最低限のルールくらいは守りましょう。社会を盾に酒を強要する先輩なんて、尊敬する価値ナシです。適当にあしらいましょう。未成年飲酒、喫煙、ダメ、ゼッタイ。
今回は合宿編、やっと夏っぽいイベントです。割と長くなったのでご了承ください。今回はμ’s陣営(ほぼ)オールキャストでお送りします!
8/23
「暑い…」
「そうだねえ…」
夏休みも終盤に差し掛かるが、暑さは増すばかり。
今日も今日とて炎天下。そんな日々に、にこと穂乃果は悲鳴を上げていた。
「てゆーかバカじゃないの!この暑さで練習とか!」
「情けねぇぞアホにこ。ライブの予定も迫ってんだ、つべこべ言わずに動け」
「アラシの言う通り。早くレッスン始めるわよ」
流石はμ’sストイック2トップ。にこと穂乃果は全力で反対している顔だったが、かたや花陽はその雰囲気に委縮してしまっていた。
「花陽…これからは先輩も後輩もないんだから…ね?」
「…はい」
絵里が加入してから色々あったが、やはり花陽の中ではアラシと絵里はまだ“先輩”なのだろう。どこか一線を引いている印象がある。特に絵里は生徒会長として対立していた頃が記憶に新しい。
「そうだ!合宿しようよ!!」
そんな中、唐突に穂乃果が提案する。とにかく、この暑い中、少しでも楽しみを見つけようと必死なのだ。
「合宿かぁ~凜も行きたいにゃ!」
「確かに面白そうやん。こう炎天下での練習が続くと体もキツいし」
「そうそう!それに、もう夏休みが終わるのに私たち全然遊んでないんだよ!」
「遊ぶ気ですか」
「えー…僕は却下。暑いし、とても外出する気にはならないなぁ」
割と賛同が多いが、永斗は首を横に振る。本心はエアコン効いた部屋でアイス食いながらゲームがしたいと叫んでいるような男だ。合宿なんてもってのほか。論外である。
「でも、どこへ?」
花陽がその場所を尋ねる。
穂乃果は飛び上がるようなテンションで言った。
「海だよ!夏だもん!」
「海!?マジ!?行く!!」
「さっき反対してた奴どこ行った!」
毎度、永斗の手のひら返しの早さには舌を巻く。海と聞いた瞬間にこのテンションの上りよう。間違いなく何か企んでいる。
「費用はどうするのです?」
「それは…」
海未に痛い所を突かれ、穂乃果は目を逸らす。合宿できるほどの部費は無い。そうなれば…
「…ことりちゃん、バイト代いつ入るの?」
「ええぇぇぇぇっ?」
「ことりをあてにするつもりだったのですか?」
「じゃあ、アラシ君!この間の事件の報酬とか…ね?」
「全額壁の借金に充てた」
「そんなぁ~…」
壁の借金というのは、プリディクション戦で破壊した学校の壁、あとはユニコーン戦でも破壊した壁の弁償代である。ファングの討伐、エクスティンクトの撃破で理事長がくれた報酬も、ほぼ消えた。
「あ、そうだ!真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない!?」
「アホか。いくら金持ちでも別荘なんて…」
「あるけど」
「あるのね」
一人階段の方にいて、話の輪に入ってなかった真姫が答えた。
「え、本当!?真姫ちゃん、おねがーいっ!」
「ちょ…なんでそうなるのよ!」
それを聞いた穂乃果は嬉しそうに、というかエサを見つけた猫みたいに真姫に近寄り、抱き着いて頬をすり合わせる。
真姫は恥ずかしがって引き離そうとするも、穂乃果はしつこい。許諾を得るまで離さないつもりだ。
「そうよ、いきなり押し掛けるわけにはいかないわ」
「絵里の言う通りだ。確かに“デカいライブ”も控えてるから、合宿はしておきたいが…真姫ばっかりに頼るのも迷惑だろう」
アラシの一言に、真姫の耳が動いた。
「…アラシ先輩は、合宿したいの?」
「ん?まぁ、出来るんだったらな。真姫が力を貸してくれるんなら助かるが」
落ちつけ。思考を整理しよう。
珍しくアラシが“真姫一人”の力を頼っている。そして、アラシも来るなら必然的に一つ屋根の下で……
「……仕方ないわね。聞いてみるわ」
仕方なくにしては結構嬉しそうに答えた真姫に、一同は大喜び。絵里もなんだかんだ笑っている。
「急にどうしたんだ、真姫のやつ」
「やるやん!さすがアラシ君プレイボーイ!」
「グッジョブ鈍感」
希と永斗に背中を叩かれ、余計に訳が分からないアラシ。
「…そうだ。これを機に、やってしまった方がいいかもね」
喜ぶメンバーたちを尻目に、絵里はそう呟くのだった。
________________
その日の夜。西木野邸。
「~♪~♪~♪」
鼻歌を歌いながら支度をする真姫。両親から許可を貰い、海沿いの別荘を2泊3日借りることに成功した。これで合宿ができる。
自分でもここまで上機嫌な理由は謎だが、アラシと仲良くなりたいと思っていたのは自覚している。これを機に距離を縮められるかもしれない。
「どうした、えらく機嫌がいいじゃないか。お前が鼻歌なんて一か月ぶりだぞ」
「私の部屋に近寄らないでって言ってるでしょ、一輝」
厳重に閉じた部屋の扉越しに聞こえるのは、真姫の兄、西木野一輝の声。
「で、何かいいことでもあったか?」
「別に。明日からμ’sで合宿するのよ。だから別荘を借りろって言われて、ホントいい迷惑」
「ふっ。その割には、結構楽しそうだぞ」
「何言ってんのよ」
つい最近まで友達もいなかった真姫が…と一輝は感傷に浸る。前に話した花陽も、勉強合宿で会った子たちも、みんないい子だった。いい友達を持ったと思うと、兄である自分も誇らしくなる。
「じゃあ明日から、あの9人で合宿か。いいじゃないか」
「あとは永斗と瞬樹、クロにアラシ先輩を入れて13人ね」
「は?」
___________
翌日、東京駅。
「先輩禁止!?」
「前からちょっと気になっていたの。先輩後輩はもちろん大事だけど、踊っているときにそういう事気にしちゃダメだから」
まだ数名来ていないが、μ’sの9人が揃ったところで、絵里が提案したのは「先輩禁止」だった。
「そうですね、私も3年生に合わせてしまう所がありますし…」
「そんな気遣い全く感じないんだけど?」
海未の言葉に反応する、一応3年生であるにこ。
そこに喰いつくのは、無自覚辛辣娘こと凜だった。
「それは、にこ先輩が上級生って感じじゃないからにゃ」
「上級生じゃなきゃ、何だっていうのよ!」
凜は一瞬考え、にこやかに。
「後輩?」
「小学生」
「ていうか子供?」
「マスコットかと思っとった」
凜の一撃に続き、アラシ、穂乃果、希の言葉の槍がにこに突き刺さる。出発前にして既に瀕死状態に。
「それじゃあ、早速今から始めるわよ?穂乃果」
「は…はい、いいと思います!え…え…絵里ちゃん!」
不意打ちに思わず敬語が出てしまったが、なんとか名前は先輩を付けずに呼べた。
しかし、やはり怖いのか、つい顔を下にしてしまう。恐る恐る穂乃果は絵里の顔を見るが…
「うん」
笑顔で答えてくれて、穂乃果の緊張が一気に解ける。大丈夫だとは思っていても、やはり緊張してしまう。
「じゃあ凜も!えっと…ことり……ちゃん?」
「はいっ。よろしくね、凜ちゃん♪」
「じゃあ次は、アラシく…」
「あ?」
ことりを呼ぶ所までは良かった凜だったが、アラシの名前を呼ぼうと顔を見ると、なんというか威圧感が凄い。野性的本能で怯えてしまう。
凜は永斗を連れ、チョコチョコと駆け足で少し離れた場所に。そこで永斗に小声で囁く。
「永斗くん、アラシ先輩すっごい怖いんだけど!永斗くんはどんな気持ちで呼び捨てしてるの!?」
「あの悪人の目つきを見るからダメなんだよ。目を見ずに、野良犬に名前つけて呼ぶ感覚で」
永斗のアドバイスを受け、凜は深呼吸。
言われた通り目を極力見ず、できるだけ気軽に……
「…アラシくん」
「…おぉ」
「やった!言えたにゃ!」
「頑張ったね、凜ちゃん」
「何か分かんねぇけど、失礼なこと言われたのはよーく分かった」
喜び合う凜と永斗を片目に置きながら、アラシは改めて思い返す。
「そういや、俺は別に誰にも敬語使ってなかったな」
「アンタはもう少し敬意ってのを覚えなさい」
「チビは論外」
「何よ!!」
相変わらずギャーギャー仲良さそうに喧嘩する2人。
真姫はそんな2人を見ながら考えていた。
先輩禁止ということは、アラシを呼び捨てで、タメ口で呼ぶことになる。他のメンバーはともかく、アラシには一貫して敬語を使ってきた真姫にとって、少しハードルが高い。それどころか、小中と友人関係がそこまで広くなかったため、他のメンバーを名前で呼ぶのも難しいかもしれない。
(ベ…別に、わざわざ呼んだりするもんじゃないわ)
真姫が心でそう割り切ったところで、まだ来ていなかった瞬樹と烈が到着した。
「竜騎士推参!いや、海に行く俺は海王神ポセイドンの恩恵を受ける…海竜騎士だッ!これからは俺の事を、海竜騎士シュバルツ=アクアと呼べ!」
「遅くなりました。この馬鹿が楽しみで眠れないとかで、結局寝坊したもので。それにしても、ボクまで誘ったのはどういう…」
「クロもμ’sの仲間だもん!あんまり遊んだことなかったから、一緒に楽しみたいなーって!」
穂乃果の返答に目を丸くする烈。仲間と認定されているのに驚いたのだが、相変わらず顔には出さない。
「そうですか。ありがとうございます高坂さん」
「もー、先輩禁止なんだからクロも名前で呼んでよ~!」
「先輩禁止というのは知りませんが、園田さんと同じく、ボクのは口調です。気にしないでください」
そう言われて、穂乃果は仕方なく引き下がる。
全く変化しない、その中性的で端正な顔立ちを見つめながら、希は何か企むように笑った。
「これで全員揃ったわね。では改めて、これから合宿に出発します!
部長の矢澤さんから一言」
「えっ…にこ!?」
てっきり絵里が音頭を取ると思っていたにこは、不意打ちを喰らって困惑。ほぼ全員忘れかけていたが、アイドル研究部の部長は矢澤にこ名義だった。
周りの雰囲気に押され、輪の中心に立つにこだが、言葉が出てこない。
焦る気持ちの中、なんとか捻り出した言葉は…
「しゅ…しゅっぱ~つ……」
「え、それだけ?」
「部長辞めろ無能」
「考えてなかったのよ!あとアラシ、アンタいつか覚えてなさいよ!!」
____________
電車に乗る事数時間。一同はやっと合宿場所の別荘に到着したのだが…
「でっか」
アラシの口から出てきたのはその一言だけだった。
想像を余裕で越える大きさ。別荘ってもっと慎ましやかなものかと思っていたが、切風探偵事務所の倍はある。
「凄いよ真姫ちゃん!」
「さすがお金持ちにゃー!」
「そう?普通でしょ」
そんな会話を交わしながら、ウキウキで別荘に入るメンバー。
にこだけは悔しそうに別荘を睨みつけ、アラシはそのスケールに口を開けて立ち尽くしていた。
そう。その時は気付かなかった。気付くべきだったのだ。
ここが、“西木野家の別荘”だということに。
「こことーった!」
海未、穂乃果、凜は真っ先に寝室に。穂乃果はベッドを見かけるや躊躇なくダイブし、ゴロゴロと体を転がす。何人用のベッドなのか、かなり広い。それに感動さえ覚えるフカフカ感。流石は西木野家、最高級品であることは想像に難くない。
それに続き、凜もベッドに。
「じゃあ凜はここ!海未先輩も早く取った方が……あっ」
「やり直しですね」
「うん、海未ちゃん、穂乃果ちゃんっ!」
やはりまだ慣れないらしい。
一方、穂乃果は既にベッドの上で眠りに落ちていた。
真姫、ことり、にこ、永斗はキッチンに。
「料理人!?」
「そんなに驚くこと?」
真姫の口から出てきたパワーワードに、驚愕を隠せないにこ。キッチンの広さと設備の充実さにも驚いたのに、さらに普段は料理人がいるという。どこまでお嬢様なのだろうか。
「驚くよ~、そんな人が家にいるなんて…凄いよね?」
「いや、ウチにもいますよ料理人」
永斗の言う料理人とは、ひょっとしなくてもアラシの事だが、それを知らないにこは更に対抗心を燃やして、よく分からないことを言い出した。
「へ…へぇ~、そうだったんだ~!実はにこん家も料理人いるのよね~。だからにこー、料理とか全然やったことなくて~」
明らかな虚言にも素直に感心することり。永斗はそんな彼女に少し頭が痛くなる。
「やっぱ、少しは疑うことくらい覚えた方がいいですって、ことり先輩」
「先輩禁止♪」
「…ことりちゃん。あー怖、面倒くさい…」
また、絵里、希はリビングに。
「ここなら練習もできそうね」
「そうやね。でもせっかくなんやし、外の方がええんやない?」
「海に来たとはいえ、あまり大きな音を出すのも迷惑でしょう?」
「もしかして、歌の練習もするつもり?」
「もちろん!ラブライブ出場枠が決定するまで、あと一か月もないんだもの」
相当やる気になっているのが伺える。絵里も、もうすっかりμ’sの一員だ。
ただ、希には気になる事が一つ…
「それで、花陽ちゃんはどうしてそんな端っこにおるん?」
花陽は観葉植物の陰に、スマホを持って隠れていた。
「なんか…広いと落ち着かなくって…」
「少しは羽目を外したっていいのよ?ただ、やりすぎるとあぁなるから注意ね」
絵里は苦笑いしながら、窓の外の光景を
到着と同時にはしゃぎ回り、烈によって砂浜に埋められた自称海竜騎士を指さした。
最後はアラシ。少し遅れて別荘に入り、その設備に何度も驚く。なんかもうここに住みたいくらいだった。いや、本当にいいなら、迷わずあのボロ事務所を捨てる自信はあった。
ひとしきり見終わると、アラシはもう一つの寝室の扉を開けた。
そして、驚愕の光景を目の当たりにすることとなる。
「おわあぁぁぁぁぁぁッ!!??」
アラシの断末魔で、埋まっていた瞬樹以外が集結する。アラシが指さす先に注目する一同。真姫は真っ先に顔を真っ赤にして叫んだ。
「なんでいるのよ、一輝!!」
そこにいたのは言わずと知れた変態シスコン兄貴、西木野一輝。彼はベッドの上で得意げに佇んでいる。
「何でとは心外だな。西木野の人間なら当然、この別荘の鍵も持っている。君らより先回りして待っていたのさ」
「何でってそういうことじゃねぇんだよ、お前はお呼びじゃねぇんだ変態!」
「お呼びでないのは貴様らの方だ野郎ども!女の子だけの合宿ならいざ知らず、そこに乗じて真姫と寝泊まりだと!?恥を知れ!!」
「部外者のくせにしっかり付いて来てる、お前が恥を知れ!」
「当たり前だろ!俺の目の届かないところで、絶対に好き勝手はさせん!そして俺は片時も真姫から目を離すつもりは無い!残念だったな!!」
「オイ誰かこの犯罪者予備軍を警察に突き出してくれ」
しかし、ここは一輝の別荘である以上、追い出すことはできない。
仕方なく一輝の合宿参加を認める真姫とアラシ。これで総勢14名、オールスターもいいとこだ。
_____________
「瞬樹」
「どうした永斗」
「神は3日目に海を作り、7日で世界を創造したらしいよ。なんで神様は海を作ったんだろうね」
「フッ…愚問だな。それは……
この楽園のために決まっているだろう!!」
「全くもって同意見だ」
照る日差しを一身に受け海水の水しぶきが飛び交う中、仲睦まじく遊ぶ女子たちを見て、海パンの瞬樹と海パン+浮き輪の永斗が魂の声を叫ぶ。
こうなった経緯は数十分前。
「これが!合宿での練習メニューになります!」
練習を始めるべく外に出た一同。そこで、海未とアラシが前に立ち、練習メニューを提示する。
ただ、その内容がひどかった。
ザックリ一日のスケジュールをまとめるとこんな感じ。
ランニング10㎞
腕立て腹筋20セット
精神統一
発声
ダンスレッスン
遠泳10㎞
休憩と食事と睡眠って知ってる?と突っ込みたくなる内容だ。
「なにこれ中世の拷問?」
「れっきとした練習メニューです。アラシと協力して昨日決めました」
永斗はアラシにこれまでないくらい恨みを込めた視線を送るが、アラシとて大真面目に考えたメニューであるため、全然伝わってない。
ほとんどのメンバーが絶句している中、5人は、具体的に瞬樹、穂乃果、にこ、凜、あと一輝は既に水着に着替えてスタンバイしていた。
「って……海は!?」
「…?私ですが」
「そうじゃなくて、海だよ!海水浴だよ!」
天然ボケをかます海未に、穂乃果は全力で抗議する。
一方で、他の水着たちも。
「君ら少しおかしいんじゃないのか?なぜ夏に海に来てトレーニングをする必要がある」
「一輝さんの言う通りにゃ!」
「そうよ!アンタ、暑さで頭がイカれたんじゃないの!?」
「……海が、俺を呼んでいる!」
「年中頭が沸騰してるバカとド変態に言われたくねぇんだよ。つーか海水浴ならちゃんと用意してんだろうが」
そう言ってアラシが指さしたのは、遠泳10㎞の欄。それは海水浴とはいわない。
「最近、基礎体力をつける練習が減っています。せっかくの合宿ですし、ここでミッチリやっておいた方がいいかと!」
「そうだ。今回のメニューも短期間で体力を付けられるよう、無理のない程度で設定してある」
無理ないってテメェ本気で言ってんのか?と言わんばかりの視線。無論、アラシにその自覚は無い。育て親である切風空介の「基本的に自分基準で話をする癖」に苦言を呈していたアラシだが、実のところアラシにもその性格はバッチリ継がれていた。
「さすがにこれはキツいんじゃないかしら…?」
「大丈夫です!熱いハートがあれば!」
絵里の言葉に興奮しきった顔で答える海未。常識人だと思っていた海未が陥落し、絵里は改めてこのメンバーと共に歩くことの大変さを感じた。
久しぶりに海未のやる気スイッチがぶっ壊れてる。これはまともに付き合えば普通にヤバい。
命の危険を感じた4バカ+変態兄貴は……
「逃げろー!」
全速力で海岸へとダッシュした。
ことり、花陽もそれに続く。温厚な2人も流石に付き合いきれないらしい。
「ちょっと、貴方達!」
「まぁ、仕方ないんじゃない?」
「いいんですか?絵里先輩……あ」
「禁止、って言ったでしょ?」
「すみません…」
やっぱりまだ少し抵抗がある。慣れるまではもう少しかかりそうだ。
「μ’sはこれまで部活の側面も強かったから、こうやって遊んで先輩後輩の垣根を取ることも重要な事よ」
「部活っつうか、ほぼ戦場みたいなこともしてんだけどな。本当、命知らずのバカばっかで困る」
「それはお互い様、でしょう?」
絵里にアラシは「まぁな」と答える。
すると、花陽が手を振って大きな声で何かを言っている。
「おぉーい!海未ちゃーん!絵里ちゃーん!」
…どうやら、一番意外な奴が先輩禁止に最も順応しているらしい。
結局アラシと海未も諦め、全員が海で遊ぶこととなった。
そして今に至る。
せっかくだしPV撮るぞというアラシの提案で、希にビデオカメラが渡された。よりにもよって趣向は完全にオヤジのそれである希に。大義名分のもと、女子の水着姿を撮りまくっている。
そして男子組も水着に着替え、海辺に集結した。
「想像はしていましたが…凄い身体ですね」
「ハラショー…」
「あんま見んな。恥ずかしい」
上半身を露出したアラシを見て、絵里と海未が驚いて言う。
そこまで体格は大きくないのだが、なんというか筋肉の密度が凄い。細マッチョというやつだろうか。海未は前に見たことがあるが、腕には大きい傷が残っていて、それ以外にも体中に戦いの跡が痛々しく刻まれている。
「それに比べて……」
海未はふと永斗の方に目をやる。全く日焼けしてない真っ白で真っ平な貧弱な体。浮き輪を持っていることから、泳げないことが容易に察せられる。ひどい格差だとしみじみ思う。
そんな永斗は、瞬樹、一輝と一緒に、少し離れたところで水着の女子たちを観察していた。
ちなみに一輝が毛嫌いするのはアラシのみで、瞬樹と永斗に関してはいつの間にか打ち解けており、オープンキャンパスの際にはμ’s親衛隊として共に活動するほどの間柄である。
しばらく男子3人の煩悩丸出しの会話にお付き合いください。
「どう思う士門君」
「やはりμ’sと水着の組み合わせは暴力的だね。それぞれの水着の選び方も性格が出てて、非常に可愛い」
「それな。希ちゃんや絵里ちゃんは、モノがモノだけに攻めた水着が似合いすぎててエロい」
「それを言うなら我が天使、花陽もだ。あえてその胸を強調しないワンピースタイプの水着が、殺したエロさを補って余りある可愛さを生み出している。いやもう逆にエロい」
「かよちゃんそんなにバストサイズ大きかったっけ?」
「希、絵里に続いて3番目だ」
「マジか、ことり先輩かと思ってた。でも凜ちゃんも良いよね。貧相めなボディにも関わらず勝負するようなビキニタイプ。萌える」
「しかし、やっぱ一番は真姫だな。見ろあのスタイル、一年生とは思えないほどに完成されている。横に並んでるにこちゃんと比べても、足の長さが顕著だ。さらに、真姫のヒップサイズはμ’sでもトップクラスと見た。もはや芸術品と言ってもいいだろう」
「地味に穂乃果もスタイルのバランスがいいな。我が天使には及ばんが。それにしても海未は他に水着なかったのか?真っ白はないだろう」
「バッカ、そこがいいんじゃん。分かってないね瞬樹は」
「最低ですね」
「最低にゃ」
「最低ね」
下劣な会話に海未、凜、絵里が汚物を見る目で言い放つ。
もうアレは放っておいて遊ぼうという事になり、人を集めるのだが
「真姫ちゃん遊ばないの?」
「私はやらない」
穂乃果の誘いを断り、真姫はパラソルの下で本を読んでいる。
そんな真姫を見て絵里はやれやれと言うような表情を浮かべた。
そんな絵里を見て、希もまた笑うのだった。
そしてあと一人、真姫の他にもいない人物が。
「今日は有用なデータは取れそうにないですね」
麦わら帽子とビーチサンダル、半そで半ズボンの上に赤い半そでパーカーを羽織った烈。
遊んでいる一同から離れ、その手に謎の装置を握らせていた。
その装置は黒い箱のような物で、メモリより一回り大きく、端子は見えない。形は直方体というより、正面から見ると六角形の形状をしており、天面にはスイッチのような物が。
その時、背後に気配を感じ、思わず仕舞っているキルメモリを構える。
しかし、すぐにそれは杞憂だと分かった。
「ここにいたのですか、クロ」
「園田さん。どうしたんですか?」
岩陰から現れたのは海未だった。烈は表情を変えないまま、持っていた六角形の装置を隠す。
「いえ、姿が見えなかったので気になっただけです。クロは遊ばないのですか?」
「結構ですよ。部外者のボクがいても、興が削がれるでしょう」
「そうですか。
そういうことなら、無理にでも連れていきます」
海未はそう言って、笑顔で烈の腕を掴んで引っ張っていく。相変わらず顔には出さないが、烈も内心かなり驚いていた。
「部外者なんかじゃありません!普段、あまり関わりが持てなかったからこそ、今こうやって距離を縮めるべきです!」
「諜報は士門永斗がいれば十分なはず。なぜボクと関わる必要があるんです」
「呆れました。クロはそんなことを考えて私たちに近付いたのですか!?」
そうだ。μ’sに接近したのはオリジンメモリの適合者だったから。組織からの観察対象であると同時に、利用価値があったからに過ぎない。
人との関わりは利か不利かが全て。少なくともボクはそう学んだ。
そこに余分な感情を乗せれば、失う時、奪う時に苦しくなる。それも知っているから。
失望されたか?まぁ構わない。園田海未は既にオーシャンメモリを出現されているため、利用価値は薄い。これを機に関わらないでくれるなら、行動もしやすくなるというものだ。
「貴方がそうだとしても、私たちは違います。
ですので、絶対に貴方を連れていきます。理由なんてなくたって、私たちはクロと仲良くなりたいんです!」
その時、烈の顔に初めて驚きが見えた。海未はそれにも気付かず、力強く烈を引っ張っていく。
「意外です。園田さんはもっと現実主義者かと思ってました」
「伊達に何年も穂乃果といませんよ。それに、現実主義者だって友情は大事にします」
友情。何度も利用した都合のいい言葉。最も広く使われる嘘。
今更そこに何の感情も湧かない。しかし、海未のその言葉には、嘘が見えなかった。
「少しだけ付き合いましょう」
やはり感情を含まない声で、烈はそう答えた。
その後、真姫以外の13人でビーチバレー、スイカ割りを満喫し、数時間後に別荘へと戻った。
___________
かなり遊んだため、もう夜だ。そろそろ夕飯の支度をする必要がある。
しかし、買い出しに行こうにもスーパーは遠くにある一件のみ。場所が分かる真姫が立候補したのだが…
「おぉ~きれいな夕日やね!」
「どういうつもり?」
「別に。たまにはえぇやろ?こんな組み合わせも」
車が通っていない夕日の道を歩きながら、希が言った。
そう、希もなぜか真姫について行ったのだ。真姫は半ば呆れた顔で希について行く。前から思っていたが、彼女は何を考えているのか読めない。
「それに、真姫ちゃんは面倒なタイプやなーって。
本当は皆と仲良くしたいのに、なかなか素直になれない」
「私は別に…普通にしてるだけで…」
「そうそう。そうやって素直になれないんよね?」
図星だという事は自分で分かっている。
前からそうだったが、最近では特にだ。他人とどう接していいのかが分からない。躊躇う必要も、怖がる必要も無いはずなのに…
一輝に対してだってそうだ。別に病院を継がなきゃいけなくなったことを恨んではない。だが、その才能を捨てるように学校を辞めたときは、真姫は一輝を一方的に嫌った。
あんなのでも、たった一人の兄だ。嫌いっぱなしでいたくはない。
μ’sの皆とも、一輝とも、アラシとも、もっと近づきたい。
だが、距離を詰めようとするほど、逆に遠くへ逃げてしまう。そんな悪癖が彼女を悩ませる。
「どうして私に絡むの?」
まただ。なんでこうやって…
そんな真姫を見た希は、優しく笑う。
「放っておけないのよ。よく知ってるから、貴方みたいなタイプ」
「意味わかんない…」
___________
「アンタ、玉ねぎの切り方雑なのよ!もっと細かく切れないの!?」
「お前こそ下ごしらえが雑なんだよ!これじゃ肉の臭みが抜けねぇだろうが!!」
真姫と希が帰り食材を渡すと、キッチンは瞬く間に戦場と化した。
ことりが料理当番だったのだが、あまり良くない手際を見かねたにこが半ば強引に交代。それを知ってムキになったアラシがそこに乱入し、2人で戦争の如く料理を作っているという光景が生まれてしまった。
その数十分後。
『おぉ~!』
出来上がった料理が机に並び、一同から歓声が上がる。
メインはカレーライス。そこにサラダと、にこが作ったコーンポタージュと、アラシが作ったミルフィーユが並んでいる。
「何でかよちゃんは茶碗にご飯なの?」
「気にしないでください」
「あ、そう」
永斗は深く考えないことにした。
いただきますをし、食事が始まる。まずはカレーを口にした穂乃果と凜が、歓喜の声を上げる。
「おいしいにゃ!」
「ホントだ!にこちゃんもアラシ君も、料理上手なんだね!」
「ふっふ~ん!」
「ドヤ顔してんじゃねぇ。スパイスを増やし過ぎなんだよ、旨味が死んでる」
「アンタこそリンゴと蜂蜜って、デザート作ってんじゃないのよ!?」
「カレーにリンゴと蜂蜜は常識だろうが!」
また喧嘩を始める二人。恐らく調理中ずっとこんなだったのだろう。
それでも味が纏まってるカレーを口に入れるたびに、このカレーが奇跡のようにさえ思えてしまう。
「このコーンポタージュいけるやん!コクが普通のとは段違い!」
「明日の味噌汁用の白味噌を入れてあるわ。これでグッと濃厚になるのよね」
「このミルフィーユは?パイシートもクリームも買った覚えないけど」
「いい質問だ真姫。そいつは生地の代わりに油揚げを使ってる。カスタードは持ってきたプリンで、生クリームは牛乳とバターで作った、いわば即席デザートってやつだ」
ドヤ顔で言った後、2人はまたお互いの顔を睨みつける。対抗心が目に見えるほど燃え盛っている。
アラシはコーンポタージュを、にこはミルフィーユを口に入れると、また激しく睨みあう。どうやら美味しかったようだ。
「でも、そういえばにこちゃん。お昼に“料理なんてしたことなーい”って言ってなかった?」
純真無垢なことりの疑問で、にこの表情が固まる。永斗は「聞くな」と目でサインを送るが、まぁ届いてない。
「言ってたわよ。いつも料理人が作ってくれるって」
真姫の言葉がさらに追い打ちをかける。見え張って自分でバラすという自爆。万事休すのにこが取った行動は……
「いやーん!にこ、こんな重いもの持てない~!」
「……」
スプーンを重そうに持てるって逆に凄いなー、くらいの感想しか出てこない行動に、全員沈黙。
あの瞬樹ですら言葉を失っている。
「これからのアイドルは、料理の一つや二つ出来ないと生き残れないのよ!」
「開き直った!?」
_____________
「はぁ~食べた食べた!」
「いきなり横になると牛になりますよ」
「もぉ~お母さんみたいなこと言わないでよ~!」
「牛になる…だと…?それはどんな転生魔術だ!?」
「園田さん、バカが本気にするのでやめてください」
「貴様…ちょっと料理が出来るからって真姫に認められると思うなよ。
ミルフィーユをもう一皿寄越せ」
「もうねぇよ。いくつ食う気だお前は」
食事も終わり満腹になったところで、空気がダラけ始める。日が落ちたばかりではあるが、テンションは深夜のものへと変わりつつあった。
「よーし、これから花火するにゃ!」
「その前に、ご飯の後片付けしなきゃダメだよ」
「それに、花火よりも練習です」
「え、これから?」
海未が発した言葉で、にこと凜の顔が引きつる。
もう遅いし、今から海未がスイッチを入れれば、朝までなんて話も否定できない。
「当然です。昼間あんなに遊んでしまったのですから」
「そうだ。貴重な合宿を既に半日も失ったんだぞ?今からでも遅くない、練習だ」
アラシも便乗し、いよいよ練習する空気になってきた。永斗も「いや遅いでしょ」というツッコミを思わずかみ殺してしまう。
ただ、穂乃果はというと…
「ゆきほ~お茶まだ~?」
「家ですか!」
ソファで寝そべったまま何か言ってる。
もう半分寝ている状態、いやもう寝てるのだろう。普段どれだけだらしのない生活をしているのか目に浮かぶような寝言だ。
「じゃ、私は食器片づけたら寝るわね」
「え!?真姫ちゃんも一緒にやろうよ、花火!」
「いえ、練習があります」
「本気…?」
「本気だ」
「えー、花火やろうよ!永斗くんとかよちんはどう?」
「そろそろ見たいアニメが始まるんですが」
「わ…私はお風呂に…」
「意見増やしてどうすんのよ!」
「ゆきほ~おちゃ~」
各々の意見が錯綜し、いよいよ収拾がつかなくなってきた。
いつもはまとめる役のアラシと海未は完全に練習サイド、絵里もどうまとめていいか戸惑っている。瞬樹は寝始めた。
そんなカオスの中、口を開いたのは希だった。
「じゃあ今日はみんなもう寝よっか。みんな疲れてるだろうし、練習は明日の早朝。花火は明日の夜することにするってのはどう?」
「そっか、それでもいいにゃ」
「確かに、そちらの方が練習も効率がいいかもしれませんね」
「アラシ君は?」
「しゃーねぇ。でも今日一日サボった分…明日は覚悟しとけよ?」
アラシのガチな目線に、にこと凜、永斗は恐怖をも覚える。これ明日地獄だろうな…と思うと急に気が重くなる。
一方穂乃果は、空気を読まずひたすら「おちゃ~」と寝言を連呼するのだった。
_______________
その後は女子組が先に風呂に入ることとなり、男子組は部屋に布団を敷き、待機していた。
烈は後で風呂に入るとだけ言い残しどこかへ行ってしまったが、残された男子にとって、そんなことは些事以外の何物でもなかった。
話を切り出したのは、一輝だった。
「たった今、アイドルの女子たちと神可愛い俺の妹が風呂に入った。一糸纏わぬ姿で…だ。何が言いたいか分かるか?」
その瞬間、アニメを見ていた永斗も、寝ていた瞬樹も一輝と目を合わせる。
しかし、アラシだけは察したように冷ややかな視線を送る。
「何言ってんだお前…そろそろガチで通報するぞ?」
「貴様こそ何を言っている。いいか?普段は真姫が風呂に入っていても、俺は鋼の精神で出来るだけ風呂場には近寄らないようにしてる。だがしかし!今は合宿だ。状況的には修学旅行と同義。そして修学旅行といえば…
覗きだ」
「カッコつけてるとこ悪いが、普通に犯罪だからな」
「そう、覗きは立派な犯罪。断固として許されるものじゃない」
そう言って立ち上がったのは永斗だ。そんな相棒の姿を見て、アラシは少し安心する。コイツにも探偵としての自覚が芽生えたのか…
「だが、こんな言葉がある。“バレなきゃ犯罪じゃない”と」
「お前を信じた俺がバカだった!」
「止めないでアラシ。僕だって男の端くれ、男にはやらなきゃいけない時がある!」
「それは絶対今じゃねぇよ!
オイ、瞬樹もじゃねぇだろうな?仮にも騎士を名乗っといて、そんな事する訳が…」
「フッ…俺は騎士道を歩む者、竜騎士シュバルツ。そして…
俺の騎士道的には全然オッケーです!」
「今すぐ捨てろ、そんな騎士道!」
こうして、μ’s親衛隊3人による、覗きチームが発足してしまった。
「本来なら、俺以外の男に真姫の身体を見せるわけにはいかない。
でも、今回は危険なミッション。君らの力が必要となる。背に腹は代えられない」
「今は力を合わせよう。全ては桃源郷にたどり着くために」
「ワンフォーオール・オールフォーワン…だな」
「状況確認をする。まず、ここの風呂は露天風呂。柵は2m弱。高さは大したことないが、正面入り口以外からは外側の崖を上るしかない。こんなこともあろうかと、既にルートは決めている」
「さすがは隊長。でも柵が2mってことは気付かれやすくもある。刺し違え覚悟でも見れるのは数秒…」
「ならば俺が我がエデンドライバーで穴を穿とう。そっちの方が危険は少ないはずだ」
「最初に僕が穴をあけるポイントを探そう。デンデンセンサーで人の位置なら把握できるはずだよ」
いつも以上に真剣な作戦会議。アラシはもうツッコミを放棄した。
ちなみにデンデンセンサーはこれが初出である。史上最悪の登場と言ってもいい気がする。
もはや視線すら合わせないアラシに、永斗が一言。
「アラシはいいの?」
「お前らと一緒にすんな。興味ねぇよ」
そっけなく言うアラシだが、それを聞いた3人は本気で心配するような表情を浮かべる。信じられない、それでも男か、という言葉が聞こえてくるようだ。
「貴様、真姫の可愛さにも動じないから薄々思ってはいたが…コッチか?」
「シバくぞ?」
「という事はアラシ貴様……行ったのか?神の領域に…」
「瞬樹、それはない。だってアラシだよ?こんな笑っちゃうほど鈍感&デリカシーレスがそんな…エロ同人じゃあるまいし」
そんなことを言って爆笑していた3人は、アラシによって部屋から蹴って追い出された。
そして外に出た3人は、露天風呂がある崖の下に。
茂みがあるため、落ちても大丈夫そうだが…見てみると思ったよりも高い。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない!
「行くぞ!」
「「了解!」」
3人は崖を上り始める。凹凸が多く、上りやすくはある。運動能力が高い一輝は、μ’s親衛隊隊長の威厳を見せるかの如くスピードを上げて上り続ける。
そして、その手がもうすぐ頂上に、ヴァルハラにかかりそうになった時、柵の内側から会話が聞こえ始めた。
「明日は練習しますよ?」
「わかってるって~」
この声は海未と穂乃果。風呂から聞こえる女子の声の破壊力が思いのほか強く、一輝に顔面パンチのような衝撃が走る。一輝は文武両道のイケメンでモテてはいたのだが、当然妹一筋。よって、しっかり童貞である。童貞にこのシチュエーションは暴力的だ。
だが耐えた。全ては愛する妹の姿をこの目に焼き付けるため……
「あれ?真姫ちゃん、また胸が大きくなったんとちゃう?ウチがチェックしてあげよっか!」
「ちょ…なにやってんのよ!?あ…ダメ……だからやめてって…あっ…ん…」
それはどれほどのダメージだっただろうか。
きっとそれはパンチだとかキックだとか、想像の範疇にあるような代物ではなかったのだろう。
彼は後にこう語ったという。「高速ジェット機に轢かれたかと思った」と。
「「隊長ぉぉぉぉぉぉッ!!」」
一輝は衝撃に耐えきれず、崖から落下。
その真下を上っていた瞬樹と永斗。瞬樹は持ち前の反射神経で落下する一輝を避ける。
しかし、永斗にそんなもの備わっているはずがなく……
「永斗ぉぉぉぉぉぉッ!!」
一輝に激突した永斗、体力の限界だったこともありその手は簡単に離れ、一輝と共に自由落下していった。
2人の姿は闇の中に消え、残されたのは瞬樹のみ。
瞬樹は固く誓う。死んだ友の分まで、その光景をしかと見届けると!あわよくば主に花陽を!
「絶対にたどり着いて見せる…我が騎士道にかけて!」
そして、その手が頂上に届いた。
湯気が楽園の存在を示し、その中には柵の影が見える。あの先が切望した楽園…瞬樹は手に力を入れ、ビシッという音が…
「ん?ビシッ?」
湯気で見えなかったが、瞬樹の両手がかかっている岩にナイフが突き刺さっている。そこからヒビは広がり、あっという間に崩壊。そして当然、瞬樹は掴む場所を失い…
「嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!?」
勢いよく落下していった。
湯気の中からは、ナイフを構えた烈の姿が。
「こんなことだろうと思いましたよ」
たまたま近くを通っていた所、3人が崖を上っているのを目撃した烈によって、覗きは未然に防がれたのだった。
_____________
「「「「「最低」」」」」
「もっと言ってやれ。一生の傷になるくらい言ってやれ」
崖の下で捕らえられた3人は、縄でまとめて縛られた後、「私は覗きをしました」という張り紙を張られて廊下に放置され、海未、凜、絵里、真姫、にこによる言葉の袋叩きを受けていた。
「オイ、話し合った結果、お前らは一晩中このまま放置だと。じっくり反省しろ」
「貴様…ふざけるな!せっかくの合法的に真姫と一緒に寝るチャンスを……!」
「ノリノリで違法行為に手を染めた奴が言うな」
無慈悲にもアラシによって扉は閉められた。
やれやれといった感じで布団の方に目をやると、穂乃果、凜、にこの3バカが布団の上で転がって遊んでいる。
そこに、真姫が苦言を呈する。
「どうして皆同じ部屋じゃなきゃいけないのよ?」
他にもベッドのある寝室があるのにと言いたげな真姫に、絵里は「合宿だからね」と返す。
一方でアラシは部屋を出ようとしていた。絵里はそんなアラシに声を掛ける。
「アラシ、どこ行くの?」
「俺は2階で寝る。ベッドなんてそう使えるもんじゃねぇしな」
そのまま、そそくさとアラシは階段を上っていってしまった。
恐らくだが、アラシの頭に女子だ男子だの思考は無かっただろうし、本当にベッドで寝たかっただけだろう。そういう所はやはりアラシらしい。
布団も敷き終わり、女子9人だけが部屋に横たわっている。
電気も消え、全員が眠りに落ちたかと思われた頃…
「ことりちゃん、起きてる?」
「どうしたの?穂乃果ちゃん」
ヒソヒソ声でそんな会話が始まった。
「なんだか眠れなくって…」
「そうやって話してたらもっと眠れないわよ」
「ご…ごめんなさい」
「海未を見なさい。もう寝てる」
絵里の注意の後に海未を見ると、とても行儀の良い姿勢で理想的なほど静かに眠っていた。
すると今度は希が。
「真姫ちゃん、寝ちゃった?」
「…何よ」
「本当にそっくりやね」
「何なの?さっきから」
「ふふ、別に?あ、そうや!
せっかく男の子が誰もいないんやし、恋バナでもする?」
思わぬ展開に、驚いた真姫が顔を赤くして起き上がる。
他のメンバーも同様に興味があるのか、目を開けて真姫を見る。ただし、にこはうつ伏せのままで、海未は相変わらず熟睡している。
「希…明日はちゃんと朝から練習するんだから」
「まぁまぁ、えりちも一緒に。“彼”の話とかしたら盛り上がるんやない?」
「小学生の時の話っていったでしょう?いいから早く寝なさい」
若干テンションが上がってしまったが、仕方なく全員が再び目を閉じた。
しばらくし、皆が眠りに落ちたと思われた頃…
パリッ
こんな音がした。
「ちょ…今の何の音!?」
「私じゃないです」
「凜でもないよ!」
仕方なく電気を付けると、穂乃果がセンベイの袋を開け、布団の中で食べていた。
急に電気が点いて驚いたせいか、センベイをのどに詰まらせ、トントンと胸を叩く。
「いや~何か食べたら眠れるかな~って」
「…もー、いい加減にしなさいよ!寝れないじゃないの!」
そう言って、うつ伏せだったにこが起き上がる。
そして、その顔を見た一同は驚いた…というより恐怖した。
「な…何よ、それ…」
「美容法だけど?」
「ハラショー…」
にこの顔には緑の美容パック。ここまではまだいいのだ。
問題はその上に、何故か薄切りのキュウリが貼ってあるというところだ。敢えて言うとすれば、それは…
「キュウリの妖怪にゃ!」
「誰が妖怪よ!」
凛の発言に噛みつくにこ。
そこに突然枕が飛んできて、にこの顔面にヒット。張り付いていたキュウリも散ってしまう。
枕が飛んできた先には…
「真姫ちゃん何するのー!」
「えっ!?何言ってるの!?」
一同の視線が真姫に集まる。確かに枕は真姫の方から飛んできた。希もいるのでお察しではあるが。
一方でにこは真姫の仕業だと思っているようで、パックと怒りで本当に妖怪みたいな顔になっている。
「いくらうるさいからって、そんなことしちゃダメ…よっと!」
そう言って希が放った枕は、今度は凛にヒット。
「何する…にゃっ!」
「ほぶっ!よぉーし…えいっ!」
凛は穂乃果に、穂乃果は真姫に枕を投げつけ、枕は真姫の顔にヒット。
「投げ返さないのー?」
「貴方ねぇー…!」
真姫は希に文句を言いたげな視線を送るが、枕は予想外の方向から真姫の顔に再び当たった。
意外にも、そこにはイタズラな笑顔を見せる絵里の姿が。
この空気、真姫以外は完全にスイッチが入っている。信じていた絵里にも裏切られた気分だし、自分一人だけ体裁を保っているのもバカらしくなってくる。
そして、ついに真姫にも火が付いた。
「んもぉ!いいわよ!やってやろうじゃない!」
こうしてμ’sによる、仁義なき枕投げ大会が始まった。
真姫が放った枕は凜へ。しかし、難なく躱され、何故かまたにこに当たった。
今度は凜が投げると、その枕はことりの方向へ。しかし
「パス♪」
「おぶっ!」
ことりの枕の盾が攻撃を反射し、穂乃果に直撃してしまった。
一方で真姫は絵里と希に挟まれており、四面楚歌の状態。
同時に投げられた枕。逃げ場はない。
だが、真姫は瞬間的に思考する。こんな時にアラシならどう動くか…
「えいっ!」
答えは簡単。しゃがんで両方の攻撃を避け、その一瞬の隙にカウンターを仕掛ける。
がしかし、避けた後に放った枕は希には届かない。
「残念」
「むっ……」
こんな感じで枕投げは白熱する。部屋中を枕が行ったり来たり。時間も明日の事も全て忘れて、彼女たちは一時の遊戯に思う存分興じていた。
そんな中、誰かが投げた枕が、“彼女”にクリーンヒットしてしまった。
そう、一つだけそこに過ちがあったとすれば、皆が忘れすぎてしまっていた事。
眠れる暴君を___海未を忘れてしまっていたことだ。
「……何事ですか」
空気が凍った、いや死んだ。一寸の生気も感じさせない佇まいで、海未が立ち上がった瞬間、そこにいる全ての者は死をも覚悟した。
「どういうことですか……?」
「いや…その…違うの!狙って当てたわけじゃ…」
どうやら当てたのは真姫だったらしいが、そんなことはどうでもよかった。
いつになく焦っている真姫も分かっている。弁明は最早、無意味であると。
「明日、早朝から練習と言いましたよね……?」
「確か海未ちゃん…寝てるときに起こされると、ものすごく機嫌が…」
ことりがそんな事を口にした刹那、物凄い風圧と共に枕が飛んで行った。分かりやすく形容するならば、銃弾あたりが妥当だろう。枕はたまたま起き上がったにこに直撃。今度は本当にノックアウトしてしまった。
機嫌が悪いとかいうレベルじゃないだろう、なんてツッコミを心に抱きながらも、圧倒的な恐怖のオーラを漂わせる海未を見る。
そこには悪魔が…いや、魔王がいた。一方的な殺戮を好む魔王がいた。
「ふふふ…覚悟はいいですね……?」
「どうしよう穂乃果ちゃん!」
「生き残るには…戦うしかへぶっ!」
攻撃の暇も与えんとばかりに、まずは穂乃果が狩り取られた。
「ごめん海未…ぶっ!」
隙を見計らったつもりの絵里だったが、勇敢虚しく超音速枕が炸裂。
メンバーがいずれもワンパンで3タテされ、勝ち目がないのは明白。枕という名の武器を構え、隅で怯える凜と花陽に海未がにじりよる。
「「助けてぇーーーーっ!」」
必死に助けを呼ぶ2人。そして、その悲鳴は確かに届いた。
「我が天使…花陽は俺が守る!」
騒ぎを聞きつけ、扉を蹴破って、竜騎士とニートとシスコンの軍艦巻きとも言える物が海未と2人の前に現れた。流石は瞬樹、一緒に括り付けられている2人の重さにもろともせず、勇敢にも魔王に立ち向かう姿はまさに竜騎士。そして…
魔王の一撃は永斗の顔面に炸裂した。
「なんでっ!!??」
会心の一撃!瞬樹の代わりにみがわりが攻撃を受けた!…といったところか。
ちなみに縄で3人が縛られているため、腕は使えない。完全な肉壁要員である。
そこに希、真姫の枕が海未にクリティカルヒット!意識外からの攻撃に、魔王も成す術なく…と思いきや、それでも魔王は倒れない。
海未は真姫と希に標的を変え、枕を振りかぶる。
「真姫!させるか!!」
「ちょっと待って嫌な予感が!」
今度は一輝が2人を引きずって真姫の前に。その恐怖に物怖じしない勇気は、ひとえに妹への愛から来るのだろう。妹のためなら命をも捨てるという、曇りのない覚悟。
ちなみに超音速枕は永斗に直撃した。
「理不尽!!」
このまま永斗を盾にし、希と真姫が攻撃を続ける。そして最後の一撃が決まった。
海未はやっと戦意を失い、再び眠りについたのだった。
やっと終わった茶番に、真姫はため息をつく。
「全く…」
「でも、元はと言えば真姫ちゃんがはじめたにゃ」
「ち…違うわよ!アレは希が…」
「ウチは何もしらないけどねー!」
「あんたねぇ…」
「えいっ!」
文句を言わせまいとしたのか、希がまた真姫の顔に枕を押し付ける。
「何するのよ希!」
「自然に呼べるようになったやん、名前」
そう言われればと自分で驚く真姫。そうか、邪魔していたのは変なプライドだったみたいだ。難しく考える必要なんてどこにも無かったんだ。こんな自分でも、やっぱり本心では…
そんな光景を、一輝は微笑ましく見ているのだった。
ちなみにその頃、2階の寝室。
「うるせぇ……」
下のうるささに、アラシは眠れないでいた。
ちなみにその直後枕投げ2回戦が始まり、キレたアラシが全員枕でシバき倒したのはまた別の話。
___________
翌朝
真姫が目を覚ました。カーテンの隙間から零れる朝日を浴び、大きく伸びをする。
他の皆はまだグッスリ眠っているのだが、希の姿だけは見えなかった。
気まぐれに外に出ると、砂浜に海を眺める希の姿があった。
「おっ、早起きは三文の徳。お日様からたっぷりパワー貰おか」
「どういうつもり?」
「別に真姫ちゃんのためやないよ」
それだけ言うと、希はまた海に視線を戻す。
「海はいいよね。見ていると大きいと思っていた悩み事が、小さく見えてきたりする」
「えらく詩的だな、希」
真姫と希の後ろから、既に着替えたアラシが現れた。アラシは小さくあくびをし、希と並んで海を見つめる。
「たかだか人の悩みなんて、大概ちゃちいもんだ。海じゃなくたって、色んな奴らといるだけでもそれを痛感する。そう思うと、お前らには教えられてばっかだな」
日が昇っていき、光が水面に反射しキラキラと美しい。
希は真姫とアラシに向き直り、言った。
「ウチなぁ、μ’sのメンバーのみんなが大好きなん。
ウチはμ’sの誰にも欠けて欲しくないの。確かにμ’sを作ったのは穂乃果ちゃんたちだけど、ウチはずっと見てきた。何かあるたびにアドバイスもしてきたつもり。それだけ思い入れがある」
「あぁ、知ってるよ。俺もお前らのことが大好きだ」
「ホント、アラシ君はそういうことを平気で言っちゃうんだから」
「なんだよ、悪いか」
笑いあう希とアラシ。そこに真姫も決意したように声を出した。
「私は、ずっと甘えてた。凛や穂乃果…一輝も、強引に手を引っ張ってくれたお陰で、こうやって一緒にいられてるんだって分かったの。でも、それじゃダメだってことも分かった。もっと好きになれるように…好きになってくれるように、頑張るから。
見ててね……アラシ」
その時の真姫の顔は、笑っていた。素直な気持ちが波の音に乗って伝わってくる。
名前を呼ばれて驚いたのか、的を得ないような表情のアラシだが、希はニヤニヤ笑って真姫に詰め寄った。
「真姫ちゃん、なかなか大胆やね~」
「ち…違うわよ!これは…そう、みんな!みんなへの話よ!」
「ホントかな~?」
ガヤガヤと早朝から2人が揉めているのを見て、少し笑うアラシ。それを見て2人もまた笑った。
すると、別荘の方から声が聞こえてくる。
「真姫ちゃーん!希ちゃーん!アラシくーん!」
目を覚ましたμ’sのみんなだ。
朝日の光が一層強くなり、一日の始まりを告げる。その絆を確かめ合うように、10人は海の前に並び、手を繋いだ。
近付いた距離と、強くなった友情を手に、μ’sは新たなスタートを切る。
「よぉーし!ラブライブに向けて、μ’s!頑張るぞー!」
穂乃果の号令で、メンバーから声が上がる。
右手を希と、左手をアラシと繋いだ真姫は、まるで子供のような幸せそうな笑顔を浮かべていた。
一方その頃、別荘では。
「なんか凄いハブられてる気がする…」
未だに爆睡する瞬樹と一輝のいびきを聞きながら、廊下に放置された永斗は呟いた。
μ’s合宿、遊びの1日目終了。
そして地獄の2日目が始まる……
ひたすらに永斗が不憫な回でした。今回の話で色々と人間関係を進められたかな~と思います。
次回は本編にない2日目の様子をお届けします。あんな特訓やこんな特訓、ついに例のアレにも踏み込みます(予定)。
感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!