アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
ガッ。
また衝撃が走る。
リンファは目を見開いて、操縦桿を握ったまま震えていた。
伝わってくる。
聞こえてくる。
感じられる。
シーファの心。
どす黒い、反吐が出そうな妹の心。
次から次へと頭に声が雪崩れ込んできた。
シーファの叫びだった。
「聞こえるかァァァァァアァァリンファアアァァァァァッ!!」
ガッ。
もう一度。
「お前らがあたしを見捨てたせいでェェェェエエあたしの15年間は無茶苦茶になったんだァアアァアァッ!!」
ガッ。ガッ。
感覚が短くなった。
「お前が笑って喜んで泣いて怒って男に抱かれて楽しくやってる時にあたしは痛くて苦しくて辛くて寂しくて切なくて怖くて悲しくて悔しくて狂ってお前にお前にお前にお前にお前にそれがわかるかァァァアアアァァァァアアアッッ!!」
プルスの拳は止まることなくペンユウを殴りつけた。
その度に痛みが伝わってきた。
リンファは自分が狂っていくのを確かに感じた。
それはシーファが狂ったのと同じ過程だったのだ。
リンファは震えて、そして叫んだ。絶えきれずに叫んだ。
「ウアアアアアアアアアッ!!」
ガッ!
ペンユウが上のプルスを蹴り飛ばした。
衝撃ではじき飛ばされるプルス。
ペンユウは立ち上がった。
ゆっくりと。地獄の亡者のように。
「リンファ……」
シーファは歌った。
「あたしの痛みを知れッ!!」
ヴンッ。
プルスの持つもう一つの機能が、唸りながら動き始める。
シーファの口を吐いて出る言葉。
コマンド・ワード。
「Plus befehlt euch」
そこで、シーファは一度言葉を句切った。
黒かったはずの彼女の瞳は、今や緋色に変色していた。
大きく息を吸い込み、そして悲鳴にも近い叫び声を挙げる。
「Lasst den Narren die Engelshymnen horen !」
*
キ……イイイィィィィィィン……
音?
いや、もはや人間の耳では音とも判断できない。
ただ、ヨシュアは空気が細かく振動しているのを感じた。
ついさっきまで彼と激闘を繰り広げていた『ゲシュタルト』たちが、一斉に奇妙な音を放ち始めたのだ。
いぶかしがるより先に、激痛が走った。
脳に直接痛みが走る。
頭の中を何かが駆け抜けていく。
頭が痛い。
まるで何かに脳を掻きむしられているかのようだ!
ヨシュアは耳を押さえた。
もしこの場にエリィがいたら、何が起こっているのか気付いていたかもしれない。
*
「うっぐううああああああっ!!」
リンファは激痛に絶えかねて叫び声をあげた。
頭が痛い。
割れそうだ。
リンファにはわかった。
これは、シーファが発している心の声だ。
痛いのは心だ。
黒く染まっていく。
リンファの心が壊れていく。
妹と同じ、狂った堕天使へと、リンファは一歩一歩歩み寄っていた。
「う……ぐ……あ……」
震える手を、必死に動かす。
操縦桿を握る。
全身から吹き出す冷や汗。
リンファは歯を食いしばった。
動け!
あたしの体よ、動け!
ヴンッ。
小さな駆動音。
シーファは目を見張った。
ペンユウが動いたのだ。
馬鹿な、何故動ける!?
完全に脳の機能は停止しているはずだ。
彼女が放つ強力なガイスティッヒ・ヴェレ――脳内電流によって生じた電磁波を増幅したもの――によって、脳内電流を混乱させられて。
動けるはずがないのだ。
ただ、痛みを感じることしかできないはずなのだ。
シーファが記憶している痛みを!
一歩。
確かにペンユウは歩いた。
幻覚ではない。
何故かは知らないが、奴にはガイスティッヒ・ヴェレが通用しない。
それなら。
シーファは唇の端を吊り上げた。
プルスの左手に、光の刃が生み出される。
決着を付けようじゃないか!
最後の決着を!
「……シ……」
リンファは呻いた。
頭をかき乱すノイズに絶えながら、乱暴に操縦桿を押し倒した!
「シーファァァアアアアアアァァァァァァァァアッ!!」
「気安く呼ぶなこのクソダボがぁアァァァアアァァァアァァッ!!」
二機が走る。
互いに互いの狂気を増幅させて。
シーファの狂気、どす黒いクレパスのごとき深淵。
リンファの狂気、堕ちてもなお憧れる天上の楽園。
二人は叫んだ。
その心はすでにここになかった。
ただ、死と恐怖と衝動のみが突き動かす闇。
二人の闇の王。
あと一歩。
光の刃が互いの命を求めて煌めく!
*
――男が、そこにいた。
*
ぎいいいいいいんっ!!
瞬間、紅い巨人のコアは真っ二つに切り裂かれていた。
*
「な……?」
ヨシュアは我が目を疑った。
脳をかき乱していた奇妙な音が止まった。
そしてその音を発し続けていた『ゲシュタルト』たちも。
ワームウッドを十重二十重に取り囲んでいた青いAC達は、今やただの巨大なモニュメントと化していた。
どうして……?
ヨシュアはまだふらつく頭を必死で働かせた。
何故止まったのだ。
理由は一つしか思いつかなかった。
「そうか……リンファ」
*
――どうして
心の声が、彼女に伝わってきた。
そこに、さっきまでの狂気はかけらも感じられなかった。
ただ、純真な少女が一人、自分の心をさらけだしている。
それだけだった。
取り戻したのだ。
本当の自分を、死の間際で。
――どうして、あたしは負けたの
リンファは、妹の声を目を閉じて聞いていた。
シーファ。
灼き切られたコアの中で、今にも息絶えようとしている妹。
何もしてやれない自分が歯痒かった。
自分にはただ、終わらせることしかできない。
何も創らず、何も産まず、過去を清算するだけ。
妹を助けもせずに、その狂気を消し去ってしまうことしかできなかった。
「理由なんて……ない」
せめて最後は姉らしく。
リンファは静かに言った。
言葉に優しさを込めようとしている自分に気付き、彼女は目を開いた。
「あんたとあたしじゃ格が違う。それだけよ」
すうっと、妹の心は消えていった。
安らかに。
眠るように。
妹は消えていった。
そして、リンファはもう一度目を閉じた。
小さな美しい雫が、彼女の頬を優しく伝い落ちていった。
The real love still remains to be seen.