『七つ星共和連邦第一星系第二惑星間空域にタッチダウン確認しました。正面に見えるのが主星アルキュオネです。』
たう星と同じ主系列星スペクトルG型のアルキュオネは、距離が近いため海明星で見るより一回り大きく見えた。
『船体構造、航行、通信系に問題なし』
『空域状況。前方に護衛艦隊群、オデットの周囲は機雷原です。ステラスレイヤーは第一惑星間空域内の静止軌道上に確認』
『機雷は感応式浮遊機雷! こちらに向かってきます!』
ワープ終了と同時に、クルー達がてきぱきと状況確認を行っている。超光速跳躍での通常空間復帰とは大分勝手が違うジャンプなのだが、適応が早い。
一方おっとり刀の弁天丸ブリッジ。
「空域状況っと、間違いねえ。お嬢さんたちの報告通りだ」
「航法も確認」
「火器探査も同様だ。ステラスレイヤー護衛艦隊も確認、三〇ポイント前方に陣取ってる」
百目とルカとシュニッツアが遅れて報告する。どうやら他の海賊船も同様なようだった。
「おい百目、俺たちゃロートルになっちまってないか」
弁天丸の操舵をしながらケインがぼやいた。
「ジグザグに跳ぶ連続短ジャンプなら、同じ空域内だから勝手が判るが、宙域がまるっと入れ替わるワープだと、どうもなあ…勘が狂うな」
ポリポリと頭を掻く百目。
『という訳だから、後の指揮はお前さんに頼む。茉莉香船長』
バルバルーサのケンジョー船長が言って来た。他の船からも、それに何も言って来ない。
「じゃあ、まずこの空域からもう一息跳びましょう。護衛艦隊の後方、ステラスレイヤーの真ん前!」
ぴしっとスクリーンに映ったアルキュオネを指差す茉莉香。
「それだと後ろを取られるんじゃない?」
オブザーバー席のミーサが言った。しかし自信に満ちた目でグリューエル。
「いいんです。どのみちステラスレイヤーと向き合わなくっちゃならないんですから、いらぬ回り道は時間の無駄です」
それにニッコリと茉莉香が応じる。
オデットを中心にした六隻が再びジャンプした。
何もなくなった空域に、殺到した機雷がお互いに感応し合って誘爆した。
「機雷原に誘爆現象!」
「計器故障による自爆か? プレドライブは見られていないぞ」
レーダー・センサー席からの報告に、提督は再確認を求めた。
「いえ、故障ではありません。何かに感応して向かっていったものと思われます。しかし誘爆によるエネルギー放出は、機雷によるもの以外検知されていません」
ステラスレイヤー護衛艦隊は、機雷原の後方一〇ポイントの地点に展開していた。艦隊はプラントの正面に配置すればよい。プラントを襲撃する敵を機雷で漸減させ、突破した敵を五〇〇で包囲殲滅する。アルキュオネ星の背後から回り込もうとしても距離があり遠回りだ。他の艦隊を呼び寄せる時間的余裕がある。挟み撃ちにして殲滅。
つい先程もかなり広範囲で機雷の反応が消えたのだ。それには爆発が確認されていなかったが、今度は爆発が起きた。しかも消えた機雷の辺りに設置してある機雷がだ。爆発は消えた機雷群の中心で起きていた。
いきなり防空圏内で起きた爆発に、護衛艦隊は色めき立った。
星系内中距離ワープし、六隻の海賊船は惑星間を一気にジャンプした。主星アルキュオネがスクリーンいっぱいに映っている。伸し掛からんばかりの恒星の赤道面中央に、黒くプラントが浮かんでいる。ステラスレイヤー・プラントだ。
『とうとう来たな。キャプテン茉莉香』
「はい、もう一息です」
感慨深げなケンジョーに茉莉香が頷いた。
『でもこれからが正念場よ。どれだけ耐えられるか、丸腰で装甲なんてまるで期待できない太陽帆船が表になるのだから。――私は我慢出来ずに飛び出してしまったけれどね』
海賊との果し合いで、ちまちました相手の攻撃に耐えられず飛び出してしまったクォーツが言う。
『今なら気付かれずにステラスレイヤーに肉薄出来るわ。ジャンプで至近に出て、ありったけの反物質弾とビーム砲をぶち込めば、プラントは破壊できる』
マイラが物騒な事を言って来る。そんなことをしたら、プラントが暴走してアルキュオネが超新星爆弾化する恐れだってある。七つ星共和連邦は只では済まない。マイラさんて、こんな人だったっけ??
「あのう、一応言っときますけど、私たちは殲滅戦をするつもりは無いんで。それにただプラントを破壊するだけでは駄目なんです。ステラスレイヤーが兵器として使い物にならなくなるのを、しっかり皆さんに見てもらう必要があるんです」
『だからって折角の勝機を――。ま、いいか。相手に逃げ道開けといてやるのも海賊の闘い方だ。お前のやりたいようにするがいいさ』
伏せ目がちにミューラがごちる。何だか普段と姉と妹のキャラが入れ替わっているみたいだった。
『あの超兵器を沈めるために、海賊たちはみんな結集し犠牲を払った。白鳥号のシラトリ船長は船乗りを続けられなくなったし、黒鳥号は大破沈没、その現場に私は居た。そして同じ名を持つ超兵器の前に再び立っている。海賊の思いとやり残したことを今ここで果たすわ』
バルバルーサのノーラの言葉は重かった。あの場面に茉莉香たちは関わっていたし、ステラスレイヤーの重力制御を完成させたきっかけが、自分たちの時間跳躍だったからだ。
「はい。片を付けましょう」
茉莉香はきっぱり答えると、ケンジョーが言ってきた。
『じゃあ名乗り上げだ。隠れマントを解くと同時に一発行くぜ!』
「やっちゃってください!」
あっと娘が止める間もなく、ケンジョー・クリハラは、ステルス解除と同時にスイッチを押した。
「いったい何が起こっているんだ?」
訝しがる提督に、再びレーダー班が叫んだ。
「敵です! 艦隊の後方、ステラスレイヤーの前に敵出現。いきなりです」
「敵艦は六隻。戦艦クラス二、巡洋艦クラス四!」
六隻の海賊船がステルスを切り、護衛艦隊には突然背後を突かれたように見えた。
慌てて応対し一八〇度回頭する。
そこへ、いきなり歌が流れて来た。荒々しい靴音とともに三人の娘達の歌声、例によって強制入力による海賊の歌だ。
『声を上げろ鬨の声を
俺たちゃ誰の助けも借りぬが
食えねえ奴らにゃ つるんで叩くぜぇ
勝った後の酒は旨い
男も女も海賊は強い
避けも喧嘩も海賊魂ぃ』
前は音声だけだったが、今回は立体映像もというサービス付き! 茉莉香が、チアキが、そしてリーゼが、ワンピース姿振り振りで宇宙空間で踊っている。
茉莉香は『うん、二人ともカワイイ』などと満足気だが、チアキは肩を震わせて俯き、リーゼは真っ赤になって固まっている。楼門五三桐で見せた大見得は何処へ行った、やはり普段着だと女子中学生に戻ってしまうのか。
親父ぶっ殺す、親父ぶっ殺す、親父ぶっ殺す………
爪を噛みながら、何かブチブチ言っているチアキが怖い。
「海賊船?です」
幾分歯切れの悪い作戦参謀士官。
「見りゃ判る。全速前進、攻撃用意」
艦長は命令するが、砲手から報告が来る。
「撃てません、軸線上にステラスレイヤー!」
「敵はステラスレイヤーを攻撃できる圏内にいます!」
レーダー・センサーから悲鳴が上がった。
「ええい、左右に分かれ三五度で廻りこめ。側面から攻撃する!」
渋面で艦隊行動を指示する提督。回り道を余儀なくされたのは防衛艦隊の方だった。
『敵が回り込もうとしている。ミサイル攻撃を開始する』
のたのたと向きを変えて前進を始めた相手を見て、ミューラが淡々と言って来る。
『大した効果は出ないだろうが、向こうを慌てさせるには十分だ』
意地が悪そうに黒髭船長が続ける。
「そうですね、それでステラスレイヤーが起動してくれたら良いのですが、それまで妨害の方お願いします」
『こちらは電子戦スタンバイOKよ。邪魔が入らなければ良いのだけれど』
マイラが茉莉香の要請に返事する。マイラの愛の女王号は電子戦対応に特化されている。元々が諜報や秘密裏な要人輸送をしていた船なのだ、この船が輪形陣の電子戦を取りまとめている。ここでマイラが言う邪魔とは、そうジャッキーの動きが懸念された。
輪形陣ではジグザグ運動によるミサイル回避は困難だ。どうしてもジャンプが緩慢になり操船も六隻同時リンクでは複雑となる。ミサイル攻撃は、通常通り電子攻撃によるジャミングに拠る。ミサイル回避が出来なかったら、五隻が装甲の薄いオデットの盾になればいい。
兵装のないオデット以外の海賊船から、ミサイルがステラスレイヤー目掛けて発射された。
ミサイルは全弾プラントに吸い込まれて行き、少しの間を置いて盛大な爆発の華を咲かせた。
ミサイルの火力の割には大きな爆発だった。予想通り相手に被害はない。実態より火勢が大きかったのはミサイルに閃光弾が仕掛けてあったからだ。しかしそれを見た守る側の方はたまったものではなかった。虎の子の超兵器が攻撃を受けている。それだけで浮足立つには十分だった。碌に被害を確認しようともせず、過剰に反応してしまったのである。
まだ距離があるうちから艦隊が攻撃して来た。当然狙いは鈍く、電子妨害の必要がないほど誤差がある。
しかしステラスレイヤーの方からも攻撃して来た。こちらは距離が縮まっているぶん正確だった。けれども電子妨害は上手く働いている。
「あちゃーステラスレイヤーから撃って来たかぁ。てことは有人の可能性もアリか」
帝国のが無人プラントだったから期待したのだが、こちらのは人が配置されている可能性が出て来た。攻撃はリモートコントロールなのかもしれないが、有人プラントの線もあるのでプラントを恒星に沈めることは出来ない。正義の海賊は、無益な殺生はしないのだ。もっとも茉莉香に、はなからプラントを恒星に沈める選択肢は無かったが。
『ステラスレイヤーまで距離一.七ポイント。四時と八時の方向から追撃中の護衛艦隊は二.一五ポイントまで接近。そろそろ相手も有効射程に入ります』
サーシャが警告してくる。こちらは時間稼ぎをしながらの巡航スピード、向こうは先速力で追っている。彼我の差はどんどん縮まっている。
『電子妨害は正常に稼働中』
ファムが愛の女王号の電子戦状況を伝えて来る。そろそろ有効弾もありそうな距離になったが至近弾すらない。しかしスキュラのリンの方からコメントが来た。
『正常に稼働中なのは、そうなんだが…。こちらが出しているより効果が高いっていうか、出力が大きいんだよな』
「え、それってどういう意味なんですか」
茉莉香が聞き直したところで、電子戦席のクーリエがコンソールを操りながら捕捉した。
「こちらが設定してるより強く電子妨害が働いてるってこと。何処からかアシスト受けてる」
「それって……」
『そう、あのイカレポンチが手助けしてる気がする。奴にしてみればオデットを壊されたんじゃ堪んないからだろうが、問題はこちらの電子攻撃に乗っかってるって事だ。あいつしっかりハッキングかましてる』
「何処から!?」
驚く茉莉香のところに、調子の良いイカレた声が流れて来た。
『は~い。皆さんのアイドル、ジャッキーさんでーす。茉莉香ちゃ~ん元気してたぁ―』
「ちゃんて呼ぶな! それと何のつもりですか!!」
知らぬ間に通信ネットワークにまで入り込まれている。
『そちらの魔法使いのお嬢さんが言ってる通り、こちらとしても仕事の前にオデットが壊れて貰っちゃ困るんだよ。輪形陣もいいけど身動き取れないだろ? で、白馬の騎士がご登場って訳』
「あなたの手助けがなくても大丈夫です。ていうか手を出すな!」
『つれないねぇ。ところで茉莉香ちゃん、ここは一時共同戦線で行かない?』
「そーゆーのを呉越同舟って言うんです」
利害が一致すれば敵同士でも助け合うという意味だが、果たしてコイツと協力が成立するのか。
「同床異夢ですわ」
グリューエルも胡散臭げだ。
そこにジェニーが質問して来た。
『ジャッキーさん、あなたのルナライオンは大丈夫なのですか? 大分私たちの攻撃をお受けになっていらっしゃったようですけど、半壊だったらむしろ足手纏いです』
『大丈夫ですよお、まあ結構危なかったが、改良を受けてたもんで私ともどもピンピンしてます。船体、航行、装備には何ら問題なし、大船に乗ったつもりで居てちょ―だい!』
ドンと胸を叩いたか、ケホケホと咽る声がして来る。
『あらぁ、あんなに直撃喰らったのに大丈夫だなんて、丈夫な船ですね。――それと、貴方の船のプレドライブ現象が全く見られないのですが、一体どんな推進をお使いで?』
ジェニーの声の調子がすっと冷たくなる。
『え、まあ、知り合いから「えーもんありまっせ旦那」って紹介受けて改造を――』
いかにも怪しい。
『それって重力制御推進ですわよね。それに、あれだけの実体弾やらビーム砲を受けても平気なのは、装甲に単結晶コーティング使ってるでしょ。いまこの銀河でそれが出来るのは、ただ一カ所のみです。あなた、またやりましたね』
ジェニーの言葉に、皆ピンと来た。それならジャッキーの神出鬼没ぶりもルナライオンの不死身さも説明がつく。
『てめえ、うちの学校騙しやがったな!』
リンが叫んだ。
『来てる。宇宙大学から被害届と指名手配の依頼!』
ノエルが指名手配書を照会した。どうせ白鳳海賊団の名を騙って改造を受けたのだろう。
『ホント確認が甘いんだから…。ジャッキーさん、いま貴方は宇宙大学からも賞金首を掛けられている訳です。まあ宇宙大学につてを持ちたい方々は、目の色変えて貴方を追い掛け回すでしょうね。あなたと取引する方もぐっと減るでしょう。企業体は宇宙大学の目を気にするでしょうから――』
ジャッキーは黙っていた。恐らく散らかったブリッジの中で脂汗を流している事だろう。ジェニーの言葉は本当なのだ。宇宙大学が持つ知識や技術の企業への影響は大変なものがある。その宇宙大学にそっぽを向かれたら、厳しいビジネス社会の中で生き残っていけない。
『指名手配を解いてもらうには、本当に白鳳海賊団に入るしかありません。ステラスレイヤーを葬るまでの一時的であってもね。それを承認するのは当方です。いい加減な糊塗や利用では済みませんよ』
え、え、ジャッキーが白鳳海賊団に入っちゃうの?
急な話の進みように戸惑っている茉莉香。
少しの間を置いてジャッキーが返事をしてきた。
『解った、アンタの言う通りだ。この作戦が終わるまで白鳳海賊団に加えて欲しい。俺の船はどう使って貰っても構わない。全てそちらの指示に従う』
『あら、随分としおらしいですね。本当ですか?』
『本当だ』
『ホントに本当ですか』
『ホントに本当の、本当だ。…たく、しつこいな…。こう言っちゃ何なんだが、ひとつお願いがある。というより提案なんだが、お宅んとこの相互ネットにうちの船も繋げてくんないかな?』
スクリーンのジェニーを見ながらブンブンと頭を横に振る茉莉香。舌の根も乾かぬうちに早速来たと思った。
『その理由は?』
『電子戦の精度を上げるためだよ。射撃管制波から入ってたんじゃ、どうしても回りくどくなる。相互ネットなら情報のやりとりはリアルタイムだし正確だからな』
『貴方、射撃管制レーダーから潜り込んでいたのですか! いつの間に……』
『ああ、派手に撃たれてた時にだよ。射撃にレーダーは付きもんだ』
こちらの索敵を誤魔化しながらミサイルを躱しつつ、しっかり侵入するルートを付けていた、しかもこちらからのハッキング攻撃に対応しつつだ。それらを一人で同時にこなしていたなんて、やはり油断ならぬタフさだ。
そんな奴と相互ネットで結ばれるとなると、何をしでかすか判らない。
『信用ならないって事は解ってる。信用できないのが普通だな、だけどリアルタイムで俺が何をしているのかもトレース出来るぜ。心配なら監視プログラムを走らせておくといい、船のエネルギー機関フレームをそちらに預けておく、怪しいと思ったら停止させるなり暴走させればいいさ』
エネルギー機関を停止されたら生命維持も止まる、暴走したら自爆だ。けれども茉莉香は信用できない。
「またダミーで騙そうとするんでしょ」
『おー愛しの茉莉香ちゃん。ダミー使った所で、そっちは電子戦艦クラスが六隻分だ、すぐに力負けしちまうよ』
髑髏星管制空域では、髑髏星をダミーに使っていた。だがこの空域にジャッキーが使えそうな施設はない。
『それと、もう一つお願いがあるんだ。俺っちを先頭に立たせてくれないか。オデットは単結晶コーティングされているようだが、他の船は違うんだろ、俺が盾になる』
その言葉でジャッキーの白鳳海賊団入り(仮り)は決した。
「こちらの相互ネットワークに接続することは認めましょう。でも通信回線はダメです。
あなたの調子っ外れな声は聞きたくないですから。」
『ええええ――そりゃないよ、茉莉香ちゃん。』
ジャッキーから不満の声。
「そのおチャラ気が嫌なんです。それと、ちゃんじゃないっ!」
まあ一応、不測の事態に備えて緊急回線だけは許した茉莉香だった。
ステルスを解いたルナライオンが先方に立つ。
『野郎、本当に至近に居やがった』
いきなりオデットの前面に姿を現したルナライオンに、リンが吐き捨てるように言った。
「前に見た時と、大分印象が違いますね」
グリューエルも驚きながらその姿を見ている。
以前バルバルーサのデッキで見た時は、ジャッキー同様に様奇天烈な色彩とゴテゴテとアンテナが飛び出てる、これ本当に飛ぶんかいといった風体の船だったが、いまのルナライオンは白一色で、強襲揚陸艦のような頑丈一点張りの姿をしている。
先陣を切るルナライオンは確かに有能だった。そのことに輪形陣の海賊たちは感嘆していた。
ビーム攻撃は輪形陣による重力制御で無効化されている。しかし雨霰と撃って来るステラスレイヤーからの砲撃も、後方からの護衛艦隊からのミサイル攻撃も、操舵による回避行動を必要とせずに全弾躱している。愛の女王号の対電子戦特化もあるが、ルナライオンの化け物じみた電子戦性能は、愛の女王号の能力を何倍にも増幅させてアシストしていた。
ジャッキーも驚いていた。相互ネットの即応性もさることながら、オデットの操舵、電子戦、その他の航行機能が、周囲の海賊船に見事にサポートされていたからだ。
「本当に甘やかされてるな、ヨット部のお嬢さん方は」
致せり尽くせりの様子を見て苦笑するジャッキーだったが、妙な事に気付いた。
――ん? 船内環境まで後方支援?――
こちらの攻撃が全く効果がないまま、敵がステラスレイヤーにどんどん近づいて行くことに護衛艦隊の提督は焦った。
このままではプラントが危険だ。ステラスレイヤーが破壊されたら任務失敗。それだけではない、もし敵の攻撃にプラントが暴走したら――。
提督は決断を下した。
「艦隊を後退させろ。ステラスレイヤー機動用意!」
「この距離で撃つのでありますか!? 近過ぎます。敵艦は蒸発するでしょうが、エネルギー波はそのまま飛び続けます。減衰するまでの間に帝国領の星系が幾つかあります!」
「それがどうした。帝国とは戦争中だ。星系丸ごと吹き飛ばす訳じゃない、惑星が少し消えるくらいの事だ」
「し、しかし――」
「うろたえるなと言っている。もしこのまま攻撃されるに任せて暴走という事態になったら、我らの星系が吹き飛ぶんだぞ。星系連合もろともにな」
自分たちの故郷が消えるという言葉に、参謀は黙り込むしかなかった。
重い空気の中、命令を受けたステラスレイヤー・プラントでは、発射に備えての準備が粛々と行われた。
『護衛艦隊、散開しつつ後退しています』
『ステラスレイヤー・プラントにエネルギー反応の上昇がみられます』
ヨット部員からの報告に百目が茉莉香に告げた。
「船長! 来るぜ」
茉莉香は待ってましたとばかり、海賊服のマントを翻して叫ぶ。
『オデット全マストを展開。透過率ゼロで!』
号令一下、オデットが太陽帆の展開を始めた。
純白の帆が、煌めきながら細身なオデットの周囲に拡がる。それはドレスを翻したお姫様のようだった。船首には単結晶の衝角がティアラのように輝いている。
ここに来て太陽光帆走?と、ステラスレイヤー側は奇妙に思ったが、臨界に達しつつあるプラント作業をそのまま続けていた。
オデットはアルキュオネからの太陽風を受けて、幾分船足を落とす。それに合わせて輪形陣を組む海賊船も進む。猛烈なステラスレイヤーからの攻撃に際どい至近弾も出てきたが、進行方向の軸線は変えない。プラントを正面に見据えながら電子妨害の出力を最大に上げて対抗している。
ステラスレイヤー・プラントの中央にある射出口に燐光が纏わり付き出し、発射が間近なことを知らせている。
「クォーツさん、ミューラさん、ケンジョーさん、オデットの背後に回って下さい。ジャッキーさんも!」
茉莉香の弁天丸に続いて、三隻がオデットの背後に着く。しかし、ジャッキーが動かない。
「ジャッキーさん、何やってるんですか! ステラスレイヤーをまともに受けたら蒸発しちゃいます。早くオデットの影に!」
『オデットだって蒸発しちまうだろう? 普通は。何やるつもりか判らないが、ここで帆を拡げるって事は太陽帆が鍵って事だ。だが帆船の帆はそれだけ的が大きくなる。帆を傷付けられたら困るんだろ、このまま軸線上で妨害してやるよ。――なに、心配はいらない。逃げ足は速い方なんでね』
ジャッキーがとぼけた調子で返して来た。確かに電子妨害は、船の正面からの方が効果が高い。
『重力制御スタンバイOK』
『転送座標、ポイントXにランダム設定』
『アンチ・ステラスレイヤー回路、システムと同調』
『給油給油はいつでもチャージできるよん』
機関、航法、火器管制、レーダー・センサー、ヨット部員たちがそれぞれ受け持つ船からゴーサインを送って来た。
「ジャッキー…」
再度呼びかけようとした茉莉香をミーサが止めた。
「今は目の前のミッションに集中しなさい。それが彼の選択なら彼の責任よ。それに、殺しても死なない奴だわ」
グリューエルも黙って、自分の部署で上がって来る情報をモニターしている。
茉莉香は、一寸目を落として、正面のスクリーンを見据え直した。
「海賊船はオデットの後方軸線に乗ってる?」
「はい。一直線に並んでいます。オデットの帆は最大に拡がっています。損傷は…今のところありません」
グリューエルが報告した。損傷がないのは、ルナライオンのお陰だ。
発射口の燐光がいよいよ強くなり、白熱したエネルギーの球の形をとって、それは爆発した。
本来なら射出されると同時に目的に転送されて、空間を走る事はないのだが、余りに近距離のために直接宇宙に迸り出た。
太陽を消す巨大なエネルギーの奔流だ。それは直に目にして、どれほど強力な力なのかを見せつけるのに十分だった。
プラントと背後の恒星が眩い閃光に消えた。
そして凄まじいエネルギー波がオデットに襲い掛かった。
それはオデットの数十倍もありそうな光の柱だった。
恒星アルキュオネが収束して飛んできたかのような閃光の束だった。
――しかし――
太陽帆船を先頭に縦に並んだ海賊船たちは、閃光に呑み込まれていなかった。弁天丸もバルバルーサも、キミーラ・オブ・スキュラも愛の女王号もグランドクロスⅡも。
光の奔流は、オデットの手前で止まっていた。
華奢な太陽帆が奔流を押しとどめているのではない、オデットの先端に吸い込まれるように消えていた。そう、単結晶の船首衝角にだ。
鯨飲という言葉があるが、膨大なエネルギーを飲み込んでいく様は、巨龍が蟻に呑まれていくようだった。
その様を離れて見ていた護衛艦隊は、一様に自分の目が信じられなかった。ありえない。相手は超新星並みのエネルギーだぞ。熱量だって衝撃波だって、まともに喰らえば戦艦でも蒸発してしまう量だ。それをあんな紙切れのような太陽帆船が――、ありえない!
ステラスレイヤーからの放出が終わって、タップリとエネルギーを食べたオデットが、宇宙空間に何ごとも無かったように佇んでいた。
『オデットのエネルギー・ゲージは、〇.一秒で振り切れました。満タンです』
機関担当のヤヨイがゲージ一杯のメーターを確認する。
『うわ、やっぱ星系ごと吹き飛ばすだけの事はあるわね。えげつないほどのエネルギー量』
ジェニーが桁外れの破壊力に感心した。
『余剰エネルギーは、問題なくXポイントに還元されています』
『ほとんどの量を余剰っていうのも何だわね』
しっくりいかない顔でチアキが漏らす。
オデットはステラスレイヤーのエネルギー波を受け止めたのではない。転送したのだ。Xポイントのエネルギーを使って第五艦隊を転送させた事を逆にやったのだ。オデットはそのアンテナと中継器の役目をした。送り先は無尽蔵なエネルギーの海だ。
『ステラスレイヤー・プラントの転送準備出来てまーす』
火器管制のハラマキが催促して来た。そう、まだプラントの始末が終わっていない。ステラスレイヤーの始末は、実はまだもう一つあるのだが。
「いけないっ、ジャッキー!」
転送ビームの軸線上にルナライオンがいることに気付いて茉莉香は叫んだ。
ルナライオンも健在だった。あくまで見た目には――。
相互ネットワークは切れている。呼び出しにも応答はない。
「ケンジョーさんノエルさん、ルナライオンの収容をお願いします」
牽引のために弁天丸から発進したサイレントウィスパーから通信が入った。
『茉莉香、解っているとは思うけど、あれだけの放射を直に浴びたのよ。一応ルナライオンの姿はしているけれど、恐らくは――』
「解っています。でも――」
次の言葉は続けられなかった。ノエルも、ただ解ったとだけ返して来た。
オデットも単結晶コーティングを施されているが、華奢な船体構造ではミサイルの一発でも当たれば船は砕け、白いオデットの形をした風船が宇宙空間にプカプカ…。オデットの単結晶コーティングは、ステラスレイヤーの放射を単結晶衝角に集めるために施された。転送ビームを照射するパラボラの役目も担っている。一応防護も果たすが、熱量や衝撃までは防いでくれない。
暫らくして、バルバルーサからルナライオン収容の連絡が入った。
いまはルナライオンの確認は求めず、仕事の続きを行う。
「転送ビーム照射用意。――照射!」
白いビームがステラスレイヤー・プラントに放たれ、プラントは輪郭を暈かし、居た場所から消えた。
そして六隻の海賊船は、やる事をやり終えてアルキュオネ宙域から消えた。
呆然自失だったステラスレイヤー護衛艦隊は、気を取り戻して追撃に映ろうとした途端に、海賊船は宙域から居なくなった。
代わりに、エネルギー源を奪われたプラントが、自分たちの行く手を遮るように出現した。
見たところ、損傷はない様子だった。
しかし、恒星から引き離され、何もない宇宙空間に漂うそれは、役目を果たせないガラクタも同然だった。