ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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146ですーーーーーーお久しぶりですーーーーー
本腰を入れて進めていこうと思います。というのも、既に『Z』編を書き終えた状態でこれを投稿しています。3週連続投稿になると思いますので、楽しんでいただけたら幸いです。

今回から1期最終話のエピソードとなります
懐かしの(何年も出てない)キャラが複数出るので、気が向いたら昔の話も読み返してください。クソ読みづらいと思いますがご勘弁を。

よろしければ「ここすき」をお願いします!


第65話 Zはいずれ歌に/平熱は静かに流れ

「起きろ」

 

「起きてるよ。うるせぇぞクソ野郎」

 

 体が動かない。瞬きもできなければ、息もできない。声を出しているわけじゃ無い、意識に響く声に心の中で答えているだけ。

 

 体が無いのか、あの女に喰われて、消化されて溶けでもしたか。

 

「死んじゃいねぇさ。俺の声は聞こえてるだろ?」

 

「テメェの声を聞くのは2度目だな」

 

「可愛くねぇなぁ。あの小僧に浮気したのがそんなに気に食わねぇか?」

 

「……あぁ、そんなこともあったな」

 

 全部がどうでもいい。今までの戦い全てが、戦いの中で結んだ縁が、無味無臭に感じる。全ての出会いが自分の中から消え去ったのを感じる。

 

「思い出すだろ、昔のこと。お前が世界を全て拒絶してた頃のことだ」

 

 走馬灯のつもりなのか、思い出したくも無いヘドロのような記憶が、止めどなく込み上げてくる。

 

 生まれた時から、愛というものを貰った覚えがない。散々と邪魔者のように扱われた挙句、物心つく前に母親に捨てられた。

 

 理由なんて知る由もない。母親の顔も覚えていない。だが、あの時に感じた殺意だけは、鮮明に覚えている。

 

 その後、誰も俺に手を差し伸べなかった。

 本能だけを頼りに生きた。他者を慈しんで助けることより先に、他人を害して自分を守ることを覚えなければいけなかった。

 

「だから俺はお前を選んだ。獣ですら持つ愛を知らず、人であるが故の悪意だけを持つ、そんな怪物をな」

 

「迷惑な話だな。テメェは何一つ助けてくれなかった癖に」

 

「そりゃそうだ、助けたら台無しになっちまう。まぁだから大抵の場合、俺が選んだ怪物の卵はすぐに死ぬ。俺に会えた奴は1000年ぶりだ」

 

「───だから組織が大きく動き出した」

 

 何も見えやしない。だが、語りかけてくる誰かが笑っていたのを感じた。

 

 あの日、組織の研究所に潜入した時に手に入れた『運命のガイアメモリ』。あれが全ての始まりだった。いや、あれはきっと避けようのない必然だった。

 

 だから、何か一つが罪だと言うのなら、

 

「死んでおくべきだったな。俺と出会う前に。俺を使いすぎる前に」

 

 そうだ。出会う前に死んでおけば、組織はまだ停滞していた。今の彼女たちが不幸になることはなく、正当な物語を生きることができたはずなのだ。

 

 もう遅い。もう、全てがどうでもいい。

 

「契約の解除はできねぇ、今まで適合者が揃わなかった所以だな。だから死ぬまでは傍にいてやるが、お前がそこにいる限りもう会うことはねぇ」

 

「そうかよ」

 

「失望したぜ。『───』」

 

 その声は、消える寸前に何かを吐き捨てた。

 生まれた時に与えられなかったもの。かつて恩人に貰ったもの。自分が怪物ではなく、他と同じように生きるために、必要だった化けの皮。

 

 俺は空助になりたかった。だからずっと、空助の真似をして生きてきた。与えられた名前に応えて、人間になりたかった。

 

 そうだ、『名前』だ。

 俺の名前───なんだったっけ。

 

───────────

 

『私、スクールアイドルやめます』

 

 口から出た言葉に、後悔すら湧いてこない。

 

『あなたは最低です!』

 

 投げつけられた言葉に、何の感傷も無い。

 ただひたすらに無味乾燥だった。あれからの時間が、全て。

 

 高坂穂乃果はもう、何者でもないただの女子高生。

 

 学校に行って、同じクラスにいる『ただの友人』と顔だけ合わせて、授業を受けては帰る。高坂穂乃果は、今日も同じ日々を繰り返す。

 

「穂乃果、たまには一緒に帰らない?」

 

 今日もまた何も無い放課後に、友人のヒデコ、フミコ、ミカが穂乃果に声をかけた。

 

「もう放課後空いてるんでしょ?」

 

「ちょっと!」

 

「気にすることないじゃない。だって穂乃果は学校守ろうと頑張ったんだよ? 学校を守るためにアイドル始めて、その目標が達成できたから辞めた。何も気にすることないじゃない。ね?」

 

 励ましてくれている。こんな今さえも、肯定してくれている。そういえば、彼女たちとちゃんと言葉を交わすのも、随分と久しぶりな気がする。

 

「……そうだね」

 

 スクールアイドルに夢中になって、その熱に浮かされて、どれだけ多くのものをおざなりにしてきたんだろう。

 

「じゃあ行こ!」

 

「……うん!」

 

 あんな『熱』、持つんじゃなかった。

 

 これからは周りを見よう。人の気持ちを考えよう。人の領域に踏み入らないように、気をつけよう。誰の邪魔もせず、誰のことも変えないように。

 

 ───ただ、そこにあるものとして。

 

 同調したような笑顔で校門を抜けた穂乃果たちを、嘉神の(レンズ)が追いかけていた。

 

────────────

 

「活動休止!?」

 

「えぇ。それで少し見つめ直してみた方がいいと思うの」

 

「今のままで続けても意味があるとは思えないわ。μ'sは穂乃果がいなければ解散したようなものでしょ」

 

 絵里の口から告げられた宣言を、真姫が肯定する。誰もそれを跳ね返す言葉を持っていなかった。にこは何も言えないまま、唇を噛んで体を震わせる。

 

「にこちゃん……」

 

 にこにとって、μ'sは夢そのものだった。

 スクールアイドルの頂点を目指して、誰に裏切られても、どんな恐怖の中でも進み続け、やっと手に入れた希望だった。

 

 脅迫状が来た時も、ドーパントにストーカーされた時も、声が消えた時だって、この夢を捨てることはしなかった。

 

 でも、何故だろう。あの時には見えていたはずの光が、今はもう思い出せもしない。

 

「ことりちゃんの最後のライブは……?」

 

「中止、ってことになるやろうね。それにほら、近頃はメモリ騒ぎも増えてる。渡航まで人前に出ないのが安全かなって……」

 

「永斗くんもずっとお休みで、連絡つかないし……」

 

「そうですか、それは残念です……学校の救世主のラストライブ、是非とも最後の記事にしたかったのですが」

 

 希と凛の言葉に被せて、屋上に紛れ込んできたのは新聞部の部長、3年の鈴島。彼女はひどく悲しそうな顔で、深く頷いては凛と花陽の間に入った。

 

「鈴島先輩……」

 

「にゃ? でも、最後の記事ってどういうこと? 新聞部やめちゃうんですか?」

 

「あ、そうなんです。私、南ことりさんと一緒に海外に行くことにしたので」

 

「えぇっ!?」

 

 涙を引っ込め、あっけらかんと鈴島は言った。

 

「音ノ木坂から海外のデザイン専門校に特待生留学だなんて超快挙ですからね。それに、海外で南さんを守るという謎の存在、まだ見ぬメモリ事件……スクープの匂いがプンプンします!」

 

 話によれば、ことりにも理事長にも相談のうえ、快く承諾してくれたらしい。しかし卒業を目前にしてこの行動力、相変わらず化け物じみた情熱だ。

 

「というわけで、本日は最後の挨拶に! 鈴島貴志音の南さん密着記事にご期待ください!」

 

「あなたねぇ……本当、自由すぎるんだから。生徒会もμ'sも、何度あなたのデタラメ記事に振り回されたことか」

 

「でも、鈴島先輩がいるならことりちゃんも安心にゃ!」

 

 μ'sはもう終わってしまうかもしれないが、暗い話ばかりじゃない。学校は存続し、変化を強いられながらも日々は続いていく。

 

 折り合いをつけ、進むしかないのかもしれない。

 μ'sの面々にそんな思いが芽生えたのを確信し、鈴島は屋上を後にする。

 

「大胆な行動に出ましたね。まさか南さんを追いかけて音ノ木坂を捨てるとは」

 

 人の気配が絶えた廊下の上で、烈が鈴島───『暴食』に声をかける。

 

「捨てる? まさか。食事の決定権はシェフにも、ましてや食材にもない。決めるのは常に私よ」

 

 その暴食の声は校舎の陰に溶けるほど平坦で、暗く、陰湿だった。心臓の輪郭を舐めるような、怖気のする声。

 

「海外で彼女を守る存在、その正体はまだ分からないのでしょう?」

 

「えぇ。理事長の周りを探ってはいますが、まだ何も。未発見のオリジンメモリの可能性もありますし、最悪の場合は例の『怪盗』のことも」

 

「どちらにせよ、彼女の海外逃亡を見逃す理由がない。彼のようにいま食べてしまうのが一番だけど、それには少しリスクがあるのも事実」

 

 姿を消した永斗のことだ。

 『デリート』で相方を失ったが、時間の補正によって彼は単独変身が可能なはず。

 

「士門永斗は不変、『彼』に関する記憶を残しているはず。そのうえで適合者を放って消えたということは、何か企んでいるということ」

 

「記憶……ですか。ボクはもう何も覚えていませんが」

 

 『彼』の存在が消えたのを察し、取り戻そうと動いているに違いない。だが士門永斗のことだ、彼女たちを見捨てることも考えにくい。

 

 『地球の本棚』とオリジンメモリ『F』のポテンシャルは未知数だ。暴食が適合者に食い付いたタイミングで罠を発動し、『デリート』を解除させる一発逆転を狙っている可能性は非常に高い。

 

「だから私はギリギリまで手を付けない。彼の企みは飛んで躱す」

 

「……というと?」

 

「南ことりと私を乗せた飛行機は、空の上で爆発する」

 

 暴食が瞳孔を開いて笑う。

 勿論、自爆ではない。適合者の南ことりと自分だけはメモリの能力で退避する。

 

 だがその衝撃的な結末は、μ'sを必ず絶望へと叩き落とす。逃げ場はない、自分たちは皿の上の料理なのだと、思い知る。

 

 そうなればもう、9人の適合者は暴食のものだ。

 

「『鈴島貴志音』もそろそろ捨て時だったから、丁度いいわ。仮に士門永斗が私の正体に辿り着いていても、これで振り出し」

 

「まるでオオカミの川渡りですね」

 

「そうね。でもオオカミを咎める人間は、もはや津島瞬樹と士門永斗だけ。全ての羊を守ることはできない」

 

 特にあの山門を倒した津島瞬樹のことは最大限に警戒している。口に運ぶまで油断はしない、それが食事のマナーだ。

 

「まぁ最良は士門永斗を抑えること。あなたは津島瞬樹をお願い。飼い主の人間が一人なら、羊ごと喰い尽くしてしまったっていいのですから」

 

 その発言に少しだけ表情を変えた烈を、暴食はクスリと笑って手を振った。

 

 腹が減って仕方がない。満たされることのない食欲は、他人の人生という熟成された絶望で凌ぐだけ。終わらない晩餐会を、望むままに、いつまでも。

 

 この音ノ木坂学園を、跡形もなくなるまで貪り尽くすだけだ。

 

─────────────

 

 足を開く。右手を弦にかける。的を見据える。矢を引く。手を離す。その先は、矢の赴くままに。

 

 この一連の動作が全て。同じ動きをすれば同じ場所を打ち抜く。弓道は、心を映し出す水面のようだと感じる。

 

「珍しいですね」

 

 矢が的に突き刺さり、海未が口を開く。その目線の先にいるのは烈だった。

 

「ボクがいることがですか?」

 

「瞬樹と一緒にいないのが……ですかね。あなたが個人的に私たちに関わることは、ありませんでしたから」

 

「そうですね、ボクは瞬樹の相棒です。ただ今は少し、美しいものが見たくなったもので」

 

「……弓のことなら、ご覧の通りですよ。ご期待には沿えなさそうです」

 

 海未の矢は中心から外れた場所を射抜いていた。

 それはこの放課後を忘れようとする、彼女の迷いと邪念を克明に表しているように。

 

「矢澤さんがスクールアイドルを続けようと動いているようですが、断ったらしいですね」

 

「私がアイドルを始めたのは、ことりと穂乃果がいたからです。あれだけ嫌だと言ったのに、穂乃果は言い出したら聞きませんから」

 

 幼い頃からそうだ。輪に入れなかった海未に穂乃果が手を引いてくれたから、今がある。その強引さがいつだって海未を変えてきた。

 

 穂乃果がいないμ'sではきっと、海未は熱くなれない。

 

「園田さんはボクと同じだと思ってました」

 

「同じ……ですか?」

 

「冷静という意味で取ってください。だからこそ貴女が高坂さんに手を上げた時は驚いた。そんなに許せませんでしたか、理想からズレた友人が」

 

 烈とは目を合わせず的を見つめる。だが海未はもう、弓を構えようとしなかった。

 

「……ことりの家に行ったんです。既に部屋は片付けられていて、留学をやめるなんて無理だと言われました」

 

 烈の言う通り、許せなかった。

 そこにあったのは海未のエゴだ。穂乃果にあんなことしか言えなかった自分が、今は許せない。

 

「私では……駄目なんです」

 

「やはり貴女はボクとは違う。一貫していて、美しい」

 

 相変わらず烈の声色には起伏が無い。だが、海未はそれを不気味とも思わず、その言葉にようやく烈と目を合わせた。

 

「"O"のメモリを置いて逃げる気は」

 

「ありませんよ」

 

「そうですか。ではボクも善処します、貴女たちを守れるように」

 

 このままでは運命は変わらない。

 その美しさが暴食に喰われて消えるのか、それとも。

 

──────────

 

 ヒデコ、フミコ、ミカに連れられ、穂乃果はゲームセンターに。

 

「やったね〜!」

 

「あー、油断したー!」

 

 ヒデコとフミコが対決していたのはダンスゲーム。ノーツに合わせて手足を動かすタイプの、難易度の高いやつ。

 

「じゃあ次、穂乃果ね」

 

「えっ?」

 

「負けないよ! 私、これ得意なんだから!」

 

 ぼんやりと流れる譜面を見ていた穂乃果が、ミカと勝負することになった。そういえば、今はただ遊んでいるんだったと思い出し、穂乃果は笑顔で筐体の前に立つ。

 

 そうだった、何も悩まなくていい。毎日ずっと友達と楽しむことだけを考えて、たまに試験のこととか考えて、これからずっと───

 

 そう思っていたのに。

 音楽が始まった瞬間、穂乃果の頭に屋上での時間が流れ出す。

 

「穂乃果、始まってるよ!」

 

 その声に背中を押されたように、穂乃果の体は勝手に動き出した。

 

 体が弾む。鼓動がリズムに合わせてくれる。手足が音楽を聞いて喜んでいるのが分かる。

 

 次はどう動く?

 どう踊ったら楽しい?

 どこまでやれる!?

 

 考えるのが、面白くて仕方がない。

 忘れられるわけないじゃないか。めちゃくちゃになってしまうくらいの、あの熱中を───

 

「聞いたか? また怪物が出たらしいぜ」

 

「あ……っ」

 

 でも、通りがかった誰かの言葉を聞いた瞬間、穂乃果の体が止まった。

 

「あぁー惜しい!」

 

「途中はすごかったから、それが最後まで続いてたらなー」

 

「どうしたの? やっぱ疲れちゃったかぁ」

 

「う……うん、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも!」

 

 ドーパントの話題を耳にしただけで、体が恐怖で硬直してしまった。

 

 スクールアイドルは注目される存在で、狙いやすい恰好の的。そんなことわかってたはずなのに、想像しただけでも身がすくんで一歩も動けなくなる。

 

 どうして今までみたいに、大丈夫だって思えないのだろう。

 

「あれ、穂乃果……どこ?」

 

 怖い。何もしたくない。何も考えたくない。

 内に内にと心が収縮させていた穂乃果を、誰かの腕が連れ去って行った。

 

────────────

 

「よぉ高坂ちゃん。奇遇だね」

 

「か、嘉神先輩……」

 

「あらら、めちゃ警戒されてるね。緊張してた女の子をエスコートしただけなんだけど」

 

 穂乃果をゲームセンターの外に連れ出したのは、嘉神だった。穂乃果にとって嘉神はただの新聞部の3年生……だったのだが、ここ最近でその印象は激変していた。

 

「で、取材なんだけど」

 

「やっぱりぃ〜!? イヤです! 帰ります!」

 

 穂乃果がμ'sを辞めた翌日、学校を休んだ穂乃果の部屋にヤモリの如く引っ付いていたのが始まり。

 

 気分じゃないと断るも、それから先は登校しようものなら木陰から現れ、休憩時間になったら机の下から発生。

 

 その結果、こうなった。

 穂乃果からしても、誰かをここまで拒絶するのは初めてのことだ。

 

「そう言わないでよ。オレは聞きたいだけだ、なんでμ'sが終わったのか」

 

「だから……言ったじゃないですか。私のせいだって。私が一人で走って、ことりちゃんの話を聞こうともしなかったから……」

 

「そういう話してるんじゃないんだよ」

 

 にこやかな表情のまま嘉神の声から陽気さが消え、穂乃果の肩が跳ね上がる。

 

「音ノ木坂の爆破予告、雷獣の都市伝説、士門永斗の喪失、声泥棒、ノアの天秤騒動……それらの渦中にいた君らは、いつアイドルなんて辞めてもおかしくなかった」

 

 嘉神の言葉は、穂乃果の胸中を的確に突いてきた。

 いま思い出すだけでも心胆が凍てつくような出来事。それなのにあの時は、越えていけると信じてやまなかった。

 

 どんなことがあったって、なんとかなる。

 なんとかしてくれる。なんで、そう思ってしまえたのだろう。

 

 なんで、そうならなくて、こうなってしまったんだろう。

 

「ウソつきの取材は大歓迎だけど、バカは御免被るね。何も分かってないヤツからは何も出てこない」

 

 言葉を出せない穂乃果に、嘉神はそう冷たく言い放った。その目が穂乃果の顔を覗き込む。何も考えようとしない穂乃果を、本人よりも深く見透かしている。

 

「昨日何食った? 先週は? 去年の今日は? どの道を通って帰った? 何人とすれ違った? 男は何人いた? オレは全部覚えてる。そこまでしても、俺には何も見えないんだよ」

 

「嘉神先輩……!?」

 

 その目に狂気を垣間見せ、壁に退路を塞がれた穂乃果に、嘉神は更に顔を近づけた。

 

「無いものは掘り出せない。見えないものは見えない」

 

「……?」

 

「だからそれ以外の全部を思い出せ。何もかもを見ろ。そうすれば見えなくても感じるはずだよ、地球に選ばれた側の人間なら」

 

 感情任せに近い言葉はそこで止まり、嘉神は再び適当に拵えた笑顔を浮かべた。

 

「また改めて聞きに来るよ」

 

 穂乃果が呆気に取られている内に、嘉神は去ってしまった。

 

「私、思い出さなきゃいけないんだ……きっと」

 

 それが何かは分からないし、何の意味があるのかも分からない。でも、怖くて一歩も動けない今は越えなければいけないから。

 

 穂乃果は、僅かに熱くなった心が求める方へと、歩き出した。

 

────────────

 

「コラぁ!! 出て来なさいよ! いるんでしょ!?」

 

「にこちゃん……乱暴は、乱暴はよくないよ……!」

 

「そうだよ! ほら、扉に『絶対開けちゃダメ』って書いてあるにゃ!」

 

「開けるなって書いてあるなら居留守に決まってんでしょ! 出て来なさい永斗ぉーーーーっ!!」

 

 切風探偵事務所のドアをドカドカと叩く、というより殴りつけるにこ。それをなだめているのは、花陽と凛だった。

 

「うーん……永斗くん、いるなら『留守でーす』とか返事しそうだし、書き置きも『実家に帰ります。探さないでください』とかじゃないの、なんか変だよね」

 

 凛の解像度の高い永斗に、にこは思わず閉口してしまう。

 

「じゃあなんで! こんな大変な時にいなくなってるのよ! アイドル続けるんだから、あんなのでも必要だってのに!」

 

 穂乃果の一言でμ'sは終わった。

 でも、にこがスクールアイドルを諦めきれるはずがなかった。

 

 仲間と離別するのは初めてじゃない。卒業まであと半年だろうと、知ったことか。怪物でもなんでも来るなら来い。そんなものは、彼女とって夢を諦める理由にはならない。

 

「それは凛も気になるし、てゆうかすっごく怒ってるけど! でも……何か理由があるんだよ、永斗くんには」

 

「それにしても……今日のにこちゃん、永斗くんに厳しいね」

 

「そう? ずっとこんな感じでしょ? あれ……?」

 

 違和感が胸の中を通り過ぎるが答えは出ず。

 

「永斗には永斗の考えがある、ヤツは賢いからな! この竜騎士が保証しよう!」

 

「いたのねアンタ」

 

「いたぞ! 酷いではないか、何故俺には声をかけてくれなかった!?」

 

「アンタは花陽にセットで付くじゃない」

 

「その通りだ!」

 

 半泣きで花陽の隣に現れた瞬樹だったが、にこの評価に一瞬で機嫌を取り戻した。

 

 にこの誘いに乗ったのは、凛と花陽だけ。

 海未にはきっぱりと断られたし、他には返答を保留されている。

 

「だがしかし燃えるではないか。組織壊滅、そしてゼロからのスタート!」

 

「そうにゃ! 凛たちは運命に立ち向かうレジスタンス!」

 

「レジスタンス……とはちょっと違うかもだけど、瞬樹くんがいれば安心だよ。すごく心強い! みんなで頑張ろう!」

 

 何があろうと燃え尽きるまで追いかけてやる。

 数が減ってしまってもその手を重ね、決意を固く結んだ。

 

 しかし、決起を声に出す寸前に、瞬樹の瞳孔が円陣の『外』に向けられた。槍先よりも鋭い視線が捉えたのは、2人の敵。

 

「チッ、バレた。日を改めようと思ったんだが、ガキの癖に過敏だな」

 

「何言うとる。雁首揃っとるなら、全員伸せば済む話ちゃうんか」

 

「馬鹿が。その雑な頭に期待できないから、俺が付き合う羽目になったんだ。黙って俺の言う事を聞け」

 

「逃がすか」

 

 一瞬で距離を詰め、顔を見るより先に瞬樹が槍───エデンドライバーを振るう。その槍先が細身の男のスーツを裂いたが、仕留めるつもりの一撃は予想通り易々と躱された。

 

「守れや獅子丸……!」

 

「は、なんでじゃ。それよりお前さんは……その匂い、闘技場の時の童か!」

 

「ッ、貴様……『傲慢』の!」

 

 少年の瞬樹より二周りは大きいであろう長髪の筋肉ダルマ。地下闘技場潜入捜査の際に遭遇した、朱月組の獅子丸土成。

 

 斬られたスーツを指先でなぞり、青筋を立てている男もまた悪の猛者。朱月組の片島夜鷹。

 

「久しいのぉ、見違えたぞ! 童に興味は無いが、べっぴんさんと腹括った男は別じゃ」

 

「気が変わった、スーツの分の採算は取るぞ。一先ず沈むか津島瞬樹」

 

《パキケファロサウルス!》

《アンバー!》

 

 獅子丸と片島が各々メモリを額と親指に挿し、ドーパントへと変化する。それに対して瞬樹の取った選択は、初手でのロードドライバー。

 

「変身!」

 

《ドラゴン!》《ヘブン!》

 

《ヘブン!マキシマムオーバーロード!!》

《Mode:MESSIAH》

 

 2本のメモリが共鳴して、白銀の鎧と純白の翼を現界させる。

 

 古竜の剣闘士、パキケファロサウルス・ドーパントに琥珀を纏う蟲人、アンバー・ドーパント。その異形の外皮を光の刃が斬り裂く。

 

「断罪の天竜騎士、エデンヘブンズ降臨ッ!!」

 

 アンバーが腕を擦り合わせると電撃が生じ、そのまま空を駆けてエデンを襲う。しかし、竜の鱗はそれを意に介さない。

 

 ドラゴンメモリの能力、属性攻撃への耐性がアンバーの能力を遮断したのだ。

 

「能力の相性が最悪だな。ふざけたガキが……!」

 

「答えろ、貴様たちは……永斗の事務所を狙って来たのか!?」

 

「今まで見逃してやってたが、事情が変わったんでな。子供の遊びに付き合うのはもう終わりだ。取り立ての時間だガキ」

 

「あ……? そういやぁ、適合者の嬢ちゃんには手を出さんのじゃなかったか?」

 

「話が変わったと言っただろ。オリジンメモリを出してないヤツ……胸が無くて髪が短いアイツ以外は攫っていい」

 

 アンバーの複眼が凛を見た。途端に彼女たちにべっとりと絡みつく、体ごと掴まれて舌で舐められているかのような、被食者としての絶望。

 

 花陽とにこに飛び掛かったパキケファロを、エデンの槍が受け止める。

 

 そこに手を伸ばしたアンバーの粘液が広がり、彼女たちを飲み込まんとするが、エデンの翼が盾となって2人を守った。

 

「させると思うか!? 花陽は……我らのμ'sは俺が守る!」

 

「通ると思うか? そんな言い分が」

 

 アンバーの粘液は瞬時に硬化する。本来なら一部分でも触れれば収縮して体全体を包むはずなのだが、抵抗力ゆえか片翼を琥珀漬けにするのが限度のようだ。

 

「だがもう飛べねぇな。行け獅子丸」

 

「言われんでも行くわァ!」

 

 パキケファロが脚を曲げて前傾姿勢に。そして抑圧から放たれた暴威が、隕石となってエデンに衝突した。

 

「がはっはァッ! 軽いな! 童はしっかり飯食わんかい!」

 

 今のはただの頭突きだったのに、空間が圧縮されたかのようにさえ感じた。そんな異次元の威力。

 

 ただの頭突き、だからこそだろう。頭突き一つで肉食恐竜と渡り合ったパキケファロサウルスらしい、一点突破のメモリだ。

 

 タネなど無いから対処法も無い。純粋なフィジカルから放たれた第二撃を食らい、吹き飛ばされたエデンが探偵事務所の扉を突き破った。

 

「瞬樹くん!」

 

「しま───ッ」

 

「邪魔するぞ、これまで邪魔された分だけな」

 

 探偵事務所に入るアンバーとパキケファロの首に、立ち上がったエデンの槍先が向けられる。しかし、2対1故の余裕のなさは隠せない。

 

「立ち去れ! ここは我が友の帰る場所、穢れた足で踏み入っていい場所ではない!」

 

「帰る場所? それにしては生活感の無ぇ小屋だな。適合者の女共を放って、我先にと尻尾巻いて暴食から逃げたカスの、何を守るって言うんだ?」

 

「黙れ! 永斗はそんな男ではない。我が友を侮辱するな!」

 

「価値の無ぇ主観を、よくもまぁ。暴れろ獅子丸。メモリや装備の一つでも見つかりゃ儲けだ」

 

 エデンヘブンズの力ならこの2体を退けるのも不可能ではない。だが、それは庇う対象がなければの話だ。

 

 花陽たちを守り、事務所も守りながら、この手練れを倒すことが、果たして可能なのか。

 

 その背中が冷たさを覚え始めたその時、無軌道に舞う白亜の斬撃がアンバーとパキケファロを切り付けた。

 

「───ファングメモリ!?」

 

「番犬がおったか!」

 

「番犬? 馬鹿が、金の卵だ」

 

 『F』は永斗の分身でオリジンメモリ。退いたファングがエデンの肩に乗り、起動音ではなく永斗の声で瞬樹に囁く。

 

『皆を連れて逃げろ』

 

「───承知した!」

 

 その意図は聞くまでもない。永斗が言う事に疑念などあるはずがない。

 

 エデンは事務所から意識を外し、ファングが時間を稼ぐ間に外にいた3人のもとへ。そして、ヘブンメモリの瞬間移動能力ですぐにその場から消えた。

 

「置き土産だ。『天牢封印(ヘブンズジェイル)』!」

 

 消える直前、エデンが施したのは事務所を囲む光の防壁。追い出すどころか敵を閉じ込める一手。

 

「……ッ?! 破れ獅子丸!」

 

「あ? 何言うて……」

 

「クソが……!」

 

 片島は気付くべきだった。本拠地だというのにも関わらず、あまりにも無防備すぎることに。

 

 街に巨大な炎色が灯り、時間を歪めるような轟音と土振が遅れて訪れる。

 

 密封された空間の中で、切風探偵事務所は大爆発した。

 

───────────

 

「えーーーー!? 爆破!? 事務所を!?」

 

「うん。街のはずれで人通りも少ないし、結構派手なのを仕掛けといた。さっき起動したっぽい」

 

「そんなぁ……私と空助の愛の巣がぁ……」

 

 永斗と話している女性は、ロストドライバーを作った技師である山神未来。かつての切風空助の仲間で、『M』のメモリの適合者。

 

「山神未来、僕が組織にいた時の記憶にあった、当時確認済みの3人の適合者のうち1人。つまり組織からずっと逃げ続けてたのが貴女だ」

 

「そ、お姉さんってばかくれんぼの達人! 空助みたいなツテが無いと絶対に会えないんだ。そこは安心していーよ」

 

 永斗はアラシが世界から消えたのを察すると、即座に事務所を捨て、未来に頼る決断をした。メモリーメモリを発現させた彼女ならアラシを覚えていて、話が早い。

 

「相棒が互いを取り戻すために私を頼るなんて、エモだね。でもどうするの? 私のメモリで何人かの記憶は戻せるケド」

 

「作戦が色々あるんだよ、天才だからね」

 

「お姉さんも天才なんだけどなぁ」

 

 永斗は白い本を片手に、両腕を広げる。

 アラシを取り戻してμ'sも元に戻す。そして、暴食を倒す。そのために成すべきことが、永斗の目には見えていた。

 

「さあ、検索を始めよう」

 

 




覚えてますか、山神未来のことを…詳しくはF編をご覧ください。
さて無くなりました探偵事務所。暗躍する暴食と永斗、どちらの策が上を行くのか。完全決着まで残り2話、しばらくお待ちください。

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