私掠船は、敵対する相手の経済力を削ぐために設けられた制度である。
それは海軍力の不十分な後進国が優勢な海軍力を持つ国家への通商破壊を目的とする場合と、海軍力が低下した国家が通商路の維持を目的として募る場合がある。前者のケースが独立戦争時における植民星連合であり、後者のケースが海賊掃討戦争と一括りにされる帝国騒擾時の前期に当たる。
私掠船は、編成される度に共同保険組合が立ち上げられ、企業や貴族など有力者が出資者となった。私掠船の航海で得られた利益は、国庫、出資者、船長以下乗組員に所定の比率で分配されたが、出資者にとって私掠船はおおむね儲かる事業だった。その時の利益やコネクションが、銀河回廊の接合点整備や多国籍企業の形成に繋がっており、帝国の交通網と経済の発展に大きく寄与している。植民星連合は、国家存亡の危機にあった国民総動員の性格があるが、掃討戦争は、国内の勢力争いに乗じた企業の経済活動という意味合いが強い。
海賊行為が儲かるためには、雇い主が確固たるものであり、雇い主どうしが正規で争わない状況が必要である。正面きっての戦争となれば、対抗できない戦力を相手にすることになり、また交易路は破壊され経済活動が出来なくなるからだ。そのような場面では海賊でなく海軍が活躍する。雇い主どうしの争いに決着がつけば平和となるが、そうなれば通商破壊の必要がなくなり海賊は邪魔な存在となる。海賊が活躍するためには、全面戦争に至る前のグレーゾーンが要るのだ。むしろ植民星連合の私掠船は特異な例で、利害を度返しした義勇軍は、同一の文化を持った中でのみ成立する。多文化、多国籍の集合体から成る銀河帝国では無理だろう。
かつて掃討戦争で帝国からお払い箱とされた海賊たちは、帝国と対立関係にある星系との緩衝地帯に活路を見出した。オケアノスと呼ばれる辺境である。そのグレーゾーンが、辺境星系連合の進出でレッドゾーンに変わった。いま辺境海賊ギルドが居る地帯は、戦場となりかねない緊張の最前線となった。海賊は、再び居場所を奪われたのだ。
未だ大航海時代の余韻が残るとはいえ、世が落ち着くとともに、海賊はその役割を終えた。時代に取り残された過去の遺物として、やがて歴史の一ページの中に消えていくのか。
辺境海賊ギルドの頭目、ミューラ・グラントは、海賊の居場所を見出すべく動き出した。
いまや帝国で唯一残っている合法の海賊たちも、営業をしているだけの存在から時代のうねりの中に巻き込まれようとしている。
それは、薪が燃えたあとの熾火のように、消えゆく者たちが放つ最期の煌めきなのか。――それとも。
七つ星共和連邦を中核として、サンピエント自治政府やファミール共和国、セリア王国など五〇余りの辺境勢力が連合した辺境星系連合の艦隊一万5千隻は、オケアノスの緩衝地帯まで進出し、統合参謀司令部は、銀河系外縁部を担当する第七艦隊に緊急出動を命令した。
第七艦隊が見守る中で、一大艦隊群は大規模な軍事演習を行った。これまで単独星系で軍事演習を行う事は度々あったが、これほど大規模に星系同士が連合を組んでの艦隊行動は初めてのことだった。これは帝国への示威行為であり敵対行動だった。演習が終わっても、連合艦隊は帝国との国境ぎりぎりに展開したままとどまった。警戒する第七艦隊に対して挑発する動きは見せず、艦隊陣形を組んで沈黙したまま対峙していた。ただ陣形は、相手を包囲し殲滅する意思を持つ『衝軛(こうやく)の陣』だった。
警戒にあたる第七艦隊の派遣艦隊(と言っても他のナンバーズ・フリートの規模だが)は、こちらの十分の一の規模に過ぎないにも関わらず包囲殲滅する陣形を取ることに、真意を測りかねていた。本当に仕掛けるのなら、ここは敵の正面を一気に衝いて相手の陣形を崩す魚鱗か鋒矢だろう。ただのブラフか、それとも何か隠し玉があるのか…。
第七艦隊は、相手の包囲から距離を取り、陣形の変化に対応できるよう、斜めに艦隊を配置する雁行の陣を取って不測の事態に備えた。
この膠着状態は、三日間続いて、突然に消えた。一万五千隻にも及ぶ船影がいきなり宙域から居なくなったのである。
敵艦消ゆの報告を受けて、統合参謀司令部はいったん第七艦隊に国境地帯からの後退を命じ、一部打撃艦隊群を残して哨戒の任に当たらせた。相手の意図は解らないが、大規模な艦隊がグレーゾーンに展開していることは、いたずらに緊張を高めるだけだからだ。しかし、その消え方が問題だった。
「急に消えたって、1万5千隻が同時にか?」
「全部同時にじゃないけど、ほぼ一斉にだって」
弁天丸のブリッジでは、ニュースのヘッドラインで『緊張解かれる』の番組が流れていた。辺境星系連合は一体どんな意図があったのか、その目的とするところはで、コメンテーターが様々に意見している。
そんなテレビを聞き流しながら三代目に茉莉香が答えていた。
星系連合の艦隊と帝国艦隊の展開図と、宙域の戦況データがメインスクリーンに出ている。第七艦隊から中華屋の銀九龍経由で弁天丸に送られてきたものだ。
「よほど統率の執れた軍隊じゃなければ、このような撤退行動はとれない。跳躍時に起きる互いの時空震の影響を考えれば、その練度も相当なものだ。だが急に出来た集まりに過ぎない連合艦隊に、とてもそんな技量があるとは思えない」
シュニッツアが疑問を口にする。
「それが、時空震は検出されなかったんだって。代わりに観測されたのが、これ。」
茉莉香がファイルをコンソールで操作しながら、メインスクリーンに映し出す。
「重力波反応? 海賊狩りの時の、あれか。」
百目がグランドクロスとの戦闘記録を呼び出しながら言った。
「でも、例のジグザグも高速移動もないわよー」
あの戦闘の時の敵進路と今回の連合艦隊の動きを比較しながらクーリエが言う。
「しかし、データを見るかぎり確かに重力制御が使われた形跡がある――」
データを見比べる百目からの報告を受けて、ミーサが思い付いて言った。
「あのグランドクロスの航跡は、私たちにはジグザグに飛ぶ滅茶苦茶な高速移動に映ってたけれど、空間を移動してたんじゃなくて、タイムロスなしに空間が移動してたんじゃないかしら」
「それって、どういう意味?」
茉莉香が質問する。
「グランドクロスが空間ごと跳躍してたって意味よ。超光速跳躍だって空間を移動するけれど、船が亜空間に入って移動する。光速は越えるけど亜空間を含む時空は越えられない。だから長距離の移動には時間が掛かる。空間ごと跳躍できれば時空に縛られないからタイムロスは掛からない。ちょうど短時間な未来に向かって跳ぶ、タイムマシンのようなものね」
「外からは、見えない」
「タイム・マシン」
時間旅行は、茉莉香も弁天丸クルーも経験がある。一二〇年の時を越えて帰還した時も、三分の時間しか経過していなかった。ルカの言うように、その間は外から見れば、弁天丸もオデットⅡ世も時空から消えていた。
「グランドクロスは戦闘のあいだ宙域を小刻みに移動していただけだ。いきなり消えはしなかったぜ。動きに相手するのはしんどかったがよ」
コーヒーを口にしながらケインが指摘した。
「グランドクロスは研究段階だったじゃない? あの負けず嫌いさんも『試作α号』って言ってたし。本来は時空移動するものが中途半端に跳躍していた。それでも充分トリッキーだったけど」
「あのグランドクロスの機動が未完成品――」
では完成品はどんな機動を見せるのだろう。銀河の果てから中心でも対岸でも、自由自在に出現できる船、そんなものがグランドクロス同様に鋭角な運動が可能としたら…。茉莉香は身震いした。
「それが本当だとしたら、とんでもない技術だぜ。船旅がガラッと変わってしまう。連合艦隊が消えた時に観測されたのは重力波だけ、それも質量分だ。いくら戦艦1万5千隻でも恒星の質量ほどじゃあない。その重力波で宙域に与える影響なんて微々たるものだ。船一隻でも超光速跳躍すれば、周囲に影響が出るほどの時空震が起こる。だから亜空間の出入りには十分注意を払うわけだが、そんな輻射を出さず、質量分のエネルギー変換で空間移動出来ちまうんだ。凄まじいエネルギー効率だよ」
百目が唸った。
「少なくとも、辺境が開発できるようなものじゃない」
「ラキオンが売った」
「そんなところだ。グランドクロスのような重力制御推進技術と思ってたが、そんな代物じゃなかったって訳だ」
クルー達がそれぞれに思う所を口にした。
しかし、茉莉香はそれだけじゃない気がした。
「なにが気になるんだ船長」
訝しがる茉莉香にケインが尋ねる。
「あの連合艦隊の陣形が気になるのよ。どーして縦二列? 包囲する陣形だというけれど、それには相手が多すぎる。とんでもなく高出力の武器を搭載してた? でもそんなエネルギー反応は無かったって言うし、何だか敵を引き付けておいて、いざとなったら横に飛んで射線を避ける、みたいな」
「逃げること前提の陣形か。突然消えたんだから、そんな所だったかもな」
「逃げるんだったらいいんだけれど…」
なお腑に落ちない顔をしている茉莉香を、ミーサが変な胸騒ぎを覚えて見つめていた。
デレビの解説者は、今回の示威行動は、戦力にはるかに劣る辺境星系が、『俺達の事を忘れるな』と帝国にアピールしたんだろうという所でお茶を濁し、ヘッドラインは次のニュースに移っていた。それは近頃多国籍企業の株価が好成績なのと海賊の話題だった。
「あ、この前カメラが来てたの、このニュースだったんだ」
海賊の話題では、白鳳女学院に通うリーゼの姿が映っていた。
「元気そうじゃない彼女。で、船長。海賊会議すっぽかして、どこに行ってたのかしら?」
ミーサが怖い視線を茉莉香に送った。
茉莉香の背中に冷たい汗が流れる。
「ちょっと、確かめたいことがあって。その、髑髏星に…」
最後の方は口ごもっている。
「スカルスターって、茉莉香! それは海賊会議を受けて行くならまだしも、順番が逆でしょう! それも抜け駆けで、一体どういうつもり」
ミーサはかんかんだ。
「いや、海賊会議にグリューエルが参加してるし、どうせ止められるんだったら抜け駆けするには一番かなーと、本当、御免なさい!」
手を合わせて平謝りする茉莉香船長。
「で、どうなったの。海賊ギルドとの交渉」
一段と険が強くなるミーサに、只々低頭平身の茉莉香。
「辺境海賊ギルドの参加申し入れは、まだ返事をしてない。でも、海賊連合の代表は勝手に決めてしまいました。その、リーゼちゃんです。」
「海賊連合の代表なんて大切な事を勝手に!? 第一、彼女の立場も気持ちも確かめないで、本当にどういうつもり!!」
横っ面を叩かれるのを覚悟で茉莉香は続けた。
「リーゼちゃんが、騒動の中心にいる自分が態度を決めなきゃ、皇女としての責任だって覚悟しちゃって、成り行き上お願いしちゃいましたっ!」
ブンと手が飛んでくるのを待って目を瞑る。
「ちょっと待って。リーゼが覚悟したって、あの子も一緒に行ったって言うの!?」
「はいっ。去年クーリエとおじゃました時と同様、密航されちゃいました。ヒルデとっ。」
あの姉妹なら仕方ないわ、というクーリエ。
「呆れた。」
結局、ビンタは跳んで来ず、かわりに心底(この娘たちには)呆れたという声がした。
「聖王家の世継ぎがギルドに赴くことの危険を知らない彼女じゃないわ。それだけの覚悟で行ったという事ね」
髑髏星であった事を茉莉香は話した。出迎えたのはグランドクロスという名のサイレントウィスパーに乗ったクォーツであったこと、リーゼが直接ミューラと交渉したこと、銀河系を巻き込む戦争が近づいていると知らせて来たこと、そして、最後にミューラが「海賊がここに居るぞ」と宣言して欲しいと頼んできたこと。
「あのミューラが、そんなことを。その交渉をリーゼが一人でやったの? そうなら本当に凄い意志の持ち主ね」
人を見透かす眼力を前に、一歩も引かなかったリーゼ。それは、あの一二〇年前のキャプテン・スズカの姿と重なった。
「それで返事はしていない訳ね。で、リーゼ総帥や茉莉香参謀長はどうするつもり?」
「総帥に茉莉香参謀長って……。流石に海賊会議に計ってからでないと、でも、この申し入れ、受けようと思います。」
「その根拠は? 信用出来る相手?」
「信用はしてない。でも信頼しようと思う。だって相手が海賊だから。利害の一致する所では信頼に値する相手です。でも、海賊会議での説得は難しいかなぁ」
「難しいでしょね。でもオデットを中心に結成された海賊団よ。最終的にはオデットの意志に海賊団は従うわ。――いちばん説得が難しいのは、勝手に代表を決めてしまった事ね」
「はい。誰の指示で動くかという事を、僭越にも決めちゃったから…」
今更ながら事の重大性に茉莉香は後悔する。何しろ海賊団の中では、茉莉香が一番の新米船長なのだから。でもミーサは意外そうな顔で言った。
「あら、いま言ったじゃない。オデットの意志に海賊団は従うって。初めから代表はオデットに決まってるわ。提督でも総帥でも、代表は陣営の方針に指示を出すだけで船の指揮は執らないものよ。そういうのは指揮官や船長のお仕事。参謀長は工作と作戦の立案かな」
「あ、そ」
海賊狩りでも、艦隊行動の指揮を執っていたのは、電子戦取りまとめ役のクーリエだったし、艦隊戦を行っていたのは各船長の連携プレー。
「で、オデットの茉莉香かチアキちゃん。でも茉莉香は弁天丸の船長でもあるし、海賊会議に無断欠席してたでしょ、だからチアキちゃんに内定してたのよ。もうケンジョー船長の喜びようったら無かったわ。俺がチアキの指示で動くう~ってね。だから、説得が一番大変なのはケンジョーさん」
そうかと思い当る茉莉香。チアキの船長姿に、バルバルーサから随喜の雄叫びが流れて来たことを思い出した。
「でも、ミーサ。その『総帥』や『参謀長』って何」
「海賊連合の元締めなんだから総帥でしょ。並み居る古参の海賊たちを出し抜いて交渉を始めちゃうような古狸は参謀長。勝手なコトして来ちゃったんだから、そのぐらいは受け入れなさい。あと、ケンジョーさんの説得よろしく」
はい、と答えるしかない茉莉香だった。