ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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新年あけましておめでとうございます!146です!
今回は純粋に構成に時間がかかりました。いや、全編オリジナルはきっつい。
さて、今回は結構な長さです。そして、やっとここまでたどりついたぞ…って感じが。

新しくお気に入り登録してくださった
グラハルト・ミルズさん、ぷよRさん、絶狼ゼロさん、桃梨 蜜柑@ILIMさん、hirotaniさん、ネゴトさん、Goeさん、シルベさん、陸奥修羅守辰巳さん、[キョンシー]さん
ありがとうございます!

そして、92名のお気に入り登録者の皆様、今年もラブダブル!をよろしくお願いします!


第32話 怠惰なるF/ゼツボウヒーロー

組織、研究所内。

複数の団体の集合体である組織は、決まったアジトと言うものを持たない。

今、憤怒とμ’sが戦っている場所も、怠惰を留置しておくための仮のアジトであり、研究所も各地に点在しており、都合によって場所を転々とする。

 

ここは現在使われている研究所、3年前の“例の一件”で以前の研究所が壊滅してからは、ここを使っている。

 

そこに赴いたのは、フードをかぶり、顔を隠した小柄な人物。

音ノ木坂学院に潜むメモリ販売人にして、七幹部“暴食”。その正体は未だ明らかではない。

 

 

暴食は研究所内の電子ロックのついた部屋の前にたどり着く。

適当に数字を入れ、解除を試みるが、当然開かない。

 

 

「50桁のアルファベットと数字、記号込みで半角全角の区別付きのパスコード。

しかも日付、その日の月の形みたいな要素によってパスコードは変更される。こんなの全部暗記して一瞬で暗算できるのは天金くらいね。だったら…」

 

 

暴食は懐から一本のメモリを。

悪魔のような獣の様な形でCと刻まれた、黄金に輝く歪なメモリ。

そして、中央にメモリを挿せるくぼみがある、ベルトのバックルのような装置を取り出した。

 

 

 

 

 

数分後。

 

轟音が鳴り響き、大きな風穴があいた鋼鉄の扉から暴食が現れる。

その手には片手で持てるサイズの小箱が。

 

暴食がそれを開けると、中には暴食が持つメモリと同じような黄金のメモリが。

七幹部のみが持つことを許される、シルバーメモリを凌駕する力を持つゴールドメモリ。

箱に入っていたメモリは、禍々しい模様で、Xと刻まれていた。

 

 

「さて…“器”になるのは誰かしら?」

 

 

 

___________________

 

 

 

憤怒アジト、監視室内。

 

監視カメラの映像を見て、ビジョンは顔を青ざめさせていた。

ライトニングの力によって、建物内の監視カメラはすべて破壊された。この施設は、今ここには来ていないが、No15の“クラフト”のツールメモリで改造されたばかり、予備電源なんて備わってない。

 

とにかく、ビジョンが言いたいことはただ一つ。

 

 

「ジャミングのアホ!!」

 

 

No10のジャミングと言う男は、メモリとの相性も良く、ちゃんと戦えば強いのに、勝ちを確信した瞬間に油断して標的を取り逃す。幾度となくその性格にはメンバー一同が悩まされている。

 

しかも今回は、油断した挙句電流で伸びてやがると来た。よくもまぁこれでNo10の座にいられるものだ。

 

 

「ていうか、どうします?通信機は生きてるし、一応は参謀のハイドさんも何か指示を…」

 

 

ビジョンがハイドが座っている椅子の方を向くと、そこには「ガンバ」と書いてある紙だけを残して、ハイドの姿はどこにもなくなっていた。

 

 

「あのアホ上司…!」

 

 

______________________

 

 

 

最上階、リキッド、ソリッド、その他の増援VS仮面ライダーエデン。

 

 

「喰らえや!」

 

「ハァッ!」

 

 

リキッドことウォーター・ドーパントは三又の槍を出現させ、エデンに素早い刺突を繰り出す。

エデンも槍で攻撃を防ぎ、反撃を行う。しかし、絶妙なタイミングで背後のソリッドことダイヤモンド・ドーパントがダイヤのバリアを生成し、反撃は完全に防がれてしまった。

 

この2人のコンビネーションがかなり厄介だ。瞬樹は戦ってきて敵の能力の大体は把握した。

 

ウォーターは武器も含め、自分の体を液状化させることができる。氷の能力があれば対処できるだろうが、生憎そのようなのメモリは持ち合わせてない。ただ、一度に全身を液状化はできないようだ。

 

ダイヤモンドはなんといってもその防御力。加えて一定範囲ならどこにでもダイヤのバリアを張ることができ、触れた無機物をダイヤに変化させることができるようだ。

 

さらに増援も少なからずメモリを使う奴がいる。瞬樹が確認できるだけでも、コックローチ、ホッパー、アノマロカリス、バード、バイオレンス他。個々の力は大したことないが、こうも数が集まると厄介だ。

 

 

「…!ビジョンさんから伝達だ。下で侵入者が現れたらしい。すぐに向かうぞ!」

 

「させるか!」

 

 

エデンはウォーターの攻撃をかいくぐり、エデンドライバーにフェニックスメモリを装填。

 

 

《フェニックス!マキシマムドライブ!!》

 

 

「詠唱と技名省略!」

 

 

炎を纏わせた槍で、下の階に向かおうとするアノマロカリス・ドーパントを一撃で貫通し、アノマロカリスは爆散。変身者と思しき男と粉々になったメモリが転がる。

 

ちなみに、瞬樹の必殺技時の詠唱と技名は事前に考えているもので、今回のマキシマムオーバーを使ってない状態での必殺技は試してみたらできたみたいなものなので、詠唱と技名は考えられていなかった。

 

 

「ん?まてよ、そういえば…」

 

 

エデンは何かを思い出すと、ハイドラメモリを取り出した。

サイバー戦の際、無茶な使い方をした上に全くテストにならない使い方だったため、一回の使用で壊れ、没収されていたが、先日、正式に完成版のものが渡された。

 

忘れていたが、前回は技名しか考えていなかったが、次に備えて詠唱も考えていたのだった。

 

 

「フッ…ならば見せてやろう。完全版となった我が奥義を!」

 

 

《ハイドラ!》

 

《ハイドラ!マキシマムオーバー!!》

 

 

エデンはハイドラメモリをオーバースロットに装填。

背中に赤紫の鎧と九つの蛇の首のようなバックパック、“ヴェノムブレイカー”が装着される。

 

さらに、すぐさまエデンドライバーをオーバースロットにかざし、構えを取り、詠唱を始めた。

 

 

《ガイアコネクト》

 

「空を飲み、大地を砕き、血の盟約で目醒めよ蛇竜。怒号と覚悟が汝を呪う。闇夜の眼差しが汝の終わりを告げる。叫べ。平伏せ。壊せ。轟け。今こそ不浄を裁く時。その目に刻め、邪神の英雄譚!」

 

《ハイドラ!マキシマムドライブ!!》

 

神蛇の滅毒牙(サクリファイス・ティルフィング)!!」

 

 

エデンから九つの浮遊ユニットが分離。

それぞれが変形し、両腕、両足、背中、肩にアーマーとして再び装着された。

 

ハイドラのレーザーは凄まじいエネルギーを誇るが、一つのユニットにつき一回しか放てない。

そこで瞬樹が思いついた打開策。ユニット一つでなく、自分の体をエネルギーの依り代とし、すべてのエネルギーを自身の体に集めれば、エネルギーの出力と停止を意思で行うことができ、その能力を十全に使えるのではないか、と。

 

全体的にガバガバな案だが、試しに烈が“X”にその案を送ったところ、マキシマムドライブ時の増幅するエネルギーを利用すれば可能であるという理論になり、そういう仕様になって完成品が送られてきた。

 

 

エデンは脚のユニットからエネルギーを放射し、ジェット機のように加速。

装備したエデンドライバーにもエネルギーが張り巡らされており、高速で移動しながらドーパントを攻撃していく。

その威力は通常時の比ではない。さらに、背中のユニットで飛行し、上空からの刺突と肩のユニットによる砲撃がドーパントを打ち倒す。まさに無双の強さ。次々とドーパントが倒され、メモリが破壊されていった。

 

 

「俺が相手だ!」

 

迫るウォーターの攻撃も難なくかわし、反撃の体制に。そこには当然ダイヤモンドのバリアが。

エデンは残っているエネルギーの一部を圧縮し、ドライバーに込め、素早く突き出す。

 

高密度エネルギーの攻撃がダイヤモンドのバリアを粉々に砕き、油断して液状化を怠っていたウォーターに一撃を浴びせた。

 

さらにエデンは残ったすべてのエネルギーをドライバーに注ぎ込み、一気に放出。

槍型ドライバーから放たれる赤紫のエネルギー波は、巨大な剣を形成した。その規模はキャンサー戦のときのものとは比較にならない。

 

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

その剣を大きく振りかざし、辺り一帯を一周。ダイヤモンドは幾層にもバリアを張り、ウォーターは液状化で防ぐが、他の雑魚ドーパントはその一撃でほとんど一掃され、一帯が爆炎と煙に覆われる。

 

 

「ソリッド、無事か!?」

 

「えぇ。それにしても、あの数を一気に…」

 

 

数分が経ったことで、ハイドラのマキシマムオーバーが解除。装備が消滅する。

使ってみた感じは、瞬間火力と機動力に特化したドラゴンのマキシマムオーバーとでもいうべきだろう。ただ、エネルギーが膨大過ぎて、手に余る感じはあった。少し間違えば制御ができなくなるうえに消耗が激しい。

多対一ならともかく、一対一。それも強敵との戦いでは避けたい戦法だ。

 

 

 

 

 

シザーハンズ(トラジック・ネイル)

 

 

 

 

 

ハイドラの装備が消え、エデンが無防備になった瞬間。

何もなかった場所から声が聞こえたと思うと、一瞬のうちにそこに現れた。

 

紅い暗殺者___リッパー、またの名をキル・ドーパントの姿が。

 

 

エデンがそれに気づく前に、キルは両腕に装備された、大きな刃。

さながらハサミのようなその刃で、エデンを切りつける。

 

両腕で一回ずつの斬撃。しかし、受けた後から追うように無数の痛覚が。

まるで何度も切られているかのように、エデンに痛みが襲い掛かる。

 

 

最後に右腕の刃でエデンの体を貫く。

 

エデンは悶え、全身から力が抜ける。そして、地に膝を付け、完全にその動きを止めた。

 

 

「リッパー!勝手に人の相手横取りすんなよ!」

 

 

ウォーターは不満そうにキルへと詰め寄るが、キルは淡々と返す。

 

「任務は“怠惰”の奪還を阻止すること。この仮面ライダーさえ無力化できれば勝ったも同然。

そのために最も有効な手段を取ったまでだ」

 

「敵の虚を突き、無駄な戦闘をすることなく敵を仕留める。

流石は“嫉妬”の暗殺部隊から“憤怒”に移ったという異例の経歴の持ち主ね」

 

 

さっき放った技を受け、戦闘が続行可能だとは思えない。

しかし、腑に落ちなかった。エデンはあの攻撃を受け、変身解除していない。

さらに、膝こそついているが、体は依然として立ったままだ。

 

確実に仕留めるか?

 

キルはナイフを構え、エデンに飛び掛かった。

 

 

 

《フェニックス!マキシマムオーバー!!》

 

 

 

その瞬間、エデンの体を焔が覆い、飛び掛かるキルをはねのける。

そして“イモータルフェザー”が装備され、不死鳥の焔がエデンのダメージを癒した。

 

エデンはさっきの必殺を放った後、キルが来るということを読んでいた。

そのため、気付かれないように事前にフェニックスメモリを装填。ダメージを受けたと同時に発動するよう、仕組んでいたのだ。

 

 

「なるほど。どうやら、ただの馬鹿ではなさそうだ」

 

「当然だ!俺は竜騎士シュバルツ。今度こそ貴様を倒し、烈の敵を取る!!」

 

 

 

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3階。海未と花陽。そしてサケ・ドーパント。

 

 

 

「ホラホラ。そろそろヤバいんじゃない…のっ!」

 

 

サケは刀を振り回し、海未を追い詰めていく。

アラシをして9人の中では最も戦闘力が高いと言わしめるだけあって、なんとか回避を続けるが、この状況がいつまでも続かないことは分かっていた。

 

ただでさえ薄い意識が、動き回って疲労することによって余計に薄くなる。

それも、空間内に漂う特殊アルコールのせい。だが、息を吸わない状態では数分と持たない。

 

 

花陽は海未に逃がされ、少し離れたところにいる。

自分では行ったところで何もできないのは分かっている。だが、目の前で海未が追い詰められていくのを見ているわけにはいかない。

 

手元にはスタッグフォン。これを使えば奇襲はできるかもしれない。

だが、サケの反射神経、戦闘力はかなり高い。そんな攻撃は弾かれるのが目に見えている。

 

海未も花陽も、心の中ではこんな感情が浮かんでいた。

 

 

(結局、私たちは足手まといにしかならない…)

 

 

μ’sとして活動するうえで、アラシや永斗にはかなり助けてもらっていた。

そんな2人を自分たちが助けようと、探偵部を発足させた。

サイバー事件では自分たちだけで犯人にたどり着き、力になっている気でいた。

 

だが、ドーパントと対峙すると、自分たちは何もできない。

結局のところ、ドーパントを倒して事件を解決できるのは仮面ライダーだけだ。

 

本当は自分たちがいなくたって、アラシ達はやっていける。

今までやってきたことは、ただの自己満足じゃないのか?

 

 

「考え事かい?だったらいっそ、楽になっちゃいなよ」

 

 

サケがそんなことを言って、近づいてくる。

 

アラシは、万が一のことがあれば状況を問わず助けに行くと言っていた。

どうせ足手まといにしかなれないなら、いっそのこと、ここで捕まって助けてもらうのを…

 

 

 

 

ドオォォォン!!

 

 

 

上から轟音が鳴り響き、海未と花陽の意識が戻って来る。

サケはビジョンからの通信に応答している。

 

 

「え?上の奴らがやられた?ま、暗殺部隊の子が言ってるなら大丈夫でしょ。

ホント、若いってのは怖いよね~。下ではルーズレスちゃんと左側の子が戦ってるみたいだし」

 

 

左側…アラシの事だ。上は作戦では瞬樹が敵幹部を足止めしているはず。

 

 

(何を考えていたのですか…私は!)

 

 

海未は自分の顔を両手で叩き、意識を集中させる。

アラシは私たちを信じてくれた。自分の相棒が取り戻せるかがかかった作戦を、私たちに任せてくれた。それを諦めてどうする!

 

いつだって言ってきたじゃないか。

 

熱い気持ちで。心で。信念で!成せないことなど何一つない!

 

 

「花陽!諦めてはダメです!私たちが永斗を救うんでしょう?」

 

「…っ!はい!!」

 

 

「全く…青春なら、他所でやってくんないかな!!」

 

 

サケがこれまでより速いスピードで、刀を振り下ろす。

花陽は直感的に、メタルメモリを装填したスタッグフォンを放っていた。

 

 

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

 

サケの太刀が、メタルの壁に完全に防がれる。

海未はその瞬間思いついた。サケに不可避の攻撃を浴びせ、ここから逃げる方法を。

 

 

《オーシャン!》

 

 

オリジンメモリの“O”。地球から分離した26の意志の一つにして、“信念”の意志。

海未の感情に呼応し、巨大な水の球を放った。

 

 

「花陽!炎です!」

 

 

サケは鋭い斬撃で、水球を一刀両断。

しかし、一瞬の隙ができたことにより、花陽は海未に駆け寄り、ヒートメモリを投げ渡す。

そしてスタッグフォンのメタルメモリを抜き、ヒートメモリを装填した。

 

 

《ヒート!マキシマムドライブ!!》

 

 

サケは迫るスタッグフォンを叩き落そうとする。

だが、炎を纏ったスタッグフォンはサケには向かわず辺りを旋回するのみ。

 

 

「一体何を。遂に酔いが回って判断力でも低下して…」

 

 

その時、サケは気付いた。

この空間内には揮発性のアルコール。つまり、そんなところで火を付ければ…

 

気付くのは既に遅し。アルコールが発火し、一面が炎の海と化した。

サケメモリの天敵は“炎”。日本刀も、酒を固形化したものであるため、炎に触れれば燃える。

出せる水はアルコールのみ。変身解除すれば、数分で焼死体だ。

当然、改造したてのこの建物に、スプリンクラーなんてない。

 

 

「はは…こりゃ、参ったねぇ…」

 

 

 

 

海未と花陽は、オーシャンの能力で張られた水の被膜により、炎を逃れていた。

サケを巻くことに成功した2人。だが、目的は永斗の奪還だ。

 

 

「行きましょう」

 

 

それだけ言って、海未は前に向かって歩きはじめる。

しかしその言葉には、今までより強固な決意が感じられた。

 

 

 

______________________

 

 

 

同時刻、5階。穂乃果、真姫コンビ。

 

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!真姫ちゃん!真姫ちゃん早く!!」

 

「そんなこと言ったってぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

2人は永斗捜索そっちのけで、追ってくる怪物から逃げていた。全力で。

それも、他の組とは違い、数が圧倒的に多い。

動きは遅いながらも、植物のようにも軟体動物のようにも見える不気味な怪物群が、ジリジリと近づいてくる。

 

この組はオリジンメモリを持っていない。ガジェットはフロッグポッドを、メモリはトリガーを持っていたのだが…

 

 

「穂乃果先輩が考えも無しに投げつけるから!」

 

「だって怖いじゃん!!」

 

「もっと音でかく乱とか色々あるでしょ!」

 

 

もう2人に戦力はない。

メモリで手が加わったためか、大きさの割にはやたらと複雑な構造の建物だが、逃げども逃げども行く先々に怪物がいる。

 

そんな状況下、穂乃果は絞り出すように言った。

 

 

「……もう、戦うしかないよ」

 

「はい!?」

 

「アラシ君なら…きっとそうする!」

 

 

確かに、アラシならそうするだろう。真姫もそれは分かっていた。

だが、高校生…いや、人間離れした身体能力と戦闘力のアラシならば、戦うどころか生身でも全滅させられるだろう。だが、穂乃果と真姫にそれができるかと言われれば…まぁ、確実に無理だった。

 

 

「やるしかない…!私たちが、永斗君を救けるんだぁぁぁ!!」

 

「ちょっと!?」

 

 

穂乃果は熱い覚悟を胸に、怪物たちの方向に果敢にも駆け出す。

そして、勢いよくその拳を突き出した……!

 

 

 

 

が、ポスッという音だけが鳴り、怪物の体は一ミリたりとも動かなかった。

なんなら目の前の状況に戸惑い、怪物たちの動きが一斉に止まったくらいだ。

 

 

「デスヨネー…」

 

 

穂乃果も冷静に状況を理解し、今するべき行動が見えた。

穂乃果は回れ右をして、真姫に少しの微笑みを向ける。そして…

 

 

2人は全力でダッシュした。

 

 

 

「だから言ったじゃないですか!!」

 

「だって…だってやれそうな気がしたもん!

それよりどうしよう!さっきのパンチで手が痛い!」

 

「反作用!!物理で習ったでしょう!?

穂乃果先輩はもう逃げる以外何もしないでください!」

 

 

 

当然、逃げた先にも多数の怪物が。

今度こそ完全に挟まれてしまい、逃げ場はない。

 

それでも怪物はゆっくりと、確実に2人に近づいていく…

 

 

 

「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

 

《リズム!》

 

 

 

2人の断末魔の中、そんな音が聞こえた。

それとほとんど同時に、穂乃果たちを襲おうとしていた怪物たちの一部がはじけ飛んだ。

 

何が何だかよくわからないが、それによって抜け道ができる。

2人は考えることを止め、そこから逃げ出すことに成功した。

 

 

しばらく走り、怪物たちは見えなくなった。

すぐに追手が来るはずであるため、余裕はないに等しいが。

 

 

「全く…世話が焼けるわね」

 

 

穂乃果と真姫は声がした方を向く。

リズムの音声で推察していた通り、そこにいたのはにこだった。

 

 

「にこ先輩!」

 

「貴方が救けてくれたの?」

 

 

にこは“R”のオリジンメモリの適合者。

リズムメモリは“鼓動の記憶”。音を司るメモリだ。

見ると、にこの腕に生体コネクタが出現している。さっき能力を使ったとみて間違いないだろう。

 

 

「このメモリを使うと、音で相手を攻撃できるみたいね。

使ってみて要領が分かってきたら、音の弾みたいなのも出せるようになったし」

 

 

音は物理学的に言うと“波”。空気を伝わる“振動”である。

音で物を壊すことは、空気の振動がものの強度を上回れば、もしくはその物が持つ“固有振動数”と同じ振動数の音を与え続ければ可能であるが、固有振動数は極めて変動しやすく、人工的に出せる音を超えている場合がほとんどである。

実際は“音で物を壊す”なんてことは様々な点で考えても非現実的と言わざるを得ない。

 

しかし、リズムメモリが出せる音は人工的に出せる音の限度をはるかに上回っており、任意で音に指向性を持たせることも可能である。さらにリズムは敵の鼓動、すなわち固有振動数と共鳴するため、相手にかかわらず、固有振動数と同じ振動数の音が出せる。そう考えると、メモリの中でも屈指の必殺性を持っているといってもいいだろう。

 

そう、この矢澤にこという少女は、メモリの扱いにおいては、恐ろしいほどに天才的なのだ。

本当に何故かわからないが。

 

 

「私が担当した6階にも似たような怪物がいたけど、大体倒したわよ。

永斗も探したけどいなかったから、下に行ったらあの状況にでくわしたってわけ。

この私が来るのが少し遅かったら、どうなっていたかわからないわね」

 

 

((にこ先輩なのにカッコいい…))

 

 

「今、絶対失礼なこと考えたでしょ!」

 

 

兎にも角にも、これで心強い(仮)味方が増えたことには変わりない。

 

 

「にこ先輩のメモリがあれば、とりあえずは安心だね!

これで永斗君を探せるよ!」

 

「そうね。にこ先輩のメモリがあれば、怪物も対処できるだろうし」

 

「メモリじゃなくて、わ・た・し!このにこにーが凄いのよ!!

それが分かったら今後は私の事を、尊敬込めてパーフェクトにこにーと…っていないし!!」

 

 

にこのメモリがないと危ういにも関わらず、穂乃果と真姫はその場から速足に去っていってしまったのだった。

 

 

 

 

 

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「あらら~。5階のもやられちゃったか」

 

 

穂乃果たちがいる階層とはまた別の階。

座り込んでいるポニーテールの幼い顔立ちの女性。歳は10代後半に見える。

彼女こそが、不気味な怪物たちを操っていた黒幕。

 

彼女のコードネームは“タクト”。憤怒のNo7。そして使うメモリはバクテリアメモリ。

空気中のバクテリアを急速進化、融合させ、下僕として使役する。バクテリアはほとんどの環境で存在するため、あらゆる状況で兵力を確保できる。一体の戦闘力は低いが、ストックはほぼ無限と言えるだろう。

 

更に、彼女は能力を変身前で使うことができる。

変身前でメモリを使うには、高い適合率と資質の両方が必要。憤怒の部隊の中でも、この能力を持っているのはハイド、アサルト、ラピッド、タクトだけだ。

 

 

「メモリ使って彼女たちの体を腐敗させるわけにもいかないし…殺さないよう手を抜くって大変だね。ドーパントになって使役可能な兵力を上げるか…」

 

 

ちなみに彼女は、性格はビジョンと並ぶ地味さ。性格が尖った奴が多い部隊の中では、なぜか浮いた存在になってしまっている。コードネームが男っぽいことも気にしており、更に、最近加入したリッパーにNo6の座を奪われたことに悩んでいる。

 

 

「そーいう解説はいらないから」

 

 

タクトはバクテリアメモリを取り出し、ボタンを押そうとする。

その時だった。

 

 

轟音が鳴り響き、建物を凄まじい熱気と冷気が支配した。

その瞬間にタクトは理解した。誰が攻め込んできたのかを。

 

急いで駆けつけると、やはり予想通りだ。一番来てほしくない鬼才が来た。

 

 

 

「召集はしてないよ?何しに来たのアサルト」

 

 

破壊された建物の壁。そして、半身を燃え上がらせたカオス・ドーパントの姿がそこにはあった。

 

 

「あ?んだよ、タクトのロリババァか」

 

「誰がババァよ。まだ30代よ。

それより、アンタの狙いは分かってる。怠惰でしょ?」

 

「話が早くて結構。それじゃあ、さっさと吐いてもらおうか」

 

 

カオスはゆっくりとタクトに近づいていく。

タクトは少し後ずさりした後、持っている緑のメモリのボタンを押した。

 

 

《バクテリア!》

 

 

「…クソ真面目ババァが吐くわけもねぇか。じゃあ仕方ねぇ…

精々、耐久力のあるサンドバッグになってくれよ…?」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

監視室。ハイドはどこかに消え、ビジョンだけが指示を出している。

そんな中、タクトからの連絡が入った。

 

 

 

「アサルトが来た!?

はい…はい…分かりました。タクトさんはそこで安静に」

 

 

報告の内容。矢澤にこ、西木野真姫、高坂穂乃果の3名を見逃したこと。アサルトの襲来。

そして、アサルトによって自身が戦闘不能になったこと。

 

ビジョンにとっては、数少ない尊敬する上司がやられたことがショックだったが、事態はそれどころじゃないくらい深刻だ。

 

士門永斗の居場所は、簡単には見つからないようにしてはいるが、見つからないという保証はない。アサルトに見つかるのだけは絶対に避けたい。

 

そしてμ’s。それぞれ刺客が突破され、監視カメラも機能しない。

一階のルーズレスが切風アラシを、リッパーが津島瞬樹を足止めしているのが救いだが、このまま放っておくのも危険だ。

 

 

「こんなときにあのアホは!」

 

 

脳裏に浮かんだ笑顔のハイドを全力で殴りつけたビジョンは、再び思考を冷静に戻す。

 

すると、一つ気になる点が浮かんだ。

μ’sのメンバーは、士門永斗を除けば11人だったはず。しかし、報告に出てきたのは10人のみ。

監視カメラの映像を確認できないのが痛いが、カメラが生きていた時に“彼女”の姿を見たことは一度もない。

 

 

 

「星空凛は何処に……?」

 

 

 

______________________

 

 

 

遡ること小一時間前。

アラシは瞬樹に最上階の襲撃を命じ、アラシ自身と子分(?)で一階の襲撃を行うことで、穂乃果たちの侵入を誤魔化すための陽動とした。

更に雷獣事件でライトニングが機械を故障させていた現象から監視カメラの破壊を思いつき、見事成功して追手を妨害できた。ダメ押しでそれぞれにメモリとガジェットを持たせる。μ’sのメンバーはアラシの予想をはるかに上回り、エージェントの撃退に成功。

 

これらを受け、敵は相当焦りと危機感を感じているだろう。

 

 

 

だが、これらも全て陽動に過ぎない。

 

 

 

激戦が繰り広げられる建物の中…ではなく外壁。

今回の作戦で姿を潜めていた人物。星空凛がスパイダーショックのロープで外壁をよじ登っていた。

 

 

「下は見ない下は見ない下は見ない下は見ない…」

 

 

凛のいる場所は5階、命綱一本で宙にぶら下がっている状態。凛は呪いでもかけるかのような形相で呟き続け、心を落ち着かせている。

 

凛の手には、永斗と反応するサイクロンメモリ。

継承したメモリでも適合者と反応するというのは仮定でしかなかったが、ビンゴだった。

実際、ここに来た時メモリが強く反応。それも場所によって微妙に反応の強弱が異なる。つまり、このメモリを使えば、永斗の場所が正確に把握できるということだ。

 

と言うわけで、メンバーで最も運動神経がいい凛が、数十メートルに及ぶスパイダーショックのロープで外壁をよじ登り、メモリの反応でどの階に永斗がいるのかを調べている。

更に四方から調べることで正確な位置まで特定できる。つまり、凛は既に8階もの壁をよじ登ること3週目。窓から映らないように気を付け、黙々と独自で捜査を続けていた。

 

8階ともなるとかなりの高さで、命綱一本と言うことを思い出すと卒倒しそうになるし、窓からのぞくとドーパントがいたりするし、なんか中から凄い音が聞こえるし、最上階で凄い爆発があって気絶しそうになったし、作業で言うと誰よりも心臓に悪い。

 

一応、スパイダーショックのロープは永斗がプリディクション事件の時に作ったネットの改良版で、刃物はおろか、ドーパントの攻撃でも切れることはない。そもそもスパイダーショック自体が、装着者が落ちそうになれば自動でロープを噴出する機能を持っている。安全と言えば安全なのだが、こういう恐怖は理屈ではないのだ。

 

 

「さっき向こう側で凄い音したけど…隕石とか落ちてきてないよね?」

 

 

隕石ではないが、その音はカオス・ドーパントが壁を破壊して侵入したときの音。

その時、凛は反対側の壁にいたことは僥倖と言うほかないだろう。

 

6階の壁に足をかけたとき、異変を感じた。

明かにメモリが強い反応を示している。他の方向から調べた時も6階は強い反応だったが、それと比べても一目瞭然だった。

 

 

「ここだ!」

 

 

凛は窓を覗き、誰もいないことを確認。

服のポケットからとある道具を取り出した。吸盤とペン先のような出っ張りが棒の両端についている。

 

凛は道具についている吸盤を窓に引っ付け、そこを中心としてコンパスを使うように回し、出っ張りでガラスを円状に傷つける。もうお分かりだろう。映画やドラマで泥棒が使う、ガラスサークルカッターと呼ばれる道具である。

道具自体はホームセンターでも手に入る。使い方は希とアラシに教えてもらった。

 

アラシはともかく、希が知っていたのが気になったが、そこは考えないでおく。

 

 

「…よし!これで…」

 

 

傷の円の内側に力を加えると、ガラスは簡単に外れる。凛はそこから細い腕を入れ、窓のカギを開け、侵入に成功した。

 

 

「にゃぁ…これって不法侵入だよね…。大丈夫かなぁ…」

 

 

ホルモン事件の時も、希が空き家のカギを勝手に外し、凛も中に入った。

言い方を悪くすれば前科一犯。今回で二犯だ。

 

ちなみにこの作戦を立てたアラシは「あ?バレなきゃ犯罪じゃねぇし、バレても逃げるなり誤魔化すなりすれば犯罪じゃねぇよ」とのことだ。探偵にあるまじき発言である。

 

希も前に似たようなことを言っていた。μ’sの危険思想二人を早急に何とかしなくてはならない。凛の頭にそんな心配が浮かぶ。

 

 

メモリの反応は歩くたびに強くなっている。その反応を見て、角を右へ左へと曲がっていく。

やはりドーパントの能力の影響か、建物の大きさと内部がかみ合ってない。まるで迷路の様だ。

 

メモリの反応はとある場所で最高潮になった。

しかし、そこはただの壁。そんな時、凛はホルモン事件の時を思い出す。

あの家は隠し部屋の扉がどんでん返しになっていた。

 

 

「もしかして…」

 

 

凛は確信し、その壁に背中を付けてクルっと回ろうとするが…

背中を付けた瞬間に壁をすり抜け、凛は背中から転んでしまった。

壁がフェイクという所まではあっていたが、どんでん返しではなかったようだ。

 

少々背中が痛むが、凛は先に進む。

その先も偽の壁はたくさんあり、そこを通るとメモリは強く反応していった。

この先に永斗がいることは間違いない。

 

しばらくした後、凛は一枚の扉の前にたどり着いた。

間違いない。ここだ。

 

 

「ふぅ………よし!」

 

 

深呼吸をし、呼吸を落ち着かせる。この先に永斗がいる。応援を待つか?いや、他のグループがどんな状況なのかもわからない。それに、この先に永斗がいることが分かっていて、じっとしてはいられない。

 

覚悟はできた。凛は汗で濡れた手で扉を開く。

 

 

 

「よくぞここまで来たっスね。勇敢で無謀な少女よ。

なんつって。ラスボスの魔王様、ハイドさんの登場っス」

 

 

 

そこには白衣を着た、眼帯の医者。凛は見覚えがある。

ホルモン・ドーパントを圧倒した、組織の幹部ハイドだ。

 

一方、気絶した永斗もいた。なぜか十字架に張り付けの状態で。

凛は状況に似つかない。いや、似合い過ぎてリアリティがないそのシュールな光景に言葉を失う。

 

 

 

「サービスっスよ。彼、ゲーム好きって聞いたから、こういうシチュエーションが好みかと思って」

 

 

気を遣う場所がいろいろとズレている気がする。

まぁ、間違いなく好みではあろうが。

 

なんて考えている場合じゃない。永斗の救出に来たことを思い出した凛は、再び覚悟を決めて言い放つ。

 

 

「永斗くんを返して!」

 

「お断りっス。この間言ったスよね?彼に関わり続ければ、正しくは生きられないって。

君たちは本来、こんな境遇にいるはずのない人間だった。普通に学校に通い、普通にアイドルをしてたんスよ。あの2人に出会ったが故に、君たちの運命は変わった。これ以上間違えれば、取り返しがつかないことになるっスよ」

 

「……それでも!凛は永斗くんを…友達を助けたい!」

 

「ホントに…これだから、聞き分けのない子供は嫌いなんスよ」

 

 

ハイドは気だるそうに肩をかき、メモリを取り出す。

 

《ナーブ!》

 

メモリに呼応し、ハイドの手の甲に整体コネクタが浮かび上がる。

メモリが挿入され、ハイドの白衣姿が遺伝子を彷彿とさせるような形状のエフェクトに包まれ、その姿を神経繊維で形成された異形の姿。ナーブ・ドーパントへと変化させた。

 

 

永とは奥で眠っている。凛がすべきことは、永斗を連れてここから逃げ、屋外にスタンバイさせているハードタービュラーで逃走すること。

 

しかし、小柄な永斗といえど、凛一人で永斗を運ぶのは困難。

そのうえ、これらの作戦をナーブの妨害をかいくぐって行う必要がある。一言でいえば、不可能に他ならない。

 

それならば、用意しておいた別の作戦だ。

アラシがドライバーを装着することで、永斗にもドライバーが装着される。まずは永斗のところまで行き、出現したドライバーにサイクロンメモリを装填。そうすればアラシがダブルに変身でき、ここに助けに来るはずだ。

スパイダーショックで他のメンバーにも通達はしておいた。アラシにも届いているはず。まずは永斗のところまで行く必要がある。

 

運動神経には自信がある。殺されることが無いならたどり着ける…!

凛は足に力を入れ、ナーブの向こうの永斗に駆けだし…

 

 

 

「あれ…?」

 

 

 

力を入れても、凛の体はピクリとも動かない。まるで、全身が石になったように。

そうこうしているうちに、ナーブはこちらに歩み寄って来る。

今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。頭が一瞬で恐怖に染まる。しかし、依然として体は全く動かない。

 

 

「捕まえた」

 

 

ナーブがそう言うと、今度は凛の体が勝手に動き、片膝と両手を地につけた状態になる。

その姿勢になると、ビデオの一時停止のように凛の体はピタリと止まり、再び動かなくなった。

 

 

「ナーブは全身の神経線維を自在に操れて、分離して他人に寄生させることもできる。

つまりのところ、ジブンはこっそり君に神経線維を寄生させ、神経伝達を操作。一時的に君の体を操れるようになったってことっス。本当は脳神経に接続して洗脳するのが手っ取り早いんスけど、適合者相手だと数分操るのが限界みたいっスからね」

 

 

ナーブの真価はそれだけではない。ナーブは自身から分離した神経に電流を流し、敵を内部から焼き殺すこともできる。さらに神経を他人の視神経等に接続することで、他人の視界や聴覚を共有することができ、洗脳と身体操作、感覚共有を組み合わせて使えば、他人の体を自分の物のように使い、会話する事さえ可能なのだ。

 

これらはハイドの卓越した知識と技術があってこそ可能な業。

他人に寄生してラジコンのように操り、ノーリスクかつ完全な隠密行動を可能にする。

それ故に“ハイド(隠れる)”の名を冠している。

 

 

「さて、お仲間もこっちに向かってるみたいだから、後は入れ食い状態。

ミッションコンプリートで一件落着っスね。ビジョンに説教されるのがちょっと嫌っスけど…」

 

 

そうだ。皆もこっちに向かっている。

凛は連絡しようとするが、やはり体は動かない。凛の表情は焦りと恐怖で歪んでいく。どうする?このままでは…

 

 

 

「…いい顔っスね。いいんスよ?怒っても。理不尽な力に怒るのは当然っスから。

そうだ。どうせ暇だし、お仲間が来るまで少し昔話でもどうっスか」

 

 

ナーブはしゃがみ込み、膝をついた凛に目線を合わせ、語りだした。

 

 

「むかーしむかしあるところに、とある少年がいました。

青年には幼馴染で体の弱い恋人がいて、彼女がどんな病になっても助けられるよう、医者になりました。

青年は医学部を超優秀な成績で卒業し、天才外科医として名を馳せたっス」

 

 

突然始まった昔話に困惑する凛。しかし、何故か聞き入ってしまう。

否、凛ができることはそれだけだった。

 

 

「都内の有名な病院に勤務してしばらくたった頃。恋人がとある病にかかったっス。

その病は脳の病気で、放っておけば記憶障害等を引き起こし、最後は脳の働きが止まり、心臓さえ動かなくなる。ただし、手術が成功すれば治すことが可能。不幸中の幸いか、青年の専門は脳神経外科。青年は、手術を成功させる自信があったっス。そのために努力してきたのだから。

 

しかし、病院の偉い人の命令で、手術が却下されたっス。青年は最年少で天才と謳われた身。邪魔に思ってるやつも山ほどいたんスよ。最終的に、別の医者が手術を担当し、青年はサポートに。

ところが、技術が足らなかったんスかね。執刀医は手術を失敗し、結局恋人はその場で亡くなったっス。

青年は怒りに任せ、執刀医を殴った。それも奴らの思うつぼなんスよね。その暴動は手術中におきたことにされ、それがミスを誘発したことになり、青年は免許を剥奪されたっス」

 

 

凛はその話をするナーブの声で全てを察した。

この話は、ハイドの半生。実際に起こった悲劇だ。

 

 

「結局のところ、皆が間違えたせいでこんなことになったんスよね。

青年は我を通せず、怒りに身を任せて間違えた。医者たちは、持った力と知恵、結束力の使い方を間違えた。恋人は…好きになる相手を間違えた。人間は誰もが最初は正しいんス。犯罪者も幼いころは何かに憧れ、汚い政治家も不正行為をするために政治家になったわけじゃない。あいつらだって、かつては純粋に医者を目指して努力した子供だったはずっス。

力を得て、もっと先を求めて堕ちていった。欲望に飲まれて堕ちていった。

改善するのは簡単。間違えた大人を破滅させ、純粋な子供を導けばいい。例え、自分が間違いの先に堕ちてしまったとしても…というわけで、青年はメモリ流通の組織に加入し、エージェントになったのでした。めでたしめでたし」

 

 

話が終わった。さっきまで恐怖でしかなかったナーブの姿が、いまでは違う風に見える。

彼も被害者だ。平穏に生きてきた凛とは違って、彼の過去は壮絶で、説得力があり、自分には彼を止める資格なんてないように思える。

 

それでも…

 

 

「そんなの…間違ってる!」

 

 

凛は思わずそう叫んでいた。

さっきまで口も動かなかったはずなのに。体はまだ動かないが、口だけは動く。

凛は勢いに任せ、心の声をハイドにぶつける。

 

 

「お医者さんの話とか、おじさんの昔の話とか…凛はよく分かんないけど…

おじさんは怒ってるだけだよ!あの時からずっと!恋人を救わなかった人たちに、救えなかった自分に!

そのために関係ない人を巻き込むのは、絶対に間違ってる!」

 

 

ナーブは驚いたのか、動きを止める。

思えば、諭されたのは初めてかもしれない。もし彼女が生きていたら、自分にこう言うのだろうか。

でも…怒りはそんなことで収まりはしない。

 

 

「怒ってる…っスか。確かに。でなきゃ、憤怒(こんなところ)になんか居ないっスもんね。

でも、口には気を付けた方がいいっスよ。ジブンらは殺さないだけで、殺せないわけじゃない。

その気になれば、君ら全員、数分と経たずに始末できるんスよ?」

 

 

ナーブの声が変わり、ナーブは神経線維の指先を伸ばす。

指は凛の後ろのコンクリート壁を貫通し、もとの長さに戻った。その威力は銃弾の比ではない。

 

凛の口は再び動かなくなる。能力のせいだろうか。

いや、違う。恐怖だ。虎の威を借っていた狐が、虎が捕食者であること思い出したかの如く、凛は恐怖で思考も、体も、全く動かなくなってしまった。

 

 

「結局は死なないという根拠のない確信にすがっていただけなんスよ。

ジブンらや上で戦ってる騎士の仮面ライダー、あと探偵の子みたいな覚悟なんてなかったってことっス」

 

 

…そうかもしれない。

アラシ達はずっと前から、死ぬ覚悟で戦い続けた。市民の平和を、自由を守るために仮面ライダーとして戦っていた。そんな人たちにかなうはずがないことは分かっていた。

 

でも、自分にはその覚悟もなかった。

友達を救いたいという気持ちは本物かもしれない。でもあの時、最初に声を上げたのは穂乃果だった。

穂乃果があの時何か言わなくても、アラシ達で助けに行っていただろう。しかし、止めることも、協力すると言うことも、できなかったかもしれない。凛は無意識に、自分の身を真っ先に案じてしまっていた。

 

助けたい大事な…いや、それだけじゃない友達なのに…

凛はそんな自分を恥じる。心の底から軽蔑する。それも逃げているだけなのかもしれない。この状況で何もできない無力感を紛らわせるために。何もできない自分を正当化するために。

 

 

「ごめん永斗くん…凛は……」

 

 

 

 

 

「弱虫なんかじゃないよ。凛ちゃんは」

 

 

 

その時、その声が凛の言葉を遮った。

その声は気だるげで、覇気と言うものが全く感じられない、聞き馴染んだあの声。

 

 

「永斗…くん…!」

 

 

凛の後ろには、眠っていたはずの永斗がだるそうに佇んでいた。

そして、その腹部にはダブルドライバーが。さっきまで永斗を縛っていた鎖は、凛のスパイダーショックが破壊していた。

 

すると、凛の懐からサイクロンメモリが抜けだし、永斗の手元に収まった。

 

 

「…どういうことっスか。薬品で入念に眠らせたはずっスけど」

 

「なぜって…そんなこと僕が知るか!って言いたいとこだけど、手抜きと思われるのやだし説明しとこう。今は深夜の11時半頃。つまり、深夜アニメが始まる時間帯。僕の体はこの時間になると、自動で起きるようになっている!」

 

 

 

・・・

 

 

 

((なんだそりゃ!))

 

 

 

ハイドと凛の思考が初めて一致した瞬間だった。

 

 

「それはいいとして、さっきは言いたい放題言ってくれたね。

そもそも、覚悟なんて無けりゃ、こんなとこには来ないでしょ。それに、何かをするときに死ぬ覚悟なんて必要ない。最初から死ぬつもりの奴が勝負に勝てるわけがないんだから。まぁ、かと言って戦いの後の事を言いすぎると死亡フラグなんだけど」

 

「君もなかなか言ってくれるっスね。でも、この子が臆病なのは確かっスよ。

さっきから能力解いてるのに、動かないんスから」

 

 

凛はそう言われて腕に力を入れると、確かに動いた。

いつから?そんなことは関係ない。まただ。皆が頑張っているのに、自分だけ諦めてしまった…

 

 

「やっぱり凛は…」

 

「大丈夫。凛ちゃんは逃げずに僕を助けに来てくれた。ゲーム対決の時だってそうだ。役に立とうと必死に戦っている女の子が臆病者だなんて、絶対に言わせない。

凛ちゃんたちがここまでしてくれたおかげで拘束が解けた。ここからは…僕たちのターンだ」

 

 

ハイドは、こちらに向かってくる一つの気配に気づく。

咄嗟にルーズレスに連絡を取るが、案の定応答はなかった。

 

 

「まさか…いままでのは全部時間稼ぎ…」

 

「参謀が誰だか知らないけど、見積もりが甘いよ。

うちの面倒な相棒止めたけりゃ、猛獣の群れでも連れてこないと」

 

《サイクロン!》

 

 

気配は段々と大きくなる。

凛も気づいた。間違いない、ヒロインの危機に登場するのは、ヒーローしかいない。

 

 

「変身」

 

 

永斗はサイクロンメモリをドライバーに装填、すぐに転送される。

そして、永斗はその場で気を失い、凛がその体を受け止めた。

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

一陣の風が吹き、その風は瞬く間に暴風へと変わり、扉を吹き飛ばす。

現れたその姿は街の平和を守る、2人で1人の仮面ライダー!

 

 

「仮面ライダー…ダブル!」

 

 

疾風の如く現れた戦士はマフラーをたなびかせ、ナーブに強烈な飛び蹴りを浴びせる。

ナーブはその勢いで吹き飛び、壁に激突。ダブルはその隙に、凛の元へ駆け寄る。

 

 

「よくやった。ここは俺と永斗に任せて、永斗の体と逃げろ」

 

 

凛はうなずき、永斗の体を背負って、部屋から出ようとする。

 

 

「させないっスよ!」

 

 

指先を伸ばすナーブ。だが、当然ダブルがその攻撃を弾く。

 

 

「それはこっちのセリフだ。よくも人の相棒とダチを散々な目にあわせてくれたな」

『なんかちょっと久しぶりな気がするね。この感じ』

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

 

_________________

 

 

 

1階。アラシの活躍で、敵はほぼ全滅。

元不良のアラシの子分達も、実際の活躍はあまり無いが、健闘はしていた。

 

 

「しゃあ!見たかアニキの力!」

「どんなもんじゃいボケェ!」

 

 

当の本人がいないにも関わらず、騒ぎ続ける。彼らを動かす謎の忠誠心は本当に謎だ。

 

 

 

「うるさいなぁ…そんなに元気ならアタシと改めて勝負する?」

 

 

その言葉で子分達の動きが瞬時に止まった。

その声の主は、ついさっきまでアラシと激闘を繰り広げ、勝負の果てに敗北し、気を失っていたはずのルーズレスだった。

 

 

「テ…テメェ!まだやる気か!?」

「お…お…俺達だって!やるときはやるんだぞコラァ!!」

「そうだそうだ!」

 

そうは言うものの、声が完全に震えている。

 

 

「…冗談だよ。アタシだってもうキツイし。こういうのJapanじゃマンシンソウイって言うんだっけ?」

 

 

確かに、ルーズレスは倒れたまま動こうとしない。

ただ、目を開けて天井を見ているだけだ。

 

 

「やっぱ強いや。ラピッドに勝っただけはある。

でもアタシは認めたくなかった。アタシたちの方が強いって言いたかった…アサルトを倒すのはアタシだって言いたかった……」

 

 

アラシ達は相棒である永斗を奪還しに来たが、ルーズレスも相棒の敵を取りに来たのだ。

それを叶えることができなかった無力感がこみ上げ、涙となって頬を伝い、地面に落ちる。

 

だが、その時だった。

階段から聞こえる足音。ルーズレスにはそれが、死神の足音に聞こえた。

 

反射的に起き上がり、戦闘態勢を取るルーズレス。

当然形だけで、もはや戦う力は無い。

 

そして、その死神は姿を現す。

 

 

「誰が誰を倒すって?クソ猫」

 

「アサルト…!」

 

 

タクトことバクテリア・ドーパントを撃破し、怠惰を探しに来たカオス・ドーパント。

足元からは熱気と冷気があふれ出ており、氷と焦げた跡の足跡がカオスの後ろに並んでいる。

 

 

「なんで…なんでラピッドを…!」

 

「なんで?お前の口からそんな台詞が聞けるとは思わなかったぜ!

いつもなら、なりふり構わず殴り掛かって来るくせになァ!さては…もう戦う体力がねぇか?」

 

 

カオスはあたりを確認し、障害となる存在がいないこと、そして怠惰がいないことを確認する。

 

 

「ここもハズレか…けど、死にかけの猫について回られるのも鬱陶しい。

だったら…いっそのこと死んでもらおうか」

 

 

カオスは掌をルーズレスに向ける。

その掌から冷気が放出され、冷気は収束し、氷の弾丸になる。そして…

 

 

氷の弾丸は、ルーズレスの胸を貫いた。

 

 

「ッ…!アサ…ルト…!」

 

 

鮮血が飛び、ルーズレスは力なく倒れた。

その時、アサルトは上の階層に強い気配がしたのを感じ取った。

 

 

「そっちか…!待ってやがれ怠惰!」

 

 

消えゆくカオスの姿に、ルーズレスは必死に手を伸ばす。

奴を追う足はある。奴を殴る腕もある。だが…無情にも彼女の体は彼女の意志に耳を傾けることはなかった。

 

 

 

「ラピッド…ごめん……」

 

 

 

ルーズレスの意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

4階。ダブルVSナーブ・ドーパント

 

 

 

戦いは互角。ナーブもかなりのやり手で、戦闘力もなかなか高い。

一方、ダブルは神経線維に寄生されないように、常に風で防壁を張っている。

 

 

「そこだ!」

 

 

ダブルの左腕がナーブに炸裂。だが、ナーブはその腕に自信の体の神経を絡ませ、ダブルの動きを封じる。

 

 

「やっと捕まえたっスよ」

 

 

風の防壁も、直接の寄生は意味をなさない。

ナーブの神経がダブルに入り込み、その神経と接続した。

 

 

「手間取ったっスけど。これでお終いっス」

 

 

ナーブが合図を送ると、ダブルの体の動きが支配される。

その手は真っすぐドライバーに向かっていく。変身解除をさせる気だ。

 

 

「させ…るか…よ!」

 

 

ドライバーに手が届く直前、ダブルの手は動きを止める。

そして、拳を握り固め、再びナーブに強烈な一撃をお見舞いした。

 

驚きとダメージで隙が生まれる。ダブルは更に風を纏った回し蹴りで、ナーブに一撃。

体勢を崩してぶっ飛ぶナーブ。その瞬間、ダブルはナーブの方に勢いを付けて、滑空するように飛び掛かり、その勢いのまま両足連続キックを繰り出す。

 

全ての攻撃をまともに食らったナーブは、火花を散らし、力が抜けたように膝をついた。

 

 

「気合でジブンの能力を無効化とか…君の相棒ぶっ飛んでるっスね…」

 

『僕もそう思う』

「るせぇ!」

 

『でも、この常識外れが僕の相棒だ。

覚悟しなよ、No3エージェント』

 

 

永斗はナーブにそう言い放つ。

だが、彼はまだ知らない。絶望は、すぐそこまでやって来ていることを…

 

_________________

 

 

 

永斗を担ぎ、逃走する凛。

しかし、バクテリアの怪物が行く手を阻む。

 

カオスによって戦闘不能になったタクトだが、メモリはかろうじて守り抜いていた。

メモリさえ破壊されてなければ兵隊の使役は可能。凛はハードタービュラーでの脱出も考えたが、外も羽根を生やしたバクテリアの怪物が何体かいた。その状況で空中の脱出は難しい。

 

凛は持ち前の運動神経と体力で怪物から逃げていくが、やはり永斗は女子一人で持つには重い。体力も想像以上に奪われてしまう。だが、止まるわけにはいかない。

 

 

だが、その決意空しく、凛は怪物に囲まれてしまう。

 

 

「そんな……」

 

 

凛は思わず目をつぶる。怪物はそんな凛にゆっくりと近づき…

 

 

 

《リズム!》

 

《オーシャン!》

 

《ライトニング!》

 

 

音、水、雷がバクテリアの怪物を蹂躙する。凛を囲んでいた怪物は瞬く間に消え去った。

そこには、スクールアイドルで集い、友情で結ばれた8人の仲間が。

 

 

「みんな…」

 

 

エージェントを突破し、合流した8人のメンバー。

そこに凛を加え、μ’sの9人が揃った。

 

 

「ここからは私たちが怪物から守ります」

 

「そうね。じゃあ、私と海未、にこが皆を囲むような形でどの方向からも対応できるようにしましょう。

凛だけじゃ重いだろうから、希と花陽も永斗を持ってあげて」

 

「わ…わかりました」

 

「了解了解!隠し部屋を見逃してたにこっちは、ちょっと頼りないけど」

 

「私が探したときは無かったのよ!てゆーかアレ反則よ!なによ見えない抜け道って!!」

 

「あ!確かに凄かったよね、ことりちゃん!」

 

「あれは私たちが会った、ブロードキャストっていうドーパントの能力じゃないかな?目に見えものを変えれるっていう…」

 

「凛、外にはリボルギャリーが待機してあるから、そこまで行ければ外の怪物たちも突破できるはずよ。早くしましょう」

 

 

指揮をとる海未と絵里、手助けしてくれる花陽と希、文句を言うにこ、この状況で単純に驚いている穂乃果、穂乃果に説明することり、冷静に状況を報告する真姫。

 

一見カオスだが、凛にはとても頼もしく見えた。

この危機的状況の中、いつもの皆のまま。そう思うと、安心感がこみ上げてくる。

 

凛は心に残る絶望感や恐怖を拭い去り、決意を新たにする。

 

 

「…行こう!ここから出て、みんなで事務所に帰ろう!」

 

 

 

しかし…

 

一難去ってまた一難とはよく言ったものだ。

 

拭い去った絶望の後には、また次の絶望がやって来る。

 

 

凛たちの目の前に、突如として火柱が上がる。

火柱は下の階層から噴き出ており、この階の床を突き破っていた。

 

そして、その穴から現れたのは、炎と氷の怪人、カオス・ドーパント。

カオスは9人に構わず、そのまま上で戦っているダブルとナーブのところに行こうとする。当然だ。カオスに、弱者の姿は見えていない。

 

だが、カオスは見つけてしまった。その姿を。

 

 

気絶した、士門永斗の姿を…

 

 

 

「見つけた…見つけたぞ!!」

 

 

カオスは飛び上がり、9人の前に着地。

海未、絵里、にこは思わずメモリを構えるが、直感的に察していた。

目の前のこのドーパントに、こんなものはなんの意味も成さないと。

 

 

「どけ。邪魔だ」

 

 

カオスは体の焔を吹き上がらせ、威嚇する。だが、ここの9人は、その憎しみのこもった目が永斗に向けられていることを理解し、永斗を守るように陣形を取る。

 

 

「なんの真似だ?」

 

「永斗くんは凛たちが守る。大事な友達だから!」

 

「友達?お前ら何を…」

 

 

カオスは永斗の腰のドライバーを見つけ、そのドライバーが昼間に戦った仮面ライダーのものと同じだったことを思い出す。

 

 

「メモリは一人一本のはず…そしてあの声…友達…

そうか…そういう事か!」

 

 

カオスは全てを理解し、高らかに笑う。

そして、すぐにその表情は怒りのものへと変わった。

 

 

「お前ら、そいつの事を何も知らねぇみたいだな。

だったら教えてやるよ。お前らも知ってるだろ?3年前、一晩にして数多の民間人が惨殺され、災害にも等しい未曾有の被害を生み出したあの事件を」

 

 

 

そして、カオスの口から語られた。

 

絶対に知ってはいけない真実が………

 

 

 

「そこにいる士門永斗こそ、その事件の犯人!

俺の家族を、仲間を殺した、組織の最高幹部の一人!“怠惰”だ!!」

 

 

 

 

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永斗の意識の中。

 

さっきまでナーブと戦っていたはずなのに、気付けばそこにいた。

そこは地球の本棚のようだが、既に本棚が展開され、永斗の目の前には一冊の本が。

 

それは、数日前に見つけた、“士門永斗”の本。

 

そして、永斗の目の前で、その鎖が外れた。

 

 

本が開き、おぞましい牙を持ち、何人もの人間の姿が集まったような影の白い獣。

夢で見た、あの獣が現れる。

 

そして獣は…

 

 

 

 

永斗を飲み込んだ。

 

 

 

 

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「『ウァァァァァァ!!!!』」

 

 

 

ナーブとの勝負の最中、ダブルが突然叫び声をあげる。

ダブルの右目、永斗の方の赤い複眼が点滅し、消え、緑の体も色を失う。

 

そして、強制的に変身が解除され、アラシの姿に戻ってしまった。

 

 

 

「これは…まさか!」

 

 

ナーブはその状況を理解する。最悪の状況だった。

 

 

「探偵君、そのドライバーで意識が繋がるんスよね?

今、相棒君の声聞こえるっスか?」

 

 

アラシは言われるままに確認する。

だが…

 

 

「…!聞こえねぇ…永斗…?」

 

「やっぱり…」

 

 

予想通りだ。遅かった。

最も避けたかった事態に陥ってしまった。

 

 

 

「君も来るっス。もう事態は、敵とか味方とか言ってる場合じゃない」

 

 

 

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カオスによって真実が語られた。

それと同時に、永斗が目を開け、立ち上がった。

 

 

「永斗…くん…?」

 

 

 

永斗の方を向いた凛、いや、全員が気付いた。

目を覚ました永斗の目には、光が宿っていないことに。

 

 

永斗は微かにほほ笑む。だが、その笑みはいつもの永斗のものではない。

誰の目からも分かるような、狂気に満ちた笑み。

 

永斗は笑みを浮かべたまま、右手を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「消えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン!

 

 

 

その瞬間、銃声が鳴り響き、銃弾が永斗の右手を撃ち抜いた。

 

 

鮮血が飛び、永斗の腕は力無く垂れ下がる。

だが、その傷は見る見るうちに治っていき、数秒後には塞がれてしまった。

 

 

しかし、傷が治っていく間に、黒い影が接近し、永斗のこめかみに銃口を突きつけた。

その影の正体は、エージェント部隊のボス。コードネーム“ゼロ”。

 

 

「ゼロ…!邪魔してんじゃ…」

 

 

これまで以上に力を昂らせ、永斗に襲い掛かろうとするカオス。

だが、その動きはピタリと止まった。

 

 

 

「ハイド。そのまま捕らえておけ」

 

「了解っス、ゼロ。何分持つかわかんないっスけど」

 

 

上の階から駆け付けた、ナーブ。カオスに神経を寄生させ、動きを封じている。

 

 

「近況を見に来たらこのザマか。お前はしばらく給料無しだ」

 

「勘弁してほしいっス。色んな意味で笑えないっスから、そのジョーク」

 

 

遅れてアラシも到着し、ゼロと目線が会う。

 

 

(アイツ、どこかで…)

 

 

いつもなら冷静に状況を見るアラシだが、今回はそうもいかなかった。

それもそうだ、永斗の頭に、あろうことか銃口が突きつけられている。

 

 

「テメ…永斗に何しやが」

「動くな」

 

 

ゼロは目線を永斗に向けたまま、もう片手でアラシに銃口を向けた。

アラシは本能的に、その声に服従してしまった。激しい戦慄を覚える。七幹部“傲慢”の朱月と同等、もしくはそれ以上の威圧感だ。

 

 

「コイツはもう、お前たちの知っている士門永斗じゃない。

組織を裏切った、もしくは甚大な被害をもたらした、3人の謀反者の一人。“怠惰”だ」

 

 

すると、永斗が口を開く。

いつも通り気だるそうな声で、でもその声には計り知れない悪意が感じられた。

 

 

 

 

「嘘言っちゃいけないな。僕は士門永斗だよ。

いつも通り、怠惰で、引きこもりで、人間が嫌いな…」

 

 

 

ガラスが割れる音が鳴り、飛来した白い光がゼロに襲い掛かる。

ゼロが一瞬だけ警戒を緩めると、その一瞬で永斗は数メートル先に。

 

そして、白い光は永斗の手に収まり、一本のメモリになった。

 

今までアラシも何度か遭遇した、あの現象。オリジンメモリの飛来。

 

 

 

「ただの…怪物だよ」

 

 

《ファング!》

 

 

 

永斗の掌に生体コネクタが現れる。

そのメモリは青い傷で“F”と刻まれており、その色は純粋な白。

しかし、その純粋は光だとは限らない。

 

 

「やめろ!!」

 

 

 

アラシは咄嗟に永斗を止めようとする。

しかし、永斗はそのまま掌にメモリを挿入。

 

永斗の体が輝き、その姿を変える。

 

全身に棘…いや、牙を生やし、体中に青い傷が刻まれた白い獣。

その姿はオオカミにも見え、絶滅した恐竜にも見える、禍々しい姿。

 

絶望の化身…ファング・ドーパント。

 

 

 

 

 

「3年ぶりか…

よくもここまで集まってくれたもんだ。下等生物が…」

 

 

 

 

 

時刻は0時。満月が夜空の頂点に輝き、

 

 

 

絶望は…ここに降り立った___

 

 

 

 

 

 

「間違いねぇ…!3年間…テメェを殺すためだけに生きてきた!

忘れたとは言わせねぇぞ!怠惰ぁ!!」

 

 

カオスが力づくでナーブの能力から逃れ、ファングに飛び掛かる。

しかし…

 

 

 

「覚えてるわけないだろ?踏み潰した虫の顔なんか」

 

 

 

ファングの体から伸びた、一本の牙が、凄まじい速さでカオスを薙ぎ払う。

カオスは吹き飛ばされ、壁に激突。更にファングの牙がカオスを貫き、カオスの変身が解除されてしまった。

 

 

 

「チク…ショウ………」

 

 

 

ナーブはファングに神経を寄生させる。

だが、全く効果がある様子はなく、何事も無いように歩みを止めない。

 

 

そんなファングに掴みかかる者が一人。

 

 

永斗の相棒。切風アラシだ。

 

 

 

 

「どうしたの?アラシ」

 

「黙れ。アイツの真似をしてんじゃねぇ!お前は誰だ!」

 

「真似?言ったでしょ。僕は士門永斗だって」

 

「違う!アイツは絶対にこんなこと…」

「2年前の6月10日、洗濯機を新調した」

「ッ…!」

 

 

 

アラシはファングから出た言葉に驚きを隠せない。

何故なら、それは実際に起こった出来事。日付まで間違いない。

 

 

「1年前の2月3日、迷子の捜査依頼が同時に3件。同年9月11日預かっていた犬全部に逃げられ、大騒動。今年の3月24日、白い怪物の依頼が舞い込み、μ’sの9人と関わるきっかけとなる。

なんなら、1年前のくーさんが死んだ“あの時”の話もしようか?」

 

 

アラシは言葉を失う。

本当に永斗なのか?記憶は正しい。だが…

 

 

 

「黙りやがれ…記憶を取り繕ったところで、テメェは永斗じゃねぇ…!」

 

「よく言うよ。僕の事、何も知らないくせに」

 

「なんだと…!?」

 

「思い出したんだ。僕は七幹部“怠惰”。メモリを作る科学者で、3年前、罪のない民間人を惨殺した。これが本当の僕だ」

 

 

 

ファングはアラシの胸ぐらを掴み、片手でアラシを持ち上げる。

そして、体に生える複数の牙を伸ばし、アラシへと向ける。

 

 

 

「アラシ君!!」

 

 

 

μ’sの9人が、ファングを止めようと駆け出す。

しかし、間に合わない。

 

 

 

「言いたいことは終わった?じゃあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いや、長かった。ただいま読者の方々の感想を代弁しております。
脳内プロットじゃもっと短いはずだったのに、色々してたらこんな感じに…

さて、今回の永斗。これが絶望です。絶望にはもっと別の意味もあるんですけどね…
次回はアラシはどうなるのか!そして、次回はいつ投稿できるのか!(オイ)

今年は高3ですが、こっちも頑張っていきたいと思っております!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!

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