「前に言ったと思うけど、うちの船長って大物だったんだな」
三代目がしみじみと言った。
「ああ、あん時ゃ『今頃気付いたのか』って軽口叩いたが、銀河帝国に喧嘩売るに飽き足らず、銀河大戦の引き金を引いちまうとはな」
つい半年前の『一二〇年前』を思い出して、百目が感慨深げに相槌を打っている。
「銀河系を相手にするというのに、よくまあ集まったもんねえ。これ、招集掛けてない自由参加でしょ」
「なんだかんだ言って、結局植民星界隈の同業者たちは全員参加だもんな。前からうちと色々関係があった迦陵頻伽やデスシャドウ、グラマラス・リディス、シンドバットはまあ分かるが、海賊狩り以来の大集合だぜ。しかも帝国艦隊の援護無しと来ている。しかし――現金なものだな」
クーリエの言葉にケインが返している。
「ロハで船の改修が受けられるってんで皆飛びついたんでしょ。どこも台所事情は苦しいし」
そうぼやくミーサ。メインスクリーンに広がるこの宙域に集まった総勢二〇隻余りの海賊軍団を眺めつつ、半ば呆れ顔の弁天丸クルーたち。
「そりゃ銀河帝国にも宣戦布告したんだ、帝国艦隊が護衛するわけないだろ。何しろ手始めにガーネットAをやろうってんだから」
百目が銀河大戦と言ったが、それに三代目が振り向いた。
「でも何で銀河帝国なんだ? 直接の脅威は辺境星系連合だろ」
「船長の宣戦理由見ただろ、殲滅兵器を許さない。だから帝国も作ろうと言うなら、それも潰す」
「しっかし、その場所がガーネットAだってのも因縁じみてるよな」
向かい合う帝国艦隊の後ろに、赤く燃える赤色巨星のガーネットA星が浮かんでいる。
「因縁なんかじゃねえ。実際に単結晶でビーム制御を試みた実績のある恒星なんだ。その時のデータもしっかり残ってる。あん時のステラスレイヤーは正史に載ってないが、帝国政府は併合に当たって宗主星からデータをすべて押収したそうだ」
「その時のデータもネメシスの奴が辺境星系に流してた――」
「だろうな。手っ取り早く戦争を引き起こせるブツだもんな」
恒星超新星化、確実に周辺の星系を巻き込む禁じ手、もしオリオン腕文明が使っていたら滅ぼされていたであろう代物。そのデータがあったから帝国側のステラスレイヤー建設は早かった。何しろエネルギービームの調整に不可欠な恒星の観測資料が揃っているのだ。
そのプラントを護衛しているのが、第五艦隊所属の第一・第三打撃艦隊と特別遊撃艦隊群が三個。
「で、これが終わったら辺境星系連合艦隊とお相手か」
頭に腕を組んで三代目がぼやいた。
「その前に、目出度く俺たちは銀河帝国のお尋ね者だ。帝国の財産を破壊するのだからな」
そうシュニッツアが付け加える。
これから帝国相手に一戦交えようというのに何故か余裕だ。それどころか帝国艦隊との一戦よりも次の辺境星系連合との戦いの方を気にしている。それは集まっている海賊船たちもそうだった。
海賊たちはこの戦闘を前にして、宇宙大学のタニアで大改修を受けていた。動力システムの重力制御推進化、電子装備の大幅な強化、外殻装甲版の強化などなど、宇宙大学が提示して来た技術供与である。帝国艦隊もそれなりに重力制御など改修しているだろうが全部ではない。それに重力制御のお相手は、既にグランドクロスで経験している。
しかし数が数だ。こちらは二〇隻余りというのに向こうは二〇〇隻以上、ざっと一〇倍の戦力差。それに最新鋭艦とまではいかなくても船齢もずっと新しい。
「まあいつもの帝国艦隊相手の軍事演習ってとこか」
百目が圧倒的な戦力差を前にのんびりと呟く。この程度の差は、第五艦隊相手に何度も経験している古参の海賊達である。
「それは無い。ここにいる帝国艦隊はプラントを護るよう命令されている。撃って来るビームもミサイルも全て実弾だ。こちらが攻撃する以上、向こうは本気で向かって来る。そうでないと正確な戦闘データも取れない」
シュニッツアがコンソールで宙域状況を確かめながら否定した。
帝国艦隊のナンバーズ・フリートの中でも、最も強力で先陣を切る役目を追う打撃艦隊や遊撃艦隊群は優先的に重力制御の改装を受けていた。だが実戦経験がない。植民星海賊たちは実際に重力制御の機動戦艦と戦った経験がある。その戦い方を海賊相手に得られるチャンスなのだ。重力制御はどこが弱点で戦術的意義があるか。グランドクロスのデータはあるが、データだけでは得られないものが経験だ。
「今回の事態にいちばん面食らってるのは、辺境星系連合だろうな」
ケインが操舵しながら言った。
海賊団が帝国と辺境星系連合を相手にすることは、銀河帝国と辺境星系連合の対立に海賊団という新たな勢力が加わり、戦局は三極構造となる。碁で言う紛れというやつ、一気に勢力図は複雑となる訳だ。当然、辺境星系連合は当惑する。当面の敵である海賊を掃討しようと帝国と和議を模索するかもしれない。そのためには、帝国艦隊と海賊団は本気でやり合わなけれなならない。
もう一つ重要なのが国民の目だ。いくら女王が殲滅兵器を望まないにしても、強力な武器を持った敵の出現に、それに対抗する武器を持たないことは国民が納得しない。国民を説得するにはその超兵器が絶対的な存在ではない事を示すことだ。
海賊と帝国艦隊はお互いともメリットがある戦いだが、船の改修がただで出来るという理由でこの界隈の海賊たちが集まったというには説得力が薄い。要は皆ステラスレイヤーが気に食わないのだ。自分のご先祖たちが必死になって潰したものを、またぞろ引っ張り出されたことに。
「何やってんの、たるんでるわよ。これに失敗したら三極化は御破算だし、軍事演習だなんて思われたら、足元見られてそのまま銀河大戦なのよ」
船長席で船長代理のミーサが叱咤する。
「解っている。だがな、今一つしっくり来ないというか。向こうは撃って来るのにこちらは撃てないんだろ、そんな戦闘ない」
「撃てないんじゃなく撃たないの。あくまでもこちらの目的はステラスレイヤーの無効化。帝国艦隊を敵にすることじゃないわ。」
「だがな、オデットが攻撃されたらどうする。いくら外装が強化されたと言っても、ミサイルのひとつでも当たりゃバラバラだぜ」
「帝国艦隊も皇女が乗ってる船は撃たないわ。こちらにはバンバン撃って来るだろうけど。流れ弾でも来たら、こちらが盾になればいいんだし」
旧式とはいえ戦艦だ。ミサイルなら装甲版の一部に穴が空く程度で済む。それに今回は装甲も強化してある」
「電子兵装もチューンアップされてるし、こっちには隠し玉があるんよ。そうそう容易くやられないわ。けれどバリヤーも期待できるのに、何故断ったの?」
クーリエが厚底眼鏡をぐりぐりさせながらニヤニヤしている。
「あの白いやつか?」
クーリエの言葉に渋い顔の三代目。弁天丸がペンキ塗りたてのように白くなることは、頑として反対した。他の船も白くなっていないところを見ると、海賊としての美学に反するらしい。
「あんなみっともない恰好出来るかよ」
「ビーム兵器は避けられても、ミサイルの飽和攻撃にどこまで通用するか」
水晶玉を弄びながらルカがぽつり言う。
「それを検証するための改装じゃない。それに当たらなければどうという事はないわ」
ザコとは違うのだよザコとは、と言わんばかりのミーサ。
「まだ始まっていない。先行きは、見えない。」
水晶玉を見詰めたままのルカ。
「空間に重力波。質量から見てオデットだ」
「真打ち登場ってとこか!」
シュニッツアからの報告に百目が待ってましたと言った。
「茉莉香お嬢さんの立てた大戦略がうまく嵌まるといいがな」
「まあっ女子高生に嵌まるだなんて。でどうなの、不満?心配?」
「不満だなんて、上等すぎるよ。統合参謀司令部のやつら、船長がステラスレイヤーを攻撃しますって言ったら目を白黒させてたもんな。枢密院侍従長様もまっつぁおな外交手腕だよ」
ミーサの質問に、ニヤリと不敵な面構えで答えるケインだった。
「無限君。おひさ―」
「よっ美少年!!」
「いまも亜空間ダイブしてるんだって、どこ行ってるの」
「宇宙大学のプロフェッサーなんだってぇ? うんうん、少年の成長にお姉さんは嬉しいよ!」
歓声を上げながら無限少年を迎えたヨット部員たち。勝手に姉になっている者もいる。
「ヒルデが寂しがってたよー」
「体も、大きくなったねえ」
なぜかハラマキは舌舐めずりしていて、無限少年は無意識にズボンを押さえた。かつて飢えた狼たちが少年のパンツを剥いだ事は、白鳳ヨット部の超秘だ。いちおー名門となっている女子校の評判が案じられる。
「ねえねえ先輩、彼は誰ですか。ヒルデさんとはどうゆうご関係?」
キャシーが興味津々にナタリアに聞いた。
「どうって、二人はああ言うご関係」
ナタリアが顎でしゃくった。
「彼方さん…」
もじもじと無限少年を迎えるヒルデ。
「御免、連絡もあれっきりになってしまって。――その、忙しくて、あの…」
向かい合ったまま俯いている。そんな二人に周りから黄色い声が上がる。
「ヒョウ、青春だね!」
連絡が無かったのは、忙しいじゃなくて意識しすぎて出来なかったんだろーがと囃し立てる女子高生たち。無限少年とヒルデは固まってしまい、頭から湯気が出るほど真っ赤だ。
「こりゃ先んじられたねえ。姉としては焦るんじゃない?」
リリィがグリューエルを肘で小突いた。
「え、どうしてですか? とても素晴らしい事ではありませんか」
スパイスを利かせたつもりでも、当のグリューエルはいたって涼しい顔。
「あそうか、グリューエルはそっち系だった…」
無限少年には是非とも妹と清い交際を深めて貰いたいと応援している。齢上に憧れてもらっては困るのだ。
「船長、バルバルーサから通信が入っています」
通信席からグリューエルが茉莉香に報告した。
「オヤジから? 弁天丸じゃなく?」
チアキが振り向いて言った。
「繋いで。」
スクリーンに黒髭船長が現れる。
『来たな白鳳女学院。みんな集まってるぜ、お前さんの下知待ちだ』
髭面でウインクするケンジョー・クリハラに茉莉香は文句を言った。
「ケンジョー船長、みんなに召集掛けたでしょ。海賊の歌も流してないし、宣戦布告しましたってお知らせしただけなのに」
ジト目で睨む茉莉香にケンジョーは破顔する。
『俺は特に何もしてないぜ。俺も含めてみんな勝手に来たんだ。この界隈の海賊はステラスレイヤーが気に入らない。理由なんざそれだけで十分さ』
その言葉に、茉莉香は静かに頷いた。
「わかりました。では、始めましょう」
『そう来なくっちゃ! じゃあ、景気づけに一発流させてもらうよ』
「え、流すって? ちょ、待っ――」
茉莉香が止める間もなく、大音量の歌が宇宙空間(に展開している宇宙船の艦内)に響き渡った!
声を上げろ、鬨の声を。
俺達ゃ誰の助けも借りぬが
食えねぇ奴らにゃ、つるんで叩くぜ~。
勝った後の酒は旨いー
男も女も海賊は強い
酒も喧嘩も海賊魂!
強制入力である。前と違うのは、デュエットではなくトリオだという点。
歌が流れると同時に、海賊船の上に船長たちの伊達姿が浮かび上がっている。そしてその背後に、大きく、宇宙空間を睥睨するように立ち上がる三人の娘海賊の姿。
加藤茉莉香。チアキ・クリハラ。リーゼ・アクア・ディグニティ。
突然流れてきた歌声と、現れた皇女の姿にぎょっとなる帝国艦隊。
艦長の中には、思わず直立不動の姿勢を取った者もいたという。
びっくりしたのはチアキだ。振りを付けて歌っている自分と茉莉香の映像は記憶がある。海賊の巣でレコーディングしたものだ(それだけでもチアキにとっては黒歴史だ)。でもリーゼと歌った覚えはない。
「ちょ、親父。いつの間にそんなん撮った。てかしてないしっ!」
『あれか? 茉莉香船長がギルドとのヌケガケを謝りに来た時に、ちょいとお願いして録らしてもらったんだ。それを合成して――』
「まあああ りいいい かあああ!!!」
鬼の形相で茉莉香に襲い掛かるチアキ。
「召集の歌を流さなかった理由は、それかああああ!!!!」
『良かったなチアキ。これで帝国艦隊にも目出度くお披露目だ』
そう言って感無量な様子の黒髭親父。
「ぐあああああああああ」
こうして、銀河の趨勢を決める大戦は幕を開けた。