ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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ども、146です。過去編で10000字なのに、遅くなりやした。
番外編なんで、前書きはこの辺で。それではどうぞ。


Lost memory of EITO episode2~虚像~

某所。組織の研究所及び、メモリ開発施設。

 

 

「よっこらせ…っと」

 

 

大量の書類と本を持ち上げ、おもわず女性が声をもらす。

ここには無数の部署が存在し、彼女はそれらのすべてを回り、彼女の上司への要望、意見などを聞いて回ったところだ。

まぁ、その上司というのはあまりに優秀で、意見なんかは言うに言えない。

この書類はほとんどが、メモリの試作品の結果、不具合、その他の研究成果。本当のところ、主として上司への嫌がらせというか、当てつけで無駄にここまで多くなっているのだが。

 

積み上げられた書類は、結構な重さだ。顔のところまで高さがあり、下手をすれば前が見えない。

 

人にぶつからないように細心の注意を払い、彼女はとある扉の前にたどり着く。

ロックは指紋認証。登録されている人物の指が置かれれば、数秒間だけロックが開く。

 

しまった。両手が塞がっている。

片手だけ放すわけにはいかず、体と扉で書類の山を挟み込み、バランスを取ることで、なんとか指だけをロック認証の画面に置く。

 

ロックが解除され、扉が開いた。

一安心したのも束の間。さっきの状態で扉が開いたということは…

 

 

「あ」

 

 

書類を挟み込んでいた扉と体のうち、片方がなくなったため、体重を前にかけたまま、彼女は書類の上に前のめりに倒れてしまった。

 

幸い、紙や本がクッションになり、ダメージは無い。

しかし、彼女はすぐに、その下敷きになっている小さな体に気が付く。

 

やはりというか、案の定というか。それは、大きめの白衣を着た少年の姿。

髪はボサボサ、服装も乱れまくっており、目の下にはくっきりくまが。そして、ゲッソリとしており、その顔からは微塵も生気を感じられず、倒れたままピクリとも動く様子が無い。

 

 

「主任ーーーーー!!」

 

 

彼の名前は士門永斗。組織の最高幹部である八幹部の一人で、“怠惰”の称号を持つ、12歳の若すぎる天才。彼女の上司である。

 

そして、彼女の名前は無悪冬海。21歳。“怠惰”のアシスタントという、聞こえのいいお世話係になってから早一か月。

一か月たっても、この9歳下の子供に翻弄され、頭を悩まされる日々を過ごしていた。

 

 

 

________________

 

 

 

 

「あれほど言いましたよね!?食事は朝・昼・晩の3回!ちゃんとしたものを食べること!睡眠は最低でも7時間は取ってください!」

 

 

永斗は空腹の限界が来ていたようで、そこに冬海が、備え付けの栄養ゼリーを口から流し込む。なんとか会話ができるまでは回復した。

 

 

「わかりました!?」

 

「食事は3(日に一)回。睡眠は(一週間で)最低7時間」

 

「何を勝手に付け足してるんですか!主任はまだ子供なんですから、今から生活を整えていかないと、後から大変なことになりますよ!」

 

 

冬海は結構な剣幕で叱りつけるが、永斗は目を合わせない。

 

 

「聞いてます!?」

 

「聞くという定義を、耳から言葉が入っている状態と定義するならば、ちゃんと聞いてる」

 

「聞いてないじゃないですか!私だって怒りたくて怒ってるわけじゃないんですよ!」

 

 

「じゃあ怒らなきゃいいのに」と呟きたかった永斗だったが、絶対また叱られそうなので黙っておいた。今まで、この肩書上、永斗に意見する人物なんていなかった。永斗にとっては叱られるなんて初めての体験だ。まぁ、別にだからなんだという話だが。

 

 

「いいじゃん別に。今はシルバーメモリ3本の大仕事に着手してるんだから、邪魔しないでよ。それに、冬ちゃんが被害を受けるわけでもないのに」

 

「そういう問題じゃないんです!

主任はいつもメモリ開発ばかりしていますが、中身はまだ子供なんですから!」

 

 

子供扱いされたのも初めての経験だが、今度は何故かイラっと来る。

イラついていたのは冬海も同じだった。この説教はこの一か月で何度目だろうか。何度言ったって服装は乱れてるし、寝ないし、食事もとらない。

その行動は、完全に廃人のそれであるのだが、見た目のみずほらしさと容姿は比例しておらず、相も変わらず美少年で腹が立ってくる。

 

 

「とにかく!ちゃんとご飯食べてください。今日も持ってきましたから」

 

 

そう言うと、冬海は鞄からタッパーを取り出した。組織の科学力で作られた、超保温性能のタッパーウェアだ。欲しいと言ったら、永斗が片手間で作ってくれた。

 

永斗は渋々それを受け取る。しかし、少し楽しみでもあった。

冬海が永斗のために料理を作り、持ってくるようになったのは、アシスタントになってすぐの事。そのとき持ってきたのはハンバーグ。永斗は食事を全て栄養ゼリーで済ませていたため、ちゃんとした料理を見て、味わったのは初めてだった。

 

永斗がタッパーを開けると、解き放たれた肉と香辛料の強い香りが、永斗の鼻腔をくすぐる。瞬時に、それまで永斗の中に微塵もなかった“食欲”という概念が目を覚ました。

 

 

「お腹空きました?」

 

「……別に」

 

 

なんで彼女はいつもはどんくさい癖に、こういう時だけ勘がいいのだろうか。

永斗は今にもうなりを上げそうな腹の虫を必死に抑え、中を覗く。

 

中には、最初に冬海が持ってきたハンバーグと類似した物体が。

しかし、ソレが入っている器が風変りだった。容器というよりは、果実に近いような風貌をしている。

 

 

「これは?」

 

「え?ピーマン知らないんですか?」

 

 

その、ピーマンと呼ばれる物体をまじまじと眺める永斗。

永斗は地球の本棚で検索することで、大概の知識を得ることができる。しかし、地球の本棚というのは、インターネットよりも遥かに広大な世界。人間の一生で全てを閲覧することなど不可能である。

 

永斗はこれまでの人生で、常人とは比較にならない知識を蓄えてきたが、それには相当な偏りが存在する。冬海が永斗のために持ってくるもののほとんどは、永斗が知らないものだった。

 

永斗は目の前の未知の物体を注意深く観察する。表面は緑色で、つやがある。恐らく植物の果実であろう。匂いは、少し刺激が強い。鼻にツンとくる。

などと考えているうちに、冬海は自慢げに語りだした。

 

 

「これはピーマンの肉詰めって言ってですね。ピーマンの種をくりぬいて器に見立て、その中に肉だねを詰めて焼く料理です。野菜が嫌いな子供を持った親御さんには定番のメニューで、今回は醤油で和風に…」

「ごちそうさまでした」

「早っ!」

 

 

相当空腹だったのか、永斗は数秒でピーマンの肉詰めを平らげてしまった。

冬海がちょっと疑いを含んだ顔で、永斗に手を伸ばす。「タッパーを貸せ」というサインだ。

永斗はそれを見ないふりでやり過ごそうとするが、冬海の方は構わず永斗をじっと見続ける。

 

そして、冬海は無言で永斗の腕をつかみ…

 

 

「貸してください。いや、見せてください」

 

「嫌。断固拒否。これはプライバシーだから」

 

 

タッパーを腕と体で隠す永斗。しかし、あまりに貧弱であるため、その腕は簡単に剥がされてしまった。

空のはずのタッパーの中には、きれいに中の肉だけ食べられ、一口だけかじられたピーマンが。

 

追い詰められた永斗は、言い訳のように呟く。

 

 

「……苦かった」

 

「苦かったじゃないですよ!ちゃんと食べてください!」

 

 

ピーマンの残ったタッパーを、永斗の顔にグリグリ押し付ける冬海。

必死に抵抗しながら、永斗は悪あがきのような言い訳を続ける。

 

 

「人間が苦味を感じるってことは、それは健康に悪いってことを体が感じ取ったってことで、もうそれは毒と言っていい訳で、というわけで、僕はそれを断固として食べない」

 

「常日頃から健康に微塵も気を遣ってない人が何を言ってるんですか!ピーマンはビタミンが豊富で、クロロフィルは貧血も予防でき、とっても体にいいんです!それに、苦いのがダメって、やっぱり子供じゃないですか!そんなんじゃ大きくなれませんよ!」

 

「逆に聞きたいね。冬ちゃんは何を食べてて、そんなに胸囲が育たなかったの」

 

「なっ…!それは関係ないですよね!?私だって、C…いや、Bはありますから!多分…」

 

「無悪冬海 21歳。バストは73cm…完全にAでしょ。これ」

 

「なッッにを勝手に読んでるんですか!!人の個人情報を音読しないでください!ていうか、履歴書にスリーサイズまで書く必要ありました!?」

 

 

涙目で訴える冬海。永斗の巧みな話術で話題がすり替わっていることは、とうの昔に頭から消えてしまっている。

 

この感じも既に日常となりつつある。

一か月前は、永斗も冬海とはそこまで関わり合うつもりは毛頭なかった。これまでのアシスタントがそうだったように、会話も片手で数えられるほどしかしないまま、目の前からいなくなる。そう思っていた。

 

でも、彼女は違った。図々しく、立場もわきまえず、愚直に。それでも彼女は、永斗と真正面から向き合った。永斗に向けられる感情は、怒り、妬み、嫉みだけのモノクロの世界に、彼女が色を与えた。

 

こんなに人と会話するのも、何かを食べるのも、くだらないことで喧嘩するのも、永斗は望んですらいなかった。それでも、それは確実に、永斗にとっては甘美なものだった。生まれて初めてかもしれない。時が経ってほしくないのは。

 

 

「冬ちゃんはさ…」

 

 

思わず永斗はそう口にした。

永斗自身、それに驚くが、躊躇いより興味が勝る。

冬海も文句を止め、改まった雰囲気に息をのむ。永斗は、ずっと疑問だったことを冬海に吐き出した。

 

 

「どうして…そこまでしてくれるの?」

 

 

しばらく沈黙が流れる。

が、冬海はすぐに拍子抜けしたような声で言った。

 

 

「どうしたんですか?急に改まったと思ったら、そんなこと」

 

「そんなことって…僕は結構、本気で疑問なんだよ。

普通に考えて、赤の他人で、しかも年下の上司にご飯作ったりとかしないでしょ。

普通の人だったら、僕の能力を妬んで、気味悪がり、僕を疎ましく感じる。自分から話しかけるどころか、間違っても関わろうなんて思わないはずだけど」

 

 

永斗が淡々と吐いた言葉を聞いた冬海の目は、どこか悲しさを帯びているようだった。

目の前のこの少年は、他人に疎まれることに慣れ過ぎてしまっている。冬海は、優しく永斗の肩に手を置き、顔に微笑みを浮かばせ、言った。

 

 

「主任は…もっと人を信じていいんですよ。この世界は、この狭い建物なんか目じゃないくらい、広くて大きいんです。確かに、主任は子供にしては頭がいいし、ずる賢いし、屁理屈言うし、正直言って、可愛げはないですけど」

 

「慰めてんの?けなしてんの?」

 

「それでも主任は、まだ子供なんです。例え悪の組織の幹部でも、常人とは違う運命を持って生まれたとしても…人並みに嬉しいとか、楽しいとか感じたり、家族と一緒にご飯食べたりだとか、遊んだりだとか…それが子供なんです。その権利は誰にでもあるはずです!」

 

 

冬海の言葉に、呆然となる永斗。自分は特別だ、常人とは違う。関わることなんて許されない。そう思って来た。今思えば、自分が勝手に壁を作っていただけかもしれない。

 

 

「ここに初めて来たとき、主任は私を無視しましたよね?その時の顔がどうしても忘れられませんでした。まるで、何年も笑ってないような顔。その時思ったんです!私はこの子を笑顔にしたいって。一か月たっても主任はあんまり笑いませんが…いつか絶対、主任を笑顔にするために、毎日頑張ってます!私が主任と関わる理由を強いて挙げるとするなら、それだけです!以上!」

 

 

…本当に、彼女はいつだって真っ直ぐだ。

笑顔…か。笑った記憶なんて、あっただろうか。笑い方を忘れた…いや、知らないのかもしれない。

それでも、形として現れなくても…僕は…

 

 

「……じゃあ、笑顔になるため、協力してもらおうかな」

 

 

永斗はその先の言葉を出すことができず、床に広げられていたチラシを手に取り、苦し紛れのようにそう言った。

そのチラシはケーキのチラシ。そろそろ俗世で言うところのクリスマスである。

 

 

「これ買ってきて。この“ケーキ”っていうのには興味がある」

 

 

永斗はそう言って、チラシの中心に大きく描かれた、一番高価なホールケーキを指さした。

生クリームたっぷりの、一般的なショートケーキ。真ん中にメッセージが入った板チョコと、サンタのマジパンにそりの模型が乗っている。

 

 

「値段…は経費で落ちますけど、遠くないですか?今からこれはちょっと…」

 

 

この施設は神奈川県の人里離れた場所にあるのに対し、その洋菓子屋は東京都にある。

冬海は車を持っていないため、都市部まで徒歩で移動する他ない。

 

 

「八幹部権限。はい、じゃあ早く行って」

 

「えぇっ!?ちょっと待ってくださいよ!横暴ですって!

あ、わかりました!じゃんけん!じゃんけんで決めましょう!」

 

「じゃんけん?」

 

 

またしても聞きなれない言葉に、永斗の興味が移る。

 

 

「こんな感じで手で形を作って勝負する遊びです。これがグーで、石を表しています。これがパーで紙。これがチョキでハサミです。ハサミでは石を切れないから、チョキはパーより強くて、紙は石を包んでしまうから、パーはグーより強いです。それで、ハサミは紙を切るから、チョキはパーより強いって感じです。出した手が同じだったら、あいこっていって、もう一回勝負です」

 

 

手でグーチョキパーを出して見せて永斗に説明。

冬海は永斗にゲームを教えたりもする。これまでにオセロとか将棋とか持参して教えたが、ルールを教えるや否や、鬼のような強さで圧倒してくる。最近はビデオゲームに挑んだが、当然、惨敗した。

永斗が最も興味を持ったのは、食べ物よりも、こういったゲームの方だろう。

 

 

「あれ?でもその理屈なら、石は紙を突き破るはずだけど」

 

「細かいところはいいんです。最初はグー、じゃんけんポンの掛け声で手を出してください。主任が勝ったらケーキを買いに行きますから!」

 

「なんで最初はグーなの」

 

「細かいところはいいんです!」

 

「わかった。じゃあ、出した手が強かった方が勝ち。あと一回勝負で文句なし。ルールはそれだけだよね」

 

「はい!恨みっこなしですよ!」

 

「そうだね。じゃあ僕はパーを出すから」

 

「えっ!?ちょ…」

 

 

その瞬間、冬海は思考を展開する。冬海だって一応、研究者の端くれである。

永斗の考えを読み、先の先の先まで思考を広げる。最初に出す手を宣言して、相手の思考を操るありがちな手だ。こんなこともあろうかと、冬海はじゃんけんだけでも永斗に勝つため、前々からじゃんけん心理の研究をしていた。今度こそ、イケる……!

 

 

「「最初は」」

 

「グー!」

「パー」

 

 

 

 

「あ………」

 

 

 

無悪冬海。パシリ決定。

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

冬ちゃんに深読みをさせ、最初はグーという謎ルールを利用し、あっさり勝利。

まさかあんな単純な手に引っかかるとは思わなかった。流石、ポンコツさにおいて右に出る者はいない。

 

残された僕は、またしても部屋に一人。

僕は“白い本”を手に、自分の意識を“地球の本棚”にダイブさせる。

 

地球に蓄積された膨大な知識を、本として管理する場所。“地球の本棚”。

僕はそれにアクセスできる唯一の存在だ。

使い方は、一般のコンピューターと同じ。調べたいワードを入れ、検索するだけ。

 

 

「キーワードは、“ピーマン”」

 

 

宙に浮く無数の本棚が一斉に動き始め、その大半がどこかに消える。

僕は残った本棚の中から、“green pepper”の題名の本を開き、パラパラと読んでいく。

 

気になる単語、初めて聞く単語があったときは、一人の時に検索するようにしている。

冬ちゃんが来てからというもの、この習慣の回数は飛躍的に増えた。

 

一か月前、初めて冬ちゃんが来た日は、僕からは一切関わらなかったし、冬ちゃんも戸惑っているようで、特に何もしてこなかった。ところが、2日目。冬ちゃんの第一声は「片付けましょう」だった。僕も巻き込まれ、一日かけてこの部屋が見違えるほどに片付いたのは記憶に新しい。…まぁ、ものの数日で元に戻ったのだが。

 

片付けは相当な苦痛だった。疲れるし、終わりが見えないし。でも、人に動かされた、影響された、そして、達成感を感じたのはそれが初めてだったかもしれない。

メモリを作るのは、生まれたときに宿命づけられた責務。僕はただの機械でしかないと思っていた。でも、あの時の僕は、責務を全うするだけの機械ではなかった。あの時の感覚は、今でも忘れられない。

 

 

「笑顔……」

 

 

僕は自分の頬を引っ張ってみる。

本棚の中には、当然鏡は無いが、見るに堪えない顔になっていることは想像に難くない。

何って、表情筋が微動だにしない。僕だって、あれだけしてくれる冬ちゃんの希望に応えたいという気持ちはある。ちょっと検索してみるか。

 

 

「キーワード。“笑顔”、“作り方”」

 

 

随分と本の数が減った。それでも相当な数だが。しらみつぶしに読んでいくとしよう。時間だけは有り余っているんだ。

 

僕が笑ったら、冬ちゃんはどんな反応をするだろう。

まぁ、まずは驚くだろうね。あと、喜ぶかも。

 

 

「褒めて…くれるかな」

 

 

そんな想像をしていると、僕の心臓の心拍数が上昇するのを感じる。

心臓の音も大きくなっている。

 

しまったな。睡眠不足と栄養不足が祟って、風邪でもひいたか?

急な心拍数の上昇。考えられる要因としては、若年性の更年期障害か、パニック障害か、不整脈か。

それとも、少し科学的根拠に欠けるが、感情によるものか……

 

 

だとするならば…この感情は、一体何と呼ぶのだろうか。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

小一時間後、冬海は徒歩と電車を乗り継ぎ、洋菓子屋のある東京都の町に到着した。

 

歩きながら手でグーを作り、それをじっと見つめてみる。

まさか、あんな手を使ってくるとは。「じゃあ俺パーしか出さないから!」からの「最初はパー」は小学生あるあるにも数えられるほど、メジャーな手段だ。ただ、永斗の場合はそれの数倍質が悪い。

 

事前にルール確認と一回勝負を強調していたのはこういう事だったか。確かに、最初はグー以外を出してはいけないとは言ってないし、そこでの勝負は反則とも言ってない。いや…でもさぁ。分かるじゃないですか、暗黙のルール的な。

 

そんなことをブツブツ呟きながら、冬海は洋菓子屋を目指す。

チラシに書いてある住所は、この辺のはずなんだが。

 

 

 

 

「…あった」

 

 

 

めっちゃ混んでる。凄い人だ。

 

後で調べると、この店は都内でも屈指の人気店で、クリスマス時期になると予約も殺到し、行列も数時間待ちみたいなことになるらしい。こんなところに考えなしに自分を放りこんだ永斗を、改めて恨めしく思う。

 

しかも、このケーキは数量限定。誰もかれもが行列なんて並ぶつもりはなく、我先にと店頭に押しかけている。

デパートのバーゲンセールのおばさんたちみたいな光景だ。軽く地獄絵図である。

 

といっても、一応は上司の命令であるため、諦めるわけにもいかず…

 

 

「うぅ…覚悟を決めろ!無悪冬海!」

 

 

仕方なく、冬海はその体を、人ごみの中へと投じた。

 

 

…と同時にはじき返される。

トランポリンにでも突進したような感覚だ。

なるほど、数量品とか安売りみたいな言葉により、おばさんたちは戦闘民族と化すのか。なんてのんきなことを考えていては売り切れてしまう。

 

意を決して、再び突入…

 

する直前、黒い服装でマスクをした男性にぶつかってしまう。

体重が軽い冬海は、勢いのまま倒れる。男はそのまま声もかけず、冬海を通り過ぎてしまった。

 

 

「痛たた…」

 

 

その瞬間、冬海は気付いた。

ポケットに入っていた財布が無い。

 

 

「あ!ちょ……待ってください!」

 

 

声を出したときにはもう遅い。

男は猛ダッシュで、そこから離れていく。やられた、スリだ。

 

冬海は身体能力には自信があった。追いつけるか…?

 

走りの構えで身構えていると、男が走っていく方向から、一人の少年が歩いてくるのが見える。

なんだか目つきの悪い少年だ。歳は…それこそ永斗と同じくらいに見える。

 

男は歩いてくる少年を無視し、そのまま走り去ってしまう。

少年も同じように。前から大人が走って来るというのに、一切の動揺も見せない。

 

 

「あっ!しまった…」

 

 

そんな光景を見ているうちに、男の姿はもう見えなくなっていた。

やらかした。無悪冬海 21歳、痛恨のミス……これ、クビだろうか…

 

何故、あんな少年に意識を奪われてしまっていたのだろう。でも、あの少年は何故か普通には見えなかった。なんというか、まるで野犬でも見ているような…

 

 

 

「おい」

 

 

 

声が聞こえ、顔を上げると、その少年が目の前に立っていた。

近くで見ると、余計に感じる謎の野生児感。

 

すると、少年は手に持っていた何かを、こちらに見せてくる。

 

 

「これ、アンタのだろ。大事なもんならポケットなんかに入れんな」

 

 

それは、さっき黒い男に盗まれた財布。わけもわからずに取り敢えず受け取った。

なんで?と聞きたかったが、少年はそれだけ言って、洋菓子店の人ごみの中に消えてしまう。

 

数分後、ケーキを持ってそこから出てきた。

その光景に、冬海は驚きを隠せない。

 

あの少年、男とすれ違ったあの一瞬で、財布をスリ返したのか?そして、あの人ごみを難なく攻略…

ウチの上司の永斗も凄いが、彼もまた、別のベクトルで子供離れしている。

 

 

「やっぱ世の中広いなぁ…」

 

 

__________________

 

 

 

ケーキを持った少年は、しばらく歩き、少しさびれた建物の前に到着する。

看板には「切風探偵事務所」の文字が。どうやら私立探偵事務所らしい。

 

 

「帰ったぞ。ケーキもちゃんと…」

 

 

扉を開けた少年は、中の惨状を見て絶句した。

泥棒でも入ったかのような。いや、まるで爆発事故でも起きたかのような惨状。

…まぁ、恐らく実際にそうなのだろうが。

 

 

「空助ぇぇぇぇぇ!!」

 

 

めいいっぱい空気を吸い込み、少年の怒号が辺り一帯に響いた。

部屋の中心で縮こまっている物体、いや、人影。少年の怒号で恐る恐る体を起こす。

茶髪の中年男性のようで、髪の毛は爆発のせいか、アフロのようになっていた。

 

 

「あはは…おかえり」

 

 

再び少年の怒号が響き渡った。

 

切風アラシ 13歳。幼いころに拾われ、この事務所にやってきた、若すぎる探偵。

 

そして、切風空助。この事務所の創設者にして所長。アラシの親代わりである。

性格、生活能力には難あり。

 

 

_______________

 

 

 

「で、説明してもらおうか?」

 

 

13歳の少年の前で正座する中年男性。絵面がシュールだ。

これだけで力関係が見て取れる。

 

 

「いや…例のアレを開発してたら、ちょこっっとだけ薬品の配合間違えて、それでドカンと…」

 

 

空助を見下すアラシの目は、まるで鬼だ。

 

 

「奥の研究室あるだろうが。そこでしろって何回言ったら分かんだよ!」

 

「今、あそこに発掘してきた化石があんだよ!そんなとこで爆発したら大変だろうが!」

 

「部屋の書類とか家具より石かよ!」

 

「いや~。ホラ、俺って全方位の天才イケメンじゃん?考古学をたしなむ者としては、化石を何より大切にするのは当然であって」

 

「お前もう40近いだろ。恥ずかしくないのかよ」

 

「中身は永遠の18歳なの!見ろ!この30代とは思えぬ肌つやを!」

 

「黙っとけ、若作り親父!!中身が5歳の間違いだろうが!」

 

 

実際年齢よりも若くは見えるし、全方位の天才なのも事実。

空助は考古学、物理学、歴史学、電子工学、生物学、化学、etc…に精通し、運動能力も生身の戦闘力も高い。

本当のことしか言ってないはずなのに、ここまで間抜けに聞こえるのは何故だろうか。

 

 

「まぁいい!次やったら小遣い無しだ。わかったな?」

 

 

ちなみに、家事全般と家計の管理はアラシが行っている。このダメ人間に金を任せたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。

 

 

「で、調査報告。例の鋼鉄強盗団、メモリ犯罪で間違いない。

目撃者が鉄色の怪物について証言してくれた。金庫は警察の調べ通り、鉄の棍棒で一撃で壊された痕跡が…って、そこまではテレビでやってただろ」

 

「俺は実際に見たものしか信じないの。百聞は一見に如かずって言うけど、実際、百聞は一見するまで虚像でしかないんだよね。見ることで初めて実像になる。何事も、見ることが大事なんだよ。分かった?」

 

「じゃあ自分で行けよ。結局聞いてるだけじゃねぇか」

 

「アラシは嘘嫌いじゃん。そこはちゃんと信用してるの」

 

 

アラシは「面倒なだけだろうが…」と毒づくが、空助の眼差しは一転し、真剣なものとなる。

事件について考察するときは、この顔だ。アラシも認めたくはないが、全方位の天才である空助の天職は探偵だと言い切れる。それほどに、彼は探偵として優秀を極めている。やる気にムラっ気があるのは問題だが。

 

 

「…メモリはメタルで間違いない。硬い装甲と破壊力のある攻撃が武器の強敵だ。

これまで通り、ガジェットや武器での対応は、正直厳しいかもね」

 

「じゃあ、どうすんだよ」

 

 

静かに話していた空助の顔がまた一転する。

今度はいたずらする子供のような顔。この顔を見せたとき、大体はろくなことを言わないのが空助だ。

 

 

「無理なモノには…手を出さないのが一番だよな。

それよりさ、来週あたり予定あったっけ?」

 

 

もう嫌な予感しかしない。この中身幼稚園児のおっさんが。

 

 

「特に。依頼も無い。お前、何しようとして…」

 

 

空助はニヤッと笑い、人差し指を立て、言った。

 

 

 

「ピンポンダッシュ」

 

 

 

「今回はここまで。またお会いしましょう」

 

 

 




空助やっと出せた…彼はこういう性格です。直接描写したのは初めてかな?
ちょこちょこ本編とリンクしますんで、勘のいい方は気付きますかね?

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