アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
茶色い短髪。
頬の傷。
そいつはオズワルドと名乗った。
父さんに会いたい。
そう言ったんだ。
あたしたちは断った。
そいつの目が嫌いだったから。
ぎらぎらと、まるで獣みたいな光を放つ、目。
オズワルドはあたしたちを突き飛ばすと、教会の中へ入っていった。
そして父さんと話をしていた。
父さんは怖い顔をしていた。
何を話していたのかは、よく覚えていない。
ただ、少しだけ覚えていることもある。
父さんがクロームのエージェントだったってこと、母さんがムラクモ・ミレニアムの社長令嬢だったってこと、そしてオズワルドが強化人間製造のための最高のモルモットを探しているってこと!
いきなり、あたしたちの首筋を黒服の男がつかんだ。
父さんは僧服の中から銃を取り出すと、黒服の男を撃ち抜いた。
あたし達は床に落ちた。
近くにいた母さんがあたしを抱きかかえた。
でも、シーファを抱いたのは父さんじゃなかった。
オズワルド。
その男がシーファの体をつかんだ。
あたしは泣き叫んだ。
シーファも泣き叫んだ。
離れたくない。
そう思った。
でも父さんは……逃げ出した。
母さんもその後を追った。
オズワルドとシーファの姿はどんどん遠くなっていった。
あたしは想像もしていなかった。
それっきり、シーファと会えなくなるなんて。
父さんと母さんが、シーファを見捨てるなんて!
そしてあたしは記憶を閉じた。
父さんと母さんを許すために、全てを忘れ去った。
でも本当は忘れられなかったんだと思う。
だから、あたしは家出するはめになったんだ。
父さん達と一緒にいると、記憶が蘇りそうだったから。
でも、今なら?
今なら父さんと母さんを許せる?
父さんの判断は正しかった。
オズワルドはきっと、何人もの部下を引き連れていただろう。
シーファを取り戻そうとして戦いになれば、父さんも母さんも殺され、あたしとシーファの両方が実験台にされていただろう。
でもそう思うのは、あたしが「選ばれた方」だからだ。
もしあたしがシーファだったら?
父さんに見捨てられて、強化人間の実験台にされていたら?
あたしは間違いなく両親を恨む。
憎む。
絶対に許さない。
そう思う。
だから、行かなきゃ。
あたしはもう迷わない。
狂わない。
忘れない。
シーファ。
15年間の空白は長すぎるけど、きっと埋められる。
いつかきっと、また会える。
*
「浮かない顔だな」
オズワルドは帰ってきたシーファを眺め、呟いた。
殺したのだろう。
あの愚かな夫婦を。
しかし、復讐を果たしたというのにこの顔はなんだ?
まるで悲しんでいるかのようではないか。
見境のない強化によって、普通の人間としての感情すらも失ったこの女が?
シーファは自分の指定席にどっかりと腰を下ろした。
頬杖を付き、ぶっきらぼうに言い放つ。
「『ゲシュタルト』のテストは?」
「順調だ。
何も問題ない。
『ゲシュペンスト』の安定率も99.8%。
ゲシュタルトの限界性能を完全に引き出している。
現在は全機を一時撤退させて調整中だが……」
「明日は本番だな?」
「そうだ。
だが、明日はここに残ってもらうぞ」
ここにきて、はじめてシーファはオズワルドの顔を見た。
眉をひそめた、今にも癇癪を起こしそうな顔。
こりっ。
シーファの歯軋りの音が、闇に響いた。
「何だと?」
「『ジュステーム・ゲシュタルト』の形成率が低い。
やはり、『核』はここに待機していなければならないようだ。
『ガイスティッヒ・ヴェレ』の増幅機がある。それを使用するのだ」
「あたしに問題があるってのか?」
「そうではない。
所詮、一人の『プルス』が放つ貧弱なガイスティッヒ・ヴェレでゲシュタルト全機を操作するなど、不可能なのだ。
いくらゲシュペンストの助けがあるとは言ってもな」
シーファは舌打ちをすると、椅子に手を付いて立ち上がった。
気分が悪い。
だんだん自分の感情が高ぶっていくのがわかる。
『楽しい』と感じている自分がいる。
明日の壮大なパーティを、『楽しみ』にしている自分がいる。
胸くそが悪い。
そんな感情は、とうの昔に捨て去ったというのに。
「明日は客が来る」
彼女の言葉は冷たく、鈍かった。
「盛大にもてなしてやれ」
「……心得た」
男の答えを聞くより早く、シーファは部屋を飛び出していた。
*
地上の夜は重く、暗い。
分厚い大気に阻まれて、星の一つも見えはしない。
風が吹き抜けていく。
巻き上げられた砂埃が二つの十字架を包み、そして消えていった。
木で組まれた簡素な十字架。
名前すらも彫り込まれてはいない。
ただ、二つの墓標は寄り添うように佇んでいた。
まるで幸せな夫婦のように、ひっそりと。
花すらも供えられていない墓標を、また風が包んでいく。
*
辺りがすっかり暗くなったのを見計らって、リンファは起きあがった。
自分を包んでいたシーツをはぎ取り、床から立ち上がる。
部屋の端のソファでは、エリィがすうすうと寝息を立てている。
傷の具合は良好のようである。
足音を立てないよう、ゆっくりとリンファは部屋を出た。
広いガレージ。
青い蜘蛛のそばに佇んでいる紅い巨人。
それに歩み寄り、見上げる。
3年間、リンファはこいつと一緒だった。
戦場に立つとき、リンファはこのペンユウと一体となっていた。
無機質な装甲板が自分の素肌のようだった。
それを心地よいと感じるようになったのは、いつの頃だったか。
ごめんね。
答えるはずもない巨人に、リンファは心の声を投げかけた。
今度ばかりは帰ってこれないかもしれないけど、最後まであたしと戦って。
リンファは答えを聞いたような気がした。
地獄の底へだって付いていく、と。
その時、リンファは彼の存在に気付いた。
ペンユウの足に背中を預け、腕組みをして佇んでいる。
いつもの黒いコート。
見慣れた金髪。
綺麗な青い瞳。
ヨシュアだった。
リンファは驚きを顔に出さないように気を付けながら、彼に歩み寄った。
「行くのか」
低い声が耳に届いた。
子守歌のようで、とても気持ちのいい声。
リンファはうつむいて答えた。
「うん」
そして、自分の頭を彼の胸に埋めた。
暖かい。
腕を背にまわす。
力一杯彼を抱きしめた。
彼もまた、それに応えた。
匂いが鼻を衝いた。
コートに染み付いた、淡い煙草の匂いだった。
いつもは苦手なその匂いも、今はたまらなく愛おしかった。
言葉なんて出てこない。
だからリンファは心の中で言った。
ありがとう、ヨシュア。
あたしは、あなたに会えて幸せだった。
だから、いつ死んだって後悔しない。
もちろん死にたいわけじゃない。
でも、あなたと一緒にいた時間がとっても楽しくて、嬉しくて、好きだったから。
だから、死ぬことなんて怖くないの。
いつだってあたしは、精一杯に生きてきたから。
あなたと一緒に生きてきたから。
リンファは顔を上げた。
そして瞳を閉じた。
唇に柔らかくて暖かいものが触れるのを感じた。
力が抜けていく。
感覚がなくなっていく。
自分の存在が曖昧になって、そして痛いほど確かになっていく。
まるで自分はそこにしか存在していないかのようだった。
彼と触れ合っているその一点だけで、自分は存在している。
そんな気がした。
口づけの時間は長かったのか、短かったのか。
誰にもそれはわからなかった。
リンファは唇を離すと、彼の手に小さな物を渡した。
それは十字架だった。
ヘイフォンがいつも肌身離さず持っていた、あの十字架だった。
「あなたが持ってて」
それだけ言うと、リンファは彼の横を通り過ぎた。
コックピットへと向かい、駆けていく。
「リンファ」
その背に、再び低い声がかかった。
ヨシュアは十字架を握りしめ、まじまじと見つめていた。
しかしその瞳が捉えていたのは、金属の塊ではない。
その向こうにいるもの。
その向こうにあるもの。
「誰のためだ」
リンファは肩越しに振り返った。
しばらく黙ってから、小さく口を開いた。
その表情は苦笑しているようにも見えた。
「誰のためでもない。あたしのためよ」
それを聞いて、ヨシュアは少しだけ笑った。
笑って、そして投げた。
手の内にある小さな金属の塊。
そう、たった今渡されたばかりの十字架を。
リンファは慌ててそれを受け止めた。
どうして。
瞳を見る。
青い瞳は真っ直ぐに、あまりにも真っ直ぐにこっちを見つめていた。
「お前のためなら、俺にも理由がある」
つづく。