アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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06 細華(シーファ)

 

 

 

 

 その瞬間一体何が起こったのか、リンファには把握できなかった。

 

 ただ、事実があるだけ。

 真後ろからいきなり聞こえてきた声。

 銃声。

 弾丸。

 

 女が一人、飛び出す。

 ヘイフォンの名を呼ばわりながら。

 シャオシュエが。

 母親が。

 自ら飛び、そして。

 

 弾丸はシャオシュエの胸板を貫いた。

 美しい肢体が床に落ちる。

 ぴくりとも動かない。

 

 血が床を彩っていく。

 それは汚らしい染みのようでもあったし、美しい絵画のようでもあった。

 

 リンファにはただ、見つめることしかできなかった。

 凄まじい形相で妻に駆け寄る、父親の姿を。

 

「チッ……外したか」

 

 声は後ろから響いてきた。

 歯を食いしばり、振り返る。

 

 そこには一人の女がいた。

 黒髪。

 黒い瞳。

 少し吊り上がった目尻。

 

 それは、リンファだった。

 リンファは目の前に自分がいるのを見て、そして自分の手をまじまじと見つめた。

 再び目を戻す。

 それは自分に違いなかった。

 

 ヨシュアは慌てて銃を突きつけた。

 リンファに……いや、突然現れた黒髪の女に。

 足に狙いを付け、引き金を――

 

「何処狙ってんの?」

 

 声はまた、後ろからだった。

 消えた。

 瞬き一つする間に、女の体が消えた!

 

 肩に手を触れる者がいる。

 一瞬で後ろに回り込んだ、女の手だった。

 

「愛してるわ……ヨシュア」

 

 ゴッ!

 

 ヨシュアは床に倒れ込んだ。

 何だ。

 一体何をされた!?

 ただの肘打ち一発だったはずだ。

 それなのに、まるで鉄の棒で殴られたかのようだ。

 

 息苦しい。

 体が動かない。

 こんなことで破れるなんて!

 

 女は地面に転がるヨシュアをうっとりと見つめ、唇を吊り上げた。

 高笑いが響き渡る。

 

「あら、冗談よ。

 本気にしちゃったかしら?

 ヒャッハハハ!」

 

 この女ッ!

 

 リンファの金縛りがようやく解けた。

 懐から銃を取り出す。

 もう一人の自分に向かってそれを突きつける。

 

 妙な気分だった。

 自分で自分を撃とうとするなんて。

 リンファは自分を睨み付けた。

 

「この偽物ッ!

 生かしてはおかないッ!」

 

「動くんじゃねぇ!」

 

 女が叫びに呼応して、赤いACが動いた。

 さっきまでヘイフォンを狙っていたライフルが、リンファに狙いを帰る。

 

 畜生。

 これでは動くに動けない。

 どう頑張ってみたところで、拳銃でAC用レーザーライフルに勝てるわけがない。

 

 それを見て満足したのか、女はゆっくりと歩き出した。

 エリィの横を通り抜け、コバヤシの前を行き過ぎ、妻の死体を抱いて涙を流すヘイフォンに歩み寄る。

 

 ヘイフォンは涙に濡れた顔を持ち上げた。

 リンファには、それが純粋な悲しみの表情には見えなかった。

 まるで怯える子羊のような瞳。

 

「久しいなぁ、黒風……いや、ブラックゲイル。

 嶺華はあたしのことを忘れちまったみたいだが……

 まさかあんたまで忘れたってことはねぇよな?

 ああん?」

 

 がっ。

 女が蹴る。シャオシュエの死体を。

 

「馬鹿だよなぁ、コユキ=ムラクモも。

 敵対企業の一流エージェント、ブラックゲイルとの逃亡劇!

 

 ハッ!

 泣かせる話じゃないか!

 ラスト・シーンが最愛の夫をかばっての死、だなんてな!」

 

 女が銃を取り出す。

 まっすぐに、銃口はヘイフォンの額に向けられた。

 

 涙を拭く。

 ヘイフォンは立ち上がった。

 妻の体を、優しく横たえて。

 

 そうだ、もう逃げることはできない。

 過去の罪。

 今の罪。

 未来の罪。

 全てをこの瞬間に、清算する。

 

 さあ、わたしを裁いてくれ。

 君の手で。

 

 ヘイフォンは目を閉じた。

 悲しみも怒りも、もはやなかった。

 ただ安らぎ、死を待つ自分がそこにいた。

 

 リンファ。

 彼は最後に、最愛の娘に心の言葉を投げかけた。

 

 君はこの場面を見たことがあるだろう。

 そしてすぐに思い出すだろう。

 

 受け入れなさい。

 自分の過去を。

 

 そして考えなさい。

 自分に今何ができるのか。

 自分が何をすべきなのか。

 自分自身の過去を、どう清算するのかを。

 

 唇がつりあがった。

 

 

  *

 

 

 ヘイフォンは地に斃れた。

 妻の上に。まるで互いをかばい合っているかのように。

 頭ではなく心臓を撃ったのは、女の最後の情けだったのかもしれない。

 

 

  *

 

 

「プルス。帰還するぞ」

 

 女が命じると、ACは女に左手を差し出した。

 人間とは思えない跳躍力で、その手のひらに飛び乗る。

 

 女は上からリンファを見下ろした。

 唇がにぃっと吊り上がる。

 

 リンファは恐怖している自分に気付いた。

 もうレーザーライフルの狙いは外されているというのに、一歩も動くことはできなかった。

 ただ、あの女を凝視しているだけだ。

 

「ポイント021335-S。

 そこに、大破壊以前の工場施設がある」

 

 女は高らかに言った。

 それは詩のようでもあった。

 

「待っているぞ。()()()()()()()

 

 ACが飛び上がる。

 ブースターが生み出す突風が頬を撫でた。

 

 ああ、なんてことだ。

 知っている。

 あたしはこれと同じ光景を知っている。

 

 敵がいなくなると同時に、悲しみがこみ上げてきた。

 リンファはふらふらと両親に歩み寄った。

 膝をつき、父親の頭を抱きしめる。

 

「何やってんだよ……こんな所で寝てたら風邪引くだろ……?

 なあ……起きろよ……親父……親父……馬鹿親父っ!」

 

 リンファの頬を涙が伝った。

 

 ヨシュアが立ち上がる。

 しかし、どうしようもなかった。

 何もしてやれなかった。

 悲しみを分かち合うなんて、できるわけない。

 

 それはエリィも、コバヤシも。

 

 見ていることしかできない。

 悲しみなんて、言葉でどうこうできるものじゃないんだ。

 

「父さん……」

 

 最後の声はかすれていて、本当に口から出たのかどうかも怪しかった。

 

 全部思い出したよ。

 あの女のこと。

 15年前のこと。

 ずっと忘れていたこと。

 

 父さんのこと。

 母さんのこと。

 幸せってこと。

 悲しいってこと。

 

 畜生。

 なんで今まで忘れてたんだ。

 なんでこんな大切なことを忘れてたんだ!

 あたしは……あたしはあたしはあたしはあたしはあたしはッ!!

 

「う……ウアァアァァッッァアアァアァアァァッ!!」

 

 絶叫が、ただ木霊する。

 

 

  *

 

 

 あたしは、一人じゃなかった。

 ずっと一緒だったんだ。

 生まれたときから。

 ううん、母さんのお腹の中にいる時から、ずっとあの子と一緒だった。

 

 あたしたちは一緒に生まれて、一緒に育った。

 

 かわいいあの子。

 双子の妹、シーファ。

 

 あたしの名前は父さんがつけて、妹の名前は母さんがつけた。

 あたしは、嶺に咲く華のように気高く強く育つように。

 妹は、野に咲く細さな華のように、優しく穏やかに育つように。

 

 嶺華と、細華。

 リンファとシーファ。

 いい名前だと思う。

 

 あたしはこの名前が好き。

 だって、あたしの名前だから。

 

 父さんはアジア人が集まる和郷市――ホウシァン・シティで、神父の真似事をしていた。

 スラムの子供達を集めて読み書きを教えたり、怪我人や病人の手当をしたり。

 結構近所では有名だった。

 

 みんなが父さんを頼ってきた。

 でもあたしは――あたしたちは知っていた。

 父さんが本当は神父じゃないってことを。

 

 なんだかわからないけど、父さんは神父様と呼ばれるとき、すごく嬉しそうで、すごく悲しそうだった。

 

 母さんは一生懸命父さんの手伝いをしていた。

 あんまり手先が器用じゃないから苦労してたけど、母さんには父さんには真似できないことができた。

 微笑み。

 にっこり笑うと、それだけでどんな子供も泣き止んだ。

 悲しい大人は楽しくなった。

 すごいなって、子供心に思ってた。

 

 シーファがある時言ったんだ。

 母さんみたいになりたいって。

 だからあたしは答えた。

 父さんみたいになりたい。

 

 あたしたちは約束した。

 ずっと一緒にいようね。

 二人だったらなんでもできるから。

 父さんと母さんみたいに。

 

 でも、あたしたちが三歳の時。

 

 あいつはやってきた。

 紅い、角の生えたACに乗って。

 

 

 

つづく。

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