中間考査が終わった日の午後、茉莉香は「一緒に夕食しない?」と、リーゼとグリューエル、ヒルデの三人を食事に誘った。
新奥浜空港の地下、開発惑星だった頃の面影が残る古い区画。もう使われていない同じような事務所の並びと無秩序に通路が入り混じり、勝手を知らないとまず迷う。関係者以外は立ち入らない場所だから案内表示もない。グリューエルは以前に来たことがあるが、リーゼとヒルデは初めて訪れる場所だ。
そんな一角の、うっかりすると見逃してしまうような店の間のドアを開け、階段を下りる。
「こんなところにレストランがあるとは思えませんが」
先を行く茉莉香とグリューエルに従って、ヒルデとリーゼは恐る恐る足を踏み入れる。
暗い階段を下りて再びドアを開けると、中華屋の厨房。
「いらっしゃい。」
隻眼の親父が肉を捌きながら、不愛想に出迎えた。
「オヤジさん、よろしく。グリューエルは知ってるわよね」
「お久し振りです」
じろりと隻眼が四人をねめる。ヒルデとリーゼは思わず二人の影に隠れる。
「ああ。もう来てるぜ」
そう言って顎で座敷に誘う。
襖を開けると座敷に三人が座っていた。
「ヨートフ」
あっという表情のグリューエルとヒルデ。
「ご健勝なご様子、何よりでございます」
老人が二人の姫に頭を下げる。相変わらずタキシードを身に着けている固い姿で。
「チアキちゃん!」
「そこはアタシじゃないでしょ! 呼ばれたのはこっち。考査期間があなたたちより一日早く終わったから、一緒に来たの!」
抱きつこうとした茉莉香を引っぺがすチアキ。そんな様子をよそに物静かな女性が会釈する。バルバルーサの副長、ノーラだ。
全員が席に着き、料理が出されたところで、隻眼のコックも一緒にテーブルを囲んだ。
「リーゼちゃん。この方々が、あなたの亡命に関わってるメトセラの皆さんよ。宇宙大学のアテナさんや、本当は、辺境海賊ギルドのミューラやマイラさんも呼びたいんだけれど」
「呼べるの!」
驚くチアキに、無理無理と首を振る茉莉香。
「アテナさんやミューラやマイラさんは立場もあるし、帝国に目立っちゃうから。ヨートフさんに来て頂くのも冷や冷やだったんだけれど、二人の姫の留学先だってことで」
「呼ぶつもりだったんだ」
普段はクールなノーラが、くっくと笑いを噛み殺している。
気を取り直して、茉莉香は三人の長命種をリーゼに紹介した。
「こちらは、セレニティー連合王国の枢密院侍従長、ヨートフさん。宇宙大学からたう星への亡命を手配して下さった方よ」
「リーゼです」
グリューエルの時のように、裾を摘まんでのお姫様スタイルの応対はしなかった。ごく普通にお辞儀をする。一方ヨートフは、目を閉じて恭しくリーゼに接した。
「お初にお目にかかります。ヨートフ・シフ・シドーです。失礼でなければ皇女殿下とお見受けいたしますが、御無礼がございましたら平に御容赦のほどを。」
「ここではリーゼ・アクアと名乗っております。その、真名は、セレニティーのお立場も御座いましょうから名乗らないでおきましょう」
姿勢を正し深々と首を垂れる老人。
「ここでは盗聴の心配はいらねえ。惑星軌道上から高出力のレーダー波当てても聞こえない。そうでなくちゃ海賊の談合は出来ないものな」
「え、そうなの?」
さんざん弁天丸の打ち合わせをやっていて、はじめて聞く話という茉莉香に、チアキがこつんと肘で突く。
「えっと、このオヤジさんは新奥浜空港の元締めで、もと第七艦隊突撃遊撃艦隊の提督をやってた人。白鳳女学院への入学手続きをして下さいました」
「銀九龍と申します。やんごとなきお方に老兵が御目文字叶うとは、光栄の至りで御座います」
いつもの、茉莉香や梨々香に対するため口とは違う、オヤジさん。
「統合戦争時の帝国艦隊と、植民星連合艦隊司令部との盟約は、いまも生きていたのですね」
そんな銀九龍にリーゼが感慨深げに言った。
植民星連合艦隊司令部って、そうかウチの学校…。
だからリーゼは盟約があって海明星行政府を通さずに入学できたんだ。それに弁天丸が銀河帝国から指名手配受けた時も、星系軍からの身柄確保の要請を無視することが出来た。
って、いうということは、未だにウチの学校は植民星連合の司令部扱い!?
目をぱちくりする茉莉香とチアキに、さあどうかな、という顔の銀九龍。
こほんと咳払いをして、三人目の紹介に入る。
「こちらの御婦人はノーラさん。チアキちゃんとこのバルバルーサの副長をやってます。統合戦争を直に見てきた人で、今回のメールを受け取ったひとり」
「気を張り過ぎね。あなた位の女の子は、もっとふっくらしていた方がいいわ」
「――はい」
そのやりとりに、グリューエルがぷっと吹いた。自分がミーサに言われたことの既視感を覚えたのだ。
それにしても、改めて見回すと奇妙な面子だった。
有力星系の要人に、帝国艦隊に今も繋がりを持つ退役軍人、それに古参の海賊。今日は居ないが、これに宇宙大学の教授と帝国のお尋ね者が加わる。立場もばらばらで、本来ならば決して混ざり合う事のない人々が、リーゼの亡命に関わっている。メトセラとガーネットAという繋がりで。
「私のことは、ほかの海賊の方々までも巻き込んでしまっているのですね」
俯いて、苦し気に言った。
「この界隈の海賊で長命種は私くらいなものだけれど、一二〇年前のいきさつで考えると、植民星連合の海賊ぜんぶが関わっているわ」
「バルバルーサだけじゃなく、海賊ぜんぶってどういうことですか」
茉莉香がノーラに聞いた。
「迦陵頻伽やビラコーチャ、デスシャドウも。茉莉香船長も見たじゃない。白鳥号と一緒に髑髏星へ殴り込みかけたでしょう、白鳥号は海賊艦隊の旗艦だったのよ。いまオデットとなっている白鳥号が、植民星連合の海賊たちと絶縁しない限り連合は続いているわ」
そうだった。シラトリ・スズカが帝国の私掠船免状を貰って、オデットを追い掛けて来た。第七艦隊からの依頼で植民星連合の海賊たちを引き連れて。その後シラトリ・スズカは船を降り、白鳥号は免状を持ったまま有耶無耶。海賊連合も有耶無耶。
「じゃあ、今回のことで、バルバルーサはオデットと縁切りした方がいいんじゃ…」
絶縁なんて嫌だが、迷惑かけるよりはと心細そうに言う。
「娘が乗っている船に絶縁は出来ないでしょう。ケンジョーはチアキさんの船長姿が見たくてたまらないんだから」
チアキが目を剝いて真っ赤になる。
「それに、他の海賊もオデットとの絶縁なんて、絶対望まないわ。だって海賊出来なくなるから」
「それって、どういう…」
「シラトリ・スズカが、宗主星艦隊との最終決戦を前にして、雇い主だった植民星連合と絶縁してるの。海賊一同が独立を宣言して宣戦布告までやっているわ」
うんうんと頷く茉莉香とチアキ。リアルタイムで様子を見ていた。そこであることに気付く。――ちょっと待って、それって銀河帝国の併合前よね。政府と絶縁したのに、私たちの免状は更新され続けてる。
「植民星連合が降伏したのは海賊だ。順番から言えば、海賊に併合された植民星連合を銀河帝国が受け取り、その後に宗主星側も併合したことになる。公式文書には載っていないが、その証拠が降伏文書だ。降伏した側が相手の資格をはく奪するなんてできないだろ」
銀九龍がノーラに続けた。
「でも、弁天丸もバルバルーサも、私掠船免状の発行者は、もと植民星連合だった星系政府です」
「それは銀河帝国も秘密にしておきたい事情ってやつさ。だから免状の更新は船が無くならない限り続けられている。免状は船長の直系が相続することになっているが、あくまで船に与えられている。そこは帝国の私掠船免状と一緒だな。更新期限が設定してあるのは、出来れば海賊がいないことにしたい帝国の意向だ。星系政府は業務の代行をしている訳だ。表向きは星系ごとの自治権だがね」
「いまの海賊がオデットと縁が切れたら、私掠船免状を更新し続ける意味がなくなるわ。帝国政府は、星系政府を通じてすぐ非合法とするでしょうね。船長さんもその事は知らない。自分たちの私掠船免状を担保しているのが白鳥号だってことを知っているのは、当時を知っている者ぐらいでしょうから」
「親父もですか」
とチアキがノーラに聞いた。
「キャプテン・クリハラは知っているわ。ミューラがオデットⅡ世を狙ってきた時に話したもの。ミューラは単結晶の衝角を欲しがっているけれど、そのためにオデットを破壊することまではしない理由をね」
そういえば、ミューラはあの時オデットを撃たなかった。単純に衝角を手に入れたいなら、オデットを破壊すれば事足りたはず。船は乗員もろとも宇宙の藻屑になるが、単結晶は壊れない。むしろその方が回収しやすい。
「ミューラも白鳥号と協定を結んでいる。どちらかが反故にするか船が消滅しない限り協定は生きている。辺境海賊ギルドは帝国にとって敵だけれど、正面切って討伐したことある? やってる事といえば、せいぜい帝国内での犯罪行為の取り締まりぐらいよ。それは、辺境海賊ギルドも白鳥号と同盟関係にあるからよ。だから殲滅作戦は受けない。その事をミューラは知っている」
「それにしては、あけすけな敵対行動だったわ。協定を反故にされても文句が言えないくらいの」
茉莉香があの時の事を思い出して脹れた。ジャッキー、七つ星連邦、ミューラと散々だった。
「あのときのオデットは、私掠船免状を表に出していなかったでしょ。あくまで白鳳女学院の練習帆船。きっとオデットは知らないんだと高を括ってたんだと思うわ。あのあとオデット側も絶縁状を送ってないし」
確かに自分たちは知らなかった。て、知ってまだ半年も経ってないし。代わりに、ギルドから参加招待状が届けられた。
「まだ同盟関係は続けましょうね。の意思表示ね、ミューラなりの」
くっくっくと銀九龍が笑いを堪えている。
「そこへ、このメールですか」
「この、ルビコンを越えろ、ってどういう意味でしょう」
茉莉香がラザルス・カードに送られたメッセージを見ながら尋ねた。
「きっと、そのままの意味だと思うわ。帝国に対して行動を起こせと。まだ一二〇年前に関わった者たちだけの範囲だけれど、クーデター派がリーゼの所在を突き止めたら、辺境海賊ギルドはオデットにも檄を飛ばす。そしてオデットが動いたら、辺境海賊ギルドも自分たちの思いで動く。それがどういう思惑なのかはわからないけど」
「ギルドの思惑って、何なのかな」
「相手は、犯罪者の集まりよ。しかも帝国に含むところを持ってる。危険だわ」
チアキが厳しい目つきで言った。
「でも、マイラさんはそんな感じじゃなかったなあ」
「だから、アンタは甘いのよ」
茉莉香の意見も一言で切り捨てたが、ノーラは違う印象を持っていたようだった。
「確かに何考えてるか判らない集団だけど、辺境海賊ギルドはただ帝国憎しで固まっている連中じゃないわ。普通に海賊を続けたいっていう者も多いのよ。実際、帝国とは正面切って争いを起こしていないし、暗躍はしているけれど、それも商売の範囲内。彼らは海賊でいたいだけなのかも知れないわ」
「海賊でいたい、かあ」
そこで再びメールに目を落とす。いろいろ考えは浮かぶが纏まらない。
茉莉香は考えることを止めて、リーゼに向き合った。
「では、改めてリーゼちゃんに聞きます。あなたの望みはなんですか」
リーゼは茉莉香に質問されて、一瞬戸惑った。
「私の望みですか…」
暫らく沈黙して、言葉を選ぶように繰り出した。
「望みは、帝国が二つに割れて争うようなことがないことです。帝国が割れるようなことになったら、多くの星々が不幸になります。恐らく血も流れます。女王は分裂を避けるために、むしろ女王派を退けています。女王はそれで回避できるのであれば躊躇いなく退位を選ぶでしょう。でも、それでも問題は解決しない。私を亡命させたのもそのひとつ――。いえ、嘘です。女王はいま宮廷内で孤立無援な状態です。幽閉といってもいいでしょう。私は、母様を助けたい!」
最後の、母親を助けたいという言葉は嗚咽に近かった。
グリューエルとヒルデは、そんなリーゼにそっと寄り添った。二人の表情は複雑だった。彼女たちには、王女の立場として国を想う気持ちが痛いほど解った。かつて、それで姉妹で争う羽目までした二人だったから。だが、それ以上に母親を思う強い気持ちに戸惑った。遺伝子だけでない。本当の血の繋がりとはこうも強いものなのかと。
「わかりました。海賊は、困っている女の子の味方です。リーゼの望み、確かに受け取りました」
どんと胸を叩いた茉莉香に、チアキが安請け合いするなと小突く。でも、その請け合いにぱっと表情を明るくするグリューエルとヒルデ、そしてリーゼだった。
「まあ、ヨット部のみんなには、事情を説明しないといけないけどね」
「やっぱ、話すんかい!」
くあっと、牙を剝くチアキだった。