ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜   作:壱肆陸

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146です。
3週連続投稿、ラストになります。

ついに来ました、VS『暴食』の決戦。
無数の能力を食らった悪魔と帰ってきた仮面ライダー、生き残るのはどちらか。最序盤から続いていた音ノ木坂にまつわる因縁、決着の時です。

よろしければ「ここすき」をお願いします!


第67話 Zはいずれ歌に/ReSTART:DASH‼︎

 事故に遭って頭を怪我したあの日、病院に運ばれてしまったけれど、夕飯はカレーのはずだったことは覚えている。

 

 小さい頃はカレーが好きだった。両親が作ってくれた、ハチミツ入りの甘いカレー。姉も甘いものが好きで、家族で同じものを食べていた。

 

 『食』とは『愛』なのだ。

 12年前、生気を失って死んでいた姉を見て、それを確信した。

 

 自身の計略と悪意で肉親を殺した。

 その高揚は至上の味がした。この世にこれよりも甘美なものがあるだろうか。もっとだ、もっと奪いたい。もっと人生を食らいたい。

 

 両親も追い詰めて殺した。辿れるだけの血縁の不幸は全て喰らった。他人に成りすまし、その縁者や友人、知人に至るまで味わい尽くした。

 

 悪意をもっと味わいたかった。だから先代の『暴食』を謀殺し、メモリを配って悪人を育てることにした。禁忌の味が忘れられなかった。だから子を生んでそれさえも喰らった。

 

 それでもまだまだ満たされない、奪い足りない。

 愛すれば愛するほど、腹が減って仕方ない。

 

 そして今、目の前に立ち塞がる。

 敵意の怪物と地球に選ばれた悪魔が一つになった、仮面ライダーが。

 

「さぁ来なさい、次はふたりまとめて───」

 

 黒い拳が目の前にあった。

 頭蓋を軋ませる打撃が、遅れてくる風に乗って加速。槍のように貫く突風がキメラを旅客ターミナルから追い出し、駐機場に叩き落とす。

 

「遅ぇ、死ぬ気で合わせろよ永斗」

 

『うへぇ……しんど。ていうかあそこで戦うの? 炎上しそう』

 

「知るか」

 

 ダブルもそれを追って降り立った。

 チルド・ドーパントの一件から顕著だったダブルの左右バランスの崩壊、それはもう見る影も無い。強靭なボディと理知のソウルが完全に融和している。下手をすれば、前よりも遥かに。

 

「朱月と一緒にされても嫌だけど、戦いは嫌いじゃないわ。もっとあなたの事を教えて?」

 

 庭園の記憶(ガーデン)×大蛇の記憶(アナコンダ)×工事の記憶(コンストラクション)

 

 キメラは己の血肉から食らった罪の記憶を呼び戻す。

 アスファルトに根を張る植物と大蛇の混成獣が、頭部を構成する掘削重機で地を抉り耕し、ダブルへと襲いかかった。

 

 しかし、ダブルはそれを鈍いと言わんばかりに翻弄する。

 

「本当に前とは違うみたいね。そう来なくちゃ」

 

 女王蜂の記憶(クインビー)×酸の記憶(アシッド)×爆発の記憶(エクスプロージョン)×増殖の記憶(インクリース)

 

 キメラの周囲で子蜂が次々と増殖し、彼女の意思に従ってダブルに進軍。一見するとただの蜂だが、その実態は接触と同時に爆発を起こす兵器の軍隊である。

 

 四方から複雑な軌道で蜂が迫る。それを見て、ダブルは逡巡なくメモリを構えた。

 

《サイクロントリガー!》

 

 蜂が到達する直前に、ジョーカーの脚力で跳躍。空中でメモリをトリガーと入れ替え、サイクロンの風で滞空する。

 

 読めなかった子蜂の軌道が、これで下から上の一方向に統一された。そこに放つは風の弾丸。子蜂は一斉に爆裂し、ダブルは巧みな風の操作で爆炎さえ絡め取り、その向け先となった蔦の大蛇が無惨に融解する。

 

「蜂に仕込んでいた強酸を、読むどころか逆手に……!」

 

「くっちゃべってる場合か?」

 

《ヒートジョーカー!》

 

 右が赤く、左が黒に。極限化したフィジカルが本領を発揮する。

 煤の足跡と熱で歪んだ大気、その軌跡だけを残してキメラはダブルを見失った。

 

 ダブルの着地前に仕込んでおいた泥沼の記憶(スワンプ)も、高熱と速度によって無力化されている。移動を妨げる術が無いのならと、キメラは自身を囲むバリアを生成した。

 

 箱の記憶(ボックス)×宝石の記憶(ジュエル)×仙人掌の記憶(カクタス)×発電機の記憶(ダイナモ)

 

 一般メモリ最高硬度のジュエルを付与した死角の無い箱。さらに反射の棘と電撃のおまけ付き。殴りつければ最後、拳が黒焦げのハンバーグだ。

 

『アラシ』

 

「あぁ」

 

 キメラの背後に現れたダブルだったが、その拳は箱の前で止まり、そのままシームレスに左側が染め上がる。

 

《ヒートトリガー!》

 

 止まった拳に再度現れるトリガーマグナム。

 至近距離から放たれる超火力の連射は、さほど時間をかけずに箱の防壁を破壊した。

 

『ボックスの壁は強力な反面、使用中反撃もできない。つまり遠距離高火力の連発には無力だ』

 

「あのメイド女くらいテメェが繊細だったら別だったかもな」

 

「無粋ね。下げられた皿じゃなくて、今を楽しみましょう。このイカれた最期の晩餐を!」

 

『確かに最期だ、君のね。僕は明日もアラシの料理を食べるよ』

 

 壁も距離も取り払われ、ダブルとキメラが互いの呼吸を感じ合う。ダブルが次のメモリを、キメラが新たな能力を、居合のように抜刀して戦いは色彩を変える。

 

《ヒートメタル!》

 

 ディノニクスの記憶(ディノニクス)×野獣の記憶(ビースト)×暴力の記憶(バイオレンス)×ヘカトンケイルの記憶(ヘカトンケイル)×鰐の記憶(アリゲーター)

 

 キメラの腕が6本に増え、肉体が異常隆起。さらに恐竜の脚、爬虫類の強固な鱗が備わった。隙の無い近接特化形態となったキメラに対し、ダブルは燃え上がるシャフトを果敢に打ち付ける。

 

「へぇ、まだ喰らいつくのね」

 

「言わなかったか。豆鉄砲よか喧嘩が十八番だ」

 

 ディノニクスの瞬発にも余裕で反応し、最小限の被撃をメタルで受けて、的確な位置に反撃を喰らわせる。

 

 ビーストの再生で有効打とはならない。だが、アラシの戦闘はドーパントになった時よりも明らかに冴え渡っていた。

 

「失望したわ。貴方は孤独でこそ力を発揮すると思ってた。私と同じように」

 

「そんなもん好いた覚えはねぇよ。全部嫌いだった。今も嫌いだ。それでもいいって言われたからここにいる。だったら───」

 

 鋏の記憶(シザーズ)

 キメラの手がチョキの形を取り、断ち切る動作の軌道上が切断される。それが増殖された腕の分だけ。

 

 無数に襲い来る不可視の斬撃。だが、そんなもの『憂鬱』───エルバのそれとは比べるまでも無い。

 

『応えるしかないんだよ。僕らは罪深いバケモノだ、だから』

 

「守るんだ。アイツらが俺たちにくれたモノが何なのか、それが分かるまでは死ねねぇんだ。今度こそ」

 

《ルナメタル!》

 

 シザーズの動作を読み、その軌道をメタルシャフトが畝って躱す。直情的だった動きに捻りが加わったことで、キメラの動きを凌駕している。

 

「悲しいことを言うわね。私と貴方は同種、生まれながらに人として欠陥し、怪物として完成していた突然変異! だからこそ私は貴方を喰らいたい!」

 

 捕食者の記憶(プレデター)×空虚の記憶(エンプティ)

 

 キメラの姿から秩序が消えた。身体全体が食欲を帯び、周囲を全て吸い込んで無に還しながら、その満ちることのない空虚を晒してダブルに喰らいつく。

 

「出やがったな」

 

《サイクロンメタル!》

 

 至近距離からのこの攻撃は不可避だ。全形態で最高防御力のサイクロンメタルにチェンジし、ダブルは耐久に徹する。

 

 しかし、風と鋼の守備も時間稼ぎにすぎない。エンプティの能力でメタルシャフトが分解され吸収されていく。そして、その食欲はダブルさえも飲み込んでしまった。

 

(手応えが無い……?)

 

 口に入れた綿飴のように、ダブルの体が消えたのを感じた。

 直後、夜空を錯覚するような光弾が周囲を埋め尽くす。

 

《ルナトリガー!》

 

『言ったよね。食事が一番油断を生むって』

 

 サイクロンメタルで隙をこじ開け、ルナの能力で作った分身を身代わりに。そこを自動追尾の弾丸の連射が突き、キメラが怯んだ。

 

「もう一度、改めて言っとくぞ」

 

 体勢を崩したキメラの首を掴むのは、黄色い右腕。

 

《ルナジョーカー!》

 

 ダブルは間合いの外から腕を伸ばして捕捉。そこから一気に腕を縮めて距離を潰し───左拳の黒き一撃を叩き込んだ。

 

「俺たちはお前を殺す。絶対にだ」

 

 地面に叩きつけられ、ひしゃげたキメラの頭部。

 アラシが生まれ持った、世界を壊すほどの過剰な敵意。それが研ぎ澄まされ、意味を持って、暴食へと向けられている。

 

「あ───ははははははははははははっ!」

 

 その事実を痛みとして感じ、キメラは高らかに笑う。

 

 逆戻しのように再生していく。傷が新たな異形となっていく。血液の代わりに広がっていくのは混沌。腹の底から、腹の音を鳴らすように、その女は笑い続けた。

 

 深層の記憶(アンダー)×道の記憶(ロード)×構築の記憶(クリエイト)

 

 ジョーカー・ドーパントとなったアラシを追い詰めた、血肉で構成される仮想領域。この空間全てがキメラの能力発動の媒介となり、逃げ場はない。まさに彼女の腹の中だ。

 

「殺す……ね、なんて素敵な愛の囁き。さぁ、メインディッシュにしましょう」

 

 禁忌の記憶(タブー) 

 目が開いた。一方的に深淵を覗く、禁忌の眼が。

 

「永斗、こいつはヤバいぞ」

 

『うん、知ってる。この中じゃ僕らに勝ち目は無い』

 

「私は望む全てを手に入れる。貴方たちも、適合者の彼女たちも、他の大罪も全部卓に並べて……食べきれない悪を死ぬまで味わい尽くす。全ての人間の未来を、私が」

 

 暴食が値踏みし、舌舐めずりする。

 そこにある穢れなき未来を、穢れなど無かったはずの物語を、壊して犯し尽くすことこそが『愛』だ。愛の行き着く先は、暴食なのだ。

 

 形をこしらえられた死を眺めながら、ダブルは───μ'sとの記憶に思いを馳せていた。

 

─────────────

 

 スクールアイドル部の復帰ライブ、今日がその当日。

 その場にいるのはまだ7人。講堂に集まった客の様子を伺い、にこが焦りの声を漏らす。

 

「穂乃果とことりは間に合うの!?」

 

「絶対来ます、必ず!」

 

 海未は信じていた。

 このライブが、μ'sの復活ライブになると。

 

 穂乃果はその信頼に、今度こそ応えるはずだ。

 その証拠に、聞こえる。近づいてくる騒がしい足音が。

 

「うわああああああっ!!」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

「痛ぁ……っ、お持たせぇ……!」

 

 滑り込みセーフで本当に滑り込んで尻もちをつく。当のことりは後ろから扉を通り、少しだけ申し訳なさそうに笑って普通に入場。

 

 呆れ返るほどに、全くいつも通りにも程がある。

 

「ほんとう、ハラハラしたにゃー!」

 

「じゃあ、全員そろったところで……部長、一言」

 

「えぇっ!? ……なーんてね、ここは考えてあるわ。前に散々言われたしね、特にアラシに……」

 

 希の無茶振りも慣れたもの。にこだって夏合宿の時とは───

 

「───アラシ。そうよ、アラシ!」

 

「あ……っ! うそ、忘れてた……!? 私、アラシのこと……?」

 

 にこが声に出したことで、皆の記憶に『切風アラシ』が蘇った。

 真姫は思い出した、病院でアラシに貰った言葉を。それから彼という憧れを追いかけた記憶を。

 

「そうです、アラシが! アラシがいたのに、どうして私たちは……!」

 

「どこで何やってたのよアイツは! ていうか今どこにいるのよ! アラシは……!」

 

 海未は思い出した。ひょっとこ面の悪意からアラシが救い出してくれた事件を。初めて本心を曝け出してくれた時の記憶を。

 

 にこは思い出した。孤独と恐怖の中でアラシがくれた不器用な肯定を。曇りかけていた自信が再び叩き起こされた記憶を。

 

 皆が思い出した。切風アラシに守られた、勇気づけられた記憶を。

 漂う混乱の中で、穂乃果は目線で伝える。いま彼らが何処で何をしているのかを。そして、いま自分たちがやるべきことを。

 

 にこが呆れたように笑う。

 

 もう怖くない。これから先、まだ何も変わらない。

 学校があって、μ'sがあって、切風アラシがいる日常は必ず続いていく。そう信じてにこは声を張る。

 

「今日みんなを、一番の笑顔にするわよ!」

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

「よーし、行こう!」

 

 9人のピースサインで繋がる、輝く星。

 空っぽだった講堂で始まった物語が、もう一度ここから始まる。

 

 ──『START:DASH‼︎』──

 

──────────────

 

 ダブルが虚空にピースサインを向ける。

 思い出すだけで勇気を貰える。これが生きた意味だというのなら、まだ愛とは呼べなくても、十分だ。

 

「力を借りるぞ、お前ら」

 

 キメラの領域から支離滅裂に迫る悪意。ダブルは彼女たちの歌う姿を想像して、ただ穏やかに手のひらを足元に置いた。

 

《ブレッシング!マキシマムドライブ!》

 

 ことりに適合した『B』のメモリ、祝福の記憶。

 その能力は『メモリの力の漂白』。白い輝きが穢れを浄化していく。夥しい死で作られた空間が、天へと還っていくように崩壊した。

 

 キメラとダブルが、再び現実世界で対峙する。

 

「ッ……出したわね、オリジンメモリ。良かったの? 一度きりの虎の子を早々に使って」

 

『それは君も同じだ。今の必勝パターンを連発できないのは透けてる』

 

「あと、早々に……だ? 寝ぼけてんじゃねぇぞババア」

 

 フィールドは消されたが、タブーの能力は発動中だ。使用者が犯した禁忌によって形と力を変容させるゴールドメモリの力は、彼女が使うと全ての能力が数段底上げされる。

 

《サイクロンリズム!》

 

 そのはずなのに、ダブルの躍動はキメラの想定を遥かに超えた。

 風を裂くメロディがキメラへと突き刺さる。

 

 にこと適合した『R』のメモリ。鼓動の記憶。

 リズムフィストを音楽に乗せて叩き込むことで、威力が上乗せされていく。最高潮に達した一撃がキメラの守りを砕いた。

 

「なっ……!?」

 

『ロードメモリは摂取した血肉を空間に変える。さっきの一手は、有体に言えばカロリーを爆発的に消費するってわけ。その直後が万全なはずないじゃん』

 

 永斗の狙いは最初からこれだったのだ。

 体力を消費する大技をブレッシングで無効化し、その後隙をオリジンメモリで潰す、カウンター戦法。

 

「……だから何? ならば燃費よく擦り潰すまでよ!」

 

 禁忌の記憶(タブー)×捕食者の記憶(プレデター)×傷の記憶(インジャリー)×幼虫の記憶(ワーム)×病の記憶(シック)

 

 キメラの体から牙を持った触腕が伸ばされる。触れた部分に問答無用で傷をつけ、病原菌で致命傷にまで悪化させる凶悪な組み合わせだ。

 

《ヒートリズム!》

 

 ピンクと赤、全身に暖色を帯びたダブルが地面を叩く。

 伝播する音に熱が乗り、触れるまでもなく触腕が炎上。菌の効力が死んだところを、ダブルが一撃で殴り砕く。

 

(初手で潰された!? それなら……!)

 

 次の能力を選ぶ前に、キメラの体を電撃が貫いた。

 風を上回る疾さ。ターコイズの閃光が爆ぜる。

 

《ライトニングジョーカー!》

 

 絵里に適合した『L』のメモリ。稲妻の記憶。

 

 約10秒限定の超高速移動。キメラに呼吸の暇を与えない、連打。理知と、技巧と、何より殺意が込められているその一撃一撃が、キメラの体力を確実に抉り取っていく。

 

 しかも磁石の記憶(マグネット)で反発させようにも、電流で磁気を上書きされて意味を為さない。

 

「調子に……乗らないことねッ!」

 

 禁忌の記憶(タブー)×空虚の記憶(エンプティ)

 強化されたエンプティの吸引力が強引にダブルを引き剥がし、そこに全力のエネルギー弾を放つキメラ。だが、これは揺動だ。

 

 幽霊の記憶(ゴースト)×氷河期の記憶(アイスエイジ)

 この肉眼では見えない霊体は触れて憑依した瞬間、体温を一気に奪い切って凍死させる。しかも物理防御は無効、今度こそ防ぐ術は無い。

 

《ルナオーシャン!》

 

『まぁ幽霊には、塩だよね』

 

 海未に適合した『O』のメモリ。海洋の記憶。

 光を纏った海水が周囲を旋回し、霊体を全て消失させてしまった。

 

「どういうこと!? いくらなんでも……!?」

 

 愉悦の中に埋没していた違和感が、顔を出す。

 キメラの攻撃はいずれも凶悪性を巧妙に隠した初見殺しばかり。それなのに、ダブルはそれらを全て()()()()()()()()()()捌いてみせた。

 

 読みが鋭いなんて言葉じゃ説明がつかない。キメラ自身、初めて使った組み合わせだって複数あった。一体、何が起こっている。

 

「ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇぞ、食い気だけの低脳が」

 

《ヒートオーシャン!》

 

 オーシャンメモリの真価は『蓄積』。

 オーシャンアローの10秒弱のチャージの後、煮えたぎる熱海の砲撃がキメラの表皮を焼き払う。

 

『以前は万全なチャージ時間でもプレデターを倒せなかった。これで倒せるとは思ってないよ、でも……』

 

 再生していくキメラの体と、僅かに揺らぐ体勢。それが何よりも体力の消耗を語っており、ダブルは仮面の奥で笑みを浮かべる。

 

 込み上げてくる拍の早い呼吸を誤魔化すように、キメラが咆哮する。大きく腕を振るって生み出されるのは、雷と氷塊を巻き込んだ巨大台風。

 

 禁忌の記憶(タブー)×気象の記憶(ウェザー)

 

「前『暴食』の側近のシルバーメモリ、私のとっておきよ!! 風と氷と雷、同時に対処できて!?」

 

 その暴風は周囲の飛行機をも飲み込んで、鋼鉄の礫までも帯びていた。まさに天変地異。どう見ても正面からぶつかっていい存在ではない。

 

 それを知っていたから、永斗は事前にこれを預かっていたのだ。

 

《ヘブン!マキシマムドライブ!》

 

「───ッ!?」

 

 花陽と適合した『H』のメモリ。天国の記憶。

 瞬樹から借りたこのメモリは瞬間移動を可能にし、ダブルはキメラの正面へと舞い戻った。

 

 至近距離にさえ来てしまえば、自身を巻き込む台風は無力。またエンプティで引き剥がされる前に、ダブルは詰めの一手を打った。

 

《ドライブ!》

 

「それは……!?」

 

『君はこれ、知らないでしょ』

 

 異世界での戦いで作られたガイアメモリ。そこに内包されるのは、108体の機械生命体と戦った熱血警官、そのテクノロジーの記憶。

 

 キメラが思い出すのは必然、あのサテライトを倒した仮面ライダーソニックの戦い。速度上昇と踏んで身構えることさえ、永斗の掌の上だ。

 

《ドライブ!マキシマムドライブ!》

 

『───重加速』

 

 その瞬間、世界が鈍化した。

 風に乗る瓦礫が歩くような速度になり、炎の揺らめきはまるで紙芝居。

 

 キメラも体を思い通りに動かせない。ただ、ダブルを除いて。

 

『ドライブメモリもコアドライビアを搭載してるからね。あー、バレたら隼斗さんに怒られそー』

 

「隼斗にも言っただろ、俺たちは正義の味方じゃねぇ。何だって使ってやるよ、お前をぶっ殺すためならな」

 

《ライトニングリズム!》

 

 ここに来てダブルは最高速度の組み合わせで攻める。

 雷鳴がキメラの鳩尾、顔面、肩、腰、全身を砕いていく。再生や他の能力の発動が間に合わない。ダブルを引き剥がせない。

 

「あああああああああああッ!!」

 

 しかし、キメラは重加速を弾き返した。

 ダブルの拳とキメラの不意の反撃、クロスカウンターが突き刺さり双方が吹き飛ばされた。

 

『さすが、早いね。9個の能力を繊細なコントロールで常時発動して重加速を中和してる。いや関心するよ、ただでさえ苦手な掛け合わせを頑張ってて』

 

「……何を。もう勝ったつもりでいるの!? 私が食らってきた悪意はこんなものじゃない! 私はまだ……!」

 

「そろそろ推理と行こうぜ、探偵らしくな」

 

 ダブルはそう言いながらも攻撃を再開する。

 攻めの手は緩めない。余裕を与えない。

 

「学校での推理の続きからだ。キメラの能力を強化するため、お前は『食う』『溜める』『合わせる』の3つを司るメモリを食いたかった。前2つはプレデターとエンプティ、見事に成功したわけだが……」

 

『君は3つ目に該当する複合メモリ、ギャロウのメモリを食べ損ねてる』

 

 内藤一葉が『絞首台の記憶』で起こした連続殺人事件。内藤は『暴食』こと石井美弥の姉、石井聡美の友人だった。この事件が彼女の仕込みである見立てに間違いはない。

 

『あの事件、校舎が破壊されそうになったのを君が黙っているわけがない。ギャロウを手に入れる計画はあったはずだ』

 

「でも誤算があった。瞬樹だ」

 

 あれは瞬樹と出会うきっかけになった事件だった。

 ダブルだけでは危なかった場面を、エデンの協力によって切り抜け、メモリブレイクに成功した。同時にエデンの存在がノイズとなって、彼女の計画は破綻していたのだ。

 

「……えぇ、そうね。確かに彼のことは想定外だった。でもそれが……!」

 

『ギャロウは同じタイプのメモリを複数掛け合わせ、殺傷能力を相互補完し、単体では弱いギャロウフィールドを必殺の能力にまで昇華させていた。ハッキリ言って秀逸だったよ、メモリも使い手も。でも君はそれを逃した』

 

 彼女が姉を殺した時から仕込み、天金に頼んでメモリを作らせ、朱月の協力で推し進めた計画だった。手間暇をかけた最高の一品になるはずだった。あれを食べていれば、キメラの能力も更に高まっていたはずだった。

 

「つまりだ。お前は一つ目で失敗した癖に、食い意地張ってプレデターとエンプティを食ったわけだ」

 

『それがつけ入る隙になった。今の君は、保有能力数に対してそれを制御する能力が釣り合ってない』

 

 弁解の余地も無く、それを証明するようにキメラの体幹が揺らぐ。そこにダブルの蹴りが火を吹く。

 

 消費の激しい攻撃への誘導。重加速による能力併用の強制。このタイミングで開示することによる精神的動揺の誘発。その全部が、キメラを消耗させるための策。

 

「……ッ、そんなバカげた推理……あるわけない。そんなことに脅かされるほど、大罪の地位は安くない!! 私が犯した罪の数こそが私の身体! 貴方達を屠るくらい容易いのよ!」

 

 そのはずだった。それなのに現実では、ダブルはキメラの複合能力を全て見透かして的確に対処。何一つ思い通りに運ばせなかった。何一つ、解せない。

 

『僕が君から逃げてる間、何もしなかったと思う?』

 

 永斗が言う。

 アラシが消えて永斗はすぐ姿を消した。組織はそれをついぞ見つけることはできなかった。

 

 永斗はさっきこう発言していた。

『アラシのことは任せたんだよ、μ'sとアラシ自身にね』

 

 だとすれば、永斗は隠れて何を───

 

『検索さ』

 

────────────

 

「行っちゃったね……勝てるかなー、なんて」

 

 山神未来は手元に戻ってきたメモリーメモリを指で回し、呟く。永斗が家賃代わりにと置いていったものだ。元々は未来のメモリなのだが。

 

「……面影あったなぁ。ほんと嫌になっちゃう。さーてと」

 

 未来は床に散らばる紙を拾い上げた。

 そこにはメモリの名前と能力、組み合わせと対処法がいくつもビッシリと記載されている。

 

「引っ越しかぁ……」

 

 組織から隠れる山小屋。そこを埋め尽くすのは真っ黒な紙の山。それだけじゃなく、壁や家具、至る所にまで永斗の筆跡が刻まれていた。

 

────────────

 

『君が関与したと思しき事件、関わったメモリ、そこから推測される君が食べたメモリ、有効な能力の組み合わせ、君の行動パターンから戦略の組み立て方まで、全部検索したんだよ』

 

「は…………?」

 

 何を言っているのかわからない。

 確かに、アラシに正体と本名がバレた段階で、永斗にも伝わっている可能性は高かった。

 

 しかし、組織も本棚にアクセスする権限を一部持っている。直接的な追跡は不可能になっているはず。追うとすれば、無数の本から『石井美弥』の名前を探すという、狂った遠回りを強いられるはずだ。

 

『面倒くさかったよ。君の足跡を一つ見つけて、前後の足跡の手がかりに。その繰り返し。それが終われば次は組み合わせの検証……ギャロウを入手されてたらパターンが何十倍になってたか……』

 

 理論上は不可能じゃない。でも、誰がやると思うか。

 異次元の記憶力に頭脳、そして常識外れの執念と精神力。

 

「どこが、『怠惰』……ッ!!」

 

『というわけで暴食、石井美弥───君の全てを閲覧した』

 

 そんなわけが無い、ハッタリだ。この体を構築する狂気と悪意を以て歩んできた人生を、その食事遍歴を全部理解されただなんて、信じられるわけがない。

 

 半狂乱の慟哭の中で、キメラは嘔吐するように能力を発露する。

 

 禁忌の記憶(タブー)×捕食者の記憶(プレデター)×空虚の記憶(エンプティ)×気象の記憶(ウェザー)×公害の記憶(ポルーション)×カメムシの記憶(スティンクバグ)×メガネウラの記憶(メガネウラ)×工事の記憶(コンストラクション)×始祖鳥の記憶(バード)×鏡の記憶(ミラー)×戦車の記憶(タンク)× 爪の記憶(ネイル)

 

 発現させた異形を前方に押し出す。押し潰す。

 間髪など入れない。原型が無くなっても構わない。次いでキメラは遠隔で発動する能力の照準を一斉にダブルへと合わせる。

 

 禁忌の記憶(タブー)×捕食者の記憶(プレデター)×空虚の記憶(エンプティ)×気象の記憶(ウェザー)×幽霊の記憶(ゴースト)×回転の記憶(ローテーション)×林檎の記憶(アップル)×氷河期の記憶(アイスエイジ)×弾丸の記憶(バレット)×宝石の記憶(ジュエル)×病の記憶(シック)×酸の記憶(アシッド)×蛙の記憶(フロッグ)×混乱の記憶(パニック)

 

「読まれるからってデタラメか。浅ぇんだよ」

 

《サイクロンジョーカー!》

 

 擦り潰した、

 その感覚を突破して、サイクロンジョーカーに戻ったダブルが眼前に。

 

 振り払うように放つキメラの過剰な一撃にも、一歩も怯まない。進む以外の───殴る以外の選択肢が頭に無いように、ダブルは重心を傾けるだけの回避の後に拳を叩き付けた。

 

 能力の練度が低いという弱点を突いた永斗よりも、真に脅威なのはこっちだ。その複雑極まる戦略に言葉も無く身を預け、いとも容易く実現させる身体能力と戦闘センス。そして、戦闘の中の躊躇や恐怖というものを知らない。

 

 切風アラシという逸材、まさに───怪物。

 

「違うッ!! 食い尽くすのは、殺し尽くすのは、怪物は……私だ!!」

 

「ようやく剥がれたな。そうやってずっと縋って来たんだろ」

 

 能力を使いすぎ、出力も精度も落ちた攻撃ではアラシに通用しない。どれだけ複雑な能力を組もうとも、永斗に先読みで看破される。

 

 そこにダブルは、最後の推理を突き付ける。

 

「幼い頃に遭った交通事故。それで生まれたのが暴食、そう言ってたな」

 

 そうだ。あの時に知った脳髄の味こそが、彼女の原点。

 

『脳の損傷による人格障害、よく聞く話だね。でも、自然治癒で戻った例だってよく聞く』

 

「何を───」

 

「とっくに治ってたんだろ。『暴食』は、とっくに死にかけてた」

 

 その言葉を聞いてしまった時、石井美弥の目の前が真っ白になった。振り返ったらそこには、メモリと共に衰弱死した姉の体があった。

 

「違う」

 

「でも『暴食』を殺すわけにはいかなかった。だってお前は姉を殺した、普通のガキがその罪悪感に耐えられるわけがねぇ」

 

「黙りなさいッッ!!」

 

 能力が、出ない。見えない拳に頭を撃たれ、血と共に視界にまた余計なものが滲み出す。

 

 優しかった両親の死体が見える。仲の良かった学校の友人の死体がある。骨と肉塊になった実の息子───氷餓も。

 

 知らない感覚が、胸を蝕んで、腹の奥から何かを連れてくる。

 その何かに名前を付けてはいけない。そうでないと、『暴食』は、石井美弥は───

 

「お前はわざと罪を重ねた。食いたくもねぇ悪意を口に押し込み続けたんだ。そりゃそうだ、食わなきゃ……死んじまうからな」

 

「───ッ、いやあ゛あああああああああああああああっ!!!!」

 

 否定しなければいけない。込み上げる何かと衝動のまま、キメラの全身から溢れ出すのは、犯した『暴食』の罪の激流。

 

 禁忌の記憶(タブー)×捕食者の記憶(プレデター)×空虚の記憶(エンプティ)×気象の記憶(ウェザー)×発電機の記憶(ダイナモ)×大蛇の記憶(アナコンダ)×公害の記憶(ポルーション)×武器の記憶(アームズ)×林檎の記憶(アップル)×ヘカトンケイルの記憶(ヘカトンケイル)×病の記憶(シック)×磁石の記憶(マグネット)×箱の記憶(ボックス)×カメムシの記憶(スティンクバグ)×鋏の記憶(シザーズ)×野獣の記憶(ビースト)×酸の記憶(アシッド)×抹消の記憶(デリート)×ディノニクスの記憶(ディノニクス)×老化の記憶(オールド)×メガネウラの記憶(メガネウラ)×鏡の記憶(ミラー)×始祖鳥の記憶(バード)×暴力の記憶(バイオレンス)×道の記憶(ロード)×回転の記憶(ローテーション)×増殖の記憶(インクリース)×庭園の記憶(ガーデン)×構築の記憶(クリエイト)×戦車の記憶(タンク)×深層の記憶(アンダー)×改竄の記憶(アルター)×工事の記憶(コンストラクション)×鰐の記憶(アリゲーター)×宝石の記憶(ジュエル)×混乱の記憶(パニック)×氷河期の記憶(アイスエイジ)×材料の記憶(マテリアル)×蛙の記憶(フロッグ)×幽霊の記憶(ゴースト)×女王蜂の記憶(クインビー)×ナメクジの記憶(スラッグ)×爆発の記憶(エクスプロージョン)×幼虫の記憶(ワーム)×傷の記憶(インジャリー)×傘の記憶(アンブレラ)×貨幣の記憶(マネー)×ゾンビの記憶(ゾンビ)×芸者の記憶(ゲイシャ)×雑音の記憶(ノイズ)×仙人掌の記憶(カクタス)×泥沼の記憶(スワンプ)×妥協の記憶(コンプロマイズ)×爪の記憶(ネイル)×暴風雨の記憶(テンペスト)

 

 そこにあったのは、もはや形容することも叶わない混沌。その一つ一つが人を騙し、人から奪い、人に害をなし、そして時には命をも奪ってきた者たちの残滓。まるで津波のように押し寄せる悪意の群生体にも、ダブルは迷わず左拳を叩き込んだ。

 

 すると、罪たちが牙を剥くよりも先に崩壊していく。体力が不十分な状態で、限界数を遥かに超えた能力を発動したのだ。もはや形を保つことすらままなっておらず、結合が緩んだ部分から能力を失って消えるのみ。

 

「───でも、テメェは食い過ぎた。そのツケを払う時だ」

 

 能力の残骸の中からダブルが直進する。

 腹が減った。力が出ない。消えてしまう。向けられる殺意に怯えながらも求めずにはいられない。もっと、もっと悪意を、もっと───

 

「『(シン・)───」

 

 追い詰められたキメラの中から選択肢は消え去っていた。

 本能が告げる『最後の手段』。だがキメラが何かを口に出そうとした瞬間、上空からスタッグフォンが飛来した。

 

 鋼鉄のハサミがキメラの首を絞め、声を封じる。

 

 シャフトをやられて使わなくなったメタルメモリをスタッグフォンにセットし、ダブルが予め待機させておいたのだ。

 

『それはもうディストピア戦で見た。“それ”を序盤で使えなかったのが、君の限界だよ』

 

「……思えば長ぇ付き合いだったな。テメェが音ノ木坂でメモリを配って、学校を滅茶苦茶にした。だが……そいつも、これで終わりだ」

 

 小さな怒りにつけ込まれ、人生を暗闇に貶された人がいた。

 それからも学校に漂っている些細な歪みを利用され、幾つもの事件が起きた。犯す必要のない罪が、負う必要のない傷が、この女のために生み出された。

 

 偽りの人生を植え付けられ、食われるために生きて死んだ男がいた。

 

 依頼者の顔を忘れるものか。犠牲者の顔も名前も、頭に焼き付いて消えない。目を閉じれば、破裂しそうな怒りが歯の奥から滲み出す。

 

 ここで終わらせる。音ノ木坂で渦巻いていた因縁を、断ち切る時だ。

 

「───手ぇ合わせな暴食、『ごちそうさま』の時間だ」

 

 ダブルの左腕、ジョーカーサイドに腕輪のようなものが出現する。

 

 メモリをボディ側で使うことで出現する専用装備、それが今までジョーカーには存在しなかった。それ故に、サイクロンジョーカーで実現できなかった戦略がある。

 

 だが、アラシが『J』に選ばれた自身を肯定したことで、ジョーカーメモリは遂に真価を発揮するに至った。

 

《サイクロン!マキシマムドライブ!》

 

 サイクロンメモリを腰のマキシマムスロットに装填。そしてジョーカーメモリを、腕輪のスロットに装填する。

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!》

 

「『ツインマキシマム!』」

 

 『疾風の記憶』と『切札の記憶』、2本のオリジンメモリの全てが解放される。ダブルの体が地上で左右に分かれ、それぞれが一つの肉体を構成した。

 

 サイクロンとジョーカー。ダブルは欠けの無い2人の戦士として再誕し、走り出す。

 

『はぁっ!』

 

 サイクロンが先陣を切り、キメラに回し蹴りを繰り出す。倍増した風の力で加速したサイクロンは、今のキメラでは反応すらできない。

 

 突風で地を転がるキメラに放つ、神速の飛び蹴り。

 

「……はっ、ッ……! 嫌だ、私は暴食、まだ……まだ足りない! もっと、寄越せええええええええッ!!」

 

 最後の抵抗。キメラの体に亀裂が入り、全身を以て『口』が開いた。迫るサイクロンを飲み込まんと、その奥にいる石井美弥が涎を吐いて手を伸ばす。

 

 後方で、闇が弾けた。

 吹き抜ける追い風に乗って、口を開けるキメラ目掛けて飛んで行く───風を切り裂き全てを薙ぎ倒す、ジョーカーの蹴撃(ライダーキック)が。

 

 “J”のオリジンメモリ。

 地球から分離した26の意思の一つにして、“反逆”の意思。

 

 その少年は世界に牙を剥くために生まれた。

 それでも、その少年は生きるために生まれた。相棒と、大切な仲間と共に。

 

「『ジョーカーダブルストーム!!!』」

 

 ジョーカーの体がサイクロンに追い付き、再び一つに。そして一つ分の体に収まり切らないエネルギーが全て、爆発力として解き放たれる。

 

 黒く澄んだ嵐がキメラの牙を砕き、口を引き裂き、貫いた。

 

「も…………っと……」

 

 千切れた体から無数のメモリが吐き出され、壊れていく。今まで食べたメモリだ。タブーが砕け、プレデターが砕け、エンプティも───砕けた。

 

 お腹が空いた。あぁそうだった、思い出した。

 今日は家に帰れば、大好きな家族と、大好きなカレーが───

 

「じゃあな暴食、地獄に堕ちろ」

 

 降りしきる壊れたメモリの雨の中、キメラメモリが地に落ちて砕ける。

 

 それと同時に石井美弥の体が崩れ落ち、

 そこには『GLUTTONY』と刻まれた一冊の本だけが残っていた。

 

───────────────

 

「みなさん、今日は本当にありがとうございました!」

 

 衣装もないから制服で、全員が揃ったのも土壇場で、それこそが『らしい』のだと行われたμ'sの復活ライブ。

 

 観客からは万雷の拍手が上がる。歌う楽しさも、踊ることができる喜びも、ステージからみんなで見るこの景色も、もう二度と忘れない。穂乃果はそう心に誓って締め括る。

 

「あっそうだ、大事なことを言い忘れてました」

 

 と思いきや、やっぱり忘れてた。どこまでも穂乃果は穂乃果だ。

 

「さぁみなさん! ご一緒に───」

 

 そうしてライブを終えた穂乃果たちの所に、いつものようにボロボロのアラシと無傷の永斗は帰ってきた。あと、瞬樹も一緒に。

 

「……間に合ったみてぇだな」

 

「うん……おかえり、アラシ君!」

「どこ行ってたのよアンタ!!!」

 

 顔を見るや否や、突っかかって行ったにこが、片手でアラシに弾かれた。

 

「永斗くんもどこ行ってたの! 凛たちに何か言うことあるでしょ!?」

 

「ごめん、電波傍受まで考えたら何も……ってだからごめんって。揺らさないで前後に」

 

「瞬樹くんもおつかれ様!」

 

「身に余る労いだ我が天使! 正直ヘブン無しでかなりキツかったけど、なんとか死守したぞ!」

 

 アラシがいることにもう違和感は無い。だが、忘れていた事実が少し後ろめたいのか、海未たちは前に出にくい。

 

 そんな様子を見て、アラシは吐き捨てるように言う。

 

「なに今更しおらしくなってんだバカ共が。気色悪ぃんだよ」

 

 青天の霹靂だった。にこや穂乃果ならともかく、海未や絵里まで暴言を向けられるのは初めてのことだ。

 

 でも、なぜだか不快じゃない。それどころか少し笑えてしまう。

 

「何がおかしい」

 

「いえ、なんだか目も言葉も前よりもずっと、アラシらしい気がして……つい。今ので思い出しました、昔……穂乃果が連れてきた怖い男の子のことを」

 

「あっ、それ私も覚えてる。すっごく足が早くて乱暴で、穂乃果ちゃんと鬼ごっこしてた。私たちはすぐ置いてかれちゃったけど。そっか……」

 

「……くだらねぇこと覚えてるんだな」

 

「大事な思い出ですよ、今となっては」

 

「うん。これからもよろしくね、アラシ君!」

 

 2年生たちが笑い合うのをポカンと見ている中で、希がニヤニヤと近寄ってくるのを見逃さない。だがアラシの蹴りは空振り、4人の間に希が割り込んできた。

 

「なーんかいい感じやん。先輩にナイショはあかんよ〜?」

 

「ちょっと、下世話よ希!」

 

「寄んな適当関西弁。狭いのが胸で更に狭ぇ」

 

「誰の胸が平らよ!!」

 

「誰も言ってないわよそんなこと」

 

 ハイテンションな希を絵里が押さえる。怒り狂うにこがまた弾かれてるのを、真姫が呆れたように後ろから見ている。凛と花陽と瞬樹は永斗を振り回す。

 

 戻ってきた。勝ち取った。

 この光景に涙は抑えて、熱くなる胸はそのままに、穂乃果はアラシの手を取った。

 

「っ、なんだ!?」

 

「さっき言ったけど、もう一回! 今度はみんなで一緒に!」

 

 渋るアラシにもお構いなし。疲れたと逃げようとする永斗は捕まえる。みんなで手を繋ぎ、もう一度───始まりの言葉を。

 

「μ's──ミュージックスタート!」

 

 

───────────────

 

「……渡航は無し? おい待て、どういう……切りやがった。全くどう育てたらそうなる、それでも教育者か」

 

 まぁいい、と男は電話を切った。

 男が腰掛けているのは倒れた人間の山。その周囲にも同じように、日本語ではない呻き声を上げながら死屍累々の絨毯が広がっている。

 

「来ると言うからわざわざ潰しに来たというのに。親に似ると娘も大変だな。そう思うだろう、お前も」

 

 屍の底から不意打ちで、ドーパントが男に襲いかかる。

 男はそれを生身のまま捌き、素手で怪人の肉体を壊し尽くす。そして吐き出されたメモリも踏み潰す。

 

 ここは異国のメモリ犯罪組織。

 その国では最も巨大な派閥が、たった今壊滅した。男の携帯に再び着信が鳴る。今度は通話ではなく、暗号による報告だ。

 

「『暴食』が死んだか……随分待たされたが、これでようやく動けるわけだ。そして……やはりあの女だったか」

 

 最奥の扉を蹴破る。男が思い浮かべているのは、前に一度合わせた少女───高坂穂乃果。あの時に感じ取ったものは錯覚ではなかった。

 

 『暴食』の能力を突破した時に、彼女は自身のオリジンメモリを発現させ、無意識にその力を使っていた。そのメモリは直後に姿を消したようだが、『J』が覚醒したという報告からして間違いない。

 

「……骨折り損は割に合わん。来てもらうぞ」

 

 扉の奥、椅子に縛り付けられた青年と、『N』と紋様で描かれた金色のガイアメモリ。この派閥が拉致して利用していたオリジンメモリ『N』と、その適合者だ。

 

 黒服の男は縛られた青年を引き摺り、呟く。

 

「現れたか、『Z』……!」

 

 男───ゼロは、声を吐き捨てると共に己の憤怒を噛み砕いた。

 




読了、ありがとうございました。
音ノ木坂を戦場にしたイカれた本作ですが、ようやく黒幕を討って一区切りを迎えました。ここまで読んでくださった方々には感謝しかありません。

これにてラブライブ1期編が終結……ではあるんですが、アルファベットは残り2文字。2期編に行く前に、ケリをつけなければいけない大罪は、あと2つです。

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