「海賊船団、目的空域に出ました」
「現在位置確認。銀系〇三度四六分五四秒、銀緯一二度二四分三〇秒、辺境星系連合領内七つ星共和連邦の恒星間宙域です」
航法士のリリィとファムが、数字を読み上げながら現在位置を銀河系宇宙図にプロットした。
「時間軸プラスマイナス・ゼロです」
「動力系、船体構造に異常なし」
あわせてサーシャ、ヤヨイからも素早く報告される。
普段超光速跳躍する距離を、初めてワープで移動したのだ。船は問題なく跳躍している。
「周囲に船影はありません。半径一〇〇万キロ圏内に観測用ブイと思われる小物体が二つ」
「哨戒ポッドか」
「時空移動と同時に位相ステルスを掛けましたから、まだ発見されていないと思います」
レーダー・センサー担当のウルスラとナタリアより、この宙域の状況報告があった。
ここはもう敵地である。
プレドライブ現象を伴わない時空移動は、空間出現の際に派手な重力波やエネルギー拡散を撒き散らさない。そのため敵に探知されにくいが、通常航行すればエネルギー波は出る。海賊たちが越境してきたと知れるのは時間の問題だろう。
「以前、ミューラさんとお相手した空域ですね。予定通りです」
宇宙図に浮かび上がる赤い輝点を見ながら、茉莉香が話しかけた。
「ああ、帝国領との国境地帯だ。この宙域の状態はデータに入っているしな。初めてのワープには、前もって知っている空間がいい」
「でもワープって妙な感じです。超光速跳躍なら亜空間の中を飛んでるって実感できるんですけど、なんだかページをめくるように目の前が入れ替わるっていうか」
「実際入れ替わってるんだよ。船が占めている時空を跳ぶ先の時空と入れ替えるのがワープだ。だから質量保存の法則もエントロピーも同時間軸では変化しない。――私も初めてだがな」
この先は辺境星系連合、七つ星共和連邦にとって絶対防衛線だ。敵艦隊が展開し、その向こうにステラスレイヤーがいる。
いよいよ殴り込みである。向こうは、特に七つ星共和連邦の艦隊は必死になってステラスレイヤーを守りにかかるだろう。この超兵器は銀河帝国への切り札であると同時に、星系連合をまとめる恫喝の手段でもあるからだ。
『どうする? 一緒に来て欲しいなら、何処へでもついて行くぜ』
『多勢に無勢だからな。しかも皇女様の御威光は、向こうには通じない』
『戦力は分散させるより集中運用が戦術の基本だ。特に戦力に劣る場合はそうだ』
迦陵頻伽、デスシャドウ、ビラコーチャから言ってきた。髑髏星での打ち合わせでは、船団を二つに分けて一方が攪乱に回り、オデット、弁天丸、バルバルーサ、グランドクロスⅡ、キミーラ・オブ・スキュラ、愛の女王号がステラスレイヤーの破壊に向かう予定だった。
しかしステラスレイヤーは七つ星共和連邦の主星系にある。もっとも防衛も厚い。そこにジャッキーという不確定要素が加わって来た。
「いえ、このまま予定通りいきます。一撃離脱です。向こうの防衛艦隊が集結する前に、やる事やって、あとは尻尾巻いて逃げるっ」
『尻尾巻いてってか? それはいいが、敵も時空跳躍出来ることを忘れなさんな。遁走する前に圧し掛かられるぞ。まあ、こっちもなんだが』
「忠告ありがとうございます」
海賊船からの通信に、リーゼから内線が入った。
ネットワークで結ばれた六隻の間の交信は内線扱いなのだ。いまはオデットを遠隔操作していることもあるが、各々の射撃管制やレーダー・センサー系を共有し合い六隻が一つの船となっている。
「皆さんも、どうか無理はなさらないで下さい。勝つことが勝利条件では無いのですから」
その言葉に、茉莉香もチアキもおやと思った。弁天丸との模擬戦のとき、勝たなければ終わりだと言っていた頃と随分な変わりようだ。
『そうともさ。負ける戦はしないのが海賊、それは相手に勝つって事じゃねえ。逃げ道を作って差し上げるのが今回のお仕事だ。それには、そっちの成否如何に掛かっている。精々気張んな、こっちは存分に引っ掻き回してやるからよ!』
ウィサースプーンが、カールした髭をぴょんと立ててウィンクしてくる。
『嬢ちゃん達も気ぃつけてな』
『本当は、儂ら大人たちがケリを着けとく話じゃったんだがな』
『一二〇年分の落し前じゃ、いや二〇〇年分、かな』
惚けているのかいないのか、よく判らない爺さんたちからも話が入る。
それを聞いていて、ジェニーは、アテナ教授の例題を思い出していた。未来における情報伝達が現代に責任が負えるのかという現実的課題だ。未来から過去への情報伝達があった場合、それを意思決定するのは当事者である時代人の選択に拠る。スズカたちの選択は未来に責任を負った、だから私たちはいまここに居る。一方で、私たちの時間跳躍は、超次元宇宙論の基となってしまった。そして時空跳躍やステラスレイヤーが生まれている。これは未来における過去への情報伝達の結果だ。それが現代に責任を負えるのか、過去の海賊達の選択に対してもそうだ。いま私たちはその落し前を着けようとしている。
「茉莉香、私たちはこのまま輪形陣ネットで跳ぶのか? だいぶん機動が制限されるが」
クォーツが陣形について訊ねて来た。確かに単艦ごとの方が動きやすい。
少し考えて茉莉香は言った。
「いえ、このままで行きましょう。まだジャッキーの事が気になりますし、こちらが動き回らなければならなくなったら、それで負けです」
「そうだな、各個撃破で終いだな。こっちはステラスレイヤーを防げないしオデットには武装がない。だが跳んだ先は恐らく機雷原だ。輪形陣では避ける範囲が広域になる。身動き取れないぞ」
時空跳躍は、簡単に言うと跳んだ先の空間を入れ替えて跳ぶ。最初の跳躍で機雷に当たる心配はないが、その後の機動は困難となる。
「宙域を確認しつつ、短ジャンプで行きます。そこで一気にステラスレイヤーに肉薄です。重力制御でクォーツさんが見せてくれた手ですよ」
「重力制御は単艦でのゲリラ攻撃が有効なんだが、それを艦隊でやるってか。折角出来たセオリーをまたひっくり返すか、茉莉香は」
そう言ってクォーツは面白そうに笑った。
「それならば、ここに置き土産を残して言ったらいかがでしょう」
「置き土産って?」
クォーツとリーゼの隣りからヒルデが提案した。
「ここに重力子爆弾を仕掛けて置けば、向こうの機雷原がこの宙域に出現したときに爆発と重力波が起きて、プレドライブ現象に見えませんか? さっきの観測ブイがそう錯覚して誤った情報を送るのではないかと」
「思いっきり時空跳躍の範囲を拡げれば、それだけ機雷原の掃海にもなるし、船団が跳躍してきたように見える」
「超光速跳躍で敵地に入る時は、まず跳躍先の宙域を掃除してから突入する。爆発は掃海作業と判断されるし、重力波はプレドライブにつきものだ。見間違える可能性は高い」
「それいい! みんなの攪乱もやり易くなる」
ヒルデの思い付きに皆が賛同した。敵に集中運用を許さず分散させる。やはりセレニティーの姉妹、侮りがたし。
「恐らく機雷は留置型じゃなく、艦船に寄って来る魚雷タイプだと思うから、他の海賊船にも重力子爆弾撒いて行ってもらったらー」
クーリエが揚げゲソをくちゅくちゅさせながら付け加えた。
『みなさん、お聞きの通りです。こちらの戦力が一〇倍くらいみ見えるよう、盛大にお土産置いて行って下さい!』
ワハハハと笑い声とともに、重力子爆弾をばら撒いて、海賊船たちは宙域から消えた。彼らの行き先は、七つ星共和連邦の艦隊司令部がある第三星系だ。そこは辺境星系連合艦隊総司令部を兼ねている。
彼らを見送った後、静かな宙域に六隻が残された。
「さあ私たちも行くわよ。三代目、思いっきりエンジンの出力上げちゃって!」
茉莉香が威勢よく注文出すが、三代目は慎重だ。直接反応炉を使って超光速跳躍するわけではなく、重力制御システムのアクセルとして使用するから、負荷が掛かってエンジンが吹っ飛ぶ心配はない。だがこのエンジンは古い。
「いくら数値上でも、リミッター解除にゃ手順があるんだよっと。オーケー船長、ゲージ一杯だ。行けるぜ」
「座標、七つ星共和連邦第一星系主星、第一惑星軌道に設定。」
「時空跳躍範囲、他の船とも連携取れてる。現在10万キロだ」
「再出現時の応戦、何時でも行ける」
三代目に続いて、ルカ、百目、シュニッツアからオールグリーンの報告。他の船のブリッジでも、航行系、センサー系、火器管制系から同じ報告がされているだろう。
「それじゃあ、リーゼちゃん。号令お願い」
茉莉香はリーゼに振った。
『白鳳海賊団、行きましょう』
六隻の輪形陣は、敵の本陣に跳んだ。
――少しの間を置いて、何もない静かな空域に、派手な爆発と重力波が巻き起こった。
『銀河帝国との国境に近い星間宙域で、予定にないプレドライブ現象が検知されました』
連合統合艦隊総司令部の管制セクション・アイランドから報告が上がった。
『第七星系外惑星領域にある、観測ブイA一〇二-〇〇七三RVとC二二-五八四一RBからです。規模は一〇万キロに渡り複数、小型魚雷によるものと思われる爆発を伴っています』
隣りのレーダーセクション・アイランドからも同様の報告がされる。
ドームの中央には、辺境星系連合領を網羅した大型球形スクリーンが浮かび、アイランドから報告があった地点が輝点と情報付箋で映し出されている。それを取り囲むように、島形ブースが球形スクリーンと向き合う形で壁全面に並び、そこから中央に突き出した一本の橋の先端にも円形のブースがある。
司令官が一段高い所に陣取って部下たちの仕事振りを睥睨する艦橋型ではなく、丸く部署が並ぶアリーナ形式でオデットⅡ世のブリッジに似ている。植民星の司令部はこの形態のものが多く、たう星にあった旧植民星連合の総司令部(いまの白鳳女学院)もそうだ。天上にも島形ブースがあり、上下左右どちらからも視覚的に情報共有は計りやすいが地上に在っては無理な配置だ。それは、この司令部が衛星軌道上に浮かんでいるからで、辺境星系連合統合艦隊総司令部は球状要塞の中にある。
「典型的な進出現象だ。機雷を警戒して掃海しつつの跳躍。帝国はついに出てきたか」
橋にある円形ブースでスクリーンを見ながら総司令は言った。
しかしレーダーセクションは、コンソールに出ている数値を見つつ否定した。
『いえ、帝国ではないようです。牽制行動にしても規模が小さすぎます。せいぜい巡洋艦クラスが二〇隻程度と見積もられます』
「偵察艦隊ではないのか?」
『それには多すぎます。人命を第一に考える帝国艦隊ですから、過ぎるという事が無いのかもしれませんが…偵察行動だと動きが制約されます』
「海賊か――」
報告を聞いて、総司令は吐き捨てるように言った。
この界隈で活動している辺境海賊ギルドとは去年から関係疎遠になっていた。多少は使える奴らだったが、こちらがステラスレイヤーを持つとなってから、何を血迷ったか一方的に関係を切り、あからさまな敵対行動を取るようになっている。今では険悪だ。とうとう居場所がなくなり白鳳海賊団とかいう帝国でも片田舎の海賊と手を結んだと聞いている。その海賊は、あろうことか帝国と星系連合に宣戦を布告して来た。ギルドの思惑は帝国との和解だったのだろうが、見事に当てが外れた訳だ。
白鳳海賊団は取るに足らない兵力で、宣戦布告は只の売名行為かと思っていたが、実際に帝国内で建設中だったステラスレイヤーを破壊した。しかも、その海賊団の総帥が聖王家の皇女だとの話だ。帝国が皇位継承権を巡って内部に争いが起きていることは報告で知っている。最近、内部抗争は女王と侯帝の手打ちで収まったとされているが、侯帝は帝国艦隊を牛耳る総督に就いている。そして皇女の反乱。恐らく女王は失脚しており軟禁状態、それで居場所を失った皇女が侯帝に反旗を翻した。ステラスレイヤーを狙ったのは、帝国艦隊を牛耳る侯帝の権威を貶めて自分の発言力を高めるため――、そんなところだろう。
いやはや、帝国も内情は四分五裂という事か。だからこそ、帝国に挑戦できるのは今しかない。だが、皇女よ。海賊に頼ったのは過ちだ。それは帝国にも辺境にも居場所がない根無し草の泥舟だ。そして辺境星系連合に歯向かってきたこともだ。帝国艦隊相手なら手加減もしてくれただろうが、こちらはそんな斟酌をする理由がない。
『侵入してきた敵の目的は、ステラスレイヤーの破壊と推測します』
作戦参謀セクションから意見が具申された。
「その根拠は」
『敵は海賊と思われます。白鳳海賊団は宣戦布告の理由にステラスレイヤーの名前を上げています。そして事実、帝国側の建設途上にあった施設を破壊しております』
「一応の理由にはなるが、海賊は利害無しでは動かん。帝国の施設を破壊したのは、栄光ある銀河帝国が無差別大量破壊兵器に手を染めることは許さないという大義名分が成り立つ。海賊団の首領は皇女だというからな。だから帝国のものの破壊には利がある。しかし今回は海賊ギルドが加担していることを忘れるな。海賊ギルドにとって障害は大量破壊兵器ではない、奴らにとってそんなものはどうでもいい。目の上のたん瘤と思っているのは、直接敵対関係にある七つ星共和連邦だ」
『つまり総司令は、ここを狙って来るのではないかと?』
参謀の質問に総司令は頷いた。
「残念ながら、我が辺境星系連合も決して一枚岩ではない。それを纏め上げている求心力がステラスレイヤーへの恐怖だという事も否定しない。ステラスレイヤーを破壊すれば七つ星共和連邦の力は低下するだろから狙ってくる可能性はある。だがリスクが大きすぎる。帝国側と違い、こちらのものは既に実戦配備が済んだものだ。その火力には誰も太刀打ちできない。ただ七つ星共和連邦の権威を失墜させたいのなら、この要塞を叩くだけで良い。それとて容易ではないが、星系レベルで破壊できる超兵器と比べればリスクの軽重は明らかだ。この要塞自体を破壊できずとも、我が方の艦隊にダメージを与えることが出来れば、辺境星系連合に動揺を起こすことが期待できる。そこに付け入ろうと海賊ギルドは狙っていると思う」
『――成程。』
「哨戒を厳にしろ。防衛艦隊は臨戦態勢に入るよう、各司令官に通達」
命令一下、総司令部の各セクションが慌ただしく動き始める。
「それと、ステラスレイヤーにも警戒せよと連絡を入れろ。もしものこともあるからな」
だが、その命令が届くと同時に、総司令部を護っている防衛艦隊は、突然現れた敵の攻撃を受けた。
白鳳海賊団の襲撃だった。