教育実習の期間が終わり、「提出しなければならないレポートがあるから」と言い残して、ジェニー・ドリトルは宇宙大学に帰って行った。
やっと女子校本来の穏やかな部活に戻ったヨット部、にはならなかった。
しっかりとハロルド・ロイド保険組合を通して「海賊依頼」が入って来たのだ。担当者は弁天丸と同じアフロヘア―の怪人。お仕事の相手は、フェアリージェーン社のリゾート・クルージング船「フライミー・トゥー・ザ・ムーン号」。今回はオプションを伴わない(戦闘のない)普通の海賊。
オデットⅡ世のお仕事は、ちゃんと中間テスト終了後に予定されていたが、弁天丸の方はテスト期間前にも入ってきた。半日で終わる物資の輸送だから大丈夫だろうと入れられたのだった。
そんなこんなで、何かと忙しい茉莉香の日々。でも、バイトのシフトは変えない。
閉店時間が近づいたランプ館。店内には客の姿もなくメイド姿の店員たちは、片付けや掃除をやっている。
「茉莉香、私たち三年生じゃない。夏休みまでには進路を決めとかなくちゃならないじゃない。茉莉香はもう決めてる?」
キッチンで洗い物をしながら遠藤マミが聞いた。
「ううん、全然。マミはどう」
「私は地元就職。中継ステーションのオペレーターになるために、いま資格試験の勉強中。」
「へえ、てっきり服飾デザイナーになるんだと思ってた」
「それも捨てきれないんだけどねー。いちおう手堅くいこうと思って。でも服飾デザインは止めないよ、趣味で行くつもり」
やっぱりマミは地に足が付いていると茉莉香は思った。
「茉莉香はどうなの。やっぱ海賊?」
「いまは女子高生と海賊を掛け持ちしてるけど、海賊になりたくて海賊になった訳じゃないし、もっといろんなことを知りたいって気持ちもあるし」
「じゃあ、行く? ジェニー先輩やリン先輩のように宇宙大学」
「無理無理。何より大学に行って、何を学びたいかが決まってないもん」
宇宙大学と聞いて、かぶりを振って否定する加藤茉莉香。
「ふーん、茉莉香らしくないね。いつも即断即決だと思ってた」
「そりゃ将来を決める事だもん、私だって迷うよ。でも、もっと世界を見てみたい」
らしくないと自分でも思う。あれこれ思い悩むのは自分の性に合わない。海賊になったきっかけは、親の仕事を継ぐこともあったが、「宇宙を見てみたい」という気持ちからだった。
(このまま営業の海賊を続けるつもり?)
ふとクォーツの言葉がよぎった。海賊業は性に合っているが、いまのままでは銀河の片隅を飛んでいるだけだ。
――おいでなさい。広い宇宙へ――
からからん、とドア鈴の音が響いた。
「すみません。もう閉店――」
店にやって来たのはチアキだった。外からの風に長い黒髪が揺れる。
隣の椅子に厚いカバンを置いて、カウンター席に座る。
本人が注文する前に出て来るチョコ・パフェ。それを見て、幾分顔を赤らめながら頬が膨らむチアキ。
「私、帰るから。」
唐突に、出されたチョコ・パフェを摘まみながら言った。
「え、帰るってどこに」
「海森星に決まってるでしょ。もともと海森星校の生徒だから中間考査はあっちで受けるの。――それに、親父からも呼ばれた。来たのよ、うちにも」
チアキの話では、バルバルーサにもマイラのメールが届いたらしい。
「そうか、バルバルーサのノーラさんて長命種。」
副長をやっているノーラは、統合戦争にバルバルーサで参加している。
「それで、こんなものが来た理由が聞きたいって。電話やメールで済む話じゃないから」
「ガーネットAのタグが付いていれば、もろオデットに関係してるもんね。じゃあリーゼのことも話すの?」
「バルバルーサが関わって来るんだったら、船長に話さない訳に行かないでしょ」
「…そっか…」
今はまだミーサでとどめているが、帝国の様子を調べてもらっている以上、いずれ弁天丸のクルー達にも打ち明けなければならない。
「聞かれればね。親父が尋ねなかったら言う必要ない。聞かない方がいいという判断もあるし、その辺、親父は鼻が利くから。――じゃあね」
空のグラスにお代を入れて、チアキは店を出て行った。
茉莉香を残して空いたカウンターに、遠藤マミが顔を出す。
「チアキちゃん、なんだって」
気を利かして外していたマミが聞いた。
「帰るって、海森星に。」
ぽつりと茉莉香。
「そっかー、寂しくなるね」
――うん。
皇女は、ここ二ヶ月足らずに自分の身に起きたことを思い返していた。
中等部への進学を控えて、第五星系にあるユニバニティー校を訪問した。しかし期日を過ぎてもセナートに帰らなかった。彼女の消息はそこからぷっつりと切れている。
公式には、そのままユニバに滞在していることになっている。しかし実際はユニバから宇宙大学に渡航、どうやらそこに皇女は居るらしい。元老院をはじめとする当局はそこまでは摑んでいる。そこから先が分からないのは、宇宙大学が銀河帝国の手が及ばない治外法権だからだ。
宇宙大学から少女は、ある長命種と親族の手配で、秘密裏にくじら座宮たう星系にやって来た。
亡命するめに。
亡命は、相手先が帝国の干渉を跳ね返せるだけの独立性と影響力を持っていないと成り立たない。独立性は帝国の基本原則が内政不干渉だから、ある程度は保たれており、思想犯や政治亡命を受け入れる星系もあるが、それも中央政府からの圧力を跳ね返せるだけの影響力を持っていないと出来ることではない。帝国との関係がぎくしゃくすることは避けられないからだ。そんな星系は限られる。
くじら座宮たう星系は帝国の版図のうちでも辺境に位置する。属しているオリオンの腕文明圏の統合戦争で名前が出て来るが、それは稀に見る平和的な併合の舞台だったという事で、帝国の威光を増させるだけのエピソードに過ぎない。これといって帝国を代表するような産業や文化がある訳でもなく、飛び抜けた科学技術を有している訳でもない。そもそもオリオンの腕文明圏が帝国内ではごく平凡な存在なのだ。
そんな文明圏の片田舎な星系に亡命する、彼女を匿えるような力は何処にもない。
聖王家の皇女が亡命してきていることを、オリオンの腕文明圏の連合政府も、当のたう星系行政府も知らない。知っているのは、手配してくれた人々と、今いるこの学園のほんの数人だけ。
どうして喋ってしまったのだろう。帝国の私掠船免状を使ったことは確かに軽率だった。きっと緊張が続いていて、思わず使ってしまったんだと思う。いつもの私ならありえない。でも、「加藤茉莉香」から正体を推理されて認めてしまった。普段なら、あの程度の詰問なぞ軽く受け流していただろう。宮中内にはもっと海千山千の者たちが蠢いている。その扱い方も幼い頃から叩き込まれている。どうして。
――どうして、自分は、彼女たちを巻き込んでしまったのだろう。
たう星系にやってきた理由は、そこに「生きた帝国の私掠船免状」を持つ「現役の海賊」が居るからだった。
その情報は突然現れた。今からほんの数か月前のこと、いきなり船籍ライブラリーに「帝国私掠船」の項目が現れたのだ。それは、実に二百年振りのことだった。
いろいろ調べてみると、その船はオリオンの腕統合戦争で海賊をやっていた「白鳥号」だったらしい。発行年から免状は「白鳥号」に与えられている。当時まだ帝国の版図外にあった辺境の海賊が、しかも海賊掃討戦争から八〇年も経って「帝国私掠船免状」を持つに至った経緯は不明だった。皇族でもアクセスに制限がかかる「超極秘」だったのだ。
帝国の私掠船免状は、船名が変わっても継続される。それが船に与えられるからだ。船が破壊されるか、聖王家が無効としない限り更新され続ける。
その船の私掠船免状が生きていて、それが帝国船籍に現れたという事は、公式の海賊として再び名乗りを上げたという事だ。そこに逃げ込むつもりだった。帝国艦隊も帝国政府も手が出せない、聖王家が認める「帝国の海賊船」に。
その船の名は、「オデットⅡ世」。
宇宙大学の長命種の方からの紹介でやって来たのが白鳳女学院だった。勿論、身分を隠して。オデットⅡ世の船籍名簿の項目に、帝国私掠船とともに「白鳳女学院練習船」とあったが、女子校は恐らくカモフラージュで、海賊の窓口になっているんだろうと思っていた。
聞けば、まだこの周辺にはローカル・サイドな海賊が居て、叔母はその海賊たちと戦火を交えたことがあると言っていた。叔母も公式ではないが政府公認の海賊だ。そんな帝国海賊の叔母が苦々しく話していたところを見ると、そうとう強力な海賊なのだろう。そんな海賊に囲まれて、一二〇年ものあいだ船を保持し続けた「白鳳女学院」という組織は当てにできる。そしてその船も。
自分が白鳳女学院に行くと話したとき、叔母は「そうかい、アイツのところに行くのかい。アイツは頼りになる海賊だよ」と、ニヤリと笑いながら言っていた。確か叔母が辺境宙域から帰って来て会ったときだった。
来てみて、ぜんぶ自分の見当違いだと分かった時は唖然とした。
白鳳女学院は本当に女子校で、オデットⅡ世はヨット部の練習船。しかも旧式の太陽帆船。これでは頼れない。
ますます素性を知られないようにしなければと覚悟していたところに、現れたのがグリューエル・セレニティーとグリュンヒルデ・セレニティーの姉妹だった。なぜ連合王国の姫君がこんな所に、確か体制改革で王国も大変なはずと驚いたが、グリューエルと面識があることが問題だった。彼女は自分の素性を知っている。彼女には自分の素性を明かさないようお願いした。
彼女はそれに応じてくれたが、聡明な彼女のこと、帝国に抜き差しならない事態が起こりつつある事に、すぐ気付いた様子だった。それと、「いつまでも隠し通せるものではないと思います。茉莉香さんはじきに気付くでしょう。いっそ、全てを彼女に打ち明けたらどうですか。セレニティーはそれで救われました」と言っていた。
全てではないが、加藤茉莉香に素性を打ち明けて、身が軽くなった自分がいた。
何も解決していないのに、ほっとしている。
オデットⅡ世は、本当に帝国の海賊船だった。私掠船免状も現役のものだった。
そして、確かにここには「海賊」がいた。
「オデットⅡ世の初仕事からこっち、帝国政府内の通信量が二割増しに増えてる」
「へええ、衆目を集める事には成功したようね」
百目からのリポートに、興味ない様子でミーサが漏らす。
「帝国艦隊統合参謀司令部から各ナンバーズ・フリートへの司令、情報部の通信、交通運輸局から帝国経団連への通達、官軍民総出だ」
「二百年振りの出現だ。領内にいない筈の公式の海賊船、注目するのは当たり前だろう。同時に警戒もな」
さも当然だというシュニッツア。
「警戒の方は大丈夫みたい。情報部の通信内容見てみたんだけど、事実確認ばっかり。まあ、あれだけ派手な実況中継見たら、乗り込んでる海賊が何者かすぐ分かるけど。ネットの方も拡散凄いよー」
「えっ情報部の通信て、潜り込めるものなのか?」
「まあ蛇の道は蛇」
「見える。――簡単じゃないけど」
今更ながらのクーリエの手腕に驚く三代目に、女性陣からの突っ込みが入る。
「各方面の通信も情報部のものと似たり寄ったりだ。いい宣伝にはなったわな」
「やっぱ、見えるんだ」
何だか帝国のセキュリティーが心配になる三代目。ここは弁天丸の通信・電子担当者の方が凄いという事にしておこう。
「ただ…」
と、百目が言葉を濁す。
「気になる通信回線が開いているんだな」
「なあに?」
「聖王家に繋がる秘密回線。監察局のものだ」
監察局と聞いてミーサが気を向けた。
「内容は?」
「こればかりはセキュリティーが固くて見れない。あまり深く潜るとこちらが危ない」
ブリッジの全員が真顔になった。
監察局といえば、聖王家直属の諜報機関だ。その任務は、帝国への反乱や王室に対する反逆の芽を未然に防ぐこと。対象は政府の手が及ばない有力な元老院議員や帝国貴族で、一二〇年前のパク・リーの一件から設置された組織だ。
「オデットを調べているのか」
シュニッツアの問いに、分からないと百目は首を振る。
「遡って調べたんだが、二ヶ月前から皇族どうしのプライベート回線や元老院の通信が活発になってる。それが今回の仕事以来爆発的に増えた。そこに監察局だ。聖王家内で何かが起きている。――船長は知ってるんだろ」
「ミーサもね。だいたい予想はつくけど」
イカゲソを口に咥えながらクーリエが付け加えた。
勘のいい頼れる仲間たちに観念したのと、信頼した様子でミーサは言った。
「そうね、船長も話すと思うわ。ヨット部にメールが届いたのよ。差出人とタグが問題だったから、部員たちに見られないよう隔離したけど、同様のものがジェニー・ドリトルにも送られていたの。恐らく梨理香にも」
「差出人は誰だ」
シュニッツアは、内容は訊かずに差出人を訪ねた。
「マイラ・グラント。ヨット部と梨理香に転送したのは、妹のミューラよ。ジェニーの方は別ルートね」
辺境海賊ギルドの首領の名が出て来たことで、じゅうぶん容易ならざる事態だという事だった。
「モーレツ併合海賊」では、銀河帝国の海賊掃討戦争が千年前としていましたが、二百年前の出来事と変更しました。それは、ミューラたち長命種にとって、海賊掃討戦争を実際に経験した過去としたかったからです。また、アニメのグランドクロス編にある、海賊爺さん三人組の「帝国に海賊ありというのを、当時の政府がパクったからじゃよ」のセリフと整合させる意味もあります。
今から二百年前というのは、独立戦争当時でも既に八十年の時間が経過しています。八十年は、私たちにとっては世代を超えた時間ですが、長命種にとっては生々しい自分の出来事なのです。