入学式のあとに続いた部活の新歓案内は、部長の意向を完全無視した内容で繰り広げられた。
『忍び寄る銀河の危機! 敢然と立ち向かう、我らが白鳳女学院ヨット部!!』
「アイちゃん、操舵もっと細かくできる?」
「大丈夫です。先輩方のナビがありますから」
「阿号吽号ともに出力安定。超光速跳躍いつでも行ける!」
「電子戦準備オッケー」
『しかし敵は強大。だが、船長はその上を行く!』
「おいおい、太陽帆船で正面突破なんて、正気の沙汰じゃねえぞ」
「細身な船体の方が相手は照準をつけにくい。いい判断だ」
「正面から蹴り上げて、上前をハネるっ!」
『戦士にも休息は必要。そんなひと時にもロマンが――』
「この赦免状と装備があれば、銀河のどこにだって行けるね、チアキちゃん」
「ああ、まさに天下御免よ。それと、ちゃんじゃない」
「オデット二世でトレジャーハンター!」
『オデット二世に待ち受ける冒険の旅! さあ君もクルーだ!』
―新年度より、本格機動開始!こうご期待―
どこかで見覚えがあるシーンが満載だ。どうやらオデット二世だけでなく弁天丸の記録映像まで切り張りした様子。
しかしどう見てもヨット部の勧誘じゃない。まるで特撮冒険活劇の予告編だ。実際ビデオを視た生徒の中には、映画同好会か新作映画の宣伝と勘違いした者も多かったという。
「もおおお、どーして海賊船の記録データが流出してるのよー」
部室で頭を抱える茉莉香部長。
「クーリエさんにお願いしたら、ニッと笑って貸してくれたわよ」
「うん、親指立ててね」
ねー、とお互いに頷き合うウルスラ・アブラモフとリリィ・ベル。
一方、チアキ・クリハラといえば、こめかみを押さえながら苦虫を噛み潰していた。
「アンタ達ねー、なに勝手に私の映像使ってんのおお。そもそもこの学校の生徒じゃないのよ私は!」
「でも、白鳳にいる間はヨット部じゃん」
「海森星校よかこっちの方が居る時間長いんじゃない。そのまま卒業しよーよ、チアキちゃん」
「だから、ちゃんじゃ…」
と言いかけて止めた。部室内は二名だけ残してみんな盛り上がっている。このままじゃ、白鳳海賊部も時間の問題のようだった。
「あれ、グリューエルは?」
茉莉香は、部室にグリューエル・セレニティーの姿が無いことに気付いた。
「お姉様は入学式のあとから見てません」
「え、ヒルデ、一緒じゃなかったの」
「ヨット部の次世代を担う逸材の発掘は、お任せくださいって、張り切ってたのにね」
中等部への留学という事で白鳳女学院にやって来たグリューエル。三年生になり、もしかしたら最後の学園生活になるかもしれない彼女にとって、この一年は特別なものだった。そう新歓活動も含めて。
「で、新入部員歓迎の目玉は、とーぜん“お仕事”よね」
「これ以上ないって位のインパクトだもんね。伝説の海賊が直に見れるんだから」
「部長、営業の予定は入ってますか!」
この星系を含めて、よほどの辺境でもない限り海賊など生き残っていない。海賊。それは大方の認識では歴史の出来事なのだ。遥か一二〇年前の統合戦争で活躍したという。
「予定は今のところ無いっていうか。あ。亜空の深淵で免状更新にも余裕があるし」
アセアセと言葉を濁す加藤茉莉香。
と、そこへ顧問となったジェニー・ドリトルが姿を現した。
はしゃいでいる部員たちにパンパンと手を叩く。
「皆さん、浮かれていては困ります。仕事を請け負った以上、顧客に満足していただけるだけの働きをしてもらわなくてはなりません。それにはまず、各個人の技量の向上です」
開口一番、ビックニュースを告げた。
「仕事を請け負ったって、どこですか!」
原田真希が身を乗り出す。ジェニーの代わりに茉莉香が答えた。
「フェアリー・ジェーン星間旅行会社・・・」
「フェアリー・ジェーンって、ジェニー先生の会社」
ジェニーがポンとキーボードを操作すると、テーブルのうえに契約内容が映し出される。
契約の内容はこうだ。弁天丸に海賊営業の依頼。相手は護衛艦付きの豪華客船。ただしオプションとして当時の海賊船を同行させること。つまり海賊の艦隊戦という訳だ。報酬はいつもの三倍!
おおおと、歓声が上がった。しかし部長は浮かない顔。
豪華客船のお客は、統合戦争に興味がある歴史マニアの方々だそうで、ぜひ生き残りの海賊船を観たいとの強い要望。
これは元々、弁天丸にやって来た仕事依頼だった。知り合いのジェニー先輩の会社からの注文で(報酬もいい!)一つ返事で受けたのだが、いま思えばそこに罠があったのだ。
保険会社のショウさんに相方の手配をお願いしたら、バルバルーサと迦陵頻伽と村上丸はとある企業艦隊との演習が入っていて無理だとのこと。グラマラス・リディスもエル・サントも予定があるとかでブッキング。巡り巡って、伝説の海賊船なら茉莉香船長のところに一隻あるじゃないかということで、オデット二世にお鉢が回って来た。
そんなの絶対無理です。だいたいオデット二世は、いくら白鳥号だったからって海賊船じゃありません。という茉莉香の非難に、ショウはサングラスを光らせてこう言った。
「オデット二世なら、めでたく海賊名簿に載ってるぜ。向こうの返事はOKだそうだ」
顧問の教師がクライアントで受け手が顧問している部、完全な出来レースだ。他の海賊船のブッキングも、ジェニー先輩ならやりかねない。ジェニーに詰問したら「うちの叔父様、またぞろ怪しげな商売はじめたようなのよ。兵器のいい宣伝になる相手を探しているようだったから手配してあげたの。女子高生相手にやられるようなへっぽこ艦隊には、いいお灸になるわ」と、涼しい顔。通常の三倍という破格の提示については、「弁天丸と白鳥号で二隻分、それに会社の宣伝料も入っているわ。白鳥号の分は部費収入になるし、出ていくところは弁天丸だけってとこね。すごく割のいい商売よ」とのこと。
つまりは相方への依頼は保険会社を通すという穴を突いたわけだ。
「オデット二世は海賊船籍に載っているようですけど、それって帝国とオリオンの腕文明圏の極秘事項じゃなかったですか」
チアキが質問する。
「そうだった、と言うべきね。確かに銀河帝国の私掠船免状の存在は、ステラ・スレイヤーの件も含めて秘匿されたわ。白鳥号の素性が割れたら大量破壊兵器のことも明るみになりかねないから。でも、そのパンドラの箱を開けたのは私たちよ。現代に戻った時、オデット二世のファイルを開けたでしょう。そして銀河ネットで私掠船免状を照会した。そもそもスタンドアロンされていた情報が、鍵で開けられてしまったのよ。いったんネットに乗った情報は消せないわ。しかもそれが船舶台帳となれば尚更ね」
白鳥号とオデット二世という二隻の船が存在するのなら問題はない。だが二隻が同一となると私掠船免状は両方でリンクされる。公開されている全銀河船舶台帳をひらくと、『白鳥号=オデット二世。銀河帝国私掠船』と出る。ちなみに弁天丸は『オリオン腕圏私掠船』だ。船舶台帳は必ず一隻ごと。宇宙を航行する船の最も基本的な情報だ。それがトランスポンダーになる。
いま、女子高の練習帆船だった船は、現役の海賊船として曝されている。
「本題に戻りましょう。茉莉香さん、プロの眼で見ての意見を聞くわ。ヨット部クルーは海賊としての力量が備わっているとお思い?」
茉莉香に降り向いて、ジェニーが問いかける。
「ヨット部のみんなには、弁天丸クルー代役のときも、ファウンテンブロウのときも、このあいだの統合戦争のときも、とっても助けてくれました。操舵も電子戦も素人だったにしてはなかなかのものだと思います。」
「素人だったらね。でも、海賊営業はプロの仕事よ」
「――はい」
言い淀んだ点をジェニーは鋭く突いてくる。これはビジネスの会話だ。
「それに前まではあなたがいた。それにブラスターの異名をとる梨理香さんがいた。違って?」
「はい。」
「あなたは営業のときは弁天丸に乗らなくてはならない。船長が不在ではお仕事と見なされないんでしたものね。つまりあなた抜きで、私たちだけでオデット二世はお仕事しなくちゃならない。そのときオデットが弁天丸のオブザーバーであっても海賊出来るだけの実力があるかしら」
みんなが茉莉香を見詰めて答えを待っている。チアキは結果が分かっているらしく静かに俯いている。
「正直、無理だと思います」
ジェニーは、そうねと相槌を打って微笑んだ。
いくら筋書きがある海賊営業でも何が起こるか判らない。そういう時、咄嗟の判断が求められ、それに素早く対応できることが必要とされる。宇宙とはそういう場所で、海賊は誰の助けもなくそんな世界で仕事をする。
「さっき、チアキがオデットが海賊船籍に入っていると聞いたわね。そうオデット二世は海賊船として公示されてる、しかも銀河帝国私掠船として。これはもう今までの練習船だけではいられないという事なの。まだ公示されていなかった時でも、オデットの素性に気付いた者たちがちょっかい出してきたことはあったでしょう? それがもっと多くなると思っていいわ」
ジャッキー・ケルビンやミューラ・グラントは独自のルートでオデット二世を知り、船を狙ってきた。ジャッキーなどは降伏文書を巡ってこの学校にまで手を出している。私掠船免状にしても、茉莉香はしょっちゅうビスク・カンパニーに襲われている。しかもオデットの私掠船免状は船長でなく船に与えられているのだ。オデット二世がいままでのままでいられないのは茉莉香も判っていた。
「いまのまま高校の練習船ではオデット二世を守り切れないわ。星系軍も帝国艦隊も民間船以上のことは護ってくれない。もしオデットが奪われるようなことがあったら、迷わず破壊を選ぶでしょうね。なら護ってくれるものを作ればいい。軍や組織に独立した武力は何?」
「海賊です」
茉莉香が答える。
「でも、常に海賊に護衛を頼むことは出来ません。それでは依頼主の私兵になってしまいます。海賊の独立から離れます」
「そうね、海賊であることに外れるわね。それに未来に渡ってずっと依頼をし続けるというのも現実的じゃあないわ。それなら、私たちが海賊になってしまえばいいのよ。私掠船免状をいただく海賊を襲えば、それは海賊狩りになってしまう。相手はおいそれとは手が出せなくなる。グランドクロスのとき、海賊狩りに対して海賊たちは一致団結を見せた。『俺たちは海賊狩りを許さない』てね。これは大きな抑止力よ」
統合戦争以来の海賊連合、これは帝国艦隊も注目した。このまま連合し続けるなら、帝国内に軍の影響が及ばない勢力が生まれることになるからだ。しかも内政不干渉の原則で手が出せない。幸い自衛目的の緩い集まりで一過性に終わったが、だが自衛となれば――。
「そのための依頼だったのですね。海賊船である実績作りに」
そう感心する副部長のサーシャ・ステイプルに、ジェニーは頷いた。
「別に弁天丸やバルバルーサのように、正規軍のお相手や、他に頼むには一寸ヤバイ物の輸送とかすることはないわ。要は現役の海賊船だぞって知ってもらう事が重要なの。そのためにはそれなりの働きをしなくっちゃだめ。見て『ああ海賊としての動きしてるな』って思ってもらえるくらいにはね」
カテゴリーⅠ(恒星間航行)でそれなりの動きが出来るようになった程度で、操舵、航法ともに実戦にはまだまだだ。まして電子戦はリンが卒業してしまった今年度では穴が大きい。
「そこで、特別講師をお願いしてあるの。もうそろそろ来る頃だわ」
そうジェニーの言葉に姿を現したのは、
「「リン先輩!」」
ヨット部員の歓声に、よっと手を挙げて応えるリン・ランブレッタ。
「いやあ、ジェニーから頼まれて。九月まで間があるだろ、それに入学までに与えられた宿題が電子戦闘の歴史についてなんだ。レポートでフィールドワーク(実地体験)に勝るものは無いからね」
そういってジェニーにウインクを送る。統合戦争もジェニーの課題レポートだった。
「私もいるわよ」
「お久しぶりです、皆さん」
「「ミーサ先生、ケイン先生!!」」
一段と嬌声が上がる。
「ミーサ先生には、非常勤の保険医として、ケイン先生には体育教師として赴任していただきました。」
流石、白鳳女学院の経営権四十パーセントを握っているフェアリー・ジェーン星間旅行会社だ。講師も簡単に何とかできるらしい。
「ねえ、あなたんとこ大丈夫? このままじゃ弁天丸のクルー、根こそぎ持って行かれかねないわよ」
チアキが小声で茉莉香に言う。引きつった表情の茉莉香、確かにブリッジが船長だけを残してガラ空きとなりかねない。
聞いてないわよという批難の目の船長をよそに、歓声にこたえているミーサとケイン。
「一緒にお仕事することが多くなりそうだから、あっちのお仕事(弁天丸)の合い間にだけどね。ヨロシク」
ミーサ・グランドウッドが挨拶する。
「本当はケンジョー・クリハラさんにお願いしたかったんだけど、流石にバルバルーサ掛け持ちでは難しいって、泣く泣く断られたわ」
ジェニーの言葉にチアキが目を剝いた。
「当たり前です! 女子高生海賊だけでも非常識なのに、その顧問を親父(船長)に依頼するなんて無茶苦茶ですっ!」
「あら、ケンジョーさんすごく残念がってたわよ。娘が船長の船に乗れるなんて父親冥利に尽きるって。俺が船長で無かったら~~~て、あれは本心ね」
あんのクソ親父ぃと内心毒づきながら、重大な事に気が付いた。いま娘が船長って言わなかった?
「当たり前じゃない。部長は茉莉香さんだけれど、弁天丸とのお仕事に茉莉香さんがオデットの船長をする訳にはいかないわ。加藤茉莉香は弁天丸の船長、これからのお仕事は茉莉香抜きで考えて行かなくちゃ。副部長のサーシャさんでもいいのだけれど、せっかく部員に海賊が二名もいるんだから、チアキちゃんが海賊船の船長するのが一番じゃなくって」
いっと意表を突かれるチアキ。
「私もそれが自然だと思います。なにより経験が重要ですから」
サーシャ・ステイプルもジェニーに同意する。
「お仕事のとき、ケイン先生は操舵手として弁天丸に戻りますが、ミーサ先生には不測の事態に備えて、このままオデット二世に残ってもらいます。――茉莉香さん、そろそろミーサさんに頼らないで船長する時期じゃない?」
痛いところを突かれた茉莉香。
そーか、ミーサはそのつもりでジェニー先輩からの依頼を受けたんだ。
そーゆーこと。とミーサはウインクする。
「ではミッションの説明に移ります。お仕事の相手はフェアリー・ジェーン星間旅行会社所属の豪華客船ビギン・ザ・ビギン号、弁天丸が前にお仕事した船ね。それとタルボット級戦艦二隻とコーバック級護衛艦が三隻、ビギン・ザ・ビギンが電子戦艦だったら立派な一個機動部隊よ」
「タルボット級にコーバック級なんて、そんな戦闘艦どこで手配したんですか」
ヒュー&ドリトル星間運輸の企業艦隊で相手したことのあるアイ・ホシミヤが尋ねた。
「ウチの艦よ。VIPをお乗せすることもあるから、自前の護衛艦隊ぐらい持ってるわ。アイちゃん、腕が鳴るでしょう」
「ジェニー先輩の会社って、他にどんな艦持ってるんです?」
事もなげに艦隊所有を語るジェニーに茉莉香が恐る恐る聞く。
「あとノイシュバンシュタイン級とデアフリンゲ級、残念だけど今回は出さないわ。統合戦争を追体験するには、あまりに最新鋭艦すぎるから」
ノイシュバンシュタインといえば、帝国第五艦隊の第一打撃艦隊で旗艦を務めるほどの統合打撃指揮電子戦艦だ。デアフリンゲ級は対艦戦闘専門の機動巡洋艦。どちらもジャバウォッキーでもオーバー・キルな代物だ。ヒュー&ドリトル社はフェアリー・ジェーン星間旅行会社に手が出せないだろう。
「この艦隊に弁天丸とオデット二世で海賊します。作戦はあなたたちで考えてください。戦力差の大きな相手には戦略と戦術が大きくものを言います。茉莉香さんチアキさん、腕の見せ所よ」
船長とはどんなものかをよく知っている二人に緊張が走る。
「そしてクルーの皆さんは、船長の采配に迅速かつ正確に対応する必要があります。設備と作戦がどんなに優れていても、それに応えられる技量がなければ何にもなりません。オデット二世を生かすも殺すも、いまここに集う皆さん次第です。皆さんの船を後世の部員に手渡すためにも頑張りましょう!」
「「はい!!!」」
一同が真剣な面持ちで返事する。それを確かめて、ジェニー・ドリトルは高らかに宣言した。
「さあ、海賊の時間よ!」