モーレツ銀河海賊   作:ノナノナ

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第45話

 「へええ、指向性ネットで連携ねえ。しかも輪形陣と来やがった。輪形陣の中はっと……凄んげえ走査線の嵐! 中に潜り込むのは、ちと骨だねえ。でもやってやれない事はなしと。でも今はまだやんないよお、ネットの解析がまだだかんね」

 カップ麺やレーションの空が散らばるコンソールで、キーボードに向かうパッチワークの男。頭の山高帽も着ているスーツも色取り取りの継ぎはぎだらけだ。その姿は、気障を通り越してまさにチンドン屋。

 「向こうに気付いてる様子はないっと。まあ念入りに対抗させてもらってますからねえ。

 しっかし短距離サーチをこまめにランダム変更してくるな、対抗するのも一苦労だぜ。もしかして、こっちを警戒? 俺が狙ってる事どっかから漏れた?」

 人間離れしたスピードでキーボードを叩くパッチワーク男。ランダム変更してくる電磁波、重力波、時空歪らを、まめに対応してアクティブ・ステルスを調整する。合わせて光学、熱探知のパッシブ・ステルスの方も余念がない。この船のステルスモード・プログラムなら、いままで手塩にかけて育てて来たデータから自動対応も可能なのだが、念には念を入れよだ。それに新しい更新データも手に入る。格好はチャランポランだが、やる事は細かい性格している。

 「いやあ、一筋縄じゃイカナイねえ……おっと、うっかりすると反射波パターン読まれちまう、アブナイアブナイ……」

 この男、さっきから自分のステルスを微調整しながら相手へのハッキングもこなしている。一隻でもやる事は沢山ある。刻々と変化する数種類のレーダー波に対して欺瞞を掛けそれが齟齬が生じないよう辻褄を合わせ、併せてプロテクトの固い指向性通信波に乗っ取りをかける。その工作にも、気付かれないよう慎重に足跡を消す。それを電子戦艦並みにバージョンアップしている海賊船の電子兵装を数隻同時にだ、人間業じゃない。

 ショートタイマー(短命種)は、寿命が短い分その生きる時間を濃密に使うと言われている。ひとが一つの事をこなす間に十をこなしてしまう。ショートタイマーに天才的な人物が多いと言われる所以でもある。この男、ジャッキーもそうだ。特に電子戦技術と騙しにかけては天才的なものを持っている。それと、逃げ足の速さ。持って生まれた才能もあるのだろうがそれを加速しているのがナノマシンだ。体の中に幾種類ものナノマシンを飼っていて、只でさえ早い反射神経や判断能力を加速させている。但しそれは諸刃の剣で、肉体や神経節に影響が出るし、ナノマシン同士にも反作用し合う因子があり、それを辻褄合わせるのに中和剤を使わなければならない。彼の身体は、ナノマシンと中和剤のカクテル状態で、彼自身にもどれがどう肉体に影響しているかなど判らなくなっている。でもそれが人間離れした業を可能にしている。

 さっきから乗っ取りの橋頭堡を築こうと、輪形陣を組んでいる五隻の海賊船にアタック掛けているが上手くいかない。相手の通信防壁が固いこともあるが、そんなものは一寸強引にねじ込めば何とかなる。しかしこちらが仕掛けていることもバレてしまう。今はまだ此処に居ないことにしておきたい。

 それでも何とか、狙いの本命であるオデットと四隻のあいだとの交信を摑むことに成功していた。内容は判らず、オデットからの音声のみだったが。

 「どうやら並列同時通信している。オデットと海賊船との間に時間のズレはない。話の様子からすると、ヨット部御一行様は打ち揃ってオデットを運行中、それを海賊船がサポートしてる?」

 ん? 待てよとジャッキーは思った。声に茉莉香ちゃんやミューラ、姉のマイラらしきものが混じっている。てことは海賊団の主だった人物がオデットに乗り込んでる!?

 茉莉香は解る。なんてったってヨット部の現役部長だ。しかしギルドのミューラまでとは。

 しかし、考えてみればこれから辺境星系連合の艦隊と一戦交えようっていうんだ。素人じゃ当てに出来ない。それに恐らく切り札はオデット、自ら乗り込んでサポートしたくなるのも当然だ。七つ星連邦と単結晶衝角を争った時も、オデットには歴戦の女海賊キャプテン・リリカが乗り込んでいた。

 「いやだねえ…。これから頂戴しようという船にあのメトセラさんか…。そりゃ美人ですよお、認めますって。でも、出来ればモニター越しでも会いたくないんだが――」

 どうせ御目文字するんなら茉莉香ちゃんがいいと思っていたところに、宿敵の声まで聞こえて来た。五隻とオデットとの相互ネットワークとは別のラインからのものだった。

 「げえええ、あの女まで居やがる。散々俺を追い掛け回して、こんな所にまで。ひょっとして俺っちに気がある??」

 何処をどう都合良くとればそんな考えになるのか。しかし、自分がオデットを狙っているという情報は、あの宿敵から知られていることは確実だった。

 「そうなると、あの輪形陣も辺境星系連合よか俺を警戒してのものか」

 ならばやたら固い指向性ネットも直接乗り付けに警戒した輪形陣も解る。前方からの敵に内向きな対ステルスは意味がない。辺境星系連合の斥侯にもここまで防壁を固くする必要はない。

 ――そーかあ、俺を意識してかぁ――

 と、自尊心を擽られてまんざらでもない気分のところに、いきなり電話のベルが鳴った。

 意表を突かれてジャッキーの手が一瞬だが止まる。

「誰だい誰だい、こんな時に俺を呼び出す奴は!」

 散らかった物を乱暴にかき分けて、旧式なダイヤル式電話を取り出す。何で繋がったんだろうと不審に見ると、肝心の電話が着信拒否を切ってある。

 思わず、あちゃーとなるジャッキー。気の抜けたベルの音を上げている電話を取る。

 「はいはい。お掛けになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか――」

 受話器を首に挟んで応対するが、ハッキングの手は休めない。

 『冗談はいい! いまオデットを狙っているそうだが誰からの依頼だ!? こちらの話は断ったくせに!』

 出た途端、相手はかなりご立腹の様子。

 お得意さんのひとつ、辺境の軍事企業アルキュラ社のエージェントだった。アルキュラは軍産多国籍企業体ラキオンの傘下にある。

 「ええ、断ってますよお。貴社だけでなく七つ星からのものもね。只今私めは単独行動中です」

 『クライアント無しで独断でやっているのか?』

 「さいです、はい」

 『なら話は早い。そのオデットをこちらに売ってくれ。報酬は言い値でいい!』

 言い値でとは破格だ。こちらがその気なら、最新鋭の艦隊をダースでも、何なら星系でも取引しようというのだ。

 「そりゃまた剛毅な話ですな。でもそれじゃ商売になりませんぜ。それだけの価値があの船にあるって事だ。それをいきなり相手に教えてどーするんです? 私ゃあの船の中にあるものが欲しい。それが手に入ったら船はどなたにでも払い下げしますけどね。――言い値で買い取りますか」

 電話の向こうでエージェントが言葉に詰まる。

 「紐付きでは、こちらが困るんですわ。それじゃ船の中をいじれない。まあ、あの船が海賊団からなくなれば、そちらの商売にも利益があるでしょうから、ここは黙って見ていてくれませんかねえ」

 ステラスレイヤー最大の障害が、ガーネットAで艦隊ごと消して見せたオデットだ。あの船さえ無くなれば海賊船など数にものを言わせてなんとでもなる、相手はたった二〇隻余りなのだから。第五艦隊が後れを取ったのは、そこに皇女が居たからだろう。――しかし。

 『これだけは言っておく。オデットを狙うのはいいとしよう。だが、辺境星系連合との戦闘中に乗組員だけには危害を加えるな。交戦の中で皇女に何かあれば、間違いなく全面戦争になる。我々が望んでいるのは、相互確証破壊の中での限定戦争だ』

 女子高生のヨット部員と言わず乗組員と言っている。しかもその後に商売できるように限定戦争だとの注文。そして、ちょろりと本音が出た。

 『――まあ、辺境領域に辿り着く前なら、言い訳もつくが』

 「はいはい。こちとりゃ無益な殺生はしない主義なんで、ご安心ください。――んじゃ、取り込み中だもんで!」

 そう言うと一方的に通話を切る。そしてこの手の電話が掛かってこないよう着信拒否のスイッチを入れた。

 だがそれは、オデットの方にも知られていた。念入りに空域をサーチしていたから気付けたのだ。

 『本船の後方に超高速通信波を検知』

 レーダー・センサー席のリリィが、僅かに捉えた超高速通信によるエネルギー・ノイズを発見していた。一瞬現れて消えたが、ログに残っている。

 『位置取れてます。かなり離れています。しかも小さい、推定一,五メートル』

 「ステルス掛けてるんじゃない? この距離だとキミーラの主砲でも射程外だわ」

 チアキがバルバルーサで同調した機影を見て言う。しかしケンジョーが娘の顔を見ずに呟いた。

 「あれがルナライオンだと思うか? 俺だったら、外部との通信にそのまま直接って事はしねえな。大きさは、恐らく実測値だ」

 「中継プローブ! じゃあ乗っ取りの――」

 「アンテナにもなってるわな」

 『茉莉香。居場所は不明だが、ハッキング用のプローブ発見! 前の経験から見て、アイツはもう輪形陣の近傍まで来てると思った方がいい。』

 『こちらも確認してる。いよいよ戦闘開始ね』

 チアキからの言葉に茉莉香も同意する。タイミングは、いつハッキングを諦めて直接乗り込んでくるかだ。それには相当あの魔法使いとお相手しなければならない。早々に船が空っぽだと判ると罠だと警戒される(実際罠なんだが)。操作系を乗っ取られないよう頑張って、それでも部員の安全を考えて予め無人航行していたよう(事実そうなんだが)装わなければならない。

 『こちらオデット。正体不明から電子攻撃を受けている恐れあり。これよりオデットは無線封鎖し帆船航行します。そちらからの声は聞こえていますので安心してください』

 そう僚船に連絡したのち、オデットからの通信は途絶えた。

 輪形陣に動きが出る。

 状況の変化に、ジャッキーは唸った。

 「ほお、オデットの通信波が消えた。無線封鎖?ここで? あ、マストを展帆してる。こりゃ気付かれたか」

 太陽帆を拡げているオデットを見て、さっきの電話のせいだ、とジャッキーは舌打ちした。

 「あん時、電話のベルで手が止まった。一瞬だったが聞き耳立ててる相手にゃ十分な時間だ。あの野郎、こっちが神経使ってる時に掛けてきやがって!」

 そう毒づくジャッキーだったが、電話の主だってこっちが取り込み中だと解っていた訳じゃない。それよりも自分の甘さに毒づいたのだ。――奴ら、俺が取り付いてる事に気付いていた、だから対応している。あちらに戦魔女がいる時点で解っていた事なんだが、どこかに緩みがあったのだろう。

 しかし、こちらの居場所までは捉えられていない。もし判っていたら、輪形陣の海賊船から十字砲火が飛んでくるはずだからだ。特にミューラは躊躇いなく撃って来るだろう。

 「オデットの通信は無くても海賊船からの通信量は変わらずか。おーお心配なんだねえ。お父さんお母さんたちは雛鳥から目が離せないんだねえ。随分と甘やかされていること」

 輪形陣の通信状況を見てジャッキーは笑った。

 「だいたいのネットの状況は把握した。では、乗っ取らせていきますよぉー」

 ポキポキと指を鳴らして、モーレツな勢いでコマンドを打ち始めた。

 「レーダー波から、通信フレームには取り付いたっと。いえ、そちらにイタズラはしませんからご安心を。ちょっとお借りするだけですから。――さて、通信波に荷物を運んで頂いて…」

 ジャッキーが狙うのはオデットのシステム・コントロール。オデットを囲んでいる海賊船も乗っ取れれば言う事ないんだが、流石にジャッキーでも電子戦艦並みに対抗している船五隻を同時並行で乗っ取るのは無理だ。自分を警戒している五隻には目暗ましをかましてオデットの制御を頂き人質に取る。

 レーダー波は六隻からバンバン来ている。これがルナライオンの足掛かりになる。通信波は五隻同士には相互交信があるが、無線封鎖中のオデットとは一方通行のみ。これが乗っ取りのメインフレームになる。

 「無線封鎖すれば安心って事はないんだよ。向こうから声掛けられていれば、そこから乗り込むって方法もあるんだ。しかも自分からは応答しないから、電波にウイルス乗せられている事を発信元は気付きにくい。むしろやり易くなってるくらいだ」

 受け手のヨット部員たちは気付けるか。そしていつ気付くか。気付いた頃には、あらかた仕込みは済んでいる筈だ。

 オデットは太陽帆船だ。人力で動かしている推進システムを乗っ取ることは出来ない。しかし他の制御系統はメインコンピューターで動いているから、システムを乗っ取れればいじり放題だ。狙い目は船内環境システム、生命維持装置を手に入れれば、相手の生殺与奪権を手に入れられる。いくら航行が自由でも、中の空気をいきなり抜かれたらお手上げだ。ホールドアップさせてオデットに乗り込み記憶ユニットを頂く。仕事が終われば、後はご自由に航海の続きをして頂くという寸法だ。

 

 「オデットのコントロール・システムに進入の痕跡あり。レーダー・センサー系です」

 「航法ユニットにも入り込んで来ようとしています!」

 「あ、環境にも潜り込んでる」

 それぞれの部署から報告が上がる。

 「流石、仕事が早いわね。これだけ固いネットワーク防壁にちょっかい出して来た」

 チアキが目を丸くする。

 「それじゃあ皆さん、適当にしっかり対抗してください。リン先輩、電子戦お願いします。――それとクーリエ、こっちの守りも宜しく。海賊船の方が乗っ取られたら終わりなんだから!」

 適当にしっかりって、どういう意味なのと、チアキは思わないでもない。

 「あいよ!」

「船長、誰に言ってるんですか。まあオデットが遠隔操作されてるって、いつアイツが気付くかですが、矛先をこっちに切り替えてきたら、そん時がアイツの最期です。ギッタンギッタンのこてんぱんにしてやるんだから!」

 茉莉香の言葉に、リンとクーリエが嬉々として目を輝かせている。二人は連携して電子戦を担当している。リンはオデットのフレームを使ってジャッキーの電子攻撃に対抗、そしてクーリエはリンの対抗に乗せてウイルスを仕掛ける。

「電子攻撃するってことは、相手と交信してるって事だからね。逆乗っ取りも可能!」

 あれ?おかしいぞ??と気付いて、お相手し出したフリを始めるリン。

 オデットから出ているレーダー波に妙なノイズが出ている。

 向っている先はルナライオンと中継しているプローブだ。

 「おう、もう気付いたか。お嬢さんたち腕を上げたな。まあこの俺様が仕込んだようなものだからな。」

 去年の顛末を思い出しながら、うんうんと勝手に頷いているジャッキー。

 「でも、そっちにゃ居ないよお。それに遅いぜ。そちらのコントロールはあらかた奪わせてもらってる。まあダミー領域って線もあるが、その用心のために各ユニットごと別々にお仕事させてもらった。ダミーならそれぞれの反応が平易になるからな。その様子は無しと」

 隔離領域のダミーは所詮コピーだ。反応は予め組まれたプログラムで返される。レーダーや船の環境など刻々と変化する状況に対応した動きは、リアルタイムでの対応と比べて変化の乏しいものになる。その差でダミーかそうでないかをジャッキーは見抜いている。モニターしている計器の反応を見る限り、そのような薄っぺらさはない。もっともこれは、ジャッキーだから気付ける範囲の差なのだが。

 

 キィーンというハウリングの音とともに、ブリッジのスピーカーから声が流れ出した。

 『あーあー、マイテスマイテス。聞こえますか? 皆さんのお友達、ジャッキーでぇす』

 二度と聞きたくないイカレポンチの声だ。画像はない。

 「あんの野郎、通信領域乗っ取りやがった!」

 いきなりの甲高いノイズに、ヘッドホンをかなぐり捨てたリンが耳を押さえながら叫んだ。

 「えええ、もう?」

 「早過ぎ! 隔離領域には――足跡すらない!」

 「いつやったの…」

 クルー達が計器を見直しながら驚いている。

 「乙女の乗る船に、いきなり後ろから伸し掛かって来るなんて。」

 そう言って呆れ顔のジェニーに、グリューエルはポッと顔を赤らめて口元を押さえた。

 「ま。お下品」

 調子のよい軽薄な口調でジャッキーは言った。

 『茉莉香ちゃん、元気ぃ? そちらのコントロールは頂いちゃったよん。下手な抵抗は、無駄無駄無駄無駄。』

 「だあれが、ちゃんかあああ――」

 ダンとコンソールを叩いて怒鳴った茉莉香に、チアキがまなじりを上げる。

 コホンと咳払いを一つして、ジャッキーは続けた。

 『いま貴船のコントロールは、我がルナライオンの掌中にある。オデットに告ぐ、無条件降伏せよ。そちらの移動の安全は保障する。』

 それを聞いて、クルー達は船のコントロールを確認し、一様に首を振った。操舵を除いて計器上では全部持って行かれていた。通信は後方から来ているが、それはプローブからのものだ。ルナライオンの場所は掴めない。

 『ああ、一部訂正。航行系は無理だが、生命維持、通信、電子系はこちらの掌中にある。この意味わかるよね。だから無駄な抵抗は止めて、大人しくオデットを明け渡しなさい。』

 それを聞いてグリューエルが尋ねた。

 「まあ、移動の安全を保障するなんて。船を乗っ盗いておいて、私たちを人質に取らないんですか?」

 船を乗っ取られているというのに、平然とした可愛らしい声。

 「悪者らしく、私達を人身売買の闇ブローカーに売ったりしないんですか」

 それに対するジャッキーの返事は意外なものだった。

 『とんでもない。誰も買い手がつかねーよ』

 「あらま、私達そんなに魅力ないですか。お姫様や海賊や大企業の令嬢など、結構商品価値は高いと思いますけれど」

 『その逆だ。自分たちがそんな一般的な商品で収まると思ってんの? まずアンタ。お姫様なんぞ売買したら星間戦争になるわ。買った方は、セレニティーなら帝国も乗り出して来るから星系レベルで滅ぼされる、聖王家の皇女様だと文明圏ごと消滅だ。ヒュー&ドリトルの御令嬢だって、本人がいくら本家と険悪だと言っても、手ぇ出したらこの先、銀河系内で一切の取引が出来なくなる。他のヨット部員たちも似たよーなもんだ。恐ろしすぎて商売出来ない』

 そして一区切りして付け加えた。

 『それに茉莉香だ。海賊売ったとなりゃ、闇のシンジゲートそのものが闇からはじき出されるよ』

 「こちらオデット、部長の加藤茉莉香です。船長のチアキちゃんやヨット部員たちとも相談したんですが、このまま何もせずに船を明け渡すことなんて出来ません。船と運命を共にする、なんて考えはありませんが、航行系はまだこちらにあります。それに、海賊船だって周りに居ます。」

 『解ってんの? 生命維持だよ、生殺与奪権はこちらにあるんだよ、いきなり酸素の供給を止めたり温度を宇宙空間と同じにすることだって出来るんだよ。そこん所理解してる?』

 「酸素がなくったって、船外活動は出来ます」

 『あー宇宙服ね。まあそらそうだろーけど、いつまでもつの? そっちのお仲間さんにはこちらが見えていないんだろ、攻撃しようがなけりゃ、事態はオデット側のじり貧でしょーが! お仲間さんが右往左往しているあいだに、こっちは乗り込んじゃうよお』

 「来るなら来いです。と、言いたい所なんだけど、アナタの顔は金輪際見たくないから、乗り込んで来なくていいです」

 『つれないねえ……茉莉香ちゃん』

 茉莉香の返事に肩を落とすジャッキー。

 「だから、ちゃんって言うな! ところで、ペテン師さん。あなたは本当にオデットを乗っ取っていますか?」

 『は?』

 ルナライオンの計器は、オデットをコントロールしていることを示している。ダミーでないことは確認済みだ。しかし念のため、レーダー系を操作してみる。

 『え? 反応なし?』

 走査波を変えたりスイッチを入れたり消したりするが、何の手応えもない。他のシステムもかまってみるが、うんともすんとも言わない。

 「残念でした。フレームを切り替えさせてもらいました」

 あれだけ微細でリアルタイムな感応値がダミーだって!?

 どんなプログラム組んだんだとジャッキーは舌を巻いたが、たとえダミーでも力押しすれば片がつく。相手は戦艦並みの大容量でも旧式なシステムなのだから。

 一気にこちらの出力を上げる。

 向こうも対抗してくるだろうが、処理速度はこちらの方が早い。対抗に手間取るうちに向こうの隔離領域はオーバーフローをきたす。そしてメインフレームに乗っ取りコマンドが侵食し溢れ出すはずだ。

 ――だが。

 『え、え???』

 どれだけ出力を上げても、乗っ取りを掛けている時の手応えがない。向こうが電源切っている肩透かしじゃない。こちらの出力が、砂に水を掛けたように吸われていくのだ。

 ――いったい、どれだけの容量なんだ!?――

 そう思ったが、事態はそれだけじゃ無かった。自分はダミーを躱すために各システムごとに乗っ取りを掛けていた筈だ。そしてそれぞれに負荷を掛けて力押ししている筈だ。対抗が敵わないようコマンドを変えながらだ。それなのに、なんの抵抗も無く消えて行ってしまう。これは、あの船一隻で賄え切れる処理じゃない。

 『そうかネットか! 各システムのフレームを船ごとに分散させて、ダミーを組みやがったな!』

 「正解です。花丸をあげましょう、パチパチパチ。いまあなたは五隻の海賊船の隔離領域を相手にしている訳でーす。いくらルナライオンでも役不足でしょ♡」

 そう言ってパチリとウィンクする茉莉香だったが、ミーサから訂正が入る。

 「それを言うなら力不足よ。慣用句は正しくね」

 それなら――

 と、ジャッキーは生命維持管理のシステムを受け持っているラインをサーチした。

 ラインはオデットを介して弁天丸に伸びている。おあつらえ向きに通信もだ。乗っ取りの窓口は大抵レーダー波か通信からだからだ。その船のフレームを乗っ取れば――

 

 「来ました! 弁天丸にハッキングです!」

 通信状況をモニターしていたグリューエルからの声に、クーリエの瓶底メガネが光る。

 「はい、ぽちっとな。」

 パンパカパ~ン。

 派手なファンファーレがクーリエのモニター画面に流れて、今週のビックリドッキリ・メカ…もとい、追跡型ウイルスが仕事を開始する。

 「中継プローブ乗っ取り終了!」

 「プローブからルナライオンへの通信ライン確保。直結です」

 「ラインは超光速通信を使っている模様」

 「よし、それならタイムロス無しだ! いっけえええ!!!」

 クルー達からのサポートを背に、リンが力いっぱいキーボードを叩く。それを横から見ているミューラだったが、何をしようとしているのかは判るが、一体何がどうなっているかまでは掴み切れないようだった。ただ、この女子高生たちの手際の良さには感心していた。

 みるみるルナライオンのコントロール系を蚕食していく。

 立場は逆転した。いくら隔離領域での応対でも、電子戦艦クラス五つからの圧力にルナライオンの電子脳では処理しきれない。

 『あ、』

 『え、』

 『い、』

 『お、』

 『う――』

 自分の船のコントロール表示が次々と赤く塗り替えられていくのを見て、ジャッキーは妙な悲鳴を上げていた。

 『こんのお――、六対一ではフェアじゃないでしょーが!』

 「六対一なのは始めっから判っていて、チョッカイだしてきたんでしょーが」

 ジャッキーの苦情に茉莉香も負けていない。

 『うおおおおおん~』

 泣き声まで漏らすジャッキー。

 『みんなで、こんなにか弱いショートタイマーをいたぶって……、茉莉香ちゅわああん』

 どうやら向こうは、打つ手がない様子だった。何となく、タコ殴りに合っているジャッキーが気の毒になってしまう…。

 「茉莉香さん、駄目ですよ。あんな人が泣くわけありません」

 そんな茉莉香に耳打ちするグリューエル。周りを見ると、ミーサも百目も、アイちゃんまでも白けた顔をしている。ちょっとでも気持ちが揺れた自分に、思わず顔が火照る茉莉香。

 『おんおんおん…んんん、んふふ、ふふふふぁはははは!』

 嗚咽が、何故か笑い声に変わる。

 『え、え、茉莉香ちゃん。いまチョッピリ俺の事心配してくれた? はい大丈夫ですよお。ジャッキーさんはそれ位では参りましぇん』

 声の調子まで変わっているジャッキーに、チアキはリンに連絡した。

 「先輩、通信ラインをもう一度確認してください。それ本当にルナライオンから出てますか?」

 「いま確認してる! 見掛けはルナライオンのメインフレームなんだが……いや、プローブからの超光速通信波は空域に伸びてない、いったん別に経由してる。これは――、髑髏星だ!」

 「髑髏星だと!?」

 それを聞いたミューラが、思わず椅子から立ち上がった。

 ジャッキーは、いま乗っ取りを仕掛けているルナライオンのメインフレームを髑髏星に設置していた。

 別の場所のコンピューターを介してダミーヘッドで乗っ取りを仕掛ける手口は、以前たう星の中継ステーションで見せたものと同じものだ。これではルナライオンに逆乗っ取りは掛けられない、ラインを自由に切り替えられるからだ。ただ場所が問題だった。いくら自由港と言っても、髑髏星は海賊ギルドの本拠地であるからだ。ギルドからも賞金首付けられているジャッキーにとって立ち寄れる場所じゃない。

 「ジャッキーは、以前ミューラさんと取引があったんですよね」

 リンがミューラの方を振り返って確かめた。

 「ああオデットの単結晶衝角の時にな。それ以来、奴とは手切れだ」

 憮然と答えるミューラ。

 「手切れとなる前は自由に立ち入れたわけだ。当然、上陸もしてますよね?」

 「と、思う。いちいち寄港者の履歴なんざ照会してないよ」

 「じゃあ、その時に仕込みをしていた可能性がある訳だ。あいつはイカサマ師で詐欺師なんだ。いざという時の保険ぐらい掛けてる。私ならそうする」

 真っ直ぐに目をミューラに向けるリン。そこに愛の女王号から声がした。

 「まあまあ、戸締りはちゃんとしておくようにって、いつも言ってたじゃない」

 「ホント、ザルよね。髑髏星の中のセキュリティー。メインコンピューターの演算領域を、あらかた蚕食されてるじゃない」

 「ミューラは戦略や戦闘は得意なんだけど、電子戦は昔から駄目駄目ね」

 髑髏星のハッキング状況をモニターしたマイラとジェニーだ。情報戦を得意としている愛の女王号は、サーバーを髑髏星に置いている。従ってメインコンピューターの状態は常に確認できるよう専用の回線を敷いている。しかし、サーバーの防壁は別にしていて、相互乗り入れは出来ないよう設定していた。これはマイラに髑髏星のセキュリティーが、いまひとつ信用できないからだった。

 「うるさい! 同じ騙しでも、ちまちましたことが大嫌いなんだよ。物事は臨機応変に、大胆かつ繊細にってのが私の身上だ!」

 なまじ人の考えが読めてしまうからだろう。その場で相手の裏をかくことは得意だが、事前に罠を仕掛けて待つタイプじゃない。そこのところは長命種として変わっている。一方、念入りに仕込みを掛けてから仕事に掛かるジャッキーは、短命種では変わり種だ。そこを突かれた。

 忌々し気なミューラに、突然リンが叫んだ。

 「やばい。ミューラさん、髑髏星のメインコンピューター落とせますか。このままじゃ、戦艦六隻分からの負荷が掛かって、髑髏星がショートしちまう!」

 そうなのだ。電子攻撃は続行中なのだ。いくら要塞とはいっても、電子系統を大幅に増強した海賊船六隻からのアタックを受けている最中だ。処理能力は格段に落ちているだろう。このままいけば間違いなく電子脳はバグに塗り潰されてしまう。しかしこちらの電子攻撃の手を緩めるわけにはいかない。いったん手を付けた以上、攻撃を止めたらそのラインからジャッキーは対抗策を付けて乗っ取りを仕掛けて来る。そうなったらこちらが乗っ取られてしまう。そしてミューラの答えは非情なものだった。

 「無理だ。建て増しだらけと言っても要塞だ。そのメインコンピューターを切るとなると、バックアップや手順やらで、簡易的でも三〇分は掛かる」

 作業しているうちに髑髏星はダウンするだろう。ジャッキーは髑髏星を人質に取って来た。ハッキングを止めて乗っ取られるか、髑髏星を使い物にならなくするか、大人しくオデットを渡すかだ。

 「〇,五秒でいいんだ。一瞬でもラインが消えれば、サブルーチンが働いて、ルナライオンの居場所が掴めるんだが…」

 そこにグランドクロスⅡから声が掛かった。リーゼだ。

 「出来ます! 私掠船免状です。弁天丸へのハッキングをオデットが攻撃を受けてると認識出来れば、私掠船免状は髑髏星を敵と見做します。それで発効時間を設定すれば――」

 「〇,五秒間だけブラックアウトできる!」

 「ブラックアウトじゃなく、正確には休眠です。すべての機能を明け渡してもらって、口と耳を閉じてもらいます。上位者の書き換えが行われますから、バグも消えると思います」

 「おいおい外部に繋がっている通信を全部止めるというのか!? 髑髏星には民間企業だっているんだぞ。その時に行われていた取引がパーになる!」

 リーゼの言葉にミューラが嚙みついた。髑髏星の当主とすれば、利用している顧客への信用が気になる。

「髑髏星が停電になっても同じことです。むしろ物理的実害の方が多いのでは? ネット取引の損害は、事態を引き起こしたジャッキーに請求したらどうですか」

 ミューラを丸め込んでしまうリーゼ。何だか口調もあの第七皇女と似て来ている。

 「それで行こう! クーリエ、先輩、お願いします。」

 ミューラが是非を言う前に、茉莉香は事を進めてしまう。

 『こちら弁天丸です。髑髏星の電波が止まると同時にルナライオンの位置がわかります。座標が届き次第、そこに向かって攻撃をお願いします』

 「バルバルーサ、ケンジョーだ。射撃管制はお前んとこの玉葱お嬢さんが受け持ってる。――えらく張り切ってるが、任して大丈夫なのか?」

 「弁天丸でレーザー撃った時の快感が忘れられないんだって…」

 黒髭船長にチアキが付け足した。玉葱というのはハラマキだ。バルバルーサが輪形陣の射撃管制指示を受け持っている。

 「まあ、大丈夫とは思いますけど……」

 何でも、夏祭りに夜市で特訓していたと、幼馴染のマミが言っていた。

 「設定終了。総裁、お願いします」

 クーリエの言葉に、リーゼが頷いてコマンドを打つ。

 

 一瞬、満艦飾だった髑髏星の明かりが消えた。

 「ん?」

 ほんの一瞬だったから、ジャッキーは錯覚だと感じた。しかし、その次にモーレツな攻撃を受けることになる。

 

 「位置判明! オデットの上方約三万キロ、座標は0022、0035 0078」

 「近い!」

 「まるっきり輪形陣圏内じゃないか!」

 砲撃戦にはあるまじき至近距離である。ジャッキーは濃密な走査線の中に入り込んでいた。それでも尻尾すら掴ませていなかった。

「座標頂きました。射撃管制波とともに斉射で行きます。――落ちろ、蚊トンボ!」

 ハラマキが射撃スイッチを押す。戦艦クラスの四連装主砲からエネルギー波がぶっ放される。

 バルバルーサの第一射に続いて、輪形陣から一斉にエネルギー波が放たれた。十字砲火どころでない複数からの交叉攻撃だ。

 宇宙空間に拡散していくビームの他に、幾つかがパッパッと当たり、何も無かった空間に不格好な船の影が浮かぶ。

 最初に当てたのは、ハラマキが撃ったバルバルーサからのものだった。

 『うあ、うあ、うあ』

 インカムから慌てたようなジャッキーの声。

 『おい、危ないじゃないか。同士討ちが出たらどーすんだい!』

 これだけの近距離だと、下手をしたら見方を撃ってしまいかねない。いくら相手が軸線から上方に居るといっても、ほとんど仰角が取れないからだ。それでも、オデットにさえ当たらなければいいと、容赦なく撃って来る。

 「ご心配なく。味方を慮って躊躇うような海賊はいません」

 『茉莉香ちゃん、ほんと情け容赦ないね。てか、何でルナライオンが判った?』

 「そちらの負荷数値を確かめて見てください。目の玉飛び出るくらいハネ上がっていると思いますよ。――ほら、ステルスにも影響が出てる」

 命中弾があるたびにシールドが揺らんで、当たった箇所の影が出ていたルナライオンだったが、全体がぼんやりと姿を見せつつあった。

 『えええ? 通信波が直接こっちに来てる!? やべえ!!!』

 髑髏星のラインがいつの間にか切れている。髑髏星が請け負ってくれていた圧力が、そのままルナライオンに――。

 海賊船団の後方で小さな爆発が起こった。それとともに乗っ取りを掛けていた通信ラインが切れる。ぼんやり現れかけていたルナライオンの機影も掻き消えた。ジャッキーがプローブを爆破したのだ。

 「ライン、切れました」

 「相手からの電子攻撃、止んでいます」

 「でも逃がさないよ! もう位置は当たるたんびに知れるんだから!」

 五隻の海賊船は、砲撃の手を緩めない。少しづつ射線を調整しながら虚空に向けて撃って来る。幾つかが当たり、その度にパッパッと、ルナライオンの影が浮かぶ。

 「大分当たっている筈なんだが、まだ有効弾が出ないのか? なんてシールド張ってやがるんだ!」

 タコ殴り状態のルナライオンを見てケンジョーは唸った。

 こちらの射撃管制を妨害しているのだだろうが、これだけの至近距離だ。標的が小さくて当たりにくいこともあるが、生じる誤差はあまり期待できない。それに実際当たっている。並のシールドならとっくに砕けている。

 雑音に混じりながら、ジャッキーから通信が入った。

 『今回は、この位で見逃してやる。覚えていろ~』

 通信に指定は無く、六隻全部にだった。

 『それと、もう一つ。改めて言わせてもらおう。こんの、卑怯者めえ!』

 それ切りルナライオンから声は無く、機影も消えた。

 「逃げ足早―」

 「覚えていろなんて、なんて古典的な子悪党の捨て台詞でしょう」

 呆れたようにヨット部員たちは言った。

 『こちらサイレントウィスパー。逃げられた、影が追えない。かなり手傷を追っている筈なんだが、完全に姿を隠している。近くに超光速跳躍した形跡もないから、まだこの周辺に居ると思うんだが…』

 口惜しそうな、ノエルの声。

 「ここはまだ髑髏例の管制空域だから、どこぞの船の跳躍に紛れて高跳びするだろうよ」

 苦々しくミューラが吐き捨てる。そうなると、もう後は追えない。

 「なあ、最後のジャッキーの通信なんだが」

 腑に落ちない顔をして、コンソールに向かったままリンが呟いた。

 「これ、通信からじゃないんだ。六隻同時に聞こえてきただろ、オデットはネットを通じてだろうが、五隻は射撃管制波のラインを使ってる」

 「それ、どういう意味?」

 茉莉香が尋ねると、電子戦席のクーリエが言った。

 「つまり、クラッキングによるものって訳。しっかり射撃管制から乗っ取りかましていやがったわアイツ!」

 

 敗退したジャッキーは、遁走中ながら目は嬉々としていた。

 所々船体にアラートが出ている。

 「大分喰らったからな、でも航行に支障は無しと。正直、改装を受けてなかったら危ないとこだった」

 ダメージを確認しつつ、ジャッキーはほっとして山高帽を脱いだ。

 赤毛をくしゃくしゃと掻きながら独り言ちる。

 「こりゃあ罠だっか。この俺を撃退しようってんじゃなく、捕まえようってか?」

 相手の力量は認めよう。俺を待ち受けていて引っ掻き回すなんざ女子高生にしては大したものだ。だが所詮そのレベルでの話だ、捕まえることなんて出来っこない。撃退するのが精一杯のはずだ。しかし、ここで撃退出来ても、第二第三ラウンドが待っている。

 それにあの私掠船免状だ。要塞レベルでも通用する。しかも時間指定まで出来ると来ている。

 「敵に不足無しってか。精々、楽しませてくれよお!」

 そう言って舌なめずりするジャッキーだった。

 

 

 

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