軍服姿のホーガスに連れられて場を離れることは、他の部員に見られると不安がる恐れがあったため(とくにジェニーはそうだ)、少し間を取りそれぞれで向かう事にした。
みなに気とられないようにパーティー会場を出る。うまい具合に勘のいいグリューエルもいなかった。
パーティー会場は盛り上がっている。その喧騒から離れて指定を受けたオフィスに向かう。
角を曲がった時に、茉莉香を待っている者が居た。
「茉莉香さん、私を避けて何をしに向かわれるのです?」
「いくらお知り合いでも、帝国軍人に呼び出されて、ホイホイ行ってしまうのはいかがなものかと」
リーゼとヒルデだった。
「え――!? グリューエルは撒いたと思ったのにー」
「丸解りです。お三人方が人目を避けて、ばらばらに出て行かれるのはむしろ悪手ですわ。お姉様は、参加者皆様のお相手をされています。――お姉様もお気付きですわ」
グリューエルは自分に人目を集めて、二人が抜け出やすいように仕向けたのだ。
「でも、二人が一緒だと不味いんじゃない。リーゼは帝国艦隊にとって上司みたいなもんだし、ヒルデは外国の皇女なんでしょ。もろ内政と外交がごっちゃになっちゃう」
「だからです。むしろごちゃごちゃにした方がイニシアチブを握れます。相手のペースにしてはいけません。それに、私たちは何かと使えますよ。」
あーこれ、企んでる時の黒ヒルデの顔だ――。と茉莉香は感じた。そして早々に二人を説得することを諦めた。口車に関してセレニティー姉妹には絶対かなわない。がっくり肩を落としてオフィスに向かう。
オフィスではホーガスが待っていた。それともう二人。
オデットで待っているはずのリンと、茉莉香がよく知る人物だった。
「先輩! それと、――ナッシュさん」
ナッシュフォールの顔を見て緊張する。彼の素性を知っているからだ。
ホーガスとナッシュの方も、茉莉香が連れて来た二人を見て困惑した顔をしている。とくにリーゼを見た時は、示し合せたようにやれやれといった表情を見せていた。
そこにチアキとジェニーもやって来た。ジェニーもリンの姿を見て驚いている。そして、見知らぬ顔がある事に怪訝を示した。
「チアキちゃんも初顔だったわね。ジェニー先輩、この方はナッシュさん。うちのクーリエの幼馴染(のクローン)なんだけど、――情報部の人です」
二人も息をのんだ。情報部の人間とリンが一緒にいるという事は、これは交渉というより脅迫と同じだ。
ジェニーがリンに走り寄ろうとしたが、茉莉香がそれを止めた。普段は理性的で冷静な彼女だが、リン絡みになると我を忘れてしまうところがあるのだ。
五人が自分に注目しているのを確認してから、ナッシュは自己紹介した。
「茉莉香さんからの紹介がありましたが、初めまして。ナット・ナッシュフォールといいます。統合参謀司令部付きで情報部員をやってます。そちらのお方々はお見受けしたところ、海賊団のチアキ譲とジェニー嬢、それにセレニティーのグリュンヒルデ姫と推察いたします。そして、リーゼ様。このような場所でご尊顔を拝し、恐悦至極で御座います」
そう言って恭しくリーゼの前に跪く。続いてホーガスも。
リーゼは吞まれることなく、ちょこんとスカートの裾を摘まんでお辞儀を返した。ここは自分より交渉上手なお姫様に任せることにした。
「このような所で形式張ったことは不要です。海賊団にお話とは何でしょう」
リンがこの場に居ることなど、おくびも介さずにリーゼは切り出した。
「いきなりビジネスライクですか。私たちが聞き及んでいるリーゼ様は、もっと落ち着いたお方だと思っておりました」
「皇女は宮廷を離れて留学されたのです。お変わりにもなります。私もそうでしたから」
そうヒルデが返した。
「これはグリュンヒルデ姫。お姉様のグリューエル姫には、茉莉香さんと共に大変お世話になりました。よろしくとお伝えください」
「わかりました。それと私のことはヒルデでお願いします。姫もいりません。今回のお話はオデットⅡ世に関することですね」
「そうです。今回の大会に白鳳女学院が出場すると聞きまして。」
「それで、オデットがゴールに向かうことに不都合があると。何か問題があるのですか」
「オデットⅡ世に問題があるのではありません。オデットの持つ私掠船免状に支障があるのです。私掠船免状を持つ船は海賊船、帝国は海賊を認めておりません。オデットの免状が星系政府の出した物なら地方自治で済ませられるのですが、その免状は帝国が発行した物です。帝国の海賊という事になり非常にまずいのです」
「海賊船がルビコンを越えてもらっては困ると」
「そういう事です」
ここでリーゼが質問した。
「ここに軍が帝国艦隊統合参謀司令部の軍人と情報部員がいらっしゃるという事は、帝国艦隊の意見だと認識します。政府はオデットにどうして貰いたいのですか」
それにはホーガスが答えた。
「誠に申し上げにくいのですが、私掠船免状をリーゼ様にお渡しして、リーゼ様には船を降りて頂きたいのです。茉莉香さんからも説得してもらえませんか」
いきなり自分に降られて茉莉香は手を振った。
「無理無理。お姫様への説得なんて、グリューエルでとっくに諦めてます」
「移すには皇位継承者であられる血の認証が必要ですが、私掠船免状を移すデータボックスはこちらで用意してあります。」
「意向は伺いました。でも、今更感がありますね。オデットが帝国の海賊船だと名乗りを上げてから日にちが経っています。ここに来て原則論を持ち出して来る時は、たいてい疚しさがあるものです。帝国艦隊が動かなければならないような事態が起きているのではありませんか。そのために私掠船免状が必要なのではありませんか」
参ったなという顔の二人。
「私掠船免状で海賊営業をしている分なら問題ありません。しかしその船にはリーゼ様がいる。そして宮廷内で内紛が起きているセナートに来ようとしている。いま帝国が割れるわけにはいかないのです。帝国の脅威に辺境星系連合が出てきました。外からの脅威にされされることは、帝国にとって今までに無かった事態です」
「帝国に敵対できる勢力があるとは思えません。辺境星系が無視できない辺境海賊ギルドでさえ艦隊はほおっておける程度のものです。いくら星系の集まりとは言っても、戦力差は歴然としています」
「じつは、星が消えました。」
「ごく普通の主系列星だったのですが、何の前触れもなく新星爆発を起こしたのです。そのまえに司令部には、辺境星系連合から座標が送信されていました。周辺に何もない孤立した宙域で被害は無かったのですが、送られていた座標と一致したのです。」
『超新星爆発ぅ?!』
茉莉香とチアキが声を上げた。あまりに馴染みある言葉だったからだ。
「いえ新星爆発です。超光速跳躍中に皆さんが亜空間で感じたものです。」
ナッシュが聞き間違いを正した。恒星一つが回廊近くで爆発すれば、亜空間にも影響がある。銀河回廊は星の影響が少ないルートで設定されている。
「そこで一二〇年前です。皆さんが関わったステラスレイヤーですが、元々何を目的とした技術だったかご存知ですか?」
「たしか、恒星のエネルギーを、エネルギー資源の乏しい宙域に送るものだったと聞いています。ただ亜空間での座標制御が難しくて、それで超新星爆弾に転用したとか」
オリオン腕植民星の歴史を調べていたジェニーが答えた。
「そう私たちも聞いています。もっともこれは隠された歴史で、知る人はごく限られていますが。それには単結晶が必須です。そしてあなたがすっぱ抜かれた資料によって、単結晶を造り出す工作機器が辺境星系側に流れたことが判りました。そして重力制御の技術も。情報部は今回の新星爆発が二つの技術を応用したものだと分析しています。これは辺境星系連合からの、いつでもどこにでも攻撃出来るぞという威嚇と警告です。帝国艦隊が総出撃するに足る事態です」
ナッシュからの説明に言葉を失う中、リーゼが質問した。
「辺境星系連合は、帝国に何を求めているのです。目的無くただ威嚇する訳はありません」
「非公式ではありますが、連合政府側は辺境の帝国からの完全な独立と影響の排除を求めています」
「影響の排除とは?」
「辺境海賊ギルドと黄金髑髏海賊です。ギルドは辺境星系とも関係がぎくしゃくしているようで、黄金髑髏と関係を結んだようです。黄金髑髏は、その、聖王家に絡むことなので…」
そうだった。クリスティアは聖王家ゆかりの人物、しかも侯帝の娘だ。
「それで帝国の立場はどうなのです」
統合参謀本部の出している見解をホーガスが述べた。
「ギルドに関しては問題ありません。独立を認める向きもありますが、ただ完全なものとなると問題があります。とくに危険な技術を手にして帝国と敵対した以上、これを認める訳にはゆきません」
「それでは戦争になってしまいます」
「致し方ありません。女王もそれは認めておられます。ただ和平の道も探るようにとの意向であられせられます」
威嚇で帝国が呑んだとなれば、帝国は属する星系の信頼を失う。広範囲な自治が認められているとしても、星系政府が帝国の傘下に甘んじているのは、その安全保障とそれを可能とする強力な軍事力があってこそだからだ。
「わかりました。女王がその覚悟でいるのなら何も申しますまい。――しかし、そのことと私掠船免状は関係ないではありませんか。私の事にしても、たかがお家内の諍いに過ぎません。」
「ですから、帝国が割れる訳にはいかないのです。このような危急存亡の秋には特に!」
「それは中央政府と帝国艦隊がしっかりしていれば何の問題もない事です。権力争いに左右されてしまってどうするのです。帝国艦隊が一枚岩であれば、属している星系に動揺など起こりません」
「情報部にしてもそうです。危険な技術が流れてしまったのなら、それに対処すべきではありませんか。流した側、受け取った側、ルートは幾らでもあるはずです。そのための情報部です。所詮借り物の技術は補填するために次の情報を必要とするものです。口封じだけでは何の解決にもなりません」
ちらとリンの方を見て、少し言葉を区切ってから続けた。
「動揺しているのは帝国艦隊ではありませんか? 統合参謀司令部はそれを纏めるために私掠船免状が必要なのではありませんか」
艦隊を率いる艦長や提督の中には、心情的に女王派の者もいれば侯帝派の者もいる。これがいざ作戦行動をしようという時、どう影響するか分からない。その際、命令を下す統合参謀司令部が船を乗っ取れる私掠船免状を持っていれば、一糸乱れぬ艦隊行動がとれる。
はあああと、長い息を吐いて情報部員は観念した。
「ご推察の通りです。そのために私掠船免状のプログラムを統合参謀司令部のシステムに移行することの出来る、リン・ランブレッタ嬢にもご足労願った次第でして」
「まあ、命を狙いながら今度は協力しろと」
険のある目付きでジェニーが言った。
「それについては誤解があるようです。女王陛下のつてで、さる海賊に依頼はしましたが、ハードの破壊と彼女を利用するのを無効にすることであって殺害はありません。」
「へ?」
意外な依頼内容にあっけにとられる茉莉香。
「確かに暗殺者は放たれましたが、監察局が情報部に吸収されたとき保身に走った元監察局員が勝手に行いました。そこで急遽、彼女の身の安全を計った訳です。外からは彼女が死んだか人事不明になったように見えるように。海賊は見事に依頼を達成してくれました」
「じゃあ、何故今になって接触して来たんです?」
「あなた方が彼女をここまで連れて来て下さったからです。しかも外部には全く知られずにです。情報部が海明星で接触しようとすれば、彼女が生きていることが知られてしまいます。ですから動くわけにはいかなかった。実は、情報部も彼女が来る確実な情報は摑んでいませんでした。艦隊OBが知らせてくれたのです」
あの空港の元締めだと茉莉香は思い当った。海明星宇宙港で彼に隠し事は出来ない。
「道理で、情報部の仕事にしては、やることがちぐはぐだと思ったわ」
「え、そうなの?」
「だいたい情報部が、帝国の機密保持のために暗殺を外注するなんてありえない。余計に機密の存在を漏らすようなものだもの。それに頼んだだけで結果を確認しようともしてない」
そうチアキが言った。
「つまりは、情報部内も割れていると」
帝国中枢部がガタガタじゃないかと茉莉香たちは呆れた。
それを受けてホーガスは言った。
「その通りです。帝国艦隊は揺れています。とくに侯帝が聖流派から手をお引きになり監察局が解体になってから、上級士官の間で動揺が起こっております。聖流派は元老院や司令官の方々が多かったものですから。この度、侯帝が総司令官に任じられましたが、それでは女王派が納得できず、それでリーゼ様を提督にと」
「帝国艦隊ともあろうものが、たかが一三歳の小娘に何を期待しているのです…。」
リーゼは情けない表情で言った。
そんなリーゼを見ていて、自分が一三歳の時はどうだったろうと思っていた。白鳳女学院中等部に入学して、右も左もわからなくて、でも何もかも新鮮で――。グリューエルやヒルデもだが、『やっぱ王女様は違うわー』と納得してしまう茉莉香だった。
「それで、一三歳の女の子に縋ってしまう帝国艦隊を、あなた方はどう思っているのです? それでも神輿をかつぎますか?」
「私たちは女王派でも侯帝派でもありません。ただ帝国に仕える公僕です。中枢部の姿勢をとやかく言う立場にありませんし言うべきだとも思いません。ただ――。そのような帝国艦隊は、やっぱり情けないと思います」
「そうですか――」
自分たちが所属している組織を『情けない』と言わせる心情をリーゼは慮った。そしてそんな状況を生み出してしまった聖王家の一員として、申し訳なさで一杯だった。母も同じ気持ちなのだろう。しかも母には帝国全体の運命が伸し掛かっているのだ。
「母や大伯父様には申し訳ないのですが、私が神輿になる訳にはいかないとお伝えください。それに私掠船免状も帝国艦隊に託すわけにはまいりません。今のように動揺した中ではむしろ危険なだけです。司令部が艦隊を信用していないと言っているようなものです。あなた方もそう感じているのではありませんか?」
「今はまず、私掠船免状を女王の元に届けて、ワイルドカードの危険性を取り除く方が先だと思います」
リーゼはこのままセナートまで行くと二人に告げた。
二人の交渉は決裂した。
「だから、嫌だったんだよ。この前の時も皇女様相手に余計な事まで喋らされてしまったんだ。あれだけお姫様は連れて来るなと念を押したのに」
「そうだったか? まあ始めから乗り気しない任務だったしなぁ」
愚痴るナッシュに頭を掻くホーガス。
そんな二人に茉莉香は尋ねた。
「あのー、二人はお知り合いで?」
「まあ弁天丸繋がりもありますが、俺たち士官学校で同期なんですよ」
「腐れ縁」
ヒルデが言ったのを、皇女がそんな言葉使うんじゃありませんとジェニーが窘める。
「でも、このままでは艦隊司令部が纏まらないのも事実でして」
ホーガスが困った顔で言う。
「それに任務もあります」
ナッシュもそれに続く。
「いっそ、洗い浚いぶちまけた方がスッキリ出来ると思いますわ。帝国の諍いも、私掠船免状も、海賊も」
突拍子なくヒルデが言い出した。
「そんなことをしたら、帝国は大混乱になってしまいます!」
ナッシュもホーガスも驚く。みんなも驚いている。
「そうでしょうか。むしろそうすることで、セレニティーはまとまることが出来ましたわ。何も国民に懺悔して説明する必要はありません。ただ見せれば良いのです。女王の前に、帝国の私掠船免状を押し頂く海賊が居ることを」
「それいいわね!」
チアキがぽんと掌を打った。ヒルデの考えに何か気付いたようだった。それにヒルデが微笑み返す。
「お二人の任務は、帝国にリーゼと私掠船免状を届けることでしたわね?」
ヒルデが確認するように言った。
「リーゼが言う通り、このまま私たちはセナートに向かいます。そうすれば皇女を帝国に送ることも私掠船免状を届けることも出来ます。これは私たちの今回の航海での目的でもあります。それに目的地は多少違いますが、帝国士官さん達も任務を果たすことが出来ます」
茉莉香も遅ればせながら気付いた。ただ嫌な予感がしていた。とんでもないことを言い出すことが判っているからだ。士官たちはまだ気付いていない様子。
「ただし! 白鳳ヨット部でなく、白鳳海賊団としてでです。」
――やっぱりいいいいい!!
「それは帝国艦隊が承知しません。ヨット部ならいざ知らず海賊にルビコンを越えさせるなど!」
「だからこそ、国民に見せつけるのですよ。それに白鳳海賊団の総帥は、誰あろうリーゼ皇女です。そうでしたよね茉莉香さん」
そうだった。海賊ギルドとの間でそういう流れになってしまっていた。植民星の海賊からも特に異論は来ていない。
「私たちを無理矢理拘束する手も御座いますが、それでは帝国艦隊が反逆罪に問われますわ。それに私の立場上、セレニティーとの外交問題にもなるかと」
さらりと恐喝まで言ってのけている。
「おい、やっぱお姫様相手に説得なんかするもんじゃないだろ」
「ああ、お前さんの言ってたことがよく解った。事態がとんでもない方向に持って行かれる。しかしどう報告するんだぁこれ」
「なんなら、ご一緒されますか」
とびっきりの黒ヒルデの顔で二人に微笑み返した。