春うらら。
新年度が始まり、新入生は新しい学園生活に慣れるだけでも精いっぱい。そんな中、体験入部の期間中に、噂に名高い白鳳女学院ヨット部を覗きに来た新入生たちは結構いた。
しかしヨット部員たちは特別講師を迎えて猛特訓中、放課後は中継ステーションまで出掛けてオデット二世で実地訓練の毎日。教師同伴なので校外学習扱いとなり、シャトル便もお安いとか。
見学者のお相手は、もっぱら茉莉香部長ひとりだった。お陰で目が回るほど忙しい。
「ああん、誰か手伝ってよー」
「操船、レーダーからの状況分析、その他諸々でケイン先生から特別講習」
「うちの転換炉ユニットは外付けで、かなり特殊な仕様だよ。構造計算ふくざつー」
「電子戦は最期は人の判断ですか。リン先輩、勉強になります」
「チアキちゃあああん」
「わたしゃ、ミーサさんから戦術について教わんなきゃなんないの!」
定時連絡で助けを乞うても、返ってくるのは冷たい返事。
「グリューエルに手伝ってもらえば。あの子、ウチの学校で一番のスターでしょ。昨日の昼休みも新入生が大勢中等部に押しかけてたわよ」
「え、グリューエルそっちに来てないの?」
ハラマキに茉莉香が聞き返す。このところグリューエルは部活に来ていないのだ。
「お姉様なら、この頃立て込んだ事情があるそうで、放課後はまっすぐ下宿(大使館)に帰っています。王宮秘密回線でセレニティーとよくお話してます。どんな事情かは私も存じません」
「セレニティーでまたもめ事でも」
茉莉香が心配する。黄金の幽霊船で内紛もいったん収まったとはいえ、内乱寸前までいったあの時から、まだ一年ちょっとしか経っていないのだ。
「いえそのような噂は聞いていません。ただ、お姉様も話してくれませんので」
少し寂しげな表情のヒルデ。
「お姉様の分も、私が頑張らなくては」
入学式から二週間、体験入部の期間もそろそろ終わろうという頃、今年度ヨット部へ入ってきた新入部員は二名だった。二人とも一年生。去年が三人だったから、まあそんなところだろう。ヨット部の行く末を考えると、些か心許ない状況ではあるが。
「グエン・ティ・ファムです。よろしくお願いします」
と、物静かな東洋系の少女。
「キャサリン・ミラーですっ。自分のことはキャシーと呼んで下さい」
物怖じ何それ、というような元気いっぱいな子。
「ファムさんにキャシーさんか、ヨット部へようこそ。私が部長の加藤茉莉香、で副部長のサーシャ・ステイブルにチアキ・クリハラ。あチアキちゃんは、海森星校の生徒なんだけど、こっちに来ているときはヨット部なの。それに・・・」
部員の紹介ごとに、先輩たちは「よろー」とか「一緒に頑張ろうね」と言葉を掛ける。
一通り紹介が終わったところで、グリューエルとヒルデが入室して来た。
後ろにもう一人連れてきている。
「遅れて申し訳ありません。実は、中等部から一名入部希望者が居るのですが」
「高等部の部活ですので顧問の先生(ジェニー・ドリトル)にお伺いしてからと思い、寄り道してました。先生は『部長権限で宜しいんじゃない』とのことです」
グリューエルとヒルデに促されて、小柄な少女が前に出る。
「あ、入学式のときの」
答辞を読んでいた少女だ。
「センテリュオ・ルクス・スプレンデンスと申します」
「もっちろん大歓迎よ。ヨロシクね!」
とびっきりの笑顔で茉莉香が答えた。
「わー、グリューエルに続いて中等部から三人ゲットか」
「これで当分はヨット部安泰だね」
「船は三人じゃ動かせないでしょ」
「それは今後の三人の働きに期待するとして」
喜ぶ茉莉香や部員たち。
ワイワイと出来る輪のなかで、チアキ・クリハラはグリューエルに浮かんでいる一抹の硬い表情に気付いた。
「じゃあ、新入部員たちは二年生とシミュレーション・ルームへ。三年生とグリューエルは残って歓迎航海のミーティング。ヒルデはセンチュリオさんに付き添ってあげて」
「はい」
「よっしゃー、行くぞー」
二年生の元気印、ナタリア・グレンノースの掛け声とともに、白鳳ヨット部の歌を歌いながら退室していく。
「歓迎航海はいいけれど、お仕事の方はどうなのよ。有効期限ぎりぎりじゃない、間に合うの?」
チアキが眼鏡越しに茉莉香に尋ねる。
私掠船免状は五十日ごとに更新しなくてはならない。その間に仕事をしないと弁天丸の免状は失効してしまう。
「途中に輸送のお仕事入れてもいいんだけれど、お仕事は船長抜きで出来ないから」
白鳳海賊団でお仕事というミッションを控えて、余計な仕事は入れたくない。ヨット部クルーたちの練習が必要だし弁天丸との擦り合わせもある。
「日々のシミュレーションでの練習も大切だけれど、まずはオデット二世の操船を高めます。新入部員たちには申し訳ないけど、今度の歓迎航海は、そのための完熟訓練を兼ねたいの」
そう言って、茉莉香はディスプレイに航海プランを映し出した。
「コースは、私たちが初めて航海に出た時と同じ、たう星を回って砂赤星を周遊します。そこに一寸したオプションを入れたいんだけど、いまのヨット部に足りないものを考えて、アイデアを出してほしい」
「海賊としての操船という意味でいいのね」
チアキの確認にうんと頷く茉莉香。
「足りないところって…足りないとこばかりね」
そう言って肩をすくめるチアキ。それをハラマキがなだめる。
「まあまあ、足りないところを追々慣らしていくんじゃない。そのための訓練でしょ」
「だから、その時間がないんじゃない。ぶっつけ本番みたいなものよ、御分り?」
おとがいに指を立てながらサーシャが意見を述べた。
「いちばん足りないもの、それは経験です。しかし経験は一朝一夕でどうにかなるものではありません。物事に動じない沈着冷静さも的確な判断も、経験があってこそ。それこそ場数に裏打ちされたものです」
「それ言われると、私も自信ないんだけど…」
茉莉香は首をすくめた。
「でも全くの無経験じゃないよ。だいぶん梨理香さんにしごかれたし、おかげで初めてのお仕事の時を今思うと冷汗ものに思うし、無限君を援けに行ったときは茉莉香も梨理香さんも抜きだったしね」
リリィが思い返す。
「海賊のことは私も判りません。しかし物事を動かすに当たって一番大切なことはチームワークです。どんなに経験豊かでも、それを活かせる信頼や連帯が無かったら何にもなりません。それがあれば予想を超える事態にも結果は何倍にもなって帰ってきます。内戦ギリギリだったセレニティーはそれを学びました。白鳳ヨット部は、チームワークならかなりの水準にあると思います。それにチームにオデット二世を守ろうという一致した目的があります」
「そうよね、私たちディンギー位しか動かしたことが無い中で弁天丸を操船したり、武器もシールドも持ってない船で実戦の中に飛び込んで行ったり、それで何とかなったほどにチームワークは出来てるわね」
グリューエルの言葉にハラマキが同意する。
「乗りと勢いはダントツだもんね」
そうガッツポーズを取るウルスラ。アイデアにアホ毛がぴょこんと立つ。
「今回の航海は、よりチームワークを高める内容でオプション考えようよ。例えば、鬼ごっこのように鬼さんのタッチを躱す操船とか、隠れて追跡をやり過ごす隠れんぼとか」
「いいね。でも誰が鬼やんの、サイレントウィスパー?」
「サイレントウィスパーは、オデットの手駒にします。一寸したオプションのお相手は弁天丸」
「弁天丸が付き合ってくれるの? わお♡」
「今回のお仕事は弁天丸との共同でしょ、さっきも言ったようにその摺合せ。いきなり本番でさあご一緒にじゃ無理だもの。今回は弁天丸が鬼さんという事で、オデット二世を襲わせてもらうわ。それにどう対処するかは、チアキちゃんを中心にみんなで考えてね♡」
「茉莉香さんは作戦会議に参加しないんですか」
「だって、襲う側が作戦内容知っちゃったらおかしいじゃない」
「えー、部長が部の船を襲っちゃうの」
うふと笑う茉莉香。
「じゃチアキちゃん、あとお願い。フライトプラン持って弁天丸に行ってくるわ」
「解った。あと『ちゃん』じゃない」
茉莉香の退出と同時に、オデット二世の作戦会議が始まった。