ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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毎回恒例のお久しぶりです146です。
オリジナルドーパント案への返信、全てさせていただきました!半年も放置してすいませんでしたァ!!こんなんですが、これからも良しなによろしくおねがいします!!

話は変わりますが、今回もτ素子さんからメモリデザインを頂きました!ありがとうございます!

スラッシュメモリ
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キルメモリ
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エンジェルメモリ
【挿絵表示】


今回は解説回の雰囲気強めなので、文字数と言うか台詞が長いです。まぁ色々重要なこと言ってたりもするので、我慢して読んでいただければ…

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


第57話 Hの審判/失楽園

体が、熱い。痛い。苦しい。

生きた大蛇と剣山を一緒くたに飲み込んで、溶岩の上を裸足で歩いているような地獄。僅かに残る自我は、自身のいる場所をそう形容した。

 

いや、今更何を言っている。私はいつだって地獄の中心に居た。

 

母親には見捨てられ、残った色狂いの父親には痛めつけられ、真っ当に育てられなかった私が学校で受け入れられる訳も無く。新興宗教なんて嘘と欲まみれの場所に根を張っていたから、この世界に神なんて居ないと知ってしまっている。

 

そんな私を受け入れてくれた大切な二人の友人と出会った。父も死に、神気取りの悪の巣窟からも解放された。

 

しかし、そんな人生初めての幸運の代償として、天使を名乗る彼は私と彼女たちを引き離した。そこからも地獄だ。布教なんて心底どうでもいい活動で彼女たちに会えない憤りが身を焦がし、自分の中で育つ『歪んでいると自覚できてしまう愛』が、自分を醜く変えていく。

 

それを受け入れてしまう自分も、縋ることしか出来ない自分も

殺してしまいたい。死んでしまいたい。

 

そうだ。いっそ。どうせ。この世界、あの二人以外に意味はないのだから。

全部が全部、誰も彼もが

 

 

地獄に呑まれて、死んでしまえ。

 

 

 

「君の望みは叶う。そして、僕を楽園に導くんだ」

 

 

 

声が聞こえて、視界が傾いた。

顔だけが地面に落ち、光剣に斬られた首からは血の代わりに赤黒い霧が溢れ出す。

 

これで楽になんてなれはしない。またすぐに苦しみを纏って蘇る。

望み通りの末路だ。この地獄は、永遠に終わりはしない。

 

 

 

 

______

 

 

 

「何がどうなってこうなってんだ……」

 

 

様変わりした空を見上げ、アラシが呟いた。

エンジェル・ドーパントとの戦いに乱入したヘル・ドーパント。永斗の指示通りヘルを守ろうとするも、もう一体のドーパントがヘルを撃破してしまった。その結果が、この血の色の空だ。

 

 

「ヘルは一般メモリ開発で偶然生まれた禁断のメモリ。その所以がこれ、仮に…『無間地獄』とでも呼ぼうか」

 

「ヘルを倒すなってのは、それが理由か」

 

「そ。ヘルを一定条件下で倒すとこの無間地獄が解放される。言っとくけどこれはまだ初期段階さ。このままヘルを殺し続ければ川は血の川に、山は針山に、歩行者天国には人の代わりに魑魅魍魎のバケモノが闊歩するようになるだろうね」

 

 

果てには仏教に伝わる地獄そのままになるだろう、と永斗はそこまで言わなかった。八大地獄による人間の断罪が四六時中行われる。どうせ『地獄』としか形容できないのだから、言うだけ無意味だ。

 

 

「と言っても条件は『使用者は異常適合者で、脳の隅々にまで毒素が回った状態で、感情が暴走している時に過剰なダメージにより撃破されること』。普通は有り得ないよ。これが偶然起こる確率なんて僕が投げたストレートでメジャーリーガーから三振を取るより遥かに低い」

 

「ゼロじゃねぇか」

 

「そゆこと。それが今回は、たまたま生体コネクタが肥大化するほど使用者の体が弄られてて、たまたま使用者が病気レベルでヤンデレ拗らせてて、たまたまタイミングのせいで最高にハイで、そこにたまたま仮面ライダーが通りがかって、たまたまそいつがコンプレックスの根源にいたせいで激おこになって、たまたまそこに強化アイテム持ってて、たまたま仮面ライダーも悩んでたからついオーバーキル気味にトドメ差しちゃったってこと。いやー、たまたまって怖いねぇ」

 

「全部あの山門が仕組んだ…って言いてぇのか」

 

「どこから…って、考えたくないけどね」

 

 

アラシの目に映る永斗は、珍しい表情をしていた。余裕そうに装いながらも、溢れ出る悔しさを潰すように奥歯を噛み締めている。

 

 

「山門の目的は見えねぇが、このままじゃマズいのは理解できる。それで、この地獄を消し飛ばす方法はあんのか?」

 

「ある。いや…あった、って言った方が良いか。

でももうハッキリ言おう。無間地獄を消滅させるのは……不可能だ」

 

 

 

______

 

 

 

ヘルの無間地獄は既に街を複数呑み込むまでに成長している。そんな状況を喜ぶのか、憂うのか、少なくとも「彼」の心情は明らかだった。

 

 

「さぁ~問題です!今オレはどんな気分でしょうか?」

 

「サービス問題ね。雪降った時の犬みたく外駆けまわりたいけど、手出しできなくて溜まっているんでしょう?」

 

「さすが暴食ちゃん正解っ!オレってば、今超ぉぉぉぉぉ退屈!誰だか忘れたけどこんな面白いことすんのに、オレらをはみ子にすんのは酷いぜ。あっ、はみ子って伝わる?」

 

 

七幹部「傲慢」の朱月は大きく欠伸をして、負けそうな盤面のチェス盤を机ごと蹴飛ばした。対面する暴食は呆れた様子で、駒を拾い上げる。

 

 

「チェス飽きたー!将棋しよーぜ」

 

「嫌よ。将棋じゃ勝ち目無いじゃない」

 

 

今回の件では、七幹部は動けない。理由は山門が掲げている教えと、その最終目的にある。それが組織の「根源」の意志に沿っている限り、「根源」の手足である七幹部は何もできないのだ。

 

 

「山門は私が最初に育てたハイドープよ。愛着はあったから始末せずに見てたけど、してやられたわ。熟すのを待っていたつもりが、とっくの昔に腐って毒林檎になってたってわけね。もしかしたら最初から…なんて」

 

「可笑しいね、実の息子食っておいて愛着言う?ま、そのヤマトくんの計画が進めばこの世は地獄…傲りに傲ってるねぇ気に入ったよ。それに生きたまま地獄を手に入れるってのも、いや悪くない」

 

「少なからず窮屈になるけど、私たちが脅かされることは無い…彼らしいわ」

 

「じゃあ上手くいかなかったら?あーでもそん時は『嫉妬』が殺すか『強欲』の成金がスカウトするか」

 

「誰にも渡さないわよ。毒林檎の味にも、興味はあるの」

 

「悪食だねー」

 

 

朱月は勝手に将棋の駒を並べ始め、王の駒を飛車にぶつけ、飛車をつまみ上げた。

七幹部を蚊帳の外に追い出し、世界を作り替えようとする山門。不愉快だが、面白い。

 

 

「さぁて。次の一手、退屈させないでくれよ」

 

 

______

 

 

 

「無理ってどういう事よ!あんたが諦めたらどうしようも無いじゃない!」

 

「そんなこと言ったって無理は無理だよ。相手が悪かった…というか、相手の頭がイカれてたとしか言えない」

 

「そんな…でもっ!」

 

「にこっち落ち着いて。永斗くんも、気軽に言ってるわけやないんだから」

 

 

もう隠し通すのは無理だと判断し、永斗は皆に今の状況を明かした。それが絶望的だということも、包み隠さずに。

 

にこが動揺するのも当然だ。永斗が無理だと言うのは、他の誰よりも説得力を持ってしまうのだから。

 

 

「ヘルのメモリを破壊する方法はあった。無間地獄の中に発生する複数のヘルから灰垣珊瑚がいる『本物』を見つけ出して、そいつを()()()()()()()()()()()()()()で倒せばいい」

 

「ツインマキシマムを超える…『トライマキシマム』ってとこか」

 

「理論上可能だけど連発は無理だ。だから、無間地獄が初期のうちにヘルを集めて、一発のトライマキシマムで一気に倒せば可能性は高かった……でも」

 

 

永斗の視線がテレビに移った。当然、世間は大パニック。どのチャンネルでも変質した世について臨時ニュースを流しっぱなしだ。

 

ニュースキャスターが言う事には、無間地獄は指数関数的に広がっているらしく、もうじき東京都を覆いつくすだろうとのことだ。山門たちの妨害の中、その中のヘルを全て集めるなんて、不可能だ。

 

やるせなさを発散させるように、にこはまだ声を荒げる。

 

 

「その山門って男が主犯なのよね!?なんで宗教のリーダーが世界をこんなにするのよ!前にチラシ見たけど、平等がどうとか言ってたわよね!これのどこが平等よ!」

 

「みんな一緒に死ねば平等…ってことなんじゃない?結構いるわよ、軽率にそういうこと望んじゃう人」

 

「信者の方々はそうかもしれません。でも…あの教主は違う気がします。今にして思えば、彼の言葉は羽根のように薄く、軽かった。きっとあの言葉に本心など微塵も含まれていなかったのでしょう」

 

 

真姫の意見に対し、海未がそう返す。直接山門と顔を合わせ、洗脳能力の一片を見た彼女が言うのだ。間違いないだろう。

 

 

「目的が分からねぇ、で思考は打ち止めか。穂乃果、あの教会は…」

 

「ダメだったよ。もう誰もいなかった。どうしてこんな…みんなを不安にさせるような事をするんだろう……」

 

「愉快犯のテロリストなら単純でいいんだが…いたずらに不安を撒き散らして何を……」

 

 

『不安』。その単語が痛みを伴うほどハッキリと引っ掛かった。

その痛みは瞬時に後悔へと変わる。目の前の絶望的状況に気を取られ過ぎて、その先にある最悪を想像できなかった。

 

 

「永斗!奴の狙いは…!」

「なんで気付かなかったんだ……急ごう!」

 

 

アラシと永斗の目が合う。そして、次に二人の双眸が向けられる場所も同じ。

無間地獄の報道を続ける、テレビ画面。

 

 

「「テレビ局だ!!」」

 

 

 

______

 

 

 

ハードボイルダーではなく、リボルギャリーで山門が向かうと思われるテレビ局へと急ぐ。

 

奴の狙いは「世界に共通の不安を植え付けること」。エンジェルの能力「救済の後光(グロリア・サールス)」は悩みや不安を抱える人間を言葉と特殊な光で操る力。

 

つまり、世界が地獄と化した状態で彼の言葉と姿が報道されでもすれば、見た者全てがノアの天秤に入信。山門の傀儡になり果てるという寸法だ。

 

 

「野郎…世界征服とは大きく出やがったな……!」

 

「ちょっと違うかな。全人類が彼の言いなりで、自分は幸せだと確信しながら地獄に苦しむ。歴史上誰も成しえなかった世界平和だよ……最悪のね」

 

 

さっき話している間にも何体かヘルを殺したのだろう。風景の変貌が著しい。まだ完璧でないとはいえ、今テレビに映っても視聴者の三分の一は信者になってしまう程度の効果が予測できる。

 

そこから先は永斗の脳が全て予測している。初手を挫かなければ、今度こそ本当に打つ手無しの絶望だ。

 

 

「気付くのが速いではないか、見事なり探偵」

「いーや大分遅かったぜ。手遅れだノロ探偵」

 

《アベンジャー!》

《リベンジャー!》

 

 

リボルギャリーの進路に現れた二人組、ヒデリとカゲリ。見覚えのある永斗は彼らを敵と即判断し、リボルギャリーでの強行突破を図った。

 

しかし、ヒデリが変身したアベンジャー・ドーパントの剛腕と盾が、リボルギャリーの突進を衝撃を余さず受け止めてしまう。この二人との戦闘は避けられない。

 

 

「あいつら多分、山門の刺客だ。どうやらもうギリギリらしいね」

 

「みたいだな、速攻で片付けるぞ!」

 

「「変身!」」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

 

即座にサイクロンジョーカーに変身し、リボルギャリーから飛び出すと同時にアベンジャーに攻撃を仕掛ける。が、一瞬で間に入ったリベンジャーがダブルを妨害する。

 

 

「邪魔だ!どけ!」

 

「邪魔はお互い様だろうに…」

 

 

時間は無い。ダブルは最初から全力で倒しに行くつもりだ。

しかし、アベンジャーは余裕を切らすことなく攻撃を回避し、カウンターを仕掛ける。ダブルは挟まれるカウンターを防御、もしくは最低限受けながらも、攻撃の手を緩めない。

 

互いが互いの動きに慣れてきた頃、ダブルはアベンジャーの爪斬撃をサイクロンの力を利用して大きく躱し、死角に着地。そのまま右足でのキックを放つ。

 

間合いを把握して避けようとするアベンジャーだが、蹴りに合わせて風の斬撃を付与することで、リーチを拡張。ダブルの一撃がアベンジャーの胴体を斬り付けた。

 

 

「あ゛ぁ…場数が違うな。あの槍ライダーとは違う」

 

「その通りだなカゲリ。彼の者のような形を倣う想像から生じた戦いでは無い。しっかりと踏み固めた感覚と理性故の強さだ。実に勤勉……!」

 

「うるせぇなヒデリ。お前も手伝え…って神さん言ってんぞ」

 

 

アベンジャーも地に刺した剣を引き抜き、戦闘態勢に入った。

その抜刀と同時にダブルの足元が燃え上がる。異質なほど真っ赤な炎だ。熱さよりも、痛みを訴えるような炎。

 

赤い炎はアベンジャーの肉体と剣に入り込み、それらを赤に変えた。力がそのまま色になったように。

 

 

「この赤き鋼を見よ。これは貴殿の業。弱き者を痛めつけてきた、その報いを…我が神に代わって下す!」

 

 

赤剣を振り上げたアベンジャー。一瞬メタルメモリに手が伸びたが、アラシの本能がそれを止めた。

 

そんなものは無意味だと、直感した。

 

 

「我は報復者。踏みにじられし怨念を代行する者。その命を以て天に詫びるがいい!」

 

 

アベンジャーが振り下ろした剣は、アスファルトの道路と軌道にあった全ての物体を一刀両断した。それも、十数メートルに渡って。

 

アベンジャーの能力は「報復」。敵が過去に他者に与えた痛み、向けられた恨みに応じてパワーと防御力が向上する。敵が戦場をくぐり続けた猛者であるほど、彼は鬼神の如き力を発揮するのだ。

 

 

『パワー系にしても限度があるでしょ…』

 

「おいおい。二人いるって忘れてんのか?」

 

 

避けた所にリベンジャーが追撃に迫る。

ダブルは咄嗟に蹴りのカウンターを放ち、リベンジャーを退けた。

 

 

「妙だ…今の避けれたはずだろ」

 

「勘が良いなぁ…嫌いだぜ探偵」

 

 

ダメージを受けた場所に炎が燃え上がっている。アベンジャーとは対照的な、青い炎だ。蒼炎は同様にリベンジャーの体に吸い込まれ、青いオーラへと変換された。

 

 

「顔面蒼白、真っ青だ。この青は我が痛み。あぁ痛ぇ痛ぇ痛ぇッ!!許さねぇでいいよな!?殺していいよな神さんよぉ!!」

 

 

意識を振り切る爆発的初速。からの、炎が添加された爪の連撃。呼吸どころか瞬きの隙も与えない。意識を途切れさせれば、次の刹那には背後に回っている。

 

 

「我は復讐者!己の怒りのままに怨敵を穿つ者!許してほしけりゃ死ね!仮面ライダーぁぁぁぁッ!!」

 

 

リベンジャーの能力は「復讐」。自身が受けたダメージ、抱いた負の感情に応じて速度・感覚・機動力が強化される。殴り合えば殴り合うほど、彼は強くなっていく。

 

戦って浮かぶ感想は「強い」の一言だ。尖った力が組み合わさることで、見事に相互補完をしている。コンビなら恐らく、あのファーストをも超える強さ。

 

 

「こんな奴らの相手してる場合じゃねぇってのに……!」

 

 

焦るダブル。すると、途端にリベンジャーとアベンジャーが動きを止めた。何かに気付いたような素振りだ。

 

 

「……そういうことか。お許しください神よ!我らの手出しは不要だった!行くぞカゲリ!」

 

「つーか、それなら山門も言ってくれりゃいいのによぉ。撤退だヒデリ。辻褄は合わせなきゃなぁ」

 

 

その場では理解できない言葉を残し、二人は消えた。

しかしチャンスだ。今からでもテレビ局に行けばまだ……

 

 

「待て」

 

 

ダブルの前に立ちふさがったのは、ヒデリでもカゲリでも無かった。

いや、彼らが帰ってきた方が良かったかもしれない。今、この人物が邪魔をするというのは何を意味するのか、考えなくても分かってしまう。

 

 

『最悪の展開だ』

「何のつもりだ……瞬樹!」

 

 

立ちはだかるのは、エデンドライバーを構え、ロードドライバーを装着した瞬樹。まるで別人のような顔つきだが、間違いなく彼だ。

 

そして彼は、その槍先をダブルに向けようとしていた。

 

 

「救済の邪魔は…させない」

 

《ドラゴン!》

《グリフォン!》

 

 

「この…馬鹿野郎が!!」

 

 

殴ってでも止めようとするダブルの拳を弾き、瞬樹は二本のメモリをそれぞれのドライバーに装填。敵意を明確に込めた、この言葉を吐いた。

 

 

「変身」

 

《ドラゴン!》

《グリフォン!オーバーロード!》

《Mode:ATTACKER》

 

 

グリフォンとドラゴンのメモリが融合し、鋭い爪と短い翼を備えた翠嵐のエデンが誕生した。それは先陣を切り、疾風怒濤の勢いで敵を討つ、迅雷の騎士。

 

しかし、その『敵』はダブルだ。

 

 

「邪魔をしないでくれ。地獄を避けられないのなら、せめて山門の救済を受け入れるべきなんだ」

 

「お前がそんなにバカとは思わなかったぜ!何を言われた!お前はどんな馬鹿げた話を信じた!?」

 

 

瞬樹に話をする気は無い。グリフォンの能力で宙を蹴り、異次元の動きでダブルを翻弄する。その素早さも鋭さも、ロードドライバーを介することで飛躍している。

 

瞬樹はあの一件で打ちのめされていた。そこに山門の甘言が耳に入れば、心を奪われてしまうのも無理はない。無理はないのだが……

 

 

「ふざけんな!お前、今自分が何してんのか分かってんのか!?」

 

「分かっているさ…人類を救うため、俺が山門の剣になる。お前たちもすぐに理解できる。地獄の中で人を導けるのは…山門しかいない」

 

「違ぇな分かってねぇ!お前がやってんのは裏切りだ!お前を信じて、心から心配してたアイツらをお前は裏切った!」

 

「だとしても……俺が地獄の窯を開いたんだ。これが俺の償いなんだ!」

 

 

ルナトリガーにチェンジしたダブルの連射を、薙刀状に変形したエデンドライバーが切り伏せる。

 

時間差で迫る追尾弾も予測しており、発生させた竜巻でエネルギー弾を巻き取ると、そのままダブルへと跳ね返した。その隙に乗じて肉薄したエデンは、薙刀の両刃でルナトリガーを一方的に圧倒して見せる。

 

 

「いいか!猿にも分かるように教えてやるから耳かっぽじって聞きやがれ!お前の言う救済ってのは、山門の自作自演。ヘルの一件もお前の暴走も!全部あの野郎が仕組んだ事だ!分かったら目ぇ覚ませこのバカ!」

 

「ッ……!?」

 

 

エデンの攻撃が止んだ。ダブルが告白した真実に、心を揺さぶられているのだ。

信頼する仲間の言葉、疑う余地は無い。少なくとも、以前までの瞬樹ならそう考えていたはずだ。

 

それなのに、今はそうはいかない。そう考えようとすると、自我が鎖に縛られたように、思考がそれ以上前進しなくなる。

 

 

「そんなわけ……ない!」

 

『駄目だアラシ。エンジェルの洗脳を前に、信頼なんて意味を成さない』

「…ふざけやがって……!何が天使だ!」

 

 

再開したエデンの攻撃を浴びながらも、ダブルは至近距離からエデンに連続射撃。回避しようのない攻撃で退いたエデンを、ダブルはマグナムで顔面めがけて殴りつけた。

 

 

「お前の……名前を言えよ」

 

「……津島…瞬樹…」

 

「違ぇだろ!お前は竜騎士シュバルツだ!あんだけ自称しといて忘れたか!」

 

「黙れ……」

 

「都合良い事しか言わねぇ天使様はどうだ!?心地いいだろうな!現実見ずに正しいことしてるって言い切れるんだ、なんて素晴らしい生き方だ!羨ましいぜ!」

 

「黙れ……!」

 

「これが騎士道か竜騎士シュバルツ!!ウザったらしいほど連呼してた、お前の騎士道ってのはどこ行った!!」

 

「黙れ…!黙れ!!俺は…殺した!泣かせた!何も守れなかった!力に溺れた!何が騎士だ!弱いんだ…俺は。でも俺は騎士じゃなきゃいけない!強く正しくなきゃいけない!だから邪魔をするなあぁぁぁっ!!」

 

 

アラシの言葉を断ち切るように、悲痛に濡れた刃を振り下ろす。

だが、刃がダブルを傷つけることは二度と無く、それどころか鎧も、苦悶の形相を隠していた仮面も、何もかもが消え去ってしまった。

 

ドライバーからドラゴンメモリが弾け、その色を失った。

 

 

“D”のオリジンメモリ。

地球から分離した26の意思の一つにして、“信仰”の意思。

 

それは一本の槍の如く、一つを信じて命を捧げる気高き魂。

信じることを止めた騎士を、竜は見放した。

 

 

「そん…な……」

 

 

瞬樹を支えていた唯一の存在が消え去った。彼の手にはもう、強さの証など欠片も残ってはいない。

 

今の彼は騎士でも戦士でも何でもない。

全てを否定されて地に這いつくばる、惨めなただの少年だ。

 

 

そんな時、ダブルの着けた通信機から声が聞こえた。

事務所にいる穂乃果の声が、こう報告する。「テレビに山門が現れた」、そして「何やら大変なことになっている」と。

 

 

 

 

_______

 

 

 

時は少しだけ遡り、場所はテレビ局に移る。

世間を騒がせているこの現象について、山門はコメンテーターとして報道番組に出演を果たした。

 

全てが計画通り。番組制作側もパニックな状態、エンジェルの力でそこに取り入るのは造作もない事だ。

 

 

「…この奇妙な現象は更に範囲を拡大しており、怪物を見たという目撃情報も相次いでいます。今回特別にお越しいただいた、宗教団体『ノアの天秤』の山門さんに、詳しい解説をしていただけるとのことです」

 

「ご紹介ありがとうございます。僕がノアの天秤二代目教主、山門です。僕程度が得た情報で恐縮ですが、この現象は『ガイアメモリ』が引き起こしたものです。止まることはありません」

 

 

誰しもが不安、もしくは好奇を顔に出す中、山門だけは異質。何もなかったように、誰もが日常で浮かべるような笑みを見せていた。

 

 

「ガイアメモリと言いますと…近頃頻発する、怪物騒動の原因となっている機械のことですね」

 

「流石です、お耳が速い。僕がノアの天秤を受け継いでから4年。僕たちは独自にガイアメモリの解明を試みていました。全ては今日のような、来るべき日のために」

 

 

スタジオの照明が強くて誰も気付かない。山門の背後から、僅かに光が漏れていることに。

 

場は完成した。後は言葉と映像に乗って、山門の救済は人々の心を侵略する。

 

 

「ですので何も恐れることはありません。僕たちが必ず、皆さんを……」

 

 

言葉を遮るのは言葉とは限らない。割り込むのは人とも限らない。

時には、単純にナイフが言葉を断ち切ることもあるのだ。

 

 

「……驚いたな」

 

 

首を傾けた山門の顔を、ナイフがかすめる。

平常から騒乱の狭間を裂いてカメラ前に降り立ったのは、キル・ドーパントだった。

 

 

「暗殺を狙ってましたが隙が無いもので。白昼堂々、明殺とさせてもらいます」

 

「それは困る。僕には…大衆を救うという使命があるのでね」

 

 

騒然となるスタジオ。山門はカメラを横目で確認すると、手元に隠し持ったメモリを指先に挿し、報道される中でエンジェル・ドーパントに変身してみせた。

 

 

「なんのつもりで…?」

 

「僕は天使です。その本来の姿を曝け出しただけのこと」

 

「そういうことですか。それなら、ここからの報道は禁じます」

 

 

未だカメラを回し続けていたスタッフだったが、キルが放った攻撃がカメラや他の機材を破壊し、スタジオのセットをも切り裂く。

 

キルに一切の遠慮は無い。居残り続けるなら迷わず殺す。その意思はそのまま恐怖として伝わったらしく、スタジオからは誰もが蜘蛛の子を散らして去っていた。

 

 

「貴方の信者候補は居なくなりました。救世主様はここで、磔になって死にます」

 

「ユダに裏切られていたのなら…あぁ、それも受け入るしかあるまい」

 

 

先手を取ったのはキルだ。短剣を握り、天使の心臓を貫かんとする。

しかしエンジェルは光の防壁でガード。錫杖を掲げ、招来した雷がキルを撃つ。

 

残った防壁は矢に変わり、キルに突き刺さった。傷から落ちる血が痛みの証拠だ。

 

 

「見えました」

 

 

床に落ちたキルの血液が刃になり、無防備なエンジェルに襲い掛かる。

キルの能力は「血液操作」。攻撃を必要以上に受けたのも、自身の流血を狙ったものだ。

 

だが、その不意打ちさえも防壁は阻んだ。

 

 

「甘いね。どうやら、ゴルゴダの丘はまだ遠いようだ」

 

 

人の心を掌握するため、山門は時間をかけて周囲を調べ上げている。キルの能力も例外ではなかった。

 

渾身の不意打ちを防いだエンジェルは、その好機に意識が攻撃へと転換する。光剣を構え、狙うは手負いの暗殺者。

 

 

「見えたと…言ったはずです」

 

 

振り上げた腕に痛みが走る。意識外のエリアから飛来した血液のナイフが、エンジェルに突き刺さったのだ。

 

 

「スタジオの破壊の時、誰かを斬った際の血か…素晴らしい」

 

「褒めるのは良いですが、ボクは知りませんよ。それが貴方の最期の言葉です」

 

 

防がれた攻撃が血液に戻り、今度は紐のように変質すると、エンジェルに刺さったナイフとキルの傷口を接続。

 

その途端、エンジェルの動きが止まった。山門はそれが「主導権を奪われた」という事だと認識出来た。出来た上で、成す術はもう無い。

 

 

「『マルコヴィッチの穴(ディア・マイ・マリオネット)』。ボクの血で貴方の体を奪いました。一応は貴方を模倣したつもりです…多少スマートさには欠けますが」

 

 

エンジェルの剣が自身の首に向く。

キルの勝利で勝負は決した。

 

 

《サクリファイス!》

 

 

電子音が聞こえ、キルが振り返るよりも速く、包帯が巻かれた巨大な腕がキルを床に押し付けた。

 

上半身だけの巨躯。変身前で一切気配を悟らせない技量。キルはこのドーパントを知っている。

 

 

「サクリファイス・ドーパント…佐向里梨…!」

 

「どうやらユダはまだ僕に従順だったらしい。やはり君は素晴らしいよ、里梨くん」

 

 

 

その動揺でコントロールが切れ、エンジェルが解放されてしまった。

押し付けられたキルを見下ろす天使は、自由を見せつけるように翼を広げる。

 

 

「最後に聞くとしよう。神を信じる者は、神の声を聴いたと思うか?」

 

「何を……」

 

「答えは否だ。神も天使も言葉など要らない。ただ『奇跡』があればいい。組み立てられた願望という土台の上に奇跡を見れば、人はそれを神と呼ぶんだ」

 

 

エンジェルが天に飛び去って行く。

最後の言葉で理解した。彼の狙いと、最初から自分が『利用されていた』ことに。

 

 

 

______

 

 

 

穂乃果から受けた報告は「山門がテレビに出たら別のドーパントが出てきて、山門がエンジェルになったら放送が止まった」。何が何やらではあるが、大体の状況は読み取れる。

 

 

『別のドーパント、ってことは組織が動いた?随分と遅い気もするけど』

 

「とにかく俺たちもテレビ局に!」

 

 

妨害する者もようやく消えた。エンジェルがやられていれば一件落着、その別のドーパントとやらを倒せばいい。エンジェルが健在ならこの手で叩き潰す。急ぐ以外の選択肢は無い。

 

即決してリボルギャリーに足を向けた時だった。

 

 

「……太陽…!?」

 

 

ダブルはその背中に、眩い光が当たるのを感じた。

無間地獄の大気はまるで濃い霧のようで、太陽なんて見えちゃいなかった。

 

しかし空を見上げれば、そこには光。雲の隙間から差すような優しい光が。

 

地獄の中の希望。そんな直喩的な言葉が浮かぶ。

遥か上空から都心を照らす、その姿は―――天使(エンジェル・ドーパント)

 

 

『しまった……!これが狙いか…っ!』

 

「おい待て。あれが山門なら、この後光を浴びた奴は…!」

 

 

一度テレビに映って変身することで、見た者に「エンジェル=山門」の等式を植え付ける。そこに乱入したドーパントは、視聴者目線では地獄から生じた怪物だ。

 

その怪物との戦いから生還し、こうして天高くで輝いているのは勝利の証。その一連の流れは「山門なら本当にこの地獄から救ってくれる」という考えを抱かせる。

 

そんな状態で「救済の後光」を浴びれば、

言葉なんて無くたって、エンジェルは本物の天使に見えてしまうだろう。

 

 

『人は画面を通したものより、肉眼で見たものを信じる。その肉眼で今、人々は神を見てる。あとは人が勝手に解釈して期待して、ほっといても山門は全人類の教祖様だ』

 

 

燦々と振りまく希望が全て偽りだと、彼らは知らない。

これは神の啓示なんかじゃない。天から民衆を見下し、嘲笑っているだけであると、誰も知らない。

 

地獄に怯える人々も、力を失ったまま立ち上がらない瞬樹も、

誰もが皆、信じれば救われると、本気で信じて―――

 

 

 

「山門おぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 

ハードタービュラーを発進させ、怒りの頂点に達したダブルが空を突っ切る。全ては、あの最悪の天使を空から叩き落すために。

 

姿を晒している今が好機だ。今を逃せば奴を探すのは困難になる。

しかし、ダブルがその短くない距離を詰めてくる間、エンジェルは動かなかった。ただ悠々と空に鎮座するようにダブルを待ち受ける。

 

 

《ルナメタル!!》

 

「『メタルイリュージョン!!』」

 

 

エンジェル狙撃を弾き、無数の光の円盤がエンジェルに飛んで行く。

それらを防ぎ切った先にいるのは、急接近しヒートメタルにチェンジしたダブル。そして、その燃えるシャフトを力の限り光のバリアに叩きつけた。

 

 

「もしや僕は怒りを買ってしまったのかな?だとしたら残念だ。僕はただ、人々を救済したいだけなのだよ。この世界は不平等だとは思わないか?くだらない差別、貧困、実に不条理だ。だから僕はかつての地球のような、楽園を取り戻したかった。全ての命が生を全うできるような楽園を」

 

「ざけんな!!大嘘並べてテメェは何人騙した!何人の心を踏みつけにした!」

 

「心を…あぁそうか。怒っているのは津島瞬樹の事かな。彼は仕方が無かったんだ、本当は君たち二人に珊瑚を殺してもらうつもりだったんだが…」

 

 

そう言うと、エンジェルは自身の計画を語り始める。既に全て遂行された計画を。

 

 

「暴食が今の彼女に代わったのは5年前だったかな。その頃にはもう、彼女は音ノ木坂を巣としていた。ならば仮面ライダーがそこに辿り着くのは必然で、そのために珊瑚を手に入れた。音ノ木坂に進学する友人を持つ珊瑚と、音ノ木坂で暴食を探す君たち。この共通項さえあれば、いずれ珊瑚を殺させることは可能だった」

 

『それじゃ、瞬樹は…』

 

「イレギュラーだったけど、彼は素晴らしかった!心は未熟で崩しやすく、それでいて凄まじい才能を持っているが、それは僕の手中に収まる程度。彼のお陰で数年も早く楽園創造が叶った……心から感謝しているよ」

 

 

ヘルを超える程の精神的嫌悪感だ。やはり彼は、他の人間を「動かしやすい人形」程度にしか思っていない。

 

 

「天使が聞いて呆れるな!テメェのクソみてぇな野望のために、矛盾だらけのペテンで人形遊びか!くだらな過ぎて吐き気がする!」

 

「何も矛盾はしていないさ。僕は何も嘘を言っていない。地獄の原因がメモリなのも、それを止める手段が無いのも、僕の手によって誰もが救われるのも、全て真実を述べたに過ぎない。それを各々が好きなように信じてくれたんだ。

 

例えば、これまでの僕の信者は破滅願望が強くてね。彼らは『人類皆平等の終わり』を求めていた。だから彼らは僕の行動を『衆愚を欺き終末を呼び込むための演技』と思うだろう。

 

逆に僕の新たな信者は『平等に幸せに生きる権利』を欲しがっている。そんな彼らは僕が不審な行動をしても『反乱勢力を丸め込むための方便』と思ってくれるはずだ。

 

あぁ…素晴らしい!誰もが自分の望み通りに生き、生を全うできるんだ。永らえるも、散るも、全ての命は平等に。何故なら………

 

 

天使である僕を、誰も疑わない」

 

 

海未の言う、羽根のような言葉だ。彼の思想はどれも軽く、心にも無い。

逆に己の魂胆の暴露は、重く、どす黒い、煮詰まったヘドロのような嫌悪感。

 

ダブルの怒りが拳に伝達し、そのまま力となってシャフトを駆ける。血管が千切れるような絶叫と共に、エンジェルの防壁に亀裂が走った。

 

この怒りを脳天に叩き込む。そう鬼気を放つダブルに対し、エンジェルはゆっくりと、手を伸ばした。

 

 

 

「自分を偽るのは辛いだろう、切風アラシ」

 

 

 

ダブルの左側から、力が消えた。

 

 

『アラシ!?』

 

 

あの後光を浴びていたのはアラシも同じ。

そしてエンジェルの言葉は、アラシの心の底を、貫く言葉だった。

 

 

「その怒りは本物なのかな」

 

「やめろ…」

 

「本当はどうでもいいと思っているはずだ。どうせ貴方が憎んだ世界なんだから」

 

「それ以上喋んな…!」

 

「貴方は何も悪くない。あんな過去を強いた世界が誤っている。

でも、これからは一人が理不尽を被ることは無い。全てが平等な世界が訪れる…共に復讐しようじゃないか。その薄汚い命を僕が救ってあげよう」

 

「黙れって…言ってんだろがぁッッ!!」

 

 

もう一度メタルシャフトを振りかぶる。エンジェルの言葉を否定するその一撃は

 

 

「止まりなさい」

 

 

エンジェルには、届かなかった。

アラシの体が完全に止まった。エンジェルに危害を加えようとすると、頭が全力で拒んで来る。

 

その理由であるアラシの「過去」や「本心」は、永斗にも分からない。

分からないが、この一手はダブルにとってチェックメイトも同然だ。

 

 

「畜生……!!」

 

「…あくまでも僕を拒絶するつもりか。ふむ、どうするか。神を疑い、無垢を失ったニンゲンは…あぁ、そうだ。もう僕の楽園には要らないな」

 

 

エンジェルが掲げる天秤は雷雲を呼び、猛風を起こす。

滝の如く地に叩きつけるような竜巻がダブルの体を飲み込み、無力な彼らを天空から追放した。

 

 

 

_______

 

 

 

それから何時間経っただろう。

時間を忘れる眠りから、アラシは目を覚ました。起き上がった頭が捉えるのは、見慣れた事務所だ。

 

 

「…ッ!何時間寝てた…山門の野郎は…!?」

 

「一晩分くらい寝てたわよ。あんな高くから叩き落されたんだから、もう少し寝ててもいいのに…」

 

 

目覚め直後の問いに、傍で看病をしていた真姫が答えた。

一晩と聞いて時計を確認する。時刻は真夜中というか朝になる直前のような時間、窓の外は月の光も入らない真っ暗だった。

 

 

「悪いな…こんな遅くまで」

 

「いいわよ。永斗から状況は聞いたから、あんなの聞いたら不安で寝れないわよ」

 

 

意識を叩き起こし、アラシも現状を確認する。

どうやら凛以外の皆がここにいるようだ。流石にほとんどの面々は眠っていたが、花陽だけ部屋の隅で目を開けていた。アラシが目覚めて安心しているようだが、駆け寄れる気力は無いほど、衰弱している。

 

無理もない。親友の珊瑚の転入からこんな事態になり、珊瑚が死に、こうして地獄が広がっているのだ。おまけに自分自身も山門の計画に利用されていたとなれば、普通の精神力じゃ耐えられない。

 

 

「永斗…そうだ、永斗はどこに」

 

「今、奥の部屋で根詰めてるわ。帰ってきてからずっと…心配で私たちも代わる代わる様子を見に行ってるんだけど……」

 

 

 

_______

 

 

 

「永斗…君…?」

 

 

もう何時間も部屋に籠っている永斗。彼の様子を伺いに、ことりが恐る恐る顔を出す。

 

妙に広い奥の永斗の部屋。広いホワイトボードには真っ黒とも言えるくらい文字が敷き詰められており、それでは足りなかったのか足元にも文字だらけの紙が積もっている。

 

永斗はその中心で、紙に埋もれて倒れていた。

 

 

「永斗君!?」

 

「あっ待って。大丈夫、ただの気分転換…

って今度はことりちゃんか。凛ちゃんじゃなくて良かった」

 

 

よっこらせと永斗が起き上がり、ことりの顔を見て息をついた。

 

 

「凛ちゃんは…まだ家から出てこないって。大丈夫だって言ってたけど…」

 

「本人が言うなら大丈夫でしょ。僕のこんなザマを見られたくないし」

 

「ふーん。私ならいいんだね」

 

「先輩禁止令とか出たけど、ことりちゃんは僕ん中では頼れておっかない先輩だよ。今となっちゃ海未ちゃんより大分怖いし」

 

「怖いって…酷いよ永斗君!」

 

「だからちょっと…聞いてくれる?()()()()()だから言える、僕の弱音」

 

 

「弱音」という単語が永斗から出てくるのは珍しい。だが、この部屋の惨状から難航しているのは見て取れた。ここまで永斗が追い詰められているのを見るのは、初めてだ。

 

だから、先輩として頼ってくれるなら。応えるべきだ。

 

 

「…うん。聞くよ」

 

「良かった。正直…もう無理なんだ。山門には勝てない。世界は山門が支配する。チャンスはいくらでもあったのに、僕はそれを全部見逃した」

 

「でも…弱点とか無いの?みんなを言いなりにするなんて、いくらなんでも…」

 

「有るよ、勘が鋭いね。エンジェルの『救済の後光(グロリア・サールス)』は強力過ぎるから、その力の源を別の物質に宿さなきゃいけない」

 

「じゃあそれを壊しちゃえば…」

 

「間違いなくそれはヘルメモリだよ。ゴールドメモリならともかく、低級メモリのヘルにならエンジェルの能力を添加出来る。人々の洗脳を解くにはヘルメモリを壊さなきゃいけない、ヘルを倒すにはエンジェルの一派が邪魔過ぎる…完全にデッドロックになってるんだ」

 

「せめて山門さんだけやっつけるってのは、出来ないのかな?」

 

「瞬樹が洗脳されてアラシも山門には無力になった。僕はオリジンメモリと一体化してるから無事だけど、僕だけじゃエンジェルにすら勝てない。その勝ち筋をずっと考えてたけど、やっぱり無理だ」

 

「それじゃ…そうだ!また岸戸先生に力を貸してもらうってのは?」

 

「岸戸…憤怒のハイドの事か。確かに彼らならエンジェルは倒せるかもだけど、あの修道服の二人組がいる。例えファーストでもあの二人に勝てるかどうか…それに悪戯に戦力を投入すると、瞬樹みたいに洗脳されて戦力を奪われる可能性がある。そういう意味もあって、憤怒は全く信用できない」

 

「え…っと…じゃあ…」

 

「ここまで事が進んで組織が動かないってことは、そもそも組織の思惑通りか、動けない理由があるってこと。乱入したドーパントってのも、今となっちゃ山門の自作自演の可能性も否定できない。今のとこ全部あいつの思惑通りってわけ。じゃあ次は天使として街に現れるヘルを堂々と退治する…いや、山門の事だ、警察や裏社会の連中から一般市民に武器を流して、『我々自身の手で世界を取り戻すのです』とか言って市民とヘル軍団をぶつけさせるだろうね。灰垣珊瑚の適合率を手術で無理やり引き上げたせいで、複製ヘルは通常より脆くなってる。あの程度だったら一般人が手榴弾持って特攻でもすれば倒せるし…そうなったら地球全体が無間地獄になるまで一瞬だ。拡大具合と進行具合から概算して、ヘルが108体死ねば地獄惑星地球の完成。奇しくも煩悩の数と同じだね。それまでもそれからも、数えきれないほどの人が死ぬことになる。でも大丈夫だよ、この何時間かで皆を生かす方法だけは考えてあるから……学校やアイドルはちょっと…続けさせてあげられないけど。せめてあの時瞬樹をケア出来てれば、もう少し早く灰垣珊瑚の狂気性を知れてれば、ことりちゃんのブレッシングメモリを使って洗脳から守ることを思いついてれば、山門の狙いにもっと早く気付いてれば…あぁもう面倒くさい。なんで僕は強くも無ければ、肝心な時に役立たずなんだろうね」

 

 

ことりの口から言葉が出てこない。

いくら考えても、それは永斗が通った道。何を言ったところで、永斗が自身に押した「無能」の烙印を、拭い去ってあげることができない。

 

 

永斗の言葉が止んだ時、扉が閉まる音がした。

 

 

「誰かにさっきの弱音聞かれちゃったか…」

 

「あれは……花陽ちゃんかな…?ちょっと見てくるね」

 

「お願い。だとしたらマズいかも…変な事思わなきゃ良いんだけど」

 

 

__________

 

 

盗み聞きをしてしまった花陽は、耐えきれずに事務所を飛び出した。

 

永斗は誰よりも頭が良い。冷静にものを見て、的確な結論を出す。

そんな彼が言ったんだ。

 

『珊瑚を知っていれば』『瞬樹を救えていれば』

 

 

「私の…せいだよね…」

 

 

ヘルの影響で、街並みはとっくに見慣れないものに変わってしまっている。この地獄を彷徨っているであろう瞬樹も、苦しみながら死を繰り返す珊瑚も、ついこの間までは隣にいたはずなのに。

 

 

「真夜中に散歩ですか、小泉さん。月は見えませんが」

 

 

当てもなく歩き回っていた花陽に声を掛けたのは、烈だった。

 

 

「こんな夜中に女性が出歩くのは少々不用心ですよ。ウチの馬鹿がゾッコンになる程度に麗しいんですから、どんな暴漢が襲ってくるかも分かりません」

 

「クロ…は、そっか、瞬樹くんを探してたんだよね」

 

「まぁそんなとこです。折角ですし、少し歩きましょう。もしかしたら露頭に迷った竜騎士が釣れるかもしれません」

 

「そうだね…瞬樹くん、大丈夫かな…」

 

 

烈はそう呟く花陽の顔を見て、その心中を読み取った。

この顔は、自分に負い目を感じている人間の顔だ。

 

 

「自分のせい、なんて考えてますか」

 

「…うん。珊瑚ちゃんも瞬樹くんも大事な友達で、二人ともどこか違うって、おかしいって気付いてたのに……私は何もできなかった…」

 

「それ以上は結構ですよ。貴女は星空さんより聡明ですから、下手に触れると相手を傷つけてしまうと知っていたし、恐れていた。要は優しすぎただけのことです」

 

「ううん、違うの。私は…小学校の時から、珊瑚ちゃんの家がおかしいって知ってた。それだけじゃないんだ。凛ちゃんが男の子みたいってからかわれてた時も。ずっと私は何もしなかった…」

 

 

瞬樹もそうだ。どんな危険な状況でも、ずっと支えてもらっていた。それでいざ自分が助ける番になると、今度は下手をするのが怖くなる。今彼と出会ってもきっと、与える言葉なんて浮かんでこない。

 

 

「ずっと助けてもらってばっかりで…私は誰も助けられない。そのありがとうって気持ちを返してあげたいのに……私は…誰の希望にもなれないのかな…?」

 

 

花陽の大きな欠点である、圧倒的な自信の無さ。気持ちも勇気も大きいものがあるのに、自分の器に入り切っていない。

 

その理由は、さっき語った後悔か。それとももっと昔の記憶か。

烈の顔が一瞬曇った。結局は彼女も過去の奴隷だった。そんな生き方を見ていると、

 

少しだけ腹が立つ。

 

 

「清算なんてできませんよ」

 

「…クロ……?」

 

 

その一言だけは別人のようで、感情が乗った声が真っ暗な地獄に響いた。

 

 

「復讐、贖罪、後悔、恩返し、どれも意味なんて無い。人は過去を清算できない。どれだけ何をしたところで消えはしないんです。だったら忘れた方が良いに決まってます。それで…死ぬくらいなら」

 

 

烈の声色は元に戻った。一瞬の情熱と感情が、闇に溶けていくように。

空気の温度と同じになった言葉は、花陽に向けられ続ける。

 

 

「切風さんに伝えてください。『切り札は全てを覆すから切り札』と。

代わりに小泉さん、貴女にはボクの母の言葉を送ります。『閉じた小箱の中には、希望が詰まっている』」

 

「閉じた…小箱?」

 

「解釈はお好きにどうぞ。それでは朝が来る前にボクは退散します。

どうか、一度全部忘れて向き合ってみてください。今の小泉さんの胸を貫く、衝動に」

 

 

烈がそう言って去ると、少し辺りが明るくなったような気がした。地獄の霧に覆われて見えはしないが、太陽が昇ったのだろうか。

 

 

「少し…喋り過ぎましたね」

 

 

烈もまた、山門の討伐に失敗した身。もう自分の力では山門の野望は阻止できない。

全ては花陽にかかっている。そのための布石は、もう置いてあるのだから。

 

 

 

________

 

 

 

『人は過去を清算できない』

この言葉をどんな気持ちで言ったのかは分からないが、花陽にはこう聞こえた。

 

『滅茶苦茶でいい。やるだけやってみろ』

 

 

「うん…そうだよね。私は諦めたくない!瞬樹くんも珊瑚ちゃんも助けたい!」

 

 

これが純粋な衝動だ。蓋なんてしてたまるか。

ただそれだけの一人として、走るんだ。

 

 

「凛ちゃん!!」

 

 

朝も早く、異常な景色を駆け抜けて、花陽は凛の家の前で叫んだ。

 

 

「かよちん…?」

「行こう!」

 

 

眠っていないのか、疲れた顔で扉を開けた凛の手を、花陽は強く握って再び駆け出す。向かう先は切風探偵事務所。これで、瞬樹と烈以外の全員が揃った。

 

 

「あ、かよちゃん戻ってきた。良かった、てっきり変に思いつめてるのかと」

「永斗くん!諦めちゃダメ!」

「えっあっ、はい」

 

 

妙に滾った第一声で、永斗の思考より先に間の抜けた返事が出る。

沈んだ顔で目覚めた皆の前で、花陽は思いつく限りの言葉を放つ。その先を考えず、何も考えず、ただがむしゃらに。

 

 

「大丈夫…絶対大丈夫!なんとかなってきたから、今までずっと!瞬樹くんは私が助けるよ!珊瑚ちゃんも絶対探し出す!みんなは嘘っぱちの天使なんかに負けないって、私は知ってるから!」

 

 

花陽が目を開くと、空気は唖然としていた。

強く言い切ったのがなんか恥ずかしくなって、あわあわと取り乱す花陽。そんな様子を見て、絶望しきっていた永斗が、真っ先に腹から笑った。

 

 

「わ…笑わないでぇぇ…!」

 

「はは…ゴメン。いや、やっぱり可愛いって正義だわ。僕があれこれ理屈こねた『無理』より、かよちゃんの必死な『できる』の方が、よっぽど心に響く」

 

 

花陽の全力を聞いた他の皆も、思い出した。

出来ないから何だと言うのか。それで何もしないわけがない。

 

ずっと前からそうだった、何もしてこなかったらμ'sは生まれていない。

敵がどれだけ凶悪で強大だろうと、その心が変わるはずもない。

 

 

「お前の言う通りだ花陽、全部どうにだってなる」

 

「アラシくん…」

 

「天使がなんだってんだ。こっちは女神だぞ、しかも9人。おまけに探偵と竜騎士も付けてやるよ格が違ぇ!あのクソッタレ天使、せーので楽園から突き落としてやろうぜ!!」

 

 

地獄の枯れた大地だろうと、希望の花は咲き誇る。

地上の花が見えない天界の住人を、嘲るかの如く、

 

その花は、強く、美しく、咲いていた。

 

 

 

 




今回登場したのは、祈願花さん考案の「サクリファイス・ドーパント」でした!

そういえば虹ヶ咲のアニメ始まりましたね。前書きで言えって話ですけど。
あのアニメ話数重ねるたびに推しが増えるから困る…感想で推しとか教えていただけると嬉しいです。あ、今のは「推し」と「教える」をかけた面白いジョークです。

さて、絶望的状況で花陽が光る!
…正直花陽のキャラはどうしても掴めないんで、今回ばかりは解釈違いって怒られても文句言えねぇ……謝っときますスイマセン。

さて、あと2話続くと思います。瞬樹が現時点で不憫+出番少ないなので。形はどうあれ、少しは挽回させなければ。

知り合いの作者さんたちが猛スピードで小説を進めており、焦っております!大学と格闘しながらこれからも書いていくので、気長にお待ちください!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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