アーマードコアEX 女レイヴンの日常は、血と硝煙と愛に満ち   作:外清内ダク

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03 盗聴

 

 

 

「せぇーのっ!」

 

 気合い一発、リンファはドアに体当たりを仕掛けた。

 

 しかし、頑丈なドアはびくともしない。

 逆にはじき飛ばされ、尻餅をついた。

 

 痛みをこらえてリンファは立ち上がった。

 とりあえずこの部屋から抜け出さないことには仕事にならない。

 数歩後ずさって勢いを付け、もう一度ドアに……

 

 ぶつかる前に、ドアが開いた。

 突然のことに対応できず、開いたドアの向こうに飛び出した。

 

 そこにいた女性を巻き込んで盛大に転ぶ。

 

「どぅわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 手錠のせいで手を付くことはできないが、リンファは何とか膝立ちになった。

 そして、自分の下敷きになっている女性に目を遣る。

 

 リンファと同じ制服に、茶色いセミロングの髪。

 キャロルだった。リンファは慌ててキャロルの上から飛び退いた。

 

「ご、ごめん……でも、一体どうして……?」

 

「リンファさんの様子がおかしかったから、あとをつけてみたの。

 そうしたら、リンファさんが入った部屋に変な黒いコートの男が入っていって……」

 

 キャロルは上半身を起こすと、髪の中から何かを取りだした。

 小さな黒いヘアピンが光を受けてきらめく。

 

 まさか、とリンファの口が歪んだ。

 

「閉じこめられちゃったみたいだから、これで鍵を開けたの」

 

「へー……

 ヘアピンで鍵開けるのって本当にできるんだ……」

 

「後ろ、向いて。手錠も外してあげる」

 

 リンファは言われるままにキャロルに背中を見せた。

 様子は見えないが、かちゃかちゃと金属の触れ合う音がして、やがて両手を拘束していた重みが消えた。

 

 リンファは自由になるなり立ち上がった。

 手を差し伸べてキャロルが立ち上がるのを助け、服の埃を払い落とした。

 

「ありがと。たすかったわ」

「いいの。

 それより、気を付けてね。

 ワケありなんでしょ?」

 

 リンファは目を丸くした。

 よく気の回る人である。

 

 もう一度笑顔で礼を言ってからリンファは駆けだした。

 とりあえずエリィと合流して、すぐにでも行動を起こさなければならない。

 

 その背中を見つめながら、キャロルはポケットの中をごそごそと探り、中身を取りだした。

 彼女の手のひらの上に、二つの鍵が横たわっていた。

 

 

  *

 

 

「イリーガル社の者が来ただと?」

「専務のクライド=カーチスのようです」

 

 足を止めることなく尋ねたアルバートに、一人の大男が丁寧な口調で答えた。

 そのまま、廊下を進むアルバートの後ろに付いて歩き始める。

 

 アルバートもかなりいい体格をしているが、その男はそれをさらに一回り上回っていた。

 彼の名はジョルジュ=ミニオン。

 アルバートの右腕として仕える男である。

 とはいえ、どちらかというと腕っ節だけでのし上がってきたような男で、お世辞にも賢明さは感じられない。

 

 アルバートはむしろそのジョルジュの愚鈍さを評価していた。

 頭のいい手下なら他にいくらでもいる。

 しかし、彼が求めるものは頭脳ではない。

 彼は自分の側にジョルジュを置くことで常に自分の行動を反省しているのである。

 

 廊下を歩きながら、アルバートは振り返りもせずに口を開いた。

 

「ジョルジュ、お前は俺を裏切るか?」

「いいえ、決して」

 

「イリーガル社の連中と通じれば、俺を蹴落とすこともできる。

 男は、いつか頂点に立つという野望を持ってしかるべきだ」

 

 ジョルジュは何も答えようとはしなかった。

 アルバートは落胆の溜息をついた。

 そして興味を失い、話題を変えた。

 

「今日はクライド一人か?」

「はい。しかも予定外です。何か企んでいるのかも……」

 

 ジョルジュの声が止まった。

 

 廊下の向こうから千鳥足の男が近付いてきている。

 ロングコートを着た陰気な男だ。

 おそらく酔ってパーティ会場から迷い込んでしまったのだろう。

 会話を聞かれるのはまずいが、さしあたって無理に排除する必要はなさそうだった。

 

 アルバート達は男とすれ違った。

 その時、ふらふらしていたせいで酔っぱらいの肩がジョルジュと当たったが、それだけだった。

 

 やがて酔っぱらいは曲がり角の向こうに消えていった。

 

 

  *

 

 

 応接室のソファに腰掛けていた男が立ち上がり、アルバートに軽く礼をした。

 アルバートも礼を返し、男の向かい側のソファに腰を落ち着けた。

 ジョルジュはその斜め後ろに仁王立ちする。

 

 この男がイリーガル社専務クライド=カーチスだ。

 ネズミ色のスーツからはセンスが感じられないが、眼鏡の奥に光る曲者の瞳はアルバートも気に入っている。

 

「どうも、本日は突然のことで申し訳ありません」

 

「いえ、かまいませんよ。

 ですがこちらも予定が積んでいましてね。簡潔にお願いします」

 

 それでは、とばかりに、クライドは眼鏡のズレを直し、身を乗り出した。

 

「本日はイリーガル社としてではなく、個人的にお願いに参りました」

「ほう、私にできることでしたら」

 

 アルバートは目の前の冴えないサラリーマンの口調に、何か妙なものを感じ取った。

 全身から吹き出す雰囲気。

 たとえるなら群のボスと対峙する雄ライオンのような雰囲気である。

 

「アルバートさん。あなたに、イリーガル社に対して仕手をしかけていただきたい」

 

 

  *

 

 

 トイレの中で、ヨシュアは一人で眉をひそめていた。

 

 あまりスマートではないが、このパーティ会場で一人になれる場所といえば、ここくらいのものである。

 もっとも、イヤホンを耳に当てているだけなら音楽を聴いているとでも思われるだろうが、念には念を入れておきたかった。

 

 酔ったふりをしてジョルジュのスーツの裾に取り付けた盗聴器が、ヨシュアに彼らの会話を送り続けている。

 

『失礼、今なんと?』

 

『聞き間違いではありませんよ、ミスター・アルバート。

 我が社に対して仕手戦を仕掛けていただきたいと、そう申し上げたのです』

 

 ヨシュアはもう一度眉をひくつかせた。

 

 仕手とは、株取引の技法の一つである。

 まず圧倒的資金である企業の株を買い占める。

 その企業の株の30%ほどを手にすれば、株主としてはかなり大きな顔ができる。

 そしてそれが50%を越えたとき、企業の実権は株主に移ることになる。

 

 企業としては、どこの馬の骨とも知れない人間に会社を支配されるわけにはいかない。

 だからこそ企業側が仕手側の株を多少の高額ででも買い取ろうとするのである。

 

 仕手が成功すれば膨大な金が手にはいる。

 もし資金が尽きるまで企業側が耐え抜いた場合、仕手側は全財産を失うことになる。

 いわば超高レートのギャンブルのようなものである。

 

「イリーガル社専務クライド=カーチス……裏切るつもりか」

 

 ヨシュアは納得してイヤホンを耳に強く押し込んだ。

 さらにはっきりと密談が聞こえてきた。

 

『貴方の資産は百億コームを越える。

 これだけあれば、我が社の株を50%所有することも可能です』

 

『ふむ、確かにそうかもしれん。

 だが、そうすることで私に……いや、そもそも君に何の利益があるというのかね?』

 

『わずか数年でイリーガル社は急速に成長を遂げました。

 当然、それをよく思わない方々もいらっしゃる』

 

 ――工業系トップのプログテック社、か。

 

 ヨシュアは勝手に想像したが、あながちはずれてはいない。

 今のご時世、イリーガル社を蹴落とそうとする企業など他にはありえない。

 

『それはプログテック社の連中のことかね?』

 

『その通りですよ。

 貴方は仕手によって膨大な利益を得る。

 プログテック社は大量の売り抜けによって株価が下がったイリーガル社を握りつぶす。

 そして私は、プログテック社で然るべきポストに就く』

 

『成程。

 同時に私はイリーガル社に代わって工業系第一位のプログテック社にコネができる、というわけか』

 

 アルバートの口調に、僅かに楽しんでいるような色が混じった。

 

 

  *

 

 

 アルバートはソファから立ち上がった。

 そのまま右手をクライドに差し出す。

 

 ――握手。

 

 クライドは最初少し面食らった様子だったが、やがて口の端をにぃっと吊り上げた。

 そして、眼鏡を直して立ち上がり、アルバートのごつごつした手を握った。

 

「君の策略に私も乗らせてもらおう。

 よろしく頼む。

 それにしても、君のような真面目な人間がよく企業を裏切る気になったものだ」

 

「貴方がいつもおっしゃっていたではないですか……」

 

 クライドは満面の笑みを浮かべてアルバートを見据えた。

 

 アルバートはこういう目をした男が大好きだった。

 そこには野心の持つ危険さと美しさが共に孕まれていた。

 

「男はいつか頂点に立つという野望を持ってしかるべきだ、と」

 

 アルバートは軽く笑った。

 背中の方では相変わらずジョルジュが仁王立ちしているが、このサラリーマンを見習って欲しいものだ、と思った。

 

「さあ、あまり長居をすると上に気付かれる恐れがある。

 今日はこの辺りで切り上げましょう。おってこちらから連絡しますよ」

 

「感謝します、ミスター・アルバート」

 

 クライドは最初と同じように礼をした。

 ジョルジュがすかさずドアを開け、クライドのために道を作った。

 そのとき、一瞬だがアルバートの目にジョルジュの背中が映った。

 

 ――!?

 

「ジョルジュ、背中に付いているのは何だ!?」

 

 ジョルジュはしばらく唖然としていたが、やがて自分の背に手をやった。

 指先に何かが当たる。

 小さくて硬い物……慌ててはぎ取り、手のひらに載せ、まじまじと見つめた。

 

 盗聴器だった。

 

 

 

つづく。

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