「フライミー・トゥー・ザ・ムーン号、タッチダウンして来ます」
「パッシブ・ステルスはどう?」
レーダーを担当するファムからの言葉に、チアキは航法席に向いて確認を取る。
「船首断面積最小、レーダーの太陽帆も反射率は僅かです。向こうからは見えません」
「相手が全天スキャン掛けてきたらアクティブ・ステルスに移行、そのまま接近しつつ電子戦に入るわ。用意はいい?」
「フライミー・トゥー・ザ・ムーン号のレーダー波、待ってまーす」
「予想されるルーチンにパッチを展開。いつでも行けます」
電子戦担当のナタリアとリーゼからスタンバイ・オーケーの返事がくる。
「いま最後の加速を掛けました。しばらくは、このまま慣性航行で行きます。あとは向こうからのレーダー波の圧力で微調整」
操舵スティックを握るアイの報告に、良しと無言で頷くチアキ。
船長席に座る自分の姿もだが、刺客のように相手に忍び寄る部員たちの手際に、こりゃあ、ますますヨット部じゃないなと思った。
だが被りを振るう。いや、ヨット部じゃない。いま自分たちは、海賊船オデットⅡ世に乗る海賊なんだと。
「船長、ちょっといいですか。気になる影が幾つか空域にあるのですが」
レーダー担当のヒルデが言った。通信席に座るグリューエルが妹の方を見る。
「巡洋艦クラス一隻、コーバック級とみられる護衛艦一隻、あと小型船」
「トランスポンダーは」
「巡洋艦の方は取れてます。銀河帝国第五艦隊所属。コーバック級と小型船はアンノウン」
「観客のお出ましのようね」
チアキの眼鏡の奥の瞳がきらりと光った。
野次馬の出現は、弁天丸やバルバルーサも捉えていた。スクリーンに出ている空域情報では、位置が微妙だ。攻撃を意図するにはまだ遠いが主砲が届かない訳でもない。一番前に出ているものが艦隊所属の巡洋艦。少し後方にコーバック級。二隻の軍艦から距離を取って小型船が展開している。
「巡洋艦は空域の警備という所ね。コーバック級と小型船は巡洋艦に属していない単独行動。でもコーバック級は、身元を明らかにしてなくても巡洋艦が攻撃してこないと解っている。小型船は、敵意は有りませんよーって距離を保ちつつ観察してる」
「ここでステルス使って偵察行動すれは、巡洋艦は警告なしで発砲するだろう。問題はコーバック級だ」
「そうよね。護衛艦クラスと言っても軍艦だもんね。ただの偵察行動に軍艦はいらない」
茉莉香は巡洋艦にくっついているコーバック級は監察局だと踏んでいた。皇女がいる空域にアンノウンで軍艦を持って来られるのは、帝国中枢部にある部署だけ。それでも、武器も速力も劣る艦で帝国艦隊を刺激しないようにしている。だが、なぜ軍艦。
「今は何もしてこないと思うけど、コーバック級の動きには注意しといて。でも小型船も気になるんだなあ」
茉莉香はシュニッツアに、いつでも対応できるよう頼んだ。
「恐らく帝国の内紛に気付いている者ね。オデットだけでなく、帝国艦の動きも観察できる位置にいる。ただの野次馬って線もあるけど」
ミーサの意見にうんうんと頷きながら茉莉香は言った。
「そちらはバルバルーサに頼みましょう。クーリエ、指向性回線で連絡お願い」
衆目を集める中、お召艦での海賊が始まる。
『フライミー・トゥー・ザ・ムーン号にご乗船の皆さま。こちらは船長のジャン・リュック・ピカードです。本船は只今、海賊からの電子攻撃を受けています。メインコントロールは海賊船の手中にあり停船を命じられました。間もなく海賊が現れます。皆さま、くれぐれも失礼の無いようお願い申し上げます。――海賊船の名前は、オデットⅡ世です。』
船長の緊張した船内放送が流れると、メインホールは静寂に包まれ、やがてどよめきが広がった。
オデットⅡ世の名は、つい三日前にメインニュースで流され知っている。皇女が留学したという学校の練習船。リーゼ皇女はヨット部に入られ、のびのびと学園生活を楽しんでおられるという。という事は――。
フライミー・トゥー・ザ・ムーン号の船内に、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
『ほ~ほっほっほっほ、ほ~ほっほっほ』
甲高い笑い声と共に、眼鏡をかけた女海賊船長の姿がメインホールの大スクリーンに現れた。
その高笑いが一瞬凍る。映像と共に古臭い歌が流れてきたのだ。若い娘の声で。
『声を上げろ、鬨の声を。
俺達ゃ誰の助けも借りぬが、食えねぇ奴らにゃ、つるんで叩くぜ~。
勝った後の酒は旨いー』
それを聞いて、チアキの顔が引きつった。
茉莉香も驚いた。ここでバルバルーサが通信をジャックして、割り込んでくるとは思わなかったからだ。
(親~父~い! ぶっ殺す!)
と、叫びたいチアキだったが、リアル放送中の最中である。ぐっと堪えて名乗りを続けた。
『こちらは白鳳海賊団。オデットⅡ世の船長、キャプテン・チアキさまだ。これから海賊たちが貴船にお邪魔する。無駄な抵抗は止めてお宝を用意しな!』
うおおおおと、雪崩のような大歓声が、モニターを通じてオデットⅡ世のブリッジにも聞こえて来た。これだけで向こうの期待がいかに大きいかが解る。皇女の乗るお召艦の効果は絶大だった。
『皆さんご期待のサプライズもありますから、ヨロシクね♡』
思わず付け加えて、ウインクしたチアキ。通信を切ったあと、しばらく『またやっちまった』と、ズーンと船長席で落ち込んでしまった事は言うまでもない。
メインホールの照明が落とされ、正面踊り場の大扉に、閂を焼き切る閃光が走る。
扉がゆっくりと開かれ、スモークと共にわらわらと海賊たちが躍り出て来る。それは、思い思いにコスプレをした少女たち。その中心に立つのは、海賊船長の衣装を纏ったキャプテン・チアキ。
モニターで聞こえたよりも大きな歓声が、少女たちを迎えた。その歓声を破るように、一発のブラスターがホール上に放たれる。
静まり返ったホールに、ブラスターを構えた女海賊の姿がスポットライトに浮かび上がる。女海賊はゆっくり踊り場の正面階段を降りつつ口上を述べた。
「白鳳海賊団への出迎えご苦労。お前たち、ちゃんと貢物は用意できたかい? 言っとくが私等を満足させるには、そん所其処らの金銀財宝じゃ駄目だよ。そんなものは有り余る御方をお連れしているんだからねえ。」
「紹介しよう。我ら帝国市民の明日の標、白鳳海賊団の総督、リーゼ皇女だ」
ホールに明かりが戻り、煌びやかなシャンデリアの照明の下、頭に海賊である印の帽子を被っていたが、白鳳女学院中等部の制服姿のリーゼが海賊団中央に現れた。
万雷の拍手が鳴り響き、色とりどりの花がホールを舞った。乗客たちが金銀財宝よりも価値のある、皇女への祝福の気持ちを表したのだ。
リーゼは胸が詰まった。宮廷で人から拍手を受けたことは何回もあるが、こんなにも熱い拍手で迎えられたことは無かったから。おざなりな追従はあっても、ほんとうに祝福してくれたのは母だけだった。――白鳳女学院に来るまでは。
モニターに映っているフライミー・トゥー・ザ・ムーン号の様子を視ながら、三代目が茉莉香に訊いた。
「なあ、どうして皇女さまだけ制服なんだ? セレニティーのお姫様たちも今回はコスプレ…いや彼女は正装か、してるのに」
グリューエルとヒルデは、ふわりとしたスカートのプリンセス・ドレスを着こなしている。
「国民の皆さんの前に初めて立つのに、失礼ではいけないと正装したんだって。だから学生の正装は、学校の制服」
「お姫様は、プリンセスでいるより白鳳女学院の生徒を選んだって訳ね。――でも、凄い絵面ね。色んなコスプレの中で、一人だけ制服ってのも」
同じくモニターしていたミーサが感心して言葉を漏らす。
花の嵐が舞う中で、着ぐるみ、ナース、婦警、忍者、お姫様(こちらは本物)、娘海賊(こちらも本物)、妖精…。そんな集団で制服というのは浮いている。
「奇天烈な中で正常だと、むしろ特異に映ってしまう典型だな」
百目の感想通り、衆目を集中させることには成功している。
「グリューエルもだけど、リーゼがほんと綺麗。学校で見るときよりずっと輝いて見える。あんな大勢な人たちの前でも、全然気後れしてないんだもん。ただの制服なのにオーラが凄い」
普段は控え目なリーゼの、見違える立ち居振る舞いに感服する茉莉香。
「そりゃお姫様だから」
「やっぱ血かあ。鶏口牛後?いずれ人の上に立つひとは違うわ」
船長席の背凭れに身を預けながら言った。
「彼女が引き継ぐ帝国を鶏口はないでしょ、それを言うなら鶏群一鶴」
「掃き溜めに鶴ともいう」
変な慣用句の使い方にミーサとルカから修正が入る。でも、掃き溜めはないだろうと言いたくなる茉莉香だった。
いつまでも鳴りやまぬ拍手。
乗客たちの感激と熱い期待が、モニターを通じて伝わって来る。
それを見て、茉莉香はこのリーゼの社交界デビューを本当に良かったと思った。
しかし、それは突然に起こった。
モニターに、黒い影が乗客たちの前に飛び出してきた瞬間、踊り場に立っていたグリューエルが仰け反ったのだ。
その異変に、弁天丸のクルー達は血相を変えた。同時にモニターしていたバルバルーサも。
ホール内にいた警備員が、すぐさま黒い影を取り囲んだ。
最初、乗客たちは何が起きたのかわからなかったが、やがて悲鳴が上がった。
撃たれたのだ。――恐らく、皇女を狙って。
浮足立ちかけたホールに、ブラスターの光条が走る。
チアキの放った一発で、ホールは凍り付いたように沈黙に包まれた。
銃を向けられた黒い影に、一人の男の腕が捩じ上げられていた。男の手の平には、すっぽり収まる短針銃が握られてあった。
男を捩じ上げる黒い影。大柄でマントを羽織り、仮面をつけている。その肩口には黄金の髑髏。
「お待ち下さい。その方は私の警護の者です。女王が私のために依頼したのでしょう。帝国の海賊です」
リーゼがよく通る声で言った。
背後では、ヒルデとヨット部員に肩を借りながら立ち上がるグリューエルの姿があった。
――良かった、無事だ――。
防弾シールドは、しっかりその役目を果たしたようだった。
リーゼの一喝で銃口が下がった輪に、仮面の男は無造作に暗殺者を放り投げる。
「警備は、乗船時に武器を所持していなくても警戒を怠らないものだ。アサシンは、目的を果たすためなら、平気に自分の手足ぐらい犠牲にする。義手の中に武器の部品を仕込むことなぞ造作もない」
見れば、暗殺者の腕は義手だった。
包囲を解かれた仮面の男は、リーゼのいる階段下、チアキの隣まで進み出て、跪いて詫びた。
「お初に御目文字致します。鉄の髭と申す無頼のもので御座います。女王陛下のご依頼により参上しました。事が及ぶ前に片付けることが出来れば良かったのですが、折角の社交界デビューを台無しにしてしまった事をお許しください」
「――そうですか。有難う。女王には、私が感謝していることをお伝えください」
そう言って、言葉を続けた。
「ここに集まって下さった方々、私を温かく迎えて下さった皆さんの楽しみを、このような形で台無しにしてしまった事をお詫びします。ごめんなさい」
深々と頭を下げるリーゼ。
皇女に頭を下げられて、どう返したらいいか困惑する乗客たちだったが、やがて、再び歓声と割れんばかりの拍手の嵐がホールに満ちた。
そんな中、隣に立っているチアキに、鉄の髭は小声でささやいた。
「ヨット部員達の立ち位置は素晴らしい。巧妙に皇女への射線を防いでいる。正面が空いて観客たちに皇女の姿を晒しているが、それはキャプテン自身が盾になっている。しかしそれでは誰かが傷を負う。身体に怪我は無くても、人に撃たれるという事は、結構心に傷を負うものだよ。それを考えることだな、キャプテン・チアキ」