アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち 作:外清内ダク
「ああ……“赤鬼”。ああ、知ってるとも……」
男は絞り出すように語り出した。その手が小刻みに震え、すがり付く先を求めて空中を泳ぐ。荒れ野の如く伸び散らかした髪の隙間から、片方の瞳がちらりと覗く。鼠を思わせる目だ。追い詰められ、怯え、すくみ上がり、逃げ出そうという意思さえ失ってしまった哀れな鼠の目。
尋問官が、煙草を差し出した。男は飛びついた。溺れかけた小動物が、流れてきた麦藁に飛びつくようにだ。咳込むほどに煙を吸い込み、あっという間に一本を吸い尽して、ようやく彼は思い知る。自分が掴んだものが、頼りない枯れ草に過ぎなかったのだと。
それでも、少しの間恐怖を和らげる程度の役には立った。
「話してくれるかい」
尋問官が優しく問うと、男は頬をひくつかせて笑った。
「あんた、
*
その日、テロリストの一団が、とある企業の研究施設を襲った。狙いは当時開発が進んでいた新型発動機のサンプルだ。研究データが手に入ればなお良い。
その施設に大した警備が敷かれていないことは、事前調査ではっきりしていた。それにひきかえ、テロリスト側の戦力はMTが5機にACが2機。ちょっとした軍隊にもひけをとらない。
精鋭をぶつけて、ぱっと襲い、さっと奪い、すっと立ち去る。手に入れた物の売却先にも複数アタリを付けてある。実に楽な仕事。組織の資金源となっている、いつも通りの簡単なルーティンワークだ。
誰もがそう思っていた。
“奴”が現れるまでは。
針葉樹林を進むテロリストたちの頭上に、“奴”は突如
と思った時にはもう、何もかも終わっていた。彼に見えたのは駆け抜ける一筋の赤、ただそれだけ。一瞬の後、ACが爆発した。
――なんだ?
と言い切る暇さえなく、彼のMTは腰のジョイントを粉砕され、緩やかに弧を描いて墜落した。
いつのまにか真正面に肉薄していた、あの赤いアーマード・コアの拳によって。
恐怖が襲ってきたのはそれからだ。彼は震えた。叫んだ。泣いた。だが誰も助けには来てくれない。狂乱するあまり彼はハッチを開く操作さえ満足にこなせず、獣のように叫びながらコンソールを叩き回った。
――出してくれ! ここから逃げさせてくれ!
なのにモニタは無慈悲に外の光景を映し出す。赤が走る、夜の林を。剣のように美しい機影が翻るたび、仲間たちがゴミクズ同然に砕けていく。ひとり。またひとり。あらゆる反撃の試みは見当違いの場所を撃ち抜くだけに終わり、頼みの綱のACさえもがろくに動けもしないうちに潰された。
彼は息を呑んだ。
見ている。“奴”が、こちらを見ている!
彼は恐怖に狂った鼠の動きで、狭いコクピットを転げまわった。見咎められた、このMTがまだ生きているということを。胴と脚を切り離されてなおジェネレータだけは動いていた――その事実が“奴”を呼んでしまった。“奴”が止めを刺しに来る、確実に息の根を止めに来る!
「嫌だ! 殺さないでくれェェえッ!!」
その願いが神に通じでもしたのだろうか。
偶然にも彼の手がハッチの開閉スイッチに触れ、彼は冷たい夜風の中へ転がり落ちた。装甲板にぶつかり、跳ね、地面にしたたか背中を打ち付ける。呻き声と猛烈な吐き気が腹の底から湧き出した――その途端。
“奴”が閃光を放った。
高圧縮低速レーザー砲、エナジーバズーカ。蒼白の光弾は寸分たがわずMTのジェネレータを撃ち抜き、爆炎が迸った。
彼は木の葉のように吹き飛んだ。泥まみれになり、夜露に濡れ、無数の擦り傷切り傷に痛めつけられ、彼は泣きながら起き上がった。
そして、見入った。
炎を浴びて輝く真紅の巨人に――いや。
そのコクピットから現れた、一人の美しい――少女の姿に。
*
「悪魔……みたいなものかな」
尋問官が煙草に火を付けながら言う。男はかぶりを振った。
「違うさ。悪魔なんかじゃない。
あれは神の使いなんだ。
心もなく、しがらみもなく、ただ地上を飛び回り、悪い奴らに罰を与えて回る。あれは世界の法則そのものだ。因果応報。全ては神の御心。誰も勝てない。止められやしない」
じっと、尋問官の目が男を捉えた。今や男の目は、両方とも露わになっており、そこには明らかな狂気の色が見て取れた。尋問官が煙を吐く。この詰問は時間の無駄だったかもしれない、との思いにとらわれて。
だが男は上機嫌に微笑み、予言者めいた囁きを洩らした。
「ねえあんた、分かるかい……
あの子はきっと天使なんだよ。
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“聖少女覚醒”