ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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青い鳥文庫読者の146です。先日怪盗クイーンの映画を見に行きました。昔読んでたなーと思った方には是非おすすめしたいです。そうでない方も全員見に行って続編映画を作ってもらいましょう。

文化祭編後半です。アニメを見た皆さんなら何が起こるか承知のはずですが…アラシは一体どうするのか…!?

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


第62話 Aの別れ/No brand…

 

永斗が曲をほとんど完成させたことでμ'sは早々に新曲の練習に入ることができた。加え、瞬樹も練習に参加。花陽がいるおかげか、意外にも教えるのが上手いので練習はかなり捗った。そして日数は順調に過ぎる。

 

永斗を始めとし、この案に不安を持っていた面々は安堵した。これなら本番までにライブを仕上げることも可能かもしれない。

 

 

「永斗、少し話があるのですが…」

 

「え…なんか叱られるようなことしたっけ?」

 

「私をなんだと思っているのですか?」

 

 

海未に呼び止められ身構えた永斗。なにか悩みでも打ち明けるようだったが、その前に屋上に来訪者が現れ、話が途切れてしまう。

 

 

「皆さんお疲れ様です。学園祭……それとも文化祭でしたか? どちらにせよ、また無茶なことを挑戦しているようで」

 

「烈! 竜騎士の招集…ナイツ・サインに応じてくれたようだな!」

「そんなものに応じた気はありませんが、協力者として少しは手を貸さないと不義理というものでしょう。変装技術の一環でメイクには一家言ありますし、少々手荒にはなりますが人にものを教えるのも得手なので」

 

 

屋上で合流した烈が涼しい顔でそう言い放ち、そのドS指導に覚えがある永斗が苦い顔をする。ライブの成功率を高めるという意味では適任なのではあろうが。

 

烈は持ってきたドーナツの差し入れを穂乃果に渡すと、海未と永斗に目を向けた。

 

 

「お話の邪魔をしてしまったようですね」

 

「いえ…そんなことは。せっかくです、クロも聞いてくれますか?」

 

「ボクが聞いて構わない話なら是非」

 

「……穂乃果のことです」

 

 

海未は声を細め、近頃気になっていた穂乃果の様子に対する不安を吐露した。それは永斗も薄々感じていたものだ。練習に対する熱がいつも以上だったり、急に振り付けの変更を提案したり、雪穂からの話だが夜中まで練習をしていたりと、どこか過熱気味なところが目立っている。

 

 

「それだけではありません。ことりもです」

 

「ことり先輩も? いや…確かにそうかも、言われてみれば。なんかモジモジしてるっていうか、圧し留めてる感じ」

 

「はい…それにアラシも顔を見せません。とても心配ではあるのですが、下手に強く口を出すと崩れてしまいそうで…ただでさえ本番まで時間がないというのに」

 

 

簡潔に言うと、今のμ'sには余裕と呼べるものが全くない。そのせいで散見されるバランスの悪さにまで構っていられないのだ。それを解消していたのは本来であればアラシのはずなのに、今ここに彼はいない。

 

 

「大丈夫でしょう。そこまで大袈裟に心配することは無いと思いますが」

 

 

永斗が返答に困っていると、食い気味に烈がそう答えた。

 

 

「しかし……」

 

「本番近くに気合が入るのは当然。今の園田さんのように、南さんも心配になっているだけでは? 切風さんに関しては、恐らく別の依頼を受けていたりとか」

 

「そうなのですか、永斗?」

 

「いやぁ…うん、確かにそうなんだけど…」

 

「では何も問題はないでしょう。準備は滞りなく進んでいる、喜ばしいことです。それに万が一何かあったとしても…所詮は高校のイベント、大事には至りませんよ」

 

 

「所詮は高校のイベント」という言葉に思う所はあったが、そう言われれば納得してしまいたい気持ちはある。本当に何も無いのなら、ライブを成功させて、ラブライブに出場できるのだから。

 

不安を呑み込んでしまった。そして練習は続行し、本番へのカウントは刻まれる。

 

 

________________

 

 

「ねぇ! どうやって逃げ切るつもりなの! あんな…あんなバケモノからっ! ちゃんと逃げ切れるんでしょうね答えてよ!」

 

「うるせぇ!! んなこと考えてる場合じゃねぇのはわかんだろうが!!」

 

 

鬼ごっこは続く。ただし、鬼の役はヤクザの群れなんていう生易しいものではなくなっていた。蜂須賀の喧しい苦言を無視し、裏路地に逃げ込んだアラシの前に、先回りした鬼が待ち構える。

 

 

「畜生っ! テメェ離れんなよ、死ぬのもナシだ!」

 

《ジョーカー!》

 

 

ジョーカーメモリを起動し、強化された身体能力でドーパントを思いきり殴り飛ばした。拳に反転する硬さの衝撃。フェンスを突き破ったドーパントは、すぐにゾンビの如く立ち上がり、追跡を再開する。

 

黄金色の宝石で作られた彫像のような姿。ただしモチーフは羽虫と芸術にしては少々禍々しいセンス。『琥珀の記憶』の怪人、アンバー・ドーパントだ。

 

 

「殴ったくらいじゃ効きやしねぇ! 変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

襲い掛かるアンバーに対し、アラシはダブルに変身して応戦する。

 

 

『また!? アラシ本当になにやってんの、もう本番近いんだけど!』

 

「そんな話は後にしろ! 今はこのハエ野郎だ!」

 

 

永斗は戦闘の度に呼ばれるが、アラシは永斗の話を聞くつもりは無いようだ。なにせ、この怯え切ってパニック状態の依頼人を庇って戦わなければいけない。余裕がないのは何処でも同じだった。

 

アンバーの腕から滴り落ちる黄金色の蜜のような液体は、物質に触れた途端に硬化している。標的を生かして固めるにはもってこいの代物。触れたら最後だ。

 

 

『検索はしてある。アイツは『琥珀』、ドイツでは燃える石って呼ばれてる宝石だ』

 

「燃やせるならヒートだ!」

 

《ヒートジョーカー!!》

 

 

炎で身体を覆い、高熱の拳がアンバーを次々と殴りつける。黄金色の流体「エレクトラムリキッド」は熱が入ることによって妙な香りを発し、勢いよく燃えていく。

 

 

『ビンゴ。しっかり効いてる』

 

 

執拗に攻撃を続け、液体が黒く焦げ始めた。そこからはもはや生命力を感じない。やはりアンバーに対して熱は有効と確信し、仕留める勢いで攻め立てていく。

 

しかし、その身体を燃やし尽くす前に、溶けたアンバーがダブルの攻撃をすり抜け距離を取られてしまった。炎の攻撃で痛手を負ったのか、アンバーはそのまま逃げ出した。

 

 

「クソっ! また仕留め損なった!」

 

『でもヒートを使えば楽に立ち回れる。そいつ倒したらさ、いっぺんμ'sのとこに…』

 

「その話は終わりだって言っただろ…お前みたいに曲いじったり、データ管理したりはできねぇんだ。もう俺に出来ることは無い」

 

『そういう意味じゃなくて……!』

 

 

永斗の言葉が続く前に、アラシは変身を解除して交信を遮断した。道の隅で過呼吸になってる蜂須賀の手を掴み、この場所を離れようと逃走を再開させる。

 

 

「…嫌……もう嫌…なんで…なんで私がこんな目に…さっきももう少しで、あの液が私に…アレに触れたら……!」

 

「なんでこんな目にはこっちが聞きたいんだけどな。いや…どうでもいいか。知ったところで、話が通じる相手なわけもねぇ」

 

 

アンバーと戦ったのはこれが初めてじゃない。何度かダブルに変身して交戦し、撃破寸前で逃げられての繰り返しなのだ。その度に相当なダメージを与えているはずなのだが、少しすれば何事も無かったかのように復活してくる。

 

それでも逃げるしかない。あの片島という男を殺してでも。

 

 

「…またやられたのか。火に弱いのがバレたんじゃあ、勿体ないが別のメモリを使うか。アンバーは大事な稼業道具…壊されたらたまったものじゃねぇ」

 

 

敗北したアンバーからメモリが排出され、変身者の男が悶え苦しむ。メモリを挿入した部分が焼け爛れているのだ。これは本来使用者ではないメモリを使った事の副作用。

 

苦しむ男を足蹴にし、片島はケースから取り出した琥珀に火を付け、放り投げる。琥珀は溶けていくにつれ大きくなっていき、その中から現れたのは生きた人間だった。

 

 

「幸い体の在庫は充分にある。次だ」

 

 

灰色が空を覆い始めた。予報通りの曇り空は、その日まで続く。

 

 

______________

 

 

更に時間は経った。文化祭は翌日にまで迫る。

結論から言って、あの無茶な新曲作戦は成功した。瞬樹に烈に永斗の尽力、なによりμ's自身の努力の甲斐あって、新曲はライブとして披露できるレベルにまで完成させることができたのだった。

 

 

「ことりちゃん…? 別にいつもと変わらないと思うけど」

 

 

そして本番前、最後の夜。穂乃果は海未からの電話に軽くそう返した。やはりことりが何処かおかしいと思っての海未の行動だったが、穂乃果には特に変わらないように見えていたので心底不思議そうな声で会話を続ける。

 

 

『穂乃果もそう言うのなら…杞憂なら良いのですが…』

 

「大丈夫だって! 海未ちゃんは心配性なんだから…へっくしゅ!」

 

『穂乃果? 明日は本番、体調を崩したら元も子もありませんよ。今日はもう休みなさい』

 

「はーい」

 

 

電話を切って、言われた通りに布団に潜ろうとした穂乃果。しかし、ふと気になってしまい、確認してしまう、携帯に表示されるのは、この一週間で幾度となく見たアイドルランク。

 

 

「……っ!」

 

 

21位のギリギリ圏外だったグループがひとつランクを上げ、20位になっていた。そして20位だったグループは21位の圏外に。いつμ'sがこうなっても、全くおかしくはない。

 

それは心配のような感情では無かった。言語化するなら、並々ならぬ使命感。穂乃果の身体はひとりでに玄関へと向かい、靴を履いていた。

 

 

「お姉ちゃん、また行くの!?」

 

「うん…ちょっとだけ!」

 

 

そんな穂乃果を見た妹の雪穂は、当然呆れかえる。もう一人で出歩くには遅い時間、しかも本番前。それに、雪穂だって気付かない訳が無かった。ここ数日、姉の情熱がどう考えても過剰であることに。

 

 

「大丈夫。すぐ帰るから!」

 

「やめなよ。もうこんな時間だし、それに……!」

 

 

そこで鳴り響く雪穂の携帯。発信元を見て雪穂が大きく顔をしかめる。

 

 

「もう…なんでこんな時に! ちょっと待っててお姉ちゃん!」

 

 

雪穂が電話に出るためにいなくなると、穂乃果は待つことなく玄関を出た。

一秒だって止まっていたくはない。寝て、起きて、ランクが下がっていたら。もし明日、ステップを忘れてしまったら、ミスをしてしまったら───

 

ラブライブには出られなくなる。それが何より怖い。

 

ラブライブに出なければ廃校も決まってしまう。自分の無茶な提案を受け入れてくれた仲間たちを裏切ることになってしまう。今まで守ってくれたアラシたちにも顔向けができない。

 

 

『穂乃果…? 違う……俺は……!』

 

 

あのアラシを救うこともできない。

肯定してあげないと。支えてあげないと。アラシが守ってくれた自分自身の価値を証明することで。

 

 

目立っていた曇り空は成長し、外はあいにくの雨だった。夏も終わり、夜の闇も相まって肌寒い。

 

「もっと頑張らないと彼は救えないよ」

 

見えない手に背中を押されたように、穂乃果は脚を踏み出す。

そこからはもう止まらない。フードを深く被って、雨の中を走り出した。

 

 

_____________

 

 

「雨か……」

 

 

あれからアンバー・ドーパントは現れなくなり、代わりに別のドーパントが現れるようになった。メモリブレイクしても次々と別のドーパントが現れる。時間だけが過ぎていく。

 

もう何日も経った。夜が明ければ、もう文化祭の日だ。きっと彼女たちはちゃんと立派なパフォーマンスを完成させているはず。それを見れないのは、少しだけ心残りではある。

 

 

「…ここまで付き合ってやったんだ、聞かせろ。お前なんで朱月組に追われてる。メモリがどうとか言ってたが…」

 

 

当然の疑問だったが、アラシは蜂須賀にここまで聞かなかった。

μ'sのことを想った時、ふと浮かんだのだ。自分は今なにを守っているのだろうと。

 

 

「……私は、家が貧しかった。生きる上でなにをするにも苦労した。だから人に言えないようなことしなきゃ生活できなかったし、朱月組にだって取り入った。強い人の後ろに隠れて、なんとかうまく立ち回って…そうやって生きるしかなかったの」

 

 

蜂須賀鈴子が語る自身の過去。恵まれなかった幼少期の話に、アラシは自分を重ねた。生きるために手段を選べず、今もこうして誰とも知らない探偵に縋りついている。

 

 

「追われる理由は…ちょっとした裏切り。ずっと嫌だったの…あんな暴力団の一員として悪さをする自分が。後悔はした。でも、あなたが助けてくれるなら私は……」

 

「…分かった、それで充分だ。お前を絶対に逃がしてやる。そのためには……!」

 

 

夜が明けようとしている。それでも、雨は止まない。

 

 

______________

 

 

「穂乃果! 今日文化祭でしょ、早起きするんじゃなかったの?」

 

 

母の声で穂乃果は目を覚ました。

結局、あの後も練習に熱が入ってしまい、帰った頃には深夜で母と父に酷く叱られた。疲れたせいか、昂る気持ちとは逆に熟睡してしまったらしい。

 

早く学校に行って最後のリハーサルをしなければ。まだ詰めれる部分はあるはず。そう思い、立ち上がり、まずは着替えるためにロッカーに向かわなければ……

 

 

「あれ……?」

 

 

立ち上がった途端にぼやける視界。一歩進むごとに襲う尋常じゃない倦怠感。熱の籠った頭では平衡感覚すら維持できず、よろけてタンスに倒れかかって声が漏れた時、初めてそれは確信に変わる。

 

 

「っ………!?」

 

 

______________

 

 

校内と外観は派手に飾られ、各々が出しものの工夫を凝らし、気合の入った準備相応に盛り上がる音ノ木坂文化祭───とは行かなかった。なにせ生憎の悪天候。数日前から続いていた雨は、ここに来て更に強さを増した。

 

 

「すごい雨……」

 

「お客さん全然いない…」

 

 

凛と花陽が屋上を除いては、ため息交じりにそう嘆く。悪天候の煽りを最も受けているのは間違いなくアイドル研究部。ただでさえ雨天で想定より人が少ないのに、屋上のライブに来る客なんてそういるはずがない。

 

それに関してはライブのパフォーマンスで盛り上げるほか無いと、気合が入るくらいで済む話。しかし、μ's内の局所的な歪みが、ここに来て大きくなっていた。

 

 

「…本当によかったのですか?」

 

「うん…本番直前にそんな話したら、穂乃果ちゃんにも…みんなにも悪いよ」

 

 

昨夜、穂乃果との電話の直後、海未にことりから電話がかかって来た。そこでの会話で明かされたことりの悩み。海未の嫌な予感は、やはり正しかったのだ。リミットギリギリまで話す余裕さえ作ってあげられなかった自分が心底不甲斐ない。

 

 

「だから…ライブ終わったら私から話す。みんなにも…穂乃果ちゃんにも…」

 

 

ことりが抱えるそれは、ライブ前に残しておいていいしこりではない。それなのに、穂乃果にもアラシも、昨夜連絡に応じることはなかった。

 

 

______________

 

 

 

「竜騎士推参! みんなおはよう!」

 

「全然遅いにゃ! 永斗くんはもう来てるんだよ!」

「人を遅刻常習犯みたいに…実際そうだけど」

 

「烈が起こしてくれなかったからな!」

 

 

永斗、烈に遅れ、瞬樹がμ'sに合流した。永斗は雨が続くことを見越し、ネット上でのμ'sライブの宣伝で徹夜明けだ。この数日戦闘に呼ばれることも多かったため働きづめだった。

 

それに、文化祭で活性化するのはどの生徒も同じ。

瞬樹に少し遅れ、この記者もスクープを嗅ぎ付けて現れる。

 

 

「おはよーございますμ'sのみなさん! ライブ前に取材のお時間…いいっすか?」

 

 

新聞部3年の男子生徒、嘉神留人。彼が現れた途端、少しμ'sの空気が雲った。なにせ先日足元を見た取引を持ち掛けられたばかりで、率直に言ってμ'sの嘉神に対する印象は「胡散臭い」「得体の知れない」「怖い」と最悪に近い。

 

 

「…なによ、またなんか変なこと言いに来たんじゃないでしょうね」

 

「そう嫌わないでよ真姫ちゃん。あ、そうだ。この間校内で倒れた男って、あれもしかしてお兄さん? さっきも見かけたよ。一年生のクラス企画で男子にガン飛ばしてたから面白くて」

 

「最っ悪……」

 

「あのねぇ、悪いけど私たち暇じゃないの! ていうか女子の控室に普通に入ってくるマスコミってどーなのよ! 品が無いんじゃないの品が!」

 

「あっはは、矢澤にこに品性問われちゃ終わりだね」

 

「どういう意味よ!」

 

「まぁまぁ、それ言ったら俺以外にも男子が2人…いや、3人? 生徒さんじゃないね、新しいマネージャー?」

 

 

嘉神が興味を向けたのは、希の衣装を直していた烈だった。そういえばこの2人はまだ会ったことが無かったはず。男子とも女子とも取れない容姿の烈に、嘉神はペンを向ける。

 

 

「ボクは黒音烈です。御察しの通り生徒ではありませんが、μ'sのメイク兼コーチくらいに思っておいてください。性別に関してはノーコメントで」

 

「俺は嘉神留人。μ'sの専属記者…になる予定の新聞部3年生でございやす。どうも、()()()()()()

 

「えぇ、()()()()()()

 

 

含みのある声で挨拶を済ませた嘉神は、もう一度控室を見渡してクスリと笑う。

 

 

「…あれぇ、人が足りないみたいですけど。2人も。もしや欠席かな?」

 

「それは……」

「っ……おはよー! ごめんごめん、当日に寝坊しちゃうなんて……」

 

 

不在メンバーに関する問答に海未が口ごもっていると、そこでようやく彼女が扉を開いて現れた。あれだけ気合が入っていたのにまだ来ていなかった穂乃果だ。

 

 

「日常でも寝坊気味の高坂穂乃果さん、本番まで遅刻とはらしいですねぇ。もしや昨日は眠れなかった?」

 

「そ、そんな感じです…でも今日のライブは最高のものにするので! 期待しててください!」

 

「いいねいいね! そういうコメントが欲しかったんだよ!」

 

 

嘉神に気持ちの入った宣言をした穂乃果だったが、どこか様子がおかしかった。足取りが少しブレている。なにより変なのは声。特ににこはその異変と、それに対する隠しきれてない穂乃果の動揺を敏感に感じ取った。

 

 

「穂乃果…あんたもしかして…!」

 

「失礼、高坂さん。雨での登校で髪が乱れてますよ、ボクが直します」

 

 

にこの言葉を遮り、烈が穂乃果を目線から遠ざける。そして、髪を直す素振りをしつつ、他に見えないように穂乃果へ錠剤を渡した。

 

 

「飲んでください。喉の痛みを緩和し、一時的に熱も下げる薬です。ライブ終わりまでは効果が持続するでしょう」

 

「クロ……ありがとう…!」

 

「本番に風邪で辞退なんて不本意でしょう。こんなこともあろうかと、用意しておいてよかったです」

 

 

薬を飲むと、立っているのも辛かった苦痛が途端に和らいだ。これなら最後まで踊れる。

 

 

「……雨、強くなる一方ね」

 

「アラシ君も来ぃひんし…不吉やね…」

 

 

好転しない雨に不安が募る。本番にまで現れないアラシも心配だった。にこに至ってはアラシに対する怒りが爆発寸前だった。そんな本番前に滅入る気分を、穂乃果が大声で吹き飛ばす。

 

 

「……うん、みんな! やろう! ファーストライブの時からそうだった…どんな時も諦めずにやってきたから、今のμ'sがある! だから行こう!」

 

 

諦めなければ、きっとアラシのことも救えるはず。そして戻って来てくれるはずだ。このライブが終わったらすぐラブライブ出場可否の結果が出る。ここで勝ち取って、μ'sはもっと先に行く。

 

穂乃果の声はいつも通りに澄んでいた。不信がっていたにこも、気のせいということにしたようだ。

 

海未も気持ちを強く保った。ことりはライブ後に打ち明けると言っていた。その後に何も起こらないというのは有り得ないが、最高のライブを果たした後ならきっとわかってくれるはずだ。

 

 

そうだ、きっとこのライブさえ乗り越えれば、全てが丸く収まる。

 

 

ライブに臨む前のμ'sの一瞬を、嘉神は笑みを浮かべながらシャッターで切り取った。

 

_________________

 

 

「変身!」

 

 

またしても襲い掛かって来た新手のドーパント。今度はドラキュラ・ドーパント、地下闘技場にいたものと全く同じ能力の個体だ。それを待っていたとばかりに、アラシは変身して戦闘を開始する。

 

 

『……アラシ、もうライブなんだけど。本当に見ない気?』

 

「なんべんも言わせんな…今は何よりも組織を潰すことが先決だ。幹部の一人や二人沈めねぇと、アイツらの未来も無い」

 

『そうかもしれないけど…!』

 

 

飛行するドラキュラをジャンプからの蹴りで叩き落とし、そこからの接近戦ではガードに使われた翼を数発のパンチでバキバキに砕いた。これでドラキュラの飛行能力は死んだ。

 

メモリブレイクするには充分なダメージを与えた。しかしダブルはトドメを刺さず、ドラキュラを逃がした。

 

 

「追うぞ。ヤツは必ずあの片島って男のとこに帰る。最初の蜂蜜みてぇな奴もそうだった、逃がした後は必ず同じドーパントが現れたのが証拠だ」

 

「はぁ…? 待ってよ、私を逃がしてくれるんじゃなかったの!?」

 

「逃がす! だが俺たちに逃げ場なんてねぇ。だから戦って潰すしかねぇんだよ!」

 

 

この数日逃げ回って、辿り着いた結論はそれだった。

あっちは巨大な暴力団、こっちは子供。どうやったって届く力の範囲が違う。だったら正面突破以外に無いはずだ。

 

拒む蜂須賀だが、一人になる方が遥かに危険。ついて行くしかない。翼を失ったドラキュラの動きは遅く、尾行は容易だった。そして、ドラキュラが逃げた先の倉庫に予想通り奴はいた。

 

 

「……少年探偵と聞いてた。あの氷餓に勝って闘技施設を潰し、果てには異世界の憂鬱まで潰した若のお気に。それが最後は正面玉砕ねぇ……度し難い馬鹿だ、これだから子供は」

 

 

しかし、尾行は予想通りと言わんばかりに、片島はダブルの気配を察知した。倒れたドラキュラからメモリを引き抜くとまた別の構成員にメモリを挿し、新たに生まれたドラキュラ・ドーパントがダブルを襲う。

 

 

「頼る相手を間違えたなぁ蜂須賀。ま、元より都合のいい時間だった。俺としては手間が省けて助かる」

 

「誰が子供だクソ野郎。分かんねぇなら教えてやる、テメェぶっ潰してこいつ逃がすんだよ! テメェの次は暴食と朱月だ!」

 

 

牙を剥いて低空飛行するドラキュラの顔を、ダブルの左拳が掴んで容赦なく硬い地面に叩きつける。そうして牙が折れたドラキュラを再び持ち上げると、今度は右足で貫くように蹴り飛ばした。

 

蹴り返された形となったドラキュラは、片島の後ろの車に激突。ひしゃげた車と変身解除し悶える構成員を見て、片島は犬歯を噛み砕くように顔を歪めた。

 

 

「メモリ数本に車が大破、もう既に損害が釣り合ってねぇ…蜂須賀如きに冗談じゃない。大損だ。こいつは遊びじゃねぇんだよガキが!」

 

《アンバー!》

 

 

メモリを握り、起動させたと同時に端子が触れていた親指にコネクタが出現し、片島は一瞬で変身を完了させた。その姿は最初に襲ってきたアンバー・ドーパントと全く同じ。しかし、このメモリの正当な使い手は恐らく彼だ。

 

 

「落とし前ってのは嫌いだ…そんなもんは何の補填にもなっちゃねぇ。だからお前らをシバき殺すのは責任云々の話じゃない。大人に逆らったらどうなるかっつう、効率的な教育だ」

 

 

アンバーの腕から滴る流体が硬化し、爪のような刃を生み出した。そこから繰り出される最短の起動を描く攻撃。その一太刀だけで、これまでの雑魚とは格の違いが察せられる。

 

 

「永斗! ヒートだ!」

 

『わかってる。コイツ相手はヒートが適性だ』

 

《ヒートメタル!!》

 

 

ダブルは両側のメモリを変え、熱されたメタルシャフトでアンバーの刃を焼き溶かす。アンバーの弱点が火だというのは先の戦いで判明済みだ。

 

 

「馬鹿の一つ覚えに…いいか、俺の好きなものは一に利得、二に利潤、三に利益。嫌いなものは欠陥品だ」

 

「なんの話だ! 余裕だなヒョロガリヤクザが!」

 

「黙れ。筋肉っつうのも非効率だな…獅子丸のアレはむはや無駄だろう。効率的に結論から言うと、俺の知る限りこのメモリに欠陥はねぇって話だ」

 

 

熱源がある限り有利に戦えると思っていたダブル。しかし、アンバーが腕をこすり合わせるだけで戦況は変わった。そこからメタルの肉体に流れ込んだのは、体を焼き焦がすほどの高圧電流。

 

 

「電気だと…!?」

 

『琥珀を擦れば静電気が発生する…古代ギリシャ語では琥珀はエレクトロン…そのまんま電気の語源だよ。でも……どう考えたって静電気のレベルじゃないでしょ』

 

「説明が要らないのは助かるなぁ。効率的だ」

 

 

再び形成された刃を指揮棒に放たれる電撃は、ダブルを近づかせさえせずに制圧する。電気のドーパントといえばライトニングだが、あちらよりも数段電撃の使い方が巧い。電撃がいずれも吸い寄せられるように必中する。

 

 

「だったらッ!」

 

『琥珀は絶縁体…ライトニングは効かないし、オーシャンで放電もさせるのも危険だ。このままヒートで押し切る!』

 

 

相手が距離を保つつもりならこちらも遠距離と、ダブルは左手にトリガーメモリを取り出しメモリチェンジを図った。だが、攻防の狭間にアンバーが発射した液体が、その左手をピンポイントに固める。

 

熱を発する右側から離れた部位、溶かすのに時間がかかる。その間にアンバーは左足にも液体を飛ばして動きを止め、ダブルの胴体に掌打を叩き込んだ。それと同時に解放される凄まじい電撃がそのままダメージに変換される。

 

 

「その程度で若をどうこう言ってたとは…計算のできない馬鹿の考えることは理解できない」

 

 

アンバーの強さはサテライトやプレデターのような幹部に準ずるレベル。裏を返せばファングジョーカーでの対応が可能だった。事前の永斗との連携不足が悔やまれる。

 

 

「ざけんなよ…負けられねぇんだ俺は…! 俺は『切風アラシ』だ…探偵だ…! メモリばら撒くクソ共をぶっ殺して音ノ木坂を守る…それしかねぇんだよ!」

 

「ウダウダとウザったいんだよ。俺は大人で、ここは社会、そしてお前は子供。お前が敗北する理由に、これ以上のリソースは不要だろうよ」

 

「黙れよクソ野郎が……大人だガキだ偉そうに…上から見てんじゃねぇ!!」

 

 

怒りが体に満ちダブルを立ち上がらせるが、それは再起ではなくむしろ逆だった。ダブルの左側が反発する。チルドと戦った時と同じ現象が起き、左右のバランスが崩壊したのだ。

 

アラシの怒りと拒絶だけが永斗を置いて先行し、もはやダブルは動けない。

 

 

「……そろそろいいだろ。頃合いだ、この損な仕事も大詰めにするか」

 

 

気だるそうに壊れた車にもたれ掛かるアンバー。そこに朱月組の構成員が、息を切らし抵抗する蜂須賀鈴子の身体を転がした。

 

 

「ッ…蜂須賀…!」

 

「おいそれ以上動くな…なぁ少年探偵。今更問うのも非効率だが、この女を助ける理由があるのか? 無いならそのままじっとしてろ」

 

「あるに決まってんだろ…! そいつから引き出す情報だけじゃねぇ…頼って来たヤツは見捨てねぇのが、探偵だ!」

 

「理解に苦しむ。そいつは、お前が若に挑むと聞いて見切りをつけて逃げた。そうだろ? お前はそういう女だもんな蜂須賀」

 

 

蜂須賀がアラシから目を逸らし、言葉を詰まらせた。アラシの中に生じた疑念を広げるように、アンバーは事実を連ねた。

 

 

「その女、蜂須賀鈴子はウチの美人局だ。子供にもわかるように言えば…結婚詐欺ってとこか? 遊び感覚で朱月組に関わって、そのまま男を伝って成り上がった恐ろしい女だよ」

 

 

彼女から聞いていた話と違う。探偵として彼女を救う意味はあると思っていた。アラシが縋っていたその信念に、ヒビが入る。

 

 

「騙すのは堅気だけじゃない。組の奴らも手段を択ばず騙して搾って、手に入れた金で豪遊。組の所有物も勝手に動かして、挙句の果てにはあるメモリを無駄にした! こいつ一人で生み出した損害は桁が違う。組の利益の保護のため、処分するのは妥当だと思わねぇか?」

 

 

アンバーの指から落ちた液体が、蜂須賀に触れた。呼吸が打ち止められるような恐怖に駆られた蜂須賀は、必死で這いずり、絞り出した声で助けを求める。

 

 

「助けて! ねぇ助けてくれるって言ったじゃない! 私を逃がすって! なんで見てるのよ役立たず! さっさと私を───」

「喧しい。なぁ、答えろよ。これ見てまだ助けたいって思うかよ? 俺ぁ表と裏の世界の住み分けは必要だと思ってる。お前らは表の住人で、コイツは裏で悪さしたクズだ。助ける価値が本当にあると?」

 

 

弱者を見下し食い物にする強者。それが本当なら、アラシが最も嫌う人間だ。だから、救う価値を答えられなかった。同時に、ダブルはまだ動けなかった。動かなかったのではなく、動けなかったはずだ。

 

 

「沈黙ってのは非効率な同意だなァ。そこで何もするなよ仮面ライダー。さて蜂須賀。俺のメモリの能力は知ってるか? コイツはいいメモリだ。特に稼業(シノギ)の点じゃ、若のゲートや獅子丸のパキケファロより優れてると自負してる」

 

 

アンバーから流れるエレクトラムリキッドが蜂須賀の身体を侵食し始めた。まずは口を塞ぎ、次に体全体を覆うように広がり、じわじわとあらゆる自由を奪っていく。

 

 

「琥珀ってのは宝石としても価値が高けりゃ、燃やせば香になり、薬としても使える一挙両得の理想みたいな代物だ。更に加えるなら琥珀は天然のタイムカプセル。内部に物体を保存できる缶詰いらず。当然、人間も例外じゃない」

 

「───っ!!」

 

「作るにはコツがいるんだがな、生きた人間入りの琥珀ってのは悪趣味な金持ちに高値で売れる。火を付けりゃすぐ取り出せる、バレにくい人体売買としても優秀だ。売られた後に犯さ(あそば)れるか解体(バラ)されるか…クライアント次第だがな」

 

 

組にとっての邪魔な人間、不要な人間を始末する代わりに琥珀に加工し、売買する。それが朱月組の金庫番、片島夜鷹が牛耳る市場。

 

 

『───アラシ!』

「っ……! やめろ!」

 

「説得力が無ぇんだよ、子供の戯言には」

 

 

強くなる雨が倉庫の屋根を突く。遅れて止めに入るダブルを阻む構成員たち。叫ぶことさえできない蜂須賀は、雨音の喧騒の中で近寄る死以上の恐怖と、息が止まる苦しみと、不幸に対する身勝手な怒りをただ体の内で暴れさせていた。

 

それは悪感情で遂行される蟲毒。

溜め込み、煮え滾り、荒れ狂い、絶望を前にして『器』は遂に満たされた。

 

 

《エンプティ!》

 

 

琥珀に成りかけていた蜂須賀の腕に生体コネクタが現れ、その姿が変容し始めた。琥珀を突き破り、様々な色が混ざった極彩色の体皮が棘や鱗を伴って発現する。それは怪物と形容するには間違いないが、それ以外の言葉では表せないような具体性のない姿。

 

強いて言うのなら「イメージの集合体」。蜂須賀は突如、メモリの挿入も無しにそんなドーパントへと変貌したのだ。

 

 

「手間をかけさせやがって…これだから嫌だったんだ、この仕事は」

 

『何が起こったっての…!? なにあのドーパント…!』

 

 

永斗でも正確に分析できない今の事態。対して、この状況に加え己の感情すらも清算できないアラシは、ダブルとして未だ動けずのまま。そんなダブルに、そのドーパントは爆音波の攻撃を浴びせた。

 

 

「ッ───!!」

『アラシ! 前! 来てる!』

 

「…死ねっ! この、役立たずのガキが!」

 

 

蜂須賀の理性を残したまま、ドーパントはダブルに異形の腕で襲い掛かった。それを上手く躱せないダブル。ドーパントは無抵抗な彼らに悪意のままをぶつける。

 

 

「何が『助ける』よ! ちょっとは使えると思ったけど所詮は子供! なーんにも出来やしないじゃないの! 思い出したらムシャクシャしてきた…あんたのせいで余計に危ない目に遭って、しかも組長に楯突く? 冗談じゃねぇんだよ死にたいなら一人でやってろ! 探偵ごっこのイキリ坊主が!」

 

 

棘付きのバットでぶん殴られているような、不必要なほどの痛みを伴った殴打。触れた部分から爛れるような感覚。エンプティの攻撃には隅から隅まで、他者を傷付けるための悪意が込められていた。

 

しかし、そんな痛みなんてどうでもよかった。

「探偵ごっこ」。どんな悪意よりもその言葉が、アラシの心を刺し貫いた。

 

 

「気分はどうだ? 蜂須賀ァ。苦労して用意してやったその力、気に入ったか?」

 

「サイコーよ! 今ならなんでもできる気がする! あの時使ったメモリが、こんなにいいものだったなんて!」

 

「お前が勝手に使ったメモリ…エンプティって言ってな。そいつは能力を持っちゃいねぇ。その代わり、使用者の感情やら気力やらを無尽蔵に溜め込む性質があって、溜め込んだ分がそのまま力になる。非効率の極みみてぇなクソメモリだ」

 

「あはっ、そういうこと! この力を作るために私を追い詰めてたのね! いいわ許してあげる。その代わり…このゴミをぶっ殺す権利をちょうだい?」

 

 

エンプティ・ドーパントの攻撃は続く。悪意で満たされた空白は、暴力を以て現世に存在を示す。今や何も無い空白は、ダブルの左半身の方だった。

 

切風空助に拾われて、初めて探偵の仕事を手伝って、依頼人から感謝された時のことは忘れない。愛を知らず、信頼を知らなかったアラシの人生が変わった瞬間だった。誰かに必要とされることの温かさが、アラシを人間にしてくれた。

 

 

「出来もしない癖に汚ぇ手で私を引張りやがって! お前みたいな無能な子供がやっていけるほど世の中甘くないんだよ! だったら死んだ方がマシじゃない!?」

 

 

優しくて、慕われて、強い。生まれて初めて尊敬した。そんな空助みたいになりたかった。だから永斗と共に変身した時に、少しでも近づけた気がして飛びがるほど嬉しかったんだ。

 

 

「都市伝説のヒーロー? 仮面ライダー? バッカじゃないの! ダッセェ恰好で人助けでもしてるつもり!? いつまでも現実が見えてない子供が、これが人生よ! あっはははははっ!!」

 

 

やめろ。

やめてくれ。

俺の『あれから』を否定しないでくれ。

 

 

「うわあ゛ああああああああっっ!!!」

 

 

見よう見まねの探偵ごっこが崩れる。ヒーローごっこが崩れる。もう戻りたくないんだ、ありのままの名前のない『俺』には。生きるために手段を選べなかった、周りの全てが敵に見えた、殺したいほど汚らわしくて憎い昔の自分には。

 

 

『いい加減にしてよクソ女…君みたいなヤツが一番嫌いだ…! 君なんかが僕の相棒を侮辱するな!』

 

 

そんな永斗の言葉も、アラシには届かなかった。もう何も聞きたくなかったのだ。ただ、喚くような叫び声で世の中の全てを幼稚に拒絶していた。そして、ダブルの左腕が、エンプティの踏みつけを振り払う。

 

 

「なによ?」

 

『アラシ……! ダメだ、落ち着いて!』

 

 

永斗が戦慄する。チルドの精神子供化を喰らった時と同じことが始まろうとしていたのは、すぐに分かった。立ち上がるダブルの体を永斗が制御できない。アラシが抱える巨大な感情が、バランスを無視してダブルを動かしているのだ。

 

このままではアラシはエンプティを、蜂須賀を間違いなく殺す。

それだけはダメだ。殺意を以て殺めたら最後、きっとアラシは戻れない。それはもう『仮面ライダー』とは呼べないほど成り下がった、ただの悪魔だ。

 

ダブルの左目がエンプティを睨み付けた。

言葉すら要らない普遍的な恐怖がエンプティを貫いた。抵抗しない体に八つ当たりをしていた彼女は、その一瞬で獲物に回ったことを理解した。虎の尾を踏んでしまったのだ。

 

 

「救けてあげましょうか?」

 

 

ダブルの殺意にスイッチが入る瞬間、艶めかしくその声は割り込んで現れた。聞き覚えがある者は例外なく、戦慄と嫌悪を覚える女の声。

 

音ノ木坂の制服に身を包んだ『暴食』が、そこに現れた。

 

 

____________

 

 

激しくなる雨の中、μ'sは今日のために作った衣装を着て、今日のために作った特設ステージに立つ。そして、永斗やヒデコやフミにミカの宣伝が効果を発揮したらしく、この雨天の屋上にも観客は大勢いた。

 

そこにアラシはいない。でも、雪穂や亜里沙、これから高校生になる子たちは沢山いた。このライブで学校への関心を惹ければ、きっと廃校も解決する。ラブライブにも出られる。

 

もうライブ前に緊張なんてしない。穂乃果はただ手を固く結んで、弱った己の体を鼓舞する。

 

 

(大丈夫…いける、できる。今までもそうだった…命だって危なかったときも、世界が危なかったときだって、やろうと思えばなんとかできた! だから今だって…!)

 

 

大丈夫。そう心も結び、今日のために作った音楽は始まる。

この数日で何度だって練習した。体だって声だって勝手に動くくらいに。これまでμ'sが重ねて来た時間はこの瞬間のためにあるんだ。ここまで積み上げた、今日のための全てを……ここで魅せる!

 

 

─『No brand girls』─

 

 

_____________

 

 

『暴食…!!』

 

「チッ…やっと来たか、いい身分だな幹部様。言われた通りに仕上げまでやってやった。契約は以上だ、時間も詰まってるんで俺はここで降りる」

 

「えぇ、ご苦労様。朱月には私が直接お礼を言っておくわ。さて…私もいま文化祭で忙しいの。折角だけど、手早く済ませることにするわ」

 

《キメラ!》

 

 

現れた暴食は片島に礼を済ますと、ガイアドライバーを介してキメラ・ドーパントへと変身した。ここでの彼女の出現は最悪だ。アラシが不安定でまともに連携も取れないこの状況、戦いになれば負けは必至。

 

 

「あ…あなたがあの組長にも並ぶ、七幹部の…! あなたに忠誠を誓います! この力、必ず役に立ちます! だからどうか私をあなたの下に……!」

 

 

力関係を読み取ったエンプティが、即座にキメラに下った。目の前の圧倒的な力に対する躊躇の無い薄っぺらな服従。彼女がこれまでそうして生きて来たように、暴食へと取り入ってダブルを共に倒すつもりだ。

 

 

「あら、嬉しいわね。私もあなたが欲しかったところよ。そのメモリ…エンプティには思い入れがあってね」

 

「ああっ…それなら私を!」

 

『…おめでたいね、君……!』

 

 

暴食に気に入られ、勝利と生存を確信していたエンプティに、未だ身動きが取れないダブルの右側が吐き捨てる。その意味がわからないエンプティは、そんな永斗の台詞を負け惜しみと捉えて嘲笑う。

 

 

「うるさいのよ死に損ないが! さっさとくたばってろよ気持ち悪い」

 

『……僕にはオチが見えてるよ。僕はアラシみたいに優しくないからさ…ザマーミロって思ってる。そうだろ暴食…!』

 

「……そのメモリ、エンプティは特殊なメモリよ。何も無いのが能力のメモリは、強さと引き換えに弱さも存在しない。だから、『複数人での使用』が可能だった。普通のメモリならそこに倒れている彼らのように大きな反動を喰らうけど、エンプティにはそれがない」

 

 

キメラは朱月組の構成員たちを指して言った。彼らは片島によってメモリを使い回しされた者たち。本来の使用者以外がメモリを使った場合、短時間の使用でも毒素の逆流と異常な反動、メモリの機能不全が起き最悪死に至ることもある。

 

しかし、エンプティにはそれが無いと言う。

つまりエンプティとは複数人での使用を前提とされたガイアメモリ。

 

 

「その美しい程濁った姿、能力、それはあなただけのものじゃない。そのメモリはこれまで何人もの苦しみや悪意、そして生命を取り込んで、あなたの番でようやく満たされた。完成したのよ。もはやその空洞には何も入らない。それ以上そのメモリを使っても、命を吸われるリスクもない完全無欠な力となった」

 

「そんな力を私が…あははっ! やっぱりそう、今までも全部うまく行ってた! 人生なんて簡単! 最後に勝つのは私なんだ!」

 

「まぁ私は、『あなた』になんて興味はないけれど」

 

「え?」

 

 

己の幸運に酔っていたエンプティの体が、キメラが腕を振るうと同時にパカッと斬り裂かれた。流れ出す気色の悪い液体。絶望への転調に、叫びすらも形に出来ないエンプティ。

 

永斗にとっては予想通りの展開だった。暴食が「欲しい」と言う理由なんてただ一つ。そして永斗の読みが正しければ、この後はダブルにとっての猶予が生まれる。『食事の時間』という猶予が。

 

だから永斗は密かにそれを動かしており、ようやく到着した。倉庫の壁を突き破り、巨大ビークル・リボルギャリーが動けないダブルの前に現着する。

 

 

「食事の時間に無粋なことをするじゃない」

 

『悪いけど、テーブルマナーは無駄だって思ってるクチなんで』

 

「いいの? 私を見逃しても。その暴れん坊の相棒さんは、そのつもりはないみたいだけど」

 

 

アラシがダブルの中で反発を続ける。暴食を倒さなければという殺意だけが、理由を忘れて暴れていた。だが今どうやったって勝つ手段はない。ダブルの頭脳として、永斗が責任をもって選択した策は『逃走』だった。

 

 

『別に逃がす気は無いよ…君は僕たちが必ず倒す。すぐにね』

 

「好きよ、そういう腹を疼かせてくれる言葉。お礼にいいこと教えてあげる。あなた達が大好きなアイドルのあの子たち……なかなか面白い事になりそうよ」

 

 

否応なく駆け巡る悪寒と、吐き戻しそうになるほどの黒い怒り。彼女たちに何をしたと問い質したくなる衝動に駆られるが、永斗は冷静だ。言葉の真意を確かめるためにもダブルはそれ以上時間を使わず、リボルギャリーで撤退した。

 

その場に残されたのは、皿の上に乗ったエンプティと、捕食者キメラ・ドーパントのみ。

 

 

「なんで……いやぁっ…助けて、誰か助けて! 助けなさいよおおおっ!」

 

「そのメモリ…エンプティはね、私が最初に手にしたメモリなの。その時から私はそのメモリの持つ魅力に囚われた。だからずっと育て続けたのよ。人から人へ、命を食わせ、何年も何年も愛情かけて。私はずっと…その空白の味を知りたかった」

 

 

『食』とは生命維持の行為。しかし『暴食』はそれを逸脱した行為だ。そこにあるのは未知への好奇心と、異様なまでの執着と、満たされない永遠の空虚。故に彼女は語る。

 

『暴食』とは『愛』なのだ。探し育て虐げ殺し食べることこそが、世に存在する中で最上の愛情表現。

 

エンプティも氷餓と同じ。時間をかけて育てられ、ブクブクと太らせられたいわばフォアグラ。蜂須賀鈴子は詰んでいたのだ。軽率にもエンプティというメモリに手を出した、その瞬間から。

 

 

「いただきます」

 

 

12年越しの食事は、じっくりと、心に染み渡らせるように。

暴食は腹を満たす。それでも欲の器だけは、悲鳴の中で広がっていく一方だ。

 

 

____________

 

 

暴食は言った、『μ'sが面白い事になる』と。

嫌な予感が止まらない。アラシの意識も徐々に平静を取り戻し始め、未だ搔き乱された感情の中でもμ'sへと心配が向くようになった。リボルギャリーを走らせて、音ノ木坂へと急ぐ。

 

永斗も考える。大丈夫なはずだ。あそこには瞬樹もいるのだ、最悪ドーパントの襲撃があったってダブルが着く前に惨事には成り得ない。それに、スタッグフォンの映像からμ'sのライブが滞りなく進んでいるのは分かる。

 

大丈夫だ。これまでとんでもない大事件に見舞われても、なんとかなっていた。彼女たちを守れていた。文化祭は順調だ、だから今回だってきっと……

 

 

 

「やった……!」

 

 

μ'sの一曲目にして新曲、『No brand girls』が終わった。

パフォーマンスは完璧、微塵のミスもなかった。それどころか本番で最高のものを出せたと胸を張って言える。観客からの万雷の拍手が、その事実を裏付けている。

 

穂乃果の期待通り、最初に新曲を持ってきたことで最高に盛り上がった。

ここからだ。ここから更に盛り上げて、ランクを上げて、ラブライブで結果を出して、廃校から学校を救って。命を懸けて守る価値があったと言える、未来の世界にまで名を残す、そんな最高のスクールアイドルになれる。

 

まだ何者でもないμ'sは、こ

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん!」

 

 

ことりが叫んでいた。傾いた景色の中で、みんなが自分の方に走っているのが見えた。頬に感じる冷たいステージの上で、雨音だけが嫌に大きく聞こえた。それなのに身体だけは熱かった。

 

細くなっていく呼吸と黒に蝕まれる視界、鈍足の痛みを以てようやく、穂乃果は自分が倒れた事に気が付いた。徐々に、消え入るように、頭の中がまっしろになっていく

 

 

「次の…曲…」

 

 

絞り出した声がそれだった。

ライブはまだ終わっていないと、もう立ち上がれもしない体がそう言っていた。誰も穂乃果の体を起こそうとは、できなかった。

 

 

「せっかくここまで……きたんだから……」

 

 

どうにもできやしない現実が雨に流されていく。

穂乃果の体からなにもかもが抜けきって、ようやく彼はそこに来た。

 

 

「穂乃果………?」

 

 

傘も刺さず、切風アラシは騒然となる人ごみの中で、叫ぶ事すらせずに立ち尽くした。穂乃果がステージの上で倒れて動かないという事実は到底受け入れがたく、受け入れた瞬間に逆流するのはその感情の矛先。

 

 

俺はなにをしていた?

アイツらから目を背けて、

あんなクズを助けようとして、

何度も声を無視して、

 

見放されたくなかったから。

ただ俺が傷つきたくなかったから。

まだ俺はお前らの何かになっていたかったから。

 

でも、何も知らないまま、終わりにだけ立ち会った。

もう切風アラシはμ'sにとってのなんでもない。彼女に駆け寄る権利もありはしない。

 

 

『お前、乱暴なヤツだな。近づく奴らを区別せずに牙を剥く…なんだそれカッケーじゃねーか! 決めた、今日からお前の名前は……『アラシ』、『切風アラシ』だ!』

 

 

変わろうと思った。

あの日から積み重ねてきた『切風アラシ』のすべてが溶けていく。

 

もう何者でもない少年は、人の群れの流れに逆らい、姿を消した。

 

 

 




今回登場した「エンプティ・ドーパント」は、希ーさん考案の「パラサイティズム・ドーパント」を参考にさせていただきました!だいぶ変えてしまいましたが…

A編はまだ終わりません。この文化祭の2話はいわば「出題編」。次から「解答編」。探偵とマネージャーという意味を失ったアラシが、遂に暴食の正体に迫ります。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!
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