白鳳海賊団の初営業の反響は大きかった。
何しろ電波ジャックで銀河系じゅうに配信されたのだ。可憐な乙女たちによる海賊団、海賊船はかつての白鳥号。凛々しいキャプテン・チアキの雄姿は、その知的な面立ちとのギャップに眼鏡属性の殿方たちの心を捉え、乙女たちが乗るにふさわしいオデットⅡ世のシルエットは多くの人々の琴線に触れた。海賊を行ったのが太陽帆船だったという事がまず驚きだった。
そして帝国の市民たちは、まだ合法の海賊が居たことを知った。
「そう、居たんだよねー。合法の海賊」
「居たんだよー」
ネットに拡散しているユー(ユニバース)・チューブの映像を見ながら盛り上がるハラマキやキャシーらヨット部員たち。
でも小首をかしげるヤヨイ・ヨシトミ。
「でも銀河帝国の私掠船免状って、うちの所だけですか?」
「部長、部長が以前に戦ったクォーツさんて、帝国公認の海賊じゃなかったですか。あの方たちも私掠船免状持ってるんじゃありませんか」
ふーむと思案する茉莉香。
「ちょっと違うんじゃないかな。私掠船免状とは異なるとゆうか。帝国の私掠船免状って船に与えられたものでしょ。でもクォーツが乗ってた船は実験船、私のものと同じように個人に与えられた物だと思う。海賊の巣のおやっさんは、肩口の髑髏のバックルが帝国公認の証しだって言ってたし」
「私も違うと思うわ。もしクォーツがオデットと同じ私掠船免状を持っていたのなら、うちの海賊連合との戦いの時にそれを使ってた。そりゃ海賊相手の実験もあったでしょうけど、相手のOSを強制的に書き換えられるような代物よ。いざとなれば使っていたわ」
チアキの指摘に一同が驚いた。
「えー!? うちの私掠船免状て、そんな物騒な代物なんですか」
「道理で弁天丸が謎の停電」
自分で言って、しまったという表情のチアキ。弁天丸の停電はブレーカーが落ちたせいにしてあったのだ。
「ゴメン、あの時はまだ原因がよく分からなかったの。でもどうやら私掠船免状が自動攻勢するようにプログラムされてたようで。だから、そんな危ない物は今後封印」
パンと手を叩いて茉莉香は話を打ち切る。
グリューエルが急いでそれとなく話題を変えた。
「白鳳海賊団の評判が良かったことは判りましたが、銀河回廊で重力子弾を使ってしまったことで、ジェニー先生の会社に迷惑は掛からなかったのですか」
「ヨット部では先輩でいいわ。先生といっても教育実習生だし、自分で言うのもなんだけど、先生って呼ばれると年取っちゃったみたいでイヤ」
ブロンドの髪を撫で上げてジェニーが片目を瞑る。
「会社には運輸局から聴取が来たわ。そりゃ二日間だけど銀河回廊が使えなくなったんだもの。でもあの中継のお陰で、こちらの落ち度でないことが分かってもらえたわ。むしろこちらは被害者。一方的に契約内容を無視したあちら(護衛艦隊)のせいだもの、実弾まで使ってた。弁天丸の実弾使用は正当防衛ってこと。――違約金はしっかり払って頂きました。」
銀河回廊が閉鎖になるような事をして、女子高生相手に(実際は弁天丸にだが)実弾まで使用して、しかも完敗したとあっては、ヒュー&ドリトル星間運輸の評判はがた落ちだった。目的のためなら手段を選ばない会社。女子供にも平気で手を上げる無法者。だけどドジ集団。先の武器横流し疑惑の記憶もあり、会社に付いたイメージを高めるだけだった。
「ジャバウォッキーの艦長をはじめ艦隊の主だった下士官全員、第五艦隊の再教育キャンプに送り込まれたそうよ。違約金の腹いせに、陰険な伯父様がやりそうなこと。ホホホ」
シュニッツアの話では、帝国特殊部隊の精鋭も泣きを入れるほどの再教育らしい。――ご愁傷さま。
「――ああ、茉莉香さんにチアキさん。今後の営業についてお話したいから、後でちょっといい?」
はいの返事を受けて、ジェニーは部室を後にした。
とにかく、オデットⅡ世のデビューとしては上々の出来だった。弁天丸とサイレントウィスパーの連携、みんなの操船技術、なによりも太陽帆船というハンデを、推進剤なしで航行できるという長所を生かした運用の仕方を、実際の海賊営業で確かめられたことが大きいと茉莉香は思うのだった。
茉莉香たちが呼ばれた会議室は、一つの出入り口のほかに開閉部は無く窓もない部屋だった。扉を閉めれば完全な密室。白鳳女学院が星系連合の総司令部だった頃、作戦室に使われていた部屋で、ニュートリノの透過も阻む完全な電子暗室である。
一般の女子校にそんなものは必要ないのだが、元が総司令部だったがために残っており、機密性の高さから教職員の会議室や個別面談室に使用されている。白鳳女学院には高セキュリティーな電子暗室がほかにもあり、その一つががヨット部部室だ。
「ねえ、今回のミッション。海賊として二人の船長から見てどうだった。」
ジェニーが二人に聞く。
「大したものだったと思います。みんなの技術も飛躍的に向上してますし、チアキちゃんの作戦も、オデットの利点をよく生かしていました」
「私の作戦じゃないわ。みんなが知恵を出し合った結果よ。私はオデットの特徴をどうカバーしたらいいかを考えただけ」
二人の感想に頷きながらもジェニーは言った。
「そうね、ミッションとしては大成功と言っていいわ。でも私は聞いたはずよ。海賊としてって。海賊船としてオデットはどう?」
「海賊…ですか」
「海賊は一匹狼よ。仕事は基本単独で行われるわ。合同を組むのは、お互いの危機が一致していて、それに対処する必要がある場合よ。弁天丸やバルバルーサもそうでしょう」
「海賊するのに、いつも違う海賊と一緒にお仕事するんじゃ現実的じゃないわ。まあ弁天丸やバルバルーサなら一つ返事で引き受けて下さるでしょうけど」
弁天丸との共同作戦としてなら成功。しかし毎回それでは、オデットは単独では海賊出来ない事になる。だが統合戦争当時は、白鳥号は単独で仕事をしていた。それもかなりのハイスコアで。
「電子戦も当時とはずいぶん進化してるし、オデットⅡ世の電子兵装は旧式。でも新型ならこちらにはサイレントウィスパーという切り札がある。今すぐでなくてもいいわ、オデット単独でもお仕事できる方法を考えてみて頂戴」
二人に宿題を出す。
確かに共同での仕事ばかりというのはまずい。帝国は戦力を持つ者が徒党を組むことには敏感なのだ。
「当面は知り合いの海賊さんとの共同で、お仕事のスコアを上げましょう。特にバルバルーサは、船長さんが是非オデットⅡ世の船長を見たいって言ってたから」
そう言ってウインクするジェニーに、チアキは赤くなるのだった。
コンコン。
会議室にノックの音があった。
中に入って来たのは、グリューエルとグリュンヒルデの姉妹。
「茉莉香部長。」
「チアキ船長。」
二人の姿を見て、あれという顔をする。
「お邪魔じゃなかったですか」
「いいのよ、二人への話は今終わったとこだから。あなたたちを呼んだのは別の話。この二人にも関係のある事だから」
自分にも関係のある話と聞いて、茉莉香はリーゼのことが頭に浮かんだ。どうもグリューエルも同じ様子だ。
二人が部屋の扉を閉めると、ジェニーは自分の携帯を取り出し、電波の有無を調べる。
「盗聴…ですか?」
女子校に盗聴って、一体。やはり彼女の話か。でも彼女の素性はジェニーにはまだ話していない。
「大丈夫な様ね」
部屋内に電磁波の出入りがないことを確認すると、ジェニーは一枚のカードを取り出した。それを見て驚くグリューエルとヒルデ。
「まあ、ラザルス・カードですね。ヨートフが持っているのを見たことがあります」
そうと頷くジェニー。
「ジェニー先輩って、メトセラだったんですね。」
「そんな訳ないでしょ! これは大学に戻った時に先生から頂いたのよ。これ以上お婆ちゃんにしないで頂戴」
宏大な宇宙で再びまみえた奇蹟に交換する、長命種のグリーティングカードだ。それは長命種(メトセラ)どうしのコネクションも兼ねている。
「先輩の担当教授は、一二〇年ものあいだ、ずっと待ってらっしゃったんですね……」
ラザルス・カードを見て、悠久の時を思うグリューエル。
「先生から、こんなメールが転送されてきたのよ」
そう言って指先でタッチすると、一通のメールが浮かび上がった。
『ルビコンを渡れ』
ただ一言、そうある。
「これって、どういう意味ですか??」
茉莉香が?を浮かべる。
「ルビコンて、核恒星系のある星団の名前ですよね」
ヒルデが答えた。
「え、そうなの?」
「茉莉香、それ小学校の社会科で習うから」
チアキの指摘に頭を掻く茉莉香。
「帝国にとって絶対不可侵領域。それを渡るって――」
不穏な空気を感じ取るグリューエル。絶対不可侵領域を越えるという事は、帝国への反逆を意味するのだ。そんな言葉が、メトセラ・コネクションに流されてきた。
「問題は、ここ。」
メールの発信元の名前を指差した。
送り主の名は、『マイラ・グラント』とある。
辺境宙域の娼婦船「愛の女王号」の船長。オデットⅡ世や加藤家とは因縁浅からぬミューラ・グラントの姉で、帝国の賞金首である。茉莉香とグリューエルは面識があった。
「タグにガーネットAとあるから、コネクション全体に流されたものじゃなく、統合戦争に関係したメトセラだけのようだけど。セレニティーの長命種さんや中継ステーションの銀九龍さんの所には行ってると思う。もしかしたら、妹を通じてあなたん家にも」
「ヨートフからは何の連絡もありません…」
「梨理香さんも何も言ってないけど、昨日から長期休暇取ってバカンスに出掛けてる」
また豪華客船でクルージングだそうだが、どこに行ったかまでは聞いていない。
「ヨートフさんも銀九龍さんも、あなた達に黙ってるって事は、巻き込みたくないって思ってるのね。これは自分たちの世代の宿題だからと」
自分たちの世代の宿題。それは統合戦争でやり残した問題があったという事だ。元老院議員パク・リーを捕まえたことで全てが終わった訳ではなかったのだ。帝国内で何かが起こっている。そしてリーゼがやって来た。
「ねえ、もうそろそろ、転校生ちゃんの素性を教えてもらえないかしら」
そう言ってニッコリ微笑むジェニー・ドリトル。しかしその笑顔には、もう下手な言い訳は通用しないわよという凄みがあった。
四人は、覚悟を決めた。