髑髏星二日目。
辺境星系連合への進出を前に、最終ブリーフィングが行われた。ここから先には、全船が立ち寄って話し合いを持てる場所はない。そして新たな懸案もある。ジャッキーだ。――それともう一つ。
「その賞金首がオデットを狙っているって言うんだな?」
「しかし、チンピラな野郎なんだろ。海賊相手にちょっかい掛けて来るかねえ。今回はギルドも絡んでるんだ。この先商売できないんじゃないか?」
居並ぶ船長たちは疑いを口にするが、ケンジョーはきっぱりはね付けた。
「奴はそのギルド相手に七つ星連邦と二股掛けたり、平気に出汁に使うような野郎だ。そのくせ電子戦の手腕はウィザード級ときてる。言っとくが、弁天の電子戦担当とギルドのミューラを手玉に取るだけの技術と度量を持っている。ただのチンピラじゃない」
ミューラは露骨に嫌な顔をしたが言葉を否定しない。
向こうが通信して来ながら、ステルスを切ってデッキに現れるまで、バルバルーサも弁天丸もサイレントウィスパーも相手の姿を捉えられなかった件を聞いて、居並ぶ海賊たちは容易ならぬ相手だという事を認識した。三方向からサーチを受けて、その使い手がくじら座宮きっての電子戦担当者で、しかも一隻は最新鋭の電子戦戦闘機。そんな中で完全に決めるなんてことが出来るだろうか。
「んで、そこのお嬢さんが賞金首を追っていると」
「なんとも、めんこい戦魔女さんじゃわい」
「ブラスター・リリカに似とるのう」
大口径の銃をホルダーに下げたノエル・ブルーを見て三人の老海賊が眼尻を下げている。
「ジャッキーを追っているノエル・ブルーだ。以後お見知り置きを」
紫紺の髪を揺らしてノエルが頭を下げる。
「ジャッキーがオデットを狙っているという情報の他に、皆さんにお知らせする情報がある。辺境星系連合の意向についてだ」
「ほう、無条件降伏でも伝えに来たか?」
どっかと椅子にふんぞり返ったウィサー・スプーンが、銀匙を扱きながら言った。そんなことはあり得ないと、スプーンの柄がぐにゃりと曲がる。
「その逆だ。辺境星系は銀河帝国と和平を模索している様子がある」
自分から手を出しておいて、大規模衝突も無しでか? という雰囲気が会議場に流れた。
「その話なら、セレニティーにもあります。昨日、非公式なルートを通じて連合王国に取り持ってくれないかという申し込みがありました。相手の素性が定かでなく不確実な情報なので、こちらを攪乱する謀略の疑いがありますが」
「お嬢さんのところに、そんな話が来てるのかい。でノエルさんよ、その情報とやらの信憑性はどの位なんだい」
「確かなことは言えない。ただ辺境の動きを総合するとそんな気がする。大規模な軍事行動が、あの軍事演習とステラスレイヤー以来見られていないが、実は連合は一枚岩じゃない。はじめは銀河帝国からの自主独立を求めて連合艦隊を組んだが、各星系政府はそこまでの積もりだった。精一杯背伸びして帝国に己の存在を認めてもらおうとしたんだな。それを七つ星連邦の誰かが先走って超兵器を使ってしまった。お陰で示威行動だけだった筈のものが本当の戦争になってしまった。今更鉾が納められない、そこに君たちの海賊団が現れた。」
海賊一同が注目する中でノエルは続けた。
「ガーネットAのステラスレイヤーを破壊して見せたことで、辺境側はまず共通の敵を叩かないかと帝国に打診している。セレニティーに来た非公式なルートってのがそれだ。いったん休戦としたところで、辺境側はステラスレイヤーを封印する用意があるそうだ」
ノエルの話に、グリューエルが目を閉じて呟いた。
「あくまで封印であって、手放すとは言わないんですね。外交の順序が間違っています」
手にした強力な力を、しかも使ってしまった後に手放すことは、なかなか出来ない。意思決定をまとめられる強い権力と順える全体のコンセンサスが必要だ。第三の勢力である海賊の出現を渡りに船の積もりだろうが、外交戦術が行き当たりばったりだ。
「失礼ながら、賞金稼ぎにそんな内部事情が判るとは思えないんだが、話の出所はどこなんだい」
ミューラが眼を細めて尋ねた。
「ソースは言えない。ただ賞金稼ぎのクライアントは、帝国だけじゃなく星系政府単位、多国籍企業と多岐に渡っていてね。その内部でもそれぞれが自分の利益で動いている。そこから上がる情報の総括と思ってくれ。賞金稼ぎは請負契約の信憑性が命だ。うっかり乗せられるとこちらが賞金首になりかねない」
話の信憑性は高いという事だ。
「どうしても戦争したい人がいるんですね」
一連の話に、茉莉香がどうしようもないと溜息をついた。
「その、七つ星のステラスレイヤーを動かした者はどうなったんですか?」
「技術傭兵だったそうだが、七つ星連邦に捕まる前に逃亡して、サンビエント自治政府軍に逮捕された。サンビエントは反乱軍の仕業だといってるけれど、反乱軍も辺境星系連合の一員となっているから、帝国企業側のスパイという事にしてあるみたい」
まあ軍事企業の工作員である可能性は高い。茉莉香は今回の一連の元となり行方知れずのルヴァンシュ・ネメシスの名前が頭に浮かんだ。それと、一二〇年前のパク・リーの顔も。
「それで交渉の手土産にオデットを使う。そのためにジャッキーを雇ったという訳か」
ケンジョーが顎髭を摩りながら言った。
「いや、昨日加藤船長たちにも話したんだが、奴はその話を蹴っている。独自で手に入れて辺境星系、帝国どちら側にも高値で売りつけようという腹か、他に目的があるのか」
「お前さんの読みは」
「奴が欲しいのはオデットそのもの。紐付きになれば中のものをいじれない。奴はオデットの記憶領域にある情報と私掠船免状を狙っている。詐欺と電子戦を得手とするものにとっちゃあ垂涎ものだろう。これには辺境星系連合側も注目している。帝国第七艦隊よりもオデット一隻に脅威を感じている位だ。帝国艦隊はステラスレイヤーをぶっ放せば片が付くが、オデットはその艦隊群を一発で消して見せた。辺境星系連合は、まだ何か隠し玉を持っているんじゃないかと恐れている」
やはり効果は抜群だったわけだ。でも、戦艦だけでも数千を超える第七艦隊より大陽帆船のほうが脅威って……。と思う茉莉香。
「まあ無いって訳じゃないけど、攻撃に使えるものじゃないしなあ」
殴り込みを掛けるこの期に及んでも、オデットに武装はない。
「注目されるってのはいいことじゃないか。海賊ってのは見栄えでナンボだ。相手の機先を制することにもなる」
カチュア・ザ・レディーが見事な脚を組みながら言った。
「いいか、オデットが私たちの旗印だ。全銀河に海賊ありと知らしめてやるためにも、殲滅兵器は絶対にぶっ潰す! チンケなハイエナ野郎に出し抜かれる訳にはいかない。オデットは守り抜く!」
「旧式な太陽帆船が時代の行く末を決めるってかい? 古い考え方に囚われている銀河系にゃ似合ってるよ」
ミューラがニヤリと牙を見せて笑った。
そして、作戦が練られた。
「管制コントロールから出航の許可来ました」
「ドッキングポート、係留解きます」
船を固定していた接岸引力が消え、細身の船体が桟橋からゆっくりと浮き上がる。
「船体に異常なし!」
「構造、推進、制御系、すべて正常!」
「帆走系異常なし」
「通信系、ネットワーク繋がってます」
「ポート内進路に障害物無し」
航法・帆走、機関、通信から報告が次々と上がる。
「オデット、オールグリーン」
副部長のサーシャが状況総括する。
「オデット、出航! 微速前進!」
『これよりオデットは、辺境星系連合に向けて出港します』
海賊船各船に通信を入れるチアキ。
船長服に身を包んだチアキの下、オデットは静かに進み出した。
操舵のアイがいちばん緊張する場面だ。いくら前方が空いているにしても、エアシールド内の宇宙港の中、周囲には沢山の宇宙船や作業用ポッドが浮遊している。しかも海賊ギルドの本拠地、髑髏星の港なのだ。うっかり飛び出しているクレーンなんかに引っ掛けでもしたら、後の請求書を考えたくない。
『こちら茉莉香。弁天丸もオデットに続いて出航する』
そう言って、横でカチコチになっているアイに言葉を掛けた。
「アイちゃん、いつものようにやればいいんだから、肩の力抜いて」
「はい。普段とちょっと勝手が違うものですから」
緊張しまくりながらスティックを操作する。
「お、動き出したぞ。俺達も行くか船長」
メインモニターに映るオデットを見て、百目が船長席の方を振り向いた。
「オーケー、行きましょう。バルバルーサやキミーラも続いて出るから」
髑髏星の右眼窩から、オデット、弁天丸、バルバルーサ、キミーラ・オブ・スキュラ、グランドクロスⅡが出て来る。
錨泊宙域で待機していた海賊船たちも動き出す。
「トランスポンダー発信。船名、海賊船オデット」
「白鳳海賊団海賊船オデット、トランスポンダー出します」
チアキの命令を復唱して、リーゼがトランスポンダーの名乗りを上げ、証である私掠船免状を掲げる。これで練習帆船オデットⅡ世は、海賊船オデットとなる。
モニターのエンブレムも、白鳳女学院の校章にHKUOU PIRATESと書かれクロスボーンが掛かったものに変わっている。船体に描かれたマークもそうだ。もっとも、この『部活』が終われば、クロスボーンの×印は外される。デカールで張り付けただけのものだ。
『こちらグラントクロスⅡ、オデットの前方に就いた。このまま進路を合わせる』
オデットへの返信を終え、いまトランスポンダーを出した通信士に振り向いて言った。
「海賊の名乗りを上げることに、なんの抵抗もないようだね」
「ええ、私は海賊ですから。海賊が海賊であることに蟠りを感じることはありません。むしろ皇女である方が邪魔です」
ホオと意外そうに従姪の顔を見る。
「そりゃそちらのお姫様の影響かい?」
「私たち姉妹は、自分の皇位にそれ程こだわりを持っていません。周りがどうであれ、自分は自分ですから」
「でもその周りとやらは、簡単には切り離してはくれない。それが浮世のしがらみって奴さ、私はそれが嫌で海賊になった。もっと広い世界を見てみたいってね」
「まあ、部長と同じこと言うんですね」
クォーツの言葉にヒルデが返した。
「茉莉香が? ――そうか」
グランドクロスで、別れ際に茉莉香に言った自分の言葉を思い出していた。
「だが気を付けるんだな。お前たちの特殊な立場を、当然利用しようとする大人もいる。そんな思惑に騙されないようにしないと――」
「あら、そんな思惑をお持ちの相手なら、最大限こちらが利用するだけです。使えるものなら実家も使えです」
自分を雁字搦めにしていた聖王家を、実家も使えと言ったリーゼにクォーツは唖然とした。あの宮廷で塞ぎ込んでいた少女は何処へ行った。
「そうかい、お前はもう立派な海賊だよ。ほんとうに自由人だ」
そう呵呵と大笑いするクォーツ。
『こちらはキミーラ・オブ・スキュラ、君たちの後衛にいる』
『同じく愛の女王号よ。あなたたちのすぐ後ろにいるわ』
『こちら弁天丸、船長の加藤茉莉香です。オデットの右翼に展開中』
『バルバルーサのケンジョーだ。お嬢さん方の左に居るぜ』
頼れる歴戦の勇士たちが、姫の周りを囲むようにして飛んでいる。そしてその前方と後方には、古参の海賊船が横隊で展開している。まずは髑髏星の管制空域外だ。
「オデットを中心にした輪形陣、位置に着いた」
「前衛後衛、それぞれ二列で展開してまーす」
「ネットワークに今のところ異常なし」
「空域にも怪しい船影なし」
レーダー・センサー系それぞれから、海賊艦隊の位置と空域状況、通信状態について報告が入る。
『キミーラ及び愛の女王号のスキャンでは、いまのところ問題は出ていない』
そう各船に報告してからブリッジに檄を飛ばした。
「見落すんじゃないよ。相手は一癖も二癖もある詐欺師なんだ、まだ髑髏星の管制空域だからって油断してると痛い目見るよ!」
こんな奴らに去年後れを取ったかと思うと忌々しいが、見たところ手際はいいようだ。こちらが指示する前に情報を上げて来る。しかし所詮ひよっこだ、メトセラは何でも見通す目でクルーたちを叱咤する。
「梨理香さんと同じこと言うんだな。シゴキも若しかして一緒!? そんならアッチの方がよかったなあ……センサーも大分強化されてるみたいだし」
頭に腕組みしながらリンがぼやく。
梨理香って、あの年増女? そう思いつつ通信でのブラスター・リリカの顔を思い出した。自分よりずっと年下なのに、私の目を見て話していやがった。
「ひよっこの癖に、この船の電子戦装備が気に食わないって言うのかい? さぞや自信があるんだろうねえ。ただの虚勢なら宇宙空間にほっぽり出すよ!」
ミューラの目がすっと細くなる。
「ミューラ、子供を脅してどうするの。あなたならこんな子供の考えている事ぐらい、すぐわかるでしょ」
穏やかな表情をしたミューラそっくりの姉が妹を窘めた。
「ああ。どうサボるか、イカサマ打つか、イタズラ仕掛けるか、そんなんで一杯だよ! 先が読めない」
「まあ、天下のミューラ・グラントともあろう者が」
クスリと笑う。
「だって隠すよーなことじゃないもん」
全然悪びれた様子のないリン。しかしそんな二人のやりとりを見ていて、姉はひよっこが妹の目を見て会話していることに気付いていた。
そこにジェニー・ドリトルが、コンソールを調整しながら言った。
「リン、センサーには何もまだ出ていないわ。ネットワークにちょっかい出して来てる様子もない」
「ジェニー! あああ、そっち行きたいよ!!」
切実な視線を送るリン・ランブレッタに、あっちがいいと言った訳はコレかとミューラはため息をつく。
ヨット部員たちは、五隻の海賊船に分乗していた。
茉莉香の弁天丸にはグリューエルとアイ、チアキの乗るバルバルーサにはヤヨイとハラマキ、グランドクロスⅡ世にリーゼとヒルデ、マイラ・グラントの愛の女王号にはジェニーにサーシャ、リリィ、ファムといった面々、そしてキミーラ・オブ・スキュラには、リン、ウルスラ、ナタリア、キャサリンたちが。つまり、いまオデットはもぬけの空だ。
そこからそれぞれに指向性ネットワークを張り、オデットを遠隔操作している。弁天丸で操縦、バルバルーサで機関と火器管制、グランドクロスⅡ世で通信、愛の女王号とキミーラでレーダー・センサー系と電子戦を担当している。指向性ネットでの通信も、オデットから各船に連絡を取る通常の回線は別系統で行うという念の入れようだ。いると見せかけて罠を仕掛ける。
しかし、あのイカレポンチに通用するかは未知数だ。だからこそ、本当に乗っ取られた時を考えて無人にした。最悪、失うものは太陽帆船一隻で済む。しかし、その後の作戦行動を海賊団は大幅に変更せざる負えなくなることも事実だ。ジャッキーに当たるには背水の陣で、全力で当たらなければならない。
そこにノエルから通信が入った。
『オデット用意はいいか。相手は白鳥号を手に入れたい魔法使いだ、何だってする』
賞金稼ぎの紫紺の戦魔女は、サイレントウィスパーで状況確認をしている。もし、あのイカレポンチが逃げ出した場合、俊足を生かして追いかけるためだ。電子装備も充実している。
「オデット姫に呪いをかける魔王ロッドバルト、まあ、あのイカレポンチも凄腕魔法使いなんだが、しっくりこないよな」
「魔王なら様になるけど、パッチワーク野郎に横恋慕されるなんてどーよ」
「どっちかってゆーと、チンドン屋」
ナタリアとリリィ―のリンへの返しに、ヨット部員たちがどっと沸く。
「白鳥は魔法が解けると姫に戻るけれど、オデットが戻るのは海賊船ですしね」
そうサーシャも突っ込みを入れて苦笑している。
「まあ海賊ミューラの掌中の内で、手を出すような向こう見ずは居ないと思うけど」
そう言うマイラに、通信状態をモニターしていたリンが気付いた。
指向性相互ネットとは違う、船ごとの直通回線で連絡を取る。
『愛の女王号。サーシャ、そっちのアクティブ波で何か捉えてないか?』
『ちょっと待ってください。――ありません。この宙域には一.五メートルほどのダストも感知されてません。水素原子の分布も極めて希薄なきれいな空間です』
『いや、影じゃなくて、サーチした時のノイズだよ』
空間走査の履歴を見つつ再度確認する。
軽口を言い合いながらもやる事はしているヨット部員たち。
『ええ、ありました。凄く小さなノイズ波ですが、こちらがサーチ掛けた時に出ています。でもこれって、レーダーで出る空間放電の電磁ノイズなんじゃ…』
『いま言ったろ、ここは極めて希薄な空間だって。こちらの放ったレーダー波が何に当たって電磁波出してるんだ?』
船長席で脚を組んでるミューラも、自分のコンソールで改めてデータを見返した。
――確かに、出ている――
「奴さん、もう取り付いてるぜ。ネットワークのフレームじゃなく、船ごとのレーダー波から乗っ取る足場を図ってる。裏口から来やがった」