モーレツ銀河海賊   作:ノナノナ

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第30話

 大会三日目、最終日。

 記念大会のメインイベントが行われる。太陽帆船による星間レースだ。

 出発地の青い姉セントラルポート・ステーション前には、大小さまざまな船が並んで、出航の時を待っている。その数一二〇隻。

 「うあー、改めて見ると壮観なもんだねぇー」

 セントラルポート・ステーションのデッキから見える光景にナタリアは歓声を上げた。

 「でも銀河中からかき集めても、これだけしか残っていないんですよね」

 そう寂しげに言うヤヨイ。

 「そうだねー。航海用のものは二〇〇年前から造られなくなった船種だしね。その頃からもう無人の観測用ポッドぐらいしか太陽帆船は使われてないし」

 リリィの言葉にリンが尋ねた。

 「でもオデットⅡ世て、船齢二〇〇年なんですよね」

 「そう、だから帆船航海時代の最期の船。いちばんの新造船かな」

 「オデットが最新船…」

 太陽帆船のカテゴリーは、掃討戦争時から主恒星の観測用か星系内宙域の連絡機ぐらいしか使われていない。いずれも無人のポッドだ。スピードも出ず恒星間移動も出来ず、航海にたくさんの人数を必要とする帆船は使い道がない。

 「まあウチの文明は遅れてたから」

 そうリリィは言うが、時代遅れとなっていた帆船をわざわざ造り、仮装巡洋艦扱いとなり、超光速跳躍転出来る転換炉ブースターまでつけて戦闘していたオデットⅡ世は、かなり特殊な例なのだ。

 「この中で一番古い船はどれでしょう」

 「それはうちの船ですわ。メイフラワー号、船齢は一〇〇〇年を越えます。もっとも記念艦で、普段は博物館にいますけれど」

 「扱える者が居りませんので、スタート・フラッグだけの参加です」

 サーシャの質問に答えたのがセレニティー姉妹。

 聞けば、メイフラワー号は、あの姉妹の息吹を行き来していた最後の船なのだそうだ。風を使って星を行き来していたのだから、文字通りの帆船。ここで、セレニティー連合王国の元首であるシムシエル大公のフラッグを合図にレースは開始される。

 三方向に張り出したマストの形式はオデットと一緒だが、船体はかなり小さくオデットの半分もない。しかも今にも朽ちそうなほどに古い。そもそもセレニティーの生き証人で博物館級の『国宝』なのだ。表に引き出していい代物ではない。それだけセレニティーは今回の大会を大切にしている。

 「さあ、私達も行くわよ」

 「このまま見ていたいけど、私たちも参加者なんだから」

 見とれる部員たちに声を掛ける茉莉香とチアキ。二人の声掛けに「はーい」と答えて部員たちはわらわらと動き出した。

 そこに、他校の生徒が立ちはだかった。風凪星の生徒だ。

 「あなた達、帆船レースも出るんですってね」

 あ、はい。と返事する茉莉香。

 「流石、名門校ね。太陽帆船まで持っているなんて。高校ではあなたたちだけなんじゃない? てか大学でも聞いたことないか」

 「のようです。私たちも初めてな参加だもんで」

 「健闘を期待しているわ。あの姉妹の息吹で見せた戦いぶりを見せて頂戴」

 あんな過酷なレースをオデットでと、思わなくも無かったが。

 「はい。頑張ります」

 「それと有難う。三年最後の大会で最高の思い出を作れたわ。来年、また後輩たちが戦えることを楽しみにしてる」

 茉莉香の両手を固く握り締める風凪星のキャプテン。

 「こちらもです!」

 そう応じた茉莉香を残して、手を振りながら風凪星の生徒たちは離れて行った。

 「いい子たちよねー。ちょっとボーイッシュで凛々しくて、リン先輩に似てると思わない?」

 「どこ見てるのよアンタは!」

 いい雰囲気だなとしみじみしていたのに、茉莉香に台無しにされたチアキだった。

 

 オデットに乗り込むと、既にコントロールの計器類が立ち上がっていた。

 「よお、遅かったな。暖気は済ませておいたぜ。」

 「リン先輩。無人のはずのオデット動かして怪しまれませんか?」

 「スタンドアロンで立ち上げたからな。外からは自動アイドリング・システムにしか見えないだろ」

 リンの言葉を聞いてほっとする茉莉香。

 わらわらとブリッジに集まって来た部員たちを前に、顧問のジェニーが訓示をした。

 「ではヨット部の皆さん。これから核恒星系までの航海です。コースはそう難しいものではありませんが、札付きのお尋ね者を二人も乗せて、帝国中枢に乗り込むのです。何が起こるか判りません」

 ジェニーはそう言ってリンと目配せし合う。

 「今回の航海は、リンの汚名を払拭することもありますが、一番の目的はリーゼをお母さんの元に帰すことです」

 「勢力を弱めたとはいえ、侯帝派がどう動くか予断は許されません。帝国自体が私たちを警戒している以上、最も危険な航海と言えます。今ならリタイアできます。もう一度確認します。それでも行きますか?」

 ジェニーの言葉にブリッジ内が緊張する。そして全員が無言で挙手をする。

 ――準備オールルクリア—―、という意味だ。

 誰からともなく歌いだした。ヨット部の歌だ。

 

  星はさや立つ日の光る 海明星空遠く

  お嬢お嬢と言われても 狭い世界にゃ住み飽きた

  広い宇宙銀河の果てに 一体何が待つのやら

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

 

  空は青く風もそよぐ 弾む心を帆に託し

  例え光は超えずとも ゆらり揺られて参ろうか

  オデット二世のシャフトは長い 一体どこまで続くのか

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

  あ~らヨット~

 

 「それでは、皆さん出航に取り掛かって下さい」

 「出航用意! システムの最終確認よろしく。」

 部員たちは茉莉香と副部長のサーシャの言葉に、一斉に持ち場についた。

 やがてセレニティーの王家専用ポートから、純白の船体が滑り出して来る。

 三本のマストを拡げスタート地点へと向かう。細身の優美なシルエットは、ひときわ目立った。

 一二〇隻の中には、オデットより大きな船もあった。オデットも太陽帆船の中では大型なのだが、超光速跳躍が無い時代に星間を行き来していた外洋船だ。世代間宇宙船ほどではないが航海に数年かかるため居住スペースが半端ない。だが古い。どうしても戦艦のような武骨な印象を受けてしまう。なかには仮装ではなく、ほんとうに戦艦として造られた船もあった。

 しかし、そのような大型船は三〇隻あるかで、大方はもと輸送船か連絡艇かの小型船だった。当然転換炉ブースターは装着できない。そのような船は、跳躍地点でセレニティーが用意したカーゴに積まれる。もっとも自前で転換炉ブースターを持つ船もオデット一隻だったが。

 すべての船舶がスタートラインに揃ったところで、船団の中央に位置するメイフラワー号で、シムシエル大公のスピーチが始まった。

 メイフラワー号のマストにはフラッグがはためき、甲板に大公がお立ちになる。

 齢一四〇歳に近いが、矍鑠としたご様子だ。

 「宇宙空間に生身で立ってるの? てか、でかくない。もしかしてグリューエルの曽お爺さんてサイボーグ?」

 その様子を見てハラマキが言った。

 「立体映像よ。フラッグだってそう。失礼なこと言わない」

 チアキの説明に苦笑いする茉莉香。鉄の髭の時もハラマキと同じ事を言ったような気がした。

 やがて強制入力で、大公のスピーチが流れて来た。スピーチは簡潔だが、銀河系の安寧と人類のさらなる飛躍を願った印象深いものだった。

 そしてスタートのフラッグが振り下ろされる。

 ふぁさっという、旗が翻る効果音とともに、一斉に船は走り出した。

 スタートダッシュは、やはり小型船が有利だった。軽い船体を活かして飛び出して行く。オデットⅡ世も早い方だった。このクラスの中では軽量なのと最も新しい船だからだ。だが、大型船もいったん走り始めると、その多い帆を活かしてスピードを増しだす。

 こうして、太陽帆船記念レースは始まった。

 

 コースは青の姉妹から、同じ公転軌道上の反対側にある星、碧の兄弟へと向かう。そこでスイングバイして外惑星宙域に出て跳躍ポイントを目指す。跳躍ポイントでカーゴに積みこむかブースターを装着して超光速跳躍に移る。オデットのブースターも跳躍ポイントに係留してある。そのピットインでの工程も、速さを競う競技なのだ。

 そこからポルトセルーナまで跳び、核恒星系に入る手続きを行う。いくら帝国とセレニティーの公式競技でも、手続きなしで帝国心臓部に乗り入れる訳にはいかないのだ。それにポルトセルーナでは、帝国側の歓迎式典が用意されている。まあランチタイムみたいなものだ。

 そしてチェックインした時間差に応じて再出発し、惑星セナートに向かう。

 「碧の兄弟って、どんな星? セレニティーの惑星って青の姉妹しか知らないから」

 立体ディスプレイのホログラフィーに映った星系航路をチェックしながら、茉莉香はグリューエルに訊いた。

 「青の姉妹に劣らない美しい星です。碧の兄弟もその名が示す通り連星ですが、二つの星には距離があり青の姉妹のような連星大気層は持っておりません。お互いが公転しあいながら傾斜角を持って自転しており、海明星に似た四季を持っています。青の姉妹に降り立ったセレニティーが最初に植民した惑星でもあります」

 「セレニティーの星って、他に三つあるんだっけ」

 「はい。赤の父、藍の母、白の子供です。それぞれ近い別の星系にあります」

 「ふーん。セレニティーって本当に星間国家なのね」

 感心したように茉莉香は言った。それは、帝国の核恒星系に似ていた。

 「もし銀河帝国より先にセレニティーが銀河系に乗り出していたら、帝国はセレニティー王家だったかも知れないね」

 「それはありません。私たちが当ても無く宇宙を彷徨っていた頃、帝国はいまの第五艦隊の領域まで版図を拡げていました。故郷を無くして星を探していた私たちには、そんな資格は元々なかったのです」

 それは科学技術の速い遅いの結果ではなく、資格の問題だったとグリューエルは語った。

 「黄金の幽霊船で街やジーンバンクをご覧になりましたね。あれが元々のセレニティーの姿です。超光速段階まであと一歩だったとしても、結局、自分の星を住めなくしてしまったのです。」

 黄金の幽霊船で見た近代的な都市。環境は完全にコントロールされ、機能的で科学技術も相当進んでいるように見えた。超光速技術がないだけでとても古代のものには見えなかった。だがいまのセレニティーにそのような景観は無い。むしろ古色豊かなおとぎの国だ。

 あの街に、「国民が居ません」とひとこと言った、グリューエルの言葉の意味が解った。

 「ですから、茉莉香さんが黄金の幽霊船を持って帰って下さったことは、本当に感謝しているのです。私たちが忘れかけていた建国の歴史を、思い出させて下さったのですから」

 そう言って微笑むグリューエルだった。

 その言葉を聞いてリーゼは思った。人は過ちを犯す、しかしその過ちから学んで人は前に進んでいく。でも帝国はどうだろう、同じ過ちを何度も繰り返している。とくに聖王家はそうだ。セレニティーの方がよっぽど資格があると。

 オデットⅡ世は公転周期軌道を逆向きに進んで、恒星の反対側に出た。軌道面を四分の一周過ぎたところで碧の兄弟星が見えて来る。

 「光学観測できるよ。見る?」

 レーダー担当のウルスラがそう言って、メインスクリーンに光学映像を投影した。

 まだ遠く画像も小さいが、宇宙空間に浮かぶ、青い姉妹に似た兄弟星。姉妹より距離は離れているが、しっかり寄り添い合っている。それは肩を組む仲の良い兄弟みたいだ。そして、その名の通り緑の星。

 「じゃあスイングバイの用意。キャシー、ハラマキと軌道計算宜しくね」

 「えー、連星の軌道計算むずいんだよな。合成モーメントとか面倒だし」

 ハラマキが文句を垂れる。

 「私が手伝ってあげる」

 と、リリィ。

 「三人でお願い。それから機関の方はどお?」

 「ブルーグレイス星からの太陽風に変化はありません。帆圧七〇パーセント、順調です」

 「太陽活動も変化なしです。黒点やフレアーも爆発的なものが生じる兆候は今のところ見られません」

 キャサリンとレーダー担当のファムが揃って報告する。

 「帆圧は七五パーセントに。じゃあアイちゃん。コースこのまま、公転軌道面から楕円周回軌道に移って」

 「分かりました。」

 アイは茉莉香の言葉を受けて少し右に舵を切る。

 これで公転軌道を逆向きに進んでいたオデットは、外側に少しはみ出して緩い楕円を描きながら碧の兄弟に近づいて行った。まだ距離はあるが碧の兄弟の重力は確実にオデットに働いている。

 最初の目的地と星の位置は解っているのだから、コース取りはどの船も同じだ。一二〇隻が同じような軌道を描きながら、スイングバイの準備に取り掛かる。

 オデットのスイングバイは、碧の兄弟の重力で鋭角に接近しつつ兄星の公転を利用した。引っ張られ押されるように外軌道に飛び出す。ピンボールの球を弾く要領だ。

 そのまま内惑星と外惑星との間ある跳躍ポイントまで飛ぶ。恒星は背後にあり、太陽風も最大に受けている。セレニティーの外惑星は、内惑星圏の一番外側にある青の姉妹・緑の兄弟軌道とひらきがある。あいだにもう一つ惑星があってもいいぐらいの距離だ。そこにセレニティーの王家専用インターがある。普段は王家か艦隊か外交使節しか使用しないポイントだ。一般の銀河回廊インターは他と同じく星系の外側にある。だから他の宇宙船に邪魔されることなく競技だけに使えた。

 各船とも自分のピットに到着すると、転換炉ブースターの装着やカーゴへの積み込みが始まる。

 オデットのクルー達は、手慣れた様子でブースターの取り付けを行った。何しろ自前の部品で今年度になってからも三回目の作業だ。ピット競技は白鳳がダントツの一位だった。取り付け作業の間に超光速跳躍の計算入力も終えてしまっていた。

「超光速跳躍!」

 茉莉香の号令で、オデットⅡ世は早々と亜空間へと飛び込んで行った。

 その手際の良さに、まだ取り付けや積み込みでアタフタしていた他の船たちは、唖然としながらオデットの残した青白い時空震の航跡を見送るばかりだった。

 

 

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