モーレツ銀河海賊   作:ノナノナ

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第13話

 夕餉が終わり、食後のコーヒーを飲みながら、ジェニーは今日伺った一番の理由に話を移した。

 ラザルス・カードのメールだ。

 「この『ルビコンを越えろ』は、どういう意味でしょう。ルビコンって、あのルビコンですよね?」

 銀河帝国の絶対不可侵領域、核恒星系のあるルビコン星団。いまは死語となっているが、それを越えるという事は帝国草創期には反逆を意味した言葉だ。核恒星系から銀河に乗り出したころ、ルビコン星団が帝国の最終防衛ラインで、そこに軍事力を持ったまま許可なく踏み込むことは敵対行為とみなされる。たとえ大災害が起きて、核恒星系が混乱状態に陥っていて連絡が取れない場合でも、許可なく帝国艦隊が入ることは出来ない。それが救援活動であってもだ。この原則は今も生きている。

 そしてメールの発信者が問題だった。帝国が敵視している辺境海賊ギルドの関係者。海賊ミューラの姉、マイラ・グラントだったからだ。これをアテナが自分に転送して来た理由も聞きたかった。

 「あら、私は転送なんかしていないわよ」

 アテナはあっさりと否定した。

 「タグに『ガーネットA』とあるでしょう、タグに関係したメトセラに自動配信されるのよ」

 「私メトセラじゃないし、マイラっていう人と面識もないから、てっきり先生が転送したものと思ってました」

 自分の早とちりに頭を下げる。

 「あなたも持ってるじゃないラザルス・カード。そういう仕様なの」

 「…着信拒否とかできないんでしょうか」

 同様のメールが、メトセラだけでなく加藤茉莉香や母の梨理香にも届けられたことを伝えた。こちらはミューラから。

 「ということは、二人のメトセラが共同歩調をとってることになるわね。あの二人は姉妹で海賊なのだけれど、お互い不干渉なのよ。マイラはギルドに加盟していない一匹狼。でも、ミューラからメールって、あなたの周りはどんな人たちなの。お姫様までいるし」

 「そのお姫様についても、伺いたいことが」

 そう言いかけた所で、アテナは口元に指を立てた。小さなブロックを取り出してスイッチを押し、自然な姿でカーテンを引く。いかにも日が暮れたからというふうで。

 室内に優雅な調べが流れだすが、それはジャマ―だった。

 「これでいいわ。艦隊旗艦の電子暗室ほどじゃないけど、盗聴は遮断できる。――あのお方は元気?」

 そこまで、とジェニーは思った。だってここはタニアなのだ。治外法権な宇宙大学でも核心に当たる星、そこの中心地アカシア。そこで盗聴なんて、まずあり得ない!

 「元気にしています。この頃はヨット部のみんなとも、すっかり馴染んで」

 吃驚しながら様子を伝えるジェニー。

 「良かった、それを聞いて安心したわ。いまのあの子には、それが一番必要なの」

 ほっとしてアテナは椅子にもたれた。

 「意外そうね。ここで聞き耳の心配? これは、それほどの事態なのよ。宇宙大学は世間から隔離された安住の地ではないわ。治外法権は完全に守られているけど、それを利用しようとする者たちもいる。象牙の塔は聖人君子たちの集まりじゃないのよ」

 「では、亡命の手配はやはり先生が。でも、どうしてウチ(たう星系)なんです? 強力な軍隊がいる訳でもないし、帝国で発言権が強いわけでも無い。もっと他の有力な星系が――」

 「帝国艦隊に対峙できる軍事力は存在しないわ。有力な勢力が関係することは、事が大ごとになるということ。それは帝国にとっても、あの子にとってもまずい事なの。聖王家の内紛は帝国の崩壊に繋がる」

 たった一人の少女の家出で、銀河帝国が崩壊!?

 「以前にもなり掛けたことがあったのよ。海賊掃討戦争のことは学んだでしょう」

 「はい。中学で」

 「あれがそうだったの。表向きは通商破壊を続ける海賊との戦いって事になってるけど、海賊を利用した聖王家内の勢力争いだったの。王家は真っ二つに割れて、それを取り囲む勢力がお互いの力を削ぐために通商破壊を始めた。内紛はまだ帝国外にあったセレニティー王家のとりなしで大事にならずに終結したけど、そのまま続いていたら帝国の星系を巻き込んだ内戦になっていたわ。セレニティーが帝国内でも重要な地位を占めているのは、古い王家というだけじゃなくそんな経緯があるのよ」

 「学校では教わりませんでした」

 「そりゃそうよ。今でも帝国のトップ・シークレットだもの」

 アテナはさも当然といった様子で言い放った。

 「そんな秘密を、一般の学生に明かして大丈夫なんですか」

 「あら、あなたにはもうその資格があるじゃない」

 知性にはそれにふさわしい資格が必要、一二〇年前のゴタゴタも根はそこから来ているという事か。そして今回も。

 「問題なのは、それに辺境海賊ギルドが絡んでいるらしいこと。帝国は彼らを裏切っている。」

 「裏切りって」

 何となく聞かなくても判る。組織が問題を起こして取る後始末の方法は、いつもトカゲのしっぽ切りだ。

 「そう。利用するだけ利用しといて、内紛が終結すると彼らが邪魔になった。そこで彼らに騒動の責任を押し付けてスケープゴートにしたのよ。通商破壊をした海賊が悪いってね。だから名称も海賊掃討戦争。辺境海賊ギルドはその時の残党、首領のミューラもマイラも直にあの時のことを体験しているわ」

 帝国にはじゅうぶん遺恨があるという事だ。

 「今回のこと、聖王家の内部で起こっている事とは一体何なんです?」

 「わからない。一介の帝国貴族に情報は流れて来ないわ。でも推察は出来る。長く生きてるとね、見えなくてもいい事まで見えて来ちゃうものなのよ」

 長命種で歴史学者とは、因果なものだとアテナは思った。

 「王家に繋がる人から頼まれたのよ。王族なんだけど王家の立場からは離れている人。リーゼ王女をたう星系にある白鳳女学院に逃してほしいって。白鳳って具体的な名前が出てきたのにも驚いたけれど、逃がす理由については話してくれなかった。ただ、さる海賊から頼りになる海賊がいると聞いたと」

 「それ、クォーツ・クリスティアですね。本名はセンテリュオ・ルクス・スプレンデンス」

 「あの子、そんな事まで打ち明けちゃったの?」

 ジェニーは、加藤茉莉香が言い当ててしまった事。そしてクォーツとは因縁があることを説明した。

 「彼女から相談を受けた時すぐピンと来たわ。容易ならざる事態だと。それでメトセラのコネクションを使って彼女を白鳳に送り届けたのよ。目立つところに逃がすより、目立たない星の海の中に紛れさせる方が、確かに判りにくいと思ったから」

 受け入れたのは中継ステーションのおやじさんだろうと、中華屋の壁に掛かっている額縁を想い出しながら思った。

 「彼女の立場ってどうなっているんです」

 「彼女が正統皇女、皇位継承権第一位だってことは知ってるわよね」

 「名前ぐらいしか知りませんでしたが」

 「まだ、正式な社交会デビューを果たしていないから。写真も公表されていないわ。それらは彼女が高校に進学してからというのが女王の意向で、義務教育のうちは普通の学校生活を送らせてあげたいっていう母心だったのよ」

 小学校のうちから社交界に出されていたジェニーは、ちょっぴり羨ましく感じた。が、立場が違う。普通の学校生活といっても自分とは大違いだったろう。

 「その彼女には年の離れた再従弟(またいとこ)がいるのよ。女王の叔父のお孫さんね。子供は全部女だったんだけど、娘に男の子が出来たことで野心が生まれた」

 「自分の血筋を皇位にという事ですね。でも既に皇位継承者が居るのに、随分乱暴な野心ですね。無理筋もいいとこじゃありませんか」

 「そうでもないのよ。なぜ今の皇帝が女王と呼ばれているか判る?」

 「そりゃ女性ですもん」

 ジェニーの返しにアテナは首を振って続けた。

 「そういう意味じゃなくて、なぜ女帝や皇帝と呼ばれないか。聖王家は昔は男子相続だったのよ。それが継承者不足や継承権争いの元となって、いまのような長子相続となった。でも女性は帝位で呼ばれない。その名残なの。――名残だけならいいのだけれど」

 「いまでも、そのような考えを持つ者も居ると」

 「彼らは自分たちのことを『聖流派』と呼んでいるわ。表向きは聖王家の権威高揚が目的だけれど、そんな集団に帝国の利権やらが群がってる。そんな勢力が神輿にかついでいるのが女王の叔父である侯帝よ」

 「いくら近い血筋でも、皇室でもないのに自分は『帝』を名乗るんですね」

 ジェニーの一言にアテナは新鮮な驚きを感じた。

 「女王の叔父という立場もあったから、周りはあなたのような矛盾を感じてないわね。私もあなたが言うまで気付かなかった」

 「じゃあ、その聖流派とやらがリーゼに危害を加える危険性があると」

 「流石にそこまでしないと思うけど、狂信者が居て背中を押す者が居たら、テロの可能性は捨てきれないわね。彼女が進学予定だった学校は核恒星系の只中よ。しかもセキュリティーは女王の意向で宮廷ほどじゃない」

 「女王は、立憲君主というより諸文明統合の象徴として振る舞っておられるわ。帝国が女王に求める立場もそうだけど、女王もそれから一歩も踏み出そうとされない。むしろ帝政より民主制にシンパシーを持っておられる。でもそれは、かつてのような政治的発言権も影響力も持たないことなのよ」

 それを快く思わない者たちもいる。たった十二歳の少女の周りが敵ばかり。どんなに気を張っていたか、どんなに心細かったか。練習航海のときに彼女が言った『負けたら終わりですから』の意味が分かった。自分の負けは彼女だけでなく母親である女王も終わってしまうのだ。

 「聖流派はいま、血眼になってリーゼの行方を追っていると思うわ」

 だが女王は動かない。いや動けないのだ。自分が動いたら政治的意味合いを持ってしまう。最悪、帝国を二分する恐れすらある。だからいとこであるクォーツに頼った。帝国の政治力学から外れた『海賊』となった彼女に。そして彼女は宇宙大学を通してリーゼを白鳳に送った。白鳳に何がある? 海賊の加藤茉莉香がいる。でもそれなら弁天丸だ。結局は、グリューエルの時と同じに白鳳に来ることになるだろうが、彼女は弁天丸を介さずに直接白鳳を指定して来た。なら弁天丸になくて白鳳にあるものは――。

 「オデットⅡ世!」

 いきなり大声を出したジェニーに、アテナはびっくりした。

 「どうしたの急に。オデットって、あの時あなたたちが乗ってた太陽帆船よね」

 「あの後、現代に戻った時とんでもないものが出てきたんです」

 「とんでもない物って」

 「私掠船免状。それで帝国船舶籍にも載っちゃって」

 そう言ってモバイルを操作し船籍簿を呼び出す。オデットⅡ世の所属欄には「帝国私掠船」の文字。

 「帝国私掠船て、現役?――て、そうね。船籍にそうあるものね。でもこれを帝国の一般市民が知ったら大変。だって掃討戦争後、居ないことになってるから」

 その呟きにジェニーは気まずさを覚えた。だって――

 「もう知られてると思います。オデットで海賊仕事して、ネットに流れてますから」

 「そんな仕事、誰が依頼したの!」

 「あの、私です。会社のいい宣伝になりますから。お陰で予約が殺到してます」

 呆れた、という顔でジェニーを見詰める先生。

 「道理で、海賊業の経理分析がよく出来てると思ったわ。実地体験だもの」

 そこまで言ってアテナも気付いた。クォーツが白鳳女学院を指定した訳を、そしてマイラ・グラントがあのようなメールを送った訳を。

 現役の帝国海賊船、オデットがあるからだ。

 「帝国じゅうにオデットは知られてる訳ね。当然、帝国政府は知っている。で、当局からなにか言ってきた?」

 「何もありません。帝国政府からも、海明星行政府からも」

 「でしょうね。帝国私掠船は帝国政府でも手が出せないもの。上手く考えたものね、オデットがあるから白鳳を指定した」

 私掠船免状を発行した政府が、与えた相手に手が出せないとはどういう意味かと尋ねると、意外な答えが返って来た。

 「帝国政府でも手が出せない相手はただ一つ。聖王家の権威だけよ。帝国私掠船とあるけれど、正しくは聖王家の私掠船なの。さっき海賊装戦争は聖王家の内紛だったことは説明したわよね。その当時のことを調べていて判ったことは、両陣営とも私掠船免状と黄金髑髏の肩章を発行している。船には免状を、海賊には黄金髑髏をね。どちらの陣営の船でも聖王家お墨付きの海賊船ってわけ。盾突く者は逆賊よ、誰も手が出せない。」

 「でも聖王家は私掠船免状にある細工をしたの。もし逆らって相手の陣営に組することになったら、免状が失効するどころか船が行動不能になるように。まあ保険だわね。それが出来たのは、両陣営ともその直系の者だけだったといわれているわ。で、内紛終結で即発動。海賊にしてみればとんだ裏切り行為よ」

 「オデットⅡ世、一二〇年前は白鳥号だったわね。その私掠船免状は、掃討戦争後に与えられたものなのよ。しかも免許は、聖王家それも発行した直系のものでしか失効出来ない。つまり今の皇室。帝国政府も帝国艦隊も手が出せないわ」

 それでジェニーは、弁天丸が突然行動不能になった理由が分かった。弁天丸は白鳥号と行動を共にしていた。いわば同盟関係だ。その相手が自分に牙を剝いて来た。それに直系の子孫であるリーゼが対抗し、弁天丸はブラックアウト。確かに血の証しは今も生きている。

 「そのオデットⅡ世にリーゼがいる訳ね。なら第七艦隊に匿われたよりも安全だわ」

 只の太陽帆船でしかないオデットⅡ世に、そんな戦力があるとは到底思えないが、聖王家の権威とはそれ程のものなのかとジェニーは嘆息した。

 「マイラは白鳥号が現役なのを見て、『ルビコンを越えろ』と打ったのね。何も恐れるな、打って出ろと。――でも、辺境海賊ギルドと繋がっていると思うと、複雑だわね」

 そう言って思案に耽るアテナだった。

 

 

 

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