ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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146です。忙しいです。やりたいことも多いので、早く書き進めたいのですが…書いてるうちに、文字数が予想の倍近くなっているのは何でだろう。

今回も過去編です。本編はもう少しお待ちください。


Lost memory of EITO episode3~嵐~

書類が散らかる部屋。何度片付け、数日後に元通りにな

るという輪廻を繰り返したかもわからないその部屋が、その時ばかりは西部劇で決闘が行われる荒野のように見えた。

 

部屋に佇むは一人の少年と、一人の女。

 

勝機をうかがう女の目に対し、少年の表情には余裕がある。

挑戦者と王者の構図が見て取れる。

 

勝負は一瞬。ほとんどの確率で、数手で勝負がつく。二度目は無い。

 

張り詰めた空気の中、2人の視線が一致。

勝負のゴングとも言える掛け声が、銃声のように鳴り響いた___

 

 

 

「「最初はグー。じゃんけんポン!」」

 

 

 

冬海が出した手はパー。永斗はチョキ。

永斗の勝ちだ。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁ……また負けたぁ…」

 

「これで20戦全勝。あいこは一度も無し。冬ちゃん弱すぎでしょ。

じゃんけんで20回連続で負けるなんて、3分の1の20乗で、34億8678万4401分の1だよ」

 

「絶対主任が強すぎるだけですって!」

 

「じゃあ、ペナルティ追加で。今度はこの“駅前のからあげ”っていう奴を買ってきて」

 

「はい…トホホ…もう貯金が……」

 

 

前回、永斗の姑息な戦術で敗北してからというもの、冬海は勝負に納得できず、幾度となく永斗に勝負を挑んでいた。

今までゲームで勝てたこともなく、3分の1で勝つことができる完全運ゲーのじゃんけんならばと、的を絞って挑み続けるが…結果は今の通りである。

 

永斗は勝つ度に冬海にパシリのペナルティを課している。

 

 

「それにしても、主任は随分と外の世界に興味を持つようになりましたね~。最初は料理作っても、いらないの一点張りだったのに」

 

「別に…知識は多いのに越したことは無いでしょ」

 

「私は嬉しいですよ。主任が少しずつだけど、心を開いてくれてるみたいで」

 

 

そう言って笑う冬海に、永斗は思わず少し照れ臭そうに、目をそらしてしまう。

 

 

「どうしました?」

 

「いいから…そろそろ仕事に戻って」

 

 

永斗は冬海に、書類の束を渡す。

メモリの設計図やデータなどがギッシリと、細かく記されている。

 

 

「シルバーメモリの一本目。それを渡してきて」

 

「ほぇ……もうできたんですか…

なになに?“エンジェルメモリ”…天使なんて、随分と可愛いメモリですね」

 

「そのメモリの能力は、人間の信仰心を煽り、己を崇拝対象とすることで、一種の洗脳を行うことができる。しかも一度に大人数。その気になれば、極めて従順な人間の軍団をも編成できるくらい強力だ」

 

「全然可愛くない……あとの2本もそんなに怖いんですか?」

 

「いや。これでシルバーメモリの開発はいったんストップ。

ついさっき、新しい仕事が届いた」

 

「新しい仕事って…?」

 

 

シルバーメモリの開発をもうち止めてまで、やらなければいけない事。

永斗の目も、いつになく真剣だ。

 

 

「ゴールドメモリの開発。内包する記憶は決まってる。

“エクスティンクトメモリ”。“絶滅の記憶”を宿した、最高位のメモリだ」

 

 

ゴールドメモリ。その存在は、冬海も知っている。

最高幹部だけが所持を許される、超強力な最上位のメモリ。量産が難しく、組織に現存するゴールドメモリは10本とないが、それだけで他のすべてのメモリの能力をはるかに凌駕するとも言われている。

 

 

「それを主任が作るんですか…?」

 

「いや。先代までの怠惰が少しずつ開発を進めていたものを、一気に完成させようって言う算段だと思う。実際、僕も10年近く少しずつ手を加えていた。完成まではあと一歩ってところ」

 

 

よく分かってなさそうだが、とりあえず深く感心する冬海。

話のスケールが大きすぎて、想像ができていないことが見て取れる。

 

 

「まぁいいや。とにかく、その書類持っていっといて」

 

「いいですけど…主任は相変わらず自分では持って行かないんですね。

ダメですよ?部下の人とも、ちゃんとコミュニケーションはとらないと!」

 

「コミュニケーション…か…」

 

 

先日、冬海に言われてから、考えていた。

自分は子供だ。相手は大人だ。自分がずっと見下し続けてきた大人たちは、永斗の何倍も生きていて、永斗の知らない外の世界を知っている。

 

 

「分かった。考えておく」

 

「だから、コミュニケーションは大事だから…って、え!?

どうしたんですか!?ずいぶんと素直ですけど、料理に変なモノでも入ってました!?」

 

「君って、ちょこちょこ失礼だよね」

 

 

永斗の中には、興味が生じつつあった。

周りの人間は、その人生で何を感じたのか、何を得たのか、何を知ったのか。

 

もちろん、永斗をこんな風に変えた、冬海の人生にも。

 

 

「冬ちゃんは本当に不思議だ。経歴から見ても、性格から見ても、君は普通で、優しすぎる。冬ちゃんは…こんな組織にいるべき人間じゃない」

 

 

それが本音だった。

それだけがずっと疑問だった。

 

ここはメモリを、悪魔の道具を開発する組織。いわば悪の組織だ。

彼女は悪の組織に属するには、あまりに優しすぎる。

 

どんな経緯があったのかは分からないが、こんなところに来なければ、彼女には幸せな人生があったのではないだろうか。

 

 

「私は……」

 

 

冬海はいつも通り、笑って答えようとする。

だが、様子が変わった。言葉が詰まり、どこか息苦しさを感じさせる表情で、その目は悲しい目をしていた。

 

普段の彼女からは、想像もできないような、そんな様子だった。

 

そして彼女は、まるで別人のような口調で、こう答える。

 

 

 

 

「私は…貴方が思っているような人間じゃありませんよ」

 

 

 

 

その時だった。

 

備え付けられたセキュリティ機能が、侵入者の存在を感知。

施設中に、警報のサイレンが鳴り響く。

当然、永斗の部屋にも。

 

 

「ッ…!これって…」

 

 

こんなこと、ずっとここにいる永斗も初めての事だ。

それもそうだ。表社会にはないような技術のセキュリティが、この施設を守っている。そこらのコソ泥が入れるような場所じゃない。無論、システムの誤作動なんてのもあり得ない。それには永斗にも自信はあった。

 

でも、現実に侵入者が現れている。

誰だ?ここに入れる人間なんて、全人類の中で一握りもいないはず…

 

 

「主任はここでじっとしていてください!私は外を見てきます!」

 

「冬ちゃん……待って!」

 

 

その声が届くことは無く、冬海は部屋から出て行ってしまう。

追うべきか?いや、永斗は人間としては非力にも程がある。出ていったところでリスクが増えるだけだ。外に出ず、ここにいるのが最も安全ということには、疑いの余地もない。少し前まではそう考えていただろう。

 

しかし、どうしてだろうか。

 

一人になるのが、彼女と離れるのがこんなにも不安なのは。

 

 

 

 

_____________

 

 

 

一方その頃。

 

 

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

施設の大型セキュリティロボという名の破壊兵器から、全力疾走で逃げ回る二人。

今回の騒動の犯人、切風空助と、巻き込まれた切風アラシである。

 

 

「アッハッハ!やっぱ面白れぇわ!なんだよ、外敵排除セキュリティロボって。劇場版ドラ〇もんかよ!」

 

「分かりにくい例えで笑ってんじゃねぇぞボケナス!さっきもレーザー光線やら、落とし穴やらあったし、なんだよこのモンスターハウスは!」

 

「お前の例えも大概分かりにくいって。それより走れ!一瞬でも止まったら死ぬぞ!」

 

「分かってんだよそんなことぉぉぉぉ!!」

 

 

しゃべりながら人間離れしたスピードで逃げ回る二人。

何故こんなことになったかというと、発端は一週間前の空助の一言。

 

 

『ピンポンダッシュ』

 

 

である。

 

 

「ホンッットにバカじゃねぇの!?何を近所の家に遊び行くみたいなノリで、組織の最高研究所に忍び込んでんだよ!」

 

「色々調べてたら偶然ここの情報掴んで、セキュリティ見たら割とイケそうだったから」

 

「目的は!?」

 

「ねぇよ。ピンポンダッシュって言ったろ?騒ぐだけ騒いで、さっさと帰宅だ」

 

「お前、帰ったら絶対ぶっ殺すからな!!」

 

 

逃げながら蹴りを入れるアラシ。空助はそれを難なく捌く。

そうこうしてると、セキュリティロボに追いつかれた。

 

 

「「ヤバ…」」

 

 

ロボの発射するレーザービームを回避するが、レーザーに触れた金属の床は、その熱で溶けてしまう。

 

 

「オーバーテクノロジー甚だしいな、ったく…

アラシ、ちょっとだけ逃げてろ」

 

 

空助はそう言って、懐から赤い銃を取り出す。

黒い持ち手に、銀のラインが入っており、ガイアメモリを装填するスロットも搭載されている。

 

それを見たアラシは、顔色を変え、一瞬で遠くの物陰に隠れた。

 

空助はアラシが逃げたのを見ると、一本の赤いガイアメモリを取り出し、音声を鳴らした。

 

 

《ボム!》

 

 

そのメモリには、爆弾とその導火線で、Bと刻まれている。

“爆弾の記憶”を内包した、空助が作った戦闘用ギジメモリ。

 

ボムメモリをマグナムに装填。変形させ、必殺技待機状態に。

銃を構え、エネルギーが銃口に充填されていく。

 

セキュリティロボはそのまま空助を始末しようと、装備を展開し、接近。

その距離が最大まで縮まった瞬間、空助はトリガーを引いた。

 

 

《ボム!マキシマムドライブ!!》

 

 

発射された赤い球体は、セキュリティロボに触れた途端に大爆発。

辺り一帯を爆炎と煙が支配した。

 

 

「よっしゃ。一件落着」

 

「落着させんな!まだ敵の陣地真っただ中だっつーの!」

 

 

粉々になったセキュリティロボだが、空助はほぼ無傷で帰ってきた。

そこにアラシも合流し、お気楽な発言に飛び蹴りをかます。

 

 

「どーよ?俺の空助マグナムから放たれる、最強の必殺技は!」

 

「とりあえず、そのネーミングは無い。それに周りの被害が甚大過ぎんだろ!それで無傷って、どんな身体構造してんだ!」

 

 

確かに、辺り一帯は焼け焦げ、ちょっとした災害の跡のような惨状だ。

にも拘らず無傷であるこの男。本当に謎である。

 

すると、アラシはあることに気づく。

 

 

「それにしても…技術はすげぇが、ドーパントは見ねぇな。メモリの開発してるんじゃねぇのか?」

 

 

今までアラシ達が対峙したのは、どれもただのセキュリティシステム。

正直、ドーパントの2対や3体来ると思っていたアラシは、少々拍子抜けだった。

 

 

「そりゃそうだ。そのメモリを作ってんのは自分たちだからな。それがどんだけ危険な代物か、よーく知ってるはずだ。だから自分たちでは使わず、他の奴らに売って、データ集めてんだ」

 

「悪魔の道具をばらまいといて、自分の身は大事ってか…絶対許せねぇ……!」

 

「ま、その渦の中心にいるのが、悪意とは限らないんだけどな……」

 

 

アラシに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟くと、空助はまたニヤッと笑い、言った。

 

 

「よーし!ここからは別行動だ!各自、盛大に嫌がらせするように!

30分後に入口集合な。道に迷ったらすぐに連絡すること!家に帰るまでが、ピンポンダッシュだぞ☆」

 

「はぁ!?お前、何言って…」

 

「解散!」

 

「うぉぉぉぉぉぉい!!」

 

 

それだけ言うと、空助は一瞬でどこかに行ってしまった。

残されたアラシはポツンと佇み、シャウトする。

 

 

 

「ざっけんな、あのクソ親父ィィィィィッ!!」

 

 

 

______________

 

 

 

 

数分前、侵入者発見の直後。メモリ開発の研究室にて。

 

 

「システム応答なし!駄目です、こちらからの干渉ができません!」

 

「こっちもです!」

 

「監視カメラも反応なし!セキュリティロボも反応が消えました!」

 

「クソっ!どうなってやがる!」

 

 

侵入者により、セキュリティシステムは完全に機能を失っており、研究員たちはその復旧に追われていた。

 

 

「どうします!?塩野副主任!このままでは……」

 

「うるせぇ!何が何でも復旧させろ!」

 

 

一人毒づく男性。

塩野と呼ばれた男性は、この施設の永斗に次ぐ責任者である。

 

 

「やっぱり、あんなガキにセキュリティから何もかも任せてたのが間違いなんだよ!

偉そうにガキの分際で命令しやがって!結局テメェも役立たずじゃねぇか!

オイ、お前ら!数時間で死んでも直しやがれ!このまま復旧しないとなると、俺の責任になる!」

 

 

塩野という男は、確かに優秀であるが、見ての通り性格は高慢。

優秀であったが故に、子供である永斗に指図されることに、誰よりも憤りを感じている。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ…アイツさえいなけりゃ、俺が主任だったんだ!

大人の世界も知らねぇクソガキが……ガキはガキらしく、家で寝てやがれ!」

「だよな。俺もそう思う。誰の話か知らねぇけど」

 

 

その時、突然割って入った声に、研究員たちはあからさまに、驚きを露わにした。

誰かが入った気配なんて感じなかった。それに、その人物は子供。

ちょうど話に出てきた、この施設の主任と同じように。

 

空助に置いて行かれ、空助から貰ったウイルスプログラムでこの部屋に入った、切風アラシだ。

 

 

「子供だ大人だ区別すんのは嫌いだが、少しくらいは休ませてほしいもんだ。

ま、ウチのクソ親父はそんなこと考えてもねぇだろうが…」

 

「ッ…何者だ!まさか、侵入者って…」

 

「俺と…あとはどっかに行った、迷子の30歳児だ。

アイツはココでは何もする気が無いって言ってたが、残念ながら俺は違う。

俺はボランティアやサービス残業は大嫌いなんだ。労働にはそれに見合った対価を。つーわけで、ここの一番偉い奴を借りてく。ナントカ認証とか、空助じゃあるまいし解けねぇからな」

 

「ふざけるな!たかが子供、簡単に取り押さえ…」

 

「あ、ちなみに。あのセキュリティロボ壊したのは俺だ。ハッタリだと思うならかかって来いよ。

お前ら頭いいんだから理解できるだろ?それじゃあ、一番偉い奴は誰だ?」

 

 

アラシの一言、そして、セキュリティロボが破壊されていたという事実が噛み合い、喧騒の中にあった研究室が、一気に静まり返る。

 

この中で一番権威を持つ人物。塩野だ。

しかし、塩野による普段からの圧力で、誰一人としてその名前を挙げる者はいない。

目の前にいる謎の子供への恐怖より、塩野への恐怖の方が勝っているということ。だが…

 

 

「なるほど。お前か」

 

 

アラシは即座に塩野を上司と見抜き、飛び掛かる。

大人の腕力の抵抗も難なく振りほどき、取り出したナイフを塩野の首に触れさせる。

その瞬間、命の危険を感じた研究員たちは一瞬で無抵抗に。恐怖の位置づけが逆転した瞬間だった。

 

 

「ふざけんな!お前ら、今すぐ俺を助けろ!」

 

「研究員って言っても、根本には人間に過ぎないんだな。人間は予想外のことが起きると、自分より目上の人間に視線を向ける。全員目線は意識してたみたいだが、意識自体はガッツリこの男に向いてたぞ。そして、その目上の人間が完全に制圧されている。この状況を前に、戦い慣れもしてねぇ、関係も上っ面のお前らが、手出しできるわけもするわけもねぇ」

 

 

塩野も頭に血を登らせながらも、状況を理解。手を上げ、完全に無抵抗な状態に。

 

 

「んの、糞餓鬼が……!」

 

「それじゃ、最重要機密まで案内して貰おうか」

 

 

______________

 

 

 

次から次へと警報音がけたたましく鳴り響く。

そんな中、永斗は厳重に電子ロックがかかった部屋で、一人縮こまっていた。

 

セキュリティシステムの状態は、主任である永斗にも届いている。

あのシステムは永斗が、以前までのものを改良したもの。間違いなく、現代においてトップクラスのセキュリティシステムであり、永斗自身も相当な自信があった。

 

しかも、セキュリティロボットまで攻略されている。敵は一体何人か?少なくとも超優秀なハッカー集団と、セキュリティロボットを破壊できるほどの兵力。

国家レベルの勢力が攻めてきていると考えるのが妥当だろう。

 

組織のバックには、こちらも国家レベルの勢力がある。うかつに手を出せるとは思えない。となると…何の権力下にもない、個人勢力…にわかには信じがたいが。

 

何にしても、応援が来るまでもう少しかかりそうだ。

それまで、この部屋に籠もっておくのが安全。

 

単身出て行った冬海とも連絡がつかない。それだけが少々…否、相当気がかりではある。

 

永斗は気を紛らわせようと、冬海が持ってきた“マンガ”なるものを取りに行こうとする。内容は至って普通のドラゴ○ボールだが、物語を読むという経験の無かった永斗にとって、その出会いは革命とも呼ぶべきものだった。

 

どハマリした結果、アニメでいうZのサイヤ人編まで読んでしまった。

 

永斗は奥の部屋から出て、マンガを取りに行こうとする。

 

 

「いやー、やっぱフリーザ編は神だな。

最終形態でスマートになる格好良さの発見は、ノーベル賞レベルの偉業だ」

 

 

そのマンガを、自分の物のようにかじり付きで読むオッサン。永斗は上手く言い表せなかったが、一般人ならリビングでゴキブリを発見した嫌悪感に似た言葉で表現しただろう。

 

いや、それより…

 

 

瞬間。永斗は戦慄した。

 

この部屋は他の部屋よりもセキュリティが優れている。入れるのは、永斗と冬海だけ。それをこの男は、さも当然のように入り、挙げ句、マンガを読んでいる。

 

 

「お、誰かいたのか。俺は切風空助。物騒な仕掛けが多くて危ないから、勝手に入らせて貰ったよ」

 

 

男はこちらに気づき、またも近所の知り合いとの会話ような口ぶりで話す。

 

驚いて声が出ないのは初めてだった。この男が今回の騒動の首謀者に間違いない。セキュリティを看破したのはこの男なのか?到底、外の人間だとは思えない。

 

驚愕している永斗に対し、空助は落ち着いた様子で辺りを見回す。

そして、ある物を見つけ、一人で口元に笑みを浮かべる。

 

 

「チェスしようぜ」

 

 

それはチェス盤。またも冬海が持ってきたものだ。

それより、永斗は自分の耳を疑った。

 

何を言ってるんだこのオッサンは。

 

 

 

______________

 

 

ー永斗sideー

 

 

と言うわけで、その数分後。

何故か僕は、侵入者とチェス勝負をしている。

 

 

「お前なかなかやるな。これならどうだ!」

 

「…」

 

 

随分楽しそうだ。とても敵地にいる人間の態度とは思えない。

しかし、この人は中々に強い。冬ちゃんが弱すぎるだけかもしれないが、いつものように簡単に勝てるイメージが湧いてこない。

 

 

「ただチェスしてるだけってのもアレだな。話をしようぜ」

 

集中力が無いのか、随分と余裕だ。

ただのバカか、それとも策士か。ここらで見極めてみよう。

 

 

「いかにも傍若無人に振る舞ってるけど、自分の立場が分かってないみたいだね。ここは組織の直属の施設。すぐに応援が駆けつける。そうなれば君に逃げ場はない。そして僕は…」

 

「八幹部“怠惰”だろ?」

 

 

空助とか言った男は、少しの動揺も見せず言った。

この男、僕の立場を知った上でここに来ているのか?目的は僕の誘拐か?いや、何にしても、呑気にここでチェスをする理由がどうしても分からない。いったい何が目的で…

 

 

「おらおら、考え事とは余裕だなぁ?

悪いが俺は負けず嫌いなんでね。子供相手だろうが勝っちまうぞ?」

 

 

話しかけたのは君でしょうが。

 

 

「ハァ…じゃあ、単刀直入に聞こう。君の目的は何?」

 

「別に何もねぇよ。ただ遊びに来ただけだ。ほれ、チェック」

 

「遊びって…僕らは結構甚大な被害なんだけど…」

 

 

話しているうちにも、盤面の展開は進んでいく。

しかもやたらハイレベル。油断すれば即負けるほどの読み合いが繰り広げられてるのに…なんだこの間の抜けた感じは。

 

すると、駒を動かした僕の手を、彼はじっと見てくる。

気持ち悪い。

 

 

「なるほどな…お前も外に出たことないのか」

 

 

どうやら、彼が見ていたのは、この装置。これをつけたまま施設の外には出られないようになっている。それを一目で見抜くとは。

 

 

「いや、お前も…って?」

 

「あー…なんでもない。気にすんな。

それより、やっぱ外には出たことないみたいだな。出たくはないのか?」

 

 

本当に何なんだこの人は。

でも、考えたこともほとんど無かった。外に出たい…か。

 

僕は自然と口を開いていた。

 

 

「前は…そうでもなかった。このまま一生この中でも別に構わなかった。でも……」

 

 

冬ちゃんが変えてくれた。

外の世界に、間接的にでも触れさせてくれた。外の世界広いって教えてくれた。

 

 

「……ハハーン。お前、恋してるな?」

 

 

 

 

 

 

マジで何言ってるんだこの人は。

 

恋?それはあれか?生物の持つ、子孫を残すという本能から生じる、求愛行動の原因となるアレのことかな?

 

一般的に、異性に惹かれたときに発生するあの恋のことか?

 

いやいや、ありえない。僕にそんな程度の低い感情は無いし、大体年の差が離れすぎている。僕はまだ子供だし、生物学的にもケースが不自然だ。

 

 

「…何を根拠に。チェック」

 

「いやぁ?ちょっと14年ほど前に、同じような忘れられないツラ見たからな。って、オイ!この流れはズルいだろ!えーと…どこ動かしたんだよ!」

 

 

ニヤニヤとこっち見て笑ってたから、隙を突いてやった。ざまぁみろ。

 

それにしても…恋……想像もつかない。

一体、どのような状態をそう呼ぶのか…何を根拠に判定するのか…そもそも恋ってなんだ?

 

ダメだ。混乱してきた。

 

 

「まぁ、とにかく外の世界には興味があるんだろ?別に、引きこもりっぱなしを否定はしない。でも、お前なら絶対、外の世界にハマる!これだけは断言できる」

 

「…また、何を根拠に」

 

「根拠ならある。秘密だけどな。

外の世界ってのは、いろんな奴がいる。そんで、その中にいらねぇ奴なんて、凄くねぇ奴なんて一人もいない!

外でお前を待つのは、70億の人生という物語が作り出した人間達!そして、地球と数多の命が繋いだ世界だ!どうだ?ワクワクしねぇか?」

 

 

その言葉は壮大で、説得力があり、不覚にも僕は高揚してしまう。

 

こんな狭い施設なんかよりももっと広く、地球の本棚よりも壮大な世界…

 

 

「好きな奴がいるなら、一緒に出てこいよ。

愛ってのは、ただでさえ面白い人生に、より一層色を与える。愛の無い旅路なんて、風景のない絵画みたいなもんだ。芸術はよく分かんねぇけどな」

 

「だからそれは違うって…」

 

 

僕は彼の言葉を否定し、誤魔化すように盤面に目線を落とす。

忘れていたが、そういえばチェスをしていたんだった。

 

…いや、待てよ。これって…

 

 

「言い忘れてたな。チェックメイトだ」

 

 

気づけば、盤面は既に詰んでいた。

いつの間に?会話をしながら、追い詰められていたのは僕のほうだったのか…?

 

 

「チェスには必勝法があるんだ。今度会ったら教えてやるよ。

外に出る気になったら、まずはここに来い。面倒見てやるからよ。その想い人も一緒に、な」

 

 

彼は立ち上がり、僕の足元に名刺のようなものを落とした。

 

そこには、「切風探偵事務所」と書いてあった。

 

再び目線を戻すと、そこにはもう彼の姿はなかった。

 

探偵…か…結局、目的は分からずじまい。不思議な人だった。

 

外の世界…広大な、見たこともないもので溢れる世界を、彼女と一緒に旅をする自分を想像する。

 

…案外、悪くないな。

 

 

 

______________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

「…ロックを開いた」

 

「おし。ご苦労さん」

 

 

適当な部屋に乗り込んで、そこで偉そうな奴を捕獲。

そこから重要な部屋に入り、機密情報をかっさらう。名づけて、わらしべ長者作戦。まさかこんなにも上手くいくとは。

 

副主任らしい、塩野とか言う男を捕まえ、ロックを解除させ、何やら難しい機材がある部屋に侵入成功。

 

とはいっても、何をどうすればいいか全く分からん。

 

 

「取り敢えず、適当にボタン押してみるか」

「な…!待て!」

 

 

適当にポチポチバンバンしてたら、コンピューターの画面が真っ黒になり、何やら変な音が鳴って火花が散った。

 

こりゃ壊れたな。俺、機械音痴だったの忘れてた。

 

このまま触ってたら、重要な機密情報もパーになりかねない。時間もそんなに無いし、まずは部屋を一通り…

 

部屋を捜索していると、部屋の奥に、他よりも明らかに高度な機械が備わった場所を見つけた。

 

そして、その中心。

ガラス…いや、厚いアクリルの大きい円形の容器。

そこに入った液体の中で、浮遊している物体。

 

一目でこれが研究の中枢だと理解できる。

それは一本のメモリ。黒いボディで、“J”と刻まれている。

 

 

何故かは分からない。だが…

理屈ではなく、俺の中の何かが、このメモリと惹かれあっている…

 

 

「…おい。これ、どうやって開けるんだ」

 

 

これは素手じゃ開けらんねぇな。

この男になんやかんしてもらって、開けてもらうしかない。そう思い、塩野の方に振り返った。

 

しかし、塩野はそこにはいない。

カチャッと金属音が聞こえ、音の方向を向く。

 

しまった、油断した。まさかそんなものを持ってるとはな。

 

塩野はピストルを持ち、銃口をこちらに向けていた。

 

 

「…調子に乗ってんじゃねぇぞガキが!

オラ!手を上げろ!抵抗したら撃つぞ!!」

 

 

そう言い、塩野は引き金に指をかける。

マズいな…この状況、正直打つ手がない。アイツに頼るのは癪だが、空助が助けに来るのを待つしか…

 

 

「どいつもこいつも、ガキの分際で俺をコケにしやがって!お前らは知らねぇだろうがな!俺には生まれ持った才能があるんだよ!!今まで、誰かに負けたことなんて一度だってなかった!俺はその辺の愚図どもとは生きる世界が違うんだ!その俺を…ガキなんかが指図してんじゃねぇよ!!大人に逆らった罰だ。お前はここで殺してやる!」

 

 

随分と聞いてもないことをベラベラと…

アイツの言葉を聞いて、俺の中で何かの感情が煮えたぎるのが分かる。

…前言撤回だ。よく分かったよ。それならこっちも、ことさらテメェなんかに屈するわけにはいかねぇ!

 

塩野は銃口を向けたまま、こちらに近づいてくる。

確実に当てるためだろう。だが、これこそ待っていたチャンス。

 

ジリジリと歩み寄り、銃口が俺の額につく直前。

俺はしゃがみ込んで姿勢を低くし、回避行動をとった。

 

 

 

「なッ…!」

 

 

わざわざ近づいてきたということは、奴は銃を使い慣れていない。ということ。

殺しに精通しているわけでもない。そんな奴が銃を人に向けている。その意識は極度の緊張状態にあるはずだ。

 

そんな中、予想外のことが起きれば、パニックを起こす。ただしゃがんだだけでも、奴の目からは姿が消えたかのように映っただろう。

 

だが、すぐに気づく。

 

すかさず俺は塩野が銃を持つ右手と逆方向、俺から見て右側に移動。

 

 

「ッ…!なめんな!」

 

 

パァン!

 

 

しかし、俺を狙ったはずの銃弾は俺に当たることなく、コンピューターの画面を粉砕した。

 

銃を持つ手と反対方向に移動する物体を狙えば、肘が開き、姿勢が崩れることで命中率はガタ落ちする。

リスキーな手だから使いたくはなかったが、事情が変わった。

ともかく、銃を撃った後、そこには確実な隙が生まれる。

 

その瞬間を俺は見逃さない。

塩野のピストルを持った手を蹴り、その衝撃でピストルは宙に放り出される。

 

そして、腕を後ろに組ませ、完全な固めの構えを完成させた。

 

 

「子供は大人に従えだの、生意気なことをするなだの、逆らうなだの…クソ食らえだ。勘違いすんな、お前らは少し早く生まれてきただけで、何の権力も無いただの人間だ。才能がある?知るか。会話から察するに、お前の上司は子供らしいな。その子供に負けてんのがお前なんだよ」

 

 

いつだってそうだ。大人は自分より目下の人間を見つけ、絶対的な力があると錯覚し、虐げる。人より上に立つことでしか自分を見つけられない、哀れな生物だ。

 

過去の記憶が俺の脳裏をよぎり、どす黒い感情が蘇ってくる。

 

無意識のうちに俺は、懐からナイフを抜いていた。

 

 

「お前らが俺を虐げるんだったら、俺にもあるはずだ。その権利がな…!」

 

「ま…待て!やめろ!」

 

 

 

「その人から離れてください!」

 

 

女の声が聞こえた。

それを拍子に、俺は正気に戻る。気づけば、俺はナイフを振り上げていた。

 

…空助と暮らすうちに、この感情は消えて無くなると思っていた。でも、時折この感情が俺の心を支配する。

 

ダメだ。落ち着け。冷静になれ。

俺は“切風アラシ”だ。あの記憶も、時間も、既に死んだんだ…

 

 

なんとか落ち着きを取り戻し、その声の主を確認する。

部屋の入り口に立っているのは、白衣姿の髪が微妙な長さの女。いや女か?にしては胸がなさ過ぎる。

待てよ…この女、こないだケーキ屋で財布をスられてた…組織の人間だったのか。

 

 

「その人から…塩野副主任から離れてください!」

 

 

すると、塩野は驚いたような怒っているような声で。

 

 

「お前…あのガキの世話係の…!」

 

「貴方のような人でも、主任に辛い思いはさせたくありません。待ってて下さい、今…助けます」

 

 

そう言うと、女はポケットから装置を取り出す。

あれは…スタンガン。でも何故だ、見るからにどんくさそうな奴なのに、この女……

 

 

 

その時だった。

 

 

俺たちの足下に、赤いラインが現れる。

他の二人も驚いている。そういうシステムではないのか?

 

赤いラインは円を描いている。

いや違う!これは……

 

 

気づいたときには遅かった。

それは、大砲なんかで狙いを合わせるときや、銃のスコープを覗いたときに見える、照準のマーク。

 

 

次の瞬間。

 

 

その部屋は、爆風と爆炎の中に消えた。

 

 

 

______________

 

 

 

「おー、爆発した。やったのか?胡蝶(フーディエ)

 

 

爆煙が上がる施設を、高い場所から見下ろす筋肉質の大男が、そうつぶやく。

 

すると、横にいた、ソーラーパネルのような翼を持ち、肩にはパラボラアンテナ、全身

に精密機械のディテールが施されており、右腕にレーザー砲を備えたドーパントは、鎖骨のあたりからメモリを取り出す。

 

すると、その姿はスーツに身を包んだ、中国人の女性の姿になった。

 

 

「あぁ、例の部屋に切風空助の連れ子が進入したのを確認。砲撃で直ちに抹殺した」

 

「え!?切風空助は殺してないのかよ!侵入者は始末するって任務だろ!」

 

「馬鹿者!」

 

 

胡蝶は男を、鋭い視線とともに蹴り飛ばす。

 

 

「我々は“憂鬱”直属の戦士。主であるエルバ様のため、命を賭け、エルバ様に忠誠を尽くし、そして死ぬのが本懐!嗚呼…エルバ様…私の心はいつでも貴方に陶酔しております……」

 

「いや、そうだが…つーか死ぬのか?」

 

「エルバ様は退屈しておられる。そして、切風空助はエルバ様同様、人間が持ちうる才を超えた存在。奴ならエルバ様の乾きを癒やしてくれるやもしれん。よって、片割れのみを始末するべきと判断した!」

 

「それなら俺にもやらせろよ!言ってくれれば、切風空助は残せたぜ?」

 

「嘘を言うな、デムド。貴様が暴れると施設そのものが消えて無くなる。それより、貴様の任務の方は順調なんだろうな?」

 

「釣れねぇなァ。ちゃんと、そっちも兵隊を使ってやってるよ」

 

「どうだかな」

 

 

胡蝶は再びメモリを取り出し、ボタンを押す。

 

 

《サテライト!》

 

 

スーツの胸元を広げ、鎖骨あたりに出現した生体コネクタにメモリを挿入した。

 

その姿は再びサテライト・ドーパントに変化する。

 

そして、一瞬の閃光と共に、二人の姿はその場から跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

______________

 

 

 

「おーい。生きてるか-?」

 

 

施設から少し離れた場所。空助の声で、気を失っていたアラシは目を覚ました。

 

と同時に、アラシは反射的に空助の顔面をパンチ。

 

 

「痛った!何すんだよ!お前が廊下で倒れてたのここまで運んでやったの、俺なんだぞ!?」

 

「そもそも、お前のバカ行動に付き合ってなかったら、こんな目に遭ってねぇんだよ!」

 

 

そこで、アラシはふと、気を失う直前の記憶を思い出す。

廊下に倒れてた…ということは、あの爆発から逃れたということ。しかし、一切の記憶が無い。どういうことだ…?

 

 

「ハァ…なんでもいいか。にしても、結局成果は無し。本当にピンポンダッシュになるとは…」

 

「でも、楽しかったろ?それに、これのおかげで、もしかしたらお前の弟と姉ができるかもしんないぜ?」

 

「訳分かんねぇこと言ってると、ぶっ殺すぞ」

 

 

毒づきながら歩く帰路の中、アラシはポケットの中の違和感に気づく。

 

それは、一本のメモリ。施設にあった黒いメモリだった。

 

 

(なんでここに……?)

 

 

疲れていたためか、詳しく考えずにアラシはそれを、ポケットに仕舞う。

 

 

そのメモリが、地球の意思を内包した、“J”のオリジンメモリであると知ることになるのは、この3年後。

 

そして、このメモリがアラシの運命を大きく変えるのは、この少し後の話である。

 

 

 

______________

 

 

 

組織全体を騒がせた侵入者騒ぎは、部屋一つが爆破されたのみで、それ以外は一切のデータも盗まれることなく終わった。

 

水面下では何の変化ももたらさなかったが、ただ一人、永斗はそうではなかった。

 

空助の話で、永斗は以前よりも、確実に外の世界に興味を持ち、これまでよりも様々なことを検索するようになった。

 

たこ焼き、遊園地、お祭り、せんべい汁…手当たり次第に検索をし、その度に興味は強くなっていった。

 

しかし、彼に訪れた変化はそれだけではなかった。

騒動の次の日から、

 

 

 

 

 

 

無悪冬海は施設に来なくなった。

 

 

 

最初は特に不自然だとは思わなかった。これまでにもあったことだ。事実、永斗はその隙に徹夜をしている。

 

しかし、一週間経っても彼女が来ることはなかった。

研究員の誰も、事情を知るものはなかった。検索をしようとも思った。だが、そんな方法で彼女のことは知りたくない。何故かそう感じ、踏みとどまった。

 

それから一ヶ月、やはり彼女は来なかった。

 

永斗は再び、冬海に会う前の生活に戻り、部屋の片隅には、使わなくなったチェス盤やカードなどのゲームがほこりをかぶっている。

 

メモリを作るだけの、無意な人生の繰り返し。

生じた外の世界の興味も消え、手に入れた知識も、誰にも披露する事なく、記憶の中に埋もれていく。

 

食べ慣れていたはずの栄養ゼリーの味は、久々に食べると、酷く味気なく感じた。彼女が持ってきた、あの現実の味が恋しい。

 

同じ日々の繰り返し、ふと永斗は思う。

 

なんのために僕は動いている?

 

誰とも話せず、誰にも褒められず。

僕を笑顔にしたがっていた、あの人はもういない。

 

一度意味を持ってしまった人生は、再び元に戻ることは出来ない。心はどうしても、それを求めてしまう。

 

しかし、それは手に入らない。それをくれる彼女は、僕の前からいなくなった。

 

もはや、何をする理由も、そこにはない。

 

そんなことを考えると、永斗の口からこぼれ落ちるように、言葉が漏れ出た。

 

 

 

 

「面倒くさいなぁ…」

 

 

 

 

______________

 

 

 

あの騒動が引き起こした変化は、実はもう一つ。

 

例の爆発に巻き込まれた塩野。だが、いつのまにか施設の外で気を失っていたようだった。

 

それからというもの、塩野の中では憎悪が渦巻いていた。

あの主任だけでなく、侵入者の子供にさえ、自分をコケにされた。終いには、愚図と見下していた女に助けられる始末。彼の自尊心は、もう限界だった。

 

あの子供と無悪冬海は、あの爆発に巻き込まれて死んだだろう。だが、ずっと疎ましい存在だった士門永斗は、今でも自分の上に鎮座している。

 

 

「ふざけんな…俺はこんなところで終わる男じゃねぇ…!俺にはその才能があるんだ!誰にもなめた口は聞かせねぇ…!あのガキさえいなければ…」

 

「じゃあ、消してしまえばいい。キミにはその方法も力もあるじゃないか」

 

 

その“声”は、どこからか聞こえた。

そこに何の姿もなく、その“声”がどのような高さだったか、口調だったか、それは既に記憶から消えてしまった。いや、初めからその事実はなかったようにさえ思える。

 

しかし、“何”を言われたか。それだけは鮮明に心に残り、彼の心の深い場所に根付く。

 

 

過ぎ去った嵐の後、暫くの凪が訪れる。

 

 

嵐が呼んだ僅かな歪みは、徐々に大きくなり、眠っていた“絶望”を現世に呼び出す。

 

“絶望”が現れれば、そこに光は残らない。

訪れるは、脚本通りで抗うことのできない

 

 

 

バッドエンドのみ_____

 

 

 

「さぁ、舞台と役者は仕上がりました。間もなくご覧頂きましょう、この物語の“約束されたバッドエンド”を」

 

 




色々詰め込みました…過去編も、次回完結…の予定です。終わるかな…?
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