込む妹に微笑みかけた。
「大丈夫だよ。
きっと、全てがうまくいく」
そうだ、タオ=リンファ。
おそらくこれは君の戦い。
わたしのような脇役には、干渉できない戦いなのだ。
自分の力を信じろ。
やがて君を不幸が襲うだろう。
だが君はそれを乗り越えなくてはならない。
他の誰でもない、君自身の手で。
ロレンスにできること。
それは、ただ祈ることだけだった。
*
爆発音。
もう数えるのも嫌になった。
肩で息をしながらリンファは舌打ちした。
馬鹿な奴らだ。
どうせ、ロレンスには勝てなくても女一人になら勝てる、とでも思っているのだろう。
身の程知らずほど迷惑なものはない。
おまけに人違いときた。
エリィ達の乗るトラックは、ようやくスラムを抜け、幹線道路へとさしかかっていた。
このまま進めば地上へのゲートがある。
コバヤシの話では、上に隠れ場所があるらしい。
「この街、こんなにレイヴンいたっけ?」
リンファは引き金を引いた。
単調な作業。
また一つ馬鹿な命が消え去っていく。
爆炎を尻目に見ながらトラックの後を追う。
その横にワームウッドが続いた。
こっちはバック移動しながら後方の敵を蹴散らしている。
どの方向にでも自由に移動できるのが四足の便利なところである。
『この街だけじゃない。
世界中のレイヴンがお前目当てに集まってきてるのさ』
「……もてる女は辛いわね」
『そういう台詞は、鏡を見てからにするんだな!』
ガガッ!
無駄なく撃ち込まれたガトリングガンの弾丸が、のこる最後のACを粉々に砕いた。
道路の真ん中に巨大な鉄くずが生まれる。
交通の邪魔である。
これだけ騒いでいるのだから、ガードの連中が出てきてくれてもいいだろうに……
どうせあいつら、怖じ気づいて隠れているのだろう。
いくら三流レイヴンとはいっても、ガードの貧弱な武装では、ACを相手にするには分が悪い。
……と。
ピピピピピッ!!
けたたましい音が鳴り、レーダーにいくつもの光が点った。
赤い光点……その数およそ10。
さっきまで全く何もなかった場所に、いきなり反応が現れたのだ。
しかもリンファ達を完全に取り囲んでいる。
その反応通り、近くのビルの影からわらわらと現れるAC達。
『止まれ、タオ=リンファ!』
通信機を通じて聞こえてくるダミ声。
気配を感じてペンユウが振り向く。
黒いACが、バズーカの銃口をトラックに突きつけていた。
いくら装甲が厚いとはいっても、あんなものをあの距離で食らっては……
黒いACの足下には何かの残骸が転がっている。
漆黒の、巨大な卵の殻のようなもの。
なるほど、そういうことか。
記憶にある。
どこぞの企業が開発した、『ハイドエッグ』とかいうものである。
その実はステルス機能を持った半球形のドーム。
ACなどが頭からかぶり、待ち伏せなどに使うわけだ。
しかし……どうする。
エリィ達を全員人質に取られているようなものである。
おまけにさっきと違って相手は複数。
一人の気を紛らわせたとしても、すぐに他からフォローが入る。
リンファはワームウッドの方に目を遣った。
様子見か、それとも何も思いつかないのか。
青い蜘蛛はぴくりとも動かなかった。
『照準!』
号令一下、周囲を囲むAC達が動く。
あるものは右腕の銃を構え、またあるものは膝立ちになってキャノン砲を固定する。
いくらなんでも、これだけの数に囲まれては逃げようもない。
リンファの背中を冷たい汗が流れた。
つづく。