ある日、紅白の、腋が開いている巫女服を着た博麗霊夢と、黒白の、西洋の魔法使いのような服装の霧雨魔理沙は萃香の部屋で一振りの刀を見つけた。霊夢はその刀に見覚えが有った。今この神社に居候となっている鬼、伊吹萃香が大切そうにその刀を神社に持ち込んでいたのだ。何故、今ここにその刀があるかはわからない。しかし最初に見たとき、萃香はすぐに刀を隠してしまったため、今までその刀を見る事はなかった。
今は萃香がいない。そこまで萃香が大事にしていた刀に興味を持ち、こっそりと見れば大丈夫だろう。そう考えて、霊夢は刀を眺め始めた。隣の魔理沙も気になったようで、刀を凝視している。如何やら大太刀と呼ばれる類いの刀で、見事な飾りのある鞘におさめられている。黒塗りの鞘の表面には桜の花弁が咲き乱れ、ほのかに散っていくところがまた風情がある。また、所々に金が使われており、それが鞘の格調を高めている。
その鞘の余りの見事さに、霊夢達は鞘におさめられている刀を見たくなってしまった。何せ、これほどの鞘に入っている刀で、萃香があれほど大切にしているのだ。そんじゃそこらの刀では太刀打ちできないほどの刀だろう。そう考えていたら、二人は自分たちでも気づかないうちにそっと手を伸ばしていた。
だが、すぐにその刀は彼女たちの手の届かない場所に移ってしまう。霧が立ち込め、その刀を守るように広がっているのだ。その霧に覚えのある二人は部屋の主が返ってきたことを知ると同時に、萃香の顔を見て驚いてしまう。
萃香が霧から元の姿に戻っていく。二本の捻じれた角に、片側にリボンが結ばれて、小柄な体の至る所に、鎖が巻き付き、丸やら三角やら、いろいろな形状の分銅を鎖に括り付けいている。その姿を現した萃香だが、その顔は普段とは違って激情に駆られていた。憤怒に染まった顔は真っ赤に染まり、歯はギリギリと音が鳴るほど噛みしめられている。また、瞳は細まり、すぐにでも爆発するかのように怒りをため込んでいた。
「ちょ、萃香! 落ち着きなさない!」
「そ、そうだ! お前がその刀をそれほど気に入っていたのは知らなかったんだ。お前がそこまで触られるのを嫌がるなら、触らないさ!」
二人は普段の姿とあまりにもかけ離れている萃香の様子を見て、慌てて取り繕い始める。何せ、目の前にいるのは、最強の幻想である鬼の中でも、最も強いといっても間違いではない存在。そんな鬼がこんな狭い部屋で暴れ狂ったら、いくら霊夢と魔理沙でも弾幕を放つ事も抵抗することも出来ず、殺されてしまうだろう。
「……悪いけど、二人とも出ていってくれ。きちんと隠さなかった私も悪かったから」
「分かったわ」
「ああ」
荒い息のまま告げる萃香の雰囲気に、二人は静かに部屋を出ていくしかない。
そのまま、静かに社務所の一室まで来ると、障子を閉めて、先ほどの萃香の様子を話し合い始めた。あまりに唐突な、そして過激な反応に二人も混乱しているのだ。
「いったい如何したって言うのよ」
「なんていうか、パチュリーが本気で切れたみたいだったな」
「あら、貴方達は知りたいの?」
そんな二人に、いきなり誰もいない場所から声がかけられる。広い幻想郷の中でも、そんな事が出来るのは只一人。
「そうね、知りたいわ。紫」
「ああ、いくら何でもあそこまで反応されると、気になるってもんだ」
その人物、いや妖怪、八雲紫を知っている二人はそう尋ねた。紫は萃香と古くからの親友。だからこそ、何か知っていても可笑しくはないと判断して、霊夢達は尋ねたのだ。
何もないところに、一本の線が広がりその線が広がっていく。そこから現れたのは、美しい女性で、紫色と橙色の太陰陰陽図が縫われた、西洋のドレスと中華の道士が着る服を混ぜ合わせたかのような服を着ている。
「そう、良いわ。本当なら話すつもりはなかったけど、貴方達が萃香の地雷を踏ん付けてしまったんですもの。誰かが教えておかないと、大変な事態になってしまうかもしれないわ」
「そんなに深い事情が絡んでいる訳?」
「ええ。とはいっても、私も完璧に知っているわけではないわ。当事者であった鬼達に、昔聞いたのよ」
「鬼達が?」
「ええ。だってそれは、鬼が嘘を嫌うようになった話ですもの」
そう前置きをして、紫は昔話のように語り始める。
昔、あるお山に沢山の鬼が暮らしておりました。鬼達は一本角、二本角。体の大きさなど違いはあれど、その考え方は人と余り変わらず、彼らは笑いながら酒を飲み、踊りを踊ってめいめい毎日を楽しく暮らしています。そんな中に、一人の変わった鬼が居ました。その鬼は一本角で、背丈は五尺八寸(178cm)の、伝承として伝わる鬼としては小柄でした。ですが実際は、他の鬼もこれくらいの背丈でした。人の伝承は時に嘘を伝えることもあります。
そんな鬼は、鬼としては非常に珍しく戦う力がありませんでした。それこそ、刀で切られればすぐに死んでしまうでしょう。ですが、彼は鬼の中でも随一の鍛冶師でした。鬼の宝の一部は、彼が作った物で何割かになるほどの腕前です。彼は鍛冶の時は何時も口から真っ赤な炎を吐き続け、真っ赤になった鉄を打ち続けていました。
そんな変わらない日々が過ぎてある時、鬼はとある女性に恋をしました。その女性は同族の鬼ではなく、人でした。自身と同じ鍛冶師の娘。彼にとってその彼女は、どんな鉄よりも心をひきつけやまず、何時も彼女の事を考えるほどになってしまいます。
「可哀そうだけど、人と鬼は一緒になれないよ。諦めな」
ある時、鬼の四天王一人が彼に警告しました。その四天王は男の鬼である彼と比べてはるかに小さく、彼の胸に頭が届くか届かないかとたいへん小さく、さらに捻じれた二本の角を持つ女の鬼です。そんな女の鬼が、鬼に言うのです。違う種族で恋など実らない。愛は芽生えない、と。ですが、彼は諦めきれず、カンカン鉄を打ちながら彼女を想って恋の詩を詠みました。
『
鬼の思いはどんどんと募るばかり。そんな時、彼は一つの話を風のうわさに聞きました。何と、彼が恋患う思い人を娶るには、十本の刀を打てば娶れるという内容です。
彼はそれこそ、角が折れるのではないかと周りの鬼に心配されるほど、喜びました。喜び踊り狂います。しかし、そんな彼を止める鬼が一人いました。以前、彼に諦めるよう諭した鬼でした。彼女は心配でした。彼はそれこそ力も、体の強さも人と変わらない。そんな彼が人の近くに行けば何をされるかわからない。そう、心配になっていたのです。
「止めな。確かに風のうわさではお前の思い人と一緒になれるかもしれないけど、それは希望の道じゃない。只の幻想だよ。人と鬼はわかりあえることはないんだよ」
彼女は泣きながら、引き留めました。彼女は目の前の鬼が好きでした。力はなくとも、壊す事しかできない自分と違い、美しいものをたくさん作りだす彼が。だから、必死に止めました。しかし、心の奥底ではきっと、こう思っていたのでしょう。彼を人間の女程度に奪われたくない、と。
そんな僅かに下心のある説得に、彼は耳を貸しません。例え、人に殺されるとしてもあの娘と一緒に話せるだけで本望だ、そう言って鬼の姿から、まるで人のようになります。一本角は額に飲み込まれて、何処から見てもひょろりとした、しかしなかなかの器量の人間の男に変化します。そのまま、意気揚々と彼は娘のいる村へ出かけました。後ろで静かに涙を流す鬼の娘を置いて。
さて、彼は人間の姿で村につきました。さっそく彼は村の鍛冶場に赴き、娘の父親に噂について尋ねます。
「私は一介の鍛冶師です。貴方の娘さんを貰い受けたいのです。その為には、一晩で十本の刀を打たなければならないと聞きました」
娘が欲しいという男の言葉を聞いて、父親はうなずきながら返答します。
「ああ、そうさ。俺の娘は器量も良く、天目一箇神に愛されたかのように、鉄の事を何でも知っている。それこそ、親の俺よりも。だから、娘の婿は鉄を知りつくし、鉄を支配するくらいの男じゃなきゃいけねえ」
その話を聞いて、男は大喜びをします。
「ならば、私が婿となりましょう。私は一晩で十本の刀を打つ事が出来ます。しかし、一つお願いごとがございます。如何か、私が刀を打っている最中に鍛冶場を覗かないでほしいのです」
「ああわかった。鍛冶師にとって、仕事場は見せちゃならねえもんだ。それくらいならお安い御用だ」
男は早速刀の材料である玉鋼を持てるだけ持ち、鍛冶場に向かいひっそりと扉を固く締めます。それにどうしても気になったのが、娘でした。彼が娘にひかれたように、娘も彼にひかれました。丁寧な物腰。ほのかに香る嗅ぎなれた鉄の臭い。娘にとって未知のものと、見知ったものの二つが丁度良く混ざったかのような彼を、娘は一目見て気に入ったのです。
ですので、彼が締め切った鍛冶場が気になってしまいます。それに、開けてはいけないと言われれば、開けたくなるのが人情というもの。スー、と音が鳴らないように気を付けて、戸を少し開けて覗き見てしまいました。
そこには、口から燃え盛る炎を吐きながら、一心不乱に刀を打つ鬼が居ました。娘は驚き、腰を抜かして慌てて逃げてしまいます。そんな娘の様子を知らずに、鬼は娘を手に入れるために、一生懸命炎を吐いて、刀を打ち続けます。
さて、驚いたのは娘だけではありません。娘の父親は、泣く娘から事情を聴いて、驚愕しました。自身の大切な娘を、鬼なぞにくれてやるものか! そう激しい口調で捲し立てました。しかし、鬼を倒す事なんて如何すれば良いのやら。暫く考え込んでいた父親は、一考を思いつき、神社へかけていきます。神社の神主に頼み込み、お神酒を用意してもらい、そこに鰯の頭を入れて、更に神様へ祈祷してくれと告げます。神主は訝しんでおりましたが、まあ、そのくらいならと快く引き受け、男の言った通りに致します。
さて、お神酒を持って家に帰った父親は、娘にこう言いつけました。
「良いか。明日の朝、俺はあの鬼に酒宴を申し込む。そこで時を見計らいお前はこの酒をつげ。その間に俺は鬼が打った刀を一振り持ち出して、切りつける」
娘は悩みます。確かに鬼である彼は恐ろしい。でも、彼は鬼であるくせに、自身を攫わず、人として迎え入れようとしてくれたのです。でも、彼女は人間。鬼と一緒に暮らすなど恐ろしく、怖気が奔ってしまいます。結局、父親の言うとおりにする事に致しました。
翌日、彼は疲れ切った顔で鍛冶場から出てまいりました。その手には十本の刀が持たれて。彼は疲れ、煤にまみれていながらも、隠しきれない喜びを顔に出しておりました。
「おお、確かに十本の刀だな」
そう言って、父親は彼に話しかけます。彼は約束を守ったのだから、娘を貰うと告げます。
「良いだろう。だがな、せっかくの娘の晴れ舞台。一つ家族だけで酒宴を開いて、送りたいんだ」
はて、目出度い席ならば村人が集まってすれば良いのではないか? そう考えながらも、義理の父親となる男のいった事にはさすがに文句がつけ辛く、それに喜びと疲れで頭の働かない彼はその酒宴を開くことに結局賛成しました。早速男は酒を渡してきます。彼は鬼であるがゆえに、例に違わず大の酒好きでもあり、大喜びで酒をぐいっと飲み干しました。些か、生臭い気がしないでもないが、疲れから勘違いをしているのだろうと思い、彼は気にせず酒を飲み続けていきます。
宴が半ばまで来ると、娘が彼に酒を注ぎ始めました。男はたいそう嬉しそうにその酒を杯で受け、一息に飲み干していきます。その嬉しそうな姿に、ちくりと娘の胸は痛むが、それを無視して酒を注ぎ続けていきます。
「如何した? 何か気になる事でも?」
しかし、彼は酒に酔っていても、娘のわずかな変化に気が付きました。その為、心配そうに尋ねました。温かく、これから伴侶となる存在に対して優しく。そして、それが鬼の最後でした。
「えっ?」
ブシュリと間の抜けた音が辺りに響き渡ります。彼は震えながら後ろを何とか見ると、そこには娘の父親が鬼気迫る表情で、彼の背中に突き刺さっている刀を抜いて振り上げていました。
「な、んで?」
「娘を化け物になんかくれてやるか!」
背中を自身が打った太刀でばっさりと斬られて、鬼はその命を失ってしまいました。
娘と鍛冶師の父親はその死体を村の外に投げ捨ててしまいます。娘は最後まで、死体をせめて丁寧に弔おうと言うのですが、父親が許さず、哀れ鬼の死体は村の外れにその姿をさらすことになってしまいます。
さて、鬼の男と分かれた後、鬼の娘は涙に枕を濡らし続けていました。欲しいものは力で手に入れてきたこの鬼の娘。だけれども、今欲しいものは力で手に入らず、もう二度と手に入らない。その事が悲しくれ、目を腫らして泣き続けているのです。
一日中泣き続けて、鬼の娘はせめて最後に一目その姿を見よう。そう決心して、鬼の娘が持つ力で体を霧にして、村まで下って行きます。その時、酷い血の臭いがして、それが気になり彼女はそちらの方へふと足を向けてしまいます。
そして、その惨状を知ってしまいました。哀れな鬼は後ろから斬りかかれ、その端正な顔には驚愕と嘆きが張られて死んでいることを。
「どう、して? 如何して? 如何して!?」
半狂乱になりながら、彼女は彼の遺体に泣き縋ります。何度も体を揺らして、起きないと殴ると脅しまでもしました。でも、それでも鬼は動かなかったのです。
そのうち、彼女が帰らない事に気が付いた一本角で体の大きい鬼の親友が、迎えに来てその悲劇を、非業を、非道を知って怒り狂いました。その怒りは瞬く間に鬼達の間に駆け巡りました。自分たちの大切な一族を後ろから切りかかるなんて、彼ら鬼は許せなかったのです。特に、体の大きい鬼は誰よりも、そして何よりも、彼の死体に今だ泣き縋り続ける親友の為に怒り狂っていました。
鬼達はすぐさま行動します。近くの妖精たちを捕まえて、何が起きたのかを聞き出しました。妖精は、鬼の力に恐怖して、見た出来事をありのままに伝えます。それは、鬼の怒りをさらに奮い立たせました。
鬼達はもはや生かしてはいられない、と鼻息荒く山を下りていきます。その姿は遠く、都でも確認でき、後に百鬼夜行として語られました。百を超える鬼達はいっせいに村を囲み、鍛冶師と娘を差し出すよう要求しました。村人たちは、慌てて鬼達の言うとおりに致します。何せ、とても強い力を持つ鬼が百匹もいるのです。従わなければ殺されるだけなのですから。
鍛冶師とその娘は荒縄で縛られて、鬼達の前に引っ立てられました。蒼い顔をした鍛冶師と泣きはらした顔をした娘を、小柄な、二本角が特徴的な鬼が手に持った一太刀で斬り殺しました。女の鬼が持っていたのは、何の因果でしょうか? 彼自身が打ち、彼を殺した一振りの刀です。そして、二人を斬り殺した女の鬼は叫びました。
「私は二度と嘘を吐くことを許さない! 卑怯にも嘘をついて彼を殺した人間を! そして何より、彼を思う気持ちに嘘をついた自分自身が!」
女の鬼は後悔していたのです。もし、あの時彼が村へ行く時、自身の気持ちを正直に話していればこんなことは起きなかったかも知れない。そう思えば思う程心が痛むのです。
大粒の涙が頬を伝って、地面に落ちていきます。その女の鬼の姿を見た鬼達は、余りにも哀れで、そして悲しくて。その時鬼達は決めたそうです。決して嘘は許さず、嘘をつくことを良しとしないと。
「私があの時嘘をつかなかければ、お前は死ななかったのかな?」
後悔を孕んだ声で、萃香は刀にそう囁きながら、涙を只々流すばかりだった。
実際には、酒呑童子が最後の時に、鬼は嘘をつかないと言った事が、鬼が嘘を嫌うという設定の理由でしょう。