モーレツ銀河海賊   作:ノナノナ

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第28話

 セレニティー青の星(姉妹)青い姉。緑豊かな山並に抱かれたファースト・ヴァージニアの、王室夏宮の宮殿前庭に設えられた式典会場で開会式が行われた。

 宮殿前には、セレニティー王家と帝国聖王家のエンブレムが染め抜かれた大フラッグが翻り、儀仗隊が整列する中、金の縁取りが付いた天蓋付きの壇上に二人の皇女が立つ。

 星王家第七正統皇女グリューエル・セレニティーと銀河帝国聖王家日嗣御子(ひつぎのみこ)リーゼ・アクシア・ディグニティ―だ。

 二人とも淡い水色のドレスコード・フォーマルに身を包んでいる。整った顔立ちに、それぞれブロンドとプラチナの髪には黄金のティアラが慎ましく載っている。グリューエルが優麗ならリーゼは清楚、それは正に花のような美しさだった。

 二人は涼やかなよく通る声で、開会の式辞を述べる。

 「帝国との出会いは、セレニティーに大いなる飛躍をもたらしてくれました。銀河系数十億の星と友となれる機会です。そして帝国の責任ある立場を得て、こうして銀河じゅうから友人たちが集まってくれたことを嬉しく思います。リーゼ皇女と共に、大会宣言をすることの栄誉を誇りに思います。また、このような場を与えて下さった大会運営協会の皆様には感謝を申し上げます。」

 「セレニティー連合王国は、帝国の一員となる前から最も重要な友人でした。それは帝国が困難な状況にあった一時期においても、変わらぬ友情と厚い助力を見せて下さいました。帝国は今も感謝に絶えません。セレニティー連合王国を帝国の一員に迎え入れることが出来たことは、オリオン腕文明圏統合と合わせて帝国の誉れであります。いま私は、そのオリオン腕で貴重な薫陶を受けつつグリューエル皇女と共に学べる幸運を得ています。その薫陶を与えて下さる方は、競技に参加されておりこの場に居らっしゃいませんが。この、素晴らしい出会いと友情を企画して下さった皆様には感謝に堪えません。この大会を通じて、帝国の絆が確かであることを、リーゼ・アクアは期待して止みません。」

 開会式の様子は、全銀河に生中継されている。主だった星系の放送局はプレスセンターを構えて中継している。正体不明な辺境星系連合の影がちらつく中、今回の大会は明るいニュースとして格好のソースなのだ。特に星系政府の変わらぬ団結を示すという意味で。

 リーゼが白鳳女学院留学について触れたことは、後々騒動になるだろう。去年は茉莉香目的で入学して来た子が多かったが、今年はセレニティー姉妹で希望を集めた。これに聖王家皇女が加わるとなれば、来年の入学願いは大変だ。

 しかし各プレスは、リーゼが名前をアクシアでなくアクアと言ったことに余り注意を払わなかった。単に言い間違えたのだろうと解釈したのだ。当のリーゼは、意識して言い変えたのだが。

 三日間の記念大会は二人の皇女の開会宣言で幕を開けた。

 このセレモニーの後、二人にはレセプションという外交の仕事が待っている。加藤茉莉香も強く出席を懇願されたのだが、そこは顧問のジェニーにお願いした。以前、『皇女拉致誘拐容疑』で『審問』されたが、昼夜ぶっ通しで続く審問会はかなわないと逃げたのだ。まあジェニーなら社交界にも慣れているし、三六時間でも四八時間でもすっきりした顔でこなしてくれるだろう。

 

 ディンギー競技のネビュラカップは、翌日に行われた。

 二人が記念大会の主賓ということもあるが、リーゼは白鳳に来るまでヨットの経験すらなく、それにグリューエルの方は運動不如意で、そろって貴賓席からの観覧となった。

 出場者は記念大会に合わせて二〇〇名と大幅に増加。白鳳からは、アイ、ヒルデ、フェイ、そして茉莉香。

 普段大人しいフェイが、選抜でナタリアを破って出場した。家が漁師なせいか風見の勘所がいいのだ。思わぬダークホースだった。チアキは今回も海森星校での代表である。

 二百名の代表選手たちは、青い妹星静止軌道上のプラットホーム・ステーションで、ディンギーに乗り込み発進の号令を待っている。いま解っているのは、スタート地点が青い妹の惑星軌道上であることだけ。だから舞台が青い妹であることははっきりしている。でも、それだけでないことを皆が思っていた。

 ディンギー会場となった青の姉妹の一番の特徴は、非常に近い双子星であることだ。

 二つの星は互いの直径の三倍程度しか離れていない。そのため、お互いの大気が引き合い、惑星の間にチューブ状の大気圏が存在し複雑な気流を生んでいる。また、月よりはるかに強い潮汐力のために気象も変化しやすい。長い歴史、恵まれた自然、お伽噺に出て来るような美しい星だが、なかなかと荒々しい星なのだ。

 やがて、今回のコースが発表された。

 まず大気圏突入して、青い妹星に設えた三カ所のチェックポイントを回る。ここまでは、これまでの大会と変わらない。違うのは、このあと成層圏の上まで上昇し、双子星の間にある連星大気層を渡って青い姉に移動。再度青い姉星の成層圏に下降して、二カ所のチェックポイントを回ってゴール地点のファースト・ヴァージニアに向かうというものだった。

 そのコースを見て、リンは唸った。

 「こりゃあ、燃料が足りないどころの話じゃないぜ。いったん対流圏まで降りたディンギーが、チェックポイントを回って再び宇宙まで行くんだ。連星大気層の流れに乗り損なうと、即アウト。青い姉に渡ってもなお二カ所まわらなくちゃならない。ほんとうにエンジンは微調整ぐらいしか使えないって事だ」

 これで速さを競うのだ。ほんとうに風頼りのレース。地形と気象を的確に読む力と操舵術がものを言う。

 選手たちは、発表されたコースに息をのんだ。緊張が走って、操縦桿を握り締める手に力が入る。そして発進の瞬間を待った。

 皇女たちの撃つ号砲一下、青い妹の静止軌道ステーションから一斉にディンギーが放たれる。

 降下する眼前に、青い妹の大気層がみるみる近付き、ディンギーの機首が赤く発光し始める。

 その中で、他のグループよりも早く姿勢を変えたディンギーが五艇あった。有るか無しかの希薄な大気だが、抵抗を受けて遅れる。操るのは白鳳チームとチアキ。

 他のディンギーは船体が白く灼熱したところで、各々機首を上げて大気圏突入角度を取っている。しかし五艇のディンギーは可変翼まで使って降下している。進行方向に対する投影面積を最大にして減速する、茉莉香直伝のエアロブレーキングだ。船体を包むプラズマが消えたところで機首を鋭角に倒し、再突入の姿勢を取る。船体の赤化は取れていない。

 やがて成層圏に達し、可変翼を拡げてばらけていく集団。これから風を摑んで最初のチェックポイントを目指すのだ。だが五艇は既に姿勢制御を終え、上層大気を抜けた時とあまり変わらぬスピードのままチェックポイントにループしている。そして誰よりも早くポイントを回る五艇。

 大気圏突入しながら進路を変更し、減速しつつ機をチェックポイントにねじ込んだのだ。ここまで無推進。飛び出したところで、ようやく機首を上げ風に乗っている。

 「凄。」

 遅れて続く選手たちから感嘆の声が上がった。

 だが感心ばかりもいられない。各ディンギーとも無駄のないコーナリングでポイントを通過し、的確に気流を摑んで白鳳を追いかける。レースは始まったばかりだ。

 ディンギーは降下しつつジェット気流に乗って、次のポイントを目指す。

 第一ポイントは成層圏にあるが、第二・三ポイントは対流圏にある。つまり気象と地形の影響を直に受ける訳だ。

 薄い雲の層を幾つか通過し、綿雲の下に、細かく煌めく海が見える。この頃には、操縦桿に大気の厚みと、ディンギーが押し上げられたり引き下げられるのを感じる。

 先頭を行くのはアイとチアキ。

 流石に大気分布の読みの確かさと、昨年優勝は伊達じゃないと、続く茉莉香は思った。

 しかし操船については、他校の方が一日の長があった。引き離したと思った距離が徐々に詰まって来ている。誰も補助エンジンを使わない。風の強弱を瞬時に感じ取りながら、ウイングを細かに調節して最適な風乗りを見せていた。

 ジェット気流上の第二ポイントが見えて来た頃には、五艇だった先頭集団は、もう団子になっていた。

 「やっぱ代々先輩に付いて腕を磨いてる学校は違うわ――」

 並走するディンギーの、他校の選手たちの貌を見て茉莉香は思った。

 昨年度の大会で、電磁嵐で視界を失った事例を反省して、今大会から閉鎖型のコックピットではなく耐熱コーティングが施されたキャノピータイプに改められたのだ。気流、コースの各情報は、透過スクリーンに投影される。

 『あなたたちの実力は認めるけど、私達だって先輩方に報いる意地があるんだから!』

 キャノピーから見えるその真剣な顔立ちは、皆そう言っているようだった。

 『去年は、変な妨害にあったけれど、今回は正々堂々行きましょう』

 「うん。」

 セレニティーならビスクカンパニーも手出しができない。おかしな船が近づこうものなら、監視衛星のビームで撃ち落とされる。

 第二ポイントをめぐる争いは、茉莉香がヒヤリとするほど際どいものだった。一五艇ほどが、接触すれすれの距離でコーナリングを攻め立てる。そのすぐ後に、第二集団が先頭集団の空気抵抗を利用しながら距離を詰めて迫って来る。気合の入り方が凄い。

 そして迎える第三ポイント。

 青の姉妹は、お互いの海の側が常に向き合いながら三六時間で自転しており、母恒星の周りを公転している。それは、可憐な姉妹がワルツを踊っている姿に例えられる。

 近い距離でお互いの周りを公転する連星は、潮汐相互作用で軌道及び自転のパラメーターを変化させる。双子星の合計の角モーメントは保存されるが、角モーメントは軌道周期と自転速度の間で転移されうる。それによる膨らみは重力の方向と若干揃わなくなり、重力がトルクを生じ角モーメントが転移される。自転軸が軌道平面に垂直でない場合は、この作用はさらに複雑になるが、青の姉妹は垂直であるため安定している。しかし地軸が垂直である惑星は、対流が平坦となり四季が生じない。しかし青の姉妹では、二つの星が常にお互いに向き合いながら自転しているため、赤道面の一点だけ日食が生じ地表温度が周囲より低い。また還流し合う連星大気層のために、大気が撹拌されて気象の変化がある。ただし、その変化は非常に気まぐれだ。

 天頂に、淡い青空を透かして夜の青い姉が見える。そこへ伸びる巨大なエアチューブ。青い妹で潮汐力が最も大きい地点だ。そして気流も複雑になる。

 船体のバウンドが激しい。晴天なのに、突き上げるような衝撃と叩き落されるような落下が交互に来る。

 見かけは穏やかな空に、翻弄されるディンギーの、少女たちの声にならない悲鳴がこだまする。

 その中で、アイ・ホシミヤは右舷下方向に太い空気の層があるのを発見した。温度と密度の差で出来た滞留大気だ。南中時には青い姉による日食状態となるこの周辺では、周辺と比べて低温となり重たい空気が下降気流となって溜まっている。

 その大気の層に乗って滑走する。アイのディンギーは波乗りをするように跳ぶ。乱高下することもないそれは、まるで中空のサーフィンだ。

 「アイちゃん、やるぅ」

 歓声を上げて茉莉香たちも後に続いた。

 「なんて子なの! 大気分布を見通して飛んでる」

 去年は完走がやっとだった少女だ。だが噂では観測機器を失って、コックピットを開けて、夜の空を天測だけでゴールしたという。

 何人かの選手はそのルートをまねて大気に乗ろうとするが、一寸したバランスで重い大気に呑み込まれてしまう者や、弾かれてしまう者が続出した。

 その目と技量の確かさに、他校たちは戦慄を覚えた。

 アイのディンギーは軽くホップして気流を離れると、第三ポイントをくぐり、次のコースを目指す。

 向かうのは、巨大な煙突のように立ち上がる連星大気層。

 まずは上昇気流を捉えて、一気に成層圏まで舞い上がった。そしてチューブに吸い込まれていく気流を待つ。

 双子星の間に流れる連星気流束は、姉妹の息吹と呼ばれる。

 青い姉は夜で青い妹は昼。昼の側は日食部分に周囲から暖かい空気が吹き込んでくる。そして上層大気も表面が温められて気圧が高くなった方から、冷えて気圧が低くなった方へと流れが生まれる。青い妹から姉星に向かって大気が動く。青い姉が昼で青い妹が夜の時は逆の現象が起きる。連星である重力偏移や慣性力、星の大きさの違いもあり、実際はそう単純でない。

 風待ちをしているあいだに、第三チェックポイントを回った他の船が追いついて来た。

 勝負は振出しに戻った訳だが、ここに至るまでに、既に半数余りのディンギーがリタイアしていた。大方が第三ポイントの複雑な気流に、燃料を使い果たして回り切れなかったか、上昇気流に乗れなかったのだ。

 中継はここでの注目校をテロップで流していた。

 「ここからが本当の勝負だな。」

 残った顔ぶれを見てリンは呟いた。いずれも過去に上位入賞を果たしている強豪校ばかりだったのだ。

 注目株は、まず一艇の脱落も出していない白鳳女学院と優勝の常連校である風凪星女子高校。そして去年の優勝校である白鳳海森星校だ。

 風凪星校の白鳳に対する敵愾心は強い。白鳳にはホームグランドでの大会を滅茶苦茶にされた因縁がある。去年の大会で、先輩から聞いていた悪評とはまるで違った戦いぶりに印象を改めたが、長年にわたる蟠りはそう簡単に払拭できるものではない。白鳳海森星校はチアキひとりが傑出している。他にも悪夢の第一三回大会で苦杯を舐めた因縁校が――。つまりは、ディンギーは個人競技だが、白鳳の周りはみな敵ばかりという事だ。

 

 

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