ふふふーん ふふふふーん ふんふふーん♪
鼻歌まじりで制服を整えていると、キッチンからはベーコンの灼ける香ばしい香り。
「今日も部活かい。春休みももうすぐ終わりだが、勧誘活動の目途は立ったのかい」
加藤梨理香が朝食のマフィンを作りながら声を掛ける。
「ぜんぜん。ユグドラシルの騒動やらで絶賛休止中。だからこうして最後の追い込み。でもねー」
キッチンに置かれたマフィンを摘まみながら茉莉香はため息をつく。
「ヨット部の勧誘なのに、みんな海賊を前面に出したがるのよねー」
ふんと口元に苦笑いを浮かべる梨理香。
時間跳躍で統合戦争の時にあれだけ海賊して、それ程間を置かずハーベック・オダ彗星でのバルバルーサとの共同戦線。
最近の白鳳女学院のヨット部部活は海賊一色だった。
この一年の内容でも、まともにヨット部らしかったのはネヴュラ・カップぐらい。それさえ海賊の影がちらついている。まあ部員に海賊が二名も居たら仕方ないか。それに、ヨット部所有の練習船が、いまも現役の海賊船ときている。
部員たちは海賊業のトリガー・ハッピーになっているらしい。その影響に、白銀の救難船で梨理香も一枚噛んでいる。
「仕事の方はどうなんだい」
「お仕事ノルマは亜空の深淵でクリア。本当は統合戦争でおつりが出る位だけど、記録に残せないからノーカンなんだって」
少し不満げな茉莉香。ちょっとぐらい色を付けてくれても良さそうなものだが、記録上は弁天丸はガーネットA星域で遭難(ミッション未達成)となっている。
「で、加藤茉莉香。いまは新部員勧誘に全力で取り組みますっ!」
「そうかい。せいぜい気張んな」
ぴっと敬礼して、行ってきまーすと家を出る。
「ぶちょー、新勧案内のポスター出来ましたぁー。確認よろ~」
部室のドアが開き、運び入れられるベニヤに張られたB0版の特大ポスター。持って来たナタリア・グレンノースより大きい。
「オデット君ですけど、バルちゃんバージョンでいきます?」
横ではウルスラ・アブラモフが着ぐるみと格闘している。
「バルバルーサはまずいっしょ、だって海賊船だよ」
「部長も海賊船長だし、オデットⅡ世だって現役の海賊船だよ。チアキちゃんの了解があればOKじゃない?」
オデットⅡ世の模型を組み立てながらリリィ・ベルと原田真希。
「そんなのダメに決まってるじゃない! それと、ちゃんじゃない」
「そんなぁ~。これからはバルバルーサとも海賊営業があるかもっていうのにー」
「それは無い。今のうちに言っとく」
亜空の深淵があって後回しになっていた新部員勧誘の準備に、ごった返す白鳳女学院ヨット部部室。練習航海(という口実での銀河辺境までの遠征)で春休みが潰れ、新入生たちがやって来る入学式まであまり日にちが無い。それまでにヨット部の魅力を余すところなく紹介する新勧活動を仕上げなくてはならない。
「それよか去年のネビュラ・カップ、前面に押し出さない。優勝はチアキちゃんだし、白鳳女学院も堂々の二位! アイちゃんは天測航行で特別賞だったしさあ」
話題の流れを変えようと、それとなく部活に話を持っていこうとする茉莉香。
「そうそう、それで弁天丸が大気圏まで降りて来ての大立ち回りだったもんね!」
「うんうんディンギーを駆る茉莉香船長の、手に汗握る回避戦!」
「悪の手からインターハイを護る、正義の海賊っ!」
努力もむなしく、結局は海賊に戻ってしまう。
仕上げなければならないのだが、その勧誘案内がどれも『海賊』を前面に押し出した物ばかり。春休み初日に出来ていたポスターも、海賊姿の茉莉香が『I WANT YOU』していたもので、その傾向は濃厚だったのだが、新規ポスターは輪を掛けて、茉莉香船長と白鳳海賊団が亜空を指差し、その背後をオデット=バルバルーサが跳ぶという代物。――ヨット部は何処へ行った。
「オデットⅡ世の装備なら大抵の電子戦が戦える。それに探査もバッチリ」
「海賊営業しながらトレジャーハンター」
「なんて、お得なブカツド~♪」
誰も茉莉香の意見は聞いていない。
「ねえみんな、あくまでヨット部の勧誘なんだから。私たち女子高生なんだから、海賊とからはいったん離れて^^:」
茉莉香は引きつった笑みを浮かべながら宥めるが、一向に効果が無い。
「ねえ、どうまとめるの。このままだとヨット部じゃなくて海賊部になっちゃうわよ」
仁王立ちしたチアキ・クリハラが組んだ腕で茉莉香を小突く。
「ははははは・・」
乾いた笑いしか出て来ない茉莉香部長。
「宜しいんじゃありません、海賊部。白鳳海賊団の評判は上々ですし、なにより皆さん海賊したくてウズウズしてるんですから。前の航海も、衣装だけで本格的な海賊業はやってませんでしたもの」
グリュンヒルデが澄ました顔でまとめている。
イグドラシルの艦隊相手に電子戦でカチコミしたのを、「やってませんでした」はないものだ。中身は偽物でも船は星系軍の本物だったのだから。
「でも、顧問の先生が不在というのは、やはり問題ですわ。海賊部でも」
ニッコリ微笑む人形のような王女様。
「ぐりゅうえるううう・・・」
このままではヨット部は消滅で海賊部。
どうする四面楚歌の加藤茉莉香。
そのとき、部室の扉が開いた。
入口に姿を現したのは
「部長。いえ、ジェニー先輩!」
「はあい、お久し振り。統合戦争以来だわね」
ブロンドの髪を靡かせながら、白鳳ヨット部のパーカーを身に纏ったジェニー・ドリトル嬢だった。
「先輩」
「先輩お久しぶりです」
「ジェニー先輩」
目を輝かせて先代部長に次々と声を掛ける後輩たち。
「先輩、宇宙大学に戻ったんじゃなかったですか。フェアリージェーンの営業依頼も宇宙大学からだったし、また調べ物ですか」
加藤茉莉香が質問する。ヨット部が統合戦争に係わることになったのは、ジェニーが戦争時の資料を探しに母校へやって来たのがきっかけだった。戦争の終わり方について、担当教官から考えてみるようアドバイスをもらい、独立戦争時に統合参謀本部があった白鳳女学院を尋ねたのだ。そして弁天丸が、オデットⅡ世が、一二〇年まえに跳んだ――。
「戻ったわよ。でも今回は資料集めじゃないの。実習できたのよ」
「実習って・・なんの実習??」
「なんのって、高校に実習しに来たんだから、教育実習よ」
「でも先輩は政経学部で、それも初年生では?」
チアキ・クリハラが聞き直す。先生を目指す教育学部でも実習は三年次だからだ。
「ええそうよ。でも宇宙大学では、一年次に高校の教員免許は得られるの。三年次には一般の大学なら講師になれるわ。まあ色々な資格が必要だけど」
「さすが、宇宙大学――」
一同感嘆する。銀河系一の秀英が集まる学舎のレベルは伊達じゃない。そんな大学に九月からはリン・ランブレッタも進学する。白鳳女学院は二年連続で入学生を輩出したのだ。
「政経学部の先輩が、どうして高校の教育実習なんか――。まさか!!」
チアキと茉莉香は嫌な予感がした。オデットⅡ世の私掠船免状が出てきた時、ジェニー・ドリトルは何と言ったか。
「そお、私は白鳳女学院の臨時講師よ。まあ実習というより研修と言った方が正確かな。そしていちおう「ヨット部」の顧問になるの」
わざわざヨット部に『一応』と付け加えたのが怪しい。変な汗が流れる二人と違って、他の部員たちは期待に目を輝かせている。
「まあ、では顧問の問題は解消ですわね♡」
グリューエルまで手を組んで歓声を上げている。
新顧問が高らかに宣言する。
「茉莉香船長、さあ海賊の時間よ!」