ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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大学の学園祭が台風で両日中止!146です。
一日かけて準備したんですけどね。ウチは金が動かないんで損害はないんですけど、飲食店のサークル考えると…うん。中止の決定後が悲壮感凄かったですもん。

まぁ、その時間を利用して書き上げました。
今回はダブルとμ’sの出番(ほぼ)無し!新作の読み切りのつもりで書いてみました。設定とかキャラとか用語とかバンバン詰め込んでます。

遂に登場、新たなライダー!そして、彼らと交差するのはμ’sではなく…?


第49話 アイツはK/永遠を盗んだ怪盗

怪盗。小説といったフィクションに登場する、世にも華麗な泥棒。想像上の生物と言っても差し支えない彼らは、この世界に確かに存在する。

 

世界各地で世間を騒がせる、“地獄の怪盗団”。

その頭領と思われるのは、覆面を被った白き影。

 

 

彼の姿を見た者は、口を揃えてこう言う。

 

 

黄色の眼を夜の帳に光らせ、黒いマントで星空を覆い隠す

 

青き炎を身に纏った、白の“死神”を見たと───

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

「……で、その怪盗を見に行くってこと?」

 

「うん!雪穂も一緒に行きましょう?」

 

 

 

8月24日。夏休みも終盤に差し掛かり、世の学生は宿題に追われる日々を過ごしている頃。

μ’sの高坂穂乃果の妹、高坂雪穂も自宅である和菓子屋穂むらで勉学に勤しんでいた。

 

今日からμ’sは合宿で、何かと手のかかる姉は家を離れる。雪穂は来年高校受験を控えた中学三年生。集中して勉強できるチャンスを逃すまいとしたのだが…

 

 

「あの…亜里沙?私たち、一応受験生だと思うんだけど……」

 

「勉強ならお姉ちゃんが教えてくれたし、お姉ちゃんも今の私なら音ノ木坂はダイジョーブって。…学校がまだあればの話だけど」

 

 

そんな雪穂のもとに来たのは、同じくμ’sの絢瀬絵里の妹である、絢瀬亜里沙。2人とも音ノ木坂中学の学生であり、お互いの家によく行くほど仲がいい。

 

しかし今回、亜里沙が持ってきた話が「怪盗を見に行こう」というものだった。

 

 

先日、この近くの美術館に予告状が届いたという。

なんでも、そこで展示する宝石を頂くとかなんとか。その犯行予告が今日の夜なのだ。

 

フィクションではよく聞く「怪盗」。それがどんなものなのか、雪穂も興味はあった。

しかし、いくら言い繕っても怪盗は泥棒、犯罪者だ。それを面白半分で見に行くというのは、どうにも抵抗がある。

 

一方で亜里沙は、怪盗に興味津々。見に行く気マンマンで雪穂を誘いに来たのだった。

 

 

「私は行かないよ?勉強もだけど、今日はお母さんが夜に出かけるから、店番しなきゃだし」

 

「そっか…今日はお姉ちゃんもいないし、雪穂と一緒に見たかったけど……うん、じゃあ亜里沙ひとりで行くね」

 

 

その少し残念そうだが必死に平素を保とうとする笑顔に、罪悪感で雪穂の胸が締め付けられる。相変わらずの天使だった。

 

 

(いやいや、私別にウソは言ってないし…)

 

 

店番も本当であるため、家を出るわけにはいかない。

それでも申し訳なかったのか、雪穂は亜里沙に数個の饅頭を持たせたのだった。

 

 

 

__________

 

 

 

「そろそろ…時間か」

 

 

それは雲をも見下ろす、遥か上空。

口元に笑みを浮かべ、時計に目線を落とした男は、隣に立つ褐色肌で銀髪の男から受け取ったマスクを目元に着けた。

 

礼儀正しく棒のように立つ銀髪の男は、静かに目を閉じ、浅く礼をした。

 

 

「ご武運を、マジェスティ」

 

 

目を開けた時、彼の姿は霧のように消えていた。

 

 

 

__________

 

 

 

時刻は夜の8時を回った。

雪穂は店のカウンターで、店の制服である割烹着を着て、少し気怠そうに座っていた。

 

 

「お姉ちゃん、今頃何してるんだろ…ちゃんと練習してるのかなぁ?」

 

 

この時間に客は少ない。早い話、退屈だった。それを紛らわせるかのように、なんとなく単語帳を眺めている。

 

雪穂は音ノ木坂ではなく、UTX高校を受験するつもりだ。理由としては、全国的に高い偏差値が挙げられるのと、何より音ノ木坂が廃校になるからだ。

 

音ノ木坂は高坂家が代々通っていた高校で、姉と同じ学校に通いたいという気持ちもあり、廃校が悲しくないと言えば嘘になる。しかし、普通に考えてどうしようもないことなのだ。

 

 

(まぁ、それを自分でなんとかしようってのが、凄くお姉ちゃんらしいけど…)

 

 

穂乃果はスクールアイドルで廃校を防ごうとしている。聞いた時は耳を疑った。無理だと思った。それでも、そんな姉に賛同する仲間も集まり、驚くことに成果まで出し始めている。

 

 

穂乃果の事と言えば、それだけじゃない。穂乃果はどうにも隠し事をしている節がある。雪穂はそれが気になっていた。

 

どう考えても部活でつかないような怪我をするときもあった。突然家を飛び出し、夜遅くに帰ってきたこともあった。すごく悩んでいるときもあった。

 

たまに家に来る男子、切風アラシと士門永斗が何か関係している気もするが、真相は分からない。ただ、穂乃果一人で抱えるには大きすぎる何かが、その輪郭を雪穂の目に映していた。

 

 

それでも、穂乃果は笑っている。誤魔化しじゃなく、心から毎日笑っている。雪穂には分かる。例えどんな逆境や恐怖の中にいるとしても、彼女はその毎日の中で生き生きと楽しんでいる。

 

 

(じゃあ、私は?)

 

 

そんな考えが頭に浮かび、消えた。

 

やりたいことは特にない。でも別にそれに不満があるわけでは無い。出来ることなら毎日が何事もなく、平和に過ぎればいいと思っている。

 

 

人が出来ることなんて所詮、目の前とちょっと先の事を考え、ただしっかりと生きていくことだけなんだ。

これが中学3年生にして雪穂が持つ、彼女の持論だった。

 

 

客は来ない。

 

 

単語帳を片手に、ふと亜里沙の事を考える。

 

 

「怪盗はもう来たのかな……」

 

 

怪盗。口に出すと感じるが、やはり現実離れしている単語だ。

ニュースで世界各国の美術品が盗まれたという話は知っているが、逆に言えばそのくらいしか知らない。この技術も発展した現代で、警察を欺いて宝を盗むなど、可能なのだろうか?

 

雪穂は単語帳から目を離し、少し記憶を辿る。

怪盗の名前、なんだったか。確か単語帳で見た英単語。Eから始まる……

 

 

「すいません、やってます?」

 

 

引き戸が開く音と、男の人の声が、雪穂を現実に引き戻した。いけない、今は店番だった。怪盗の存在はやはり心をかき乱す。

 

 

「あっ、いらっしゃいませ!ごめんなさい、少しボーっとしてて…」

 

 

雪穂はやって来た客の顔を眺める。

髪は暗い金髪のくせ毛。しかし、髪の一部が青く染めてある。肌は他と比べると白く、男性にしては綺麗だった。成人しているかしてないかくらいに見えるが、背は高い。脚は長く、スタイルの良い男性ってこんな感じなんだなーと、雪穂はふと思った。

 

 

「イラッシャイ、って本当に言うんだ。聞いてた通り、この国は楽しそうだな」

 

(外国の人…なのかな?)

 

 

青年の言動に、そう思った。しかし、それにしては日本語が流暢だ。この人も亜里沙のような混血なのだろうか。亜里沙と会った頃の会話を思い出す。

 

 

「ご注文は?」

 

「ワガシですよね?一番美味しいのってどれ?」

 

「えっと……このほむまんっていうお饅頭が一番人気で…」

 

「じゃあそれ全部ください」

 

「全部!?」

 

 

思わず大きな声が出てしまった。

全部というと、かなりの量が残っている。ざっと30箱くらいだろうか。

 

一人で運ぶには多すぎる量を、幾つもの袋に詰める雪穂を見て、男は興味ありげに話しかけた。

 

 

「店員さんって、生きてて楽しい?」

 

「…はい?」

 

 

雪穂は思わず聞き返した。随分失礼な人だなと思ったが、目を見る限り悪意は無さそうだった。

 

 

「……まぁ、それなりに」

 

「ソレナリじゃダメだよ。せっかく生きてるんだから、ちゃんと楽しまないと。

死ぬ気でさ」

 

 

一瞬、背筋がゾッとした気がした。

なんだろう、言葉の強さ故だろうか?もしかしたら、よく意味を知らずに使ったのかもしれない。雪穂はそう考えることにした。

 

10を超える数の紙袋を仕上げ、雪穂は一息。

男は財布を取り出そうとしているが、様子がおかしい。

 

 

「財布無いみたいだ。悪いけど、コレで代わりにしてくれないかな?」

 

 

男はそう言って、雪穂にどこからか取り出したソレを渡した。

風呂敷に覆われていて、持った感じは手のひらサイズのボールのよう。しかし、それにしては随分と重たい。

 

 

「この店も楽しかった。またね」

 

「…って、待ってください!こういうのは困りま……あれ?」

 

 

雪穂がその何かに目を取られていた、ほんの数秒。

視線を戻したときには、その男の姿も、あの大量の饅頭が入った紙袋たちも、幻にように消え去ってしまっていた。

 

 

 

「えっと……どうしよう…」

 

 

 

____________

 

 

 

 

「美術館の周りをお巡りさんがたくさん守ってて、もうネズミさんも入れないの!それでどうするかと思ったら、カイトーさんが空から降って来たの!хорошо(ハラショー)!亜里沙、ビックリしちゃった!雪穂も来ればよかったのに…」

 

「亜里沙…こっちもこっちで大変だったんだから」

 

 

怪盗を見に行った亜里沙は、もう夜も遅いというのに、テンションが上がり切ってしまたのか穂むらに戻ってきていた。そしてその感動を叫ぶこと、数十分が経過している。

 

 

「えっと…クイニゲさん?だったっけ」

 

「食い逃げ…っていうより、泥棒だね。ほむまん全部の代わりに、一銭も払わずに消えちゃった」

 

「でも代わりに何か貰ったって…」

 

「あ、そうそう。そこに置いてあるやつね。結局見てないけど、それなんなんだろう?

高く売れる物ならいいなー、なんて……」

 

 

興味を持ったのか、亜里沙が男が渡したソレを手に取る。

そして結んである風呂敷をほどき、その中身を見せた。

 

 

「わ、本当に高そう…」

「キラキラしてる…」

 

 

それは黄色いガラス玉のようなものだった。大きさは女子の手のひらよりも小さい程度で、その玉を掴むように、3本の龍の指のような彫刻が装飾されている。

 

ガラス球にしては密度の高い輝きを放つソレは、余りにも美しかった。

 

 

思わず魅入ってしまう2人。

そんな時、点けていたテレビからニュースが流れた。

 

 

『本日夜8時。先日の予告通り、世界で話題となっている“怪盗”が日本に現れました。

怪盗が現れたのは本日開催された国際宝飾展で、盗まれたのは宝玉、“賢王の右目”。古来中国より伝わったと言われ、琥珀色の水晶のような……」

 

 

そのワードを、2人の耳は聞き逃さなかった。

雪穂は一旦目を閉じる。まさか、そんなはずがない。そう言い聞かせ、心を落ち着かせた。

 

意を決してテレビを見る。

表示される、宝玉“賢王の右目”の写真。

 

 

そこには、今まさに亜里沙が手にしている物と、全く同じものが映っていた。

 

 

хорошо(ハラショー)……」

「わっ!ちょっと亜里沙!!」

 

 

驚きのあまり、宝玉から手を放してしまった亜里沙。

咄嗟に滑り込んだ雪穂がすんでの所でキャッチ。確実に寿命を一週間は縮めたであろう恐怖が、雪穂に襲い掛かった瞬間だった。

 

 

雪穂の手には、怪盗が盗んだという宝玉が。気のせいか、その手がとてつもなく重く感じる。

 

 

「でも、なんで…?まさか、さっきの客が怪盗!?」

 

「えっ!?雪穂、怪盗に会ったの!?どんな人だった?」

 

 

噂には、怪盗は黄色い目、白い姿、黒いマント、青い炎を纏っているとあった。色が混雑しすぎだと思う。

 

確かに肌は白かったが、目は黄色ではなく青だった。大体、炎を纏っているなんて時点で非現実的だし、こんな場所に素顔で来るとも思えない。

 

問題はそれよりも、この庶民の手に余る宝をどうするか、だ。

落し物は交番に届ける…これを届けられたお巡りさんも困るだろうが。

 

怪盗の意図はわからない。とにかく、これは今すぐ警察に連絡した方がよさそうだ。

 

 

雪穂の考えはそう纏まり、早急に警察に連絡しようと立ち上がる。

 

その時だった。一瞬、視界と頭の中が真っ白に染まる。

 

 

「…!?」

 

 

気付くと、目の前にいるはずの亜里沙の場所が、真っ黒に見えていた。

それは塗りつぶされたというより、何も存在していないような、そんな黒だった。

 

 

「……雪穂?雪穂!」

 

 

亜里沙の呼びかけで、雪穂は我に返る。

今の一瞬はなんだったのだろうか。目の前の亜里沙はいつも通りに映っている。ただ、彼女はとても驚いてた顔をしており…

 

 

「……ごめん、なんか頭が…」

 

「雪穂!その目、どうしたの!?」

 

「目……?」

 

 

雪穂はいまいちハッキリしない意識で、窓ガラスに映る自分を覗き込んだ。

 

 

目が、右目の色だけが黄色く変わっている。

それだけじゃない。右の手のひらにも、謎の模様が浮かび上がっていた。

 

 

「なに…これ…?あれ…?」

 

 

もう一つ、雪穂は気付いた。

さっきまで持っていたはずの物が消えている。

 

宝玉“賢王の右目”。その名前で、なんとなく状況は察した。

あり得ない。非現実的すぎること多すぎて、普通と自負している雪穂の頭は、パンクしそうな勢いだった。

 

 

 

「宝石が、私の中に入った!!??」

 

 

 

_________

 

 

 

そして翌日。

 

 

「どうだった?」

 

「……ダメ」

 

 

雪穂と亜里沙は病院に来ていた。

ダメ元で目を元に戻すためだったが、やはり相手にされない。まぁ、体に宝石が入って目の色が変わりました、なんて信じる方がどうかしている。

 

 

「なんだか、雪穂ったらとっても可笑しい。その眼帯と包帯……えっと、チュウ二ビョーさんみたい!」

 

「やめてよ…この暑い中手袋ってのも変だし、こうするしかなかったんだから……」

 

 

笑いながら亜里沙が言う一方で、雪穂はとても恥ずかしそうだった。

 

 

「中学三年生にもなってこんな格好…うぅ……」

 

 

 

 

一方そのころμ’s合宿では。

 

 

「ヴェぇっクション!!なんだ…風が呼んでいる!」

 

 

クマと戦いボロボロになった男。

高校一年生にして手に包帯を巻き、槍を振り回し、痛々しい口調の自称竜騎士が、夏空にくしゃみをぶちまけていた。

 

 

 

場所は戻って東京。

 

 

「それで、目はなんともないの?」

 

「うん。色が変わっただけで…何が起こってるのか本当に分かんないけど…」

 

 

心当たりがあるとすれば、昨日亜里沙に見えた黒いなにか。だが、あれ以降変なものは見えない。気のせいだったのかもしれない。

 

とにかく、病院が相手にしてくれない以上、警察に行くべきかとも考えるが、警察にこそこの状況をどう説明しろと言うのだろうか。

 

状況は既に手詰まりだった。あとあるとすれば、姉の友達の物知り少年、士門永斗に聞いてみるくらいしか…

 

 

 

「亜里沙、とりあえず帰って……ッ!?」

 

 

 

背後から強い力が雪穂を抑えつけた。

亜里沙の方を見ると、サングラスとマスクをした男が彼女を取り押さえている。

 

抵抗しても、力と体格の差が大きすぎる。

なされるがままに組み伏させられ、口元にハンカチを抑えつけられる。

 

 

 

雪穂と亜里沙は、そのまま意識を失った。

 

 

 

__________

 

 

 

 

__目を覚ました。

 

 

 

「ここ…は……?」

 

 

そこは、見知らぬ倉庫。ロープで体が縛り付けられ、身動きが出来ない。

そして、雪穂の目の前には、黒いスーツを着た数十名の男たち。

 

 

「目が覚めたようだな」

 

 

その先頭に立つのは、同様に黒いスーツを着た小柄な男性。雪穂は状況が理解できてないのか、妙に落ち着いた様子で辺りを見回す。

 

その瞬間、雪穂の目に昨日のような光景が映った。

彼女の目の前に大きく燃え上がる、青い炎。

 

 

「…ッ!亜里沙!」

 

 

現実に引き戻されると、隣には、未だ目覚めぬ亜里沙が同じように縛られていた。それがきっかけで、雪穂は状況を把握した。そして、目の前にいる彼らの目的も。

 

何故なら目の前にいる小柄な男は、左目が赤く、左手に見覚えのある紋章を刻んでいたから。

 

 

「その左目……」

 

「そう、“愚王の左目”。お前の未来を見通す“賢王の右目”とは逆に、こちらは過去を見る力がある。慣れればこうして、片割れの場所も把握できる。

驚いたぞ。まさかこんな小娘が怪盗だったとは」

 

 

雪穂は更にマズい状況にある事に気付いてしまった。

あの宝石を受け取ったせいで、どうやら奴らは雪穂が怪盗であると誤解しているらしい。

 

 

「ちょ…ちょっと待って!私は怪盗じゃないし、大体亜里沙は無関係よ!あのよく分かんない宝石だって好きに持って行っていいから、だから…」

 

「そんなことを信じるとでも思うか?それに知らないわけがあるまい。その宝玉を取り出す手段は、腕を切り落として力を断つ以外にないと」

 

 

男は懐から一枚の紙を取りだし、こちらに見せてくる。

そこに書いてあったのは以下の文章。

 

 

『本日夜7時、“愚王の左目”を頂きに参上する。───地獄の怪盗団』

 

 

「つまりこれは、このハルカス・ピライナーノの左腕を切り落とすという意味。我々ピライナーノファミリーに対する宣戦布告であると取って良いのだな?」

 

 

ファミリー。雪穂は理解していなかったが、この名前は彼らがマフィアであるという事を意味する。

 

 

「“賢王の右目”と“愚王の左目”。その昔、盗人がこの2つの力を得て、そのまま王になったという逸話さえも残る代物だ。なんとしても2つ揃える必要があったが、盗んでくれたお陰で手間が省けた。兄者!」

 

 

兄者。そう呼ぶと、後ろから一際大きな体格の男が、構成員をかき分けて現れた。

 

 

「我々をコケにした罪だ。その悲鳴と恐怖の顔を見るため、わざわざ起きるまでまってやったのだ。さぁ兄者、この娘を殺し、腕を切り落とせ」

 

「あァ…例のアレを寄越セ」

 

「そんな……!」

 

 

大柄の男が持ったのは、棘の付いたハンマー。

男はそれを、愛おしそうに掲げ、雪穂を嗜虐心に満ちた目で見降ろす。

 

 

「最近の兄者の流行りらしい。楽に死ねるとは思わない方がいい」

 

 

そんな言葉はもう雪穂の耳には届いていなかった。

 

なんでこうなったんだろうとか、亜里沙はどうなるんだろうとか、お姉ちゃん元気かなとか、宿題終わるかなとか、そんな思考が冗談みたいにグルグルと。

 

 

きっと自分は悪くない。言うとするなら、運が悪かった。

人生はそんなものか。と、笑えるくらいに達観した意見が浮かんでくるのが笑えない。

 

男がハンマーを振り下ろそうとしている。

多分一回じゃ死ねないんだろうな。ごめんね亜里沙、付き合わせちゃって。

 

 

こんな時、助けてくれる人がいたら。

そんなアニメや小説みたいなヒーロー、現実に…

 

 

いるわけ、ないよなぁ。

 

 

 

 

 

 

「どう?楽しかった?」

 

 

そんな声が闇の中から聞こえた。とてもよく聞いた無邪気な声だった。

 

 

「亜里沙…?」

 

 

眠っていたはずの彼女は、縄も解いて雪穂と男の間に立っている。

しかも、ハンマーを持った男の腕を、片手で支えながら。

 

 

「馬鹿な!兄者、早く娘を殺せ!」

 

「動かなイ…こノ女、強イ…!」

 

「あり得ない…子供の細腕一本だぞ!?」

 

 

目の前の亜里沙が手を離すと、そのままハンマーは振り下ろされた。

しかし、その殴撃は地面を抉っただけで、縛られていたはずの雪穂は居なくなっていた。

 

その姿は、壁沿いに設置された倉庫の二階に。

しかし、そこにあったのは2人の少女の姿ではない。

 

一人の少女、雪穂を抱きかかえた、仮面を着け、軍服とスーツが合わさったような服の男───

 

 

「そうか、貴様が…怪盗!」

 

 

怪盗が笑うと同時に、倉庫の天井を突き破り、2つの影が彼の後ろに降り立った。

一人は褐色の肌の銀髪執事。もう一人は後ろ髪を伸ばし、顔にピアスを着けた薄着の男。

 

突如現れた人物に敵意を向ける群衆に向け、銀髪の執事は静かに言い放つ。

 

 

 

「控えよ。我らが王の御前である」

 

 

 

言葉がそのまま重力になったような威圧が、その場にいたほとんどの者を抑えつけた。

 

息の詰まるような迫力と、肌を刺すような大きな殺気が3つ。本能的に屈服してしまうような、異常な気迫。

 

彼らは怪盗と呼ぶには、余りにも強大だった。

 

 

「また会えたね。高坂雪穂ちゃん」

 

「亜里沙が…あれ?でも…」

 

 

常人の一年分くらいの情報量と展開で、雪穂の頭はパンクしそうだった。

しかし、冷静になって考えてみる。この男があの宝石を押し付けたのであって、それはつまり…

 

 

(私、この人のせいで死にかけたのでは??)

 

 

 

「……何をやってるお前たち!今すぐ奴を…怪盗を血祭りにあげろ!」

 

 

マフィアたちが一斉に何かを取り出す。

雪穂はそれが拳銃だと思った。しかし、それはもっと恐ろしい、悪魔の発明。

 

ガイアメモリ。雪穂もテレビのニュースで見たことがあった。

人間を化け物にするという、禁断の小箱。

 

そしてリーダー格の2人もメモリを見せる。

特に大柄な男の方のメモリは他とは明らかに違う、銀のボディ。

 

 

《アメーバ!》

《スケイル!》

 

 

ハルカスと言った小柄な男の方は、青いメモリを手首に挿し、透明な肉体の中に気泡や核、目玉や牙を泳がせた不定形の怪物、アメーバ・ドーパントに。

 

大柄な兄者と呼ばれた男は、銀のメモリを右の二の腕に挿入し、魚類を彷彿とさせるが全身を鈍色の鱗が覆った化け物、スケイル・ドーパントに変身した。

 

他のマフィアのほとんどは、スーツ姿に不気味な骨の覆面を被ったような、マスカレイド・ドーパントへ姿を変えているが、その中にも別の姿をしたドーパントが一割ほど存在している。

 

 

「いいね。楽しくなってきた」

 

「楽しくって…何十人もいますよ!?逃げられるんですか!!?」

 

「なんで逃げるのさ雪穂ちゃん。これは人生つまらなそうにしてた、君への2つ目のプレゼント」

 

 

怪盗は悠々と執事に雪穂の体を預けた。

何かを取り出そうとする怪盗に、執事が進言する。

 

 

「思ったよりも敵の数が多いです。マジェスティ一人では、7時30分のディナーに間に合わないかと」

 

「それは困る…仕方ない」

 

 

怪盗が右手を挙げると、ずっと黙っていたピアスの男がドーパントの軍団の中に飛び降りた。

 

 

「屠れ、ロイ」

 

「Да、俺の出番か」

 

 

ロイと言う男は、怪物たちの真ん中で上着を破り捨てる。

右胸に見えるのは、体に埋め込まれた何か。それはチップのようで、Wと描かれている。

 

 

「コーフンすんなぁ!殺し合いのお時間だァッ!!」

 

《ウルフ・アンリーシュ》

 

 

右胸のチップが肉体と共鳴し、ロイの体を変異させる。

灰色…いや、銀色の毛が全身を覆い隠し、背中から牙のような角のような骨格が皮膚を突き破って現れる。

口は前に突き出て、鋭い牙が生え揃う。口の横からも2本の大きな牙が横に現れ、剣か三日月を喰らった獣のよう。

両手両足の血管が走ったような模様を刻んだ爪、発達した脚部、その肉体の全てが彼の名を物語る。

 

 

それはドーピングした人間(ドーパント)ではない。

“地球の記憶”と“人間の肉体”。その境界を極限まで取り払った、全く新しい生命。

 

ある者はそれを“命の冒涜”と呼び、“神への挑戦”とも呼ぶ。

それはまさしく禁忌。倫理や信仰を真っ向から斬って捨てる、人間の業と罪の刃。

 

 

彼らは人としての生を捨て、想像し直された生命。

その名も“ガイアノイド”。

 

 

 

「ウア゛オァァァァァァッッ!!」

 

 

 

ウルフ・ガイアノイドは目の前のマスカレイドの体を、その爪で引き裂いていく。そしてその咆哮は、前方の敵を全て消し去る。

あらゆる者は一矢報いることすらできず、その命を散らす。

 

そんな中、右腕にブレードを備えたドーパント、アームズ・ドーパントがその刃でウルフに斬りかかった。

 

 

ウルフはアームズの存在に気付きながらも、その刃を己の心臓に突き刺させた。

 

歓喜の声を上げるアームズ。しかし、何かがおかしい。

その刃は彼の胸に刺さったまま、どれだけの力を入れても微動だにしない。

 

 

「おい、次は?」

 

「は……?」

 

「これで終わりかよ?色々あんだろ、毒に電撃、回転、肥大化、炎、氷結、爆発、その他諸々エトセトラ!!心臓刺しただけで殺した気になってんじゃねェぞ素人が!!」

 

 

ウルフは怒りの込もった腕でアームズの右肩と胴体を掴み、その腕を軽々と引きちぎった。

 

 

「ひぃっ……!?」

 

 

その様を見ていた雪穂は、思わず恐怖の声を漏らした。

それは腕が引きちぎられた光景ではなく、彼が腕を放り投げ、天に吠えた叫びへの恐れ。

 

 

 

「誰か俺を…殺して見せろァァァァァァッッ!!」

 

 

 

その光景に驚くしかない、アメーバ・ドーパント。

大金と大きな代償を払い、“強欲”から手に入れた大量のメモリ。それで作り上げた、最強の部隊。

 

それが、何故こうも押されている!?

 

 

「アナタの相手はオレがしよう」

 

 

スケイル、アメーバの前に降り立った怪盗。

その右手に持っているのは、パール色のガイアメモリ。

 

 

「怪盗…お前もドーパントか!」

 

「Нет、違うね。オレは…仮面ライダーだ」

 

 

怪盗が取り出した赤い装置、“ロストドライバー”を腰にかざすと、ひとりでにベルトが展開する。

 

 

「ここにいる全ての者を招待しよう。

さぁ踊るといい、最高に楽しい…死神のパーティータイムだ!!」

 

 

《エターナル!》

 

 

エターナル、“E”のオリジンメモリを起動させ、ドライバーに装填。琥珀の波動が怪盗の姿を包み込む。

 

 

「変身」

 

《エターナル!》

 

 

ドライバーを展開。足元から白い破片が集まるように、怪盗の姿を変えた。

 

∞を象った黄色い複眼、白い身体、大きく広げた黒いマント、両腕に施された青い炎の模様。

全身にメモリを装填するスロットを備えたその姿を見た瞬間、雪穂は思い出した。

 

 

「怪盗の名前……そうだ、怪盗………エターナル!」

 

 

 

“永遠”をその名に掲げ、地獄からやって来た怪盗。

その名も、仮面ライダーエターナル。

 

 

「怪盗エターナル。予告通り、“愚王の左目”を頂きに参上した」

 

「兄者ァ!」

「おオッ!」

 

 

アメーバが体を流体化させ、スケイルの体内に入り込む。寄生アメーバの生態を再現したこの能力により、アメーバはシルバーメモリのドーパントという最強の鎧を手に入れた。

 

スケイルは腕を振り上げ、拳をエターナルに向けて叩きつける。エターナルはそれを余裕のある動きでかわし、専用ナイフ“エターナルエッジ”でその体を斬り付けた。

 

 

「硬い」

 

 

軽い斬撃では傷一つ付かない強固な鱗。さらにスケイルは、その鱗を変形させ、棘のようにしてエターナルに射出する。

 

ナイフを使わず、蹴りとパンチでそのミサイル棘を弾くエターナル。スケイルは更に、剣のように変形させた鱗で、エターナルへと攻撃を仕掛けた。

 

その斬撃はエターナルエッジで受け止められるが、パワーではスケイルが押している。

 

 

ダイヤモンド並みの強度を誇る鱗、そのくせ形状は変幻自在。そしてこの圧倒的パワー。これがスケイルメモリがシルバーメモリに属する由縁だ。

 

 

「マジェスティ。そのドーパントの鱗は、射出した後の表皮が弱点のように見受けます。ご所望とあらば、私が全て削ぎ落して差し上げますが」

 

「いや、エンリョしておこう」

 

 

雪穂の目には、その光景は劣勢に映っていた。

しかし、なぜだろう。彼が負ける気が一切しない。そんな気持ちになっていた。

 

 

「シオン。Gの7番、Iの12番、Uの25番を」

「承知しました」

 

 

シオン、そう呼ばれた銀髪の執事は、持っていたアタッシュケースを開く。

雪穂はその中身に驚愕する。何故なら、それはケースごとに分けられ敷き詰められた、無数のドーパントメモリ。

 

シオンはその中から手際よく3本のメモリを抜き取り、エターナルへと投げ渡す。スケイルの腕を押し返したエターナルは、3本のメモリを受け取り、その中の紫のメモリを起動させた。

 

 

《グラビテイション!》

 

 

重力で押しつぶされたGが描かれたドーパントメモリ、グラビテイションメモリをベルト側部のスロットに装填。

 

 

《グラビテイション!マキシマムドライブ!!》

 

 

エターナルを中心に、紫の重力波が辺りに広がっていく。エターナルが右腕を上げると、アメーバが中に入ったスケイル、シオンと雪穂、エターナル自身が浮かび上がった。

 

エターナルとスケイルが屋根を突き破り、上空に浮かび上がる。

満天の星々が輝く夜空を背に、エターナルは指揮棒を振るように両腕を上げた。

 

この倉庫は漁港のもの。背後に海が存在する。

グラビテイションの能力を受けた大量の海水は、スケイルとエターナルの周りに収束を始めた。

 

 

一方で同じように浮かび上がったシオンと、彼に抱きかかえられている雪穂。雪穂は浮いたことにかなりパニックだが、さらに目の前の光景にパニックを重ねる。

 

エターナルとスケイルを中心に出来上がったのは、グラビテイションの能力で支えられた超巨大な水球。

 

 

「これほどまでの規模の物体を維持し、同時に我々を浮かせる技術。御見逸れいたします」

 

「ちょ…ちょっと、これ大丈夫なんですか!?なんか浮いてるんですけど!」

 

「反重力で場所を固定しております。試しに私から降りられてみますか?」

「いえ、結構です」

 

 

上空100メートルの特等席から、エターナルとスケイルの水中の激闘を観戦する。

 

 

『水中戦だと?ぬかったな、水中戦は兄者の十八番だ!』

 

 

スケイルの体内でアメーバが叫ぶ。

スケイルはエターナルに照準を合わせ、棘を乱射。エターナルもそれに応じ、水色のメモリを起動させる。

 

 

《アイスエイジ!》

《アイスエイジ!マキシマムドライブ!!》

 

 

アイスエイジメモリを右腕のスロットに装填。

左腕で重力操作を続けながら、右腕に纏った冷気で周囲の水を氷結させ、数本の氷槍を生成する。

 

放った氷の槍は棘とぶつかり合う。しかし、勢いを弱める程度の気休めにしかならない。

 

 

「いいね!楽しくなってきた」

 

 

エッジを構え、飛んできた棘を弾く。

水中を高速で移動しながら氷槍を放つが、鱗を貫くには至らない。

 

 

「逃がさなイ!」

 

 

スケイルが構えを取ると、その巨躯は急激に加速。

鮫の楯鱗と同じ原理で時速数百キロまで加速したスケイルは、まさしく魚雷。

 

そして、そのミサイルに等しい突進攻撃は、エターナルの体に突き刺さった。

 

 

「あぁっ!」

 

 

雪穂が思わず声を上げた。

その戦いを見ているシオンも、少し表情を崩す。

 

 

「これは…少し厳しいですね」

 

 

スケイルはその隙に、全身から棘を発射。

それは一本残らずエターナルに命中。雪穂は目を覆ってしまう。

 

勝利を確信したように笑いを上げるスケイル。

 

 

 

「ハ…ハハハッ!」

 

 

 

その笑い声は、スケイルのものでは無い。

そこにあったのは、悠然とマントを水流でたなびかせた、エターナルの姿。

 

 

『何故だ!あの攻撃を受けて…無傷だと!?』

 

「あぁ、悪くなかった。それじゃあ…死神のパーティーはここからだ!」

 

 

鱗の剣で斬りかかるスケイル。エターナルはエッジで剣を受け止め

 

易々と鱗を粉砕した。

 

 

「なニ!?」

 

「お魚とダンス、リュウグウジョウみたいで楽しいじゃないか!」

 

「ふザけやがっテ!」

 

 

ヤケになってスケイルは棘を再び乱射。

エターナルは向かってくる棘を、握り固めた拳で弾き飛ばす。

 

弾かれた棘はエターナルの重力圏を突破し、

 

 

「ひえっ!?」

 

 

雪穂の真横をかすめて飛んで行った。

 

 

「…興が乗ってこられた」

 

「テンション上がってこっちに棘投げてきたってことですか!?」

 

「マジェスティは興が乗ると、エンターテイナーであることを忘れる。あれこそがあの方の本質。ただひたすらに己が楽しむために戦う、無垢なる天災」

 

 

話しているうちにエターナルがスケイルを圧倒し始めた。それに応じて、飛び火の数も多くなってくる。当たりそうなものはシオンが弾くが、それでも怖い。

 

 

「いやぁぁぁぁ!死ぬ!死にますって!」

 

「高坂女史、これを」

 

 

シオンが雪穂にある物を手渡す。

それは、赤と青のレンズが入った、紙製の眼鏡。

 

 

「3Dメガネと呼ばれるものです。飛び出す映像と思えば楽しめるかと」

 

「楽しめませんって!早くここから降ろして!」

 

「手を放してもよろしいのですか?」

「絶対に放さないでください!!」

 

 

スケイルが最後の切り札を見せる。

全身の鱗を棘に変化させ、超速で突進を仕掛ける。大抵の物体はこの攻撃を前に成す術を持たない。

 

しかし、エターナルはその攻撃を、両腕で完全に受け止めた。

 

 

「こんなもんか!?まだまだ終わんねぇよなぁ!」

 

「そ…ソんナ……!」

 

 

エターナルの手から発せられる冷気が、瞬く間にスケイルの全身を凍結させる。

そして、エターナルは最後の一本のメモリを、胸のスロットの一つに装填した。

 

 

《ユニコーン!》

《ユニコーン!マキシマムドライブ!!》

 

 

「ブチ抜け!」

 

 

渦巻く波動を宿したエターナルの拳が、スケイルの体を一撃で貫く。その衝撃は止まることを知らず、拳から水面まで道のような風穴が開通。

 

その凄まじいエネルギーはスケイルの爆散と同時に、水の惑星を花火のように破裂させた。

 

 

飛散する海水は雪穂に届く前に、シオンが用意していた傘によって阻まれる。視界を覆っていた傘が消えると、雪穂はいつの間にか地上に立っていた。

 

 

「あれ…?地面?」

 

「失礼ながら、まだ御目をお離しにならないようお願いいたします。これより貴方様のためのショーが、クライマックスを迎えますゆえ」

 

 

見ると、スケイルから脱出したアメーバ・ドーパントが倒れている。対して、ゆっくりと着地するエターナル。スロットから3本のメモリが飛び出し、そのまま破裂してしまった。

 

アメーバは状況を確認する。ウルフ・ガイアノイドによって手下は全滅。スケイルも散った。

悪夢としか思えなかった。世界を支配するはずの記念すべき日が、全てを失った日になるとは。

 

 

「まだ…まだ終わらんよ!」

 

 

アメーバは両腕を振り、その体組織を飛散させる。

飛び散った体はそれぞれ再生し、新たな肉体を構築する。アメーバの体は、一瞬で両手で数えられない程の頭数となった。

 

 

「分裂能力!これこそアメーバメモリの真骨頂だ!さぁお前たち、奴の相手を…」

 

 

それもまた、一瞬だった。

 

エターナルの両腕が燃え上がり、蒼炎が大地を走る。

その炎はアメーバ軍団に着火したかと思うと、瞬きも許さない速さで彼らを焼き払った。

 

 

「な…んだと……!」

 

 

気付けば、エターナルは目の前に。

防御を取る間もなく、エターナルエッジはアメーバの左腕を切断した。

 

アメーバは急いで左腕に力を込める。しかし…

 

 

(何故だ!何故アメーバメモリの再生能力が作用しない!?)

 

 

噴き出すのは鮮血ではなく、赤いエネルギー。

それはエターナルの手の中に集まっていき、甲虫の腕に捕まれたような赤き宝玉に変化した。

 

 

「A級ガイアパーツ“愚王の左目”、確かに頂戴した」

 

「くッ……返せッ!それは私の…」

 

 

エターナルは黒いマントを翻し、僅かな風を起こす。

 

エターナル。“永遠の記憶”。

永遠、つまり無限。その能力は、“永遠を作り出す”こと。

 

一度付いた火は、敵を焼却するまで燃え続ける。

放った攻撃は、勢いが殺されることなく進み続ける。

付けた傷は、いかなる力を持ってしても再生不可能。

 

 

そして、そよ風を起こせば。

その勢いは消えることなく辺りの大気を巻き込み続け、

 

ものの数秒で竜巻をも作り出す。

 

 

「今宵、貴方を招くのは刹那の永遠。月と太陽、恐怖と愉悦に彩られ……」

 

 

竜巻がアメーバの体を巻き上げる。

飛び上がったエターナルはエターナルメモリを、エターナルエッジのスロットに装填。

 

 

 

《エターナル!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

天井を蹴り、重力に従って急降下。

足先に集中した蒼炎で「∞」を描くように体を旋回させ、昇ってくるアメーバにキックを炸裂させた。

 

衝撃で竜巻が消滅。

地面に叩きつけられたアメーバは炎に焼かれ、過剰なエネルギーが体内で暴れ狂う。

 

憐れな異形が語る言葉は無い。

エターナルは背を向け、右腕を横に伸ばし、親指を下に向ける。

 

そのサムズダウンは、さながら死神の奏でる鎮魂歌。

 

 

 

「さぁ、地獄を楽しみな!」

 

 

 

アメーバの体は爆散。

元の姿に戻った男は燃え上がる青い炎の中で、失った左腕をエターナルに伸ばす。

 

 

 

До свидания(ごきげんよう)!地獄でまた会おう」

 

 

その意気揚々とした声だけが火炎の中に響く。

蜃気楼のように消えた怪盗たちに手が届くことは無く、砕けたメモリを握りしめたまま、男の意識は途絶えた。

 

 

 

 

___________

 

 

 

「あれ?」

 

 

雪穂はまた意識を失っていた。

気が付いたのは、またしても見慣れぬ場所。豪華な洋室のようで、前方に貴族が座るような椅子が置いてあった。

 

覚えているのは、怪盗エターナルがネバネバ怪人を倒したところまで。

咄嗟に雪穂は自分の右腕を見る。

 

 

「良かった…斬られてない」

 

 

紋章は残ったままだが、宝を取り出すために腕を斬られてはいないようだった。

 

 

「お目覚めのようですね」

 

「あ…さっきの……」

 

「申し遅れました。私はこの船の使用人を務めさせて頂いております、シオンと申します」

 

 

銀髪に褐色肌の執事、シオンが礼儀正しく礼をする。

彼がいるという事は、あの信じがたいショーは現実だったという事だ。

 

 

(怪盗が変身して怪物と戦って狼男がいてなんか浮いたり水が空中で……意味わかんない)

 

 

頭が痛くなるような現実だ。

 

 

「そういえば、さっき船って…じゃあここは…」

 

「はい。この船の名は“コルヴォ・ビアンコ”」

 

 

海の景色は好きだ。もし潜水艦なら、神秘的な海底がそこには広がっていることだろう。雪穂は少し顔に出さない程度にワクワクした様子で、窓を覗き込んだ。

 

 

そこに広がっていたのは、まっさらな青。

でもおかしい。眩しい。というより、真上に太陽が──

 

 

「ええぇぇぇぇっ!?空の上!!?」

 

「この船は“白きカラス”の名を冠し、上空2万メートルを旅する飛行船でございます」

 

「どう、気に入ってくれたかな?」

 

 

飛行機の倍近い高度に驚く雪穂の前に、仮面を取った怪盗が顔を出した。

やはり、昨日穂むらに来た客と同じ顔だ。よく見れば、部屋の端にほむまんの箱が積みあがっている。

 

 

「怪盗エターナル…そうだ!亜里沙は!?」

 

 

今日、雪穂の一緒にいた亜里沙は、怪盗の変装だった。

ならば、本物の亜里沙はいったい何処に……

 

怪盗が不気味に笑みを浮かべる。

 

 

「まさか……」

 

「雪穂!」

 

「……ってえぇ!?亜里沙、なんで!?」

 

 

普通にいた。亜里沙が後ろの出入り口から現れ、貰ったらしい異国の洋服で楽しそうにダンスをしている。

 

 

「勝手ながら、絢瀬女史はこちらでもてなさせて頂きました」

 

「雪穂もカイトーさんに連れてきてもらったの?あれ?雪穂その目……チューニビョーさんみたい!」

 

 

 

 

一方その頃、μ’s合宿。

 

 

「ふぁっクショイ!!」

 

「えぇっ?瞬樹くん、風邪?」

 

「馬鹿なのに風邪引いてるにゃ」

 

「竜騎士といえど泣くぞ!?」

 

 

バーベキューの最中、くしゃみをぶちまけた厨二病男子高校生。それを心配する花陽に、真顔で辛辣に対応し、花陽を彼から離す凜であった。

 

 

 

場所は戻って、飛行船コルヴォ・ビアンコ。

 

 

「それで、亜里沙はなんでここに…」

 

「カイトーさんを見に行ったあと、くらくらしたと思ったら、いつの間にかここに」

 

 

ということは、少なくとも昨日の夜に来た亜里沙は、既に怪盗の変装だったという事だ。雪穂は頭を抱える。声はおろか、体格まで変わっていたら気付くはずもない。

 

 

「きゃーっ!この子が雪穂ちゃん?」

 

 

頭痛が激しい雪穂に、追い打ちをかけるように知らない顔が増える。

背は少し雪穂より高いくらいで、例にもれず外国の人だ。可愛らしい声と顔のロングヘアー。服装は何故か女子高生の制服だった。

 

 

「えっと……」

 

「亜里沙ちゃんから聞いてた通り、すっごい可愛いわ!もっとこう…アイドル系とか似合うんじゃない?」

 

「ア…アイドル…!?私が?」

 

 

凄くグイグイ来る。ネイルも付けており、ザ・最近の女子高生って感じだった。

 

 

「いや~亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんか…主サマが連れてきたにしては、いい趣味してるじゃない!どう?今晩あたり、お姉さんとイイコトしない?」

 

「イイコト?」

 

「い…いや、私たち、そういう趣味は……」

 

 

「安心しろ、ソイツは男だ」

 

 

上半身裸で現れた、ロイと呼ばれていた先ほどの狼男。

あの時の残忍さが雪穂の脳裏をよぎるが、それより衝撃的な発言を聞き逃さなかった。

 

 

「って、男!?」

 

「あたしはライム・マグナ。体は男、心は女の子で、好きなものも女の子!よろしくね!」

 

 

勢いのままに握手を交わす雪穂。

改めて見るが、女にしか見えない。というか、自分よりも女っぽくて、雪穂はなんだか変な気分だった。

 

 

「よし、これで全員揃ったね」

 

 

マントを外し、怪盗が貴族椅子に腰を掛ける。

それと同時に、シオン、ロイ、ライムの3人は一斉に跪いた。

 

 

「高坂雪穂、今からキミの目の話をしよう。

体から“賢王の右目”を取り出す方法は、その右腕を断ち切ること。だが……シオン」

 

「ここに」

 

 

怪盗が指を鳴らすと、シオンが取り出した“愚王の左目”を差し出した。同じようにエターナルメモリを取り出した怪盗は、“愚王の左目”に手をかざす。

 

すると、宝石から光が抜けていき、その光はエターナルメモリに吸収されていった。

 

 

「このように、その力だけを抜き取れる。もともとそっちが目的な訳だし。さぁ、どうする?」

 

「それはもちろん…後者でお願いします」

 

「いいの?未来が見える力、楽しいと思うけどな」

 

「いいんです。そんな力なんて無くても生きていけるし、私はこのまま普通でありたい」

 

「へぇ、亜里沙ちゃんは楽しそうに生きてるのに。友達のキミはつまんないね」

 

 

椅子から立った怪盗は、雪穂の前に。

顔を近づけ右手を握る。思わず雪穂の顔が赤くなる。

 

すると、右手から黄色い光が放出され、紋章が消えた。

右目が元に戻っていることも、感覚で分かった。

 

 

「これでキミは、晴れて普通の人だ」

 

「よかった…じゃあ亜里沙、そろそろ…」

 

 

「帰ろう」。そう言おうとしたとき、気が付いた。

ここは上空。一体どうやって地上に降りろというのだろう。

 

そもそも、目の前にいるのは紛れもない犯罪集団。もしかして、逃げ場を断たれたのでは?

 

 

「どうしたの?雪穂」

 

「いや…あの、もう遅いんで、そろそろ帰っても…なんて……」

 

「シオン、日本の時刻は?」

「8時を回った頃でございます」

「そうか、じゃあ送ってあげて」

 

「え…?帰してくれるんですか?顔も見ちゃったし、口止めされるかと…」

 

「そんなブスイなことしないさ。

そもそも警察なんかに捕まらないし、それに、キミも立派な共犯者だ」

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「はい?」

 

 

動いてない頭で雪穂は聞き返した。亜里沙も驚いて、雪穂の顔を見つめる。

 

 

「雪穂、カイトーさんだったの?」

 

「いやいやいや、私べつに何もそんな…」

 

「何言ってんの。キミは“賢王の右目”を使い、そのまま取り出さなかった。つまり、雪穂ちゃんはお宝を壊したのと同じなんだよ」

 

「あ……」

 

 

そうだ。宝石が出てこないのでまさかとは思ったが、やっぱりそういう事だった。仮に雪穂の証言で怪盗が捕まったとしよう。そうなると、彼らは雪穂がお宝を亡き者にしたことをバラすだろう。

 

しゃがみ込んで泣きそうな雪穂とは逆に、実に楽しそうに怪盗は続ける。

 

 

「いや、そうか。アレはオレたちの物なんだし、弁償してもらわないとな。シオン、弁償額は?」

 

「未来を見る力を除外し、芸術的、学術的価値から算出した“賢王の右目”の値段は…

ざっと日本円で30億程度かと」

 

「さ…さんじゅうおく…」

 

 

白目を剥いて倒れそうになる雪穂。

その前に冷静になる。そもそも、あの宝石は盗んだものだし、饅頭代が無いからって代わりに渡してきたものだし、あれを持たせるように仕向けたのも彼だし、そんなこと事前に言わないと法律に…

 

そこまで考えて雪穂は言うのをやめた。

 

彼らは怪盗。最初から、常識やルールが通用する相手ではない。

 

 

「こうなったら仕方ない。30億円分、この船で働いてもらうしかないよね」

 

「そ…そんな…」

 

「えっと…もしかして亜里沙たち、カイトーさんの仲間になれるの!хорошо(ハラショー)!」

「亜里沙はなんでそんなにポジティブなの!?」

 

 

腰が抜け、力なく座り込んでしまう雪穂。

怪盗はそんな彼女に目線を合わせ、嬉しそうに言う。

 

 

「怪盗、エターナル、ナナシのゴンベエ…オレの事は好きに呼んでくれて構わない。でも、一つ気に入ってる名前があってね。

 

“ミツバ”。そう呼んでくれると嬉しい」

 

 

最後に怪盗エターナル───ミツバは、曇りのない笑顔を、意気消沈した雪穂に見せつける。

 

 

 

「楽しくなってきたね!」

 

 

 

雪穂はその笑顔と、喜んでいる亜里沙を前に何も言う気が起きず、ただうなだれてため息を吐くのだった。

 

 

 

___________

 

 

 

その日の深夜。

絢瀬亜里沙と屍のようになった高坂雪穂を送り届け、ミツバは紅茶を嗜んでいた。

 

 

「紅茶も飽きたな…そうだ、リョクチャ…いや、マッチャ!シオン、明日はマッチャを買いに行こう」

 

「では、京都の宇治抹茶がよろしいかと」

 

 

まるで遠足を明日に控えた小学生のように、ミツバは楽し気だった。そんな彼は鼻歌を唄いながら、机にトランプを並べる。

 

 

「マジェスティ。彼女と接触するのは、計画ではもう少し後のはずでは?」

 

「楽しみは早めるものだろ?

今日も明日も全力で楽しむ。それだけが、オレたち死人が生きる証なんだ」

 

「…存じております」

 

 

ミツバはトランプを空中に放り投げ、ダーツを放った。

ジョーカー、クラブのJが射抜かれて壁に貼り付く。

 

 

「仮面ライダーダブルに、仮面ライダーエデン…そして」

 

 

 

最後に放ったダーツが刺したカード。

それはダイヤの“A”。

 

 

「死ぬほど楽しめそうじゃないか。死ねないけどね」

 

 

 

 

__________

 

 

 

東京、秋葉原。

 

真夏だというのに長袖の革ジャンをきっちり着込み、右腕にキャプテンマークのような腕章を付けた男。

人ごみの中で一人立ち止まり、妙な存在感を放つその男は、その手に深紅のメモリを携えていた。

 

 

《アクセル!》

 

 

 




・賢王の右目
龍の手が掴んだような彫刻で飾られた、黄色い宝玉。一定時間触れるとその者と同化し、未来を見る力を与える。右腕を切断することで力の脈が断ち切られ、宝玉を取り出すことが出来る。2つ揃って初めて力が安定するため、片方だけでは上手く力を使えない。モチーフは「仮面ライダーアギト」より、オルタリングに埋め込まれた「賢者の石」。

・愚王の左目
甲虫の腕が掴んだような彫刻で飾られた、赤い宝玉。こちらは過去を見る力を与える。片割れと同じく古来中国より伝わり、盗人がそのまま王になったという逸話も残っている。一般にはその力は機密とされ、誰にも売られることなく伝わってきた。モチーフは「仮面ライダークウガ」より、アークルに埋め込まれた「天飛(アマダム)」。


いかがでしょうか。新設定のオンパレード。
今回一番苦労したのは、雪穂と亜里沙のセリフですね。なにせサンプル数が少ないから、口調が一定しない…勉強不足でございます。

ちなみに、今回登場した「スケイル・ドーパント」は鈴神さん考案。
「ウルフ・ガイアノイド」はMasterTreeさん考案の「ウルフ・ドーパント」を元にさせていただきました!

ガイアノイドは「薬物摂取」というより、「人体改造」をイメージしました。
名前は女性型アンドロイドの総称、「ガイノイド」をもじりました。分かりにくいと思いますが、こっちはメモリではなく「SDカード」を直接体に埋め込んでおります。

そして次回、サブタイトルのKは「怪盗」「仮面ライダー」そして、「警察」でございます!
振り切って行きましょう!!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!

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