アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
その瞬間一体何が起こったのか、リンファには把握できなかった。
ただ、事実があるだけ。
真後ろからいきなり聞こえてきた声。
銃声。
弾丸。
女が一人、飛び出す。
ヘイフォンの名を呼ばわりながら。
シャオシュエが。
母親が。
自ら飛び、そして。
弾丸はシャオシュエの胸板を貫いた。
美しい肢体が床に落ちる。
ぴくりとも動かない。
血が床を彩っていく。
それは汚らしい染みのようでもあったし、美しい絵画のようでもあった。
リンファにはただ、見つめることしかできなかった。
凄まじい形相で妻に駆け寄る、父親の姿を。
「チッ……外したか」
声は後ろから響いてきた。
歯を食いしばり、振り返る。
そこには一人の女がいた。
黒髪。
黒い瞳。
少し吊り上がった目尻。
それは、リンファだった。
リンファは目の前に自分がいるのを見て、そして自分の手をまじまじと見つめた。
再び目を戻す。
それは自分に違いなかった。
ヨシュアは慌てて銃を突きつけた。
リンファに……いや、突然現れた黒髪の女に。
足に狙いを付け、引き金を――
「何処狙ってんの?」
声はまた、後ろからだった。
消えた。
瞬き一つする間に、女の体が消えた!
肩に手を触れる者がいる。
一瞬で後ろに回り込んだ、女の手だった。
「愛してるわ……ヨシュア」
ゴッ!
ヨシュアは床に倒れ込んだ。
何だ。
一体何をされた!?
ただの肘打ち一発だったはずだ。
それなのに、まるで鉄の棒で殴られたかのようだ。
息苦しい。
体が動かない。
こんなことで破れるなんて!
女は地面に転がるヨシュアをうっとりと見つめ、唇を吊り上げた。
高笑いが響き渡る。
「あら、冗談よ。
本気にしちゃったかしら?
ヒャッハハハ!」
この女ッ!
リンファの金縛りがようやく解けた。
懐から銃を取り出す。
もう一人の自分に向かってそれを突きつける。
妙な気分だった。
自分で自分を撃とうとするなんて。
リンファは自分を睨み付けた。
「この偽物ッ!
生かしてはおかないッ!」
「動くんじゃねぇ!」
女が叫びに呼応して、赤いACが動いた。
さっきまでヘイフォンを狙っていたライフルが、リンファに狙いを帰る。
畜生。
これでは動くに動けない。
どう頑張ってみたところで、拳銃でAC用レーザーライフルに勝てるわけがない。
それを見て満足したのか、女はゆっくりと歩き出した。
エリィの横を通り抜け、コバヤシの前を行き過ぎ、妻の死体を抱いて涙を流すヘイフォンに歩み寄る。
ヘイフォンは涙に濡れた顔を持ち上げた。
リンファには、それが純粋な悲しみの表情には見えなかった。
まるで怯える子羊のような瞳。
「久しいなぁ、黒風……いや、ブラックゲイル。
嶺華はあたしのことを忘れちまったみたいだが……
まさかあんたまで忘れたってことはねぇよな?
ああん?」
がっ。
女が蹴る。シャオシュエの死体を。
「馬鹿だよなぁ、コユキ=ムラクモも。
敵対企業の一流エージェント、ブラックゲイルとの逃亡劇!
ハッ!
泣かせる話じゃないか!
ラスト・シーンが最愛の夫をかばっての死、だなんてな!」
女が銃を取り出す。
まっすぐに、銃口はヘイフォンの額に向けられた。
涙を拭く。
ヘイフォンは立ち上がった。
妻の体を、優しく横たえて。
そうだ、もう逃げることはできない。
過去の罪。
今の罪。
未来の罪。
全てをこの瞬間に、清算する。
さあ、わたしを裁いてくれ。
君の手で。
ヘイフォンは目を閉じた。
悲しみも怒りも、もはやなかった。
ただ安らぎ、死を待つ自分がそこにいた。
リンファ。
彼は最後に、最愛の娘に心の言葉を投げかけた。
君はこの場面を見たことがあるだろう。
そしてすぐに思い出すだろう。
受け入れなさい。
自分の過去を。
そして考えなさい。
自分に今何ができるのか。
自分が何をすべきなのか。
自分自身の過去を、どう清算するのかを。
唇がつりあがった。
*
ヘイフォンは地に斃れた。
妻の上に。まるで互いをかばい合っているかのように。
頭ではなく心臓を撃ったのは、女の最後の情けだったのかもしれない。
*
「プルス。帰還するぞ」
女が命じると、ACは女に左手を差し出した。
人間とは思えない跳躍力で、その手のひらに飛び乗る。
女は上からリンファを見下ろした。
唇がにぃっと吊り上がる。
リンファは恐怖している自分に気付いた。
もうレーザーライフルの狙いは外されているというのに、一歩も動くことはできなかった。
ただ、あの女を凝視しているだけだ。
「ポイント021335-S。
そこに、大破壊以前の工場施設がある」
女は高らかに言った。
それは詩のようでもあった。
「待っているぞ。
ACが飛び上がる。
ブースターが生み出す突風が頬を撫でた。
ああ、なんてことだ。
知っている。
あたしはこれと同じ光景を知っている。
敵がいなくなると同時に、悲しみがこみ上げてきた。
リンファはふらふらと両親に歩み寄った。
膝をつき、父親の頭を抱きしめる。
「何やってんだよ……こんな所で寝てたら風邪引くだろ……?
なあ……起きろよ……親父……親父……馬鹿親父っ!」
リンファの頬を涙が伝った。
ヨシュアが立ち上がる。
しかし、どうしようもなかった。
何もしてやれなかった。
悲しみを分かち合うなんて、できるわけない。
それはエリィも、コバヤシも。
見ていることしかできない。
悲しみなんて、言葉でどうこうできるものじゃないんだ。
「父さん……」
最後の声はかすれていて、本当に口から出たのかどうかも怪しかった。
全部思い出したよ。
あの女のこと。
15年前のこと。
ずっと忘れていたこと。
父さんのこと。
母さんのこと。
幸せってこと。
悲しいってこと。
畜生。
なんで今まで忘れてたんだ。
なんでこんな大切なことを忘れてたんだ!
あたしは……あたしはあたしはあたしはあたしはあたしはッ!!
「う……ウアァアァァッッァアアァアァアァァッ!!」
絶叫が、ただ木霊する。
*
あたしは、一人じゃなかった。
ずっと一緒だったんだ。
生まれたときから。
ううん、母さんのお腹の中にいる時から、ずっとあの子と一緒だった。
あたしたちは一緒に生まれて、一緒に育った。
かわいいあの子。
双子の妹、シーファ。
あたしの名前は父さんがつけて、妹の名前は母さんがつけた。
あたしは、嶺に咲く華のように気高く強く育つように。
妹は、野に咲く細さな華のように、優しく穏やかに育つように。
嶺華と、細華。
リンファとシーファ。
いい名前だと思う。
あたしはこの名前が好き。
だって、あたしの名前だから。
父さんはアジア人が集まる和郷市――ホウシァン・シティで、神父の真似事をしていた。
スラムの子供達を集めて読み書きを教えたり、怪我人や病人の手当をしたり。
結構近所では有名だった。
みんなが父さんを頼ってきた。
でもあたしは――あたしたちは知っていた。
父さんが本当は神父じゃないってことを。
なんだかわからないけど、父さんは神父様と呼ばれるとき、すごく嬉しそうで、すごく悲しそうだった。
母さんは一生懸命父さんの手伝いをしていた。
あんまり手先が器用じゃないから苦労してたけど、母さんには父さんには真似できないことができた。
微笑み。
にっこり笑うと、それだけでどんな子供も泣き止んだ。
悲しい大人は楽しくなった。
すごいなって、子供心に思ってた。
シーファがある時言ったんだ。
母さんみたいになりたいって。
だからあたしは答えた。
父さんみたいになりたい。
あたしたちは約束した。
ずっと一緒にいようね。
二人だったらなんでもできるから。
父さんと母さんみたいに。
でも、あたしたちが三歳の時。
あいつはやってきた。
紅い、角の生えたACに乗って。
つづく。