アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
エリィはシーツにくるまったまま、外の音を聞いていた。
ACの駆動音。
廃工場から遠ざかっていく二機のAC。
その足音を遠くに聞きながら、エリィは寝返りを打った。
天井。
昔のことが頭をよぎる。
そう、初めてリンファと出会ったときのこと。
リンファちゃん。
彼女は相棒の名を呼んだ。
あなたにあげたペンユウは、わたしがムラクモを抜けるときに失敬してきたものなの。
でもそれも、本来はムラクモの機体じゃなかった。
クロームが極秘裏に製造していた二機の新型ACのうち、一機を奪取したものだったのよ。
これも運命なのかな。
巡り巡って、同じ二機が今、戦いに身を投じる。
不思議ね。
神様が本当にいるみたい。
でも、ここから先は誰にも予想なんてできない。
どっちが勝つか、どっちが生き残るか、誰にも決めることなんてできない。
だから、リンファちゃん。
必ず帰ってきて。
わたしはここでこうして待ってるから。
明日の朝目覚めたら、何事もなかったみたいにリンファちゃんが微笑んで、馬鹿みたいに騒いで、笑って、そして時々依頼をこなしたりして……
待ってるからね。
だってリンファちゃんはわたしの友達だから。
相棒だから。
親友だから。
一番大切な仲間だから。
*
もうじき夜が明ける。
シーファは椅子に腰を下ろした。
それは彼女の玉座だった。
広大なドーム状の空間。
その中央にある、闇の王の玉座。
そしてその後ろに控える騎士。
真紅の巨人、『プルス』。
強化人間専用に造られたAC。
シーファのためだけに造り出されたAC。
だからこのACはこう名付けられたのだ。
強化人間――プルスと完全に一つになるために。
いや。
シーファの脳裏を嫌な光が駆け抜けていった。
造られたのはプルスの方ではない。
あたしだ。
あたしが、このACに乗るために造られたのだ。
究極の強化人間として。
完璧な強化人間として。
ジュステーム・ゲシュタルトの核として。
かつてはクローム社によって。
その滅亡後は、意志を受け継いだナターシャとオズワルドによって。
見境のない強化を受けたのだ。
もはや、本来の肉体はほとんど残っていない。
人工組織ばかりになってしまった。
脳の中に至るまで。
世間では存在自体が認められていない強化人間に、自分だけがなったというのは快感だった。
そして同時に耐え難い苦痛でもあった。
もうシーファに仲間はいないのだ。
だって、彼女はもう人間ですらないかも知れないのだから。
*
『これだな?
大破壊以前の工場ってのは』
通信機から、ワームウッドを駆るヨシュアの声が伝わってきた。
目の前にある巨大な建造物。
分厚い外壁に、気密性が高そうなゲート。
明らかに補修と改装の手が加わっている。
それもごく最近に。
リンファは目を細めた。
なぜかはわからない。
でも感じる。
シーファはこの中にいる。間違いなく。
「ヨシュア、穴開けて」
『乱暴だな、全く……』
ワームウッドがレーザーキャノンを放つ。
閃光と爆音が無秩序にばらまかれる。
もうもうと立ちこめる砂埃。
それが収まった頃には、堅く閉じられたゲートに大穴が穿たれていた。
AC2機程度なら並んで通れそうなくらいの穴である。
赤い巨人と青い蜘蛛は、工場の中に滑り込んだ。
長い通路。
ACが出入りしやすいように、広めに造られている。
レーダーを確認する。
映り込む妙なノイズ。
どうやら電波障害が起こっているらしい。
これでは、レーダーは使い物にならない。
慎重に歩みを進めていく。
一体何処で何が待ちかまえているやら分かったものではないのだ。
分かれ道はない。
途中にはいくつか閉じたゲートもあったが、完全にロックされているようだった。
そして、おあつらえ向きに用意された一本だけの道。
誘っているのだ。
悪魔が、地獄の底へと。
やがて二機は広い部屋にたどり着いた。
ACが本気で暴れ回っても何ら差し支えないほどの広大な空間。
見たところ立方構造になっているようだった。
ぴくり。
レーダーよりも鋭い、リンファの鼻がそれを感じ取った。
*
来たか。姉さん。
玉座に座ったまま、シーファは息を吸い込んだ。
余計な邪魔者が付いてきている。
奴には大人しくしていて貰わなくてはならない。
このためにゲシュタルトを待機させておいて正解だった。
「Plus befehlt euch」
シーファの口から浪々たるドイツ語が飛び出した。
ジュステーム・ゲシュタルトの操作コマンドは、全てドイツ語によるのだ。
「Loscht den Hindelichen !」
*
ヴンッ。
低い駆動音。
立方体の部屋のいたるところで、無数のハッチが扉を開いていく。
十数個のハッチの向こうには、それぞれ一機ずつ控える青い2足AC。
あの、世界中で暴れていたACである。
なるほど。
まずは雑魚で歓迎、ということか。
『聞こえるか、リンファ』
「何よ?」
今にも先制攻撃のトリガーを引こうとしていたリンファを、彼の声が押しとどめた。
出鼻をくじかれ、リンファは顔をしかめた。
『ここは俺が引き受ける。
お前は奥に行け』
「ちょっと、そんなこと……」
『いいから行けッ!』
びくっ。
リンファの肩が震える。
彼の怒鳴り声なんて、久しぶりに聞いた。
嫌な気分だった。
荒っぽいヨシュアは、あんまり好きじゃない。
でも次に聞こえてきた彼の声は、まるで底が見えない海のように優しかった。
どこまでも青かった。
『お前にはやることがあるだろう。
こんなところで立ち止まるな。
行って、ケリを付けてこい。
お前自身の過去、全てに』
そうだ。
ヨシュアはいつだって、あたしより一歩先を見ている。
リンファは思った。
何度彼に助けられただろう。
感謝しようと思っているのに素直になれなかったことが、何度あっただろう。
だから今は。
リンファは心の中で決意した。
彼に一言、言わなくては。
「……ありがとう」
ふっと、息を吐くような音が聞こえた。
笑ったのだ。
ありがとう。
もう一度心の中で繰り返して、そしてリンファは操縦桿を倒した。
奥の通路へと、全速力でペンユウが駆けていく。
待っていろ、シーファ。
――すぐにそこへ行く!
*
シーファは唇の端を吊り上げた。
聞こえたのだ。
姉の声が、今。
もうじきあの女はここへくる。
最後の戦いが待つ、この場所へとやってくる。
その時こそ審判が下されるとき。
彼女の復讐が終わりを告げるとき。
シーファは足下に転がる肉の塊に目を遣った。
さっきまでオズワルドだったそれは、血の気を失って青ざめていた。
愚かな男だ。
強化人間の力を支配できるなどという、思い上がりを持った挙げ句がこれだ。
あたしは忘れてなどいない。
お前があたしに何をしたか。
手術がどれほどの苦痛だったか、知らないとは言わせない。
屑め。
お前は親父と同じだ。
最低の屑野郎だ。
死して当然の男だ。
そしてリンファ。
あたしの双子の姉。
ぬくぬくと幸せに暮らしてきた姉。
お前はあたしの敵。
この力で、空白の15年があたしに与えた力で、お前を殺す。
お前の男も殺す。
お前の相棒も殺す。
みんな殺す!
あたしを助けてくれなかった奴ら全員、あたしとプルスとゲシュペンストとゲシュタルトの力で跡形もなく消し去ってやる!
――来い! リンファ!
*
リンファの頬を汗が伝い落ちた。
聞こえた。
今、妹の声が。
確かに聞こえた。
原理など知るものか。
だが、心に伝わってくるこの声は、まぎれもなくシーファだ。
彼女にはわかる。
彼女のどす黒い感情の奔流が。
つづく。